ホルムズ海峡、コンテナ網、航空貨物、保険、制裁をビジネス視点で整理する
公開日:2026年3月10日
はじめに
本稿でいう「イラン戦争」は、2月28日に米国とイスラエルがイラン領内を攻撃し、イランが報復を表明して以降に拡大した現在の戦争を指します。経営やサプライチェーンの現場でいま大切なのは、戦況を大づかみに眺めることではありません。どの輸送モードが止まり、どの契約条件が重くなり、どのコストが一段上がったのかを分けて理解することです。EASAは中東・ペルシャ湾の広い空域を高リスクとして扱い、関係事業者に当該空域で運航しないよう勧告しています。海上ではJMICがアラビア湾、ホルムズ海峡、オマーン湾の海上リスクをクリティカルのまま維持しています。
なお、海上通航の定量値として公に確認できた最新のJMIC更新は3月6日分で、主要船社の運用更新は3月9日分まで確認できました。本稿は、その一次情報と、3月9日から10日にかけてのReutersとAPの最新報道を組み合わせて整理しています。

まず結論
いま起きているのは、「中東の物流が一律に止まった」という単純な話ではありません。より正確には、港は開いていてもルートが機能不全になり、船は動いていても契約上の到達地が変わり、航空便は飛んでいても通れる空域が狭くなり、その結果として保険、迂回、荷渡し責任、在庫配置のすべてが重くなっています。JMICの最新の定量更新では、ホルムズ海峡の通常の商業通航はほぼ止まり、Maersk、MSC、ONE、CMA CGM など主要コンテナ事業者はサービス停止、予約停止、終航宣言、緊急サーチャージで対応しています。
具体的に影響が強いのは、ホルムズ海峡を通る油槽船とLNG船、UAEやカタールなど湾岸向けの輸入コンテナ、湾岸発の輸出コンテナ、空コンテナの回収、ドバイやドーハなど湾岸ハブ依存の航空貨物、そして戦争保険と制裁審査を伴う再荷揚げ案件です。ここを「中東向け案件」と一括りにしてしまうと、実務判断を誤ります。
1. いま最も深刻なのは、ホルムズ海峡を通る海上物流です
JMICの3月6日付更新では、海上リスクはクリティカルのままで、法的な全面閉鎖は宣言されていない一方、実務上は能動的な軍事危険が続く環境と整理されています。しかも、同更新が示した直近24時間の確認済み商業通航は4隻だけで、平時の平均約138隻から大きく落ち込みました。つまり、法律上の閉鎖より、保険、攻撃リスク、運航判断による実質停止が問題になっています。
ここで見落としやすいのは、危険が特定国籍船だけに閉じていない点です。JMICは、3月1日以降の事案のうち米国関連が確認されたのは1隻で、その他の攻撃は米国・イスラエル関連との確認が取れていないとしています。加えて、GNSSとGPSの干渉、AIS異常、ジャミングが続いており、航行そのものの安全性も落ちています。いまの海上物流は、ミサイルやドローンの直接被害だけでなく、誤認、衝突、操船余地の縮小という二次リスクまで含めて考える必要があります。
2. コンテナ物流は、すでに「遅延」ではなく「条件変更」の段階に入っています
Maerskは3月6日に、FM1とME11という中東関連の2サービスを一時停止しました。さらに3月9日時点の同社の更新では、湾岸向けの複数サービスで到着予定が未定のままの船や、Salalah、Jebel Ali、Jawaharlal Nehru などへ振り替えられた船が並んでいます。これは単に数日遅れるという話ではなく、ネットワークの前提そのものが崩れていることを示します。
MSCはさらに踏み込んでいます。3月1日に中東向けの全世界貨物の新規予約を停止し、3月3日にはアラビア湾向け貨物について、次の安全港で荷揚げする終航宣言を出しました。3月9日には、アラビア湾とペルシャ湾からの一部輸出貨物についても同様の終航宣言を発表し、指定港で荷揚げした時点で貨物の管理責任や費用負担が荷主側へ移ると明記しています。実務的には、船荷証券上の最終地に届く前提が崩れ、指定港から先の輸送を荷主が自ら組む局面に入っています。
他社も同じ方向です。ONEはペルシャ湾発着の新規予約受け付けを一時停止し、CMA CGMはイラク、バーレーン、クウェート、カタール、オマーン、UAE、サウジアラビアなど広い範囲に対して緊急紛争サーチャージを導入しました。料金は20フィートドライで2,000ドル、40フィートドライで3,000ドル、リーファーや特殊設備で4,000ドルです。Reutersは3月6日時点で147隻のコンテナ船が湾内で待避していると報じており、遅延は局地的なものではなく、設備不足とスケジュール崩れを通じてアジアと欧州のサプライチェーンへ波及し始めています。
3. いまの本当の難所は、「港が開いているのに普通には使えない」ことです
この点は誤解されやすいところです。Maerskの3月4日付の港湾更新では、Jebel Ali、Doha、Dammam、Jubail、Shuwaik、Umm Qasr、Bahrain、Duqm、Sohar、Salalahなど多くの主要港が開いています。つまり、港そのものが全面停止しているわけではありません。
それでも物流が機能しにくいのは、港湾の開閉と、船社がその港を通常ネットワークで扱うかどうかが別問題だからです。Maerskは3月6日時点で、UAE、オマーンの大半、イラク、クウェート、カタール、バーレーン、サウジ東部向けの予約受け付けを一時停止しました。さらに3月9日には、UAE、カタール、ダンマーム、ジュバイル、バーレーン、クウェート、イラク、オマーンのDuqm向け輸入で、空コンテナ返却を通常場所では受け付けず、Salalah、Sohar、Jeddahへ戻す暫定措置を出しています。これは、順方向の輸送だけでなく、空コンテナ回収や設備回転という逆物流まで壊れ始めていることを意味します。
4. エネルギー物流は、世界のコスト構造そのものを揺らしています
ホルムズ海峡の重要性は、ここを通る貨物の中身を見るとよくわかります。EIAによれば、2024年と2025年第1四半期のホルムズ通過量は、世界の海上石油取引の4分の1超、世界の石油・石油製品消費の約5分の1を占めました。LNGも2024年に世界貿易量の約5分の1がここを通っています。しかも2024年には、ホルムズを通る原油・コンデンセートの84パーセント、LNGの83パーセントがアジア向けでした。日本企業にとってこれは遠い戦争ではなく、エネルギーと原材料の到着条件そのものの問題です。
足元では、物流の混乱がすでに生産側へ逆流しています。Reutersは3月9日、サウジアラビアが油田で減産を始め、イラク、クウェート、カタール、UAEも出荷の詰まりと保管余力の限界から減産していると報じました。同じ記事では、サウジが原油輸出をパイプラインで紅海側へ振り替え、カタールはLNG輸出を停止しているとも伝えています。輸送障害が長引くと、これは単なる海上運賃の問題ではなく、燃料、石化原料、肥料、樹脂、金属製錬コストまで押し上げる供給問題に変わります。
さらに重要なのは、今回のショックが空白の状態に重なったわけではないことです。EIAによれば、2025年上期のバブ・エル・マンデブ経由とスエズ・SUMED経由の石油フローは、いずれも2023年のおよそ半分の水準まで落ちていました。紅海側がすでに弱っているところへ、ホルムズ側の障害が重なったため、代替経路の余力は思ったほど大きくありません。だから今回の混乱は、単独のチョークポイント問題ではなく、複数の要衝が同時に細る複合障害として見るべきです。
5. 航空物流も「代替手段」ではなく、今は制約源になっています
EASAの3月6日改訂のCZIBは、バーレーン、イラン、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、オマーン、カタール、UAE、サウジアラビアの空域を対象に、関係事業者へ当該空域で運航しないよう勧告しています。有効期限は3月11日までで、少なくとも今日時点ではまだ有効です。航空貨物の視点では、単なる飛行時間の延伸ではなく、そもそも使える空の回廊そのものが狭くなっている状態です。
実際の影響も大きいです。Reutersは、2月28日から3月9日までに中東発着で4万便超が欠航し、3月5日時点でもドバイ国際空港の発着は通常の約25パーセントにとどまっていたと報じています。別のReuters記事では、戦争開始後に一部のジェット燃料価格が倍増しているとされています。旅客便の大規模欠航は、そのままベリー貨物の供給減に直結するため、航空物流を海上物流の代替弁として使う難度はむしろ上がっています。
足元の価格シグナルも緊張しています。Freightosの3月10日時点の指標では、Greater China から Middle East 向けのCurrent FAXは1キロ当たり6.02ドルです。Freightosは3月4日の分析で、今回の戦争が空輸レートを押し上げていると整理しました。航空便は残っていても、安い、早い、安定している、の3点を同時に満たしにくくなっています。
6. 保険と制裁は、いまや物流の付随論点ではありません
Reutersによれば、湾岸向けの戦争保険料は一部で1,000パーセント超上昇し、船体戦争保険は船価の0.25パーセント程度から3パーセント程度まで跳ね上がる例が出ています。2億ドルから3億ドル級の船では、1航海当たり750万ドル規模のプレミアムになりうる計算です。JMICも、法的閉鎖の有無とは別に、保険条件そのものが通航判断の実質的なゲートになっていると示しています。つまり、動けるかどうかは海峡の法律だけでなく、保険者がどう値付けし、どこまで引き受けるかで決まります。
制裁実務も同じです。OFACのIran Sanctionsページは2026年1月30日、2月6日、2月25日の直近アクションを掲げており、1月23日には特定のブロック対象者や船舶に関する限定的な安全・環境取引と荷揚げを認めるGeneral License Tを出しています。これは、非常時の荷揚げや安全対応であっても、船名、運航管理会社、荷役相手、その先の輸送まで含めて制裁スクリーニングが必要だということです。今回の物流実務では、通すか止めるかだけでなく、どの相手と、どの港で、どう降ろすかがコンプライアンス問題になっています。
7. 経営判断として、今すぐ切り替えるべき見方
第一に、湾岸向け貨物は「開港しているか」ではなく、「通常契約で最終地まで運べるか」で管理すべきです
MSCが示したように、指定安全港までで契約が打ち切られ、その先の責任と費用が荷主へ移る可能性が現実化しています。営業部門が従来通りの納期約束を出し、物流部門が後から現場で帳尻を合わせる運用は、今の環境では破綻しやすいです。
第二に、湾岸向け案件では、空コンテナ回収と設備回転を別管理にしてください
今回のMaerskの空コンテナ返却措置が象徴するように、逆物流が崩れると、次便の確保だけでなく、滞留費用や超過使用料、設備不足まで連鎖します。いま見るべき指標は、海上運賃だけではなく、空コンテナ回転日数、指定返却地までの内陸費、指定港での保管日数です。
第三に、航空便は緊急避難の万能策ではないと考えるべきです
EASAの勧告が続き、中東の主要ハブが長期間にわたり通常運用から外れると、航空は海上の代替ではなく、高単価貨物に限定して使う救急車に近づきます。どの商品群を空へ逃がし、どの商品は納期を延ばし、どの商品は代替市場へ振るかを、営業、調達、生産、財務の共同判断に置き換える局面です。
まとめ
2026年3月10日時点で、イラン戦争の影響を最も強く受けている物流は、ホルムズ海峡経由の海上物流、湾岸向けコンテナネットワーク、湾岸ハブ依存の航空物流、そしてそれらに付随する保険と制裁実務です。港が開いていることは安心材料にならず、通常ルートと通常契約が維持できることが本当の指標になっています。経営の現場では、中東案件を「通常運賃の延長線」で扱うのをやめ、「契約到達地の変化」「責任移転」「設備回転」「燃料と保険の同時上昇」を一つの経営課題として管理することが、いま必要です。
免責事項
本記事は2026年3月10日時点で確認できたEASA、JMIC、EIA、OFAC、Maersk、MSC、CMA CGM、Reuters、APなどの公表情報に基づく一般的な解説であり、個別取引に対する法的助言、制裁判断、保険引受判断、輸送契約上の責任判断を代替するものではありません。実務対応では、最新の船社アドバイザリー、保険条件、制裁リスト、当局通達、個別契約条件を必ずご確認ください。
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