ファーストセールは実務上可能か

短く言うと――“認められるが、簡単ではない”です。
CBP(米国税関)はファーストセール自体を合法な評価方法として明確に認めて
います(Nissho Iwai判決/CBPガイダンス)。ただし、条件と証拠が揃っていることが前提で、書類が弱い案件は普通に否認されます。Justia LawU.S. Customs and Border ProtectionCROSS

なぜ「簡単ではない」のか

  • CBPは、①米国向けに明確に仕向けられている、②二つの真正な売買、③アームズレングス価格――という3要件を厳密に見ます。どれか欠けると否認の典型。U.S. Customs and Border ProtectionCROSSミラー・アンド・シェヴァリエ
  • 近年のMeyer事件では、裁判所が「余計な追加要件」を却下しつつも、立証責任は輸入者にあることを改めて示しました。つまり“使えるが、ちゃんと証明せよ”という姿勢です。Justia LawFindlaw
  • 政府自身も利用の広さや承認率の統計は把握していないと示唆(データ不足)。ゆえに「一般にどれくらい認められるか」の平均値は公表されていません。usitc.gov

実務感(目安)

  • 要件と証憑が揃えば:通常は受理されます(審査・照会は来ます)。
  • あいまいなまま出す:高確率でCF-28/29(照会・更正通知)否認の流れ。近年も否認事例が報じられています。Sandler, Travis & Rosenberg, P.A.Mohawk Global

“認められやすく”するコツ(超要点)

  • 完全な紙のトレイル:契約/PO/各段のインボイス・支払い証跡/B/L/仕様・US向け表示/関連者間の価格妥当性の裏付け。U.S. Customs and Border Protection
  • パイロット運用→横展開:数SKUで試し、照会対応の型を作る。
  • 不安なら事前照会(Part 177):評価に関する見解を取ってから本格導入。※CBPのバリュエーション裁決や解説にもT.D.96-87の考え方が繰り返し示されています。CROSSCustoms Mobile

補足(重要):「“F”インジケーター
2008年のFarm Bill1年間だけ“First Sale使用時に7501の行にFを付す”という報告義務がありました(後にレトロ申告も実施)。恒久義務ではありません。最近のCBP公式ページも、その一時的制度として説明しています。U.S. Customs and Border Protection+1

結論:ファーストセールは普通に通ります(制度として確立)。ただし**“出せば通る”ほど緩くはない**。3要件を書類で明確に立証できる体制があるかどうかで、体感の通りやすさが決まります。

ファーストセールの土台となった「日商岩井(Nissho Iwai)事件」って何?

結論
サプライチェーンに「メーカー → 商社(中間業者) → 米国の買い手」という三者売買があるときでも、条件を満たせばメーカー→商社の“最初の売買価格”で関税評価してよい、と連邦巡回控訴裁(CAFC)がはっきり示した有名判決です。以後の“ファーストセール”の土台になりました。Justia Law


何が起きた?

  • 当事者と品目
    メーカー=川崎重工(日本)、中間業者=日商岩井、米国の買い手=NY州の公共交通当局(MTA)。品目は地下鉄の車両Justia Law
  • 争点
    米国税関(当時)は**「商社→MTAの価格(高い方)」で関税計算。日商岩井側は「メーカー→商社の価格(低い方)」**を使うべきと主張。Justia Law
  • 判決(1992年)
    連邦巡回控訴裁は商社→MTA価格ではなく、メーカー→商社価格で評価すべきと判断し、下級審(CIT)の判断を覆しました。Justia Law

何を基準にしたの?(“Nisshoテスト”)

判決は、最初の売買価格を使える条件を整理しました。要はこの3点です:

  1. 米国向けに明確に仕向けられている(clearly destined for the U.S.)
  2. **真正な売買(bona fide sale)**がある
  3. アームズレングス(関連者間でも価格が歪んでいない)
    これらを満たすとき、メーカー→中間業者の価格を取引価格(transaction value)として採用できる、と明記しています。Justia Law

その後、実務ではどう運用されている?

  • 財務省決定 T.D. 96-87CBP裁決が、Nisshoの考え方を具体化。
    「インポーター申告価格が原則」だけど、上の3条件を書面で立証できれば**“ファーストセール”が使える**、という運用が確立。必要書類は契約/PO/各段のインボイス・支払証跡/B/Lなど完全なペーパートレイルCustoms Mobile
  • CBPの**インフォームド・コンプライアンス(ICP)でも、“真正な売買”と“米国向け売買”**の確認ポイントが案内されています。U.S. Customs and Border Protection

ビジネス目線での要点

  • イメージ
    メーカー(日本) → 商社(海外) → 米国輸入者
    ↑この左側の最初の価格で評価できれば課税ベースが下がる関税コストが下がる。ただし3条件+証憑がカギ。Justia LawCustoms Mobile
  • 実務Tip:三者でNDA→書類共有→数SKUで試行照会対応の型を作って横展開。CBPはケースバイケースで見るので、書類の厚みが成否を分けます。Customs Mobile

米国輸入で関税を削減する「ファーストセール」ルール

米国への輸入ビジネスで関税コストを合法的に削減できる手法をご存知でしょうか?「ファーストセール(First Sale)」という制度を活用すれば、関税の計算基礎となる価格を下げることで、実質的な関税額を削減できます。

ファーストセールとは?

基本的な仕組み

通常の輸入では、サプライチェーンに複数の売買が存在します:

メーカー → 中間業者 → 米国輸入者

一般的には最後の売買価格(中間業者→輸入者)が通関価格となりますが、ファーストセールルールを適用すると、最初の売買価格(メーカー→中間業者)を通関価格として使用できます。

削減効果の例:

  • メーカー価格:$80
  • 中間業者への販売価格:$100
  • 関税率:10%

通常の場合:$100 × 10% = $10の関税
ファーストセール適用:$80 × 10% = $8の関税($2/個の削減)

適用に必要な3つの条件

1. ボナファイド(真正)な売買であること

  • 所有権と危険負担の実質的な移転
  • 対価の授受が実際に行われている
  • 委託販売(コンサインメント)は対象外

2. 米国向け輸出のための売買であること

  • 売買時点で米国向けが明確に特定されている
  • 仕様書や梱包に米国向けの記載がある

3. アームズレングス価格(本来利害関係のある国外企業の当事者間(独立企業間)取引で成立すると認められる価格)であること

  • 関連者間でも価格が関係性に左右されていない
  • 通常の市場価格と同等である

この考え方は「Nissho Iwai」判決以降、CBP(米国税関国境警備局)のガイダンスにも明記されており、確立された制度となっています。

実務での導入手順

ステップ1:対象商品の選定と効果試算

優先順位の付け方:

  • 価格差が大きい商品
  • 関税率が高い商品
  • 取引量が多い商品

これらの要素から削減効果を試算し、インパクトの大きいものから着手します。

ステップ2:取引スキームの可視化

確認すべきポイント:

  • 各段階のインコタームズ
  • 所有権移転のタイミング
  • 危険負担の移転時点
  • 商品の物流ルート(直送か迂回か)

フローチャートを作成し、売買の実態を明確にします。

ステップ3:3条件のセルフチェック

必要な証憑の例:

  • 発注書(P/O)、請求書、支払い証跡
  • 売買契約書
  • 船荷証券(B/L)
  • 所有権・危険負担に関する条項
  • 米国向けであることを示す書類

ステップ4:エビデンス収集の徹底

CBPは「取引の完全な紙のトレイル(一つの取引に関連するすべての書類や記録を時系列順に整理した文書の記録のこと)」を重視します。以下の書類を体系的に整理:

  • 購買発注書(P/O)
  • 売買契約書
  • インボイス
  • 支払い証跡
  • 出荷書類一式
  • 社内往来文書
  • ロイヤルティやアシスト情報(該当する場合)

ステップ5:申告時の適切な表示

First Saleで申告する品目には、CBP Form 7501またはACEシステムの行レベルで「F」インジケーターを付与する必要があります。

ステップ6:パイロット運用からSOP(標準作業手順書)化へ

  1. パイロット段階:影響の大きい数品番で試行
  2. 検証段階:CF-28(情報提供要求)への対応体制構築
  3. 展開段階:問題がなければ全社展開
  4. 定着化:年次でエビデンスの棚卸しと見直し

ステップ7:事前教示の活用(必要に応じて)

不確実性が高い案件では、Part 177に基づく事前教示(バリュエーション)を取得し、当局の見解を確認してから本格導入することも可能です。

制度の信頼性と最近の動向

法的根拠の確立

CBPの公式ガイダンス「Bona Fide Sales and Sales for Exportation to the United States」により、要件と考え方が明確に整理されています。

Meyer事件による明確化(2024年)

最近の「Meyer」事件では、連邦巡回区控訴裁判所が重要な判断を示しました:

  • 「非市場経済国だから一律不可」という過剰な要件は不適切
  • 本質は関係者間で価格が歪んでいないかの検証
  • 適切な証拠があれば、中国製品でも適用可能

導入時の注意点とリスク管理

よくある課題

1. サプライヤーの協力確保

  • メーカーの原価・利益情報の開示が必要
  • NDA(秘密保持契約)の締結が重要

2. エビデンス不備による否認リスク

  • 不十分な証憑は否認の原因に
  • 事前の準備と整理が必須

3. 申告実務の負荷増大

  • 「F」インジケーターの管理体制
  • 社内SOPの整備と教育

4. 監査・照会への対応体制

  • CF-28/CF-29への迅速対応
  • 合理的注意(reasonable care)の証明

5. 誤適用の防止

  • 委託販売は対象外
  • 売買の実態確認が重要

まずは何から始めるべきか

初期アクションプラン

  1. 優先度設定:価格差×関税率×取引量で対象品を選定
  2. 関係者調整:三者間でNDAを締結し、情報共有体制を構築
  3. 小規模試行:パイロット品目でFirst Sale申告を実施
  4. 体制整備:照会対応テンプレートとSOPを準備
  5. 段階的展開:成功事例を基に適用範囲を拡大

まとめ

ファーストセールは、適切に活用すれば大幅な関税削減を実現できる強力なツールです。ただし、成功のカギは徹底した証憑管理CBPの要求への対応体制にあります。

リスクを適切に管理しながら段階的に導入することで、持続可能なコスト削減を実現できるでしょう。特に、取引量が多く、サプライチェーンに複数の売買が存在する企業にとっては、検討する価値が十分にあります。

重要なのは、これが「抜け道」ではなく、CBPが認める正当な評価方法であるという点です。適切な要件を満たし、透明性を保って運用すれば、安心して活用できる制度なのです。