中国の静かなる貿易障壁。化学品・新材料のHSコード細分化が突きつける「その他」分類の終焉


2026年2月、中国税関総署(GACC)は、輸出入管理の強化を目的として、特定の化学品および新材料に関するHSコード(統計品目番号)の細分化を実施する方針を打ち出しました。

多くの日本企業にとって、中国との化学品貿易はビジネスの生命線です。今回の措置は、単なる事務的なコード変更ではありません。それは、中国政府が戦略物資のフローをより高解像度で監視し始めたことを意味します。

本記事では、HSコードの専門家の視点から、この細分化の背景にある中国の意図と、実務担当者が直面するリスク、そしてとるべき対策について解説します。

「その他」という隠れ蓑が通用しなくなる

まず、今回の措置の技術的な側面を解説します。

貿易実務において、既存の分類に当てはまらない新しい化学物質や複合材料は、便宜上「その他のもの(Others)」と呼ばれるバスケットカテゴリー(末尾が90などのコード)に分類して申告することが一般的でした。企業にとっては、厳密な成分特定を避けられる便利な分類先でもありました。

しかし、中国当局は今回の細分化により、このバスケットカテゴリーを解体しようとしています。

具体的には、これまで一括りにされていた品目に対し、成分の含有率や分子構造、あるいは用途に基づいて、新しい固有の10桁ないしは13桁のコード(CIQコード含む)を割り当てます。これにより、企業は「その他」で逃げることができず、自社製品がピンポイントでどのコードに該当するかを、化学的なエビデンスに基づいて特定し直さなければならなくなります。

輸出管理法との連動。狙いは戦略物資の把握

なぜ今、中国はこの面倒な細分化を行うのでしょうか。その最大の動機は、国家安全保障と産業競争力の維持です。

近年、半導体材料やバッテリー素材、高機能プラスチックなどの「新材料」は、軍事転用可能なデュアルユース品目としての側面を強めています。中国政府は、これらの物資が国内にどれだけ入ってきているか、あるいは国内から流出していないかを正確に把握したいと考えています。

従来の粗いHSコードでは、汎用の化学品と、高度な戦略物質が同じ番号でカウントされてしまい、実態が見えませんでした。コードを細分化し、特定物資に固有の番号を与えることで、税関のシステム上で自動的に監視フラグを立てることが可能になります。

つまり、今回の措置は、中国輸出管理法や両用物資輸出管理条例の実効性を高めるための、システム基盤の強化であると言えます。

実務現場で起きる通関トラブルのシナリオ

この変更に伴い、日本企業の現場では以下のようなトラブルが予測されます。

旧コードでの申告却下

ある日突然、これまで通りのHSコードで申告した貨物が、中国側の通関システムでエラーとなり、受け付けられなくなるケースです。「このコードは廃止されました、あるいはこの製品には適用できません」と通告され、新しいコードへの修正を求められますが、その場で化学的な証明ができなければ、貨物は港で足止め(デマレージ)となります。

ライセンス未取得の指摘

コードが細分化された結果、自社製品が新たに割り当てられたコードが、実は「輸出入ライセンス(許可証)」が必要な規制対象コードだった、という事態です。これまでは「その他」に紛れていたため不要とされていましたが、コードが特定されたことで規制の網に掛かり、無許可輸出入として摘発されるリスクが生じます。

日本企業が直ちに行うべき3つの対策

このリスクを回避するために、化学品や素材を扱うメーカー・商社は以下の対応を急ぐ必要があります。

現地通関業者への最新コードリスト確認

まずは、中国現地の通関ブローカーや現地法人を通じて、今回細分化の対象となった具体的な品目リスト(対照表)を入手してください。そして、自社が扱っている製品がその対象に含まれていないか、CAS番号(化学物質の登録番号)レベルで照合を行う必要があります。

CIQコード(13桁)までの精緻な特定

中国の通関固有のコードであるCIQコード(HSコード10桁の後ろに付く3桁の追加コード)の動向に注意してください。法規制の要件はこのCIQコードに紐付いています。単にHSコード(上6桁や8桁)が合っているかだけでなく、末尾のコードまで正確に特定できているかが、通関の成否を分けます。

成分表(SDS)と説明書のアップデート

税関から問い合わせがあった際、即座に成分構成を説明できるよう、SDS(安全データシート)や製造工程図を最新の状態に整備してください。特に、新しいコードの定義に合致することを証明するための「成分比率」の記載が不十分だと、判定不能として処理が遅延する原因になります。

まとめ

中国によるHSコードの細分化は、貿易の透明性を高めると同時に、企業に対して高度なコンプライアンス能力を要求するものです。

「たかが番号の変更」と甘く見ていると、物流停止という深刻な経営リスクを招きます。自社の化学品が、中国の新しい分類基準のどこに位置づけられるのか。専門的な知識を持って再点検を行うことが、2026年の中国ビジネスを守る第一歩となります。

HS2028移行で始まるFTA転記作業の初期兆候

現場が混乱する前に、企業が先回りできるサインと実務手順

HS2028は、単なるHSコード改訂ではありません。関税率表や通関実務だけでなく、FTAやEPAの品目別原産地規則(PSR)や附属書、運用手続、各国の原産地証明制度まで、連鎖的に更新を促します。WCOはHS2028が2028年1月1日に発効すること、そして残りの準備期間で相関表(Correlation Tables)や解説資料の整備を進めることを明示しています。 (wcoomd.org)

問題は、FTA側の更新が各協定ごとに別のテンポで動くことです。つまり企業は、HS2028の発効日だけを見ていても間に合いません。実務の世界では、その前段階として「転記作業の初期兆候」が必ず現れます。本稿では、そのサインを具体化し、見えた瞬間に着手すべき準備を整理します。


1. FTAの転記作業とは何か

HS改訂が、PSRと附属書を動かす理由

FTAやEPAの原産地規則は、HSコードを前提に設計されています。PSRは多くの場合、HSの類、項、号のどこかを条件にして、CTC(関税分類変更基準)やRVC(付加価値基準)などを定義します。HSが改訂されると、次の問題が起きます。

・品目番号が分割、統合、移動し、旧番号のままではPSRの適用対象が曖昧になる
・附属書の品目表や脚注、例外規定が、参照先を失う
・協定上の用語定義(章、項、号など)の整合性が崩れる
・各国の原産地証明運用(検索ツール、申告様式、監査手順)に更新が必要になる

この更新は、単なる置換ではなく、協定の手続に沿って「技術的更新」または「転記(transposition)」として行われます。WCOは、HS改訂に伴う優遇原産地規則の技術的更新の進め方をガイドとして整理し、FTAsのPSR見直し対象の洗い出しにも役立つと説明しています。


2. HS2028の公式タイムラインを押さえる

企業が見るべきは発効日だけではない

WCOは、HS2028が2028年1月1日に発効することを明確にしています。 (wcoomd.org)
また2026年1月21日付で、HS2028改正が受け入れられ、相関表の作成など実装に向けた次の工程に入ることを公表しています。 (wcoomd.org)

さらにWCOは、準備期間に実施する中核タスクとして、HS2022とHS2028の相関表作成、HS解説資料の更新、加盟国支援を挙げています。 (wcoomd.org)

ここから読み取れる実務上の結論は一つです。
FTAの転記作業は、発効直前に突然始まるのではなく、相関表や運用資料の整備と並走して、段階的に立ち上がります。


3. 転記作業の初期兆候

兆候は、政府側と民間側の両方に出る

以下は、HS2028対応の転記が現実のタスクとして動き始めたと判断できるサインです。

3-1. 公式ツールや案内に「協定のHSバージョン差」が強調される

日本税関のPSR検索画面は、協定ごとに採用しているHSバージョンが異なり、違うバージョンで検索すると結果が誤ることがあると明示しています。さらに相関表の確認も促しています。 (税関総合情報)
こうした注意書きが強調され始めるのは、改訂期の混乱を見越して、実務者にバージョン管理を徹底させる動きが出ているサインです。

3-2. FTAの共同委員会や附属書改正で、HSベース更新が正式議題になる

転記は「協定上の手続」を通ります。典型例として、日本とインドネシアのEPAでは、PSRの附属書(Annex 2)をHS2002ベースからHS2017ベースへ更新することが改正目的として明示されています。 (mofa.go.jp)
つまり、HS改訂は実務作業ではなく、協定の改正作業として扱われるということです。HS2028でも同様に、協定ごとの手続が動き始めた瞬間が初期兆候になります。

3-3. 協定本文に「転記」の概念が明文化され、実装期限が意識される

RCEPは、HS改訂に合わせてPSRを更新するための転記手続を条文で定義し、改訂HSの発効前に協議して更新を準備し、共同委員会で採択し公表する流れを規定しています。 (世界と日本)
このような枠組みを持つ協定では、HS2028が近づくほど、共同委員会や実務会合で転記が具体議題化しやすく、企業側も早期に影響を受けます。

3-4. 相関表の議論や更新が、各国の制度改修と結びつく

WCOが相関表の開発を主要タスクとして掲げている時点で、各国はそれを前提に法令やITを更新します。 (wcoomd.org)
この段階で起きやすいのが、政府ポータルや通関システム側が「新旧コード併記」「暫定マッピング」「移行期間の扱い」を示し始めることです。これも初期兆候です。


4. 企業現場で先に起きる、もう一つの初期兆候

官報より先に、取引先とシステムが動く

HS2028の転記は政府間の話に見えますが、企業の現場では次の形で先に顕在化します。

・長期契約の更新時に、取引先からHS2028相当コードの提示を求められる
・フォワーダーや通関業者が、品目マスターの更新計画を共有してくる
・顧客監査で、PSRの適用根拠をHSバージョン付きで説明するよう求められる
・原産地証明関連の業務で、協定ごとのHS年次差がボトルネックになる

ここで重要なのは、企業が扱うFTAが複数あるほど、協定ごとにHS年次が異なる状態が長期化しやすいことです。税関も協定ごとのHSバージョン差を明確に注意喚起しています。 (税関総合情報)
つまりHS2028対応は、全社一括の切替ではなく、協定別の並走管理になる可能性が高いという前提で設計すべきです。


5. 初期兆候を見たら、最初にやるべきこと

転記が始まってから慌てないための実務順序

5-1. 自社が使う協定ごとに、参照HS年次を棚卸しする

協定ごとに採用HS年次が違うと、同じ品目でもPSRが参照するコード体系が変わります。まずは協定別に、現行運用がどのHS年次に基づいているかを一覧化します。税関もこの点を誤ると検索結果が誤る可能性を示しています。 (税関総合情報)

5-2. HS2022からHS2028へのマッピングを、業務単位で準備する

相関表はWCOが開発すると明示していますが、実務では相関表が出てから検討開始では遅れます。 (wcoomd.org)
自社の重点品目については、次の粒度で事前準備します。

・HS6での変化点を想定し、分割や統合が起きそうな品目を特定
・自社品目マスターに、旧コード、暫定新コード候補、根拠メモ欄を作る
・品目別に、分類根拠資料と原産地判定の根拠資料を結びつけておく

5-3. PSRの再判定が必要になるパターンを先に決める

転記は原則として既存PSRの趣旨を損なわずに行われますが、品目構造が変われば運用上の解釈や適用範囲の説明が難しくなることがあります。RCEPでも、転記はPSRを損なわずに行うことを求めています。 (世界と日本)
そこで、社内ルールとして次のトリガーを定義しておくと早いです。

・HS6が変わる品目は必ずPSRを再確認
・分割統合がある場合は、材料表と工程情報をセットで再レビュー
・協定の転記版PSRが出たら、旧版と差分比較を実施

5-4. 転記対応は、通関と原産地証明を分けて設計する

税関は、協定のHS年次とは別に、輸入申告は最新HSを使うべきことも示しています。 (税関総合情報)
つまり現場は、通関側は最新HS、原産地証明側は協定HSという二重管理を迫られます。これを前提に、システムと帳票の設計を先に決めることが、移行期の混乱を減らします。


6. 初期兆候を見逃すと、どこで損をするか

コスト増は関税だけではない

転記対応が遅れると、起きる損失は追加関税や否認リスクだけに留まりません。

・特恵適用の判断遅延による出荷リードタイム悪化
・監査での説明コスト増、資料再作成
・取引先からのコード整合性要求に対応できず、受注条件が不利になる
・品目マスター混乱による、社内の原価計算や購買条件の誤り

WCOのガイドも、HS改訂に合わせた原産地規則更新が、誤適用防止やリスク評価の効率化につながると述べています。
逆に言えば、更新を後追いすると、リスク評価と統制コストが上がります。


7. まとめ

HS2028の本番は、FTAの転記が動き出した瞬間から始まる

HS2028は2028年1月1日発効で、WCOは相関表や解説資料更新を含む準備期間を示しています。 (wcoomd.org)
しかし企業にとっての実質的な開始点は、次の初期兆候が見えた時です。

・協定HS年次差の注意喚起が強まる
・共同委員会や附属書改正でHS更新が正式化する
・協定条文に基づく転記手続が具体化する
・ポータルやシステムが新旧併記、移行運用を示し始める
・取引先と社内システムが先に動き、二重管理が現実になる

最も堅い戦略は、協定別のHS年次棚卸しと、重点品目のマッピング準備を先に終え、転記版PSRが出た瞬間に差分検証へ入れる体制を作ることです。これが、HS2028移行をコストではなく競争力に変える、現実的な先回りになります。


免責

本稿は一般的な情報提供を目的としています。個別取引におけるHS分類、特恵適用、原産地規則の判断は、協定正文、当局ガイダンス、専門家助言に基づき確認してください。