IEEPA関税還付の「落とし穴」を全て把握し、確実に回収する実務ガイド

2026年2月23日 貿易実務・通商政策専門家の視点から


この記事の位置づけ

2026年2月20日の米連邦最高裁によるIEEPA関税違法判決を受け、日本企業の間で「関税が戻ってくるのではないか」という期待が高まっています。しかしその還付は自動ではなく、手続きを誤れば権利が消滅します。global-scm+2

本記事では、「還付の権利を持っているのに手続きの不備で回収できない」という最も避けるべき事態を防ぐため、企業が今すぐ着手すべき実務対策を体系的に整理します。


現状把握 何が起きているのか

IEEPA関税として米国税関(CBP)が徴収した累計額は1,750億ドル(約26兆円)超とされており、これが理論上の還付対象となります。2025年12月10日時点で3,400万件の輸入申告のうち、1,920万件がまだ未清算の状態です。[logi-today]​

しかし、CITは2025年12月以降、新規訴訟の審理を一括停止しており、最高裁判決が確定した現在もなお「訴訟を起こした企業のみが還付を受けられる可能性」への懸念が残っています。実際、最高裁の判決文は徴収済み関税の還付義務について明確に言及していません。[jetro.go]​[youtube]​

さらに、トランプ大統領はIEEPAに代わる根拠として通商法第122条を発動し、2月24日から全世界一律10%の追加関税を150日間の時限措置として課すと宣言しました。IEEPA還付と新関税の発動が同時進行するという、前例のない複雑な状況が続いています。yomiuri+2


還付手続きの全体像 三つの経路を理解する

混乱を避けるための第一歩は、自社の輸入申告がどの状態にあるかを把握し、適切な手続き経路を選ぶことです。global-scm+1

申告の状態手続き経路申請先期限
清算前(未清算)PSC(事後修正申告)ACEシステムEntry Summary日から300日以内、かつ清算予定日の15日前まで(早い方) [global-scm]​
清算済みProtest(異議申立て)CBP(Form 19)清算確定日から180日以内 logi-today+1
清算済み(行政手続きが機能しない場合)CIT提訴米国際貿易裁判所「争われる行為」から2年以内 [logi-today]​

清算とは、CBPが通関から314日後に関税額を最終確定させる手続きです。清算が完了してしまうと行政救済の道が大幅に狭まるため、自社申告の清算状況の確認が全ての対策の起点となります。tmi.gr+2


対策一 通関データの緊急棚卸しと台帳作成

すべての対策の土台となる作業です。米国の通関業者(カスタムズ・ブローカー)から2025年2月4日以降の全輸入申告データを取得し、以下を一覧化します。jetro.go+1

  • 申告番号(Entry Number)
  • 申告日(Entry Summary Date)
  • 清算日または清算予定日
  • Chapter 99(9903.01.xx番台)で支払ったIEEPA関税額
  • 清算状況(未清算 / 清算済み)

この台帳をもとに、PSC期限とProtect期限を申告ごとに自動計算し、対応優先順位を色分けして管理します。年間IEEPA支払額が1,000万円を超える企業は即時着手が求められます。prtimes+1

ACEポータルへのアクセスが設定されていない企業は早急に登録する必要があります。通関業者任せにしていると、期限到来に気づかないまま請求権が失効するリスクがあります。note+1


対策二 ACH還付口座の登録確認

見落とされがちな実務上の落とし穴です。CBPは2026年2月6日以降、還付の支払い方法を電子送金(ACH:Automated Clearing House)に一本化し、紙の小切手による還付を廃止しました。logi-today+1

ACEシステム上でACH還付口座が登録されていない場合、法的に還付の権利が認められても資金を受け取ることができません。米国子会社の担当部署に対して、以下の点を今週中に確認します。[global-scm]​

  • ACEアカウントにACH還付口座(Automated Clearing House Refund)が設定されているか
  • 日本本社や別法人への振込みを希望する場合は、CBP Form 4811によるNotify Party指定が完了しているか[global-scm]​

通関業者に依頼すれば数営業日で確認できる作業ですが、期限直前に発覚した場合は間に合わないケースも想定されます。[global-scm]​


対策三 CIT予防的提訴の方針決定

行政手続き(PSCおよびProtest)だけに依存することは、現在の法的環境では十分ではありません。その理由は三点あります。bakermckenzie.co+1

第一に、CBP自身はIEEPA関税の違法性を独立して判断する権限を持たないため、Protestを申立てても却下される可能性があります。第二に、CITは最高裁判決が出るまで新規訴訟の審理を一括停止していましたが、「訴訟を起こした企業のみに還付が限定される」可能性が完全には払拭されていません。第三に、CITは再清算と還付を命じる権限があると確認しており、訴訟という形で案件を「裁判所に登録しておくこと」自体が権利保全として機能します。jetro.go+2

ベーカー・マッケンジーのクライアントアラートは、この予防的提訴を「Protective Appeal(権利保全提訴)」と位置づけており、積極的な勝訴を狙うためではなく、還付認容の対象として自社案件を確実に含めるための安全策として機能することを明確にしています。[bakermckenzie.co]​

日本企業の中では豊田通商、住友化学、リコーなど少なくとも9社の米国関係会社がすでに提訴しています。米国通商法に精通した弁護士との相談を2週間以内に実施することを推奨します。[sankei]​


対策四 グループ内の資金帰属合意書の整備

「誰のお金か」の合意がないまま還付金が米国子会社の口座に入金された場合、グループ内の資金移転に税務・法務上の問題が生じます。以下の文書を1か月以内に整備します。[note]​

  • 還付金帰属に関する合意書:IEEPA関税コストを日本本社が実質負担してきた場合、還付金を本社に還流させる根拠を文書化する[note]​
  • 訴訟費用の負担配分:弁護士費用、手続きコストを本社・子会社間でどの割合で負担するかを明確にする[note]​
  • 情報共有プロセス:通関データ、清算状況、法的手続きの進捗を日本本社の経営企画・財務・法務が定期的に確認できる体制を構築する[note]​

対策五 顧客・取引先との契約精査と将来条項の追加

IEEPA関税が導入された2025年2月以降、多くの企業は関税コストを販売価格に上乗せ(パススルー)してきました。この場合、実際の経済的損失を負ったのは輸入者ではなく川下の顧客であり、輸入者が還付金を全額自社で留保することは不当利得に問われるリスクがあります。[masudafunai]​

また、「関税のため値上げをした」と顧客に説明した企業が、還付後も価格を引き下げない場合、連邦取引委員会(FTC)や州検事総長による不公正取引行為調査の対象となりえます。[masudafunai]​

現在の契約書については以下を確認します。

  • 関税パススルー条項の有無および還付金の取り扱い規定が存在するか
  • 存在しない場合、州法に基づく契約紛争や不当利得訴訟のリスク評価を実施する[masudafunai]​

将来の新規契約・契約更新時には、JETROの法的リスク対策指針にある以下の条項追加を検討します。[jetro.go]​

  • 関税変動リスク負担条項:関税の増減を当事者間でどのように分担するかを規定する
  • 法改正に伴うコスト調整条項:米国法改正に伴うコスト増減を価格に反映させる仕組み
  • 事情変更条項:予見不可能な関税急変が生じた場合の再交渉権を規定する[jetro.go]​

対策六 新たな122条関税への備え

IEEPA関税が無効化されても、通商法第122条に基づく一律10%の追加関税が2月24日より150日間(最長で2026年7月下旬まで)課されます。さらにトランプ大統領は15%への引き上げも示唆しており、122条そのものの合法性が今後の裁判で争われる可能性も否定できません。[youtube]​nikkei+2

企業は還付手続きと並行して、122条関税を前提としたコスト構造の見直しも必要です。時限措置である150日が過ぎた後の関税水準が現時点では不透明であることから、価格交渉・調達先見直し・生産拠点最適化の検討を今から着手しておくことが重要です。[fmclub]​


今週から動くための優先度別チェックリスト

全体を整理すると、以下の順序での対応が実務上最も効率的です。

今週中に着手すること

  • 米国通関業者に全申告データの提供を依頼し、IEEPA関税支払総額を算定する[global-scm]​
  • 米国子会社のACEシステムにACH還付口座が登録されているかを確認する[global-scm]​

2週間以内に着手すること

  • 申告ごとのPSC期限・Protest期限を台帳化し、期限管理体制を整備する[global-scm]​
  • 米国通商法専門の法律事務所にCIT予防的提訴の要否を相談する[bakermckenzie.co]​
  • 経営層に対して還付可能額の試算と対応方針の報告資料を作成する[prtimes]​

1か月以内に着手すること

  • 日本本社・米国子会社間の還付金帰属・費用負担合意書を作成する[note]​
  • 主要顧客・取引先との契約書について関税パススルー条項と還付金規定を確認する[masudafunai]​
  • 経済産業省「米国関税対策ワンストップポータル」および日本貿易保険(NEXI)の支援制度の適用可否を確認するmeti.go+1

まとめ

還付混乱を避けるための企業対策の本質は、「権利を持っているのに回収できない」という事態を防ぐことです。180日のProtest期限、ACH口座の未設定、グループ内の資金帰属の未合意、これらのうち一つでも見落とすと、回収可能だった資金を永久に失うことになります。global-scm+2

関税をめぐる法的・行政的環境は今後も急速に変化し続けます。静観している時間は、毎日、権利保全のための選択肢を狭めていると理解したうえで、今日から行動することを強くお勧めします。nikkei+2[youtube]​


免責事項

本記事は、公開情報および専門家の見解を参考に作成した情報提供を目的としたものであり、法的助言または税務上の助言を構成するものではありません。個別の案件への対応については、米国通商法に精通した弁護士または専門家に相談されることを強くお勧めします。記事内の情報は2026年2月23日時点のものであり、関税政策・法律・規制は急速に変化する可能性があります。本記事の内容を利用したことによる損害について、筆者および情報提供者は一切の責任を負いません。

「関税還付の不確実性」を読み解く:米最高裁判決後に日本企業が直面する三つの壁

2026年2月23日 | 貿易実務・通商政策専門家の視点


はじめに

2026年2月20日、米連邦最高裁判所はトランプ大統領が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」を根拠に発動した広範な関税について、違法との判断(6対3)を示しました。このニュースを受け、多くのビジネスパーソンは「違法とされたのだから、支払った関税は当然戻ってくる」と安堵されたかもしれません。

しかし、現実はそれほど単純ではありません。本記事では、この判決を手放しで喜べない理由と、日本企業が今すぐ取り組むべき実務対応を、法律と実務の両面から整理します。


最高裁判決の真意と関税還付の現在地

米連邦最高裁は、「憲法上、関税を課す権限は議会にあり、IEEPAは単独で関税を発動する権限を大統領に与えていない」と明確に判示しました。

【訂正すべき誤解】

一部では「大統領が即座に徴収停止と還付の大統領令に署名した」との誤報が流れていますが、これは事実ではありません。 実際には、トランプ大統領は判決に強く反発し、即日、別の法律である「1974年通商法第122条(Section 122)」に基づく新たな10%のグローバル関税を課す大統領布告に署名しました。また、最高裁判決文自体も「すでに徴収された関税の還付」については明言を避けており、具体的な還付プロセスは下級審(米国国際貿易裁判所:CIT)での対応に委ねられています。

ペン・ウォートン予算モデルの最新の試算によれば、2025年2月以降のIEEPA関税の徴収総額は約1,750億ドル(約26兆円)に上り、これらが還付の対象になりうるとされています。しかし、その回収には以下の「三つの壁」が立ちはだかります。


壁その一:還付は「自動」ではない

最高裁が違法と判断しても、企業の銀行口座に自動的にお金が振り込まれるわけではありません。還付を受けるためには、関税を支払った輸入者(Importer of Record)が自ら厳格な手続きを踏む必要があります。

申告状況に応じた2つの手続きルート

申告のステータス必要な手続き期限・条件
清算前(Unliquidated)事後修正申告(PSC:Post-Summary Correction)清算される前にCBPへ提出
清算済(Liquidated)異議申立て(Protest)清算確定から180日以内にCBPへ提出

180日という期限は厳守です。期限を過ぎると還付請求権が消滅するリスクが高まります。また、行政手続き(CBPへの申請)だけに依存するリスクを回避するため、すでに1,000社近くの企業が米国国際貿易裁判所(CIT)へ予防的提訴を行っています。

【重要】ACH(電子振替)の完全義務化

実務上最大の落とし穴となるのが、米税関・国境警備局(CBP)のルール変更です。2026年2月6日以降、CBPは原則としてすべての還付をACH(電子振替)方式のみで行うと規定し、従来の紙の小切手による還付は廃止されました。米国子会社の自動通関システム(ACE)上でACH還付口座の登録が未完了の場合、仮に還付の権利が認められても資金を受け取れません。


壁その二:誰が還付金を受け取る権利を持つのか

法律上、CBPへ還付請求できるのは、関税を直接CBPに支払った「輸入者(Importer of Record)」のみです。日本本社や製造元が直接CBPに請求することはできず、米国子会社などを通じた手続きが必要です。

問題は、多くの輸入者がIEEPA関税導入後、そのコストを販売価格に上乗せ(パススルー)して顧客に転嫁している点です。これにより、次のような複雑な法的・契約上のトラブルが懸念されます。

  • 不当利得(Unjust Enrichment)の争い: コストを全額顧客に転嫁した輸入者が還付金を受け取った場合、実質的な損害を受けていないにもかかわらず利益を得ることになり、取引先から訴訟を起こされるリスクがあります。
  • 契約書の沈黙: 多くの契約書には「事後的に関税が無効となった場合の還付金の帰属」に関する条項がなく、企業間紛争の火種となります。
  • 消費者保護リスク: 「関税コスト増加」を理由に値上げを正当化していた企業が、還付を受けたにもかかわらず価格を維持した場合、連邦取引委員会(FTC)や州検事総長から不公正取引として調査を受ける可能性があります。

壁その三:新たな関税(第122条)の即時発動

IEEPA関税が違法とされた直後、トランプ大統領は「1974年通商法第122条」を発動し、全世界を対象とした一律10%の追加関税を2月24日から150日間課すと宣言しました(カナダ・メキシコ等は適用除外)。

つまり、苦労してIEEPA関税の還付手続きを進めたとしても、直ちに新たな法的根拠による関税負担がのしかかる構造が続くのです。専門機関の分析によれば、IEEPA還付によるプラス効果は、新関税によるマイナス効果でおおむね相殺される見通しであり、通商リスクは依然として解消されていません。


今すぐ日本企業が着手すべき5つのアクション

以上の事態を踏まえ、日本企業(および米国関係会社)が直ちに取り組むべき実務対応を優先度順に整理します。

  1. ACH口座の登録完了確認米国子会社のACEシステム上で、米国銀行口座を利用したACH還付口座の登録が完了しているか至急確認してください。未登録の場合、資金が受け取れません。
  2. 通関データの緊急棚卸しと総額算定2025年2月以降の全エントリーデータを通関業者(Broker)から取得し、IEEPA関税の支払総額を特定・算定してください。
  3. 期限管理と還付請求体制の構築未清算分(PSC対象)と清算済分(Protest対象)を台帳化し、特に「清算確定から180日以内」の期限を厳格に管理する体制を整えてください。
  4. 予防的提訴(CIT)の検討行政手続きのみに依存するリスクを鑑み、米国通商法に精通した弁護士と連携し、CITへの提訴手続きを検討してください。
  5. 契約書と価格設定の精査顧客や取引先との契約における関税パススルー条項を確認し、還付金が生じた際の分配ルールや潜在的な紛争リスク(不当利得訴訟など)を法務部門と評価してください。

まとめにかえて

「最高裁で違法判決が出た=お金が戻る」という単純な等式は成立しません。還付の実現には手続き上の厳しい関門があり、期限管理の失敗は権利失効に直結します。また、第122条に基づく新たな関税も発動され、状況はさらに複雑化しています。

この問題は法務・通関部門だけの課題ではなく、財務・調達・営業・経営企画が一体となって取り組むべき全社的な経営課題です。今日動き始める企業と静観する企業の間では、数か月後のキャッシュフローに決定的な差が生まれる可能性があります。

免責事項

本記事は、2026年2月23日時点の公開情報および専門家の見解に基づき作成した情報提供を目的とするものであり、法的または税務上の助言を構成するものではありません。米国の政策や規制は急速に変化しています。個別の案件への実際の対応にあたっては、必ず米国通商法に精通した専門の弁護士にご相談ください。本記事の内容を利用したことによるいかなる損害についても、筆者および情報提供者は責任を負いません。