2028年問題への処方箋。日EU・EPA原産地規則の読み替え協議が示す実務の未来


2026年に入り、欧州ビジネスに関わる企業にとって見過ごすことのできない重要な協議が、日本とEUの当局間で開始されました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に伴う、日EU・EPAの原産地規則(PSR)の取り扱いに関する公式な対応協議です。

多くの実務家が懸念していた、最新の通関コードと古い協定ルールのズレという問題に対し、当局が現実的な解決策を示そうとしています。本記事では、このニュースの深層にある実務的な課題と、企業が今から準備すべき対応について解説します。

時間が止まった協定と、動き続ける現実

まず、この問題の根本的な原因を整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則の基礎として2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文の中に書かれている品目番号や関税分類変更基準などのルールは、すべて2017年時点の定義に基づいています。

一方で、貿易の現場で使用されるHSコードは、技術革新や環境対応を反映して約5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正(HS 2028)が予定されています。

ここで大きな矛盾が生じます。

2028年の輸入申告書には、最新のHS 2028コードを記載しなければなりません。しかし、その製品が関税ゼロになるかどうかを判定するルールブック(EPAの規則)は、依然として2017年版のコードを参照しているのです。この11年分のタイムラグが、現場に混乱をもたらす火種となっていました。

読み替え指針がもたらす実務の解像度

通常、EPAの原産地規則を新しいHSコードに対応させるには、協定そのものを改正する転換(Transposition)という手続きが必要です。しかし、これには膨大な時間と議会の承認プロセスが必要となり、2028年の発効には到底間に合いません。

そこで今回協議が開始されたのが、相関表を用いた運用ルールの策定です。

これは、協定の条文を書き換えるのではなく、運用上の解釈ルールを定めることで、HS 2028のコードとHS 2017ベースの規則を橋渡ししようという試みです。具体的には、新旧コードの相関表(Correlation Table)を公式に定義し、新しいコードで申告された製品が、旧コードのどのルールに従うべきかを明確にするガイドラインになると予想されます。

この指針が決まることで、企業は法的安定性を確保しながら、古いルールのまま新しいコードでの通関を行うことが可能になります。

企業に求められる二重管理の徹底

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対してある覚悟を求めています。それは、通関用と原産地判定用という2つのHSコードを厳格に使い分ける二重管理体制の構築です。

読み替え指針が出るということは、逆説的に言えば、原産地判定の基準自体はHS 2017から変わらないことを意味します。つまり、2028年になっても、原産地証明の実務においては、あえて10年以上前の古いコード(HS 2017)に製品を当てはめ直し、その当時のルールで関税分類変更基準(CTC)などを満たしているかを確認しなければなりません。

実務の落とし穴

インボイスに記載する最新のコード(HS 2028)だけで原産地判定を行ってしまうと、HSの改正によって項番が変わっていた場合、誤ったルールを適用してしまうリスクがあります。

例えば、ある化学品が2028年版では項が変わったとしても、EPAの判定では2017年版の項に基づいたルール(CTHなど)を適用しなければなりません。この変換作業を誤ることは、事後調査(検認)において特恵否認される典型的なパターンです。

まとめ

今回の協議開始は、当局が2028年の混乱を未然に防ごうとする現実的な動きです。

企業の実務担当者が今すべきことは、社内の製品マスタにEPA判定用HSコード(HS 2017)という項目が確実に存在し、維持されているかを確認することです。

最新のコードさえ分かればよいという運用は、2028年には通用しなくなります。新旧のコードを紐付け、過去のルールを正しく参照できる体制を作っておくことこそが、将来の関税コスト削減を確実なものにします。

タイが守り抜くEVハブの座。電池材料の関税ゼロ延長が示す2027年までの勝負どころ


2026年2月、タイ政府は電気自動車(EV)向けバッテリーの製造に必要な重要原材料の輸入関税を免除する措置について、その期限を2027年末まで延長することを決定しました。

このニュースは、単なる減税措置の延長ではありません。東南アジアの自動車生産ハブとしての地位を死守しようとするタイの執念と、現地サプライチェーン構築までのタイムリミットが2年後に設定されたことを意味しています。

本記事では、この決定が電池メーカーや自動車部品サプライヤー、そしてタイに進出する日本企業のビジネス戦略にどのような影響を与えるのかを解説します。

猶予された2年間。現地調達の壁と政府の現実解

まず、なぜ政府はこのタイミングで延長を決めたのか、その背景にある事情を整理します。

タイ政府は、2030年までに国内自動車生産の30パーセントをゼロエミッション車(ZEV)にするという野心的な目標、いわゆる30@30政策を掲げています。この実現のためには、EVの心臓部であるバッテリーの国内生産が不可欠です。

しかし、バッテリーセルやモジュールを製造するための上流部材(正極材、負極材、セパレータ、電解液など)の現地サプライチェーンは、未だ発展途上にあります。これらに対し通常の輸入関税(多くは10パーセント前後)を課してしまえば、タイで作るバッテリーは中国本土で作るよりも割高になり、完成車メーカーがタイでの生産を躊躇する要因になりかねません。

今回の2027年までの延長措置は、国内の部材産業が育つまでの間、輸入部材に頼らざるを得ない現実を受け入れ、コスト競争力を維持するための現実的なつなぎ融資のような政策と言えます。

対象となる品目とコストインパクト

免税対象となるのは、現地で調達が困難な必須原材料や必須資材です。具体的には、リチウムやコバルト、ニッケルなどの加工済み化合物や、特定の化学フィルムなどが含まれます。

電池コストはEV車両価格の約3割から4割を占めると言われています。その部材関税がゼロになることは、最終製品の価格競争力に直結します。中国系メーカー(CATLやBYDなど)や、タイで電池生産を進める日系・欧州系メーカーにとって、この措置はタイ拠点の採算性を確保する生命線となります。

日本企業に求められる短期と中長期の二段構え

このニュースを受けて、関連する日本企業はどのように動くべきでしょうか。時間軸を分けて戦略を考える必要があります。

短期戦略:輸出ビジネスの継続と拡大

2027年末までは、日本や第三国からタイへ部材を輸出しても関税コストがかかりません。高機能な正極材や特殊な電解質を製造する日本の化学メーカーにとっては、タイの電池工場へ製品を送り込む絶好の機会が続きます。

特に、中国メーカーがタイに相次いで建設した電池工場が本格稼働を始めている今、高品質な部材への需要は急増しています。関税障壁がない今のうちに、スペックイン(採用決定)を勝ち取り、商流を太くしておくことが当面の優先事項です。

中長期戦略:2028年以降の現地化への布石

一方で、このボーナスタイムは2027年で終わるという明確な期限も示されました。タイ政府の最終目標はあくまで国内産業の育成です。2028年以降は、関税免除が打ち切られるか、あるいは現地調達率(ローカルコンテント)の要件が厳格化される可能性が極めて高いと見るべきです。

したがって、企業は2028年を見据えた現地化の検討を今から始める必要があります。単独での進出だけでなく、現地の石油化学大手(PTTなど)との合弁や、技術提携によるライセンス生産など、関税が復活した後も競争力を維持できる供給体制の青写真を描いておくことが、リスク管理となります。

まとめ

タイによるEV電池材料の関税ゼロ延長は、自動車産業のEVシフトという激流の中で、産業空洞化を防ぎたい政府の防衛策です。

関連企業にとっては、2年間の猶予期間が与えられました。この期間を単なるコストダウンの期間として享受するだけでなく、来るべき現地調達時代に向けた準備期間として有効活用できるかが、2028年以降のASEAN市場での勝敗を分けることになるでしょう。

エネルギー安保と輸出競争力の奪還。日GCC・FTAが2026年内署名へ


2026年2月2日、日本の貿易戦略において長年の懸案であった、湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)交渉が最終局面を迎え、2026年内の署名を示唆する報道がなされました。

GCCとは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国からなる中東の経済同盟です。

日本にとって、この地域は原油や天然ガスの最大の供給源であると同時に、自動車やプラント設備の重要な輸出先でもあります。今回のFTA妥結は、エネルギーの安定調達と、日本製品の輸出競争力の回復という二つの国益を同時に満たす歴史的な転換点となります。

本記事では、なぜ今この協定が急がれているのか、そして日本企業のビジネスにどのような恩恵をもたらすのかについて解説します。

遅すぎた再開と、韓国・中国への対抗心

日本とGCCのFTA交渉は、実は2006年に一度開始されましたが、2009年に中断し、長く凍結状態にありました。その間に世界の通商地図は大きく塗り替わりました。

最大の脅威となったのは競合国の動きです。韓国は2023年末にGCCとのFTAを実質妥結させ、中国も交渉を加速させています。

これまで日本車や日本製の鉄鋼製品は、中東市場において関税というハンデを負わずに戦えていましたが、韓国勢が関税撤廃の恩恵を受け始めると、価格競争力で圧倒的に不利な状況に追い込まれます。特に自動車産業において、中東は高付加価値な大型SUVなどが売れるドル箱市場です。他国にシェアを奪われる前に、同じ土俵に上がるための枠組み作りが急務となっていました。

今回の2026年内署名というスピード感は、まさに他国に奪われた先行者利益を取り戻そうとする日本政府と産業界の焦燥感と本気度の表れと言えます。

自動車・機械メーカーにとっての「5パーセントの壁」撤廃

ビジネスの現場において、このFTAがもたらす最大のインパクトは関税コストの削減です。

現在、GCC諸国は一般的に輸入品に対して5パーセントの共通関税(GCC対外共通関税)を課しています。日本の主力輸出品である自動車、トラック、建設機械、そして鉄鋼製品などは、基本的にこの5パーセントの課税対象です。

たかが5パーセントと思われるかもしれませんが、数百万、数千万円する製品における5パーセントは、利益率を大きく左右します。これが撤廃されれば、日本製品の価格競争力は即座に回復します。

特に、中東諸国が脱石油依存を掲げて推進している巨大都市開発プロジェクト(サウジアラビアのNEOMなど)において、日本の建設機械やインフラ設備が、韓国製や中国製と同じ無税の条件で入札に参加できるようになることは、商機拡大に直結します。

新時代のエネルギーパートナーシップ

輸入面に目を向けると、このFTAは単に原油を安く買うためだけのものではありません。日本はすでに原油の関税を低く抑えていますが、今回の協定の核心は次世代エネルギーです。

水素・アンモニア供給網の構築

日本が目指すグリーン・トランスフォーメーション(GX)において、燃焼してもCO2を出さない水素やアンモニアの活用は不可欠です。中東諸国は、豊富な日射量と天然ガス資源を背景に、世界で最も安価なブルーアンモニアやグリーン水素の供給地となりつつあります。

日GCC・FTAには、これら次世代燃料の投資ルールや安定供給に関する条項が盛り込まれる見通しです。商社やエネルギー企業にとっては、長期的な脱炭素燃料のサプライチェーンを、政府間協定という法的保護の下で構築できるメリットがあります。

サービス貿易と投資の自由化

モノの移動だけでなく、ヒトとカネの動きも活発化します。

現在、サウジアラビアやUAEは、ポスト・オイル時代を見据えて産業の多角化を急いでおり、エンターテインメント、医療、観光、AI技術といった分野への投資を歓迎しています。

FTAによってサービス貿易の規制緩和や、投資家保護のルールが明確化されれば、日本のサービス業やスタートアップ企業が中東市場へ進出するハードルが下がります。例えば、日本のゲームコンテンツやアニメ関連ビジネス、あるいは高度な医療サービスなどは、現地で非常に高い需要があり、関税や外資規制の緩和は大きな追い風となります。

まとめ

日GCC・FTAの2026年内署名は、日本の中東ビジネスにおける守りと攻めの両面を強化するものです。

守りにおいては、韓国勢に対する自動車市場での競争条件をイコールに戻し、エネルギー調達の盤石化を図る。攻めにおいては、インフラ輸出やコンテンツ産業の市場拡大を狙う。

企業の実務担当者は、来るべき関税撤廃を見据え、中東向けの価格戦略の見直しや、現地パートナーとの協業体制の強化に向けた準備を始めるべきタイミングに来ています。