2026年2月26日
2026年2月24日、メキシコ政府は米国からの輸入農産物に対し、30パーセントの対抗関税(報復関税)を課すことを閣議決定しました。これは、米国政府が発動した全世界一律の追加関税に対する、メキシコ側の強硬な直接的対抗措置です。
本記事では、国際貿易とサプライチェーンの専門家の視点から、この報復関税が持つ政治的背景と、メキシコに進出する日本企業、特に製造業や食品産業に及ぼす甚大なビジネス上の影響について深掘りして解説します。

1.なぜ農産物なのか。メキシコ政府の高度な政治的計算
メキシコが報復措置のターゲットとして「農産物(主にトウモロコシや豚肉)」を意図的に選択した背景には、米国の国内政治の急所を突くという明確な狙いがあります。
米国の農業地帯は、現政権の強力な支持基盤です。メキシコは米国産トウモロコシおよび豚肉の最大の輸出市場の一つであり、ここに30パーセントという極めて高い関税の網をかけることで、米国の農業関係者に直接的な経済的打撃を与え、米国内部から政府への政治的圧力を生み出そうとしています。
過去の貿易摩擦においても、メキシコをはじめとする各国は同様の手法を用いて一定の外交的成果を上げてきました。今回の閣議決定は、単なる経済的対抗措置にとどまらず、2026年後半に控えるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の6年見直し交渉に向けた、メキシコ側の強力な牽制カードとしての意味合いを持っています。
2.諸刃の剣となるメキシコ国内への影響
しかし、この強硬策はメキシコ経済にとっても「諸刃の剣」となります。
メキシコ国内の畜産業や食品加工業は、飼料用トウモロコシの大部分を米国からの安価な輸入に依存しています。30パーセントの追加関税が課されることで、メキシコ国内の食肉価格や加工食品の製造コストは短期間で急騰することが避けられません。
すでにインフレーションの抑制が国家課題となっているメキシコにおいて、食料品価格の高騰は国民生活を直撃し、労働者の賃上げ要求をさらに加速させるリスクをはらんでいます。メキシコ政府は、ブラジルやアルゼンチンといった南米諸国からの代替輸入ルートの開拓を急いでいますが、物流インフラの構築や品質の安定化には一定の時間を要するため、短期的な混乱は避けられない見通しです。
3.メキシコに進出する日本企業が直面する危機と対応策
この事態は、メキシコを北米市場向け、あるいは中南米市場向けの戦略的拠点として位置づけている日本企業にとっても、深刻な影響を及ぼします。
食品メーカーおよび関連サプライヤーへの直接的打撃
メキシコ国内で食品加工や飲料製造を行う日本企業は、原材料の調達コストが突如として跳ね上がる事態に直面しています。米国産の原材料を直接輸入している場合はもちろんのこと、メキシコ国内で調達している場合でも、市場全体の価格連動によって調達コストは上昇します。早急にブラジル等の南米産や、アジア圏からの代替調達ルートを確保するとともに、製品価格への転嫁シナリオを策定する必要があります。
自動車・機械産業への間接的な波及リスク
直接的なターゲットが農産物であっても、製造業全体への波及リスクは無視できません。食料インフレによる現地労働者の生活コスト上昇は、今後の労働組合との賃金交渉(ベースアップ要求)において強硬な姿勢を招く要因となります。また、両国間の報復合戦がエスカレートした場合、次のターゲットが自動車部品や産業機械に拡大する危険性も常に想定しておかなければなりません。
おわりに:地政学リスクを前提とした機動的なサプライチェーンへ
今回のメキシコによる30パーセント報復関税の決定は、北米市場における自由貿易の前提が大きく揺らいでいることを明確に示しています。
企業の経営層および実務担当者は、特定の国やルートに依存した調達・生産体制の脆弱性を再認識すべきです。今後は、関税コストの急変を前提とした「シナリオ・プランニング」を常態化し、有事の際には数週間単位で調達先や生産拠点を切り替えられる機動的なサプライチェーンの構築が、グローバルビジネスを生き抜くための必須条件となります。
免責事項 本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。各国の通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。
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