カナダの対中EV関税引き下げと、米国の「全輸入品100%関税」警告をどう読むか

ビジネス実務者向け整理(2026年1月25日 JST時点)

1. まず事実関係を短く整理する

2026年1月16日、カナダのカーニー首相は訪中の成果として、中国製EVのカナダ向け輸入を年4万9,000台まで、最恵国待遇の6.1%関税で受け入れる枠組みを示しました。これは2024年に導入された100%の追加関税からの大きな方針転換です。見返りとして、中国はカナダ産キャノーラ種子の関税を2026年3月1日までに概ね15%程度へ引き下げる見通しなどが示されています。 (Reuters Japan)

そして2026年1月24日、米国のトランプ大統領は、カナダが中国と貿易協定を進めるなら、カナダから米国に入る全製品に100%の関税を課すとSNSで警告しました。現時点では「警告」であり、対象範囲、例外、発効手続などの公式な詳細は示されていません。 (Reuters)

ここから先は、何が確定情報で、どこが不確実かを分けて、企業実務に落とします。

2. カナダと中国の「合意」は何を意味するのか

今回のポイントは、自由貿易協定のような包括的枠組みというより、直近の関税応酬を収束させる性格が強い点です。カナダ政府側の発表では、EVは年4万9,000台を6.1%で受け入れること、キャノーラ種子は中国側関税が約15%へ下がる見込み、他の農水産品も一定期間は反差別的関税の対象外となる見通しなどが並びます。 (カナダ首相)

カナダ側は、この枠組みを通じて中国の投資やサプライチェーン連携、国内のEV供給網構築につなげたい考えも示しています。 (カナダ首相)

一方で、カナダ政府高官は「中国との自由貿易協定を追求しているわけではなく、重要な関税課題の解決だ」と説明しています。ここは米国側の受け止めと齟齬が生じやすい部分です。 (Reuters)

3. 米国の「100%関税」警告の狙いはどこにあるのか

トランプ大統領の主張の軸は、カナダが中国製品の米国向け迂回ルートになり得る、という問題提起です。ロイター報道では、カナダが中国の「荷降ろし港」になるとの表現で牽制しています。 (Reuters)

ただし、実務面では論点が複数あります。

  1. 中国製EVがカナダに入っても、そのまま米国に流れ込むとは限らない
    米国側当局者は、カナダ向けの中国製EVは米国には入れない趣旨の発言もしています。加えて、米国では車両のサイバーセキュリティ関連規則が参入障壁になり得る、という説明も報じられています。 (Al Jazeera)
  2. それでも米国が警戒するのは「EV完成車」だけではない
    本丸は、完成車の輸入よりも、部品や関連製品の迂回、原産地表示のすり替え、カナダを経由した関税回避といった、より広い意味でのサプライチェーン経由地リスクです。今回の表現が「カナダからの輸入品すべて」に拡大しているのは、この広い警戒の反映と見るのが自然です。 (Reuters)
  3. 2026年のUSMCA見直しを前にした交渉カードの可能性
    USMCAは発効6年目にあたる2026年7月1日に初回の共同レビューが予定されています。大枠のルールが動く局面で、関税の脅しは交渉力を上げるための典型的なレバーになり得ます。 (Congress.gov)

4. 本当に「全品100%」は実現し得るのか

企業として重要なのは、政治的発言の強さと、実装の難易度は別物だという点です。

米国が関税引き上げを行う法的ルートはいくつかありますが、例えば通商法301条は、不公正な貿易慣行などへの対抗措置として関税を含む輸入制限を認めています。 (Congress.gov)

しかし今回のような「カナダからの全輸入品を一律100%」という設計は、例外設定、国内産業への副作用、供給制約、相手国の対抗措置など、実装上の論点が一気に増えます。ワシントン・ポストも、USMCA適合品が除外されるのか、そもそも大統領が言う「ディール」が何を指すのかが不明確だと指摘しています。 (The Washington Post)

結論として、現時点で企業が置くべき前提は次の2つです。
1つ目、発言どおりの一律100%がそのまま来ると決め打ちはできない。
2つ目、対象を絞った形でも、カナダ関連の追加関税や規制強化が突然出るリスクは十分ある。

5. 企業実務への影響を「現場の言葉」で言い換える

5.1 コストは関税だけでは終わらない

仮に一律100%が発効した場合、影響は単純な関税コスト増にとどまりません。

  • 価格改定と契約更改が追いつかない
  • 通関での保税、検査、差し止めが増え、リードタイムが延びる
  • カナダ経由の部材を含む製品の原産地説明が厳格化する
  • 在庫積み増しや迂回ルート確保で運転資金が膨らむ

ロイターは、カナダの金属、車、機械といった産業への圧力が高まると伝えています。サプライチェーン上流にカナダが入る日本企業も、同じ衝撃を受けます。 (Reuters)

5.2 影響範囲は「モノの流れが国境をまたぐ回数」で増幅する

北米では、部材が国境を複数回またいで完成品になる構造が珍しくありません。関税が国境通過のたびに積み上がると、想定外に採算が崩れます。米加間の貿易量が非常に大きいこと自体が、実務ショックの大きさを示します。 (AP News)

6. 日本企業が今すぐできるリスク点検チェックリスト

  1. カナダ起点、カナダ経由の米国向け出荷を棚卸しする
    完成品だけでなく、カナダで加工や組立をする品目、カナダから部材を調達する品目も含めます。
  2. 調達先と工程表を「原産地説明できる形」に整える
    迂回や転送の疑念が高まる局面では、原産地と実質的変更の説明力が差になります。
  3. USMCA適用可否を、品目別に再点検する
    適用できる品目があるなら、要件未充足の穴を塞ぐことが最優先です。将来の例外設定の対象になり得ます。
  4. 契約条項を即時点検する
    関税負担者、価格改定条項、Change in Law、再交渉のトリガー、キャンセル条件を確認します。
  5. 見積りと販売価格の「関税ショック版」を別建てで持つ
    一律100%、対象限定、発効延期の3パターンで粗利と需要影響を試算します。
  6. 通関実務の臨戦体制を作る
    HSコード、原産地、課税価格、インボイス記載、輸送書類の整合を、平時より厳しめに回します。
  7. 監視対象を絞って情報の一次確認ルートを作る
    大統領発言だけでなく、USTR、CBPのガイダンス、官報級の公表に落ちた時点で社内アラートが鳴るようにします。USMCAレビューの節目で動きが出やすい点も踏まえます。 (Congress.gov)

7. まとめ

今回の論点は、カナダの対中EV関税引き下げそのものより、北米を舞台にした対中牽制が「カナダ全品」へ拡大し得るという警告にあります。現時点で確定しているのは、カナダと中国が関税緩和の枠組みを示したこと、そして米国大統領が一律100%という非常に強い言葉で牽制したことです。 (Reuters)

企業が取るべき姿勢は、騒ぎを過小評価せず、しかし発言をそのまま前提に固めすぎないことです。北米のサプライチェーンは、国境をまたぐ回数が多い企業ほど影響が増幅します。いま必要なのは、対象品目の棚卸しと、原産地説明力、契約条項、通関手順をセットで整えることです。

台湾ECFA 8桁表の更新と中国側対応をどう読むか

(ビジネス実務者向け)

1. 何が起きたのか

台湾の税関当局は、ECFAのアーリーハーベスト(早期関税引き下げ)対象品目について、台湾側と中国大陸側の「8桁税番号の対照表」を継続的に更新しています。台湾の政府オープンデータでは、両方向(台湾→大陸、大陸→台湾)の8桁対照データセットが2025年12月1日に更新されたことが確認できます。(data.gov.tw)

同時に、中国側はECFAに基づく優遇関税を、段階的に一部停止する措置を実施しました。第一弾は12税目で2024年1月1日から、第二弾は134税目で2024年6月15日から適用とされています。(gss.mof.gov.cn)

この2つは一見別の話に見えますが、実務では密接に結びつきます。なぜなら、優遇も停止も「8桁の税目番号」で適用範囲が定義されるためです。コードの読み替えがずれると、優遇申請が通らないだけでなく、停止対象の判定を誤り、コスト見積や価格交渉まで狂います。

2. ECFAの「8桁表」とは何か

HSは国際的に6桁まで共通ですが、実際の関税運用は各国が8桁以上に細分化して運用します。ECFAのアーリーハーベストも、実務上は双方の8桁税番号で管理されます。

ここで難しいのが、同じ6桁でも8桁の切り方が双方で一致しないこと、さらにHS改正や各国の年次改訂で8桁が増減することです。台湾の税関当局が公開している対照表は、この「双方の8桁のずれ」を埋め、どの8桁がどの8桁に対応するかを明示するための道具です。台湾税関サイトでも、ECFAの対照表が年次で整理されていることが分かります(2026年版の対照表も掲示)。(web.customs.gov.tw)

3. 更新データから見える実務インパクト

今回確認できたオープンデータ(台湾税関当局)を集計すると、対照表は単なる一覧ではなく、相当な粒度の違いを吸収する設計になっていることが分かります。(data.gov.tw)

3.1 データ規模と、EX(部分品目)の多さ

  • 台湾→大陸の対照(データセット17061)は585行。台湾側8桁は314、相手側8桁は508と、1対1ではありません。
  • 大陸→台湾の対照(データセット17064)は1171行。大陸側8桁は671、相手側8桁は872です。
  • 行の約42.9%(台湾→大陸)と約47.3%(大陸→台湾)にEX(部分品目を示す扱い)が付いており、「同じ8桁でも全部が対象ではない」ケースが非常に多いことが読み取れます。

EXが多いということは、社内マスターに8桁だけ登録して終わりではなく、品名、用途、材質、規格などのスコープ定義を合わせて管理しないと、優遇の可否判断が揺れるという意味です。

3.2 どの分野が多いか(行数ベース)

行数ベースの概観では、台湾→大陸では第84類(機械類)と第29類(有機化学品)が目立ちます。大陸→台湾でも第84類が最大で、次いで第39類(プラスチック)、第87類(車両関係)が続きます。これは貿易金額ではなく「対照が必要な品目の複雑さ」を示す指標として見るのが安全です。(data.gov.tw)

3.3 8桁の読み替えが複雑になる典型パターンと具体例

対照表の価値が出るのは、次のような場面です。

  1. HS改正で、包括コードが個別コードに分割される
    冷媒など特定化学品で、従来の「その他」コードがHS2022で物質別に分割されたことが、備考欄で明示されています。例えば台湾側29033990(その他の無環炭化水素のフッ素化等誘導体)が、大陸側では29034100、29034200、29034300など多数の8桁に割れて対応します。これは、優遇適用の前提となる税目番号が、より細かい物質単位に移ったことを意味します。(data.gov.tw)
  2. 同じ機能でも、相手国では用途別に8桁が細分化される
    気体のろ過・浄化装置の領域では、台湾側84213920が、大陸側では静電除塵器、袋式除塵器、脱硫装置、脱硝装置など複数の8桁に対応し、EX扱いが付くケースが見られます(例:84213921、84213922、84213940など)。設備商社やプラント案件では、仕様の一語違いが税目番号と優遇可否を分けます。(data.gov.tw)
  3. 相手国の大括りコードが、自国では多数の8桁に分かれる
    プラスチック製品のように、大陸側39269010が、台湾側では電気絶縁用、反射材、医療用品など複数の8桁に割れて対応する例があります(例:39269012、39269016など)。同じ「その他」でも、相手国の明細が細かいほど、社内の品目マスターが追従できていないと誤判定が起こります。(data.gov.tw)

結論として、ECFAの優遇を使う企業ほど、6桁で止めた分類管理や、旧年版の8桁のまま運用することが、直接コストリスクになります。

4. 中国側対応の要点

4.1 ECFA優遇の一部停止は「段階的に、税目指定」で実施

中国側の公式発表では、税委会公告2023年第9号として、2024年1月1日から、丙烯や対二甲苯など12税目についてECFAの協定税率適用を中止するとしています。(gss.mof.gov.cn)

続いて税委会公告2024年第4号として、2024年6月15日から、潤滑油基礎油など134税目について協定税率の中止を追加しました。(gss.mof.gov.cn)

ここで重要なのは、これは「輸入禁止」ではなく、あくまでECFAの協定税率を外し、通常の規定に従うという建て付けである点です。したがって、企業の現場では、関税率差分の吸収(価格、粗利、契約条件、インコタームズの見直し)が主戦場になります。

4.2 台湾側の受け止めと、影響の見積

台湾経済部は、134品目停止後の税率が1〜12%になるとしつつ、2023年の当該製品の対中輸出が98億ドルで輸出全体の約2%、またECFA関連品目の対中輸出比率は2023年に3.6%まで低下していると説明しています。(ジェトロ)

台湾外務省は、2023年12月の停止措置について、選挙への介入を狙った経済的威圧だと位置づけています。(en.mofa.gov.tw)

一方で、制度面の前提として、中国側は台湾の貿易制限を問題視する調査を行ってきた経緯があり、ジェトロも2023年12月時点で、貿易障壁調査の結果認定や、それを踏まえた措置の構図を整理しています。(ジェトロ)

5. 日本企業の実務チェックリスト

台湾と中国の間に製造拠点や販売拠点を持つ日本企業は、ECFAを「現地法人のコスト最適化ツール」として使ってきたケースが少なくありません。今は、地政学リスクが税目レベルで顕在化する局面です。最低限、次の棚卸しが必要です。

  1. 自社品目の8桁を双方で確定する
    社内で使う品目コード、通関で使う品目コード、原産地証明で使う品目コードがずれていないか確認します。最新の対照表で、双方の8桁を対にして登録します。(data.gov.tw)
  2. EX付き品目は、スコープ定義までドシエ化する
    EXは「一部だけ対象」です。品名だけでなく、組成、用途、規格、性能など、どの部分が対象かを社内で説明できる形にします。
  3. 停止対象かどうかを、税目番号で再判定する
    停止は税目番号で決まります。旧コードのまま停止対象外と誤認していると、見積が崩れます。中国側公告のリストを税目番号で突合します。(gss.mof.gov.cn)
  4. 関税差分の負担者を契約で固定する
    関税は突然変わります。誰が負担するか、価格改定条項、サーチャージ条項、再交渉のトリガーを契約に落とします。
  5. 市場分散と製品高度化のロードマップを持つ
    台湾経済部が示す通り、市場分散や高付加価値化は政策的にも強調されています。自社の販路と仕様戦略に落とし込みます。(ジェトロ)

6. まとめ

台湾ECFAの8桁対照表の更新は、単なる資料改訂ではありません。HS改正や年次改訂で8桁が動くたびに、優遇の可否、そして優遇停止の影響判定が税目レベルで変わります。

いま求められているのは、8桁の最新版への追随と、EXを前提にしたスコープ管理、そして政治要因で関税が動くことを織り込んだ契約と収益管理です。

電子CO監査とPKI署名の法的要件整理

紙の押印から「検証できる証拠」へ。e-CO時代の実務ポイント

電子CO(e-CO)が普及すると、通関が速くなる一方で、監査の質問は鋭くなります。問われるのは、原産地の中身だけではありません。
その電子COは本物か。後から改ざんされていないか。第三者が検証できる形で証拠が残っているか。ここで核になるのがPKI署名です。

本稿では、電子CO監査で必ず出る論点を、法的要件と技術要件の接点として整理します。特に、日本の電子署名法、EUのeIDAS、国際モデル(UNCITRAL)を並べて、ビジネス現場が押さえるべきポイントを実務に落とします。


この記事でわかること

・電子COが受け入れられない典型理由と、監査で問われる構造
・PKI署名が担保できること、担保できないこと
・日本、EU、国際モデルに共通する「署名の要件」を実務用に分解する方法
・輸出者側で整備すべき監査証跡チェックリスト


目次

  1. 電子COで何が変わったのか
  2. 監査が見る論点は4つに集約できる
  3. PKI署名の役割:できること、できないこと
  4. 法的要件の整理:日本、EU、UNCITRAL
  5. 電子CO監査に強い運用設計
  6. よくある落とし穴
  7. すぐ使えるチェックリスト
  8. まとめ

1. 電子COで何が変わったのか

電子COは、申請から発給、提示までの流れがデジタル化されたCOです。ここでの本質は、PDFで届くことではありません。真正性と完全性を、第三者が後から検証できることです。

WCOが公表した電子COのデジタル化に関する調査では、相手国で電子COが受け入れられない理由として、デジタル署名がない、署名を検証できない、必須データ要素が不足している、協定が電子的交換を前提にしていない、などが例示されています。電子COの議論は、最初から監査と検証の話を含んでいる、ということです。


2. 監査が見る論点は4つに集約できる

電子CO監査の質問は多岐に見えますが、実は次の4つに収れんします。

2-1. 真正性

そのCOは権限ある発給者が発給したものか。なりすましではないか。

2-2. 完全性

発給後に内容が変わっていないか。改ざんは検知できるか。

2-3. 否認防止

誰が、どの権限で、いつ承認したか。後から否認できない形になっているか。

2-4. 追跡可能性と証跡

申請、審査、承認、発給、訂正、取消、再発給まで、説明できるログが一貫しているか。

この4点を満たす設計に、技術としてのPKI署名が直結します。


3. PKI署名の役割:できること、できないこと

EUの公式FAQでも、法概念としての電子署名と、暗号学的なデジタル署名は区別されます。実務で電子COの「検証」を成立させるには、PKIを用いたデジタル署名が中核になりやすい、と整理されています。 (European Commission)

3-1. PKI署名でできること

・完全性:署名後の変更が検知できる
・真正性の強化:証明書チェーンと鍵管理が適切なら、発給主体の推認が強くなる
・第三者検証:受領側が公開鍵で独立に検証できる

3-2. PKI署名でもできないこと

・内容の真実性そのもの:署名が付いていても、原産性の中身が真実かは別問題
・受入れの保証:相手国の制度や協定、運用が整っていないと拒否され得る


4. 法的要件の整理:日本、EU、UNCITRAL

制度が違っても、署名が満たすべき機能は似ています。ここでは、条文の表現差を、実務で使える要件に翻訳します。

4-1. 日本:電子署名法が軸にする2要件と推定効果

日本の電子署名法は、電子署名を次の2要件で定義します。
・作成者を示す措置であること
・改変の有無を確認できる措置であること (日本法令外国語訳データベース)

さらに、本人が必要な符号や物件を適切に管理して行った電子署名が付された電磁的記録は、真正に成立したものと推定される、としています。ここは監査対応の核心で、鍵管理と権限管理が弱いと、推定の前提が揺らぎます。 (日本法令外国語訳データベース)

実務翻訳
・誰の署名かを特定できる
・改ざんを検知できる
・鍵の管理と権限設計が監査の主戦場になる

4-2. EU:eIDASは「証拠能力」と「レベル設計」で整理する

eIDASでは、電子署名は電子であることや、適格署名でないことだけを理由に、法的効果や証拠としての採用可能性を否定されない、と定めています。加えて、適格電子署名は手書き署名と同等の法的効果を持ちます。 (EUR-Lex)

さらに実務で重要なのが、発給主体が組織である場合の考え方です。欧州委員会の公式FAQは、自然人の署名に加え、法人の文書の出所と完全性を示す電子シールの概念を整理しています。 (European Commission)

実務翻訳
・受領側は、署名のレベルと検証可能性を見て判断する
・発給者が組織の場合、署名かシールかの設計が論点になる
・PKIを使うことで、改ざん検知と検証可能性の要件を満たしやすい (European Commission)

補足:長期検証
同FAQは、電子タイムスタンプの意味や、将来の検証に耐えるための長期検証(LTV)を説明しています。電子COでも、監査が数年後に来る前提なら、発給時点の検証材料を残す設計が重要になります。 (European Commission)

4-3. 国際モデル:UNCITRALは「信頼性」を分解して説明できる

UNCITRALモデル法は、電子署名が署名要件を満たすかを、状況に応じた信頼性として整理します。具体的には、署名作成データが署名者に紐づくこと、署名時に署名者の管理下にあること、変更が検知できること、といった要素です。 (国際貿易法連合 الأمم المتحدة )

実務翻訳
・国が違っても通じる説明軸として、監査や取引先説明に強い
・署名要件を機能要件として文書化し、社内統制に落とし込める


5. 電子CO監査に強い運用設計

ここからは輸出者の立場で、監査に強い設計を具体化します。

5-1. 受領側が自力で検証できる導線を用意する

電子COは、検証できて初めて価値が出ます。ICCはCOの真正性確認のためのオンライン検証プラットフォームを提供しており、検証導線の整備が国際実務の一部になっています。 (ICC – International Chamber of Commerce)

実務の要点
・検証方法が相手国税関、銀行、取引先で再現できるか
・検証に必要な情報がCO上に揃っているか(番号、QR、検証ページ等)
・検証結果を保存できる運用になっているか

5-2. 鍵管理と権限管理を監査項目として設計する

日本法の推定効果は、本人管理が前提です。EUでも上位レベルでは、署名者のコントロールと改ざん検知が要件になります。 (European Commission)

実務の要点
・申請者と承認者の分離
・発給権限の付与、変更、停止の記録
・署名鍵の保管方法(HSM等の利用有無を含む)
・失効や更新があった場合の追跡

5-3. セキュリティ運用の基準線を持つ

信頼サービスの領域では、ETSIがTSPの運用と管理の一般要求事項を整理し、セキュリティ管理とサイバーセキュリティの一般要求に触れています。電子COの外部サービスを使う場合、こうした基準線を参照しながら、委託先の統制水準を点検すると説明しやすくなります。 (ETSI)


6. よくある落とし穴

落とし穴1:PDFで届いたから安心

WCOの調査が示す通り、署名がない、検証できない、データが欠けている、という理由だけで受け入れられないことがあります。PDFであることと、検証可能であることは別です。

落とし穴2:スキャンや画像化で証拠力が落ちる

検証の軸は原本ファイルです。スキャンや画像化は、検証可能性を落としやすい設計です。

落とし穴3:長期検証を考えず、数年後に検証不能になる

証明書の失効や期限切れが起きると、発給時点で正しかったことを後から示しにくくなります。タイムスタンプや長期検証の考え方を、保存設計に取り込むのが安全です。 (European Commission)


7. すぐ使えるチェックリスト

取引前

・相手国で電子COが受け入れられる条件を確認(制度、協定、運用)
・相手が検証できる方法を確認(検証サイト、手順、必要情報) (ICC – International Chamber of Commerce)

発給から受領まで

・申請データと裏付け資料(原産根拠)の紐づけを維持
・承認権限の分離とログ整備
・訂正、取消、再発給のルールと証跡を統一

受領後の保全

・原本ファイルを改変不能な形で保管
・検証結果を保存(検証日時、結果、証明書情報の要点)
・長期検証を前提に、タイムスタンプや検証材料の保存方針を決める (European Commission)

委託先や外部サービス利用時

・鍵管理、権限管理、セキュリティ運用の説明資料を入手
・一般要求事項の基準線を参照し、監査で説明できる状態にする (ETSI)


8. まとめ

電子COの実務で問われるのは、原産性だけではなく、文書の真正性と完全性を検証できること、そして説明可能な監査証跡が残っていることです。
WCOが挙げる不受理理由は、まさにそこを突いています。

日本は作成者の特定と改ざん検知を定義に据え、適切な鍵管理を前提に推定効果を与えます。 (日本法令外国語訳データベース)
EUはeIDASで証拠能力とレベル設計を整理し、組織発給の観点では電子シールの概念も押さえる必要があります。 (EUR-Lex)
国際的な説明にはUNCITRALの要件分解が有効です。 (国際貿易法連合 الأمم المتحدة )

現場の最短アクションは、検証導線の整備、鍵と権限の統制、原本と検証結果の保存。この3点を手順書に埋め込むことです。


本稿は一般情報です。実務適用は、対象国の法令、協定、当局運用、発給機関ルールにより変わります。重要案件は法務と通関実務での確認を推奨します。

ASW/NSW障害が起きたとき、貨物を止めないために

ASEAN e-Form D完全電子化時代の各国運用と代替手順

2024年1月1日から、ATIGAの原産地証明書Form Dは、ASEAN域内で原則として電子(e-Form D)での発給・受理が前提になりました。今や優遇税率の適用は「紙があるか」ではなく、「電子で届いているか」「輸入国システムで参照できるか」に依存します。つまりASWや各国NSWの障害は、通関遅延や保税費用の増加だけでなく、優遇税率の否認という形で利益に直撃します。

本稿では、ASW/NSW障害を「どこで止まったか」に分解し、各国で現実に採られている代替手順を、実務で使える形に整理します。結論から言うと、例外的に紙のForm Dへ戻るルートは残っています。ただし、それは無制限な救済ではなく、技術障害時に限定された「非常手順」です。


1. まず押さえるべき前提:ASWとNSW、そして「紙は例外」

ASW(ASEAN Single Window)は、各国のNSW(National Single Window)を接続し、域内で電子データを相互交換する基盤です。ATIGA e-Form Dは、その代表的な交換文書です。(customs.gov.sg)

そして2024年1月1日以降の大原則は次の通りです。

・e-Form Dの発給・受理が「通常運用」
・紙のForm Dは「技術的な問題が発生した場合にのみ」発給・受理される例外
・輸入国は、優遇税率の申告で提出された紙Form Dを拒否し得る(つまり紙があっても安心できない)

この前提を誤ると、障害時に紙を送っても通関で止まり、結果的に時間とコストを失います。


2. 障害は4か所で起きる:どこが止まったかで手順が変わる

ASW/NSW関連のトラブルは、原因箇所が違うと最適解が変わります。実務上は次の4分類が役に立ちます。

障害の位置現場で起きることまず確認するもの代替の基本方針
1 輸出国の発給システム(NSW/発給ポータル)そもそも申請・承認ができない発給機関の障害告知、申請受付可否国ごとの「手動発給」手順へ切替
2 輸出国のASWゲートウェイ承認済だが輸入国へ送れないゲートウェイ障害告知、送信ログ例外的に紙Form Dを発行し送付
3 輸入国側の受信・照会システム(NSW/税関側)輸入国で「見つからない」受信ステータス、照会画面再送要求、紙への一時回帰(条件付き)
4 データ不整合・差し替え二重発行、修正後が反映されない参照番号、取消・再発行状況再発行+取消のルールに従う

この切り分けができると、社内で慌てて「とりあえず紙を作る」事故を減らせます。


3. ASEANの合意としての非常手順:紙Form Dへ戻れるのはいつか

「紙へ戻れるか」は、国の裁量ではなく、ATIGA運用(OCP)とASW運用の合意に沿います。公表資料から読める実務上の境界は次の通りです。

・e-Form Dを申請した場合、手動(紙)Form Dは技術的な不具合やシステム障害があるときに限り認める
・e-Form Dが輸入国側で認識されているのに紙も要求するような運用は、例外に限定すべきという方向性が確認されている

さらに、マレーシアMITIは「ASWの技術問題が速やかに解決されない場合や、受信能力がない港湾では紙Form Dを使う」旨を、ASW技術作業部会での合意として明示しています。(MITI)


4. 国別に見る「現実に動く代替手順」

4-1 マレーシア:ASWゲートウェイ障害時の紙Form D発行フローが明文化されている

マレーシアは、ASWゲートウェイ障害が発生した際に、紙Form Dへ一時回帰する手順を具体的に示しています。たとえば2026年1月の障害では、ASWゲートウェイが停止しe-Form Dの送受信ができなくなったため、紙Form Dの発行へ戻すと告知しました。

手順の骨格は次の通りです。
・ePCOで申請と承認は通常通り進める
・承認済のe-Form D参照番号を、指定窓口へ連絡
・電子署名・電子印影が付された紙Form DをA4で印刷し、輸入者へ送付
・輸入者はそれを通関で提示する

ここで重要なのは、紙へ戻るとはいえ「電子署名・電子印影付きの印刷物」という位置付けであり、単なる手書きや社内様式では代替にならない点です。

また、マレーシアは障害からの復旧(送受信再開)も告知しており、障害は一時的であること、復旧後は電子へ戻ることが前提です。(MITI)

4-2 シンガポール:原則e-Form D、ただしASW停止時のみ紙が動く

シンガポール税関は、ASWがNSWを接続する仕組みであること、そして2024年1月1日以降はe-Form Dの完全実施であることを明示しています。輸入国側が紙Form Dを拒否し得る点も明確に注意喚起しています。(customs.gov.sg)

一方で、シンガポールの実務ガイドでは、ASWに技術的な問題があり停止している場合に限り、紙Form Dの印刷・交付が行われる旨が書かれています。つまり「紙は非常時のバックアップとして残るが、通常ルートではない」という整理です。

さらに、NSWそのもの(TradeNet)が利用できない場合の手動発給についても、必要書類を含めた案内があります。輸出国側NSW障害の典型例として、社内BCP設計に使えます。(customs.gov.sg)

4-3 タイ税関資料に見る、ASEAN運用上の線引き

タイ税関が公開しているROO運用課題のマトリクスには、加盟国間で確認された重要な実務判断が載っています。
・技術問題やシステム障害時は、OCPの規定に従ってe-Form Dの代わりに紙Form Dの提出を認める
・e-Form Dを申請した場合、手動Form Dの発行はe-Form Dに技術的な問題がある場合に限定する

「紙が万能な逃げ道ではない」ことを、ASEANの運用合意として裏付ける材料になります。


5. 障害時に強い会社がやっている、社内手順の作り方

5-1 輸入者へ渡すべき情報は「参照番号」が中心になる

ATIGAのガイドブックでは、優遇税率を主張する際、輸入者が輸入申告でe-Form Dの参照番号やインボイス等の情報を提出することが定められています。障害時ほど、参照番号の共有と整合が重要になります。

5-2 再送要求という選択肢を、社内手順に入れておく

同ガイドブックでは、技術障害などでデータ損失が起きた場合、受信国が送信国へe-Form Dの再送を求め得ることが明記されています。
輸入国で「見つからない」と言われたとき、すぐ紙へ倒す前に、再送ルートの有無を確認する価値があります。

5-3 すぐ使えるチェックリスト

障害発生時の初動を、社内で定型化しておくと強いです。

  1. どこが止まったか(発給、ゲートウェイ、輸入国照会、不整合)を分類
  2. 公式の障害告知を保全(発給機関、税関、NSW運営者の告知)
  3. 輸入者・通関業者へ、参照番号と状況(承認済か、送信済か、受信不可か)を即共有
  4. 紙Form Dへ回帰する場合は、技術障害時に限られることを前提に、電子署名・電子印影付きの正式な出力であることを担保
  5. 復旧後の電子再送、差し替え、取消の要否を確認し、二重運用を避ける

6. まとめ:最小コストで最大の止血をする発想

ASW/NSW障害は、どんなに電子化が進んでもゼロにはなりません。だからこそ実務では、次の整理が効きます。

・紙Form Dは「技術障害時の非常手順」として残るが、通常運用ではない
・輸入国は紙を拒否し得るため、障害の事実と正式な代替手順に基づくことが必須
・参照番号の共有、再送要求、差し替えと取消の手順まで含めてBCPに組み込む

もし貴社の運用(どの国向け、どの協定利用、AWSCの認定有無、商流が直送か三国間か)を前提に、障害時フローを社内規程レベルに落とし込みたい場合は、想定ケースを3つほど並べて、社内手順書の形に整えた案も作れます。