英国のCPTPP正式加入と「累積規定」の本格稼働。グローバルサプライチェーン再編を勝ち抜くための戦略

2026年2月26日

英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への正式加入手続きが完了し、2026年現在、加盟12カ国間での新たな通商ルールが本格的に稼働しています。

この歴史的な拡張において、日本企業を含むグローバル企業にとって最大のビジネスチャンスとなるのが、CPTPPの「累積規定」の完全適用です。本記事では、国際貿易とサプライチェーンの専門家の視点から、この累積規定がもたらす破壊的なメリットと、日本企業が直面する実務上のパラダイムシフトについて解説します。

1.CPTPPの最強の武器である累積規定とは何か

自由貿易協定(FTAやEPA)を利用して関税をゼロ、あるいは低減させるためには、その製品が協定の加盟国で作られたものであると証明する「原産地規則」をクリアする必要があります。

通常、製品を作るために協定外の第三国から輸入した部品が多すぎると、原産品とは認められず、関税の優遇を受けることができません。しかし、CPTPPの「累積規定」を用いると、他の加盟国で作られた部品や材料を、自国で作られたものとみなして合算(累積)して計算することができます。

たとえば、マレーシアで製造された電子部品と、日本で製造された特殊な素材を英国の工場に集めて最終製品を組み立てた場合を想定します。これらをカナダへ輸出する際、マレーシア産も日本産もすべて「CPTPP域内産の価値」として合算できるため、原産地規則のクリアが極めて容易になります。

2.日英EPAからCPTPPへの乗り換えが起きる理由

日本と英国の間には、すでに二国間の「日英包括的経済連携協定(日英EPA)」が存在しています。では、なぜわざわざCPTPPを活用する必要があるのでしょうか。その答えが、この累積できる国の範囲の圧倒的な広がりです。

日英EPAの累積規定は、当然ながら日本と英国の二国間のみに限定されています。ベトナムやメキシコの部品を使えば、それは非原産材料として計算上のマイナス要因となります。

一方、CPTPPを利用すれば、英国と日本の二国間に加え、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、マレーシア、チリ、ペルー、ブルネイという広大なネットワークの部材をすべて味方につけることができます。サプライチェーンが複数の国にまたがる現代の製造業において、この12カ国での累積が可能になることは、調達戦略における圧倒的な自由度を意味します。

3.日本ビジネスへの直接的な影響と戦略的活用法

英国のCPTPP加入と累積規定の本格運用は、欧州とアジア・北米を結ぶビジネスモデルを根本から変革します。

域内サプライチェーンの再構築とコスト削減

自動車部品や産業機械などを製造する企業は、これまで関税の壁によって諦めていた最適な国からの調達が可能になります。アジアのCPTPP加盟国(ベトナムやマレーシアなど)の安価で高品質な部品を英国の工場に集約し、そこで組み立てた製品をメキシコやカナダといった北米市場へ無税で輸出するという、地球規模の三角貿易モデルが現実のものとなります。

FTAポートフォリオの最適化による競争力強化

これからの貿易実務担当者には、製品ごとに日英EPAを使うべきか、CPTPPを使うべきかを比較検討し、最も有利な協定を選択する高度な判断能力が求められます。関税率の削減効果だけでなく、原産地証明書の発行手続きの簡便さや、将来的なサプライチェーンの変更にも耐えうる協定を選ぶことが、企業の利益率に直結します。

おわりに:制度のアップデートがもたらす勝機

英国のCPTPP加入は、単に加盟国が一つ増えたというニュースではありません。累積規定という強力なツールを通じて、加盟12カ国の産業が一つに結びつくことを意味しています。経営層および実務担当者は、過去の部品表(BOM)と調達ルートを今すぐ見直し、この新たなメガFTAの恩恵を最大限に引き出すための戦略を再構築する必要があります。

免責事項 本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。各国の通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。

メキシコによる米国産農産物への30パーセント報復関税。北米貿易戦争の激化と日本企業への連鎖的影響

2026年2月26日

2026年2月24日、メキシコ政府は米国からの輸入農産物に対し、30パーセントの対抗関税(報復関税)を課すことを閣議決定しました。これは、米国政府が発動した全世界一律の追加関税に対する、メキシコ側の強硬な直接的対抗措置です。

本記事では、国際貿易とサプライチェーンの専門家の視点から、この報復関税が持つ政治的背景と、メキシコに進出する日本企業、特に製造業や食品産業に及ぼす甚大なビジネス上の影響について深掘りして解説します。

1.なぜ農産物なのか。メキシコ政府の高度な政治的計算

メキシコが報復措置のターゲットとして「農産物(主にトウモロコシや豚肉)」を意図的に選択した背景には、米国の国内政治の急所を突くという明確な狙いがあります。

米国の農業地帯は、現政権の強力な支持基盤です。メキシコは米国産トウモロコシおよび豚肉の最大の輸出市場の一つであり、ここに30パーセントという極めて高い関税の網をかけることで、米国の農業関係者に直接的な経済的打撃を与え、米国内部から政府への政治的圧力を生み出そうとしています。

過去の貿易摩擦においても、メキシコをはじめとする各国は同様の手法を用いて一定の外交的成果を上げてきました。今回の閣議決定は、単なる経済的対抗措置にとどまらず、2026年後半に控えるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の6年見直し交渉に向けた、メキシコ側の強力な牽制カードとしての意味合いを持っています。

2.諸刃の剣となるメキシコ国内への影響

しかし、この強硬策はメキシコ経済にとっても「諸刃の剣」となります。

メキシコ国内の畜産業や食品加工業は、飼料用トウモロコシの大部分を米国からの安価な輸入に依存しています。30パーセントの追加関税が課されることで、メキシコ国内の食肉価格や加工食品の製造コストは短期間で急騰することが避けられません。

すでにインフレーションの抑制が国家課題となっているメキシコにおいて、食料品価格の高騰は国民生活を直撃し、労働者の賃上げ要求をさらに加速させるリスクをはらんでいます。メキシコ政府は、ブラジルやアルゼンチンといった南米諸国からの代替輸入ルートの開拓を急いでいますが、物流インフラの構築や品質の安定化には一定の時間を要するため、短期的な混乱は避けられない見通しです。

3.メキシコに進出する日本企業が直面する危機と対応策

この事態は、メキシコを北米市場向け、あるいは中南米市場向けの戦略的拠点として位置づけている日本企業にとっても、深刻な影響を及ぼします。

食品メーカーおよび関連サプライヤーへの直接的打撃

メキシコ国内で食品加工や飲料製造を行う日本企業は、原材料の調達コストが突如として跳ね上がる事態に直面しています。米国産の原材料を直接輸入している場合はもちろんのこと、メキシコ国内で調達している場合でも、市場全体の価格連動によって調達コストは上昇します。早急にブラジル等の南米産や、アジア圏からの代替調達ルートを確保するとともに、製品価格への転嫁シナリオを策定する必要があります。

自動車・機械産業への間接的な波及リスク

直接的なターゲットが農産物であっても、製造業全体への波及リスクは無視できません。食料インフレによる現地労働者の生活コスト上昇は、今後の労働組合との賃金交渉(ベースアップ要求)において強硬な姿勢を招く要因となります。また、両国間の報復合戦がエスカレートした場合、次のターゲットが自動車部品や産業機械に拡大する危険性も常に想定しておかなければなりません。

おわりに:地政学リスクを前提とした機動的なサプライチェーンへ

今回のメキシコによる30パーセント報復関税の決定は、北米市場における自由貿易の前提が大きく揺らいでいることを明確に示しています。

企業の経営層および実務担当者は、特定の国やルートに依存した調達・生産体制の脆弱性を再認識すべきです。今後は、関税コストの急変を前提とした「シナリオ・プランニング」を常態化し、有事の際には数週間単位で調達先や生産拠点を切り替えられる機動的なサプライチェーンの構築が、グローバルビジネスを生き抜くための必須条件となります。

免責事項 本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。各国の通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。