2026年2月1日、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の事務局機能を持つ各国の政府機関から、実務家にとって待望の資料が公表されました。それは、英国の加盟によって新たに適用可能となった完全累積ルールの具体的な活用事例集です。
英国がCPTPPに加わったことは、単に輸出先が一つ増えたという話ではありません。それは、欧州の工業力とアジアの生産拠点が、一つの原産地規則の下で統合されたことを意味します。
本記事では、公表された事例を基に、完全累積という仕組みがどのようにサプライチェーンのコスト構造を変革するのか、そして日本企業が取るべき戦略について深掘り解説します。

完全累積とは何か。足し算で原産地を勝ち取る仕組み
まず、CPTPPの最大の特徴である完全累積(Full Cumulation)について整理します。
従来の多くのFTA(自由貿易協定)では、ある国で生産された部品が原産品(その国の製品)として認められるためには、その国の中で一定の加工基準を満たす必要がありました。基準を満たさない部品は、単なる外国産の材料として扱われ、次の工程での原産地判定に貢献しませんでした。
しかし、CPTPPの完全累積制度はこれを根本から変えます。このルール下では、部品そのものが原産品であるかどうかに関わらず、加盟国間で行われた生産活動(付加価値や加工工程)をすべて足し合わせることができます。
つまり、英国で行われた加工による付加価値と、日本で行われた加工による付加価値、さらにベトナムで行われた組み立ての付加価値をすべて合算し、最終製品の原産地判定に用いることが可能になるのです。これは、サプライチェーン全体を一つの巨大な工場とみなす考え方です。
公表された事例が示す黄金のルート
今回公表された事例の中で、日本企業にとって特にインパクトが大きいのが、日英アジアをまたぐサプライチェーンモデルです。
英国製高機能部品の活用事例
ある日本の産業機械メーカーのケースを見てみましょう。このメーカーは、英国のサプライヤーから特殊なセンサー部品を調達しています。
これまでの日EU・EPAを利用する場合、このセンサーは欧州原産として扱われますが、それを組み込んだ機械をベトナムやカナダへ輸出する場合、日EU・EPAは使えません。また、CPTPPを使おうとしても、英国が加盟する前は、このセンサーは単なる域外の部材(非原産材料)として扱われ、原産資格を満たすための足かせとなっていました。
しかし、英国がCPTPP加盟国となったことで状況は一変しました。英国製センサーのコスト分は、CPTPP域内の原産材料として計算式(関税分類変更基準や付加価値基準)に組み込むことができます。これにより、日本での加工度が低くても、あるいはベトナムでの最終工程が単純なものであっても、完成品全体としてCPTPP原産品の資格を取得しやすくなりました。
結果として、ベトナムからカナダやメキシコへ輸出する際の関税をゼロにすることが可能になります。欧州の技術(英国)と日本の品質管理(日本)、そしてアジアのコスト競争力(ベトナム)を組み合わせた製品が、北米市場(カナダ・メキシコ)で無関税の恩恵を受けるという、地球規模の勝ちパターンが成立したのです。
企業が今すぐ見直すべき調達戦略
この事例が示唆しているのは、調達ソースの見直しが急務であるという事実です。
欧州調達の再評価
これまで、CPTPPを利用するために、あえて品質やコストで劣る加盟国内(アジア圏)のサプライヤーを選定していた企業もあるかもしれません。あるいは、英国製の部品を使いたくても、関税の観点から諦めていたケースもあるでしょう。
今後は、英国メーカーをCPTPPサプライチェーンの正式なパートナーとして組み込むことが可能です。特に、航空宇宙部品、自動車のパワートレイン、高度な化学薬品など、英国が強みを持つ分野においては、調達先を英国へ切り替えることで、製品の品質向上と関税削減を両立できる可能性があります。
証明書類の管理プロセス
ただし、実務上の注意点もあります。完全累積を適用するためには、英国のサプライヤーから、その部品がCPTPPのルールに基づいて生産されたこと、あるいはどの程度の付加価値が英国で付与されたかを示す情報提供を受ける必要があります。
日EU・EPA向けの書類とは様式や記載事項が異なるため、英国側のサプライヤーに対してCPTPP専用の協力要請を行う必要があります。
まとめ
英国のCPTPP加盟と完全累積ルールの適用は、日本企業のサプライチェーン戦略に欧州という新しいカードを与えました。
これまで分断されていた日欧の貿易と、環太平洋の貿易がリンクしたことで、調達と生産の自由度は飛躍的に高まりました。公表された事例を自社の商流に当てはめ、英国部材を活用した新しい原産地戦略を描ける企業こそが、グローバル市場での価格競争力を制することになります。
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