2025年7月末、米国とEUは「多くのEU製品に15%レベルの輸入関税を適用する代わりに、EU側が米国製工業品の関税を大幅に削減する」という合意で、30%関税発動寸前だった通商紛争を回避しました。 スコットランド・ターンベリーでのトランプ大統領とフォン・デア・ライエン欧州委員長による政治合意が、その起点です。bbc+3
その後11月末、EU加盟国はこの合意をEU法に落とし込む条件として、輸入急増時に関税引き下げを一時的に止められるセーフガード(安全弁)と、2028年末までの影響評価レポートを求めました。 EU議会も18カ月サンセット条項など、追加の「安全装置」を検討しています。international.astroawani+3
1. 米EU「15%関税合意」の骨格
合意のタイミングと狙い
- 2025年7月末、トランプ大統領とフォン・デア・ライエン委員長がターンベリーで政治合意し、8月から予定されていたEU製品への30%関税を回避しました。aljazeera+1
- その後8月に米EU共同声明が公表され、9月25日付の連邦官報告示で具体的なHS(HTSUS)変更が実装されています。policy.trade.europa+2
米国側:EU向け輸入関税を「15%レベル」に調整
報道と連邦官報・実務解説を総合すると、米側の枠組みは次のイメージです。thompsoncoburn+2
- 多くのEU原産品について、「通常のMFN税率+“リシプロカル関税”」の合計が概ね15%になるよう調整。
- 自動車・自動車部品など、一部品目では従来25〜27.5%だった実効税率を15%水準まで引き下げる一方、元々低税率の品目では追加分を上乗せして15%近辺に合わせる構造です。bloomberg+1
- ただし、航空機・一部化学品・半導体製造装置・重要原材料など戦略品はゼロ関税(あるいはMFNのみ)とする「ゼロ関税ゾーン」も設けられています。reuters+1
鉄鋼・アルミニウムについては、セクション232に基づく50%水準の追加関税が維持されており、今後の協議で調整余地があるという位置付けです。reuters+1
EU側:米国製工業品の関税をほぼ撤廃
- EUは、米国製の多くの工業製品について関税を撤廃し、水産品・農産品の一部に関してはゼロ関税の関税割当(TRQ)を設定する方針を加盟国レベルで確認しました。gmk+1
- さらに、エネルギーや防衛装備・半導体など米国製品・サービスを今後数年で数千億ドル規模購入するコミットメントや、追加的な対米投資拡大を盛り込んだと報じられています。bloomberg+1
この結果、「EU→米国」は多くが15%レベル、「米国→EU」は工業品ほぼゼロという非対称なディールとなっている点が、欧州側の政治的論争点になっています。reuters+1
2. EUが求める「安全弁」条項
加盟国の共通方針:セーフガードと影響評価
11月末時点で、EU加盟国政府は次のような共通方針をとっていると報じられています。gmk+1
- 米国製工業品の関税撤廃と水産・農産物のゼロ関税枠設定には同意。
- ただし、「米国からの輸入が急増し、EU産業に重大な損害またはそのおそれが生じた場合」に備え、関税引き下げを部分的・全面的に停止できるセーフガード条項を要求。
- この発動には、加盟国からの要請→欧州委員会による調査→必要に応じた発動提案、というプロセスを想定しています。
加えて、欧州委員会に対し、2028年末までに関税変更がEU市場に与えた影響を評価するレポート提出義務を課すことも求めています。 2028年末というタイミングは、次の米大統領選直後に重なり、「4年間試験運用し、必要なら見直す」という政治スケジュールを意識した設計とみられます。english.almayadeen+3
欧州議会が検討する追加の「安全装置」
欧州議会は、これに加えて次のような案を検討中とされています。international.astroawani+1
- 18カ月のサンセット条項:合意発効から18カ月で自動失効し、継続には再承認を必要とする時限措置化。
- 米国側の約束違反への自動対応メカニズム:米国が追加関税再引き上げなど合意逸脱を行った場合に、EUが迅速に対抗措置(関税復元等)を取れる枠組み。
- 鋼鉄・アルミ派生品への50%関税対処:合意後に米国が風力タービン等407品目に50%関税を課したことに対し、米国がこれを撤回しない限り、EUも同種の米国製品への関税を維持すべきとの主張。reuters
EU側は、「関税は下げるが、約束が崩れた場合は速やかに元に戻せる保険を条文に組み込む」ことを狙っていると言えます。english.almayadeen+1
3. EUが慎重になる背景
関税を政治カードとして使う米国への不信感
トランプ政権はこれまでも、相手の対応次第で関税引き上げ・引き下げを繰り返すスタイルを取り、「関税=外交カード」という認識を定着させてきました。 今回の米EU合意でも、投資・エネルギー購入コミットメントが履行されなければ15%を再引き上げる権限を維持する、と米側が説明していると伝えられています。cnbc+1
EUから見ると、「政治合意をしても、後から一方的に条件が変わり得る」というリスクがあるため、セーフティバルブの法的な組み込みに神経質にならざるを得ません。english.almayadeen+1
ディールの非対称性への政治的反発
数値だけ見ると、EU製品は広く15%関税、米国製工業品はEU市場でほぼゼロ関税という構図であり、エネルギー・防衛装備の巨額購入や追加的な対米投資コミットメントまで含めると、EU側の譲歩が大きいとの見方が根強くあります。 欧州議会内では、「譲歩しすぎたディールを安全弁なしで承認するのは難しい」との意見が多く、この政治事情も安全弁要求を後押ししています。reuters+3
EU産業への“二重のリスク”
- 一方で米国製工業品が関税ゼロでEU市場に流入し、欧州企業との価格競争が激化するリスク。gmk+1
- 他方で、米国が約束を反故にして再び関税を上げる、あるいはEUが自らセーフガードを発動せざるを得なくなるという、上振れ・下振れ双方の政策不確実性。
この“二重のリスク”が、EUに条文設計の「細部へのこだわり」を強いている背景といえます。reuters+1
4. 日本企業・投資家への実務インパクト
EU発・米国向け輸出(EU拠点の日本企業)
欧州拠点から米国へ自動車・部品・機械・化学品・医薬品等を輸出しているケースでは、合意前より高かった関税が15%水準に「落ち着く」一方、依然として無視できない負担です。 長期契約では、15%関税と将来の変動リスクを前提に、価格転嫁の方針や「通商条件が大きく変わった場合の価格再協議条項」を組み込んでおく必要があります。federalregister+2
米発・EU向けビジネスと競合する日本企業
米国メーカーと欧州市場で競合する日本企業にとっては、米製品が関税ゼロ・低関税でEU市場に入ることで、価格競争が一段と厳しくなる可能性があります。 EU市場向けのビジネスモデルについて、gmk+1
- EU域内生産
- 日本・第三国からの直接輸出
- 米国拠点からの供給
の相対的メリットを再検討するタイミングといえます。thompsoncoburn+1
サプライチェーン再設計の視点
米国は日本とも「15%相互関税」の枠組みで合意しており、EUとのディールは日本モデルと類似した構造になっています。 その結果、世界の製造業にとっては、govdelivery+1
- 米国向け輸出:日本・EU・第三国のどの拠点から出すのが最適か
- EU向け輸出:米国経由の方が有利になる品目がないか
といった「米国・EU二極プラットフォーム」を前提としたサプライチェーン見直しが、数年スパンで進む可能性があります。policy.trade.europa+1
契約で押さえておきたい条項
- 関税変動時の価格調整条項(特定の関税率変動や協定変更があった場合の再協議条項)。
- 関税・公租公課の負担者を明確にする条項(輸入者負担を原則としつつ、相互関税については例外規定を設けるなど)。
- 安全弁やサンセット条項を踏まえた、一定水準以上の関税に達した場合の契約解除・条件再協議のオプション。
こうした条項は、連邦官報やEU側立法の最終文言を確認しつつ、専門家と調整する必要があります。federalregister+1
5. 今後数カ月のチェックポイント
- EU側立法プロセス:加盟国・欧州議会・理事会の三者協議を通じて、安全弁の発動条件や18カ月サンセット条項の有無がどう固まるか。international.astroawani+1
- 米側運用:2025年9月25日連邦官報で実装されたHTS変更に加え、今後の大統領令や232・301の運用で追加の調整が行われるか。thompsoncoburn+1
- デジタル政策とのリンク:米国は鉄鋼・アルミ追加関税の引き下げと引き換えに、EUのデジタル規制の「バランス調整」を求めていると報じられており、デジタル関連ビジネスはこのリンクにも注意が必要です。cnbc
日本のビジネスパーソンにとっては、「15%」「安全弁」といった見出しをそのまま受け取るのではなく、自社の取引フロー・価格・契約・投資計画に引き直して影響を定量化し、EU・米国双方の立法・運用の動きをフォローし続けることが重要になります。reuters+1
- https://www.reuters.com/business/us-eu-avert-trade-war-with-15-tariff-deal-2025-07-28/
- https://policy.trade.ec.europa.eu/news/joint-statement-united-states-european-union-framework-agreement-reciprocal-fair-and-balanced-trade-2025-08-21_en
- https://www.reuters.com/sustainability/boards-policy-regulation/eu-members-seek-safeguards-us-tariff-deal-protect-industry-2025-11-28/
- https://www.thompsoncoburn.com/insights/54-october-2-2025-implementation-of-u-s-eu-trade-framework/
- https://www.federalregister.gov/documents/2025/09/25/2025-18660/implementing-certain-tariff-related-elements-of-the-us-eu-framework-on-an-agreement-on-reciprocal
- https://www.bbc.com/news/articles/cx2xylk3d07o
- https://www.aljazeera.com/economy/2025/7/27/us-and-eu-agree-on-trade-tariffs-to-avert-economic-standoff
- https://www.bloomberg.com/news/newsletters/2025-07-28/us-reaches-tariff-deal-with-eu-to-avert-painful-trade-blow
- https://international.astroawani.com/global-news/eu-members-seek-safeguards-us-tariff-deal-protect-industry-549649
- https://gmk.center/en/news/eu-countries-seek-safeguards-in-tariff-agreement-with-the-us/
- https://english.almayadeen.net/news/Economy/eu-seeks-to-shield-industry-in-tariff-deal-with-us
- https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2025-09-25/pdf/2025-18660.pdf
- https://www.cnbc.com/2025/08/17/eu-push-to-protect-digital-rules-holds-up-trade-statement-with-us-ft-reports.html
- https://content.govdelivery.com/accounts/USDHSCBP/bulletins/3f4360e
- https://www.lemonde.fr/en/economy/article/2025/07/27/eu-chief-and-trump-strike-trade-deal-in-transatlantic-standoff_6743785_19.html
- https://www.courthousenews.com/trump-eu-avert-trade-war-with-15-tariff-deal/
- https://www.cassidylevy.com/news/us-implements-certain-provisions-of-eu-framework-deal/
- https://www.axios.com/2025/07/27/trump-eu-trade-deal-tariffs
- https://uk.finance.yahoo.com/news/trump-tariffs-live-updates-us-may-exit-usmca-next-year-trump-meets-nvidias-ceo-to-talk-ai-chip-curbs-231853555.html
- https://www.reddit.com/r/europeanunion/comments/1pa29te/eu_members_seek_safeguards_in_us_tariff_deal_to/