台湾のCPTPP加盟申請はどこまで進んでいるのか(2025年12月時点)


台湾は2021年9月22日にCPTPPへの加盟を正式に申請しました。公開情報ベースで整理すると、2025年12月末時点でも台湾向けの「加入作業部会(Accession Working Group)」は設置されておらず、加盟交渉の正式な入口に入れていない状態が続いています。mfat+1


前提整理:CPTPPは「申請=交渉開始」ではない

CPTPPは新規加盟を受け入れる枠組みを持ちますが、加盟申請があったからといって自動的に交渉が始まるわけではありません。apfccptppportal
加盟国は委員会(CPTPP Commission)で、各申請国ごとに加入プロセスを開始するかどうかを判断し、開始を決めた国ごとに加入作業部会(AWG)を設け、ルール順守や市場アクセス条件などを交渉していくのが典型的な流れです。apfccptppportal

この判断の際に繰り返し参照されているのが、いわゆるオークランド三原則です。要点は次の3つと整理されます。gov

  • CPTPPの高い水準・義務を全面的に受け入れる用意と能力があること
  • 既存の通商コミットメントをおおむね誠実に履行してきた実績があること
  • 加入に関する決定は、締約国によるコンセンサス(全会一致ベースの運用)によって行われること

このうち3点目、すなわち「コンセンサスが必要」という要件が、実務上もっとも大きなハードルになりやすい部分です。apfccptppportal


時系列で見る:台湾申請の現在地

2021年9月:台湾が正式申請

2021年9月22日、ニュージーランドはCPTPPの寄託国として、台湾からの加入申請を受領したことを公表しました。mfat
このタイミングで、中国(9月16日申請)に続き、台湾もCPTPP加盟を正式に目指すことが国際的に認識されるようになりました。congress

2024年11月:台湾向けAWGは設置されず、コスタリカは前進

2024年11月のCPTPP委員会では、コスタリカについては加入作業部会を設置し、アクセッション・プロセスを進めることが決定されました。gov
一方で台湾については作業部会設置が見送られたと報じられ、台湾政府関係者が失望と不満を表明したとする報道もあります。congress

2025年11月:優先順位が明確化し、台湾は依然として対象外

2025年11月21日にメルボルンで開かれた第9回CPTPP委員会の共同声明は、次にアクセッションを進める対象として、ウルグアイ、アラブ首長国連邦(UAE)、フィリピン、インドネシアの4か国を「オークランド三原則に沿う候補」として特定しました。gov
共同声明は、まずウルグアイとのアクセッション・プロセスを開始し、UAE・フィリピン・インドネシアについては2026年にプロセスを開始し得ると整理していますが、この文書のなかに台湾への直接の言及はなく、台湾向けAWGも設置されていません。gov

台湾側は、自国の加盟申請が他国に比べ公平に扱われていないとして遺憾を表明したと報じられています。peacediplomacy
もっとも、共同声明は「他の加盟申請の検討を妨げるものではない」とも明記しており、台湾の申請が撤回されたり、CPTPP側から正式に否定されたりしたわけではありません。gov


なぜ止まっているのか:実務上は「コンセンサスが作れない」

公式文書のレベルでは、「台湾がCPTPPの基準を満たさない」と明示的に断定している記述は示されていません。gov
むしろ、止まっている主因は、台湾案件をどのように扱うかについて、加盟国のあいだで政治的・外交的なコンセンサスが形成できていない、という構図と理解するのが自然です。congress

他方、2025年11月の共同声明は、ウルグアイ・UAE・フィリピン・インドネシアを次の具体的候補として位置づけつつ、「他の申請についての検討を妨げない」との一文を入れています。gov
したがって、実務的には台湾の申請は「否決された」のではなく、「棚上げに近い待機状態が続いている」と整理するのが妥当でしょう。congress


日本企業にとっての意味:いま起きること/起きないこと

いま起きないこと

台湾がCPTPPにまだ加盟していない以上、日本と台湾の取引にCPTPPの特恵関税や累積原産のメリットを適用することはできません。mfat
そのため、日本企業は対台湾の調達・生産・輸出の設計について、WTO税率や既存の二国間・地域協定、サプライチェーン全体のコスト構造を前提に最適化を図る必要があります。apfccptppportal

いま起きていること

CPTPPは拡大プロセスそのものを止めているわけではなく、2024年にコスタリカ、2025年にウルグアイが具体的に前へ進み、UAE・フィリピン・インドネシアも2026年にアクセッション・プロセスを開始し得る候補として整理されています。gov+1
企業の視点では、「台湾の加盟がいつ実現するか」を見込むよりも、これら他の候補国が先に加盟した場合の累積原産の組み替え余地や調達先の多様化効果を試算しておく方が、短期~中期の実益に直結しやすい局面と言えます。jef+1


2026年に向けたチェックポイント

  • 2026年前半の追加判断
    2025年の共同声明は、2026年前半にもCPTPP委員会を開催し、拡大に関する追加判断を行う意向を示しています。gov
    この場で台湾案件がどの程度議題として扱われるかが、今後数年の見通しを占ううえで最初の注目点になります。congress
  • 加盟国側の対外メッセージの変化
    台湾を名指ししない場合でも、オークランド三原則の具体的運用や、候補国の優先順位に関する説明のトーンが変わるかどうかは重要なシグナルです。gov
    特に「既存コミットメントの履行」や「経済的威圧への懸念」といった表現の扱いが変化するかどうかは、台湾のみならず他の候補国や既存加盟国を含めた政治・経済環境の変化を映す指標となり得ます。cas

免責:本稿は、各国政府・国際機関・報道機関が公表する一般的な情報を前提とした整理であり、個別の取引・関税・原産地判断を代替するものではありません。具体的案件については、協定正文、各国税関当局の運用、専門家の助言等に基づき確認してください。

  1. https://www.mfat.govt.nz/jp/trade/free-trade-agreements/free-trade-agreements-in-force/cptpp/common-questions
  2. https://apfccptppportal.ca/accessions/process
  3. https://www.gov.uk/government/publications/cptpp-joint-ministerial-statement-in-vancouver-canada-28-november-2024/comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-cptpp-joint-ministerial-statement-28-november-2024
  4. https://www.congress.gov/crs_external_products/IN/PDF/IN11760/IN11760.1.pdf
  5. https://www.gov.uk/government/publications/cptpp-joint-ministerial-statement-in-melbourne-21-november-2025/comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-cptpp-joint-ministerial-statement-21-november-2025
  6. https://peacediplomacy.org/2024/04/02/its-time-for-canada-to-break-the-cptpp-accession-logjam/
  7. https://www.jef.or.jp/journal/pdf/259th_Cover_Story_04.pdf
  8. https://www.meti.go.jp/english/policy/economy/industrial_council/pdf/250603008_03.pdf
  9. https://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo/2025/pdf/20251121_cptpp_seimei_en.pdf

CPTPPの中国加入が「見送り」状態にある理由と、実務への影響

中国のCPTPP加入申請(2021年9月16日提出)は、申請から時間が経っているにもかかわらず、いまだ「加入交渉を始める」ための加盟国コンセンサスが形成されておらず、アクセッション・プロセスの正式な開始に至っていない状態です。apfccptppportal+1
これは、加盟国側が中国の加入を明確に拒否する決定を行ったというよりも、アクセッション開始を決めるコンセンサスが成立していないため、手続が事実上停滞しているという構図と整理できます。cas+1

1. 直近の公式判断:ウルグアイを優先し、中国は対象外のまま

2025年11月21日に豪州メルボルンで開催された第9回CPTPP委員会(CPTPP Commission)に関する共同声明では、アクセッション手続の進捗について次のように整理されています。gov

  • コスタリカ:アクセッション作業部会(AWG)が既に設置されており、2025年12月までに交渉の進捗を報告するよう指示
  • オークランド三原則を満たすとみなされる候補として、ウルグアイ、アラブ首長国連邦(UAE)、フィリピン、インドネシアの4か国を特定
  • まずウルグアイとのアクセッション・プロセスを開始し、残る3か国については2026年に、適切と判断されればプロセスを開始
  • これに加え、他のアクセッション要請についても検討・議論を継続する意向を表明

この「4つの候補」の中に中国は含まれておらず、共同声明の文脈上も中国は「現時点で優先的にアクセッション交渉を進める対象にはなっていない」と整理するのが自然です。gov
他方で、CPTPPは中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイ、ウクライナ、インドネシア等から正式な加入要請を受けていることが、各種レポートでも整理されています(ジェトロ等)。jef+1

2. 「見送り」とは何か:拒否ではなく、交渉開始の合意が作れない状態

CPTPPへの加入は、要請国が申請書を提出しただけでは進まず、CPTPP委員会がアクセッション・プロセスを開始することを決定し、加入作業部会(Accession Working Group: AWG)を設置して初めて本格的な交渉段階に入ります。apfccptppportal
中国の申請日は2021年9月16日と明確ですが、現時点までに中国向けAWGを設置する決定が行われたという公表情報はなく、アクセッション・プロセスが公式に立ち上がったとは言えない状況です。mfat+1

ここで鍵となるのが、アクセッション判断が「オークランド三原則」に基づくこと、および加入に関する決定はすべて締約国のコンセンサスに依存するという点です。cas+1
実際、申請当初からカナダを含む一部加盟国が中国(および台湾)の加入申請への明確な支持表明を控えているとの報道もあり、初期段階から慎重姿勢や政治的配慮が指摘されてきました。peacediplomacy

3. なぜ合意が作れないのか:実務的に効いてくる3つの論点

論点は多岐にわたりますが、企業実務の観点から押さえるべきポイントを3点に整理します。

論点A 「高い水準」を満たし続ける確度

日本政府(外務省)は、CPTPPの高い水準を満たす意図と能力を持ち、かつ既存の通商約束を履行しているかどうかを加入要請国ごとに慎重に見極める、という基本姿勢を示しています。mofa+1
企業実務としては、国有企業・補助金、デジタル貿易、知的財産、労働・環境、透明性・ガバナンスなどの分野で、「制度設計の形式的整合性」だけでなく、その運用実績や履行確度まで含めて評価される、という理解が重要になります。rieti+1

論点B 経済的威圧への警戒(加盟国側の問題意識)

第9回委員会に関する共同声明は、経済的威圧(economic coercion)に対する懸念と反対を明記し、こうした行為はCPTPPの高い水準や加盟国に期待される行動と整合しないと踏み込んでいます。cas+1
この種の文言は特定国名を挙げてはいないものの、加盟候補国を含む各国の行動様式全体が審査対象になりうる、というメッセージとして読み得るため、企業としても中長期リスクの一環として認識しておく価値があります。congress

論点C 地政学とコンセンサスの壁

豪州の有力紙Australian Financial Reviewは、中国のCPTPP申請について「加盟国間でコンセンサスがなく、申請の検討が遅れている」との認識を示しており、在豪中国大使へのインタビューでも同趣旨の質問が投げかけられています。china-embassy
一方で、中国はCPTPP水準との整合性をアピールする目的も含めて、海南自由貿易港のような制度実験を進めていますが、外交官や専門家からは「パイロット・プロジェクトだけでは不十分であり、全国的な制度改革と履行実績が求められる」との懐疑的な見方も示されています。reuters+2

4. 日本企業への実務インパクト:いま起きること/起きないこと

実務的には、当面は「中国がCPTPPに加入していない前提」で制度設計を行うのが合理的です。mfat+1

  • 対中輸出
    • CPTPPの特恵関税は対中取引には適用されないため、日本から中国向け輸出に関する関税・原産地の設計は、RCEPや日中二国間の制度枠組み等を中心に最適化することになります。congress
  • サプライチェーン・原産地設計
    • CPTPPの累積原産は原則としてCPTPP締約国間が対象であり、中国原材料の比率が高い製品は、CPTPP特恵の原産地基準を満たしにくくなる可能性があります。meti+1
  • むしろ注目すべき「増える可能性が高い国」
    • 2025年11月の共同声明では、ウルグアイとのアクセッション・プロセス開始に加え、UAE・フィリピン・インドネシアについて2026年にプロセスを開始し得ることが示されています。trademinister+1
    • これらが加入すれば累積原産の組み替えや調達先の多様化が可能となるため、企業にとっては中長期的なサプライチェーン再設計のオプション拡大という、より直接的な実益につながり得ます。jef+1

5. 2026年に向けたチェックポイント

  • ウルグアイの加入交渉の進捗
    • ウルグアイ向けAWGでの議論内容(センシティブ品目、移行期間、国有企業・サービス市場開放の扱いなど)が、今後の他候補国に対するベンチマークになる可能性があります。gov
  • UAE・フィリピン・インドネシアの加入プロセス開始の有無
    • 2026年中にアクセッション・プロセスを実際に開始するかどうかは、サプライチェーン戦略や投資戦略の前提条件として注視が必要です。trademinister+1
  • 議長国の交代
    • 2025年の議長国である豪州から、2026年にはベトナムが議長としてCPTPPの議論を主導する見通しであり、議長国の優先課題や対中スタンスがアクセッション議論のペースに影響し得ます。trademinister
  • 中国申請の「棚上げ」継続リスク
    • 中国の加入申請そのものが取り下げられたわけではなく、政治・経済環境の変化次第では再び議題として浮上する余地は残りますが、現時点では他の候補に比べ優先順位が低いポジションにとどまっていると評価するのが妥当です。english.scio+1

免責:本稿は各国政府・国際機関・報道等の公開情報に基づく一般的な解説であり、個別案件の法務・通関判断を代替するものではありません。具体的案件については、協定正文、国内実施法・通達、各国税関当局への照会等により確認してください。

  1. https://www.mfat.govt.nz/jp/trade/free-trade-agreements/free-trade-agreements-in-force/cptpp/common-questions
  2. https://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo/2024/pdf/20240518_cptpp_seimei_en.pdf
  3. https://www.gov.uk/government/publications/cptpp-joint-ministerial-statement-in-melbourne-21-november-2025/comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-cptpp-joint-ministerial-statement-21-november-2025
  4. https://apfccptppportal.ca/accessions/process
  5. https://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo/2025/pdf/20251121_cptpp_seimei_en.pdf
  6. https://www.jef.or.jp/journal/pdf/259th_Cover_Story_04.pdf
  7. https://www.jetro.go.jp/ext_images/hungary/pdf/globaltradeandinvestmentreport2025.pdf
  8. https://peacediplomacy.org/2024/04/02/its-time-for-canada-to-break-the-cptpp-accession-logjam/
  9. https://www.mofa.go.jp/policy/other/bluebook/2025/pdf/pdfs/3-3.pdf
  10. https://www.rieti.go.jp/en/papers/contribution/kawase/09.html
  11. https://www.congress.gov/crs_external_products/IN/PDF/IN11760/IN11760.1.pdf
  12. https://au.china-embassy.gov.cn/eng/dshd/202504/t20250402_11587111.htm
  13. https://www.reuters.com/world/china/china-launches-113-billion-free-trade-experiment-hainan-island-2025-12-18/
  14. https://www.newsweek.com/china-spends-113-billion-on-hong-kong-rival-roughly-the-size-of-maryland-11253923
  15. https://www.indexbox.io/blog/china-launches-hainan-island-as-separate-customs-territory-to-boost-trade-and-join-cptpp/
  16. https://www.meti.go.jp/english/policy/economy/industrial_council/pdf/250603008_03.pdf
  17. https://www.trademinister.gov.au/minister/don-farrell/media-release/australia-hosts-cptpp-trade-talks-melbourne
  18. http://english.scio.gov.cn/pressroom/2025-05/09/content_117866500.html
  19. https://www.trtworld.com/article/574bf26b97a2
  20. https://www.tbsnews.net/worldbiz/china/china-launches-113-billion-free-trade-experiment-hainan-island-1312926
  21. https://www.visahq.com/news/2025-12-18/cn/china-activates-island-wide-customs-closure-in-hainan-launching-us113-billion-free-trade-port/
  22. https://www.theasiacable.com/p/asia-daily-december-19-2025
  23. https://www.scmp.com/news/china/diplomacy/article/3081894/coronavirus-australia-calls-chinas-envoy-over-disappointing
  24. https://www.jef.or.jp/en/1-2.1_Han-koo_Yeo.pdf
  25. https://asiantradecentre.org/media-coverage-2
  26. https://www.azernews.az/region/251820.html
  27. https://www.uts.edu.au/news/2021/11/australia-prc-trade-and-investment-developments-timeline
  28. https://www.thediplomaticaffairs.com/2025/12/21/the-hainan-free-trade-port-as-a-strategic-economic-experiment/
  29. https://www.mfa.gov.cn/eng/xw/zwbd/202408/t20240809_11468867.html
  30. https://m.fastbull.com/news-detail/china-launches-113-billion-hainan-free-trade-port-4360787_0
  31. https://www.uktpo.org/briefing-papers/joining-the-cptpp-economic-opportunities-and-political-dilemmas-of-future-expansions-for-the-uk/
  32. https://english.mofcom.gov.cn/News/SignificantNews/art/2021/art_aaf18f91e7e14ce1831f926f16d9b2ee.html
  33. https://www.gov.uk/government/publications/cptpp-joint-ministerial-statement-in-vancouver-canada-28-november-2024/comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-cptpp-joint-ministerial-statement-28-november-2024
  34. https://www.csis.org/analysis/look-skeptically-chinas-cptpp-application
  35. https://www.dfat.gov.au/trade/agreements/in-force/cptpp/joint-ministerial-statement-occasion-ninth-commission-meeting-cptpp
  36. https://www.mfat.govt.nz/jp/trade/free-trade-agreements/free-trade-agreements-in-force/cptpp/have-your-say
  37. https://www.dfat.gov.au/trade/agreements/in-force/cptpp/commission-meetings
  38. https://publicprocurementinternational.com/wp-content/uploads/2025/08/2025_34_PPLR_Issue_4_Print_Press-Proof_Offprint.pdf
  39. https://www.dfat.gov.au/trade/agreements/in-force/cptpp/news
  40. https://globaldataalliance.org/wp-content/uploads/2024/08/08012024gdacptpp.pdf

FTA原産地証明:USMCA・CPTPP 自己証明制度の実務ガイド

近年主流となっている自由貿易協定(FTA)では、輸入者、輸出者、または生産者が自らの責任で産品が協定上の原産品であることを証明する「自己証明制度」が採用されています。

本稿では、特に重要な二つのメガFTA、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)とCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)における自己証明制度の要件を比較し、日本企業の輸出実務担当者が押さえるべきポイントを解説します。

1. 自己証明制度の基本概念

まず、制度を理解するための3つの重要な概念を解説します。

  • 自己証明 (Self-Certification)
    輸入者、輸出者、または生産者のいずれかが、協定で定められた記載事項を満たした書類を作成し、産品が協定上の「原産品である」と宣言する仕組みです。特定の様式は定められておらず、商業インボイスやその他の商業書類、あるいは別紙への記載が認められます。
  • 品目別原産地規則 (PSR – Product-Specific Rules of Origin)
    産品が原産品と認められるための具体的な基準です。主に以下の3つの柱で構成されます。
    • 関税分類変更基準 (CTC – Change in Tariff Classification): 非原産材料のHSコード(関税分類番号)が、完成品のHSコードから指定されたレベル(例:2桁、4桁、6桁の変更)で変更されていることを求める基準。
    • 付加価値基準 (RVC – Regional Value Content): 協定域内での付加価値が、協定で定められた計算方法に基づき、一定の割合(例:40%以上)に達していることを求める基準。
    • 特定工程基準 (SP – Specific Process): 特定の製造工程(例:化学反応、紡織、溶融など)が協定域内で行われていることを求める基準。
  • 事後検認 (Verification)
    輸入国の税関が、輸入申告後、提出された原産地証明やその根拠資料に基づき、産品の原産資格を検証する手続きです。検証は、書面による照会や、生産者(輸出者)の施設への実地調査によって行われます。

2. 要件比較:USMCA vs. CPTPP(日本輸出者の実務視点)

両協定の自己証明における具体的な要件を、実務上のポイントと共に比較します。

項目USMCACPTPP実務メモ(日本輸出者)
対象協定米国・メキシコ・カナダ協定環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(日本、豪州、カナダ、メキシコ、英国など12カ国)英国は2024年12月15日に発効済み。対象国の確認が常に必要。
証明作成者輸入者・輸出者・生産者輸入者・輸出者・生産者どちらも同じ。輸入者主導で証明を求められるケースを想定し、自社(輸出者)版と輸入者版の様式を準備するとスムーズ。
様式自由書式(協定附属書5-Aの9要素を満たす)自由書式(協定附属書3-Bの9要素を満たす)必須9要素はほぼ共通。社内共通テンプレート化が効率的。
必須要素9要素(証明者、輸出者、生産者、輸入者、品名・HS6桁、原産基準、包括期間、署名+宣言文など)9要素(構成はUSMCAとほぼ同等)項目名の呼称差(例:Certifier)を吸収すれば、単一のフォームで両協定に対応可能。
包括証明最長12か月の複数出荷を単一の証明書でカバー可能(Blanket証明)。同様に最長12か月。年次更新が基本。更新漏れを防ぐ管理システムの構築が重要。
使用言語英語、フランス語、スペイン語(輸入国税関が翻訳を要求可能)英語での提出を各国が受理英語で作成したテンプレートで運用を統一するのが最も効率的。
記録保持義務5年間(輸入者・輸出者・生産者)5年間(同上)社内規程やサプライヤーからの根拠資料(宣誓書など)の保持期間も5年に統一することが望ましい。
第三国インボイス非加盟国発行のインボイス上には記載不可。別紙で提出が必要。第三国発行インボイスの場合、別紙提出が求められる(例:カナダ税関)。【重要】 インボイス発行国が協定加盟国かをチェックし、非加盟国なら自動で別紙扱いにするロジックが必須。
原産地基準の表記HSコード6桁+PSR(CTC/RVC/SPなど)を明記。同様に明記が必要。根拠の追跡可能性のため、「PSR条番号+基準コード(例: CTH, RVC40)+計算式」まで定型化して記載するのが望ましい。
僅少の原則(デミニミス)原則10%(非繊維中心/一部例外あり)原則10%(附属書3-Cの例外に注意)例外品目(例:HSコード第50~63類の繊維品)は要注意。テンプレートに**「例外チェック欄」**を設けると安全。
自動車等の特例RVC、労働付加価値基準(LVC)、鉄鋼・アルミ使用比率など、極めて厳格かつ特殊な要件あり。PSRの差はあるが、USMCAほど特殊な規定は少ない。USMCAの自動車・部品は、専用の計算根拠(ワークシート)を用いた厳格な管理が必須。
事後検認書類要求・現場検査(工場実査)が可能(第5.9条)。同様に検認手続きあり(第3.27条)。税関からの照会に対し、「48時間以内に受領返信→10営業日以内に本回答」など、社内での対応基準(SLA)を標準化しておくことが有効。
デジタル対応電子提出・電子署名を受理。電子形式での提出を協定条文で許容。原本スキャン(PDF)+検索可能なメタデータ管理で、監査(検認)時の即時対応性を確保する。
証明の有効期間税関は、証明書作成日から4年間は特恵関税の要求を受理可能(事後請求)。原則、証明書発行日から1年間有効。【注意】 CPTPPは「1年」で管理するのが安全。更新カレンダーと自動リマインドが必須。

3. 実務Tips:共通テンプレートによる一元管理

USMCAとCPTPPは類似点が多いため、日本本社が主導して証明プロセスを共通化するのに適しています。以下に具体的な運用方法を提案します。

  1. 共通原産地証明書(COO)テンプレートの設計
    • ヘッダーに**協定名(USMCA/CPTPP)**を選択するプルダウンメニューを設置します。
    • 両協定の9つの必須要素を網羅する共通フィールドを設計します。
    • 原産基準(PSR)の記載方法を「基準コード(例:CTH)+ 該当条番号 + (RVCの場合)計算式」の形式で統一します。
  2. 「裏付け資料パッケージ」の標準化
    全ての証明書に対し、その根拠となる資料一式を紐づけて管理し、監査対応力を高めます。
    • 資料例: サプライヤー宣誓書、部品表(BOM)、RVC計算ワークシート(Excel等)、品番・工程・原産地の変更履歴ログ。
  3. 更新・監査プロセスの確立
    • 12か月の包括期間が満了する前に、更新を促す自動リマインダーが担当者に通知される仕組みを構築します。
    • 高リスク品目(自動車関連、電子機器など)は、年2回程度の抜き取り内部監査を実施し、コンプライアンスを維持します。
  4. インボイス発行国に応じた自動分岐ロジック
    共通テンプレートに、「インボイス発行国が協定非加盟国か?」というチェック項目を組み込みます。Yesの場合、インボイス上への記載をロックし、自動的に**「別紙提出」**のフォーマットに切り替わるように設定します。これは、両協定の要件を満たす上で極めて重要な機能です。

TPPへの中国、台湾、韓国の参加申請・参加検討に関する私見

中国、台湾、韓国がTPPへの参加を表明または参加検討をすることがニュースになっています。

ニュースやYouTubeで「TPPへの中国、韓国の参加は無理。台湾歓迎」という論調をよく見ますが、FTAを利用する企業側からの視点でこのことを見てみましょう。

(申請に関する是非)

TPPに参加申請をする国は、TPPが定める申請・承認プロセスを経ることになります。申請する段階でその申請を断ることはできません。断る以上は明確な理由が必要となります。

そこで、参加希望国が条件を満たせるかを見定めればよい。中国がWTOに参加するときに遵守するとした条件を今だ守れていないこと、韓国が国際的な決め事を後に保護することなどを加味して各国が見定め、満場一致をもって参加を認めればいいことで現時点で一方的に締約国が「守れない」と主張するのは無理があります。

(日本にとっての経済的メリット、リスク)

RCEPはその協定の内容を見れば分かることですが、日本にとってのメリットが余り感じられない、あったとしてもとても時間がかかる内容です。特に自動車部品の対中国輸出ではメリットがほぼないと言えます。中国や韓国が入ることでメリットが大きいと思われたRCEPですが、実際は日本に取ってそれほど手放しでは喜べないものになっています。

翻って、TPPに中国や韓国が入るとどうなるか。TPPでは日本は米などよく守ったと思われる内容となっている一方で、日本以外ではほぼ100%の関税撤廃となっています。また、その撤廃速度もRCEPとは比べるまでもありません。新規参入の国は、締約国より参加条件がよくなるわけがありません。基本は譲許のスピードが速く、かつほぼ全面的に関税を撤廃することが前提になるでしょう。そうなれば、TPPの方がいろいろな制約のあるRCEPよりも日本企業に取って対中国、対韓国上、関税削減が広く、かつ鋼板に享受できるという活用のメリットが出ると言えます。このメリットはかなり大きなものです。この点だけを考えれば、中国、韓国のTPP参加は日本にとって歓迎すべき事です。

一方、原産地証明上、日本はリスクを背負う可能性があります。

TPPにおける関税低減・撤廃のメリットを得る為には、原産地証明書を輸出時のインボイスに添付する必要があります。その原産地証明ですが、TPPでは「自己証明」という形態をとっています。「自己証明」とは企業が原産性を証明した後に、自身で原産地証明を作成することが出来るということを指します。日EU EPAや日オーストラリアEPAを除き、日本の多くのEPAでは「第三者証明」制度がとられています。これは商品の原産性判定を日本商工会議所に申請し、許可が出た後で、日本商工会議所により原産地証明書を発給してもらうことが出来る制度です。間に日本商工会議所が入ることで時間と手間とコストが企業にはかかることになります。TPPではそれがないので迅速に原産地証明書を得る事ができます。メリットに思えますよね。

FTAでは、原産性が確かなものかを輸入国が輸入時・輸入後に確認できる「検認」が認められています。原産性に関する証拠書類の提出や質疑をして、原産性があることを企業が立証しなければいけません。

先の原産地証明書の発給プロセスで、日本商工会議所が間に入ったEPAでは、検認時には日本商工会議所が輸入国税関と企業の間に立ち、検認の対応を支援していただけます。「自己証明」である日EU EPAは、税関が仲立ちしてくれます。が、TPPはその仲立ちがなく、相手国税関から直接企業に「検認」の問い合わせがいく仕組みになっています。TPPに中国や韓国が入ることで、彼らから日本企業への検認は各国税関から直接企業にいくことなるのです。助太刀のない検認でかつ中国、韓国から。怖いと思うのは私だけでしょうか。「もう少し製造工程を明確にしてもらわないと、原産として認められない」といった製造上の機密情報を要求されかねないという人も居ます。これは考えるべき大きなリスクです。

(TPPのアキレス腱)

ルールを守らないと考えられている中国を経済的に資すると考えられるTPP参加、それを西側として阻止しなければいけないという外交上の日本のスタンスも分からなくもありません。が、TPPの初期交渉当時からかき乱して、そして離脱をしたアメリカの所業も決して褒められたものではなく、実際のTPPの協定文にはアメリカによって(ごり押しと言っていい)内容が数あります。現段階でのTPP締約国は苦々しく思っている内容です。アメリカが戻ってくることを期待して、そのままとしています。

アメリカが戻ってこないなら、締約国は修正したいところでしょう。自動車関連や特に繊維などはアメリカのごり押しの内容です。直したいというのも当然ですし、理想をいえば直すべきだと思います。が、協定内容を変えることを認めれば、ついでに様々なことが書き換えられる恐れがあります。それが中国の参加の際に書き換えられるとなればどうなるか。中国の参加を歓迎するアジアの締約国がマレーシアやシンガポールなど少なからずあるため、非現実的ではないのです。

(英国の参加申請が当面の試金石)

先に、英国がTPP加盟申請を行っているので、英国に対して、協定内容を変えずに協議するか、厳しい参加基準をどう遵守させるかが当面締約国による真偽の中で見守りたい点です。協定を変えることがなければ、中国や申請をした場合の韓国にも同様の措置がとられるでしょう。そうなればTPPの理念は守られます。

それと同時にかき乱してきたアメリカがTPPに参加するなら修正が必要といっており、かつ、TPP参加が現段階でのアメリカの優先順位ではないため、アメリカの動きも見ておく必要があります。

(中国の真意)

中国は本当にTPPに参加したいと思っているのでしょうか。RCEPという巨大メガFTAも完成目前で、「自由貿易」という意味では中国は成功しています。一方、TPPのルールを曲げない限り、中国は参加要件を満たさないのは明らかで、中国が参加要件を満たす施策を行うメリットはありません。また、TPPは「環太平洋」と謳っていますが、FTAは本来隣接する地域で有効なもので、実際には日本企業がTPPを使うのはEPAのないカナダやニュージーランドくらいで、それほどアクティブな利用はされていません。

そういうことを考えれば、台湾をTPPに参加できなくさせるのが中国の本意ではないかと思います。中国にとって台湾は自国の一部としての認識なので、台湾を独立した形で世界的にメジャーなFTAに参加させないことが肝心なのでしょう。

ほんとか嘘か分かりませんが、台湾がTPP参加申請を出すという情報を中国が知り、先に申請することで台湾の出鼻を挫いたと言われていますね。

今後の動きを見守っていきたいと思います。情報がありましたらまたこのブログに投稿します。