遡及対策は契約書の「日付明記」が鍵

輸出入ビジネスで怖いのは、コストが後から増えることです。関税は「輸入した時点で確定」と思われがちですが、実務では事後調査や制度上の仕組みにより、後日に追加で請求されたり、逆に還付されたりします。日本でも、輸入後の申告ミスなどに対して修正や更正の手続が用意されており、一定期間さかのぼって是正が起こり得ます。(税関総合情報)

このときに社内外の揉め事を最小化する鍵が、契約書に「日付」を明確に書き切ることです。単に契約書の右上に日付がある、という話ではありません。どの日付を基準に、誰が、どの範囲の関税増減を負担するのかを、争点になる前に決めておく、という意味です。


そもそも「遡及」で起きること

遡及リスクは大きく2つに分かれます。

1つ目は公的な遡及です。税関の事後調査でHSコードや原産地、課税価格の判断が変わり、追加納税や追徴が発生するケースです。日本の輸入手続でも、輸入許可後に申告内容の訂正や更正が問題になる場面は珍しくありません。(税関総合情報)

2つ目は貿易契約上の遡及です。追加関税が発生したとき、当局に対して法的に支払義務を負うのは通常「輸入者」ですが、その費用を売主と買主のどちらが負担するかは契約次第です。契約が曖昧だと、結局「どちらが悪いか」「見積に入っていたか」で長期化します。


なぜ「日付」が重要なのか

関税や税関手続は、日付で動く場面が多いからです。代表例だけでも、次のように基準日が複数あります。

・契約締結日、発効日(いつ成立し、いつ効力が出たか)
・個別発注日(PO発行日、受諾日)
・船積日、B/L日付、到着日
・輸入申告の受理日、輸入許可日
・当局の措置の発効日、調査開始日、暫定税率の適用開始日

さらに、反ダンピングなどの貿易救済では、一定条件下で暫定措置の適用開始より前の輸入にさかのぼって最終税を課す枠組みが、国際ルール上も想定されています。最大90日前までの遡及が論点になり得る、というのが典型です。(wto.org)

つまり、契約書に日付が曖昧だと、社内で「この取引はいつの前提で値決めしたのか」を説明できず、社外では「どの時点以降の関税増減を相手に請求できるのか」が争点化します。


実務で効く「日付明記」3点セット

契約書では、次の3つをセットで明記するのが実務的です。

1. 契約成立日と発効日を分けて書く

署名日と効力発生日がズレる契約は多いです。だからこそ分けて書きます。
例:契約成立日、発効日、適用開始日

電子署名でも紙でも構いませんが、後で説明可能なタイムスタンプになる形を推奨します。

2. 価格の前提日を定義する

関税増減を価格に反映する基準日を契約で固定します。ここが曖昧だと、相手は「見積時点で織り込めたはず」と主張しがちです。
例:本価格は「発効日」または「個別発注受諾日」時点の関税・税制を前提とする

3. 個別取引の「日付の鎖」を残す

基本契約だけ日付があっても、個別取引がメールや口頭で流れると証拠が弱くなります。POと受諾、出荷書類、インボイスの各日付がつながるように、契約で「個別取引は書面または電子記録で確定する」と決めておくと強いです。


追加関税が来たときに揉めない条文の考え方

日付明記とセットで入れたいのが「誰が負担するか」を決める条文です。ポイントは、当局に対する法的責任と、取引当事者間の負担を切り分けることです。

1. 変更法令条項

関税率や課税ルールの変更が、基準日以降に発効した場合の精算ルールを決めます。
・基準日
・増減額の算定方法
・通知期限
・証憑(当局通知、計算書、通関書類)の提示義務

2. 事後調査・追徴条項

事後調査で追加納税が発生したときの負担を決めます。ここは原因別に分けると運用しやすいです。
・売主が提供した情報(原産地情報、品目情報、価格構成)の誤りに起因する追徴は売主負担
・買主側の申告や運用ミスに起因する追徴は買主負担
・共同で防御・不服申立を行う場合の費用負担と主導権

日本でも輸入後の訂正や更正の枠組みがあり、一定期間内に追加納税や還付が起こり得るため、契約上の整理が効きます。(税関総合情報)

3. インコタームズの穴埋め

インコタームズは通関や税の責任分担に影響します。例えばDDPは売主が輸入通関や輸入税の負担側に寄る設計です。(academy.iccwbo.org)
ただし、インコタームズだけでは「事後に追徴された分」まで自動的に整理できないことがあるため、契約で上書き・補足するのが安全です。


図で押さえる、日付と遡及の関係

取引の時間軸はだいたい次の順で進みます。

契約成立日 → 発効日 → 個別発注受諾日 → 出荷日 → 輸入申告受理日 → 輸入許可日 → 事後調査 → 追徴または還付

このうち、税関手続の基準日は「申告受理日」や「輸入許可日」など制度ごとに異なります。EUでも、申告受理日が基準になる考え方が整理されています。(Taxation and Customs Union)
だからこそ契約では、当事者間での精算基準日を明確にし、証拠として残る日付を鎖のようにつなげるのが有効です。


すぐ使える社内チェック項目

最後に、契約レビュー時の最小チェック項目をまとめます。

・契約成立日、発効日が明記されているか
・価格の前提日が定義されているか
・関税等の変更が起きた場合の精算ルールがあるか
・事後調査や追徴が起きた場合の負担区分が原因別に書かれているか
・POと受諾、出荷書類、インボイスの記録を保存する運用になっているか
・DDPなど輸入側責任が重い条件では、事後追徴まで含めた補足条項があるか(academy.iccwbo.org)


まとめ

遡及は「税関が悪い」「制度が難しい」だけで片付けられません。実務では、遡及が起きた瞬間に問題になるのは、誰が負担するか、どの時点の前提で値決めしたか、という契約の論点です。

契約書の「日付明記」は、単なる形式ではなく、遡及リスクを取引コストに変えて管理するための装置です。契約成立日と発効日、価格の前提日、個別取引の日付の鎖。この3点を揃えるだけで、いざという時の交渉力と社内説明力が大きく変わります。

注記:本記事は一般的な情報提供であり、個別案件の法的助言ではありません。実際の契約条項や紛争対応は、貴社の取引形態と相手国制度に即して専門家に確認してください。

MFN税率が15%以上なら追加関税ゼロの仕組み 米国の相互関税で実装された「15%調整弁」を実務で使いこなす

はじめに
2025年夏以降、米国の相互関税(いわゆるReciprocal Tariff、Chapter 99で実装)をめぐって「MFNが15%以上なら追加関税はゼロ」という言い方が現場で定着しました。これはスローガンではなく、CBP(米国税関・国境警備局)の公式ガイダンスで、EU向けにも日本向けにも明確に書かれているロジックです。(GovDelivery)

ただし、日付の理解を誤ると、適用漏れや過大納付、修正期限の取り逃しに直結します。本稿では、制度の考え方、申告コード、適用開始日と経過措置、そして落とし穴をビジネス目線で整理します。

1 ここで言うMFNは「HTSUSのColumn 1(General)」
米国実務でのMFNは、HTSUS(米国関税率表)の通常税率であるColumn 1(General)を指します。今回の「15%ルール」は、原則としてこのColumn 1(General)の税率が、15%以上か未満かで追加相互関税の扱いが切り替わります。EU向けのCBPガイダンスは、まさにこの判定軸で9903.02.19と9903.02.20を使い分けると説明しています。(GovDelivery)

注意点として、FTAなどの特恵税率(Special欄)が実務上の納税額に影響しても、「15%判定の基準」が常にそれと同一とは限りません。対象制度の条文・CBPガイダンスに合わせて、判定基準を固定してください(本稿では、CBPが明示したEU・日本の運用を中心に説明します)。(GovDelivery)

2 結論:追加関税は「上乗せ」ではなく「15%までの差額調整」
EU向け・日本向けのCBPガイダンスで共通する骨格は次のとおりです。

・Column 1(General)が15%以上
 追加の相互関税は0%(ゼロ)

・Column 1(General)が15%未満
 Column 1(General)と相互関税の合計が15%になるよう、差額分の相互関税を課す

EU向けは、15%以上なら9903.02.19、15%未満なら9903.02.20で申告すると明記されています。(GovDelivery)
日本向けも同様に、15%以上なら9903.02.72、15%未満なら9903.02.73を用いると明記されています。(GovDelivery)

実務で誤解されやすい点はここです。
15%以上の品目は、合計税率が15%に下がるわけではありません。追加相互関税がゼロになるだけで、Column 1(General)が20%なら合計も20%です。制度は「下限を15%にそろえる」設計であり、「上限を15%にする」設計ではありません(少なくとも、ここで扱う相互関税部分はそうです)。(GovDelivery)

3 申告でどう動くのか:Chapter 99コードがスイッチになる
この制度の実装は、Chapter 99の該当見出しを申告することで行われます。

EU向け(CBPガイダンス)
・Column 1(General)15%以上:9903.02.19(相互関税0)
・Column 1(General)15%未満:9903.02.20(合計15%になるよう調整)(GovDelivery)

日本向け(CBPガイダンス)
・Column 1(General)15%以上:9903.02.72(相互関税0)
・Column 1(General)15%未満:9903.02.73(合計15%になるよう調整)(GovDelivery)

日本向けについては、さらに重要な運用説明があります。9903.02.73で「15%を適用したい」場合、9903.02.73に続けてChapter 1〜97の本来の分類を申告し、ACE(自動通関システム)が税率計算を15%に置き換えると明記されています。(GovDelivery)
この一文があるため、実務者にとっては「コードを正しく選べばシステムが計算を整える」世界になりますが、逆に言えば、コード選択を誤ると過大納付や修正作業が発生しやすくなります。

4 日付の正しい整理:7月31日は発効日ではなく署名日、適用開始は8月7日
ご質問の核心である日付を、一次情報に基づいて整理します。

4-1 EU向けの適用開始は2025年8月7日(米国東部夏時間 0時01分)
CBPは「2025年8月7日 0時01分(EDT)以降に、消費向けに輸入申告または保税から引き出しされた貨物」が、EOのAnnex IIで追加された相互関税(9903.02.02〜9903.02.71等)の対象になると説明しています。(GovDelivery)
つまり、2025年7月31日は大統領令の署名日であり、「発効日」と同義ではありません。大統領令のAnnex IIには「署名日を除外して7日後の0時01分(EDT)以降」と書かれており、結果として適用開始が8月7日になります。

日本時間に換算すると、8月7日13時01分が目安です(米国東部夏時間と日本時間の時差は13時間)。

4-2 「輸送中(in-transit)」の経過措置は10月5日まで
CBPガイダンスでは、8月7日0時01分(EDT)より前に最終輸送手段で積載され輸送中で、かつ10月5日0時01分(EDT)より前に輸入申告された貨物は、原則10%の相互関税(9903.01.25)として扱うと明示されています。(GovDelivery)
この経過措置の期限(2025年10月5日)や「積載済みで輸送中」という要件は、大統領令のAnnex II側にも同様の趣旨で書かれています。

日本時間換算では、10月5日13時01分が目安です。

4-3 日本向けは二段階に見えるが、ポイントは「適用対象日」と「ACE展開日」
日本向けは、現場で混乱しやすい構造です。CBPはまず、対象行為(相互関税の調整)自体は「2025年8月7日0時01分(EDT)以降の輸入申告分に適用される」と説明しています。(GovDelivery)
その一方で、新しい見出し(9903.02.72と9903.02.73)は、2025年9月16日0時01分(EDT)にACEへ展開される、とも明記しています。(GovDelivery)

さらに、CBPは「9月16日にコードが展開された後、8月7日以降に申告したエントリーについて、必要に応じて修正して新コードを適用できる」こと、返金は未清算ならPSC、清算済みなら抗議申立(protest)で対応することまで説明しています。(GovDelivery)
連邦官報の告示(2025年9月16日付)でも、9903.02.72と9903.02.73の新設と、9月16日0時01分(東部時間)以降の修正条項などが確認できます。

このため、文章として安全なのは次の書き分けです。
・適用対象の開始:2025年8月7日0時01分(EDT)以降の輸入申告分
・新コードのACE展開:2025年9月16日0時01分(EDT)
・実務上の更正:9月16日以降に、8月7日以降分を新コードへ修正して整合させる

5 落とし穴その1:従量税や複合税は「従価税換算」で15%判定が動く
Column 1(General)が従価税(ad valorem)ではなく、従量税(例:kgあたり何セント)や複合税の場合、15%判定は「従価税換算(ad valorem equivalent)」で行う必要があります。

CBPは日本向けガイダンスで、従価税換算は「Column 1で支払うべき関税額を税関評価額で割る」と明記し、50セントの従量税を10ドルの評価額で割って5%になる例まで示しています。(GovDelivery)

ここで重要なのは、評価額が変わると従価税換算も変わり、15%以上か未満かの判定が揺れることです。移転価格、値引き条件、ロイヤルティ、アシストなど、評価論点が追加関税の有無にまで波及する可能性があります。

6 落とし穴その2:自動車・自動車部品はSection 232側にも15%ロジックが入る
日本向けガイダンスは、相互関税だけでなく、Section 232(自動車・自動車部品)についても「Column 1が15%以上なら追加232はゼロ、15%未満なら合計15%」というロジックを明示しています。(GovDelivery)
具体的には、乗用車・ライトトラックは9903.94.40(追加232ゼロ)または9903.94.41(合計15%)、部品は9903.94.42または9903.94.43という形で分岐します。(GovDelivery)

相互関税(IEEPA系)と232は根拠法も体系も異なるため、どちらの追加税が対象になるのか、Chapter 99の該当見出しを混同しないことが肝になります。

7 ビジネス実務での使い方:何を先に固めるべきか
この制度は、単に税率を読むだけでは不十分です。社内での意思決定やサプライチェーン設計に落とすなら、次の順番が現実的です。

1 品目別にColumn 1(General)を棚卸しする
15%以上の品目は追加相互関税がゼロになる可能性があるため、品目ミックスによっては着地コストが大きく変わります。(GovDelivery)

2 HS分類の精度を上げる
15%の境界線をまたぐ分類誤りは、追加税の有無を逆転させます。監査・事後調査で最も説明が苦しい類型なので、分類根拠(比較品、注解、機能説明、仕様書)を揃える投資対効果は高い領域です。

3 原産地の確からしさを上げる
Chapter 99は原産国別の運用です。原産地の揺れは、そのまま適用制度の揺れになります。

4 輸送中の経過措置に該当する貨物を抽出する
8月7日前後の積載・到着・申告タイミングで、10%扱いになるか、15%調整ルールの扱いになるかが変わります。(GovDelivery)

5 日本向けは8月7日以降分の修正要否を点検する
CBPは、9月16日のコード展開後に、8月7日以降分を新コードに修正できると説明しています。過大納付が疑われる場合は、PSCや抗議申立まで含めて社内の手順を整備しておくと、実務が止まりません。(GovDelivery)

主要ポイント早見表(研究結果フォーマットに準拠)

国名関税率出所備考
EU相互関税はColumn 1が15%以上なら0%、15%未満なら合計15%になるよう調整CBP CSMS 65829726申告:15%以上は9903.02.19、15%未満は9903.02.20。適用開始は2025年8月7日0時01分EDT。輸送中は条件付きで2025年10月5日まで10%(9903.01.25)。(GovDelivery)
日本相互関税はColumn 1が15%以上なら0%、15%未満なら合計15%になるよう調整CBP CSMS 66242844、連邦官報告示申告:15%以上は9903.02.72、15%未満は9903.02.73。対象開始は2025年8月7日0時01分EDT、コードは2025年9月16日0時01分EDTにACEへ展開。ACEが15%計算に置換する運用説明あり。(GovDelivery)

おわりに
「MFN15%以上なら追加関税ゼロ」は、言い換えると「追加関税は15%までの差額調整として設計され、境界線はColumn 1(General)15%に置かれている」ということです。EU向け・日本向けともに、CBPが申告コードまで指定して運用を明示しているため、制度の理解はここから逆算するのが最短です。(GovDelivery)

一方で、輸送中の経過措置、8月7日と9月16日の二段階(日本向け)、従価税換算が必要な品目、232との重なりなど、実務の落とし穴も増えています。
結局は、分類、原産地、評価の三点セットを固め、申告コードを正しく選び、必要なら修正・返金まで見据える。これが「15%調整弁」を利益に変えるための現実解です。