トランプ関税が日本の自動車産業に突きつけた現実~ゴールドマン試算を起点に、製造業の論点と打ち手を整理する~


2026年3月期に向けて、日本の製造業が直面している最大の不確実性のひとつが、米国の関税政策です。とりわけ自動車は、日本にとって最大の対米輸出品目であり、乗用車の関税が従来の2.5%から27.5%へ引き上がり得るという前提のもとで、経済への押し下げ影響が議論されてきました。(Reuters Japan)

この局面で注目を集めたのが、ゴールドマン・サックス証券のアナリストによる試算です。ロイターは、関税の影響を相殺するため各社が値上げし、その結果として米国での販売台数が減少するという前提のもと、2026年3月期の営業利益押し下げ額を報じました。(Reuters Japan)

ただし重要なのは、数字を眺めるだけでは本質が見えない点です。関税は「輸出のコスト増」であると同時に、「需要の価格弾力性」「北米のサプライチェーン構造」「事務負担とキャッシュフロー」まで含めた経営課題として現れます。本稿では、ゴールドマン試算を出発点に、ビジネスパーソンが押さえるべき論点を深掘りします。

1 まず前提を更新する:関税率は動き、制度も複線化している

最初に押さえるべきは、関税が固定された単一の税率ではなく、政治交渉や大統領令で前提が動くリスクそのものだという点です。

2025年3月時点の報道では、乗用車関税は2.5%から27.5%への引き上げが見込まれました。(Reuters Japan)

その後、ドナルド・トランプ政権は日米合意の枠組みを進め、日本から輸入される自動車の関税を27.5%から15%へ引き下げる大統領令に署名したとロイターが伝えています。(Reuters)

この枠組みは、ホワイトハウスの文書でも、原則15%をベースラインにしつつ、自動車と自動車部品など一部はセクター別の扱いがあると明記されています。(The White House)

さらに、制度面では「15%は既存のMFN税率に上乗せして積み上がるのではなく、原則として込みの扱い」といった設計も整理されています。(Congress.gov)

一方で、関税が15%になったから安心、とはなりません。ロイターは、15%でも従来2.5%の6倍であり、負担水準としては依然高いことを指摘しています。(Reuters)

また、日米合意での引き下げは、メキシコやカナダなど北米の主要生産拠点から米国へ出荷する車両には適用されない点も報じられています。北米の貿易協定の条件を満たす車両は米国以外の内容分に課税される仕組みなど、制度は複雑です。(Reuters)

ここまででわかるのは、関税リスクは単年度の損益だけでなく、制度変更や適用範囲の違いを織り込むマネジメントが必要だということです。

2 ゴールドマン試算を読み解く:同じ金額でも重みが違う

まず、2026年3月期の営業利益押し下げについて、報道ベースの数字を整理します。ロイターは主要5社の押し下げ額を報じています。(Reuters Japan)

加えて、三菱UFJ銀行の情報サイトであるMoney Canvasは、スズキを除く日系6社として、減少率も含めた形で紹介しています。(Money Canvas 学びながらできる投資 | 三菱UFJ銀行)

以下は、その整理です。

メーカー2026年3月期 営業利益の押し下げ試算営業利益予想に対する減少率の目安
トヨタ自動車3,400億円6%
ホンダ1,200億円8%
日産自動車1,100億円56%
マツダ1,100億円59%
SUBARU900億円23%
三菱自動車300億円22%

出所:ロイター報道の押し下げ額(トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、SUBARU)およびMoney Canvasで紹介された6社整理。(Reuters Japan)

ここでビジネス上の示唆は明確です。トヨタの3,400億円は金額として最大ですが、減少率でみれば一桁台にとどまる一方、日産やマツダは半分超の水準が示されています。(Money Canvas 学びながらできる投資 | 三菱UFJ銀行)

同じ関税ショックでも、利益体力と米国市場依存度によって「耐え方」がまるで違うのです。

加えて、ロイターが報じた前提は、関税を相殺するための値上げと、その結果としての販売減です。これは、関税が単なるコスト増ではなく、需要側の反応を通じて数量とミックスを揺らす、という意味になります。(Reuters Japan)

3 なぜ自動車が最も揺れるのか:3つの構造要因

1つ目は、対米輸出における構造的な比重です。財務省の貿易統計としてロイターが紹介したところによれば、2024年の対米輸出は21兆2,947億円で、そのうち自動車は28.3%の6兆264億円と最大割合です。部品まで含めると34.1%の7兆2,574億円に膨らむとされています。(Reuters Japan)

つまり自動車関税の揺れは、完成車メーカーだけの話ではなく、サプライヤーを含めた輸出ビジネス全体の話になります。

2つ目は、雇用と裾野の広さです。ロイターは、自動車が全産業の1割を雇用する基幹産業であり、輸送用機器全体ではGDPの約3%を占めると伝えています。(Reuters Japan)

この規模感から考えると、関税の影響は企業単体の損益を超え、地域経済、下請け、物流、設備投資の意思決定まで波及します。

3つ目は、北米にまたがる生産と輸出の実態です。日本自動車工業会のデータとしてロイターが示したところでは、2023年の国内生産は899万9,000台で、輸出は442万3,000台、米国向けは148万5,641台です。(Reuters Japan)

また、各社の米国販売と現地生産、日本からの輸出、さらにメキシコを含む北米の生産配置まで具体的に報じられています。(Reuters Japan)

このように、関税は「日本から米国へ輸出する車にかかる」だけで終わらず、「北米域内で部品と車が国境を越えるたびに影響し得る」構造を持っています。

4 経営インパクトは損益計算書だけではない:キャッシュフローと事務コスト

関税議論が損益の話に偏ると、見落としが出ます。近年、現場で効いているのはキャッシュフローと実務コストです。

日本貿易振興機構(ジェトロ)は、在米の日系自動車関連企業へのヒアリングとして、関税コストの価格転嫁だけでなく、関税率変更による支払い負担、価格交渉、関税が前払いでキャッシュフローに影響する点、さらに書類作成など事務負担が増えている点を紹介しています。(ジェトロ)

つまり、関税は「利益率を削るコスト」だけでなく、「運転資金を圧迫する前払い負担」と「バックオフィスの工数増」を同時に発生させます。ここは製造業全般で共通しやすい論点です。

またジェトロは、米国の平均車両販売価格が2025年11月に4万9,814ドルで前年同月比1.3%増にとどまったとし、現時点では価格転嫁が限定的だという見方も示しています。(ジェトロ)

価格を上げ切れない局面では、利益の吸収とコスト削減が先行し、サプライチェーン全体の交渉が厳しくなります。

5 その後の現実:企業の見積もりはさらに大きくなることがある

ゴールドマン試算は重要な出発点ですが、その後の企業側の見積もりがさらに大きいケースが出ています。

ロイターによると、トヨタは米国向け輸入車関税などによる影響を約1.4兆円と見込み、2026年3月期の通期営業利益見通しを引き下げました。この見積もりには、米国内で日本から部品を輸入するサプライヤーが受ける影響なども含まれると説明されています。(Reuters)

ここから読み取れるのは、関税影響は「完成車の輸出分の単純計算」では収まらず、サプライヤー起因のコスト、域内越境の部品・車両移動、鉄鋼やアルミなど別関税の影響まで束ねて効き得るという点です。(Reuters)

また、ジェトロの整理でも、日系メーカーとしてトヨタ、ホンダ、日産、スバルが追加関税によるコストを試算していることが紹介されています。(ジェトロ)

数字の大小よりも、企業が外部環境を「見積もらざるを得ない」局面に入っていること自体が、投資計画や価格戦略の難易度を押し上げています。

6 ビジネスパーソン向け:自社で検討すべき打ち手の優先順位

最後に、製造業の実務としての打ち手を、優先順位の観点で整理します。ポイントは、関税率の議論に振り回されるのではなく、変動前提で動けるようにすることです。

1 価格転嫁の設計を、顧客別に分解する

一律の値上げは最も反発を招きやすい一方、何もしないと利益が削れます。製品別、顧客別、契約別に、どこまで転嫁でき、どこは数量が落ちるかを分解し、交渉の材料を事前に用意することが重要です。ジェトロのヒアリングでも、関税コストを開示して説明することで転嫁を進める企業がある一方、回収が遅れている例も示されています。(ジェトロ)

2 生産移管は、在庫と設備の時間軸で考える

生産移管は中長期の最適化ですが、短期は在庫政策と出荷ルートの見直しで凌ぐことが多い。特に北米では、メキシコやカナダから米国に入る車の扱いなど、適用範囲の違いが利益を左右します。(Reuters)

3 調達の現地化は、原産地要件とセットで見る

北米のサプライチェーンでは、原産地要件を巡る要求が強まることがあります。ジェトロは、米国OEMやティア1がティア2に対して北米以外から輸入された材料の使用中止を求める事例などを紹介しています。(ジェトロ)

現地化は調達先を変えるだけでなく、品質保証、監査、開発体制の再設計も必要です。

4 事務コストと資金繰りを、経営指標に組み込む

関税は前払いであり、書類の作成や申告手続きも増えます。これは販管費ではなく、キャッシュフローと運転資金、そして人員配置の問題です。(ジェトロ)

経理、物流、法務、調達が横串で動ける体制がないと、現場が詰まります。

5 公的支援や相談窓口を、早めに使う

国内では経済産業省が米国関税に関するワンストップの情報提供や相談窓口案内を行っています。自社だけで抱え込むより、制度確認や資金繰り相談を早めに繋ぐ方が、意思決定が速くなります。(経済産業省)

まとめ:製造業にとっての本当の論点は、変動前提の経営力

ゴールドマン試算の3,400億円は、確かに大きな数字です。しかし本質は、関税が利益を削るという一点よりも、制度変更が繰り返される中で、価格、数量、サプライチェーン、キャッシュフローが同時に揺さぶられることにあります。(Reuters Japan)

だからこそ、ビジネスパーソンに必要なのは、関税率の当てものではなく、どの税率でも破綻しない計画と、変更が来たときに即座に切り替えられる設計です。制度面でも、15%の扱いやセクター別措置、さらには履行状況によって見直され得る枠組みが整理されています。(Congress.gov)

製造業の強みは、本来、現場の改善とサプライチェーンの組み替えにあります。関税という外生ショックを、短期は守りの資金繰りと交渉で耐え、中長期は生産と調達の最適化で取り返す。その設計図を、今年度のうちに言語化しておくことが、2026年3月期の変動耐性を大きく左右します。


Next Step:

この内容を元に、社内共有用の「要約スライド構成案」や、要点を絞った「エグゼクティブサマリー」を作成することも可能です。ご希望であればお知らせください。

ブラジルの関税ショック。Ex-tarifado縮小が告げるデジタル家電のボーナスタイム終了


2026年2月1日、南米最大の市場ブラジルから、電機メーカーや商社にとって耳の痛いニュースが飛び込みました。ブラジル政府が、特定の輸入品に対する関税を一時的にゼロにする優遇措置、通称Ex-tarifado(エクス・タリファード)の対象品目リストを見直し、デジタル家電やIT機器を含む100品目以上をリストから除外する決定を運用開始したのです。

これは、これまで関税ゼロで輸入できていた製品に、突如として10パーセントから16パーセント程度の通常関税が課されることを意味します。ブラジルビジネスにつきものの高いコスト、いわゆるブラジル・コストが再び牙を剥いた形です。

本記事では、この制度変更の背景にあるブラジル政府の意図と、現地ビジネスに与える具体的なコストインパクト、そして日本企業が取るべき対策について深掘り解説します。

そもそもEx-tarifadoとは何か。唯一の抜け道

ブラジルは伝統的に国内産業保護のため、高い輸入関税を課す保護主義的な国です。しかし、国内で製造できない機械設備やハイテク製品まで高関税にしてしまうと、国の産業発展が遅れてしまいます。

そこで設けられているのがEx-tarifado制度です。これは、ブラジル国内に同等の性能を持つ代替製品が生産されていない(国内類似品が存在しない)と認められた場合に限り、資本財(BK)や情報通信機器(BIT)の輸入関税を、通常10パーセント以上のところ、一時的に0パーセントまで引き下げるという例外措置です。

多くの海外メーカーは、この制度を活用して高機能なデジタル製品を競争力のある価格でブラジル市場に投入してきました。いわば、ブラジルの高い関税障壁を合法的にすり抜ける唯一の抜け道だったのです。

なぜ今、対象リストが大幅に削られたのか

今回の決定で多くのデジタル家電がリストから外された背景には、強力な国内産業保護の論理があります。

ブラジルには、アマゾン地域の開発を目的としたマナウス・フリーゾーンという経済特区があり、ここでは多くの多国籍企業や現地メーカーが家電製品を組み立て生産しています。これらの国内メーカーから、輸入されたデジタル製品が安価に流入することで、国産品が不利な競争を強いられているというロビー活動が強まっていました。

政府は、これまで国内類似品なしとして認めていた製品カテゴリーについて再調査を行い、ブラジル国内でも同等の機能を持つ製品が作れるようになった、あるいはすでに作られていると認定しました。その結果、Ex-tarifadoの恩恵を剥奪し、国産品を守るための関税障壁を復活させたのです。

16パーセントのコスト増が招くシナリオ

リストから除外された品目には、これまで免税扱いだった高性能なルーター、特定のモニター、IoT機器などが含まれていると見られます。これらにメルコスール対外共通関税(TEC)が適用されると、即座に10パーセントから16パーセントの輸入関税が発生します。

ブラジルの税制は複雑で、輸入関税(II)が上がると、それを課税標準として計算される工業製品税(IPI)や商品流通サービス税(ICMS)といった他の税金も連鎖的に膨れ上がります。結果として、最終的な輸入コストの上昇幅は額面の関税率以上になります。

企業は、価格に転嫁して販売数量の減少を受け入れるか、利益を削って価格を維持するか、あるいはブラジル市場から撤退するかという厳しい三択を迫られます。

企業が打つべき次の一手

この事態を受けて、ブラジル向けに電子機器を輸出している日本企業は、以下の対応を急ぐ必要があります。

第一に、自社製品のNCMコード(HSコード)の確認です

今回除外されたリストと、自社製品の分類コードを照らし合わせ、課税対象に戻ってしまった品目を特定してください。Ex-tarifadoは特定の技術スペック記述(Ex記述)に基づいて適用されるため、製品の仕様書との詳細な突合が必要です。

第二に、類似性なしの再証明への挑戦です

もし、自社製品が国内製品とは明らかに異なる独自技術や機能を持っているにもかかわらず、一括りで除外されてしまった場合は、業界団体を通じて政府(CAMEX)へ異議を申し立て、再度Ex-tarifadoの適用を申請する道も残されています。ただし、これには高度な技術的証明と長い審査期間が必要です。

第三に、現地生産(ノックダウン生産)の検討です

今回の措置は、完成品輸入を締め出し、国内生産へ誘導しようとする政府のメッセージでもあります。長期的にブラジル市場を重視するのであれば、マナウスなどでの委託生産(OEM)に切り替え、国産品としての扱いを受けることが、最も確実な関税回避策となります。

まとめ

ブラジルによるEx-tarifado対象品目の削減は、同国市場がボーナスタイムを終え、再び通常運転の保護主義モードに戻ったことを示しています。

ゼロ関税という恩恵が消えた今、問われているのは製品そのものの真の競争力です。関税が乗ってもなお選ばれるブランド力を築くか、それとも現地のルールに従って現地化するか。ブラジルビジネスの覚悟が試されています。

CPTPP経済圏の拡張。英国加盟が生んだ完全累積というサプライチェーンの革命

2026年2月1日、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の事務局機能を持つ各国の政府機関から、実務家にとって待望の資料が公表されました。それは、英国の加盟によって新たに適用可能となった完全累積ルールの具体的な活用事例集です。

英国がCPTPPに加わったことは、単に輸出先が一つ増えたという話ではありません。それは、欧州の工業力とアジアの生産拠点が、一つの原産地規則の下で統合されたことを意味します。

本記事では、公表された事例を基に、完全累積という仕組みがどのようにサプライチェーンのコスト構造を変革するのか、そして日本企業が取るべき戦略について深掘り解説します。

完全累積とは何か。足し算で原産地を勝ち取る仕組み

まず、CPTPPの最大の特徴である完全累積(Full Cumulation)について整理します。

従来の多くのFTA(自由貿易協定)では、ある国で生産された部品が原産品(その国の製品)として認められるためには、その国の中で一定の加工基準を満たす必要がありました。基準を満たさない部品は、単なる外国産の材料として扱われ、次の工程での原産地判定に貢献しませんでした。

しかし、CPTPPの完全累積制度はこれを根本から変えます。このルール下では、部品そのものが原産品であるかどうかに関わらず、加盟国間で行われた生産活動(付加価値や加工工程)をすべて足し合わせることができます。

つまり、英国で行われた加工による付加価値と、日本で行われた加工による付加価値、さらにベトナムで行われた組み立ての付加価値をすべて合算し、最終製品の原産地判定に用いることが可能になるのです。これは、サプライチェーン全体を一つの巨大な工場とみなす考え方です。

公表された事例が示す黄金のルート

今回公表された事例の中で、日本企業にとって特にインパクトが大きいのが、日英アジアをまたぐサプライチェーンモデルです。

英国製高機能部品の活用事例

ある日本の産業機械メーカーのケースを見てみましょう。このメーカーは、英国のサプライヤーから特殊なセンサー部品を調達しています。

これまでの日EU・EPAを利用する場合、このセンサーは欧州原産として扱われますが、それを組み込んだ機械をベトナムやカナダへ輸出する場合、日EU・EPAは使えません。また、CPTPPを使おうとしても、英国が加盟する前は、このセンサーは単なる域外の部材(非原産材料)として扱われ、原産資格を満たすための足かせとなっていました。

しかし、英国がCPTPP加盟国となったことで状況は一変しました。英国製センサーのコスト分は、CPTPP域内の原産材料として計算式(関税分類変更基準や付加価値基準)に組み込むことができます。これにより、日本での加工度が低くても、あるいはベトナムでの最終工程が単純なものであっても、完成品全体としてCPTPP原産品の資格を取得しやすくなりました。

結果として、ベトナムからカナダやメキシコへ輸出する際の関税をゼロにすることが可能になります。欧州の技術(英国)と日本の品質管理(日本)、そしてアジアのコスト競争力(ベトナム)を組み合わせた製品が、北米市場(カナダ・メキシコ)で無関税の恩恵を受けるという、地球規模の勝ちパターンが成立したのです。

企業が今すぐ見直すべき調達戦略

この事例が示唆しているのは、調達ソースの見直しが急務であるという事実です。

欧州調達の再評価

これまで、CPTPPを利用するために、あえて品質やコストで劣る加盟国内(アジア圏)のサプライヤーを選定していた企業もあるかもしれません。あるいは、英国製の部品を使いたくても、関税の観点から諦めていたケースもあるでしょう。

今後は、英国メーカーをCPTPPサプライチェーンの正式なパートナーとして組み込むことが可能です。特に、航空宇宙部品、自動車のパワートレイン、高度な化学薬品など、英国が強みを持つ分野においては、調達先を英国へ切り替えることで、製品の品質向上と関税削減を両立できる可能性があります。

証明書類の管理プロセス

ただし、実務上の注意点もあります。完全累積を適用するためには、英国のサプライヤーから、その部品がCPTPPのルールに基づいて生産されたこと、あるいはどの程度の付加価値が英国で付与されたかを示す情報提供を受ける必要があります。

日EU・EPA向けの書類とは様式や記載事項が異なるため、英国側のサプライヤーに対してCPTPP専用の協力要請を行う必要があります。

まとめ

英国のCPTPP加盟と完全累積ルールの適用は、日本企業のサプライチェーン戦略に欧州という新しいカードを与えました。

これまで分断されていた日欧の貿易と、環太平洋の貿易がリンクしたことで、調達と生産の自由度は飛躍的に高まりました。公表された事例を自社の商流に当てはめ、英国部材を活用した新しい原産地戦略を描ける企業こそが、グローバル市場での価格競争力を制することになります。

巨大経済圏構想の崩壊と、南米の中国シフト。メルコスール・EU交渉決裂が突きつける地政学リスク

2026年2月1日、南米の経済大国ブラジルから、世界貿易の地図を塗り替える可能性のある衝撃的な方針転換が示唆されました。四半世紀にわたり交渉が続けられてきた南米南部共同市場(メルコスール)と欧州連合(EU)の自由貿易協定(FTA)交渉が事実上の決裂状態に陥り、ブラジルが中国とのFTA締結へ向けて大きく舵を切る構えを見せたのです。

これは単なる貿易交渉の不調ではありません。南米という資源と食料の巨大な供給地が、欧米の経済圏から離脱し、中国経済圏へと完全に組み込まれる歴史的な転換点を意味します。

本記事では、なぜ両者の交渉が行き詰まったのか、そして南米の中国シフトが日本企業のビジネスにどのようなインパクトを与えるのかについて深掘り解説します。

欧州のグリーンディールが招いた南米の反発

交渉決裂の最大の要因は、EU側が突きつけた環境保護に対する厳格な要求、いわゆるサイドレター(追加議定書)の存在です。

EUは、アマゾンの森林破壊防止やパリ協定の順守を貿易の必須条件とし、違反した場合には制裁を科すという条項を強く求めました。これは欧州の有権者や農業団体を納得させるためには必要な措置でしたが、ブラジルをはじめとするメルコスール側には、環境保護を口実にした保護主義、あるいはグリーン・インペリアリズム(緑の帝国主義)として映りました。

ブラジル政府にとって、自国の経済発展を阻害しかねない欧州の要求は、主権への侵害として受け入れ難いものでした。結果として、欧州が理想を追い求める間に、南米の忍耐が限界を迎えたのが今回の構想崩壊の真相です。

中国という実利的な選択肢

欧州との対話が冷え込む一方で、急速に求心力を高めているのが中国です。

中国はすでにブラジルにとって最大の貿易相手国ですが、EUとは対照的に、政治体制や環境問題について内政干渉的な注文をつけません。中国が求めているのは、安定的な資源(鉄鉱石、石油、リチウム)と食料(大豆、肉類)の供給、そして中国製品(EV、インフラ設備)の市場だけです。

ブラジルにとって、説教をせずにビジネスライクに巨大な市場を提供してくれる中国とのFTAは、極めて実利的で魅力的な選択肢となります。これまでメルコスールは、域内での単独交渉を禁じるルールがありましたが、ウルグアイの先行的な動きに続き、盟主ブラジルが中国傾斜を明確にしたことで、メルコスール全体が中国との包括的FTA、あるいは個別交渉の解禁へと雪崩を打つ可能性が高まっています。

日本企業が直面する2つの脅威

この地政学的なシフトは、対岸の火事ではありません。日本企業、特に製造業と商社には深刻な影響が及びます。

南米市場における競争条件の悪化

もしメルコスールと中国のFTAが締結されれば、中国製の自動車、電機製品、機械設備が関税ゼロで南米市場に流入します。

現在でも中国メーカー(BYDや長城汽車など)はブラジルでの現地生産と販売を加速させていますが、関税の壁がなくなれば、日本企業は価格競争で圧倒的に不利な立場に追い込まれます。南米は日本車にとって重要な市場でしたが、そのシェアが根こそぎ奪われるリスクがあります。

重要鉱物資源の囲い込み

より深刻なのは、サプライチェーンの上流です。南米はリチウムや銅など、EVやデジタル産業に不可欠な重要鉱物の宝庫です。

中国との経済的な結びつきが強まれば、これらの資源開発においても中国企業が優先的な権益を得ることになります。欧州や日本がグリーン調達の基準作りで足踏みをしている間に、中国が資源の蛇口を押さえてしまう構図が完成しようとしています。

まとめ

2026年2月1日のニュースは、グローバルサウスと呼ばれる新興国が、もはや欧米のルールには従わないという明確な意思表示をした瞬間と言えます。

欧州という巨大な後ろ盾を失い、中国という巨大なパートナーを選ぼうとしている南米。日本企業に求められているのは、欧米中心のサプライチェーン観からの脱却と、中国経済圏に取り込まれつつある市場でどう生き残るかという、極めてシビアな戦略の再構築です。