IEEPA関税訴訟:現状確認と48時間対応リスト

2026年2月19日時点の公開情報ベース

米国の関税コストが、ある日いきなり変わる。しかも対象は一部品目ではなく、国や品目を横断する広いレンジ。これがIEEPA関税訴訟の怖さです。

結論から言うと、下級審はIEEPAに基づく関税措置を違法と判断しました。ただし、連邦巡回控訴裁判所は自らの差止め命令の効力を一時停止(ステイ)しており、現時点でもIEEPA関税は徴収が継続しています。最高裁が審理中のため、全体の決着はまだついていません。したがって、いま企業側に必要なのは、判決待ちではなく、判決が出た瞬間に損益と実務が崩れないための事前設計です。

訴訟の経緯:どこまで確定し、何が未確定か

訴訟の流れを時系列で整理します。

2025年2月1日

トランプ大統領、IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づき中国・カナダ・メキシコへのTrafficking Tariffs(違法薬物・国境関連関税)を発動

2025年4月2日

同じくIEEPAを根拠として、ほぼ全輸入品を対象とするReciprocal Tariffs(互恵関税)を発動。一律10%を基本に国別の上乗せ税率を設定

2025年5月28日

米国国際貿易裁判所(CIT)が、IEEPAはTrafficking・Reciprocalいずれの関税命令も許容しないと判断。差止め命令を発出(Slip Op. 25-66)

2025年5月29日

連邦巡回控訴裁判所がCITの差止め命令を一時停止(ステイ)。IEEPA関税の徴収は継続に

2025年8月29日

連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)が全員審理(en banc)により7対4の多数決でCIT判断を支持。IEEPA関税は違法と確認。ただし自らの差止めも継続ステイ

2025年9月9日

最高裁が上告受理(上告審裁量)を決定し、審理を迅速化。Learning Resources, Inc. v. Trump(No. 24-1287)とTrump v. V.O.S. Selections, Inc.(No. 25-250)を一本に併合

2025年11月5日

最高裁が口頭弁論。多数の判事がIEEPAに関税権限を読み込むことに懐疑的な姿勢を示したと報じられる

2025年12月23日

CITが全IEEPA還付訴訟を一括停止(ブランケット・ステイ)。最高裁判決が出るまで手続を凍結

2026年1月14日

政府がCITに対し、「最高裁でIEEPA関税が違法と判断された場合、再確定(reliquidation)による還付を争わない」と書面で確約

2026年2月中旬

最高裁が約1か月の休廷に入り、口頭弁論から判決は未発出。最短で2026年2月20日以降に判決の可能性

重要:連邦巡回控訴裁判所がステイを発出しているため、下級審が「違法」と判断した後もIEEPA関税の徴収は現在も継続しています。最高裁の判決が出るまで、この状態が続きます。

なぜIEEPA関税訴訟がビジネス課題になるのか

IEEPA(国際緊急経済権限法)は、米国大統領が国家緊急事態を宣言した上で、国外に由来する「異常かつ重大な脅威」に対処するために一定の経済取引を規制できる枠組みです。法律上も、権限行使はその脅威に対処する目的に限られると明示されています(50 U.S.C. § 1701)。

このIEEPAを根拠に、2025年に複数の関税命令が発出されました。下級審の判断が最高裁で確定するか、あるいは逆転されるかによって、企業側では少なくとも次の3つが同時に起こり得ます。

  1. 今後の関税コストが変わる(または、追加で別の法令による関税に切り替わる)
  2. 既に支払った関税の還付可能性が浮上し、キャッシュフローと会計処理が揺れる
  3. 取引契約の価格条件・インコタームズ・関税条項の再交渉が必要になる

実務的には、関税そのものより、変更のタイミングが読めないことが最大のリスクです。

対象関税の全体像

訴訟で争点になっている関税命令は、裁判所の整理に沿うと大きく2系統です。

① Trafficking Tariffs(違法薬物・国境関連の関税命令)

2025年2月1日発動。薬物密輸・不法移民問題を名目に、カナダとメキシコに25%(カナダのエネルギー等は10%)、中国に10%の従価税を課しました。中国分はその後、20%に引き上げられています。これらを連邦巡回控訴裁判所の判決は「Trafficking Tariffs」と定義しています(Federal Circuit Opinion, 25-1812)。

確認:原典では、カナダへの25%関税の施行は、当初の2025年2月4日予定から3月4日に延期されています(EO 14197)。メキシコも同様に3月4日施行(EO 14198)。

② Reciprocal Tariffs(互恵関税)

2025年4月2日発動。ほぼ全ての国からの輸入品に一律10%、さらに国別に11〜50%の上乗せを設定する設計です。連邦巡回控訴裁判所の判決はこれらを「Reciprocal Tariffs(互恵関税)」と定義しており、旧記事の「Worldwide and Retaliatory Tariffs」という呼称は正確ではありませんでした。なお、中国向けの互恵関税はその後段階的に34→84→125%へ引き上げられた後、交渉を経て一時10%に引き下げられるという経緯をたどっています。

ここで重要なのは、対象が特定業界や特定HSコードに閉じていない点です。多くの企業にとって、調達・価格・在庫・契約条件・通関実務が横断的に影響を受けます。

Section 301・Section 232の関税には影響しない:中国に対するSection 301(不公正貿易慣行対抗)関税や、鉄鋼・アルミニウムへのSection 232(国家安全保障)関税は、本訴訟の対象外です。たとえIEEPA関税が違法と確定しても、これらの関税は存続します。

訴訟の現状:裁判所ごとの判断整理

① 米国国際貿易裁判所(CIT):IEEPAはこれら関税命令を許容しない

CIT(3名合議体)は2025年5月28日付けの判決(Slip Op. 25-66)で、IEEPAはTrafficking・Reciprocalいずれの関税命令も授権しないと判断し、原告の略式判決申立てを認容。恒久的差止めを発出しました。特にTrafficking Tariffsについては、命令が掲げる脅威(薬物流入)に直接対処していない点を違法の理由として挙げています(CIT Slip Op. 25-66)。

② 連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit):7対4でCIT判断を支持

Federal Circuitは2025年8月29日、全員審理(en banc)で7対4の多数意見によりCIT判断を支持しました(Federal Circuit Opinion, 25-1812)。多数意見はIEEPAの「輸入を規制する」という文言には関税賦課の権限は含まれないと結論づけました。さらに、「重要問題法理(major questions doctrine)」を追加的根拠として、議会の明確な授権なしに大統領が無制限の関税を課す権限をIEEPAから読み込むことはできないとも述べています。

4名の反対意見は「課税も規制の一形態」と反論し、CITは略式判決を認容すべきでなかったと主張しました。

なお、Federal Circuitは差止めの普遍的適用の適否について別途論点があるとして、CITへ差し戻しを行いつつ、自らのステイは維持しました。つまり、IEEPA関税の徴収は現在も続いています。

③ 最高裁(SCOTUS):審理中、判決は未発出

最高裁は2025年9月9日に上告を受理し、Learning Resources, Inc. v. Trump(No. 24-1287)とTrump v. V.O.S. Selections, Inc.(No. 25-250)を一本に併合した上で、2025年11月5日に口頭弁論を実施しました。

口頭弁論では、多数の判事がIEEPAに関税権限を読み込むことへの懐疑的な姿勢を示したと報じられています。ロバーツ長官は「重要問題法理」との関係を重点的に問い、ゴーサッチ・バレット両判事は非委任法理(non-delegation doctrine)にも言及。一方、アリト・トーマス両判事は大統領権限への干渉に慎重な姿勢を示したとされ、最終的な投票動向は一筋縄ではありません。

2026年2月19日現在、最高裁の判決はまだ公表されていません。最高裁は口頭弁論から約1か月の休廷に入り、最短の判決可能日は2026年2月20日以降となっています。判決日は事前公表されないため、企業側は「出た瞬間に動ける」体制が不可欠です。

争点をビジネス目線で翻訳すると何が問われているのか

① IEEPAの「規制」権限に、関税という「課税」手段は入るのか

IEEPA条文には、財産に関する取引の調査・規制や、輸入・輸出を含む取引の規制が規定されています(50 U.S.C. § 1702)。しかし、下級審は「輸入を規制(regulate importation)する」という文言から広範な関税賦課権まで読み込むのは無理がある、という方向で判断しました。

② 「脅威に対処するため」という目的と、関税措置の因果は十分か

IEEPAは、権限行使は宣言した脅威に対処するためと明確に限定しています。CITは少なくともTrafficking Tariffsについて、命令で掲げた薬物密輸という脅威に直接対処していない点を理由として違法と整理しました。

③ 影響が巨大な政策は、議会の明確な授権が必要ではないか(重要問題法理)

Federal Circuitは「重要問題法理」をCIT判断の補強的根拠として採用しており、最高裁の口頭弁論でも大きな焦点になりました。この法理は、経済的・政治的に重大な影響を持つ行政措置には、議会による明確な授権が必要と要求するものです。

今回の関税は歳入面でも規模が大きく(後述)、IEEPAが制定された1977年以来、本件まで一度も関税賦課に使われてこなかった事実も、裁判所が重視した点です。

企業実務で一番効く論点:還付とキャッシュフロー

① 還付可能性のある金額規模

複数の法律メディアや報道が引用する試算では、2025年2月以降に徴収されたIEEPA関税は総額約1,330〜1,500億ドル規模にのぼるとされています。輸入者300,000社以上、エントリー3,400万件超が対象と推計されています。

金額の多寡以上に重要なのは次の点です。還付が発生する場合、いつ・誰に・どの手続で・どの範囲まで戻るのかは自動ではありません。ここで企業側の通関データ整備と事前の手続準備が勝負になります。

② 180日間プロテスト期限の問題

関税の還付を申請するには、原則としてCBPによるエントリーの「確定(liquidation)」から180日以内にプロテスト(異議申立て、CBP Form CF-19)を提出する必要があります。エントリーの確定は輸入から通常約10か月後のため、プロテスト期限はおよそ輸入から16か月後が目安です。この期限は厳格に運用されているため、最高裁の判決を待っている間にも確定エントリーの期限が到来する可能性があります。期限管理を今すぐ始めることが重要です。

③ CITへの保護的提訴と一括停止

口頭弁論後から2025年11〜12月にかけて、90社以上の輸入者がCITに保護的提訴を行い還付権を確保しました。2025年12月23日、CITはこれら全IEEPA還付訴訟を最高裁判決が出るまで一括停止しています。ただし停止中も確定処理(liquidation)は進むため、期限管理は継続が必要です。

2026年1月14日には政府がCITに対し「IEEPAが違法と判断された場合、再確定(reliquidation)による還付を争わない」と書面で確約しており、実際に還付が実現する場合の手続面での障壁は下がっています。

④ 電子還付への移行

CBPは全ての還付を電子的に行う制度へ移行するための規則改正を公表しており、暫定最終規則の発効日は2026年2月6日です。受領にはACEポータル上でACH Refundの登録を行い、米国内の銀行口座情報等を提供する手続が必要になります(Federal Register, 2026/01/02)。最高裁の結論次第で還付が実務課題になる企業は、判決日を待たずに、この受領インフラだけは先に整備しておくべきです。


48時間対応リスト:判決や制度変更が出た直後にやること

最高裁判決、行政の対応方針、CBPの実務通達など、外部イベントが発生した瞬間から48時間で最低限やるべきことを、部門横断で切り出します。

▶ 0〜6時間:事実確認と意思決定の土台づくり

  1. イベントの種類を特定する
    最高裁判決か/差止めの効力に関する判断か/CBPの運用変更か/新たな大統領令か
  2. 自社への適用範囲を即時に切り分ける
    対象国・対象期間・対象品目。自社が輸入者(Importer of Record)か顧客側が輸入者か。価格条件(DDPか、関税転嫁条項があるか)
  3. 影響額の速報レンジを出す
    過去支払分(潜在還付)/進行中の入港分・保税在庫分/見積・契約済み案件への追加負担
  4. 決裁ルートを短縮する臨時体制を宣言する
    法務・通関・経理・営業・調達の連絡網を一本化。情報の出所を統一(裁判所文書、政府発表、主要メディア)

▶ 6〜24時間:通関と会計に落とし込む

  1. 通関データの凍結とタグ付け
    エントリー番号・申告日・HS・原産国・支払関税額を抽出。IEEPA関税分を他の関税(Section 232、Section 301等)と分離して管理
  2. ブローカーと即時に論点を合わせる
    追加徴収や修正申告が必要か。既存エントリーの取扱い(未確定・確定・抗議中)。還付が見込まれる場合の受領方法(ACH・第三者指定)
  3. 会計処理の方針を暫定決定する
    関税コストを売上原価に含めるか特別損益で扱うか。還付見込みを資産計上する条件を監査人と確認。価格転嫁の見通しと引当の必要性を整理
  4. 顧客とサプライヤーへの一次連絡
    価格改定の可能性。既契約の負担区分。納期や発注条件への影響

▶ 24〜48時間:サプライチェーンと顧客対応の再設計

  1. 3つのシナリオ別に方針を確定する
    取り消し(還付中心の対応)/維持(コスト継続の対応)/部分的・手続的判断(不確実性の長期化)
  2. 価格表と見積テンプレを更新する
    関税変動条項を明文化。有効期限を短縮。原産国別の上乗せロジックを統一
  3. 在庫・調達の意思決定を前倒しする
    代替調達先。原産地変更に伴う認定と証憑。物流経路の再評価
  4. 還付を見据えた受領インフラを整備する
    CBPの電子還付制度に合わせ、ACEとACHの体制を整える。海外法人が輸入者の場合は米国口座の手当、またはブローカー受領の設計
  5. プロテスト期限(180日)を管理する仕組みを作る
    確定済みエントリーの期限を一覧化し、追跡体制を確立する

経営者向け:結論別に何が起きるか

シナリオA 最高裁が違法判断を確定させる

起こり得ること:既払関税の還付が焦点化。還付手続や対象範囲をめぐる追加紛争が続く。政府は Section 232・Section 301・Section 122 等の別法令に切り替えて、形を変えて同等の関税を維持する可能性が高い。

実務の要点:還付対象となり得るエントリーの網羅性と180日プロテスト期限の管理が勝負。電子還付(ACH)の受領インフラがないと、戻るべき金が戻らないリスクがある。なお「プロスペクティブ・オーバールーリング(遡及しない無効化)」が適用された場合、還付が発生しない可能性も残る。

シナリオB 最高裁が合法と判断する

起こり得ること:関税コストが構造化し、中長期の価格転嫁がテーマに。取引先との負担配分の再交渉が常態化。

実務の要点:契約の関税条項・インコタームズ・価格改定のルール化が不可欠。原産地管理とサプライチェーンの冗長化が投資テーマになる。

シナリオC 限定判断や差し戻しで不確実性が続く

起こり得ること:企業の意思決定だけが先に迫られ、法的確定が遅れる。差止めの範囲や手続が争点化し、企業ごとに結論が割れる。

実務の要点:法務だけでなく、通関と経理を含む横断運用が必要。判決の射程が企業により異なるリスクを前提に、保守的な引当設計も検討。


すぐ使える社内テンプレ(短縮版)

① 社内アラート文(例)

件名:IEEPA関税訴訟に関する更新と当社対応(一次報)

本日、IEEPA関税に関する重要な更新が公表されました。現時点で当社としては、影響範囲と影響額の一次評価を本日中に実施し、明日午前までに暫定対応方針を提示します。通関関連はエントリーデータを凍結し、対象案件の抽出を開始してください。確定(liquidation)済みエントリーについては180日プロテスト期限の到来日を即時に確認してください。営業・調達は、顧客および主要サプライヤーへの説明に備え、価格条件と負担条項の確認をお願いします。

② データ整備チェックリスト(最低限)

  • 直近14か月(2025年2月以降)の全エントリー一覧
  • IEEPA関税分の支払額・税率・原産国(Section 301・232と分離)
  • 未確定エントリーと確定済みの区分、および確定日
  • 確定済みエントリーの180日プロテスト期限一覧
  • ブローカー別の処理フローと連絡先
  • 還付の受領口座と権限者(ACE登録、ACH設定)
  • 顧客・サプライヤーとの契約における関税負担条項の確認

まとめ

IEEPA関税訴訟は、関税コストの多寡よりも、結論が出る瞬間のオペレーション崩壊が一番のリスクです。

下級審はIEEPA関税命令を違法と判断しましたが(CIT:7対4の Federal Circuit が支持)、連邦巡回控訴裁判所が自らのステイを維持しているため、IEEPA関税は現在も徴収中です。最高裁は2025年11月5日に口頭弁論を終えており、2026年2月19日現在、判決はまだ出ていません。最短の判決可能日は2026年2月20日以降とされています。

還付が現実味を帯びる場合は、180日プロテスト期限の管理・電子還付(ACH)の受領インフラ整備・エントリーデータの正確な記録が、企業の資金回収力を左右します。また、IEEPAが違法と確定しても、Section 301・Section 232関税は影響を受けず、政府が別の法令で同等の関税を維持する可能性も十分あります。

本稿の48時間対応リストは、最高裁判決だけでなく、行政・通関運用の変化にも転用できます。社内で「誰が」「何を」「いつまでに」を今日決めておけば、判決日に慌てる確率を大きく下げられます。


主要な参照文書

文書内容
CIT Slip Op. 25-66(2025年5月28日)CITによるIEEPA関税違法判決
Federal Circuit Opinion 25-1812(2025年8月29日)7対4でCIT判断を支持。Reciprocal TariffsとTrafficking Tariffsの定義
CRS LSB11332議会調査局による訴訟経緯の整理
Federal Register 2026/01/02CBP電子還付制度(2026年2月6日施行)
50 U.S.C. § 1701–02IEEPAの条文(Cornell Law School)

免責事項
本稿は、公開情報に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言・税務助言・通関助言を構成するものではありません。具体的な取引・契約・通関申告・訴訟対応・会計処理等については、貴社の状況に応じて、弁護士・通関士・税理士・監査人等の専門家にご相談ください。また、法令・運用・裁判手続は変更され得るため、本稿の内容は執筆時点の情報に基づく点をご承知おきください。

米国「最終売買評価法(Last Sale Valuation Act)」徹底解説── 関税コスト削減の常套手段「ファーストセール」が廃止される可能性と、日本企業が今すぐ取るべき行動



2026年2月11日、米国上院で超党派の法案「Last Sale Valuation Act(最終売買評価法、法案番号 S.3841)」が提出されました。提出したのは、共和党のビル・カシディ上院議員(ルイジアナ州)と民主党のシェルドン・ホワイトハウス上院議員(ロードアイランド州)です。この法案が成立すれば、多国籍サプライチェーンを持つ日本企業が長年活用してきた「ファーストセール(First Sale for Export: FSFE)」という関税コスト削減手法が事実上廃止されます。pwc+1

トランプ政権による関税引き上げが続く中、ファーストセールは「合法的な節税手段」として注目が高まっていただけに、その廃止は日本企業の米国ビジネスに深刻な影響を及ぼしかねません。本記事では、ファーストセールの仕組みから今回の法案の内容、そして企業が今すぐ取るべき対応策までを詳しく解説します。[global-scm]​


ファーストセールとは何か ── 仕組みと歴史的背景

1992年の判例が生んだ独自ルール

ファーストセールという概念は、1992年に米国連邦巡回控訴裁判所が下した「Nissho Iwai American Corporation v. United States」判決を起源としています。この裁判で、日系商社であるNissho Iwai(現双日)が輸入した商品について、「製造業者と仲介商社の間の最初の取引価格(第一売買価格)」を関税の課税価格とすることが認められました。[tkao]​

これ以降、米国では多段階の取引構造を持つ輸入者が、最終的な買値ではなく、サプライチェーン上の「より前の段階の、より低い取引価格」を課税価格として申告することが合法的に認められてきました。日本やEUでは最終取引価格を基準とするのが原則であり、この点で米国は世界的に見ても例外的な制度を維持してきたことになります。pwc+1

多段階取引での仕組みを具体例で理解する

ファーストセールが機能する典型的なシナリオは次のとおりです。

  • 日本の製造業者が商品を1,000ドルで製造し、日本の商社に販売する(ファーストセール価格 = 1,000ドル)
  • 日本の商社が米国の輸入者に1,300ドルで転売する(セカンドセール価格 = 1,300ドル)
  • 米国への関税はセカンドセール価格の1,300ドルではなく、ファーストセール価格の1,000ドルに対して課税される[tkao]​

この仕組みにより、商社のマージン分(300ドル相当)に対する関税を回避することができます。トランプ政権が導入した相互関税15%が適用される場合、課税価格が1,000ドルか1,300ドルかによって関税額の差は45ドルとなり、大量輸入が発生する業種では年間で数億円規模の差に拡大することもあります。[global-scm]​

ファーストセールを適用するための4つの要件

ファーストセールは無条件に使えるわけではありません。米国税関・国境警備局(CBP)が定めるガイドラインにより、適用には次の4つの要件をすべて証明する必要があります。[tkao]​

  1. 製造業者と仲介業者の間に実体ある正当な売買(ボナ・ファイドな取引)が存在すること
  2. 最初の販売の時点で、対象商品が明確に米国向けであることが判明していること
  3. 取引が独立企業間の価格(アームズ・レングス)で行われていること
  4. 上記3点を裏付ける、十分かつ透明性の高い文書一式が整備されていること

これらの証明に失敗した場合、税関当局はファーストセールの適用を否認し、最終売買価格(セカンドセール)で再評価する権限を持ちます。実際に、調理器具の輸入を巡るMeyer Corporation事件では、ファーストセールの否認を不服として2013年に提訴されて以来、2024年12月時点でもなお訴訟が継続するという長期紛争に発展しています。[tkao]​


今回の法案「Last Sale Valuation Act」の全貌

法案の核心 ── 何が変わるのか

本法案は、1930年関税法第402条(19 USC 1401a)を改正し、関税評価上の「輸出のための販売」を、米国への輸入直前の最終販売のみに限定することを提案するものです。[pwc]​

現行制度ではサプライチェーン上のいずれかの段階の販売価格(ファーストセール)を課税価格とすることが条件付きで認められていますが、法案が成立すれば課税価格は「外国の売り手と米国の輸入者の間で実際に行われた最後の取引価格」に一本化されます。[whitehouse.senate]​

つまり、商社を経由する取引では必ず最終販売価格(セカンドセール価格)が課税対象となり、製造段階の価格を用いた節税が認められなくなります。[pwc]​

なぜ超党派で提出されたのか ── 議会の意図

法案提出者のカシディ議員とホワイトハウス議員は、「ファーストセールは輸入業者が人工的に低い申告価格を用いることを可能にするループホール(抜け穴)であり、米国の国内製造業者や中小企業との公正な競争を損なっている」と述べています。また、「貿易に絡んだマネーロンダリング(不正資金洗浄)に悪用されるケースもある」とも主張しており、貿易の透明性と国内産業保護の観点から法案の正当性を訴えています。[whitehouse.senate]​

米国繊維工業会(NCTO)も本法案を支持し、「繊維・アパレル産業でのファーストセールによる関税回避を終わらせるべきだ」と声明を発表しました。一方で、貿易専門ロースクールのST&Rは法案に反対する業界連合の形成に動いており、今後の審議では賛否が激突することが予想されます。strtrade+1


日本企業への影響 ── 業種別リスク分析

商社・流通業 ── 最も直接的な打撃

ファーストセールは「メーカー → 日本商社 → 米国輸入者」という三者間取引において最大の節税効果を生んできました。商社のマージン分が新たな課税対象に加わるため、商社経由の米国向け輸出ビジネスは取引構造の全面見直しが必要になります。pwc+1

具体的には、商社を介さない直接取引への移行、または米国現地法人を輸入者に据えた内部取引への組み替えなど、サプライチェーンの再設計が求められます。[tkao]​

アパレル・繊維・電子機器 ── 最大の影響を受けるセクター

PwCの分析によると、アパレル、履物、繊維、電子機器などの分野では、ファーストセールが広く活用されており、これらの業種では関税評価額の大幅な上昇と関税負担の増加が見込まれます。日本のアパレルや電子部品メーカーが、アジアの工場から商社経由で米国へ輸出している場合、現行の節税効果が丸ごと失われる可能性があります。[pwc]​

自動車・製造業 ── 追い打ちとなるコスト増

すでに鉄鋼・アルミニウムに50%、自動車・自動車部品に最大15%の相互関税が課されている中で、ファーストセールの廃止は製造業にとってさらなるコスト増となります。トヨタが1,800億円規模の関税影響を試算した例が示すように、製造業では数百億円単位での関税負担増が現実の問題となっています。本法案が成立すれば、その上にさらなる課税価格の引き上げが重なることになります。attax+1


現在の立法状況と今後の見通し

「提出段階」であることを正確に理解する

現時点では、本法案はあくまで提出段階にあり、正式な立法プロセスを経ていません。法案が成立するためには、上院での審議・可決に加え、下院での可決、そして大統領の署名が必要です。[pwc]​

過去にも、ファーストセールの廃止を巡る行政上の動きが複数回あったものの、いずれも業界からの強い反対により実現しませんでした。今回も関係業界による働きかけによって、内容の見直しや修正が行われる可能性は十分にあるとPwCは分析しています。[pwc]​

しかし「対岸の火事」と見るのは危険

法案が成立しなかったとしても、今回の提出は「米国の関税政策が貿易の透明性を強化し、関税回避スキームへの締め付けを強める方向にある」という明確なシグナルです。トランプ政権下では、原産国の虚偽申告や迂回輸入への取り締まりも強化されており、コンプライアンス環境は確実に厳しくなっています。[jetro.go]​


企業が今すぐ取るべき4つの行動

今後の立法動向を注視しつつ、以下の対応を早急に検討することをお勧めします。

  1. ファーストセール活用の実態調査:自社および商社経由の米国向け輸出でFSFEを適用している取引を全件洗い出す
  2. コスト影響のシミュレーション:法案成立を前提として、課税価格が最終売買価格に切り替わった場合の関税増加額を品目・取引ごとに試算する
  3. 取引構造の見直し検討:商社を介さない直接取引への移行、または米国法人を輸入者とする構造への組み替えを法務・財務部門と連携して検討する
  4. 法案の審議動向のモニタリング:法案番号 S.3841 の審議状況を定期的にフォローし、委員会付託・本会議採決のタイミングを逃さない体制を整えるstrtrade+1

まとめ

「Last Sale Valuation Act(最終売買評価法)」は、現時点では法案の提出段階にすぎないものの、その内容は日本企業の米国ビジネスの根幹に関わる重大な変更を含んでいます。ファーストセールを合法的な節税手段として活用している企業、とりわけ商社経由の三者間取引を行っているアパレル、電子機器、製造業の担当者は、今すぐ社内の実態把握と影響試算に着手することが不可欠です。tkao+1

法案の行方にかかわらず、米国の関税・通関政策は「より厳格な申告、より透明性の高い取引価格の開示」という方向に進んでいます。その潮流を早期に捉え、柔軟なサプライチェーン設計とコンプライアンス体制の整備を進めた企業が、トランプ関税時代を生き残ることができるでしょう。[jetro.go]​


免責事項

本記事は、PwC関税貿易アドバイザリー合同会社、東京共同会計事務所、ジェトロ、米国上院公式発表、STRトレードレポートなどの公開情報をもとに、2026年2月19日時点で執筆したものです。本記事に記載された情報は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスや税務アドバイスを構成するものではありません。法案の内容は審議過程で変更される可能性があり、最新の立法状況については必ず一次情報をご確認ください。個別の案件に関する判断については、関税・通関の専門家または法律の専門家に相談されることをお勧めします。whitehouse.senate+3

コスタリカのCPTPP加盟が描く未来。中南米ビジネスの新たなゲートウェイとしての可能性

2026年2月19日

英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加入プロセスが完了し、協定が新たな拡大フェーズに入った今、次なる有力候補として注目を集めているのが中米のコスタリカです。

中国や台湾、エクアドル、ウルグアイなど複数の国・地域が加盟申請を行う中で、なぜコスタリカが「最も実現可能性が高い候補の一つ」と目されているのか。そして、同国の加盟が日本企業にとってどのようなビジネスチャンスをもたらすのか。

本稿では、コスタリカの加盟交渉の現在地と、そこから広がる経済的な地平について、ビジネスパーソンの視点で深掘りします。

1. なぜ今、コスタリカなのか。加盟に向けた「優位性」の正体

コスタリカは2022年8月にCPTPPへの加盟を正式に申請しました。数ある申請国の中で、同国が一歩リードしていると見られる背景には、明確な理由があります。

OECD加盟国としての「信頼と実績」

コスタリカは2021年に経済協力開発機構(OECD)への加盟を果たしています。これは、同国の経済政策や法制度が、透明性、自由貿易、環境保護といった国際的な高水準(ハイスタンダード)を満たしていることの証明です。

CPTPPは「市場アクセス」だけでなく、「ルールの質」を重視する協定です。すでにOECD基準をクリアしているコスタリカは、CPTPPが求める高いハードルを越える能力があると加盟国から評価されやすく、交渉がスムーズに進む素地が整っています。

地政学的なハードルの低さ

中国や台湾の加盟申請は、高度な政治的・外交的判断を伴うため、既存加盟国の間でも意見調整が難航しています。一方でコスタリカは、中立的な立場を維持しており、特定の加盟国との深刻な対立構造がありません。

既存メンバーにとって、コスタリカの加盟手続きを進めることは、政治的な摩擦を避けつつ「CPTPPの拡大と開放性」を国際社会に示す絶好のモデルケースとなり得るのです。

2. 日本企業へのインパクト。サプライチェーンの要衝として

コスタリカの経済規模は決して巨大ではありませんが、その質と立地は日本企業にとって無視できない魅力を持っています。

「メディカル・シリコンバレー」との連携

コスタリカの主要輸出品目は、かつてのコーヒーやバナナから、現在は「医療機器」や「精密部品」へと劇的にシフトしています。多くの欧米ヘルスケア企業が進出し、高度な製造クラスターを形成しています。

CPTPP加盟により関税障壁や非関税障壁が撤廃されれば、日本の医療機器メーカーや部材サプライヤーにとって、北米市場向けの生産拠点として、あるいは共同開発のパートナーとして、コスタリカとの連携が容易になります。

フレンド・ショアリングの有力な候補地

米中対立や地政学リスクの高まりを受け、信頼できる友好国にサプライチェーンを移転する「フレンド・ショアリング」が加速しています。

北米市場に近く、政情が安定しており(中米の優等生と呼ばれます)、かつCPTPPという共通のルールの下にあるコスタリカは、北米向けのニアショアリング(消費地に近い場所での生産)拠点として極めて合理的な選択肢となります。

3. 今後の展望と課題。交渉の行方

現在、CPTPP委員会では「オークランド原則」に基づき、高い基準を満たす国から順次プロセスを進める方針が確認されています。

国内手続きとセンシティブ品目への対応

コスタリカ国内では、ロドリゴ・チャベス政権が自由貿易を強力に推進していますが、農業分野など一部のセンシティブな品目においては、国内の保護圧力との調整が必要です。日本にとっては、自動車や機械製品の関税撤廃を求めつつ、コスタリカ側の農産品アクセス要求にどう応えるかが交渉の焦点となるでしょう。

まとめ:中南米戦略の再構築を

コスタリカのCPTPP加盟は、単なる一カ国の追加にとどまりません。それは、日本企業が中南米市場、ひいては北米市場へアクセスするための「信頼できる新たなハブ」が誕生することを意味します。

まだ交渉の途中段階ではありますが、先を見据えるビジネスパーソンであれば、この国の動向をウォッチリストの上位に入れておくべきでしょう。2026年は、中南米ビジネスの地図が書き換わる重要な一年になるかもしれません。

免責

本稿は一般的な情報提供を目的としたもので、個別案件の法的助言ではありません。実際の投資・契約・規制適合は、対象国の法令と最新の当局公表、必要に応じて専門家見解に基づき判断してください。