北米貿易の命運を握る「2026年7月」に向けたカウントダウン。USMCA再検討と関税リスクの深層

2026年2月9日現在、北米のサプライチェーンを支える「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」は、発効以来最大とも言える転換点を迎えています。特に、協定の継続か終了かを決定付ける「共同見直し(ジョイント・レビュー)」の期限である2026年7月1日まで残り5ヶ月を切りました。

2025年から続く追加関税の脅威や、政治的な対立が複雑に絡み合う中、ビジネスマンは目前の「期限」が意味する法的・経済的なリスクを正確に把握する必要があります。本稿では、FTA・EPAの専門家の視点から、交渉の現状と日本企業が取るべき戦略を深掘りします。


1. 「2026年7月1日」という真のデッドラインの意味

USMCAには、従来の自由貿易協定には珍しい「サンセット(失効)条項」が含まれています。これは、発効から6年ごとに協定の運用を見直し、全加盟国が延長に同意しなければ、将来的な失効プロセスに入ってしまうという極めて厳しいルールです。

延長合意か、毎年の「改善協議」突入か

2026年7月の共同見直しで、米国、メキシコ、カナダの3カ国すべてが協定の継続に署名すれば、USMCAはさらに16年間(2042年まで)延長されます。しかし、一カ国でも反対すれば、協定は即座に終了するわけではありませんが、その後10年間にわたって毎年協議を続けなければならない「不安定な期間」に突入します。

現在、米国通商代表部(USTR)は、移民問題や薬物対策、対中規制の強化といった非貿易的な要素を「協定継続の条件」として掲げており、交渉は難航が予想されています。


2. 2025年から続く「関税の波」と「USMCA免税」の境界線

2025年初頭、トランプ政権はメキシコとカナダに対して25パーセントの一律追加関税を課す方針を打ち出し、北米貿易は一時的な混乱に陥りました。その後、実務的な調整を経て、現在の関税体系は「USMCA原産地規則」を軸に二極化しています。

認証済み製品の優位性と非認証品へのペナルティ

現在、USMCAの原産地基準を満たし、適切に証明された貨物の多くは引き続き関税ゼロで取引されています。しかし、認証を受けられない、あるいは中国産部品の比率が高い製品については、25パーセントから最大50パーセントの追加関税(特に鉄鋼・アルミニウム・自動車部品)が課されるという、極めて選別的な制裁が行われています。

これは、単に「メキシコで作れば良い」という時代が終わり、部材レベルでの「脱中国・域内調達」がUSMCA活用の最低条件になったことを意味します。


3. 日本企業への直撃と「ニューノーマル」への移行

この交渉の不透明感は、特に日本の基幹産業である自動車セクターに巨額の損失をもたらしています。

数兆円規模の利益圧迫

主要な日系自動車メーカーは、2025年度の決算において、累計で数兆円規模の関税コスト増に直面しています。これまでUSMCAの恩恵を前提に構築してきた北米供給網は、関税が「常態化」するニューノーマル(新常態)への適応を余儀なくされています。

供給網の再編と自動化投資

多くの日本企業は、関税負担を軽減するために以下の二方向で動いています。

  • サプライヤーの多角化: 中国依存を脱却し、メキシコ国内や米国での現地調達率を引き上げる。
  • 米国本土への投資回帰: 追加関税を回避するため、最終組み立てや主要部品の生産を米国国内へ再移転(リショアリング)する動きが加速しています。

4. ビジネスマンが注視すべき今後のタイムライン

目前の2月・3月は、2026年7月の共同見直しに向けた「実務交渉の山場」となります。

  • 2026年春: 米国議会および各国の国内手続きに向けたUSTRの最終評価報告。
  • 2026年7月1日: 運命の共同見直し期限。延長の合否が判明。

企業の貿易担当者は、インコタームズ(貿易条件)を再確認し、関税が買い手と売り手のどちらの負担になっているかを精査すると同時に、USMCA原産地証明の不備を徹底的に排除するコンプライアンス体制を構築してください。

免責

本稿は一般的な情報提供を目的としたもので、個別案件の法的助言ではありません。実際の申告・契約・規制適合は、対象国の法令と最新の当局公表、必要に応じて専門家見解に基づき判断してください。

米国の関税回避取り締まり強化:日本企業が知っておくべきリスクと対応策

はじめに

2026年に入り、トランプ米政権による関税回避の取り締まりが大幅に強化されています。2025年8月に設立された省庁横断の「貿易詐欺対策タスクフォース」は、原産国の虚偽申告や迂回輸入など違法な関税逃れに対して、民事・刑事両方の罰則を科す姿勢を明確にしています。日本企業にとって、この取り締まり強化は対米ビジネスにおける新たなコンプライアンスリスクとなっており、適切な理解と対応が急務となっています。strtrade+1

貿易詐欺対策タスクフォースの全貌

省庁連携による執行体制の構築

米国司法省は2025年8月29日、国土安全保障省傘下の米国税関・国境警備局(CBP)と連携した「貿易詐欺対策タスクフォース」を正式に立ち上げました。この組織は司法省の民事局と刑事局が中心となり、違法に関税を支払わない事業者に対する法執行を強化する目的で設立されました。司法省は、国内投資の財源としての関税徴収を損ない、違反者に不当な競争優位をもたらす貿易詐欺を容認しない姿勢を明確に示しています。[crdb]​

2025年12月18日には、わずか1日で3件の執行事例が発表され、企業が合計1億ドル以上の罰金を支払う合意が成立しました。この異例のペースは、タスクフォースが本格的に稼働し始めたことを示しています。[akingump]​

取り締まり対象となる違反行為

貿易詐欺対策タスクフォースが取り締まる主な違反行為は以下の通りです。[crdb]​

第一に、輸入品の関税分類の虚偽申告があります。製品を実際よりも低い関税率が適用される分類に意図的に申告することが該当します。[crdb]​

第二に、原産地の虚偽申告が対象となります。高関税国からの製品を低関税国産と偽って申告する行為です。[crdb]​

第三に、課税評価額の過少申告が含まれます。一般的には商品の取引額を実際よりも低く申告し、関税額を減らす行為です。[crdb]​

第四に、トランスシップメント、つまり迂回輸入・輸出が特に重点的に取り締まられています。note+1

3つの法的枠組みによる執行

1930年関税法に基づく民事罰

司法省は違法行為に対する執行手段として、まず1930年関税法を活用しています。この法律は輸入者に対し、輸入品の正確な課税評価額や関税分類を申告するための「合理的な注意義務」を課しており、詐欺や過失による虚偽申告を禁じています。違反した輸入者は罰金を含む民事罰を科される可能性があります。[crdb]​

虚偽請求取締法(FCA)による厳格な制裁

近年、より厳しい制裁が可能な虚偽請求取締法(False Claims Act:FCA)による執行が増加しています。FCAは関税を含む米国政府への金銭の支払いを回避するために故意に虚偽情報を提出することを禁止しており、違反者には懲罰的損害賠償などより厳しい民事制裁が科されます。morganlewis+1

FCAに基づく責任が認定された場合、3倍賠償(トリプル・ダメージ)と請求ごとの金銭的罰則が含まれるため、その影響は甚大です。インフレ調整後の2018年以降の制裁金額は、違反1件あたり最低11,181ドル、最高22,363ドルとなっています。つまり、本来支払うべき関税額の3倍に加えて、違反1件ごとに最大2万ドル以上の罰金が科される可能性があります。japanese.pillsburylaw+2

トランプ政権は2025年4月、米国のアパレル企業が輸入した衣料品の価格を過少申告したことがFCA違反に当たるとして訴訟を提起しました。また、2025年3月、7月、8月、12月にも複数のFCA執行事例が発表されており、衣類から食品、産業資材まで幅広い分野に及んでいます。[crdb]​

刑事訴追のリスク

違法な関税回避は民事罰に加え、直接的な刑事罰を負うリスクも伴います。合衆国法典(USC)18編は連邦政府による刑事訴追の手続きを規定しており、虚偽の課税価格に基づく輸入(541条)や虚偽申告による輸入(542条)などに対する罰則を定めています。[crdb]​

司法省のマシュー・ガレオッティ次官補代理は2025年5月、刑事局の職員宛ての覚書で、優先して取り締まるべき企業犯罪として「関税回避を含む貿易・関税詐欺」を挙げました。これは、政権が関税回避を重大犯罪として位置づけていることを明確に示しています。[crdb]​

迂回輸入対策が最重点課題に

40パーセントの追加関税と罰金

トランプ政権が特に神経をとがらせているのが「迂回輸入(トランスシップメント)」です。トランプ大統領は2025年7月の大統領令で、相互関税の回避を目的とした迂回輸入に対して40パーセントの追加関税と罰金を科すと定めました。diamond+2

この規制では、CBPが迂回輸入と判断した貨物に対し、元の国の税率の代わりに一律40パーセントの追加関税が課されます。さらに、合衆国法典19編1592条に基づくその他の罰金や、原産国に適用される通常の関税も課されます。重要なのは、CBPは法律で認められている罰金の軽減や免除を適用しない方針を示していることです。[note]​

広範な迂回輸入の定義

具体的なルールは2025年12月時点で未発表でしたが、政権高官は迂回輸入の定義を広く捉える意向を示しています。生産や加工を行っていない第三国を原産国として偽るケースだけでなく、輸入品が第三国産の原材料を相当程度含む場合も迂回輸入として扱われる可能性があります。[crdb]​

さらに、CBPと商務省長官は6カ月ごとに、迂回スキームに使用されている国と特定の施設のリストを公表するとしています。このリストは公共調達、国家安全保障審査、商業的デューデリジェンスに活用されることになります。[note]​

中国製品の第三国経由輸出への懸念

トランプ政権が迂回輸入を問題視する背景には、高関税を課されている中国製品が第三国を経由して米国に輸入されることへの強い懸念があります。米国の対中関税率は貿易加重平均で2025年11月時点で38.6パーセントと、主要貿易相手国の中で群を抜いて高い水準にあります。[crdb]​

関税措置を受けて対中輸入は減少しましたが、その一方でベトナムや台湾に対する貿易赤字は2025年6~7月に2カ月連続で過去最高を更新し、タイも9月に過去最高となりました。こうした貿易構造の変化について、米国内では中国企業がこれらの国を通じて米国に迂回輸出しているとの見方が強まっています。[crdb]​

実際、英国の調査会社キャピタル・エコノミクスによる2025年9月時点の試算では、中国から米国への輸出減少分のうち、およそ8分の1は第三国経由で米国に間接輸出されているとされています。[crdb]​

日本企業への具体的な影響

サプライチェーンの中国依存リスク

日本企業にとって深刻な問題は、東南アジアなどに生産拠点を移転しても、部品や原材料の中国依存が続いていることです。OECDがまとめた付加価値ベースの貿易額によると、米国の輸入に占める中国のシェアは2017年の21.6パーセントから2022年に20.9パーセントと微減にとどまりました。通常の輸入額ベースで中国のシェアが21.6パーセントから16.6パーセントに減少したのとは大きな差があります。[crdb]​

さらに懸念されるのは、ベトナムやメキシコからの輸入に占める中国の付加価値割合が、同じ期間に2~4ポイント以上増加したことです。ASEAN全体でも4ポイント弱の上昇となっています。[crdb]​

付加価値割合基準による新たな不確実性

迂回輸入規制が第三国から調達した原材料の付加価値割合に基づく場合、米国向け製品の原産性判定に新たな不確実性が生まれます。米国の非特恵の原産地規則として用いられている「実質的変更基準」では、主に製造工程における製品の特徴や用途の変更に着目して判断されており、これまで付加価値割合は重視されてきませんでした。[crdb]​

さらに、中国企業が外国に設けた工場から調達した材料も「中国産」と見なされる可能性があり、企業は製品の原産性を一から見直さざるを得ない状況です。[crdb]​

ASEAN進出日系企業の対応

ASEAN進出日系企業の間では、中国製部材を含む製品が迂回輸入規制の対象になることを懸念し、現地調達化を進める動きが出ています。一方で、サプライチェーンをさかのぼって原材料の原産国をすべて把握するのは困難との声も聞かれ、新たな規制に警戒感が高まっています。[crdb]​

企業が取るべき具体的な対応策

コンプライアンス体制の総点検

企業は現行のルールに照らして、米国向け製品の原産国、関税分類、申告価格が適切かを改めて確認することが最優先です。特に以下の点を重点的にチェックする必要があります。[crdb]​

関税分類の正確性については、CBPの事前教示制度を活用することで、輸入前に正式な分類判定を得ることができます。これにより事後的な追徴課税や罰則のリスクを大幅に軽減できます。[crdb]​

原産国表示の適正性については、最終製造工程だけでなく、主要部材の原産国まで遡って確認する必要があります。[crdb]​

申告価格の妥当性については、取引価格が市場価格と大きく乖離していないか、関連会社間取引における移転価格が適切かを確認すべきです。[crdb]​

記録保管体制の強化

CBPによる監査や調査に備えて、原産国や関税額の判断根拠となる資料を適切に保管する必要があります。米国の法律では、輸入関連書類を5年間保管することが義務付けられています。[crdb]​

保管すべき主要書類には、インボイス、パッキングリスト、船積書類、原産地証明書、製造工程記録、部材調達記録、価格決定に関する書類などが含まれます。これらの書類は監査時に迅速に提出できるよう、体系的に整理しておく必要があります。[crdb]​

迂回輸入リスクの評価

CBPは2025年12月、CTPAT(テロ防止のための税関・産業界パートナーシップ)参加者向けのガイダンスを公開しました。このガイダンスによると、対中関税の対象品目の迂回輸入が顕著に増加しており、具体的には以下の品目が多いとされています。[crdb]​

対象品目は、鉄鋼・アルミニウム製品、繊維・アパレル製品、自動車・同部品、電子機器、ソーラーパネル、農産品です。[crdb]​

CBPは迂回輸入が疑われる兆候として以下を挙げています。[crdb]​

第一に、表示されている原産国と製造に必要な製造能力の不一致があります。[crdb]​

第二に、合理的なサプライチェーン上の理由がないにもかかわらず、低コスト国または自由貿易協定締結国を経由した輸送ルートが使用されていることです。[crdb]​

第三に、過去の取引パターンから逸脱した価格設定が見られることです。[crdb]​

企業はこれらの兆候に該当する取引がないか自己点検し、リスクのある取引に従事しないよう注意する必要があります。[crdb]​

自主開示制度の活用

司法省は2025年5月に「企業の取り締まりと自主開示に関する指針」を更新しました。この指針では、不正行為を自発的に司法省に開示するなど特定の条件を満たした企業については起訴を見送るとしています。[crdb]​

万が一、関税申告に誤りがあったことが判明した場合、隠蔽するのではなく、速やかに当局に自主開示することで、刑事訴追を回避できる可能性があります。この制度は、企業が主体的にコンプライアンスを強化するインセンティブとなっています。[crdb]​

サプライチェーンの可視化と再構築

長期的には、サプライチェーン全体の可視化を進め、各工程での付加価値や原産国を明確に把握できる体制を構築することが重要です。特に多段階のサプライチェーンを持つ企業は、一次サプライヤーだけでなく、二次、三次サプライヤーまで原産国情報を把握する必要があります。[crdb]​

必要に応じて、中国製部材への依存度を下げるため、調達先の多様化や代替サプライヤーの開発を検討すべきです。ASEAN現地調達化を進めることで、迂回輸入のリスクを軽減できる可能性があります。[crdb]​

内部告発制度への注意

企業が特に注意すべきは、米国の内部告発制度です。司法省は2025年5月、「企業告発者報奨金パイロットプログラム」を更新し、告発対象となる行為に「貿易・関税・通関詐欺」を新たに加えました。[crdb]​

FCAは連邦政府だけでなく第三者(告発者)にも違反者を被告として提訴する権限を与えており、2025年の執行事例のほとんどが告発者による提訴が発端となっています。告発者は回収された金額の一定割合を報奨金として受け取ることができるため、従業員や取引先が告発するインセンティブが存在します。[crdb]​

このため、企業は社内のコンプライアンス意識を高め、不正が発生しにくい体制を構築することが重要です。[crdb]​

おわりに

トランプ米政権による関税回避取り締まりの強化は、単なる一時的な政策ではなく、高関税時代における新たな執行の常態となりつつあります。日本企業は、短期的なコスト削減よりも、長期的な法的リスクの回避を優先し、適法な関税削減策を実施することが求められています。[crdb]​

貿易詐欺対策タスクフォースによる執行は2026年も加速すると予想されており、企業は早急にコンプライアンス体制を強化する必要があります。専門家の助言を得ながら、自社のリスクを正確に評価し、適切な対応を講じることが、対米ビジネスを継続する上で不可欠となっています。[akingump]​

免責事項

本記事は2026年2月9日時点で公開されている情報に基づいて作成されており、一般的な情報提供を目的としています。個別の法的助言や税務アドバイスを提供するものではありません。米国の関税法制や執行方針は頻繁に変更される可能性があるため、実際のビジネス判断を行う際には、必ず米国通商法に精通した弁護士や税関ブローカーなどの専門家にご相談ください。本記事の内容に基づいて行われた行動の結果について、筆者および発行者は一切の責任を負いかねます。