2026年7月に予定されているUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の「6年目の見直し」に向けて、関係各国の水面下での駆け引きが本格化しています。
北米に進出する日本企業にとって、この見直しは単なる定期点検ではありません。現在の米国政府が強硬な姿勢を示す中、協定の存続そのものや、自動車を中心とした関税ルールの抜本的な変更に直結する極めて重要な転換点となります。
本記事では、国際貿易の専門家の視点から、見直し制度の仕組み、各国のポジション、そして日本企業が直面するビジネス上のリスクと対策について詳しく解説します。

1. USMCA「6年目の見直し(Joint Review)」とは何か
USMCAには、過去のNAFTA(北米自由貿易協定)にはなかった「サンセット条項(失効条項)」が組み込まれています。協定の有効期間は16年と定められており、発効から6年目にあたる2026年に、3カ国による共同見直しが行われます。
この見直しで3カ国すべてが協定の延長に合意すれば、有効期間はさらに16年間延長されます。しかし、1カ国でも延長に難色を示した場合、協定は即座に失効するわけではありませんが、その後は毎年厳しい見直し協議が行われ、最悪の場合は当初の発効から16年後(2036年)に協定が完全に消滅することになります。
米国は現在、この「合意しなければ延長されない」という仕組みを強力な交渉カードとして使い、メキシコやカナダに対して新たな譲歩を迫る構えを見せています。
2. 見直しに向けた3カ国のポジションと譲れない一線
現在の北米通商環境は、米中の覇権争いを背景に大きく変容しています。各国の立場は以下の通りです。
米国の強硬姿勢:中国の「迂回ルート」徹底封じ込め
米国政府の最大の焦点は、メキシコを経由した中国製品の流入を防ぐことです。特に中国の電気自動車(EV)メーカーや鉄鋼産業がメキシコに生産拠点を設け、USMCAの無税枠を利用して米国市場にアクセスすることを強く警戒しています。米国は今回の見直しを機に、原産地規則(製品を域内産と認めるための基準)のさらなる厳格化や、特定の第三国資本によるメキシコでの生産活動に対する監視強化を要求する方針です。
メキシコの防衛戦:ニアショアリングの死守
メキシコは近年、消費地に近い場所で生産を行う「ニアショアリング」の恩恵を最大限に受けており、外資系企業の投資が急増しています。メキシコ政府は、北米の競争力維持には自国の労働力と生産拠点が不可欠であると米国にアピールしています。一方で、最大の貿易相手国である米国の要求を無下にすることはできず、中国からの鉄鋼輸入に関税をかけるなど米国への同調姿勢を見せつつ、自国への海外直接投資を阻害しない着地点を探っています。
カナダの同調と警戒:自国産業の保護
カナダは、最大の輸出市場である米国との関係維持を最優先としています。そのため、中国製EVに対する100パーセントの追加関税を米国に追随して即座に導入するなど、対中国という点では米国と強固な共同歩調をとっています。しかしその反面、米国から長年批判されている自国の酪農市場の保護政策や、巨大IT企業に対するデジタルサービス税の問題については、国内産業を守るために一歩も引かない構えを見せています。
3. 日本ビジネスへの影響と企業が取るべき対策
USMCAの見直し協議が難航した場合、北米で事業を展開する日本企業には直接的なコスト増とコンプライアンス上のリスクが降りかかります。
自動車・部品メーカーに対する原産地規則のハードル上昇
USMCAの最大の恩恵を受けている自動車産業は、最も大きな影響を受けます。現在でも非常に複雑な労働価値割合(一定の賃金水準以上の労働者が生産した部品の割合)や、鉄鋼・アルミの北米調達要件が、米国の圧力によってさらに引き上げられるリスクがあります。現行ルールでギリギリ無税条件を満たしている製品は、わずかなルール変更で特恵関税の対象外となるため、調達網の再評価が急務です。
メキシコを拠点とするチャイナ・プラス・ワンの再考
中国からのリスク回避としてメキシコに拠点を移した企業も注意が必要です。主要な部品を中国などから輸入し、メキシコで最終組み立てを行って米国へ輸出するというビジネスモデルは、米国の新たな規制の的となる可能性が極めて高い状況です。企業は、メキシコ国内や米国、カナダでの部品調達比率を高めるなど、サプライチェーンの徹底した北米ブロック化(現地化)を進める必要があります。
おわりに:不確実性へのシナリオ・プランニングを
2026年のUSMCA見直しは、交渉の決裂による協定の不安定化リスクと、米国によるルールの強引な変更リスクの双方をはらんでいます。経営層は、現行の関税ゼロが永遠に続くという前提を捨て、関税が復活した場合や原産地規則が満たせなくなった場合のコストシミュレーションをあらかじめ行い、複数の調達シナリオを用意しておくことが不可欠です。
免責事項:本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。
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