近年主流となっている自由貿易協定(FTA)では、輸入者、輸出者、または生産者が自らの責任で産品が協定上の原産品であることを証明する「自己証明制度」が採用されています。
本稿では、特に重要な二つのメガFTA、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)とCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)における自己証明制度の要件を比較し、日本企業の輸出実務担当者が押さえるべきポイントを解説します。
1. 自己証明制度の基本概念
まず、制度を理解するための3つの重要な概念を解説します。
- 自己証明 (Self-Certification)
輸入者、輸出者、または生産者のいずれかが、協定で定められた記載事項を満たした書類を作成し、産品が協定上の「原産品である」と宣言する仕組みです。特定の様式は定められておらず、商業インボイスやその他の商業書類、あるいは別紙への記載が認められます。 - 品目別原産地規則 (PSR – Product-Specific Rules of Origin)
産品が原産品と認められるための具体的な基準です。主に以下の3つの柱で構成されます。- 関税分類変更基準 (CTC – Change in Tariff Classification): 非原産材料のHSコード(関税分類番号)が、完成品のHSコードから指定されたレベル(例:2桁、4桁、6桁の変更)で変更されていることを求める基準。
- 付加価値基準 (RVC – Regional Value Content): 協定域内での付加価値が、協定で定められた計算方法に基づき、一定の割合(例:40%以上)に達していることを求める基準。
- 特定工程基準 (SP – Specific Process): 特定の製造工程(例:化学反応、紡織、溶融など)が協定域内で行われていることを求める基準。
- 事後検認 (Verification)
輸入国の税関が、輸入申告後、提出された原産地証明やその根拠資料に基づき、産品の原産資格を検証する手続きです。検証は、書面による照会や、生産者(輸出者)の施設への実地調査によって行われます。
2. 要件比較:USMCA vs. CPTPP(日本輸出者の実務視点)
両協定の自己証明における具体的な要件を、実務上のポイントと共に比較します。
| 項目 | USMCA | CPTPP | 実務メモ(日本輸出者) |
|---|---|---|---|
| 対象協定 | 米国・メキシコ・カナダ協定 | 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(日本、豪州、カナダ、メキシコ、英国など12カ国) | 英国は2024年12月15日に発効済み。対象国の確認が常に必要。 |
| 証明作成者 | 輸入者・輸出者・生産者 | 輸入者・輸出者・生産者 | どちらも同じ。輸入者主導で証明を求められるケースを想定し、自社(輸出者)版と輸入者版の様式を準備するとスムーズ。 |
| 様式 | 自由書式(協定附属書5-Aの9要素を満たす) | 自由書式(協定附属書3-Bの9要素を満たす) | 必須9要素はほぼ共通。社内共通テンプレート化が効率的。 |
| 必須要素 | 9要素(証明者、輸出者、生産者、輸入者、品名・HS6桁、原産基準、包括期間、署名+宣言文など) | 9要素(構成はUSMCAとほぼ同等) | 項目名の呼称差(例:Certifier)を吸収すれば、単一のフォームで両協定に対応可能。 |
| 包括証明 | 最長12か月の複数出荷を単一の証明書でカバー可能(Blanket証明)。 | 同様に最長12か月。 | 年次更新が基本。更新漏れを防ぐ管理システムの構築が重要。 |
| 使用言語 | 英語、フランス語、スペイン語(輸入国税関が翻訳を要求可能) | 英語での提出を各国が受理 | 英語で作成したテンプレートで運用を統一するのが最も効率的。 |
| 記録保持義務 | 5年間(輸入者・輸出者・生産者) | 5年間(同上) | 社内規程やサプライヤーからの根拠資料(宣誓書など)の保持期間も5年に統一することが望ましい。 |
| 第三国インボイス | 非加盟国発行のインボイス上には記載不可。別紙で提出が必要。 | 第三国発行インボイスの場合、別紙提出が求められる(例:カナダ税関)。 | 【重要】 インボイス発行国が協定加盟国かをチェックし、非加盟国なら自動で別紙扱いにするロジックが必須。 |
| 原産地基準の表記 | HSコード6桁+PSR(CTC/RVC/SPなど)を明記。 | 同様に明記が必要。 | 根拠の追跡可能性のため、「PSR条番号+基準コード(例: CTH, RVC40)+計算式」まで定型化して記載するのが望ましい。 |
| 僅少の原則(デミニミス) | 原則10%(非繊維中心/一部例外あり) | 原則10%(附属書3-Cの例外に注意) | 例外品目(例:HSコード第50~63類の繊維品)は要注意。テンプレートに**「例外チェック欄」**を設けると安全。 |
| 自動車等の特例 | RVC、労働付加価値基準(LVC)、鉄鋼・アルミ使用比率など、極めて厳格かつ特殊な要件あり。 | PSRの差はあるが、USMCAほど特殊な規定は少ない。 | USMCAの自動車・部品は、専用の計算根拠(ワークシート)を用いた厳格な管理が必須。 |
| 事後検認 | 書類要求・現場検査(工場実査)が可能(第5.9条)。 | 同様に検認手続きあり(第3.27条)。 | 税関からの照会に対し、「48時間以内に受領返信→10営業日以内に本回答」など、社内での対応基準(SLA)を標準化しておくことが有効。 |
| デジタル対応 | 電子提出・電子署名を受理。 | 電子形式での提出を協定条文で許容。 | 原本スキャン(PDF)+検索可能なメタデータ管理で、監査(検認)時の即時対応性を確保する。 |
| 証明の有効期間 | 税関は、証明書作成日から4年間は特恵関税の要求を受理可能(事後請求)。 | 原則、証明書発行日から1年間有効。 | 【注意】 CPTPPは「1年」で管理するのが安全。更新カレンダーと自動リマインドが必須。 |
3. 実務Tips:共通テンプレートによる一元管理
USMCAとCPTPPは類似点が多いため、日本本社が主導して証明プロセスを共通化するのに適しています。以下に具体的な運用方法を提案します。
- 共通原産地証明書(COO)テンプレートの設計
- ヘッダーに**協定名(USMCA/CPTPP)**を選択するプルダウンメニューを設置します。
- 両協定の9つの必須要素を網羅する共通フィールドを設計します。
- 原産基準(PSR)の記載方法を「基準コード(例:CTH)+ 該当条番号 + (RVCの場合)計算式」の形式で統一します。
- 「裏付け資料パッケージ」の標準化
全ての証明書に対し、その根拠となる資料一式を紐づけて管理し、監査対応力を高めます。- 資料例: サプライヤー宣誓書、部品表(BOM)、RVC計算ワークシート(Excel等)、品番・工程・原産地の変更履歴ログ。
- 更新・監査プロセスの確立
- 12か月の包括期間が満了する前に、更新を促す自動リマインダーが担当者に通知される仕組みを構築します。
- 高リスク品目(自動車関連、電子機器など)は、年2回程度の抜き取り内部監査を実施し、コンプライアンスを維持します。
- インボイス発行国に応じた自動分岐ロジック
共通テンプレートに、「インボイス発行国が協定非加盟国か?」というチェック項目を組み込みます。Yesの場合、インボイス上への記載をロックし、自動的に**「別紙提出」**のフォーマットに切り替わるように設定します。これは、両協定の要件を満たす上で極めて重要な機能です。
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