米上院の関税還付法案 Tariff Refund Act of 2026 をビジネス視点で深掘りする — 機会とリスクの全論点

更新日:2026年2月25日


はじめに

2026年2月20日、米連邦最高裁判所は6対3の判決で、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に大統領が関税を課すことはできないと判断しました。 これを受けてトランプ政権はただちに対応を迫られ、米国税関・国境取締局(CBP)は2026年2月24日午前0時(米東部時間)をもって IEEPA に基づく追加関税の徴収を停止しました。jdsupra+2

一方で、既に支払われた IEEPA 関税がどの範囲で、どのタイミングで、どのような手続きで還付されるのか、判決はその実務的な道筋を示しませんでした。こうした空白を埋める目的で、米上院民主党の Wyden、Shaheen、Markey の3議員が中心となり、19人の民主党上院議員の連署を得て Tariff Refund Act of 2026 を公表しました。finance.senate

この記事は、最高裁判決の内容、ホワイトハウスの大統領令・布告、CBP の CSMS 通知、法案本文と上院財政委員会の発表、および主要報道・調査機関の分析を突き合わせ、企業実務に落ちる論点だけを整理します。


忙しい人向けの要点

  • 最高裁は2026年2月20日、6対3の判決で「IEEPA は大統領に関税賦課権を与えない」と結論づけた。多数意見はロバーツ首席判事が執筆した。jdsupra
  • CBP は2026年2月24日午前0時(米東部時間)以降に消費のために申告された貨物については、IEEPA に基づく追加従価税を徴収しないと通知し、該当する HTS コードを ACE 上で無効化する措置を取った。jdsupra+1
  • 既に徴収された IEEPA 関税の規模は、ペンシルバニア大学ウォートン校の試算で2026年1月時点の累計で約1,647億ドル、最大で約1,750億ドルに達するとされる。 影響を受けた輸入者は30万1,000社超、申告エントリーは3,400万件超に上る。budgetmodel.wharton.upenn
  • 上院の Tariff Refund Act of 2026 は、成立すれば施行日から180日以内に利息付きで全額還付することと、精算済みの輸入申告も再精算して返金する権限を CBP に義務付ける内容である。finance.senate
  • ただし、同日にホワイトハウスは通商拡大法(Trade Expansion Act)第122条に基づく一時的な輸入サーチャージ10%を150日間導入した。IEEPA 関税がなくなっても、輸入コスト全体が単純に下がるわけではない。craneww+1

何が起きたのか

最高裁判決の骨子

2026年2月20日の判決は、Learning Resources, Inc. v. Trump として確定した事件を中心に、複数の IEEPA 関税訴訟を統合して審理した結果である。natlawreview+1

多数意見を執筆したロバーツ首席判事は、IEEPA は大統領が「通常の経済取引を規制または禁止する」権限を認めるものであり、関税の賦課はその権限に含まれないと解釈した。賛成票を投じたのはロバーツ、ソトマイヨール、ケーガン、ゴーサッチ、バレット、ジャクソンの6判事。反対したのはカバノー、トーマス、アリトーの3判事である。jdsupra

判決が示したのは IEEPA 関税の違法性という骨格であり、既払い関税の還付手続き、各国との合意関税率の扱い、あるいは今後の政策空白をどう埋めるかといった実務面には直接触れていない。 トランプ大統領自身も判決後の声明で、既払い分の解決には数年にわたる裁判が必要になるかもしれないと述べており、還付の不確実性は政権も認識している。jetro.go+1

CBP が示した現場実務の変更

ホワイトハウスは判決を受けた大統領令で、複数の大統領令に基づく IEEPA の追加従価税を停止し、できる限り早く徴収を停止するよう各省庁に指示した。この大統領令は、セクション232(鉄鋼・アルミニウム等の安全保障上の追加関税)やセクション301(中国製品への追加関税)など、IEEPA 以外の法的根拠による関税は対象外であると明記している。pwc+1

CBP の CSMS 通知は、IEEPA に基づく追加従価税の徴収停止を2026年2月24日午前0時(米東部時間)以降に消費のために輸入申告された貨物に適用し、これに対応する HTS の追加コードを ACE システム上で無効化するとしている。セクション232やセクション301など他の根拠による関税への影響はないとも説明している。craneww+1

新たな一時関税:通商拡大法第122条サーチャージの導入

判決と同日の2026年2月24日、ホワイトハウスは通商拡大法(Trade Expansion Act of 1962)第122条に基づく大統領布告を発出し、輸入品全般に対して原則10%の一時的輸入サーチャージを150日間課すことを宣言した。発効は2026年2月24日午前0時1分(米東部標準時)で、原則として2026年7月24日午前0時1分(米東部夏時間)まで継続とされる。jdsupra+1

第122条は本来、国際収支の深刻な赤字への緊急対応を想定した条文であり、最大税率15%、最長150日間という上限が法律上明記されている。 トランプ大統領はその後、Truth Social 上で税率15%の検討を示唆したが、2026年2月25日時点において正式な新たな布告は発出されておらず、法的有効税率は10%のままである。 税率引き上げには別途の大統領布告が必要であり、自動的な引き上げ条項は現行の布告には存在しない。craneww+1

全品目一律ではない点にも注意が必要である。現行布告が除外を示す主なカテゴリーは以下のとおりである。craneww

  • 重要鉱物・エネルギー製品
  • 医薬品・医療用品
  • 特定の電子機器・車両関連製品
  • セクション232の対象品目(すでに別途の関税が課されているため上乗せしない)
  • USMCA の原産地要件を満たすカナダ・メキシコ原産品
  • 外国貿易ゾーン(FTZ)に関する特定の取り扱い

また、政権は IEEPA 関税の失効後の恒久的な措置としてセクション301に基づく新たな調査を開始しており、将来的には別の法的根拠による関税が後続してくる可能性がある。jdsupra

このため、IEEPA の停止によって輸入コストが大幅に低下する企業がある一方、第122条サーチャージによってコスト構造が実質的にはほとんど変わらない企業も存在する。企業側は、過去分の還付の議論と、現在進行形の関税コスト管理を分離して考える必要がある。


Tariff Refund Act of 2026 の中身をビジネス実務に翻訳する

Tariff Refund Act of 2026 は、上院財政委員会のランキングメンバーである Wyden 議員、Shaheen 議員、Markey 議員が中心となり提出した法案で、Senate Majority Leader の Schumer 議員を含む計22名の民主党上院議員が名を連ねている。finance.senate

180日以内の全額還付と利息

法案の核心の一つは、成立・施行の日から180日以内に、IEEPA に基づき支払ったすべての関税を利息付きで輸入者に返すよう CBP に義務付ける点である。finance.senate

ここで実務上の重要な注意点がある。180日の起算点は最高裁判決日(2026年2月20日)ではなく、法案が成立し施行された日である。成立が遅れれば、企業のキャッシュインはその分後ろ倒しになる。現時点では成立の見通しは確定していないため、時期は未定と扱うのが実務上正確である。

プロテスト手続きを飛ばす設計

法案は、関税法1930年第514条(19 U.S.C. § 1514)その他の法令にかかわらず還付を行うと規定する。 通常、輸入申告が精算(liquidation)された後、一定期間内にプロテストを提出しなければ関税評価が確定し、以後は争えなくなる。CBP は、プロテストの一般的な提出期限は精算から180日以内であると説明している。avalara+1

法案はこのプロテスト要件を立法上の手当てによって飛ばし、手続き上の理由で還付が妨げられないようにする意図が読み取れる。

精算済みでも再精算して返す

法案の中でも特に企業財務への影響が大きい規定が、再精算(reliquidation)の権限付与である。すでに精算済みの輸入申告であっても、IEEPA の追加税がなかった場合の税率に戻して再精算し、還付を実現する権限を CBP に与えている。finance.senate

これが実現すれば、プロテスト期限を過ぎた過去の申告分についても、立法を根拠に還付を受けられる可能性が生まれる。裏を返せば、法案が成立しない場合は、プロテスト期限の管理が企業の権利保全に直結する。

中小企業の優先と SBA 連携、進捗報告の義務

法案は実務面で中小企業(small businesses)を優先処理の対象と定め、中小企業庁(SBA)と連携して必要書類・手順・想定スケジュールを周知するよう求めている。 さらに、30日ごとの進捗報告を議会に提出する義務も規定されており、行政側の透明性が確保される設計となっている。finance.senate

中小企業にとっては、還付の入り口が明確化されるだけでも資金繰りの予測可能性が上がる。大企業にとっては、進捗の開示義務があることで還付時期の見通しが立てやすくなる。

顧客への還元:Sense of Congress の意味

法案は、輸入者・卸・大企業は顧客へ還付分を回すべきだという方向性を、いわゆる Sense of Congress(議会の見解)として盛り込んでいる。 これは法的強制力を生む規定ではなく、規範的・政治的なメッセージである。finance.senate

しかし、このメッセージが取引先や消費者団体に利用される可能性を企業は見ておく必要がある。強制力がないからといって無視できる性質の条項ではない。

Duty drawback との関係を整理する義務

法案は施行後60日以内に、IEEPA 関税に係る drawback 申請の取り扱いに関するガイダンスを発出するよう CBP に求めている。 すでに drawback を進めている企業、または今後 drawback による回収を検討している企業は、還付と drawback の二重計上が生じないよう事前に設計を確認しておく必要がある。finance.senate


企業にとっての機会

キャッシュフローの直接的な回復

IEEPA 関税として徴収された総額は、ペンシルバニア大学ウォートン校の試算で2026年1月時点累計約1,647億ドル、上院民主党の推計で最大約1,750億ドルとされる。 影響を受けた輸入者は30万1,000社超、申告エントリーは3,400万件超という規模である。nypost+1

企業単位で見れば、これは単なる利益の取り戻しにとどまらず、在庫資金・運転資金・投資余力の回復に直結する。法案が利息付き還付を明記している点は、資金調達コストの観点でも見逃せない。還付の権利がある可能性があるなら、保守的な資金計画を維持しながらも、早期に回収可能性の検討に着手する価値がある。

価格戦略と契約更改の交渉材料

過去の IEEPA 関税コストをどこまで販売価格に転嫁していたかで、顧客との再交渉の余地が変わる。具体的には以下のような論点が生じる。

  • 価格に転嫁していた場合:将来の値下げ原資として活用するか、過去分の一部を顧客へ返すかの判断が必要になる
  • 価格に転嫁できていなかった場合:損益回復として内部留保に充てるか、将来の設備投資・研究開発に回すかの選択が生じる
  • DDP 等の関税込み条件で取引していた場合:還付の帰属をめぐる解釈の違いが契約上の紛争の種になりやすい

法案が顧客還元を促す Sense of Congress を掲げている以上、取引先がこれを交渉の根拠として持ち出すシナリオは現実として想定しておく必要がある。

訴訟依存からの脱却と予見可能性の向上

最高裁は IEEPA 関税の違法性を確定したが、既払い関税の還付は判決の射程外であり、引き続き裁判所の判断または立法に委ねられた状態にある。 原告にしか自動還付されない可能性があるという懸念から、訴訟を提起する企業が相次いでいる状況も報告されている。cargopicks+2

法案が成立すれば、訴訟に頼らずに還付を受けられる行政上のルートが制度化され、企業の予見可能性が大幅に向上する。成立しなければ、プロテスト期限の管理と行政手続き・訴訟戦略の重要性が一段と高まる。


企業にとってのリスク

リスク1:法案の成立は保証されていない

Tariff Refund Act of 2026 は現時点では上院民主党が提出した法案であり、上院・下院それぞれでの審議と可決、大統領の署名という政治プロセスを経なければ成立しない。 共和党が多数を占める現在の議会構成において、民主党単独の提案が速やかに成立する保証はない。reuters+1

企業として取るべき姿勢は、法案成立を前提とした資金計画や値下げコミットメントを先行させないことである。還付はあくまで条件付きのシナリオとして財務計画上のオプションに位置付けて管理するのが安全である。

リスク2:誰が還付を受け取るのかをめぐる摩擦

法案は還付先を importer of record(輸入者として記録された主体)とする原則を置いている。 しかし、関税コストを経済的に実際に負担した主体は、取引構造や価格転嫁の有無によって輸入者名義と一致しないことが多い。現実に起こりやすい論点を挙げる。finance.senate

  • 米国子会社が輸入者名義だが、関税コストの実質的な負担は日本本社が行っていた場合
  • 取引条件上、顧客に転嫁していたが、顧客側から返金を求める要求が来る場合
  • ディストリビューター経由で輸入していたため、最終的な負担者が特定しにくい場合

これらの摩擦は法案の Sense of Congress が予期している問題でもある。企業は会計処理の整合性だけでなく、社内の商流設計と取引契約の条項整備を今から進める必要がある。

リスク3:プロテスト期限の管理が権利保全の死活線になる

法案が成立しない場合、既払い関税の還付は現行法上の手続き、すなわちプロテストや訴訟に依存することになる。CBP はプロテストの一般的な提出期限を精算(liquidation)から180日以内と説明している。avalara

すでに精算が完了しており、精算日から数えて期限が迫っている輸入申告については、法案成立の見通しが明らかになる前に期限を徒過してしまうリスクがある。企業は今の段階で、対象申告の精算日と残日数を把握しないと、権利を失う可能性がある。法案の行方が不透明な時期ほど、期限管理の事故が増える傾向がある。

リスク4:受領インフラが整っていないと入金が遅れる

CBP は2026年2月6日以降、還付金を原則として ACH(自動決済機関)による電子送金で支払う運用に移行している。 受取には ACE ポータルでの銀行口座情報の登録が必要であり、登録がない場合は利息が付かない可能性も指摘されている。avalara

米国に銀行口座を持たない海外企業、または輸入者名義と口座名義の間に不一致がある場合は、還付の権利があっても受領が滞るリスクがある。財務部門のタスクとして ACE への口座登録を早期に完了させることが推奨される。

リスク5:今後の関税は IEEPA とは別軸で残る

IEEPA 関税が停止されても、輸入コスト全体が即座に下がるとは限らない。大統領令はセクション232・セクション301など IEEPA 以外の関税は対象外と明記しており、これらは引き続き有効である。pwc+1

加えて、通商拡大法第122条に基づく一時サーチャージ(現行10%)が2026年7月24日まで継続する。さらに、政権はセクション301を根拠とした新たな調査を開始しており、将来的に別の法的根拠に基づく恒久的な関税が後続してくる可能性がある。jdsupra

過去分の還付と将来の関税コストは別の問題として管理し、価格戦略・調達計画・契約条件の見直しはそれぞれ独立して行う必要がある。


企業が今すぐ着手すべき実務ロードマップ

ステップ1:対象輸入申告の棚卸し

最初に行うべきは、過去の輸入申告のうち IEEPA の追加従価税を支払ったものを特定することである。CBP が ACE 上で無効化した HTS コードを手掛かりに、通関ブローカーに対象エントリーの抽出を依頼できる。 最低限以下のデータを揃えることが目標となる。craneww

  • エントリー番号と輸入日
  • 精算の有無と精算日(liquidation date)
  • IEEPA の追加税として支払った金額
  • 輸入者名義(importer of record)と実質的な支払主体の一致・不一致

ステップ2:精算日を軸にした期限管理の設計

法案の成否にかかわらず、精算日を起算点とした期限管理を社内に設ける。プロテストの一般的な期限は精算から180日であることを念頭に、以下のような段階別アラートを設計することが実務に効く。

  • 精算済みで精算から90日以内(比較的余裕あり)
  • 精算済みで精算から90日超150日以内(要優先対応)
  • 精算済みで精算から150日超(緊急、通商弁護士への即時連絡を推奨)
  • 未精算(動向確認が必要)

期限が迫るほど、通関ブローカーと通商弁護士の緊密な連携が不可欠になる。

ステップ3:ACH 受領体制の整備

CBP の電子送金への移行に対応するため、ACE ポータルへの銀行口座情報の登録を財務部門のタスクとして速やかに完了させる。 米国口座を持たない場合や、輸入者名義と口座名義が異なる場合は、受領方法の設計を通関ブローカーと事前に詰めておく必要がある。avalara

ステップ4:取引先との還付帰属合意の前倒し

還付が発生した場合に備え、以下の事項を取引契約に明記しておくことで、後からのトラブルを防ぎやすくなる。

  • 還付金の帰属先の明記
  • 還付を受けた場合の価格調整の有無と方法
  • 過去分の返金要求への対応方針
  • 還付申請のために相手方が提供すべき情報の範囲

法案の顧客還元メッセージが取引先の交渉姿勢を強める可能性があるため、契約上の根拠を先に整えておくことが有利に働く。

ステップ5:今後の関税を前提にした調達・価格計算の再設計

通商拡大法第122条の一時サーチャージは原則10%で2026年7月24日まで継続する。加えて、USMCA 要件の充足有無やセクション232の対象品目かどうかによってコストの実態は大きく異なる。将来にわたる関税変動を織り込んだ調達シナリオと価格体系の再設計を、過去分の還付議論とは切り分けて独立して進めることを推奨する。


まとめ

Tariff Refund Act of 2026 は、成立すれば精算済み申告への再精算とプロテスト手続きの迂回という設計によって、企業のキャッシュフロー回復に対して最も現実的な行政ルートを提供する可能性がある。関税の違法性が確定した今、残る最大の不確実性は「どの手続きで、いつ返ってくるのか」であり、法案はその不確実性を縮小する機能を持つ。budgetmodel.wharton.upenn+1

一方で、法案の成立は与野党対立の中で不確実であり、誰が還付を受け取るかという商流上の摩擦、期限管理のリスク、受領インフラの不備、そして IEEPA とは独立して継続する複数の関税措置の存在は、企業が並行して管理すべき課題として引き続き残る。

今週から取り掛かれる最優先事項は、対象輸入申告の棚卸し、精算日ベースの期限管理の設計、および ACH 受領体制の整備の3点である。これらは法案の成立・不成立どちらのシナリオにおいても損失を最小化する基本線となる。craneww+1


免責事項

本稿は、公開情報(連邦最高裁判決、ホワイトハウスの大統領令・布告、CBP の CSMS 通知、上院法案本文および上院財政委員会の発表、主要報道機関・研究機関の公表資料)に基づき、2026年2月25日時点での一般的な情報提供を目的として作成したものです。本稿は法務・税務・会計・通関に関する専門的助言を構成するものではなく、特定の企業・取引・申告状況に対する個別の見解を示すものでもありません。

関税の還付・申告・精算に関する実務は、品目分類・原産地認定・取引条件・申告状況・精算状況・契約内容などにより個別に大きく異なります。本稿の内容は法案の審議・成立状況、CBP の通知・運用変更、大統領令・布告の改廃などによって随時変化する可能性があります。

実際の対応にあたっては、最新の CBP 公式通知・大統領令・布告・法案の動向を必ず確認のうえ、通関業者・通商弁護士・税理士・公認会計士などの有資格専門家に相談されることを強く推奨します。本稿の内容に基づいて行われた判断・行動により生じたいかなる損害についても、作成者は一切の責任を負いかねます。

タイの通関が激変! 2026年新制度を日本企業がゼロから理解するための完全ガイド

2026年2月25日 作成

はじめに — なぜ今、タイの通関制度が重要なのか

タイはASEANにおける日本企業の主要拠点の一つであり、製造業、消費財、電子商取引を問わず多くの企業が輸出入を展開している。しかし、2026年1月1日を境に、タイの通関制度は歴史的な転換点を迎えた。

少額輸入への関税免除の完全撤廃、電子通関の義務化、HSコードの正確性に対する要件の厳格化——これらの変更が同時に施行されたことで、これまで「まず日本から直送で試してみる」という越境ECの手法を取ってきた企業の多くは、戦略の根本的な見直しを迫られている。

本ガイドは、タイとのビジネスに携わるすべての日本人ビジネスパーソンを対象に、2026年の通関変更の全体像を正確かつ実務的に解説する。

第1章:最大の変革 — 少額輸入免税(1,500バーツ基準)の完全撤廃

旧制度と新制度の比較

項目2025年末まで(過渡期)2026年1月1日以降(新制度)
免税基準(関税)CIF価格 1,500バーツ以下は関税免除基準なし。1バーツから全件に関税が課税
付加価値税(VAT)1バーツから7%のVATが課税(2024年7月より先行実施済)引き続き全商品に7%のVATが課税
平均関税率品目により異なるが平均10%(0〜80%)

制度撤廃の背景

タイ政府がこの措置を導入した主な理由は二つある。一つ目は、海外の巨大ECプラットフォームを経由した低価格輸入品の急増であり、タイ国内の中小企業(SME)の競争力を著しく損なっていたからである。二つ目は、公平な税収の確保である。タイ関税局の試算によると、越境ECを経由する低額輸入商品は年間数百億バーツ規模に達しており、税制の抜け穴を塞ぐことが財政上の重要課題となっていた。

日本企業への具体的なコスト影響

例として、日本から消費者向けにタイへ1,200バーツ(約5,760円)相当の商品を直送する場合を考える。2025年まではVATの7%のみが徴収されていたが、2026年からはさらに関税(仮に10%とする)が上乗せされる。結果として、消費者が受け取る段階での実質的な負担額は大きく増加し、従来の価格競争力を維持することが極めて困難となる。

第2章:HSコード要件の厳格化

HSコードとAHTNの基礎

HSコード(Harmonized System Code)とは、世界税関機構(WCO)が定める国際的な商品分類コードである。タイが採用する「AHTN(ASEAN統一品目表)」は、WCOが定める世界共通の6桁HSコードをベースに、ASEAN独自の品目細分化として2桁を追加した計8桁の体系となっている。現在は「AHTN 2022」の最新版に準拠して運用されている。

2026年から求められるコード精度

国際的な郵便やクーリエの通達においても、タイ向け商業貨物には最低でも6桁、可能であればAHTNに基づく8桁の正確なHSコードの電子データ送信が厳格に求められるようになっている。

誤分類が招くリスク

タイ税関はIT技術を活用した申告書の自動照合システムを強化している。商品説明とHSコードが一致しない場合や、曖昧な品名記載があった場合、自動的に手動審査(マニュアル・オーディット)の対象となる。誤分類と判断されると以下のリスクが生じる。

  1. 貨物の差し止めと長期にわたる通関遅延
  2. 追徴課税および罰則金の賦課
  3. 原産地規則の不充足によるFTA優遇関税の否認
  4. 輸入業者としての税関からの信用評価の低下

HSコードの分類を通関担当者の「勘」に頼る時代は終わった。品目ごとに専門家へ照会するか、タイ税関の公的な事前教示制度(Advance Ruling)を活用することが推奨される。

第3章:電子通関(e-Customs / NSW)の要件強化

ペーパーレスライセンスの必須化

タイ税関が運用するe-Customsは、輸出入申告をすべてオンライン上で処理するシステムである。商業目的のすべての輸入者・輸出者は、このシステムを利用するために「ペーパーレスライセンス(通関カード)」を取得しなければならない。

取得にはタイ税関局への事業者登録やデジタル証明書の取得が必要であり、通常数営業日を要する。このライセンスなしでは電子申告が一切できないため、タイとの取引を新規に開始する企業は、物流計画の中に登録期間を組み込む必要がある。

タイNSW(National Single Window)の拡張

タイNSWは、輸出入に必要な許可申請を複数の政府機関と横断的に連携して処理する単一窓口システムである。医療・健康関連製品だけでなく、食品や農産物など他の規制商品カテゴリーへのシステム連携が急速に拡張されている。すべての申請は電子提出が義務付けられており、紙ベースの申請は原則として廃止される方向にある。

第4章:規制商品カテゴリーの許可要件強化

2026年現在、以下の商品カテゴリーについては、従来よりも厳格な許可証・認証の事前取得がシステム上で求められている。

  • 健康食品・機能性食品(タイ食品医薬品局:FDAの許可が必要)
  • 医薬品・医療機器(同上)
  • 化粧品(成分規制に加え事前登録が必要な場合あり)
  • 産業用化学物質(工業省の認可が別途必要)
  • 電子・通信機器(タイ国家放送通信委員会:NBTCの認証が必要)

日本のコスメブランドや健康食品メーカーにとって、タイ市場参入のコンプライアンス要件は実質的に上がっている。商品が港に到着した後に許可不足が発覚すると、高額な保管料や遅延損害が急速に膨らむため、船積み前の輸入許可取得を徹底することが絶対条件となる。

第5章:通関書類の要件変更

2026年の通関において、以下の書類が正確に揃っていることがスムーズな輸入の前提となる。

書類名2026年の主な要件
商業インボイスCIF価格(商品代金+保険料+運賃)の明記が必須
HSコード商品説明との完全一致が必須。不一致は即時審査発動の対象
パッキングリスト航空貨物運送状(AWB)または船荷証券(B/L)との完全一致が必要
各種輸入許可証医薬品(FDA)、電子機器(NBTC)などは貨物到着前の事前取得が必須
原産地証明書(CO)JTEPAやRCEP等の適用時、所定のフォーマット(または電子データ)の正確な提出

特に注意すべきは商業インボイスの価格表記である。タイ税関はCIF価格(運賃・保険料込みの到着地価格)を課税標準とするため、FOB価格のみが記載されたインボイスは、税関担当者による運賃・保険料の推計換算審査が発生し、大幅な遅延と想定外の課税の原因となる。

第6章:日本企業への影響と対応戦略

越境ECへの影響とビジネスモデルの転換

今回の制度変更で最も大きな打撃を受けるのが、日本から直接タイの消費者へ発送する越境ECモデルである。

これまでは免税枠を活用した「小口・多頻度・直送」が成立していたが、2026年以降は1バーツから関税およびVATが課税されるため、配送費を含めた総コストが大幅に増加する。

このモデルの抜本的な対策として、「タイ国内在庫・国内発送モデル」への移行が現実解として浮上している。あらかじめ商品をまとまった単位でタイへ正規輸入・通関し、現地の倉庫から発送する仕組みへのシフトである。先行投資と現地パートナーの確保は必要になるが、長期的には配送スピードと価格競争力を維持できる最も手堅い選択肢といえる。

製造業・輸出企業への影響とFTAの戦略的活用

タイに生産拠点を持つ日本企業や、日本からタイへ部材を輸出する企業にとっては、以下の実務課題への対応が急務となる。

  1. 新たな関税負担を含めたBOM(部品表)コストの再計算
  2. 電子COの取得フローの見直しと担当者教育
  3. FTA(自由貿易協定)の戦略的活用による関税削減

タイが締結するFTAを適切に活用することで、関税負担を大幅に軽減できる。主要な協定は以下の通りである。

  • JTEPA(日タイ経済連携協定):日本とタイの二国間協定。
  • RCEP(地域的な包括的経済連携):日中韓・ASEAN等を含む広域協定。
  • AJCEP(日ASEAN包括的経済連携協定):日本とASEAN全体との広域協定。

適用する協定によって原産地規則が異なるため、製品ごとに最も有利な協定を選定することが利益に直結する。

第7章:今すぐとるべき実務アクション

2026年の制度変更への対応として、以下のチェックリストを優先度順に実施することを強く推奨する。

  1. 取扱品目の全HSコードの精査と、必要に応じた事前教示申請の実施
  2. タイとの取引におけるペーパーレスライセンスの有効期限・取得状況の確認
  3. 規制商品(化粧品・健康食品・医療機器等)のライセンス事前取得フローの徹底
  4. 商業インボイスのフォーマット改訂(CIF価格表記の徹底)
  5. 越境EC事業者の場合、タイ国内在庫モデルへの移行計画の策定
  6. 現地フォワーダー・通関業者との情報共有体制の再構築

免責事項

本記事は、2026年2月25日現在において公開されている公的情報源および業界情報をもとに作成した情報提供を目的とするものであり、法的助言または税務・通関に関する専門的アドバイスを構成するものではありません。タイの通関規制や関税法令は随時変更される可能性があります。実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、タイ税関局の公式発表、日本貿易振興機構(JETRO)などの公的機関、および現地の有資格通関士や弁護士等の専門家に必ずご確認ください。


2026年USMCA「6年見直し」の深層。北米サプライチェーン再編の行方と各国の思惑

2026年7月に予定されているUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の「6年目の見直し」に向けて、関係各国の水面下での駆け引きが本格化しています。

北米に進出する日本企業にとって、この見直しは単なる定期点検ではありません。現在の米国政府が強硬な姿勢を示す中、協定の存続そのものや、自動車を中心とした関税ルールの抜本的な変更に直結する極めて重要な転換点となります。

本記事では、国際貿易の専門家の視点から、見直し制度の仕組み、各国のポジション、そして日本企業が直面するビジネス上のリスクと対策について詳しく解説します。

1. USMCA「6年目の見直し(Joint Review)」とは何か

USMCAには、過去のNAFTA(北米自由貿易協定)にはなかった「サンセット条項(失効条項)」が組み込まれています。協定の有効期間は16年と定められており、発効から6年目にあたる2026年に、3カ国による共同見直しが行われます。

この見直しで3カ国すべてが協定の延長に合意すれば、有効期間はさらに16年間延長されます。しかし、1カ国でも延長に難色を示した場合、協定は即座に失効するわけではありませんが、その後は毎年厳しい見直し協議が行われ、最悪の場合は当初の発効から16年後(2036年)に協定が完全に消滅することになります。

米国は現在、この「合意しなければ延長されない」という仕組みを強力な交渉カードとして使い、メキシコやカナダに対して新たな譲歩を迫る構えを見せています。

2. 見直しに向けた3カ国のポジションと譲れない一線

現在の北米通商環境は、米中の覇権争いを背景に大きく変容しています。各国の立場は以下の通りです。

米国の強硬姿勢:中国の「迂回ルート」徹底封じ込め

米国政府の最大の焦点は、メキシコを経由した中国製品の流入を防ぐことです。特に中国の電気自動車(EV)メーカーや鉄鋼産業がメキシコに生産拠点を設け、USMCAの無税枠を利用して米国市場にアクセスすることを強く警戒しています。米国は今回の見直しを機に、原産地規則(製品を域内産と認めるための基準)のさらなる厳格化や、特定の第三国資本によるメキシコでの生産活動に対する監視強化を要求する方針です。

メキシコの防衛戦:ニアショアリングの死守

メキシコは近年、消費地に近い場所で生産を行う「ニアショアリング」の恩恵を最大限に受けており、外資系企業の投資が急増しています。メキシコ政府は、北米の競争力維持には自国の労働力と生産拠点が不可欠であると米国にアピールしています。一方で、最大の貿易相手国である米国の要求を無下にすることはできず、中国からの鉄鋼輸入に関税をかけるなど米国への同調姿勢を見せつつ、自国への海外直接投資を阻害しない着地点を探っています。

カナダの同調と警戒:自国産業の保護

カナダは、最大の輸出市場である米国との関係維持を最優先としています。そのため、中国製EVに対する100パーセントの追加関税を米国に追随して即座に導入するなど、対中国という点では米国と強固な共同歩調をとっています。しかしその反面、米国から長年批判されている自国の酪農市場の保護政策や、巨大IT企業に対するデジタルサービス税の問題については、国内産業を守るために一歩も引かない構えを見せています。

3. 日本ビジネスへの影響と企業が取るべき対策

USMCAの見直し協議が難航した場合、北米で事業を展開する日本企業には直接的なコスト増とコンプライアンス上のリスクが降りかかります。

自動車・部品メーカーに対する原産地規則のハードル上昇

USMCAの最大の恩恵を受けている自動車産業は、最も大きな影響を受けます。現在でも非常に複雑な労働価値割合(一定の賃金水準以上の労働者が生産した部品の割合)や、鉄鋼・アルミの北米調達要件が、米国の圧力によってさらに引き上げられるリスクがあります。現行ルールでギリギリ無税条件を満たしている製品は、わずかなルール変更で特恵関税の対象外となるため、調達網の再評価が急務です。

メキシコを拠点とするチャイナ・プラス・ワンの再考

中国からのリスク回避としてメキシコに拠点を移した企業も注意が必要です。主要な部品を中国などから輸入し、メキシコで最終組み立てを行って米国へ輸出するというビジネスモデルは、米国の新たな規制の的となる可能性が極めて高い状況です。企業は、メキシコ国内や米国、カナダでの部品調達比率を高めるなど、サプライチェーンの徹底した北米ブロック化(現地化)を進める必要があります。

おわりに:不確実性へのシナリオ・プランニングを

2026年のUSMCA見直しは、交渉の決裂による協定の不安定化リスクと、米国によるルールの強引な変更リスクの双方をはらんでいます。経営層は、現行の関税ゼロが永遠に続くという前提を捨て、関税が復活した場合や原産地規則が満たせなくなった場合のコストシミュレーションをあらかじめ行い、複数の調達シナリオを用意しておくことが不可欠です。

免責事項:本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。

米国とインドネシアの新通商協定(ART)合意。重要鉱物戦略の転換と日本企業への影響

2026年2月、米国とインドネシアの間で「相互貿易協定(ART:Agreements on Reciprocal Trade)」が最終合意に達しました。前政権時代から続く懸案であった両国の通商枠組みが、現在の米国政権下で独自のディールとして結実した形です。

本記事では、国際貿易および経済安全保障の専門家の視点から、この合意が持つ真の狙いと、グローバルサプライチェーン再編の深層、そして日本企業が直面するビジネス上の影響について解説します。

1. 誤解されがちな合意の真実:IRAの延長線ではない新協定の結実

数年前までは、インドネシア産ニッケルを米国の「インフレ抑制法(IRA)」におけるEV補助金対象に組み込むための限定的な枠組みが模索されていました。しかし、2026年の今回の合意は、環境基準の厳格化などを求めたかつてのアプローチとは異なります。「相互貿易協定(ART)」という、関税交渉を軸とした極めて現実的で取引的なアプローチによって成立しています。

米国は当初、インドネシアからの輸入品に対して32%という高関税を突きつけていましたが、今回の合意によりこれを19%に引き下げることで妥結しました。さらに米国は、自国で生産されていないパーム油やコーヒーなどのインドネシアの主要輸出品について、関税を免除する方針です。

これに対するインドネシア側の譲歩として、米国の農産物輸出を妨げていた事前検査の廃止、米国の車両安全基準の承認、そして最大の焦点である「重要鉱物に対する輸出規制の解除」が盛り込まれました。

2. 米国が主導する「重要鉱物特恵貿易圏」の衝撃

今回の合意の裏にある米国のさらに巨大な戦略が、2026年2月上旬に米国務省が開催した「重要鉱物閣僚会合」で明らかになっています。

この会合において、米国は同盟国や友好国のみで構成される「重要鉱物特恵貿易圏」の創設を公式に提案しました。これは、特定の国による過剰生産や不当な価格競争に対抗するため、生産の各段階において重要鉱物に「最低価格」を設定し、関税という障壁を用いることで公正な市場価値を維持しようとする強力な経済ブロック構想です。

世界最大のニッケル資源国であるインドネシアが米国とのARTに合意し、輸出規制を解除したことは、まさにこの米国の新たな特恵貿易圏にインドネシアを事実上組み込むための決定的な布石と言えます。

3. 日本ビジネスへの直接的な影響とサプライチェーン防衛戦

この歴史的な合意と新たな貿易ルールの誕生は、長年にわたり東南アジアで強固な製造基盤を築いてきた日本企業にとって、ビジネスモデルの根本的な見直しを迫るものです。

インドネシアを拠点とする輸出戦略の再構築

インドネシアに製造拠点を持つ日本企業にとって、米国向けの輸出関税が当初懸念された32%から19%に引き下げられたことはひとまずの安堵材料です。しかし、依然として19%の関税負担は重く、従来の完全な自由貿易を前提としたコスト計算は通用しません。インドネシア拠点の役割を「北米向け」から「アセアン域内および中東・インド向け」へとシフトさせるなど、サプライチェーンの柔軟な組み換えが急務となります。

重要鉱物の調達コストと最低価格ルールへの対応

EVバッテリー素材などを扱う日本の素材メーカーや商社は、米国が提唱する「重要鉱物特恵貿易圏」の動向を最優先で注視する必要があります。今後、インドネシア産ニッケル等の取引において、米国が主導する最低価格ルールや新たな関税システムが適用される可能性が高いためです。地政学的なリスク回避としてインドネシアでの調達を増やす動きは不可欠ですが、今後は米国の政治的な価格統制システムにどう適応するかが問われます。

おわりに:2026年以降のアジアビジネスの試金石

米国とインドネシアの相互貿易協定(ART)合意は、関税という強力な武器を用いた米国の通商戦略が、東南アジアにおいても本格的に機能し始めたことを象徴しています。

日本の経営層および実務担当者は、過去の制度の前提を捨て、最新の政治力学に基づいた関税率や調達ルールの変化に即座に適応しなければなりません。自社のサプライチェーンを新たな貿易圏の基準にいかに機動的に適合させるかが、激動する2026年以降のグローバル競争を生き抜くための最大の鍵となるでしょう。

免責事項
本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。各国の通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。

IEEPA関税還付の「落とし穴」を全て把握し、確実に回収する実務ガイド

2026年2月23日 貿易実務・通商政策専門家の視点から


この記事の位置づけ

2026年2月20日の米連邦最高裁によるIEEPA関税違法判決を受け、日本企業の間で「関税が戻ってくるのではないか」という期待が高まっています。しかしその還付は自動ではなく、手続きを誤れば権利が消滅します。global-scm+2

本記事では、「還付の権利を持っているのに手続きの不備で回収できない」という最も避けるべき事態を防ぐため、企業が今すぐ着手すべき実務対策を体系的に整理します。


現状把握 何が起きているのか

IEEPA関税として米国税関(CBP)が徴収した累計額は1,750億ドル(約26兆円)超とされており、これが理論上の還付対象となります。2025年12月10日時点で3,400万件の輸入申告のうち、1,920万件がまだ未清算の状態です。[logi-today]​

しかし、CITは2025年12月以降、新規訴訟の審理を一括停止しており、最高裁判決が確定した現在もなお「訴訟を起こした企業のみが還付を受けられる可能性」への懸念が残っています。実際、最高裁の判決文は徴収済み関税の還付義務について明確に言及していません。[jetro.go]​[youtube]​

さらに、トランプ大統領はIEEPAに代わる根拠として通商法第122条を発動し、2月24日から全世界一律10%の追加関税を150日間の時限措置として課すと宣言しました。IEEPA還付と新関税の発動が同時進行するという、前例のない複雑な状況が続いています。yomiuri+2


還付手続きの全体像 三つの経路を理解する

混乱を避けるための第一歩は、自社の輸入申告がどの状態にあるかを把握し、適切な手続き経路を選ぶことです。global-scm+1

申告の状態手続き経路申請先期限
清算前(未清算)PSC(事後修正申告)ACEシステムEntry Summary日から300日以内、かつ清算予定日の15日前まで(早い方) [global-scm]​
清算済みProtest(異議申立て)CBP(Form 19)清算確定日から180日以内 logi-today+1
清算済み(行政手続きが機能しない場合)CIT提訴米国際貿易裁判所「争われる行為」から2年以内 [logi-today]​

清算とは、CBPが通関から314日後に関税額を最終確定させる手続きです。清算が完了してしまうと行政救済の道が大幅に狭まるため、自社申告の清算状況の確認が全ての対策の起点となります。tmi.gr+2


対策一 通関データの緊急棚卸しと台帳作成

すべての対策の土台となる作業です。米国の通関業者(カスタムズ・ブローカー)から2025年2月4日以降の全輸入申告データを取得し、以下を一覧化します。jetro.go+1

  • 申告番号(Entry Number)
  • 申告日(Entry Summary Date)
  • 清算日または清算予定日
  • Chapter 99(9903.01.xx番台)で支払ったIEEPA関税額
  • 清算状況(未清算 / 清算済み)

この台帳をもとに、PSC期限とProtect期限を申告ごとに自動計算し、対応優先順位を色分けして管理します。年間IEEPA支払額が1,000万円を超える企業は即時着手が求められます。prtimes+1

ACEポータルへのアクセスが設定されていない企業は早急に登録する必要があります。通関業者任せにしていると、期限到来に気づかないまま請求権が失効するリスクがあります。note+1


対策二 ACH還付口座の登録確認

見落とされがちな実務上の落とし穴です。CBPは2026年2月6日以降、還付の支払い方法を電子送金(ACH:Automated Clearing House)に一本化し、紙の小切手による還付を廃止しました。logi-today+1

ACEシステム上でACH還付口座が登録されていない場合、法的に還付の権利が認められても資金を受け取ることができません。米国子会社の担当部署に対して、以下の点を今週中に確認します。[global-scm]​

  • ACEアカウントにACH還付口座(Automated Clearing House Refund)が設定されているか
  • 日本本社や別法人への振込みを希望する場合は、CBP Form 4811によるNotify Party指定が完了しているか[global-scm]​

通関業者に依頼すれば数営業日で確認できる作業ですが、期限直前に発覚した場合は間に合わないケースも想定されます。[global-scm]​


対策三 CIT予防的提訴の方針決定

行政手続き(PSCおよびProtest)だけに依存することは、現在の法的環境では十分ではありません。その理由は三点あります。bakermckenzie.co+1

第一に、CBP自身はIEEPA関税の違法性を独立して判断する権限を持たないため、Protestを申立てても却下される可能性があります。第二に、CITは最高裁判決が出るまで新規訴訟の審理を一括停止していましたが、「訴訟を起こした企業のみに還付が限定される」可能性が完全には払拭されていません。第三に、CITは再清算と還付を命じる権限があると確認しており、訴訟という形で案件を「裁判所に登録しておくこと」自体が権利保全として機能します。jetro.go+2

ベーカー・マッケンジーのクライアントアラートは、この予防的提訴を「Protective Appeal(権利保全提訴)」と位置づけており、積極的な勝訴を狙うためではなく、還付認容の対象として自社案件を確実に含めるための安全策として機能することを明確にしています。[bakermckenzie.co]​

日本企業の中では豊田通商、住友化学、リコーなど少なくとも9社の米国関係会社がすでに提訴しています。米国通商法に精通した弁護士との相談を2週間以内に実施することを推奨します。[sankei]​


対策四 グループ内の資金帰属合意書の整備

「誰のお金か」の合意がないまま還付金が米国子会社の口座に入金された場合、グループ内の資金移転に税務・法務上の問題が生じます。以下の文書を1か月以内に整備します。[note]​

  • 還付金帰属に関する合意書:IEEPA関税コストを日本本社が実質負担してきた場合、還付金を本社に還流させる根拠を文書化する[note]​
  • 訴訟費用の負担配分:弁護士費用、手続きコストを本社・子会社間でどの割合で負担するかを明確にする[note]​
  • 情報共有プロセス:通関データ、清算状況、法的手続きの進捗を日本本社の経営企画・財務・法務が定期的に確認できる体制を構築する[note]​

対策五 顧客・取引先との契約精査と将来条項の追加

IEEPA関税が導入された2025年2月以降、多くの企業は関税コストを販売価格に上乗せ(パススルー)してきました。この場合、実際の経済的損失を負ったのは輸入者ではなく川下の顧客であり、輸入者が還付金を全額自社で留保することは不当利得に問われるリスクがあります。[masudafunai]​

また、「関税のため値上げをした」と顧客に説明した企業が、還付後も価格を引き下げない場合、連邦取引委員会(FTC)や州検事総長による不公正取引行為調査の対象となりえます。[masudafunai]​

現在の契約書については以下を確認します。

  • 関税パススルー条項の有無および還付金の取り扱い規定が存在するか
  • 存在しない場合、州法に基づく契約紛争や不当利得訴訟のリスク評価を実施する[masudafunai]​

将来の新規契約・契約更新時には、JETROの法的リスク対策指針にある以下の条項追加を検討します。[jetro.go]​

  • 関税変動リスク負担条項:関税の増減を当事者間でどのように分担するかを規定する
  • 法改正に伴うコスト調整条項:米国法改正に伴うコスト増減を価格に反映させる仕組み
  • 事情変更条項:予見不可能な関税急変が生じた場合の再交渉権を規定する[jetro.go]​

対策六 新たな122条関税への備え

IEEPA関税が無効化されても、通商法第122条に基づく一律10%の追加関税が2月24日より150日間(最長で2026年7月下旬まで)課されます。さらにトランプ大統領は15%への引き上げも示唆しており、122条そのものの合法性が今後の裁判で争われる可能性も否定できません。[youtube]​nikkei+2

企業は還付手続きと並行して、122条関税を前提としたコスト構造の見直しも必要です。時限措置である150日が過ぎた後の関税水準が現時点では不透明であることから、価格交渉・調達先見直し・生産拠点最適化の検討を今から着手しておくことが重要です。[fmclub]​


今週から動くための優先度別チェックリスト

全体を整理すると、以下の順序での対応が実務上最も効率的です。

今週中に着手すること

  • 米国通関業者に全申告データの提供を依頼し、IEEPA関税支払総額を算定する[global-scm]​
  • 米国子会社のACEシステムにACH還付口座が登録されているかを確認する[global-scm]​

2週間以内に着手すること

  • 申告ごとのPSC期限・Protest期限を台帳化し、期限管理体制を整備する[global-scm]​
  • 米国通商法専門の法律事務所にCIT予防的提訴の要否を相談する[bakermckenzie.co]​
  • 経営層に対して還付可能額の試算と対応方針の報告資料を作成する[prtimes]​

1か月以内に着手すること

  • 日本本社・米国子会社間の還付金帰属・費用負担合意書を作成する[note]​
  • 主要顧客・取引先との契約書について関税パススルー条項と還付金規定を確認する[masudafunai]​
  • 経済産業省「米国関税対策ワンストップポータル」および日本貿易保険(NEXI)の支援制度の適用可否を確認するmeti.go+1

まとめ

還付混乱を避けるための企業対策の本質は、「権利を持っているのに回収できない」という事態を防ぐことです。180日のProtest期限、ACH口座の未設定、グループ内の資金帰属の未合意、これらのうち一つでも見落とすと、回収可能だった資金を永久に失うことになります。global-scm+2

関税をめぐる法的・行政的環境は今後も急速に変化し続けます。静観している時間は、毎日、権利保全のための選択肢を狭めていると理解したうえで、今日から行動することを強くお勧めします。nikkei+2[youtube]​


免責事項

本記事は、公開情報および専門家の見解を参考に作成した情報提供を目的としたものであり、法的助言または税務上の助言を構成するものではありません。個別の案件への対応については、米国通商法に精通した弁護士または専門家に相談されることを強くお勧めします。記事内の情報は2026年2月23日時点のものであり、関税政策・法律・規制は急速に変化する可能性があります。本記事の内容を利用したことによる損害について、筆者および情報提供者は一切の責任を負いません。

「関税還付の不確実性」を読み解く:米最高裁判決後に日本企業が直面する三つの壁

2026年2月23日 | 貿易実務・通商政策専門家の視点


はじめに

2026年2月20日、米連邦最高裁判所はトランプ大統領が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」を根拠に発動した広範な関税について、違法との判断(6対3)を示しました。このニュースを受け、多くのビジネスパーソンは「違法とされたのだから、支払った関税は当然戻ってくる」と安堵されたかもしれません。

しかし、現実はそれほど単純ではありません。本記事では、この判決を手放しで喜べない理由と、日本企業が今すぐ取り組むべき実務対応を、法律と実務の両面から整理します。


最高裁判決の真意と関税還付の現在地

米連邦最高裁は、「憲法上、関税を課す権限は議会にあり、IEEPAは単独で関税を発動する権限を大統領に与えていない」と明確に判示しました。

【訂正すべき誤解】

一部では「大統領が即座に徴収停止と還付の大統領令に署名した」との誤報が流れていますが、これは事実ではありません。 実際には、トランプ大統領は判決に強く反発し、即日、別の法律である「1974年通商法第122条(Section 122)」に基づく新たな10%のグローバル関税を課す大統領布告に署名しました。また、最高裁判決文自体も「すでに徴収された関税の還付」については明言を避けており、具体的な還付プロセスは下級審(米国国際貿易裁判所:CIT)での対応に委ねられています。

ペン・ウォートン予算モデルの最新の試算によれば、2025年2月以降のIEEPA関税の徴収総額は約1,750億ドル(約26兆円)に上り、これらが還付の対象になりうるとされています。しかし、その回収には以下の「三つの壁」が立ちはだかります。


壁その一:還付は「自動」ではない

最高裁が違法と判断しても、企業の銀行口座に自動的にお金が振り込まれるわけではありません。還付を受けるためには、関税を支払った輸入者(Importer of Record)が自ら厳格な手続きを踏む必要があります。

申告状況に応じた2つの手続きルート

申告のステータス必要な手続き期限・条件
清算前(Unliquidated)事後修正申告(PSC:Post-Summary Correction)清算される前にCBPへ提出
清算済(Liquidated)異議申立て(Protest)清算確定から180日以内にCBPへ提出

180日という期限は厳守です。期限を過ぎると還付請求権が消滅するリスクが高まります。また、行政手続き(CBPへの申請)だけに依存するリスクを回避するため、すでに1,000社近くの企業が米国国際貿易裁判所(CIT)へ予防的提訴を行っています。

【重要】ACH(電子振替)の完全義務化

実務上最大の落とし穴となるのが、米税関・国境警備局(CBP)のルール変更です。2026年2月6日以降、CBPは原則としてすべての還付をACH(電子振替)方式のみで行うと規定し、従来の紙の小切手による還付は廃止されました。米国子会社の自動通関システム(ACE)上でACH還付口座の登録が未完了の場合、仮に還付の権利が認められても資金を受け取れません。


壁その二:誰が還付金を受け取る権利を持つのか

法律上、CBPへ還付請求できるのは、関税を直接CBPに支払った「輸入者(Importer of Record)」のみです。日本本社や製造元が直接CBPに請求することはできず、米国子会社などを通じた手続きが必要です。

問題は、多くの輸入者がIEEPA関税導入後、そのコストを販売価格に上乗せ(パススルー)して顧客に転嫁している点です。これにより、次のような複雑な法的・契約上のトラブルが懸念されます。

  • 不当利得(Unjust Enrichment)の争い: コストを全額顧客に転嫁した輸入者が還付金を受け取った場合、実質的な損害を受けていないにもかかわらず利益を得ることになり、取引先から訴訟を起こされるリスクがあります。
  • 契約書の沈黙: 多くの契約書には「事後的に関税が無効となった場合の還付金の帰属」に関する条項がなく、企業間紛争の火種となります。
  • 消費者保護リスク: 「関税コスト増加」を理由に値上げを正当化していた企業が、還付を受けたにもかかわらず価格を維持した場合、連邦取引委員会(FTC)や州検事総長から不公正取引として調査を受ける可能性があります。

壁その三:新たな関税(第122条)の即時発動

IEEPA関税が違法とされた直後、トランプ大統領は「1974年通商法第122条」を発動し、全世界を対象とした一律10%の追加関税を2月24日から150日間課すと宣言しました(カナダ・メキシコ等は適用除外)。

つまり、苦労してIEEPA関税の還付手続きを進めたとしても、直ちに新たな法的根拠による関税負担がのしかかる構造が続くのです。専門機関の分析によれば、IEEPA還付によるプラス効果は、新関税によるマイナス効果でおおむね相殺される見通しであり、通商リスクは依然として解消されていません。


今すぐ日本企業が着手すべき5つのアクション

以上の事態を踏まえ、日本企業(および米国関係会社)が直ちに取り組むべき実務対応を優先度順に整理します。

  1. ACH口座の登録完了確認米国子会社のACEシステム上で、米国銀行口座を利用したACH還付口座の登録が完了しているか至急確認してください。未登録の場合、資金が受け取れません。
  2. 通関データの緊急棚卸しと総額算定2025年2月以降の全エントリーデータを通関業者(Broker)から取得し、IEEPA関税の支払総額を特定・算定してください。
  3. 期限管理と還付請求体制の構築未清算分(PSC対象)と清算済分(Protest対象)を台帳化し、特に「清算確定から180日以内」の期限を厳格に管理する体制を整えてください。
  4. 予防的提訴(CIT)の検討行政手続きのみに依存するリスクを鑑み、米国通商法に精通した弁護士と連携し、CITへの提訴手続きを検討してください。
  5. 契約書と価格設定の精査顧客や取引先との契約における関税パススルー条項を確認し、還付金が生じた際の分配ルールや潜在的な紛争リスク(不当利得訴訟など)を法務部門と評価してください。

まとめにかえて

「最高裁で違法判決が出た=お金が戻る」という単純な等式は成立しません。還付の実現には手続き上の厳しい関門があり、期限管理の失敗は権利失効に直結します。また、第122条に基づく新たな関税も発動され、状況はさらに複雑化しています。

この問題は法務・通関部門だけの課題ではなく、財務・調達・営業・経営企画が一体となって取り組むべき全社的な経営課題です。今日動き始める企業と静観する企業の間では、数か月後のキャッシュフローに決定的な差が生まれる可能性があります。

免責事項

本記事は、2026年2月23日時点の公開情報および専門家の見解に基づき作成した情報提供を目的とするものであり、法的または税務上の助言を構成するものではありません。米国の政策や規制は急速に変化しています。個別の案件への実際の対応にあたっては、必ず米国通商法に精通した専門の弁護士にご相談ください。本記事の内容を利用したことによるいかなる損害についても、筆者および情報提供者は責任を負いません。

IEEPAと通商法122条の法的整理:最高裁判決後に押さえる「大統領関税権限」の地図

米国向けのサプライチェーンや価格決定を持つ企業にとって、関税が「どの法律にもとづいて課されるのか」は、税率そのものと同じくらい重要です。根拠法が違えば、発動の要件、上限、期間、例外の作り方、訴訟の争点まで変わります。

2026年2月20日、米連邦最高裁は、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠にした広範な関税措置について、IEEPAは関税を課す権限を大統領に与えていないと判断しました。 (Reuters)
その直後、ホワイトハウスは通商法(Trade Act of 1974)122条(19 U.S.C. 2132)を根拠に、150日間の一時的輸入サーチャージ(従価税)を課す布告を出しました。 (The White House)

この記事では、IEEPAと通商法122条を、法的に何が同じで、何が決定的に違うのかという観点から整理し、ビジネス判断に落とし込める形で深掘りします。


1. いま何が起きているか:関税の根拠法が「入れ替わる」意味

最高裁は、IEEPAが大統領に与える権限(輸入や輸出の「規制」を含む)に、関税や税としての徴収を読み込むことはできない、と結論づけました。IEEPAには関税や通関税(duties)の明示がなく、「規制」という語から徴税権限を導くのは無理がある、という整理です。 (最高裁判所)
これにより、IEEPAを根拠にした関税は、少なくとも同判決の射程では持続可能性が大きく揺らぎ、政権側は別の関税根拠法に切り替える圧力を受けます。 (Reuters)

そこで前面に出てきたのが通商法122条です。通商法122条は、国際収支問題に対応するための「一時的輸入サーチャージ(最大15%、原則150日)」を明文で認める条文で、IEEPAと違って「関税」を正面から規定しています。 (Legal Information Institute)
ただし、122条は万能ではありません。要件も、上限も、期間も、条文上の制約が明確であるため、企業は「同じ関税でも、法的な寿命と論点が違う」ことを前提に備える必要があります。 (Legal Information Institute)


2. IEEPAの法的枠組み:本来は「制裁と取引規制」の法律

2-1. 発動要件:海外に由来する異常かつ重大な脅威と、国家非常事態宣言

IEEPAの入口は、海外に由来する「異常かつ重大な脅威」が国家安全保障、外交、または経済に対して存在し、それに対処するため大統領が国家非常事態を宣言することです。 (Legal Information Institute)
言い換えると、IEEPAは「非常時に、対外経済関係を広く規制する」ための枠組みで、平時の通商政策の一般権限を与える設計ではありません。 (Legal Information Institute)

2-2. 大統領が使える手段:財産・取引の遮断と規制が中心

IEEPAの中核条文(50 U.S.C. 1702)は、外貨取引、支払・送金、通貨や証券の輸出入、そして外国や外国人が利害関係を持つ財産や取引について、調査、規制、遮断、禁止などを可能にします。 (外国資産管理局)
典型的には、特定国・特定主体への資産凍結、輸出管理、金融制裁などで使われる類型で、税としての「関税徴収」を中心に設計された条文ではありません。 (外国資産管理局)

2-3. 例外規定:IEEPAでも触れない領域がある

IEEPAには、個人の通信、一定の人道目的の寄付(食料・衣料・医薬品など)、情報・情報資料の輸出入、通常の渡航に付随する取引などについて、権限の例外(できないこと)が置かれています。
この構造は、IEEPAが本質的に「経済制裁の網」をかける法律であることを裏付けます。何でもできる一般条項ではなく、目的別に許容行為と例外を積み上げた制度です。

2-4. 最高裁が否定したポイント:IEEPAに「関税」は書かれていない

最高裁の整理は、実務家にとって次の3点が核心です。

  1. 文言の問題
    IEEPA 1702(a)(1)(B)には、輸入・輸出を「規制」する権限が並びますが、関税や通関税(tariffs / duties)という語はありません。最高裁は、この欠落自体が重要だと述べ、関税のように重大な権限なら議会は明確に書くはずだ、という筋道を示しました。 (最高裁判所)
  2. 憲法上の位置づけ
    関税は、憲法上「課税権」として議会に中核的に帰属します。最高裁は、無制限の金額・期間・範囲で関税を課すような権限行使には、明確な議会授権が必要だと整理しました。 (最高裁判所)
  3. 輸出課税の禁止との整合性
    IEEPAは輸出も含めて規制対象にしている一方、憲法は輸出への課税を禁じています。最高裁は、IEEPAの「規制」を課税まで含むと読めば、IEEPAの一部が憲法上問題になり得る(部分的に違憲になり得る)と指摘し、そのような読み方を採りませんでした。 (最高裁判所)

結論として、IEEPAを根拠に「関税を課す」設計は、条文構造と憲法文脈の双方から難しい、というのが最高裁の到達点です。 (最高裁判所)


3. 通商法122条の法的枠組み:国際収支問題に対する「短期の全面サーチャージ」

3-1. 発動要件:fundamental international payments problems

通商法122条(19 U.S.C. 2132)は、fundamental international payments problems(根本的な国際収支問題)に対して、輸入制限措置をとるための条文です。要件として条文が掲げる目的は次の3つです。 (Legal Information Institute)

  1. 大きく深刻な米国の国際収支赤字に対処するため
  2. 外国為替市場におけるドルの急激かつ重大な下落を防ぐため
  3. 国際的な国際収支不均衡の是正について他国と協力するため

ここで重要なのは、単なる貿易赤字(モノの輸出入差)に限られない一方で、無限定に「通商交渉のてこ」として使える条文でもない点です。少なくとも文面上は「国際収支問題」という政策目的に結び付ける必要があります。 (Legal Information Institute)

3-2. 使える手段:サーチャージ、クオータ、または両方

122条が大統領に要求または許容する措置は、主に次の3つです。 (Legal Information Institute)

  1. 一時的輸入サーチャージ(従価税で最大15%、既存の関税に追加する形の duties として)
  2. クオータ(数量制限)
  3. 1と2の組み合わせ

ただしクオータは、国際的な貿易協定や通貨協定が国際収支措置としてのクオータを許容している場合に限られ、さらにサーチャージでは不均衡に有効に対処できない範囲に限って行使可能、という条件が付いています。 (Legal Information Institute)
この条件は、122条が「まずは税率による調整」を想定し、数量規制は例外的という構造であることを示します。 (Legal Information Institute)

3-3. 期間と上限:150日と15%というハードリミット

122条の輸入サーチャージは、期間が原則150日で、延長には議会(法律)による延長が必要です。上限は最大15%です。 (Legal Information Institute)
ここがIEEPAとの決定的な違いです。IEEPAは非常事態と制裁の枠組みであり、関税上限や期間上限が条文で設計されていません。一方、122条は「短期で上限付き」という形で、政治的にも司法的にもコントロール可能な設計になっています。 (Legal Information Institute)

また、122条のサーチャージは「通常の関税(regular customs duty)として扱う」と明記されています。 (Legal Information Institute)
実務上これは、通関手続や関税評価、課税のタイミング、他の追加関税との積み上げ関係を、原則として関税制度の枠内で処理するという意味になります。 (Legal Information Institute)

3-4. 適用の原則:広く一様、ただし限定的な例外は作れる

122条は、輸入制限措置は原則として広く一様に適用すべきだとしつつ、米国経済の必要性に基づく例外を認めます。ただし、例外は無制限ではなく、国内供給の不足、原材料の必要輸入、供給混乱の回避などに限定され、特定産業を輸入競争から守る目的で例外設定をしてはならないとも明記します。 (Legal Information Institute)
したがって、企業としては「例外品目の定義や根拠」が、政策と法の両面から精査対象になると見ておくべきです。 (Legal Information Institute)

さらに122条は、輸入制限措置は無差別原則に沿って適用する、とした上で、目的達成のために一部の国(大きく持続的な国際収支黒字を持つ国)に対する措置が最適だと大統領が判断すれば、それ以外の国を除外できる余地も書かれています。 (Legal Information Institute)
この条文構造は、実務で「全世界一律」と「国別アレンジ」の両方が起こり得ることを意味します。どちらに寄るかは、布告や付属文書(Annex)の設計次第です。 (Legal Information Institute)

3-5. 2026年2月の布告から読み解く「運用の型」

2026年2月20日付の大統領布告は、122条を根拠に、150日間の10%従価税を課すとし、発効日を2026年2月24日と明示しています。 (The White House)
布告文は、国際収支問題の説明として、財務・経済統計(財・サービス収支、第一次所得、第二次所得など)を挙げ、米国の国際収支が「大きく深刻な赤字」であるという評価を前提にしています。 (The White House)
また、例外についても、122条が許容する限定要因(国内供給、原材料、供給混乱回避、無効・不要、輸送中の貨物など)に沿って設計していることを明記し、輸送中貨物の定義まで置いています。 (The White House)
加えて、サーチャージを通常の関税として扱うこと、USTRとCBP等がHTSUS修正を連邦官報の通知で行うことなど、執行面の設計も条文のフレームに合わせています。 (The White House)

なお、2月21日(報道ベース)には、122条を用いた税率の引き上げをめぐる追加情報も出ており、制度は動いています。ここは一次資料(連邦官報や新たな布告)の確定を必ず確認する運用が安全です。 (Reuters)


4. IEEPAと通商法122条の比較:ビジネス目線の早見表

観点IEEPA(50 U.S.C. 1701 ほか)通商法122条(19 U.S.C. 2132)
目的対外的脅威への非常時対応(制裁・取引規制)国際収支問題への短期の輸入制限
発動要件海外由来の異常かつ重大な脅威+国家非常事態宣言fundamental international payments problems の存在(国際収支赤字、ドル急落回避など)
手段の性質財産・取引の遮断、規制、禁止が中心一時的輸入サーチャージ(最大15%)、クオータ等
期間・上限条文上、関税としての期間上限や税率上限の設計はない原則150日、延長は法律が必要。上限15%
例外の設計1702(b) に個人通信、人道寄付、情報資料、渡航付随取引などの例外広く一様が原則だが、経済の必要性に基づく限定例外が可能。産業保護目的は不可
2026年最高裁の扱い関税根拠としては否定関税を明示する条文として参照され得る

この表は、IEEPAの条文(1701、1702)と例外規定、通商法122条の条文構造(150日、15%、広く一様、限定例外、関税として扱う)および2026年2月の最高裁判決と布告文に基づいています。 (Legal Information Institute)


5. 実務でどう読み替えるか:経営判断に効く論点

5-1. 122条に切り替わると「短期の不確実性」が増える

122条は150日という設計上、企業にとっては「先が読めないままの短期ショック」を作りやすい法律です。しかも延長には議会が必要であるため、政策は別の根拠法(例:通商法301条、通商拡大法232条など)へ乗り換える動機が生まれます。 (Reuters)
したがって、コスト転嫁や調達先変更を検討する際は、122条の期限の先に「別法での恒久化」が来るシナリオも同時に織り込む必要があります。 (Reuters)

5-2. 企業が押さえるべき一次情報の見取り図

122条ベースの措置は、少なくとも次の一次情報で中身が確定します。

  1. 大統領布告とそのAnnex(例外品目、積み上げ関係、輸送中貨物の扱いなど) (The White House)
  2. HTSUSの修正と連邦官報での技術修正(布告はUSTRとCBPが必要な修正を行う旨を明記) (The White House)
  3. CBPの実務ガイダンス(徴収方法、申告上の扱い、適用開始日や輸送中ルールの運用など)

特に、Annexの例外は条文上の限定要因に紐づくため、「例外の根拠」と「品目定義」が企業の実務コストに直結します。 (Legal Information Institute)

5-3. 交渉・契約で効くポイント:期限と法的根拠を条項に落とす

122条は150日という明確な時間構造を持つため、商流面では次のような設計が現実的です。

  1. 価格条項
    関税が追加される場合の価格調整メカニズムを、発効日と失効日(または延長の有無)に連動させる。
  2. 納期と輸送条件
    輸送中貨物の定義が布告で置かれることがあるため、船積み日、積載の証憑、通関日を、合意上の重要事実として管理する。 (The White House)
  3. 例外該当性の責任分界
    例外品目に該当するかどうかは、HS分類や品目仕様に依存します。サプライヤー側が提供すべき情報と、輸入者側の最終判断責任の線引きを明確にしておく。

ここは個社事情が大きいので、ひな型の丸写しではなく、取引構造に合わせて作り込むのが安全です。


6. まとめ:押さえるべき要点

  1. IEEPAは非常時の取引規制の法律であり、最高裁はIEEPAから関税権限を導く解釈を否定した。 (最高裁判所)
  2. 通商法122条は、国際収支問題に限って、最大15%・原則150日の一時的輸入サーチャージを明文で認める。 (Legal Information Institute)
  3. 122条は「広く一様」が原則で、例外は限定要因に縛られ、産業保護目的の例外設定は許されない。 (Legal Information Institute)
  4. 企業実務では、根拠法が変わると、関税の寿命、例外設計、次の法的乗り換え(232条や301条等)の可能性が変わるため、一次情報の監視と契約設計が重要になる。 (Reuters)

免責事項:本稿は一般的な情報提供を目的としたもので、法務・通関・税務に関する助言ではありません。具体的な取引や紛争対応は、対象国の最新の法令・行政運用・公表文書を確認のうえ、弁護士・通関専門家等に個別相談してください。法律や行政運用、税率や例外は変更される可能性があります。

米国最高裁がIEEPA関税を否定した意味を、ビジネス実務に落とし込む

はじめに

2026年2月20日、米国連邦最高裁は、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に大統領が関税を課すことはできないと判断しました。関税コストを織り込んで価格を決め、在庫を積み、契約を結んできた企業にとって、単なる法解釈の話ではありません。調達、物流、販売、財務、法務の意思決定が一斉に影響を受けます。 (最高裁判所)

本記事は、最高裁判決(Learning Resources, Inc. v. Trump)を軸に、どこがポイントだったのか、そして企業が何を急いで確認すべきかを、実務目線で深掘りします。 (最高裁判所)

まず結論

  1. 最高裁は、IEEPAは大統領に関税賦課権限を与えていないと判示しました(6対3)。 (最高裁判所)
  2. 争点は「緊急時なら何でもできるか」ではなく、「課税権という中核を、曖昧な文言で行政に渡したと読めるか」です。最高裁は否定しました。 (最高裁判所)
  3. ただし、関税そのものが終わるわけではありません。判決直後から、別の根拠法(Trade Act 1974のSection 122など)への切り替えが報じられています。 (Reuters)
  4. 既に支払ったIEEPA関税の返金は、最高裁が直接の手順を示しておらず、実務面の不確実性が残ります。 (SCOTUSblog)

IEEPAとは何か

IEEPAは、国外に源泉を持つ「異常かつ重大な脅威」に対し、大統領が国家緊急事態を宣言した場合に、特定の経済取引を規制できる枠組みです(条文上、国家安全保障、外交、経済への脅威を対象とします)。 (法律情報研究所)

中核条文の一つが、50 U.S.C. §1702(a)(1)(B)で、調査、遮断、規制などの手段により、輸入や輸出に関わる取引をコントロールできるとしています。 (最高裁判所)

ここで重要なのは、IEEPAは伝統的に制裁や資産凍結などの「取引規制」の色彩が強く、関税(税として徴収する課徴金)を広範に課す道具としては使われてこなかった点です。最高裁はこの歴史的運用も判断材料にしました。 (最高裁判所)

最高裁判決の概要

事件名と日付

事件名はLearning Resources, Inc. v. Trump(併合事件としてTrump v. V.O.S. Selections, Inc.)で、2026年2月20日に判断が示されました。 (最高裁判所)

背景となった2種類の関税

判決の整理上、最高裁は大きく2系統の関税措置を前提事実として扱っています。 (最高裁判所)

  1. 薬物対策(不法薬物流入)を理由とする関税
    カナダとメキシコからの多くの輸入に25%、中国からの多くの輸入に10%の追加関税を課した、と判決文のサマリーに記載されています。 (最高裁判所)
  2. 貿易赤字を理由とする「相互」関税
    ほぼ全ての貿易相手国からの輸入に少なくとも10%を課し、多数の国がより高い税率の対象となった、とされています。 (最高裁判所)

訴訟の経路

企業側などは、IEEPAは関税を授権しないとして提訴しました。手続面で重要なのは、関税を巡る争いの法廷がどこか、という点です。 (最高裁判所)

最高裁は、関税関連の行政措置は米国国際貿易裁判所(CIT)に専属管轄がある(28 U.S.C. §1581(i))と整理し、ワシントンDCの連邦地裁で提起された事件は管轄欠如として差し戻しを命じました。一方、CITルートの事件については、IEEPAが関税を授権しないという結論を維持しています。 (最高裁判所)

ここは、後述する返金や争訟戦略に直結します。

最高裁はなぜIEEPA関税を否定したのか

判決は、ビジネスに関係する重要ポイントをいくつかの層で示しています。条文解釈の細部より、実務上の意味が大きい骨格に絞って整理します。

論点1 「regulate importation」は課税と同義ではない

最高裁は、IEEPAの条文(調査、遮断、規制などの列挙)に、関税やdutyという語が明示されていないことを重視しました。もし議会が関税という特別な権限を与えるつもりなら、他の関税法で行ってきたように明示するはずだ、という発想です。 (最高裁判所)

さらに、「規制する」という言葉は広いが、通常それが課税権を含むとは理解されない、と述べています。政府側が「regulate」に課税の意味が含まれる用例を示せない点も、判断に影響しています。 (最高裁判所)

企業にとっての翻訳はこうです。
規制の権限と、税を徴収する権限は、財務インパクトの質が違う。最高裁は、関税を「規制の一形態」として飲み込ませる読み方を認めませんでした。 (最高裁判所)

論点2 憲法上の課税権は議会の中核であり、曖昧な委任を嫌う

最高裁は、関税は課税権の一部であり、憲法上その中心は議会にあるという前提から出発しています。政府側も、平時の関税賦課に大統領固有の権限はないと認めた、と判決のサマリーで整理されています。 (最高裁判所)

この前提に立つと、IEEPAの「規制」という言葉だけで、対象国も品目も税率も期間も制限がない関税を可能にするのは、読み込みが重すぎる、という構図になります。 (最高裁判所)

論点3 重大問題(major questions)的な見方は、少数だが無視できない

判決の中で、ロバーツ長官にゴーサッチ、バレット両判事が加わる部分では、重大な経済的・政治的意義を持つ措置には「明確な授権」が必要だという考え方が援用されています。緊急事態法だから例外、外国関係だから例外、という議論は退けられています。 (最高裁判所)

一方で、ケーガン判事らは、重大問題の枠組みを持ち出さなくても通常の条文解釈で足りるという立場をとっています。つまり、多数意見の中でも理由付けが一本化されていません。 (最高裁判所)

ビジネス実務としては、次の2点が示唆です。

  1. 将来の政策でも、曖昧な一般条項から巨額の経済効果を生む措置を導く場合、訴訟リスクが上がる。 (最高裁判所)
  2. ただし、重大問題の枠組みが常に決定打になるかは、裁判所内の意見配置を見ても読み切れない。条文解釈の勝負で潰される局面も増える。 (最高裁判所)

論点4 IEEPAの運用史として、関税は前例が薄い

最高裁は、IEEPA制定以降、関税賦課にこの法律が使われてこなかったことを、重要な状況証拠として挙げています。つまり、半世紀近い運用史の中で、今回のような関税は異例だという評価です。 (最高裁判所)

企業にとっては、規制当局の権限を読む際に、条文だけでなく運用実績もリスク評価に入れるべき、という教訓になります。特に、制度をまたいだ新しい使い方が出てきたときは、短期的に実現しても、司法で巻き戻る可能性があります。 (最高裁判所)

先行するIEEPA関連の最高裁判断は何を教えるか

IEEPAそのもの、またはその前後の緊急経済権限を巡る最高裁判断は過去にもあります。ただし、今回のような関税の是非に直結するものは限られます。ここでは、ビジネス上の誤解が生じやすい2件だけ押さえます。

Dames & Moore v. Regan(1981年)

イラン人質事件を背景に、資産凍結や請求権処理など、行政の対外経済措置が争われた事件です。最高裁は、緊急経済権限と議会の関与関係を踏まえつつ、当該の大統領措置を一定範囲で支持しました。 (法律情報研究所)

今回の2026年判決は、この1981年判決が関税の話ではなく、また大統領の「regulate」の意味を関税まで拡張する根拠にはならない、といった位置づけで扱っています。 (最高裁判所)

企業目線では、IEEPAは万能というより、対象と手段が噛み合うときに強い、という理解が安全です。

Regan v. Wald(1984年)

キューバへの渡航関連取引などを巡る規制が争われた事件です。最高裁は、対外政策上の判断に一定の幅を認め、規制を支持しました。 (法律情報研究所)

ただし、これも関税賦課の直接の先例ではありません。2026年判決が問題にしたのは、取引規制一般ではなく、課税権限を曖昧な文言から導けるか、という別の次元です。 (最高裁判所)

企業実務への影響

ここからは、法理の説明をビジネスのチェック項目に翻訳します。

影響1 IEEPA関税の返金は、可能性はあるが手続は不透明

最高裁は、IEEPA関税が違法だとしても、返金をどう実施するかについて判断の枠組みを示していないと報じられています。 (SCOTUSblog)

判決文でも、返金が大きな実務問題になることが意識されており、口頭弁論で返金プロセスが混乱する可能性が示唆された、という趣旨の言及が確認できます。 (最高裁判所)

また報道では、返金問題の規模が1750億ドル程度に達し得るとの見方も出ています。数字は推計の置き方で上下し得るため、企業としては「金額の正確さ」より「返金論点が経営インパクト級」である点を重視すべきです。 (Reuters)

実務の第一歩は、当社やグループ会社が支払った関税のうち、根拠がIEEPAのものを切り分けることです。関税は同じ税率でも、根拠法が違えば影響範囲が変わります。 (Reuters)

影響2 契約は「誰が関税を負担し、返金を受け取るか」を再点検する局面

関税が変動すると、次の論点が一気に表に出ます。

  1. 価格調整条項(関税転嫁の扱いが明確か)
  2. インコタームズの責任分界(輸入者が誰か)
  3. 返金が発生した場合の受領者(輸入者、買主、どちらが権利を持つか)

特に米国子会社が輸入者(importer of record)になっているケースでは、返金の法的受領者と、社内の実質負担者がずれることがあります。ここを放置すると、社内取引で損益の整合が崩れます。 (最高裁判所)

影響3 供給網の安定化は「関税がなくなる」ではなく「根拠法が変わる」

判決の核心はIEEPAの射程であり、他の関税権限まで止めたわけではありません。実際、判決直後から別の権限への切り替えが報じられています。 (Reuters)

例として、Trade Act of 1974のSection 122(19 U.S.C. §2132)は、国際収支などの問題に対応するため、最大15%の一時的輸入課徴金を最長150日(議会による延長がない限り)課し得ると条文で定めています。 (法律情報研究所)

判決後、トランプ大統領がSection 122を使い、世界一律の関税率を10%から15%へ引き上げたと報じられています。 (Reuters)

企業としては、次のように整理するのが現実的です。

  • IEEPAという即時性の高いツールは、今回の判決で大きく制約された
  • しかし、関税の政策リスク自体は、別の法的土台に移るだけで残り得る
  • したがって、関税リスク管理は、税率の予想ではなく「根拠法別の発動条件と時間軸」を押さえるのが有効

実務チェックリスト

社内で最初に回すべき確認事項を、部門横断で使える形に落とします。

1 関税支払いの棚卸し

  1. 過去12か月から24か月の輸入申告データを抽出
  2. IEEPA根拠の追加関税と、Section 232やSection 301など他根拠の関税を区別
  3. 商品分類(HTSコード)と原産地、適用税率の履歴をセットで残す
    CITの専属管轄が明確化されたため、争訟や返金の議論はこの整理が出発点になります。 (最高裁判所)

2 契約と価格の点検

  1. 価格条項に、関税変更時の再交渉や自動調整の仕組みがあるか
  2. 当社が負担した関税が後日返金された場合の帰属を、取引先とどう扱うか
  3. 長期契約やOEM契約は、関税変動が利益を直撃するため優先度を上げる

3 経営シナリオの更新

シナリオは税率予想ではなく、法的ツール別に作ると運用しやすくなります。

  • シナリオA IEEPA関税が消え、代替関税が発動しない
  • シナリオB Section 122の一時関税が続き、一定期間後に失効または延長議論が起きる
  • シナリオC Section 232やSection 301の調査が進み、対象品目が組み替わる
    Section 122の上限と期間は条文上の制約として明確です。 (法律情報研究所)

4 情報の取り方を変える

今回の件は、裁判所判断が政策を動かし、その直後に別の権限で政策が組み直される、という連鎖を示しました。 (Reuters)

そのため、情報収集は次の組み合わせが堅いです。

  1. 一次情報 最高裁判決本文と合衆国法典の条文
  2. 実務情報 米国税関実務やCIT動向の継続観測
  3. 報道 大統領布告や新調査開始などの即時変化の把握

まとめ

Learning Resources判決は、IEEPAを使った関税賦課に明確なブレーキをかけました。ポイントは、緊急事態かどうかではなく、課税という中核権限を、曖昧な規定から行政が引き出せるのかという線引きです。 (最高裁判所)

一方で、企業実務としては「関税リスクが消えた」と結論づけるのは危険です。判決後すぐに別の法的根拠を用いた関税措置が報じられており、環境は引き続き動きます。 (Reuters)

最優先は、IEEPA起因の関税支払いを切り分け、返金や価格調整の論点が社内外のどこに滞留するかを見える化することです。そこから先は、法的根拠別にシナリオを作ると、現場で回るリスク管理に変わります。 (最高裁判所)

免責事項

本記事は公開情報に基づく一般的な解説であり、特定の取引、企業、事案に対する法律上、税務上または会計上の助言ではありません。具体的な対応(返金請求、訴訟、申告修正、契約改定等)は、最新の法令・通達・当局運用を確認のうえ、米国の通商法務や通関実務に詳しい専門家へご相談ください。

1974年通商法122条(Trade Act of 1974, Section 122)とは

米国の「国際収支(balance of payments)」に関する“緊急のマクロ経済的な状況”に対応するために、大統領が短期間だけ一時的な追加関税(輸入課徴金)や輸入割当(クオータ)を発動できるという条文です。
米国法典では 19 U.S.C. § 2132(Balance-of-payments authority) として整理されています。 (法律情報研究所)


何ができる条文なのか(権限の中身)

1) 発動のトリガー(使える状況)

122条は「fundamental international payments problems(根本的な国際支払問題)」があり、輸入を抑える特別措置が必要なときに発動できる、としています。具体的な目的は次の3つです。 (法律情報研究所)

  • (1) 米国の「大きく深刻な国際収支赤字」に対処する
  • (2) ドルの「差し迫った重大な下落」を防ぐ
  • (3) 国際的な国際収支不均衡の是正に協力する

2) 取り得る措置(関税かクオータ)

大統領が布告(proclaim)できる措置は主に3択です。 (法律情報研究所)

  • 一時的な輸入課徴金(temporary import surcharge)
    • 従価税で最大15%まで(既存関税に“上乗せ”)
  • 輸入割当(クオータ)
  • その両方

※なおクオータは、国際協定上認められる場合に限られる等、追加の条件があります。 (法律情報研究所)

3) 期間の上限(ここが超重要)

最大150日(ただし延長は議会の法律(Act of Congress)が必要)という強い時間制限があります。 (法律情報研究所)

JETROの整理でも「15%以内・150日を限度」と要点がまとめられています。 (ジェトロ)


“使い勝手”を縛る制約(122条の性格)

122条は強い権限に見えますが、実は条文内に「縛り」が多いのが特徴です。

1) 原則は「広く・一律」にかける(品目面)

輸入制限は**品目カバレッジが広く、原則として一律(broad and uniform)**であるべき、とされています。
例外(除外品目)は「国内供給が足りない」「原材料の必要性」「供給混乱の回避」など、米国経済上の必要性に限定され、そして何より **“特定産業を保護する目的でやってはならない”**と明記されています。 (法律情報研究所)

2) 原則は無差別(国別面)だが、例外もある

輸入制限は無差別原則(nondiscriminatory treatment)に沿って適用するのが基本です。 (法律情報研究所)
ただし条文は、目的達成のために「大きい/持続的な国際収支黒字の国」など一部の国だけを対象にし、他国を免除する
余地も置いています。 (法律情報研究所)
(=「完全に国別ができない」わけではないが、少なくとも“好き勝手に国別にいじれる”タイプでもない、という設計です。)

3) 大統領は途中で停止・修正・終了もできる

布告した措置は、大統領が停止・変更・終了できる、とされています。 (法律情報研究所)


トランプ関税における「122条」の意味(2026年2月時点の実例)

「トランプ関税」に関しては、2026年2月20日の米最高裁判断を受けて、122条が“前面に出てきた”のがポイントです。

1) 何が起きたか:IEEPA関税が最高裁で無効 → 122条へ

報道によれば、米最高裁がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税の一部を違法と判断した後、トランプ大統領は1974年通商法122条を根拠に、150日間の一律10%(グローバル)関税に切り替える動きを取りました。 (Reuters)

2) 122条で実際に何をしたか:10%の一時的輸入課徴金(150日)

ホワイトハウスの布告(Proclamation)とファクトシートでは、次が明記されています。 (The White House)

  • 122条を根拠に「fundamental international payments problems(根本的な国際支払問題)」があると認定 (The White House)
  • 2026年2月24日から、150日間10%の従価税を輸入品に上乗せ (The White House)
  • 一部の品目や、USMCA(米・加・墨)条件を満たす物品などは除外される(エネルギー、重要鉱物、医薬品、一定の自動車・航空宇宙、など) (The White House)

3) なぜ122条が“意味を持つ”のか(トランプ関税の戦略上)

ここが実務的に重要です。

  • (A)「速い」:調査手続きなしで、すぐ関税を“乗せられる”
    Reutersは、122条の10%関税が、232条や301条のような調査・手続を待たずに短期で発動できる“つなぎ”になっている、と報じています。 (Reuters)
  • (B)「短い」:150日でいったん切れる(延長には議会が必要)
    つまり、122条は**恒久の関税制度というより“短期の非常手段”**として使われやすい。 (法律情報研究所)
  • (C)「論点が立ちやすい」:本当に“国際支払問題”なのかが争点になる
    一部の研究者・実務家は「変動相場制の下では“fundamental international payments problems”という概念自体が現代では当てはまりにくく、122条で広範関税は無理筋では」という趣旨の批判も出しています。 (国際経済法政策ブログ)
    他方で、ホワイトハウスは、貿易収支や所得収支などを根拠に「国際収支赤字が大きく深刻」と位置付けて正当化しています。 (The White House)
    さらにReutersは、122条の適用は**法的に十分にテストされていない(legally untested)**とも報じています。 (Reuters)
  • (D)「歴史的に“休眠条項”だった」:これまでほぼ使われてこなかった
    近年の解説では、122条は長く使われず(裁判所解釈も蓄積が薄い)という点が繰り返し指摘されています。 (Cato Institute)

補足:122条が言う「国際収支赤字」と、ニュースで言う「貿易赤字」は同じ?

同じではありません。
国際収支(balance of payments)は、モノの貿易だけでなく、サービス収支、投資所得(第一次所得)、移転(第二次所得)なども含むより広い概念です。

実際、ホワイトハウスのファクトシートも「経常収支(current account)=財・サービス、第一次所得、第二次所得の合計」という説明を置いています。 (The White House)


まとめ(トランプ関税での“読みどころ”)

  • 122条は「国際収支・国際支払問題」に限定された非常口で、
    最大15%・最大150日の一時的な輸入課徴金(追加関税)などを大統領が発動できる。 (法律情報研究所)
  • 2026年2月の局面では、最高裁判断で別根拠(IEEPA)に逆風が吹く中、短期の代替根拠として122条が使われた(10%・150日)。 (Reuters)
  • ただし、期間制限・目的要件(国際支払問題)・“広く一律”という設計のため、
    **恒久関税の主戦力というより「つなぎ」+「交渉・調査(301/232等)へ橋渡し」**になりやすい。 (法律情報研究所)

米国連邦最高裁におけるトランプ相互関税違憲判決の深層と想定される各国の戦略的対応

1. 序論:通商政策の歴史的転換点と司法による権力制限

2026年2月20日、米国連邦最高裁判所は、ドナルド・トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠として発動した広範な「相互関税(Reciprocal Tariffs)」および特定の国を対象とした懲罰的関税について、大統領の権限を著しく逸脱する違憲な措置であるとの歴史的判決を下した。6対3の多数意見において、ジョン・ロバーツ最高裁長官は「憲法の起草者は、課税権のいかなる部分も行政府に付与していない」と判示し、平時において関税を設定し変更する権限は、合衆国憲法第1条第8項に基づき米国議会にのみ専属するという憲法上の基本原則を再確認した

この判決は、トランプ政権が第2期において最も強力な外交的・経済的武器として行使してきた「関税による威嚇と取引」の法的基盤を根底から覆すものであった。特に、カナダ、メキシコ、中国からの麻薬(フェンタニル)流入を理由とした関税や、世界各国のほぼすべての貿易パートナーに課された「解放記念日(Liberation Day)」関税など、IEEPAを根拠とする一連の措置は即座に無効化された

しかし、トランプ大統領は直ちにこの判決を「国家の恥」であり「憲法への裏切り」であると激しく非難し、司法の決定に屈しない姿勢を鮮明にした。大統領は最高裁の判決からわずか数時間後に、代替的な法的根拠である1974年通商法第122条を援用し、世界各国に対して一律10%の「グローバル関税」を即時発動する大統領令に署名する構えを見せた

本レポートでは、この違憲判決が米国の国内経済および法秩序に与える衝撃を解き明かすとともに、世界の通商秩序、サプライチェーン、そして各国政府・企業の戦略にどのような波及効果をもたらすかを網羅的に分析する。特に、メキシコおよびカナダといった近隣諸国、日本、中国、韓国、欧州連合(EU)、およびその他の主要国が、この判決とそれに続くトランプ政権の「代替措置(プランB)」に対してどのような反応を示し、いかなる戦略的対応に動くかを深く考察する。

2. 米連邦最高裁判決の法理的構造と経済的波及効果

2.1 IEEPAの限界と三権分立の再確認

今回の訴訟(Learning Resources, Inc. v. Trump および Trump v. V.O.S. Selections)における最大の争点は、1977年に制定された国際緊急経済権限法(IEEPA)が大統領に関税を課す権限を与えているか否かであった。大統領府側は、IEEPAが大統領に国家緊急事態において国際取引を「規制(regulate)」する権限を与えており、この「規制」には関税の賦課も含まれると主張していた

しかし、連邦巡回区控訴裁判所の判決を支持した最高裁の多数意見は、この解釈を明確に退けた。裁判所は、IEEPAの条文には「関税(tariffs)」や「関税義務(duties)」への言及が一切存在せず、議会が行政府に関税権限を委譲する意図があったならば、他の通商法規と同様に明示的に記載したはずであると論じた。ロバーツ長官は、「合衆国は世界中のすべての国と戦争状態にあるわけではない」と指摘し、無制限の金額と期間にわたる関税政策の決定権を大統領に白紙委任するような法解釈は、議会の課税権を侵害するものであると断じた

2.2 巨額の関税還付を巡る経済的衝撃と国内の政治的対立

この判決がもたらす最大の経済的副産物は、過去に違法に徴収された関税の還付(Refund)問題である。ペン・ウォートン予算モデルの試算によれば、IEEPAに基づく関税は米国の総関税収入の約半分を占める規模にまで膨張しており、その総額は1,300億ドルから1,750億ドルに上ると推定されている

最高裁は関税の違憲性を認めたものの、具体的な還付手続きやその可否については直接の判断を下さず、国際貿易裁判所(CIT)に差し戻した。反対意見を執筆したブレット・カバノー判事も指摘する通り、米国政府は輸入業者に対して数十億ドルから数千億ドル規模の資金を返還する義務を負う可能性があり、そのプロセスは極めて複雑な訴訟合戦を引き起こす。コストコ(Costco)などの大手小売業者をはじめとする30万社以上の企業が既に還付を求める法的手続きを進めており、これらの企業は株主に対する受託者責任の観点からも、強硬に還付を請求することが予想される

この還付問題は、米国の国内政治においても新たな火種となっている。カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、イェール大学の調査で関税により平均的な家庭が昨年1,751ドルを失ったというデータを引用し、トランプ大統領に対して「利子をつけて即座に返金せよ」と要求した。さらに、イリノイ州のJ.B.プリツカー知事に至っては、州内の511万世帯が負担した関税コストとして総額86億8000万ドルの「請求書(未払い・滞納と明記)」をトランプ大統領宛に送付するなどの抗議行動に出ている。民主党のチャック・シューマー上院院内総務やキャサリン・クラーク下院議員らも、この判決を「米国の消費者と勤労者家族の勝利」と位置づけ、大統領の権力乱用を牽制している

以下の表は、IEEPA関税の還付がもたらす経済的影響の推定構造を示している。

経済指標・項目推定規模・影響根拠・メカニズム
IEEPA関税の徴収総額約1,300億ドル 〜 1,750億ドル米国関税収入の約60%(2025年時点)を占める。関税の違法化により、理論上は全額が還付対象となる。
消費者負担の増加1世帯あたり平均1,751ドルイェール大学の調査に基づく。企業が関税コストを価格転嫁した結果、日用品や食料品の価格高騰を招いた。
企業の還付訴訟30万社以上が対象輸入業者は通常、清算から180日以内に不服を申し立てる権利を持つ。コストコや日系企業が提訴済み。
米国債への影響利回り上昇の圧力巨額の税収減と還付による財政負担の増加が懸念され、短期的には国債利回りの上昇圧力となる。

2.3 代替関税措置(プランB):通商法第122条への移行とその限界

IEEPAの無効化を受けて、トランプ政権は即座に「プランB」へと移行した。大統領は1974年通商法第122条(Section 122)に基づき、世界各国に対して一律10%の追加関税を課す大統領令に署名すると発表した。カバノー判事が反対意見で列挙したように、大統領には他にも1962年通商拡大法第232条(国家安全保障)、1974年通商法第301条(不公正貿易)、1930年関税法第338条など、議会から委譲された強力な通商権限が残されている

しかし、通商専門家のサイモン・レスターらが分析するように、第122条の行使には法的な制約が存在する。同条項は、米国の「根本的な国際収支問題(fundamental international payments problem)」や深刻な貿易赤字に対処するための時限的措置として設計されており、最大15%の関税を150日間のみ課すことが許されている。150日を超えて関税を維持するには議会の承認が必要となる。また、この措置は特定の国を狙い撃ちにするのではなく、全貿易パートナーに一律に適用されなければならないという制約がある

この「150日間の時限措置」は、グローバル経済に新たな不確実性をもたらす。2026年2月20日の発動から150日後となると、同年7月下旬に「関税の崖(Tariff Cliff)」が訪れる計算となる。同年11月に中間選挙を控える米国議会が、インフレ再燃の元凶となり得る関税の延長をすんなりと承認するかは不透明である。各国政府および企業は、この期限を睨みながら、米国との水面下の交渉を加速させることになる。

3. 各国の対応と戦略的ダイナミクス

違憲判決という司法の介入によって米国の通商政策の手法が強制的に変更された結果、各国の対応は地域ごとの既存の通商条約や抱えている産業構造によって大きく異なる。各国は、目前の「相互関税の撤廃」という安堵と、迫り来る「第122条等による代替関税」という新たな脅威の狭間で、極めて高度な戦略的綱引きを強いられている。

3.1 近隣諸国(メキシコ・カナダ)とUSMCAの存亡の危機

米国と経済的に最も密接に結びつき、北米サプライチェーンの中核を成すカナダとメキシコにとって、今回の判決は「一時的な救済」であると同時に「より破壊的な圧力の予兆」を意味している。

両国はこれまで、トランプ大統領から「麻薬(フェンタニル)や不法移民の流入を阻止していない」という理由で、IEEPAに基づく最大35%から50%の懲罰的関税の標的とされてきた。カナダのドミニク・ルブラン国際貿易相が「関税が不当であるというカナダの立場を裏付けるものだ」と歓迎したように、このフェンタニル関税の法的根拠が消滅したことは、両国の輸出産業にとって朗報であった。

しかし、両国は手放しで喜んでいるわけではない。カナダ商工会議所のキャンディス・ラング会頭は、「この判決は米国の貿易政策のリセットを意味するものではない。カナダは、米国が貿易圧力を再主張するために用いる、より広範で破壊的な影響をもたらす新しい、より鈍重なメカニズム(blunter mechanisms)に備えるべきだ」と警告している。実際に、カナダの自動車労働組合(Unifor)のラナ・ペイン委員長も指摘するように、鉄鋼、アルミニウム、および自動車産業に対する通商拡大法232条に基づく関税は最高裁判決の影響を受けず、依然として有効なままである

ここで最も注視すべきは、2026年7月1日に予定されている「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」の第1回合同見直し(Joint Review)である。USMCAの第34.7条(サンセット条項)に基づくこの見直しプロセスにおいて、3カ国が合意しなければ協定の存続期間は延長されない。 IEEPA関税が違憲とされたことで、米国はUSMCA再交渉のテーブルにおいて「フェンタニル関税の脅し」という強力なカードを失い、メキシコとカナダの交渉力が相対的に強化されたと分析されている。しかし、トランプ政権はこれを補うために、代替手段である第122条関税や第232条関税の適用除外をチラつかせながら、「痛みを伴う延長(Painful Extension)」戦略に出ることが確実視される。メキシコのマルセロ・エブラルド経済相が「どのように終わるか分からない。メキシコの場合、関税措置の一部しかIEEPAに関連しておらず、他の措置はそうではないからだ」と語る通り、両国は複雑に絡み合う法規定の網の目の中で、デジタル関税、酪農市場、中国製EVの迂回輸出防止など、多岐にわたる譲歩を迫られることになる

3.2 日本:サプライチェーン再編の加速と巨額還付への期待

日本の対応は、政府レベルでの冷静な状況分析と、民間企業による積極的な法的攻勢という「二段構え」の様相を呈している。 2026年2月21日時点において、日本政府(経済産業省や外務省など)から最高裁判決に直接言及した公式な声明は出されていないが、水面下では米国による「第122条に基づく10%のグローバル関税」が日本の自動車・機械・電子部品の対米輸出に与える影響の算定を急いでいると推測される

民間レベルでは、日本企業はこれまでトランプ政権の相互関税によってサプライチェーンに甚大なコスト増を強いられてきた。これに対し、トヨタ通商、住友化学、横浜ゴム、ウシオ電機などの日系大手企業は、既に米国際貿易裁判所(CIT)に提訴を行っており、違憲判決が出た場合の関税還付を求めていた。今回の最高裁判決はこれらの企業にとって完全な追い風となり、過去に納付した関税が還付され、企業収益を直接的に押し上げる可能性が高い。このニュースを受け、東京市場やニューヨーク市場でも、対米輸出企業の利益率改善を見込む動きが広がり、ダウ工業株30種平均は230ドル高を記録、AmazonやAppleといった多国籍企業の株も買われた

しかし、中長期的な戦略的インプリケーションとして、日本は極めて繊細な舵取りを迫られる。大西洋評議会のアナリストが指摘するように、日本やEUのような主要な貿易パートナーは、これまでにトランプ政権との間で結んだ既存の貿易合意を「維持するインセンティブが働く」。合意を破棄すれば、トランプ政権が第232条(国家安全保障)というさらに厄介な手段を用いて、日本の基幹産業である自動車や同部品に対して高関税を課す報復に出るリスクがあるからだ。 例えば、ソフトバンクグループが主導し、日立、東芝、三菱電機が関心を示すオハイオ州の330億ドル規模の天然ガス発電所建設プロジェクトなど、日本企業は米国での大規模なインフラ投資を進めている。日本政府および経済界は、「相互関税の無効化」を歓迎しつつも、トランプ大統領を刺激しないよう公式な非難を避け、実質的なサプライチェーンの現地化(オンショアリング)と米国への直接投資をさらに加速させることで、いかなる関税が発動されても影響を最小化するヘッジ戦略を取り続けると分析される。

3.3 中国:通商法301条への回帰と米中デカップリングの行方

中国にとって今回の違憲判決は、経済的な実利という点では限定的な影響にとどまる。なぜなら、トランプ政権が対中関税の主たる武器として用いているのは、今回違憲とされたIEEPAに基づく関税ではなく、1974年通商法第301条(知的財産権侵害や不公正貿易を理由とする制裁)だからである

判決前の段階から、中国商務部(MOFCOM)の何亜東(He Yadong)報道官は、米国の「相互関税」構想に対し、「WTO規則に違反する典型的な一国主義・保護主義的行動であり、80年にわたる多角的貿易体制の利益の均衡を無視するものだ」と強く非難していた。今回の最高裁の判断は、結果として米国の国内法廷が中国の主張の正当性を一部裏付けた形となった。

しかし、米中関係における「関税の応酬」は構造的なものであり、最高裁の判決で解消される性質のものではない。直近の米中協議(クアラルンプール協議など)において、米国がフェンタニル対応を理由とした10%の追加関税の解除やIEEPA相互関税の凍結を約束する代わりに、中国も報復関税の解除や「関連企業規則(Affiliates Rule)」に基づく輸出制限の凍結を行うという、複雑な取引が形成されていた。IEEPA関税が違憲となったことで、米国は中国に対する交渉カードの1つを喪失したが、トランプ大統領は第122条に基づく一律10%関税を適用することで、即座にその穴を埋めようとしている

中国側の対応としては、表向きは「米国の司法制度がトランプ政権の不法な権力濫用を認めた」としてこれを利用しつつ、実務レベルでは通商法第301条による関税の継続や、半導体・AI分野における輸出規制・投資規制の強化に備える動きを崩さない。米国による「関税の法的根拠のすげ替え」が続く限り、中国の根本的な対米デカップリング戦略や、自国産業の保護政策に変更はないと推測される。

3.4 韓国:天文学的投資合意の前提崩壊と国内政治的ジレンマ

今回の判決によって、最も劇的かつ複雑な戦略的ジレンマに直面しているのが韓国である。この事象は、関税という経済ツールが同盟国の国内政治にいかに深く干渉するかを示す典型的な事例となっている。

韓国はこれまで、米国の通商圧力の矢面に立たされてきた。トランプ政権は、自動車、木材、医薬品などに対して25%の相互関税を課すという強力な脅しを用いて韓国に譲歩を迫った。これに対し韓国政府は、巨額の対米投資(総額3,500億ドル規模、うち2,000億ドルは現金分割、1,500億ドルは造船協力)を行うという歴史的な譲歩を示すことで、関税を25%から15%へと引き下げる覚書(MOU)に合意していた。最近でも、韓国国会での関連法案(戦略的投資管理に関する特別法)の承認遅れを理由に、トランプ大統領がSNSで「再び関税を25%に引き上げる」と脅迫し、韓国産業通商資源部(MOTIE)やサムスン、SK、現代自動車、セルトリオンなどの財界トップが緊急対応に追われたばかりであった

最高裁がIEEPA関税を違憲としたことで、トランプ政権が韓国に突きつけていた「25%の関税」という脅威の法的根拠が完全に消滅した。法理論上、韓国製品に対するこれらのIEEPA関税は0%に引き下げられなければならない。これは韓国の輸出企業にとって年間数百億ドルのコスト削減を意味する朗報である一方で、韓国政府にとっては頭痛の種となる。なぜなら、「違法な関税を回避する」という唯一最大の目的のために米国に約束した3,500億ドルという天文学的な投資の「見返り」が、判決によって自然消滅してしまったからだ。

韓国の戦略的対応は極めて難しい。国内の強硬派からは「米国の関税の脅しは違法だったのだから、不当に結ばされた投資合意も破棄・再交渉すべきだ」という強烈な政治的圧力が李在明政権に対してかかることが確実である。しかし、もし韓国が合意を破棄すれば、トランプ大統領は合法な権限である通商拡大法第232条(国家安全保障)を乱用して、韓国の生命線である自動車産業や半導体に対して壊滅的な関税を課す報復に出る危険性が高い。 したがって、韓国の今後の対応としては、国内世論の反発をなだめつつも、表向きは既存の対米投資計画(特に造船や原子力潜水艦関連など、韓国側にも安全保障上の利益がある分野)を維持し、米国政府に対しては「代替関税(第122条など)からの完全免除」を引き換え条件として要求する、再度のパッケージ交渉を水面下で模索することになると分析される。

3.5 欧州連合(EU):安堵と新たなる警戒、防衛策の構築

欧州連合(EU)の反応は、制度的安定性を重視する立場からの安堵と、予測不可能なトランプ政権に対する強い警戒感が入り交じったものである。

EUは、昨年夏の合意により米国向け輸出の大半に対して15%の相互関税を受け入れていた。この合意は、欧州のビジネス界(特にドイツの自動車・機械産業)に一定の確実性をもたらし、ユーロ圏21カ国が景気後退を回避する一助となっていた。しかし、この15%関税もIEEPAを根拠としていたため、今回の判決によって違法とされた。 欧州委員会の通商担当報道官オロフ・ギルは、「判決を留意し、慎重に分析している」と述べるとともに、「大西洋両岸のビジネスは安定性と予測可能性に依存している」と強調し、関税の引き下げに向けた協力を米国に呼びかけた。欧州議会国際貿易委員会のベルント・ランゲ委員長は、この判決が自身の「違憲である」という見解と完全に一致すると評価しつつも、米国が「プランB(異なる法的根拠による関税再導入)」を打ち出してくることを正しく予測・警戒していた。また、緑の党のアンナ・カヴァッツィーニ欧州議会議員は、判決の結果が明らかになるまで現在のEU・米国貿易協定の批准を「一時停止(pause)」すべきだと主張している

トランプ大統領が即座に第122条に基づく10%のグローバル関税を発表したことで、EUの懸念は現実となった。ドイツ商工会議所が「不確実性は依然として高い。米政権は貿易制限のための他の手段を持っており、ドイツ企業はそれに備えなければならない」と警告している通りである。EUは今後、最高裁判決によって宙に浮いた「15%キャップ合意」の再解釈を進め、トランプ政権の新たな10%関税がこれを上書きしないよう通商交渉を加速させるとともに、デジタルサービス税に対する米国の報復への防衛策を講じることとなる。

3.6 その他の主要国(英国、インド、ブラジル)のダイナミクス

米国による関税措置の法的根拠の変更は、その他の主要国に対しても国ごとに全く異なるインセンティブと戦略的反応を引き起こしている。

英国の特権維持戦略 英国政府の反応は特異である。英国はこれまで米国との間で相互関税の負担を10%という「世界で最も低いレベル」に抑え込む特権的な取り決めを結んでいた。最高裁判決を受け、英首相官邸(ダウニング街10番地)や政府報道官は「いかなる状況でも米国との特権的な貿易関係は続くと期待している」と述べ、トランプ政権との良好な政治的関係をテコにして、新たな122条関税の下でも特別扱いを獲得しようと動いている。しかし、英国商工会議所のウィリアム・ベイン通商政策責任者は「大統領の権限は明確になったが、ビジネスに対する濁った水(murky waters)はほとんど解消されていない」と冷ややかな見方を示している

インドの強気な再交渉 トランプ大統領は、ロシア産石油の輸入などを理由にインドに対して最大50%の懲罰的関税を課していたが、最近の二国間交渉により18%への引き下げで暫定合意していた。違憲判決により、インドの輸出業者はIEEPA関税の足枷から解放されることとなった。興味深いことに、トランプ大統領は違憲判決を受けた直後の記者会見で「インドの取引は有効だ(The India deal is on)」と公言し、合意の維持を強調した。インド政府は、今回の判決を奇貨として、米国との本格的な自由貿易協定や特恵貿易の再交渉において、より強気な姿勢で臨むことが可能となった

ブラジルの「競争力回復」という逆説 ブラジルは、他国とは異なる視点からこの状況を歓迎している。同国のジェラルド・アルキミン副大統領兼開発商工相は、最高裁判決とそれに続く米国の10%グローバル関税への移行によって、米国との通商交渉は「強化される」と述べた。その理由は、これまでブラジルは他国にない40%という著しく高い関税の標的にされていたため、トランプ政権が「すべての国に一律10%」という代替関税(第122条)に切り替えることは、相対的にブラジルの競争力を劇的に回復させ、プレイングフィールドを平坦にする(Leveling the playing field)効果があるからだ。これは、一律のグローバル関税が及ぼす影響が、既存の関税率の不均衡によって国ごとに全く逆の作用をもたらすという重要な事実を示している。

以下の表は、主要国・地域の戦略的立場と今後の対応方針をまとめたものである。

国・地域判決前の主な関税圧力(IEEPA等)判決と代替措置(122条等)に対する戦略的対応方針
メキシコ・カナダ最大35%〜50%(フェンタニル対策等)IEEPA無効化を歓迎しつつ、2026年7月のUSMCA見直しに向け、232条関税を回避するための強靭な交渉体制を構築。
日本多岐にわたる相互関税還付訴訟による企業収益の回復を期待。政府は静観しつつ、米国への直接投資とサプライチェーンの現地化を加速。
中国相互関税および301条関税301条関税が残存するため影響は限定的。不確実性の高まりを理由に、独自のサプライチェーン構築と対米デカップリングを推進。
韓国25%の関税脅迫と3,500億ドルの投資合意関税の法的根拠が消滅したことで投資合意の前提が崩壊。国内政治の反発を抑えつつ、代替関税の免除を求めて再交渉を模索。
EU15%上限の相互関税合意既存の合意を再解釈し、10%の新関税が上乗せされないよう交渉。同時にWTO規則に基づく報復措置の準備を進める。

4. 第2次・第3次波及効果(マクロ・システム的インプリケーション)

今回の違憲判決とそれに対する各国の反応、そしてトランプ大統領の代替措置の応酬を総合すると、グローバル経済には表層的なニュースを超えた深遠な「第2次・第3次波及効果」が生じることが明らかである。

4.1 「関税の崖(Tariff Cliff)」:150日後のコンバージェンス・ポイント

最大のシステム的影響は、カレンダー上の戦略的結節点が浮き彫りになったことである。トランプ大統領が新たに依拠する通商法第122条に基づく10%関税は、法律上「最長150日間」しか有効ではない。2026年2月20日から150日後となると、2026年7月中旬から下旬に期限を迎える。

特筆すべきは、このタイミングが前述の「USMCAの第1回合同見直し期限(2026年7月1日)」とピタリと重なることである。米国は、この2026年7月というタイミングを「メガ・ネゴシエーション(包括的再交渉)」の締め切りとして設定する可能性が高い。議会に対しては122条関税の延長(または法改正)を迫り、メキシコ・カナダに対してはUSMCAの再承認と引き換えに過酷な条件を飲ませ、欧州や日本に対しても新たな枠組み合意を強要する、という複合的な通商圧力をかける戦略に出ると予想される。各国政府の通商当局は、この「7月の崖」に向けて、あらゆる外交リソースを集中させる必要がある。

4.2 合意の法的安定性の崩壊と「交渉の逆転現象」

もう一つの重要な波及効果は、米国が結ぶ「通商合意」の価値低下と、それに伴う交渉態度の硬化である。 トランプ政権は「関税を課す」という脅しによって、韓国から3,500億ドルの投資を引き出し、EUや英国から自発的な輸出制限を引き出した。しかし、その関税の法的根拠が違憲とされたことで、「脅しの手段」が一時的にせよ消滅した。 カバノー判事が懸念したように、これは既存の貿易協定の前提を覆すものである。各国は「トランプ大統領の要求に従って合意を結んでも、米国の裁判所がそれを違法とするならば、最初から過度な要求を拒絶して法廷闘争や議会ロビー活動に持ち込んだ方が有利ではないか」という学習効果を得た。これにより、トランプ政権の「ディール(取引)」戦略の威信は大きく傷つき、米国との新たな通商交渉において、各国の態度はこれまで以上に強硬かつ慎重なものとなる「交渉の逆転現象」が起きることが予想される

5. 結論と中長期的な展望

2026年2月の連邦最高裁による「トランプ相互関税違憲判決」は、単なる国内の権力闘争や行政訴訟の枠を超え、世界の通商秩序とサプライチェーンの前提を劇的に書き換えるマクロ経済的転換点となった。

この判決により、大統領が「国家緊急事態」というマジックワードを用いて、議会の承認なしに恣意的かつ無制限な関税を世界中に課すという手法(IEEPAの乱用)は完全に封じられた。これは法治主義と三権分立にとっての歴史的承認であり、企業のコスト構造に透明性をもたらす一歩である。 しかし、トランプ大統領がこの判決に服従し、従来の自由貿易路線に回帰することは決してない。大統領は直ちに1974年通商法第122条(国際収支問題)という代替手段に移行し、さらに1962年通商拡大法第232条(国家安全保障)や1974年通商法第301条(不公正貿易)といった、より手続きが厄介で市場への影響が局所的かつ破壊的な法律へと関税政策の軸足を移した

各国の対応は、この「法的な看板の架け替え」の裏にある実質的なリスクを冷静に計算したものとなる。

  • 日本・欧州は、巨額の関税還付という経済的果実を民間企業が回収するのを支援しつつ、7月の「150日ルール切れ」を見据えた新たな合意形成に奔走する。
  • カナダ・メキシコは、USMCA見直し交渉において、IEEPA関税の脅しが消えた有利さを生かしつつも、第232条という別の武器をちらつかせる米国との神経戦に直面する。
  • 韓国は、脅しが消滅した中で、既に約束してしまった莫大な対米投資の国内的妥当性をどう説明し、再交渉をいかに進めるかという政治的難局を処理しなければならない。
  • 中国は、関税の根拠がすげ替えられただけで実態が変わらない米国に対し、長期的なデカップリングと独自経済圏の構築を継続する。

総じて、世界各国は「トランプの予測不可能な関税にただ怯える段階」から、「米国の国内法と司法制度の限界を熟知し、大統領の権限行使の期限(150日)や法的な隙を突いて戦略的交渉を行う段階」へと移行したと言える。グローバル企業および各国の通商担当者は、関税という表面的な数字の上下に一喜一憂するのではなく、米国の通商法規の適用条件、連邦裁判所の動向、そして米国議会の動静を緻密に分析し、多層的なリスクヘッジと供給網の再構築を迅速に進めることが不可欠となる。