ASW/NSW障害が起きたとき、貨物を止めないために

ASEAN e-Form D完全電子化時代の各国運用と代替手順

2024年1月1日から、ATIGAの原産地証明書Form Dは、ASEAN域内で原則として電子(e-Form D)での発給・受理が前提になりました。今や優遇税率の適用は「紙があるか」ではなく、「電子で届いているか」「輸入国システムで参照できるか」に依存します。つまりASWや各国NSWの障害は、通関遅延や保税費用の増加だけでなく、優遇税率の否認という形で利益に直撃します。

本稿では、ASW/NSW障害を「どこで止まったか」に分解し、各国で現実に採られている代替手順を、実務で使える形に整理します。結論から言うと、例外的に紙のForm Dへ戻るルートは残っています。ただし、それは無制限な救済ではなく、技術障害時に限定された「非常手順」です。


1. まず押さえるべき前提:ASWとNSW、そして「紙は例外」

ASW(ASEAN Single Window)は、各国のNSW(National Single Window)を接続し、域内で電子データを相互交換する基盤です。ATIGA e-Form Dは、その代表的な交換文書です。(customs.gov.sg)

そして2024年1月1日以降の大原則は次の通りです。

・e-Form Dの発給・受理が「通常運用」
・紙のForm Dは「技術的な問題が発生した場合にのみ」発給・受理される例外
・輸入国は、優遇税率の申告で提出された紙Form Dを拒否し得る(つまり紙があっても安心できない)

この前提を誤ると、障害時に紙を送っても通関で止まり、結果的に時間とコストを失います。


2. 障害は4か所で起きる:どこが止まったかで手順が変わる

ASW/NSW関連のトラブルは、原因箇所が違うと最適解が変わります。実務上は次の4分類が役に立ちます。

障害の位置現場で起きることまず確認するもの代替の基本方針
1 輸出国の発給システム(NSW/発給ポータル)そもそも申請・承認ができない発給機関の障害告知、申請受付可否国ごとの「手動発給」手順へ切替
2 輸出国のASWゲートウェイ承認済だが輸入国へ送れないゲートウェイ障害告知、送信ログ例外的に紙Form Dを発行し送付
3 輸入国側の受信・照会システム(NSW/税関側)輸入国で「見つからない」受信ステータス、照会画面再送要求、紙への一時回帰(条件付き)
4 データ不整合・差し替え二重発行、修正後が反映されない参照番号、取消・再発行状況再発行+取消のルールに従う

この切り分けができると、社内で慌てて「とりあえず紙を作る」事故を減らせます。


3. ASEANの合意としての非常手順:紙Form Dへ戻れるのはいつか

「紙へ戻れるか」は、国の裁量ではなく、ATIGA運用(OCP)とASW運用の合意に沿います。公表資料から読める実務上の境界は次の通りです。

・e-Form Dを申請した場合、手動(紙)Form Dは技術的な不具合やシステム障害があるときに限り認める
・e-Form Dが輸入国側で認識されているのに紙も要求するような運用は、例外に限定すべきという方向性が確認されている

さらに、マレーシアMITIは「ASWの技術問題が速やかに解決されない場合や、受信能力がない港湾では紙Form Dを使う」旨を、ASW技術作業部会での合意として明示しています。(MITI)


4. 国別に見る「現実に動く代替手順」

4-1 マレーシア:ASWゲートウェイ障害時の紙Form D発行フローが明文化されている

マレーシアは、ASWゲートウェイ障害が発生した際に、紙Form Dへ一時回帰する手順を具体的に示しています。たとえば2026年1月の障害では、ASWゲートウェイが停止しe-Form Dの送受信ができなくなったため、紙Form Dの発行へ戻すと告知しました。

手順の骨格は次の通りです。
・ePCOで申請と承認は通常通り進める
・承認済のe-Form D参照番号を、指定窓口へ連絡
・電子署名・電子印影が付された紙Form DをA4で印刷し、輸入者へ送付
・輸入者はそれを通関で提示する

ここで重要なのは、紙へ戻るとはいえ「電子署名・電子印影付きの印刷物」という位置付けであり、単なる手書きや社内様式では代替にならない点です。

また、マレーシアは障害からの復旧(送受信再開)も告知しており、障害は一時的であること、復旧後は電子へ戻ることが前提です。(MITI)

4-2 シンガポール:原則e-Form D、ただしASW停止時のみ紙が動く

シンガポール税関は、ASWがNSWを接続する仕組みであること、そして2024年1月1日以降はe-Form Dの完全実施であることを明示しています。輸入国側が紙Form Dを拒否し得る点も明確に注意喚起しています。(customs.gov.sg)

一方で、シンガポールの実務ガイドでは、ASWに技術的な問題があり停止している場合に限り、紙Form Dの印刷・交付が行われる旨が書かれています。つまり「紙は非常時のバックアップとして残るが、通常ルートではない」という整理です。

さらに、NSWそのもの(TradeNet)が利用できない場合の手動発給についても、必要書類を含めた案内があります。輸出国側NSW障害の典型例として、社内BCP設計に使えます。(customs.gov.sg)

4-3 タイ税関資料に見る、ASEAN運用上の線引き

タイ税関が公開しているROO運用課題のマトリクスには、加盟国間で確認された重要な実務判断が載っています。
・技術問題やシステム障害時は、OCPの規定に従ってe-Form Dの代わりに紙Form Dの提出を認める
・e-Form Dを申請した場合、手動Form Dの発行はe-Form Dに技術的な問題がある場合に限定する

「紙が万能な逃げ道ではない」ことを、ASEANの運用合意として裏付ける材料になります。


5. 障害時に強い会社がやっている、社内手順の作り方

5-1 輸入者へ渡すべき情報は「参照番号」が中心になる

ATIGAのガイドブックでは、優遇税率を主張する際、輸入者が輸入申告でe-Form Dの参照番号やインボイス等の情報を提出することが定められています。障害時ほど、参照番号の共有と整合が重要になります。

5-2 再送要求という選択肢を、社内手順に入れておく

同ガイドブックでは、技術障害などでデータ損失が起きた場合、受信国が送信国へe-Form Dの再送を求め得ることが明記されています。
輸入国で「見つからない」と言われたとき、すぐ紙へ倒す前に、再送ルートの有無を確認する価値があります。

5-3 すぐ使えるチェックリスト

障害発生時の初動を、社内で定型化しておくと強いです。

  1. どこが止まったか(発給、ゲートウェイ、輸入国照会、不整合)を分類
  2. 公式の障害告知を保全(発給機関、税関、NSW運営者の告知)
  3. 輸入者・通関業者へ、参照番号と状況(承認済か、送信済か、受信不可か)を即共有
  4. 紙Form Dへ回帰する場合は、技術障害時に限られることを前提に、電子署名・電子印影付きの正式な出力であることを担保
  5. 復旧後の電子再送、差し替え、取消の要否を確認し、二重運用を避ける

6. まとめ:最小コストで最大の止血をする発想

ASW/NSW障害は、どんなに電子化が進んでもゼロにはなりません。だからこそ実務では、次の整理が効きます。

・紙Form Dは「技術障害時の非常手順」として残るが、通常運用ではない
・輸入国は紙を拒否し得るため、障害の事実と正式な代替手順に基づくことが必須
・参照番号の共有、再送要求、差し替えと取消の手順まで含めてBCPに組み込む

もし貴社の運用(どの国向け、どの協定利用、AWSCの認定有無、商流が直送か三国間か)を前提に、障害時フローを社内規程レベルに落とし込みたい場合は、想定ケースを3つほど並べて、社内手順書の形に整えた案も作れます。