判決後の実務停滞を、企業目線で読み解く
はじめに
2026年2月20日、米連邦最高裁は、国際緊急経済権限法(IEEPA)が大統領に関税を課す権限を与えていないと判断した。これを受けて連邦政府はIEEPAに基づく追加関税の終了に動き、CBP(米税関国境警備局)も米東部時間の2月24日以降、対象税番をACE上で停止した。にもかかわらず、企業の口座に資金がすぐ戻らないのは、権利関係が弱いからではない。返金の法理は大きく前進した一方で、返金を実行するCBPのシステムと手順が、その規模に追いついていないからだ。
結論
今回の争点は、もはや「還付が認められるか」だけではない。米国際貿易裁判所はAtmus Filtration事件で、IEEPA関税の対象だった輸入者は最高裁判断の利益を受けると述べ、未確定エントリーはIEEPA関税を除いて税額確定し、最終化していない確定済みエントリーはIEEPA関税を除いて税額再確定するよう命じた。企業側の論点は、権利の有無より、その権利がどの順番と手段で現金化されるかに移っている。
なぜCBPで遅延が続くのか
CBPが裁判所に出した宣誓書によれば、2026年3月4日時点でIEEPA関税の対象は33万超の輸入者、5300万超のエントリー、徴収・預託済み資金は約1660億ドルに及び、なお約2010万件が未確定のままだ。CBPは、この規模に対して現行システムでは直ちに対応できないと説明している。ここで起きているのは、数社の返金遅延ではなく、米通関システム全体にまたがる大規模な再計算の滞留である。
ボトルネックの中心は、CBPの基幹システムACE(Automated Commercial Environment)だ。CBPによれば、ACEの大量更新処理は1回あたり1万行までに制限され、対象のエントリー明細は16億行超にのぼる。しかも、申告実務ではIEEPA関税が常に独立して明瞭に積み上がっているわけではなく、通常関税側にまとめて納付されている案件もあるため、IEEPA分だけを抜き出して還付額を確定するには、かなりの範囲で手作業が必要になる。
さらに厄介なのは、還付作業の最中にも税額確定の時計が進み続けることだ。CBPは正式通関分を毎週金曜午前2時にACEで自動確定しており、2026年3月6日には約33.9万件、3月13日には約33.3万件のIEEPA関税付きエントリーがそのサイクルに入っていた。非正式通関分でも、2月24日より前に申告された案件のうち約400万件がなお未確定で、CBPはその自動確定を止める仕組みがないと説明している。
見落とされがちだが、返金の受け皿にも問題がある。CBPは2026年2月6日から、原則としてすべての還付を電子送金に切り替えたが、IEEPA関税を支払った輸入者のうち、電子還付の設定を完了していたのは2万1423者にとどまっていた。しかも、ACEで必要なACH情報が未整備だと認定済みの返金でも拒否され、受取側の銀行情報不足だけが理由なら利息も付かない。制度変更後だけでも、設定未了を理由に7700件の還付が処理できなかった。
日本企業が読み違えやすいポイント
ここで経営者が誤解してはいけないのは、IEEPA関税の停止と、対米輸入コスト全体の消滅は別の話だという点である。大統領令14389はIEEPAに基づく追加関税の終了を指示した一方で、第232条関税や第301条関税には影響しないと明記している。さらに、2026年2月24日からは通商法122条に基づく一時的な10パーセントの輸入課徴金も導入されている。つまり、IEEPA分の還付が見込めるからといって、今後の米国向け原価がそのまま軽くなるわけではない。
このため、企業は「過去に払い過ぎたIEEPA関税の回収見込み」と「現在進行形で発生する別系統の関税コスト」を、会計上も経営上も切り分けて見る必要がある。前者は回収までの時間差を伴う資金回収の問題であり、後者は販売価格、調達条件、在庫評価に直結する現在の採算問題だからだ。両者を混ぜると、返金期待を資金繰りに先食いで織り込む誤りが起きやすい。
企業が今すぐやるべきこと
第一に、IEEPA関税に触れたエントリーを、未確定、確定済みだが最終化前、すでに最終化済みの三層に分けて棚卸ししたい。ここでいう確定とは、CBPのliquidation、つまり税額確定のことだ。Atmus Filtration事件の命令は、少なくとも未確定案件と、まだ最終化していない確定済み案件について、IEEPA関税を外した処理を明示している。古い案件まで一括で管理すると、優先順位がぼやけ、社内説明も曖昧になる。
第二に、ACEポータルとACH返金設定を急ぐべきだ。CBPの電子還付は、原則として米国銀行口座への送金が前提で、第三者受取を使う場合も指定先がACEとACHの設定を完了していなければならない。CBPは、輸入者がACEで対象エントリーを申告し、ACEがIEEPA関税を外して再計算し、財務省が輸入者単位で電子還付する新機能を45日で準備したいとしている。最終的な仕様は今後の案内を待つ必要があるが、受取口座の未整備はそれ自体が遅延要因になる。
第三に、誰がImporter of Recordだったのかを、案件ごとに明確にしておきたい。CBPが裁判所に示した新機能案は、還付と利息を輸入者単位で集約する前提で組まれている。日本本社、米子会社、販売代理店、通関委任先の名義が案件ごとに揺れている企業ほど、返金の行き先と社内配賦で混乱しやすい。通関業者、米国側経理、税務、法務のデータを一本化し、エントリー番号、申告日、税額確定日、納付内訳、返金口座情報を即座に照合できる状態にしておくべきだ。
第四に、還付入金の時期は保守的に見るべきだ。CBPは、53,173,939件を現行方式で処理すると約443万時間の作業が必要になると試算し、新しいACE機能により400万時間超を削減できるとしている。方向性は見えているが、入金は即時ではない。システム実装、裁判所の管理、輸入者側の設定完了、データ整備の四つが揃って初めて、還付は実務として回り始める。
今後の見通し
実務上の着地点として最も現実的なのは、CBPが裁判所に示した新しいACE機能に沿って、輸入者が対象エントリーをまとめて申告し、ACEがIEEPA関税を除いて自動再計算し、財務省が電子還付する流れが固まることだ。CBPは、この方式なら還付と利息を輸入者単位でまとめて処理でき、既存の個別返金より大幅に効率化できると説明している。企業側としては、制度の完成を待つより、制度が動き出した瞬間に自社案件を流せる準備を整えておく方が、はるかに実務的だ。
まとめ
今回のIEEPA関税問題は、法律論が勝っても、実務が整わなければキャッシュは戻らないという事実を端的に示している。最高裁の判断、大統領令、CBP通達、裁判所命令はいずれも大きな前進だが、企業が本当に回収できるかどうかを左右するのは、ACE設定、エントリー管理、社内連携、資金計画の精度である。ニュースとして追う段階は終わりつつあり、これからは返金を受け取れる会社が先に前へ進む局面に入っている。
免責事項
本記事は2026年3月8日時点の公開情報に基づく一般的な情報提供であり、個別案件に対する法律、税務、会計、投資その他の助言を目的とするものではありません。具体的な申告、還付対応、会計処理、契約判断、訴訟対応については、米国通関実務に精通した弁護士、税務専門家、通関業者に個別に確認してください。
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