EUにおけるHSコード事前教示制度

EUにおけるHSコード事前教示制度の実務ガイド

EUでは品目分類についてBTI(Binding Tariff Information:品目分類の拘束的事前情報)、原産地について**BOI(Binding Origin Information:原産地の拘束的事前情報)と呼ばれる事前教示制度が整備されています。法的根拠はUCC(Union Customs Code:EU関税法、規則952/2013)**で、2019年10月1日以降はEU Customs Trader Portalを通じた電子申請が義務化されました。

運用主体と公式URL

運用主体:各EU加盟国の税関当局がBTI/BOIを発給します。申請はEU Customs Trader Portal(eBTI)経由で行います。

主要リンク

  • 欧州委員会BTI概要・申請ガイド(TAXUD)
  • BTI公開データベース(EU全加盟国の決定を検索可能、機密情報を除く)
  • 各国税関サイト(ルクセンブルク、アイルランド、フィンランド等が詳細な実務案内を提供)

申請から裁定までのプロセス

1. 申請者・提出先

申請者は自社の所在する加盟国、または決定を使用する予定の加盟国の税関に対し、EU Trader Portal上で申請します。EORI番号(EU共通の経済事業者登録識別番号)が必須です。

2. 申請方法(電子提出)

EU Customs Trader PortalからeBTIにログイン→申請フォーム入力→裏付資料(写真、図面、組成データ等)を添付→送信。

3. 受理判断

税関は申請受領後30日以内に受理可否を判断し、申請者に通知します。受理日が以後の法定審査期限の起算点となります。

4. 裁定の発出

受理日から120日以内にBTI/BOIを発給します。審査に追加情報や分析が必要な場合、最大30日の延長が認められます(BOIについても同様)。

5. 通関での使い方

申告書の所定欄に文書コードC626とBTI/BOI番号を記載します。BTI/BOIは申請者(保有者)のみが使用でき、全EU税関を拘束します(同一の事実・条件に限る)。


申請に必要な情報

BTI申請では、品目の詳細な技術情報を提供する責任が申請者にあります:

  • 品目の用途・機能・構造・作動原理
  • 材質・組成(重量%)、製造工程
  • 図面・写真・カタログ・取扱説明書、必要に応じサンプル
  • 申請者の分類見解(CN8桁/HS6桁)と法的根拠(GIR、部注、類注)
  • EORI番号および連絡先

BOI申請では、製造工程、投入材の内訳、適用する原産地規則、証憑など、原産判定に必要な全情報を添付します。

原則:1申請=1品目(分類に影響しない軽微な差異のみを束ねることが可能)。


処理期間

  • 受理まで:30日以内
  • 裁定まで:受理日から120日以内(必要に応じ最大30日延長)

有効期間と拘束力

有効期間:原則3年(BTI・BOI共通)。

早期失効・取消:法改正、CN・HS改訂、EU裁判所判決、WCO勧告等により、有効期間内でも失効・取消されることがあります。

経過措置(延長使用):失効・取消となった場合でも、既存の拘束的契約に基づく取引に限り、最大6か月の使用継続が認められる場合があります。


費用

発給手数料:無料。ただし、サンプル分析・専門鑑定・返送等の実費は申請者負担となり得ます。


実務上の重要事項

公開データベース:BTI決定は公開DBで検索可能(機密部分を除く)。先例調査に有用です。

申告義務:BTI/BOI番号(C626)を申告書に必ず記載。保有者本人またはその代理人のみ使用可能です。

適用範囲:申請時の事実関係と同一貨物が前提。仕様変更・工程変更時は再検討が必要です。

不受理の典型例:仮想案件(実需の裏付けがない)、同一事案が既に係属中、情報不足。

不服申立・手続保障:UCCに基づき、不利益処分前の聴聞権(right to be heard)および二段階以上の不服申立の権利が保障されています。

申請先の選択:自社所在国が通常ですが、決定を使用する加盟国に出す選択肢も規定されています。

最近の動向BVI(Binding Valuation Information:評価の拘束的情報)制度が2027年12月1日から導入される予定です(EU規則2024/1071および2024/1072)。将来的に分類(BTI)/原産(BOI)/評価(BVI)の三位一体運用が実現します。


申請準備チェックリスト

  1. EORI登録:未取得なら先に登録
  2. 技術資料の整備:用途・機能/構造/組成%/工程+写真・図面・カタログ
  3. 申請単位の確認:1申請=1品目(同質品の束ね方を検討)
  4. スケジュール管理:30日(受理)+120日(審査)を逆算。照会・分析が入ると延びるため余裕を確保
  5. 先例検索:BTI DBで類似品を確認(他社のBTIは自社を直接拘束しない点に注意)
  6. 通関運用の準備:C626+BTI/BOI番号の記載漏れ防止、同一性(仕様不変)チェック、失効・取消時の6か月猶予の可否判断

主要根拠法令・ガイダンス

  • 欧州委員会(TAXUD):BTI/BOI概要、eBTI申請方法、審査枠組み(2025年2月改訂版公表)
  • 各国税関公式案内:EU Trader Portal提出、EORI要件、C626記載、3年有効等
  • BOIガイダンス:3年有効、120日以内の発給
  • UCC(規則952/2013)第34条:有効期間と経過措置(最大6か月の延長使用)
  • 費用:発給無料、分析等の実費は申請者負担

(確認日:2025年10月15日)

REX(登録輸出者)システムに関する企業向け実務ガイド

皆様からREXに関する関心が多いことから、今回まとめてみました。

はじめに:日本企業にとっての結論
日EU・EPAを利用して日本からEUへ輸出する場合、REX登録は不要です。6,000ユーロを超える貨物で原産地を自己申告する際の「輸出者参照番号」には、EUのREX番号ではなく、**日本の「法人番号」**を記載します(未付番なら空欄可。住所の記載で代替可)。Taxation and Customs Union


1. REX(登録輸出者)システムとは?

REX(Registered Exporter)は、原産地自己申告を可能にするための輸出者登録制度です。EU側の輸出者GSP受益国の輸出者が、REX番号をインボイス等の**Statement on origin(原産地に関する申告)**に記載して特恵を申請する仕組みです。Taxation and Customs Union


2. REXが必要となる主なケース(日本からの輸出以外)

輸出ルート適用される制度/協定6,000ユーロ超の場合の要件
EU → 日本 などEUが締結するFTA(例:EU–Japan、CETA、UK TCA等)EU側輸出者にREX登録が必要(自己申告で特恵申請)。EU Trade+1
GSP受益国 → EUGSP(一般特恵)受益国の輸出者にREX登録が必要(自己申告で特恵申請)。Taxation and Customs Union

したがって、REXは**「EU側が輸出者」または「GSP受益国が輸出者」のときに関係し、日本からEUへ輸出する場合には直接関係しません**。Taxation and Customs Union


3. 日EU・EPAにおける日本の輸出者の対応

3.1 輸出者参照番号には「法人番号」を記載

  • 自己申告文(Statement on origin)をインボイス等に記載する際、**日本側輸出者の輸出者参照番号は「法人番号(13桁)」**です。Taxation and Customs Union
  • 未付番の場合空欄可で、住所を「場所及び日付」欄に記載して輸出者を識別できます。Taxation and Customs Union
  • EU税関による照合のため、国税庁「法人番号公表サイト(英語版)」に社名・所在地が表示されるよう設定しておくことを推奨します。Taxation and Customs Union

3.2 6,000ユーロ閾値の考え方

  • EU側輸出者6,000ユーロ以上でREXが必要、未満は不要。EU Trade
  • 日本側輸出者はREX不要で、基本は法人番号を用います(未付番時は空欄可)。「日本側に6,000ユーロ超=番号必須」という定めは明文化されていませんTaxation and Customs Union

3.3 代替手段:輸入者の知識(Importer’s knowledge)
輸出者の自己申告に代えて、EU側輸入者の知識に基づき特恵申請することも可能です。輸入者は原産性を示す資料を保持・提示できる必要があります。Taxation and Customs Union


4. 実務上のチェックリストと注意点

4.1 原産地自己申告文(Statement on origin)の記載【重要】

  • **PSR(CTH、RVC等)の“具体語”を書き込む必要はありません。一方で、附属書3‑Dの注記(4)に従い、A/B/C/D/Eの「コード」(例:A=完全生産、B=品目別規則充足、E=寛容差 等)は該当すれば記載します。多くのケースでは「B」**になります。wko.at+1
  • 輸出者参照番号(日本側=法人番号)原産地(EUまたはJapan)、**有効期間(複数出荷の場合)**など、附属書3‑Dで定める要素を満たすこと。Taxation and Customs Union
  • 保存義務:自己申告文と原産性に係る記録は最低4年間保存。Taxation and Customs Union

4.2 取引先(EUの輸入者)からREX番号を求められた場合
REXはEU側輸出で使う番号であり、日本からEUへの輸出では法人番号を用いる旨を説明します。必要に応じて、**法人番号公表サイト(英語版)**の掲載で確認可能にします。Taxation and Customs Union

4.3 用語の混同に注意

  • REX番号EU側GSP受益国側登録輸出者番号(自己申告のため)。Taxation and Customs Union
  • 法人番号日本側輸出者が日EU・EPAで輸出者参照番号として用いる番号。Taxation and Customs Union
  • EORI番号EU域内で通関手続を行う事業者の登録番号(REXとは用途が異なる)。EU Trade

5. まとめ

  • REXの基本EU側輸出者GSP受益国の輸出者6,000ユーロ超の貨物で自己申告する際に用いる登録番号EU Trade+1
  • 日本企業の対応日本→EUではREX不要輸出者参照番号=法人番号を記載(未付番時は空欄可・住所で代替)。Taxation and Customs Union
  • 実務最重点PSRの具体語(CTH等)の記載は不要だが、A/B/C/D/Eのコード必要に応じ記載裏付け資料の4年間保存法人番号の英語表記公開を徹底。wko.at+1

確認(根拠)

  • 日本側=法人番号/EU側=REX、輸出者参照番号の空欄許容と住所記載の代替、保存期間4年、自己申告文の構成要素:EU–Japan EPA 共同ガイダンスTaxation and Customs Union
  • EU側輸出者のREX要否(6,000ユーロ閾値)Access2Markets「Statement on origin」。EU Trade
  • EU–Japan(双方)での自己申告フレーム、EU側輸出はREX登録が前提/日本側は法人番号:Access2Markets EU–Japanページ。EU Trade
  • GSPはREX必須:欧州委「GSP」ページ(受益国輸出者はREXで自己申告)。Taxation and Customs Union
  • 附属書3‑D注記(4)のコード(A/B/C/D/E)官報版 附属書3‑DおよびAccess2Marketsの記載。wko.at+1
  • **輸入者の知識(Importer’s knowledge)**の要件:EU–Japan EPAガイダンス(Importer’s knowledge)Taxation and Customs Union

EUにおけるFTA原産地証明のためのサプライヤー証明(SD)実務ガイド

YouTubeでの簡易説明あります。

EU域内でFTA(自由貿易協定)を利用する際、輸出産品の原産性を裏付ける**サプライヤー証明(Supplier’s Declaration; SD)**について、企業のご担当者向けに実務目線で解説します。

【最重要ポイント】

本ガイドで扱うサプライヤー証明(SD)は、輸入国で特恵関税を主張する際に税関へ提出する「証拠書類」そのものではありません。
SDは、輸出者が原産地に関する申告(Statement on origin; SoO)やEUR.1/EUR‑MED等の原産地証拠を作成するための裏付け書類です。SD自体は輸入時の証拠にはならない点を必ず押さえてください。 Taxation and Customs Union+1


1. サプライヤー証明(SD)とは

目的:サプライヤーが納入する原材料・部品または完成品の特恵原産性の有無等を、買手(多くはEU内の輸出者)に書面で宣言する仕組み。輸出者はこの情報を根拠にSoOやEUR.1等の原産地証拠を整備します。 Taxation and Customs Union

法的根拠UCC実施規則(Implementing Regulation (EU) 2015/2447)
附属書22‑15〜22‑18に各様式(単発/長期、原産あり/なし)が規定されています。 EUR-Lex


2. SDの種類と使い分け(実務早見表)

様式種別典型用途有効期間主な記載事項(抜粋)実務ポイント
22‑15単発・原産性あり単発納入の原産材料・製品の裏付け出荷単位原産地(通常“EU”)、適用FTA、累積相手国(該当時)SoOやEUR.1の裏付けに使用。フォームに**「累積相手国」**欄あり。 Revenue
22‑16長期(LTSD)・原産性あり同一品の継続取引で毎回のSD発行を省力化開始日から最長24か月(開始日は発行日の12か月前6か月後の範囲で設定可)22‑15の項目+発行日/開始日/終了日(3日付)期間中に原産性が変わったら直ちに通知義務。上限は開始日基準Taxation and Customs Union
22‑17単発・原産性なしEU内で加工済だが原産化前の半製品を次工程に渡す出荷単位非原産材料の品目説明・HS見出し・価額/実施加工の内容 など後工程での追加加工により原産化の可否を判断可能に。 wko.at
22‑18長期・原産性なし上記22‑17の継続取引版22‑16の期間ルールに準拠22‑17の項目+発行日/開始日/終了日受入側の原産化設計に不可欠な内訳を漏れなく。 Fera

備考(共通):SDはEU域内での授受が基本ですが、協定によってはクロスボーダーSD(非原産/原産)に対応する規定もあります。詳細は各協定のプロトコルをご確認ください。 Taxation and Customs Union


3. 作成・管理の重要ポイント

3.1 累積(Cumulation)の明示

PEM等で対角累積を使う場合、SDに累積相手国を明記します(フォームに「Cumulation applied with …」欄)。 wko.at

3.2 署名・電子化

原則は手書き署名ですが、

  • SDとインボイスが電子作成され電子的に認証される場合、または
  • サプライヤーが包括的な書面誓約を与えている場合、
    署名の省略が可能です。 EU Trade

3.3 保存期間(実務推奨)

  • EU-日本EPA:輸出者はSoOと裏付け記録を最低4年間保存。SD発行側も同等以上を推奨。 Taxation and Customs Union
  • EU-韓国FTA5年間EU Trade
    (社内規程として5〜7年保管を推奨)

3.4 検証とINF4

税関はINF4(情報証明書)により、SDの真実性・正確性の確認を求めることがあります。輸出者がINF4を提示できない場合、輸出国税関に直接照会されることもあります。 Taxation and Customs Union


4. EU-日本EPAにおける特有の留意点

  • 原産地証拠の方式:第三者発行ではなく、輸出者の自己申告(SoO)または輸入者の知識が基礎。 Taxation and Customs Union
  • REX登録:EU側輸出者は、1貨物6,000ユーロ超REX登録が必要(SoOにREX番号を記載)。 Taxation and Customs Union
  • SoOの有効期間発行日から12か月同一品の複数出荷を1通でカバーする包括用SoOも、最長12か月で、発行日・開始日・終了日の3日付を記載(終了日は発行日から12か月を超えない)。 EU Trade+1
  • 原産性基準の記載:SoOには**原産性基準(Origin criteria used)の表示が必要。実務ではA(WO)/B(PE)/C(PSR:C1=CTC, C2=RVC, C3=SP)/D(累積)/E(寛容)**等のコードで記載します。 Japan Customs+1

5. 実務フロー(SDの取得から原産地証拠まで)

  1. 協定とPSRの確定:対象FTA・最終製品のHSを確定し、累積の可否も確認。
  2. BOM分析:原産判定に影響の大きい材料を特定。
  3. SDの取得
     ・原産材料22‑15/22‑16(相手FTA名・累積の有無を明示)
     ・EU内加工の非原産材料22‑17/22‑18非原産材料のHS見出し・価額や加工内容) wko.at
  4. 日付管理(LTSD):発行日/開始日/終了日を管理し、開始日から24か月の上限を厳守。 Taxation and Customs Union
  5. 原産性の最終判断と書類作成:SDと生産実績で原産性を裏付け、SoOまたはEUR.1等の原産地証拠を整備。 Taxation and Customs Union
  6. 保存・検証対応:関連書類を保存し、要求があればINF4等で説明可能な状態に。 Taxation and Customs Union

6. 記載項目チェックリスト

  • 供給者(サプライヤー)の名称・住所
  • 買手の名称(必要に応じて)
  • 対象商品の明確な情報(品名、型番など)
  • 適用するFTAの正式名称
  • 原産地(例:「European Union」)
  • 累積の相手国(該当時) wko.at
  • 原産性基準(協定が要求する場合。EU-日本EPAのSoOはOrigin criteria usedの記載必須) Japan Customs
  • 非原産材料の情報(22‑17/18:HS見出し・価額 等) wko.at
  • 発行日/開始日/終了日(LTSD)と署名(または電子認証の条件確認) Taxation and Customs Union+1

7. よくある間違いと対策

❌ 避けるべき間違い✅ 推奨される対策
SDを輸入申告の直接の証拠として提出SDは社内・社間の裏付け。輸出時はSoOEUR.1等の原産地証拠を整備。 Taxation and Customs Union+1
FTA名を曖昧に記載(例:「EUの特恵」)**「EU‑Japan EPA」**のように正式名称で。
LTSDの期間を「発行日から24か月」と誤解上限は開始日から24か月。開始日は発行日の12か月前〜6か月後で設定。 Taxation and Customs Union
累積相手国の記載漏れPEM等で累積利用時は必須項目としてチェック。 wko.at

8. 実務運用のベストプラクティス

  • 「1協定=1枚」運用:同一品でも輸出先が変われば協定ごとにLTSDを分けて取得(混在回避)。
  • 更新管理の自動化:LTSDの終了2〜3か月前に更新アラート(Excel/ERP)。
  • サプライヤーへの依頼文例(LTSD, EU‑Japan EPA)

件名:長期サプライヤー証明(LTSD)発行のお願い(EU‑Japan EPA)
本文:
貴社より継続購入中の下記製品につき、UCC実施規則 附属書22‑16相当の長期サプライヤー証明の発行をお願い申し上げます。
対象製品:[製品名/型番]
開始日:2025/10/01 終了日:2027/09/30発行日は御社記入。※開始日から最長24か月の範囲でご設定ください)
併せて、累積の有無と相手国、必要に応じ原産性根拠の併記をお願いします。

※期間上限は開始日基準で、開始日は発行日の12か月前〜6か月後の範囲内で設定可能です。 Taxation and Customs Union


9. 今後の展望と留意

EUは原産地関連手続のデジタル化を継続的に進めています。最新運用は欧州委員会(TAXUD)ガイダンスAccess2Marketsで必ず確認してください(法令が優先)。 Taxation and Customs Union

本ガイドは公開情報に基づく一般的解説です。実務適用時は、最新の協定本文・実施規則・各国カスタムガイダンスをご確認ください。

欧米(米国―EU)「関税・通商フレームワーク合意」の本文とその日本語訳

公式本文(英語・原文)

  • The White House: “Joint Statement on a United States–European Union Framework on an Agreement on Reciprocal, Fair, and Balanced Trade”〔2025年8月21日〕。The White House
  • European Commission: “Joint Statement on a United States–European Union framework on an agreement on reciprocal, fair and balanced trade”〔2025年8月21日〕。Trade and Economic Security

どちらも同一の共同声明です。ホワイトハウス版と欧州委版で細部の表記が一部異なる箇所がありますが、内容は一致しています。The White HouseTrade and Economic Security


日本語仮訳(非公式・実務向け。原文構成に沿って整理)

*数値・日付・用語は原文準拠/条文番号は共同声明の番号に対応

前文
米国とEUは、互恵・公正・均衡な貿易に関する協定(以下「本協定」)の**枠組み(Framework)**に合意。二者間の巨大な経済関係を安定化・強化し、市場アクセスの改善と再産業化を後押しする第一歩と位置づける。The White HouseTrade and Economic Security

1. EUの関税措置
EUは米国の工業品関税を撤廃し、米国産水産・農産品(木の実、乳製品、青果・加工食品、種子、大豆油、豚肉・バイソン等)に優先的アクセスを付与。2020年8月21日発表のロブスター関税合意(2025年7月31日失効)を延長・拡充(加工ロブスターも対象)。Trade and Economic Security

2. 米国の基本関税線(対EU)
米国はEU原産品に対し、最恵国(MFN)税率15%のいずれか高い方(=MFN+相互関税の合計として15%)を適用。The White HouseTrade and Economic Security

(2の但し書き:MFNのみの例外/発効日)
2025年9月1日以降、以下はMFNのみ適用:希少天然資源(コルク等)/航空機・同部品/ジェネリック医薬品とその原料・化学前駆体。今後、重要分野の追加指定も検討。The White HouseTrade and Economic Security

3. 232関税の上限・自動車の扱い(発効トリガー)

  • 医薬・半導体・木材について、MFN+1962年通商拡張法232条関税の合計を15%上限に。
  • 自動車・部品(232関税対象)については、EUが第1項の関税撤廃に向けた立法提案を正式提出した同月の初日から適用変更:
    • MFNが15%以上の品目:232は不課(=MFNのみ)。
    • MFNが15%未満:**MFN+232=合計15%**に調整。
  • 232の変更は米国の国家安全保障と整合的に実施The White HouseTrade and Economic Security

4. 原産地規則(ROO)
本協定の利益が主として米国・EUに帰属するよう、ROOを協議・策定。The White HouseTrade and Economic Security

5. エネルギー・先端半導体
エネルギー供給の安全・多様化に協力。EUは2028年までに米国産LNG・原油・原子力関連を総額7,500億ドル規模で調達する意向。さらに米国製AIチップを少なくとも400億ドル購入。EUは米国流の技術セキュリティ要件を導入する方向で、整備後は米国が輸出円滑化に努める。The White HouseTrade and Economic Security

6. 相互投資
双方向投資を促進。EU企業が2028年までに米国戦略分野へ追加で6,000億ドル投資する見込み。The White HouseTrade and Economic Security

7. 防衛調達
EUは米国の軍需・防衛装備の調達を大幅増(米政府も支援)。NATO相互運用性を強化。The White HouseTrade and Economic Security

8. 非関税障壁・規格相互承認(自動車を含む)
非関税障壁の削減・撤廃で連携。自動車相互承認を目指し、規格機関同士の技術協力適合性評価の対象拡大を推進。The White HouseTrade and Economic Security

9. 食品・農産の手続簡素化
豚肉・乳製品の衛生証明の要求を簡素化する等、農食分野の非関税障壁に共同対処。The White HouseTrade and Economic Security

10. EUDR(森林破壊規則)
米国内の生産は森林破壊リスクが極小との前提に、EUDRが過度な影響を与えないようEUが対応Trade and Economic Security

11. CBAM(炭素国境調整)
デミニミス拡大に加え、運用上の更なる柔軟性をEUが提供する方向。Trade and Economic Security

12. CSDDD/CSRD(サステナ関連EU法)
過度な貿易制約にならないようEUが取り組む。中小企業の事務負担軽減民事責任・気候移行義務の見直しの提案、域外企業への過剰適用懸念にも配慮。Trade and Economic Security

13. 適合性評価・サイバー
米国の適合性評価機関を、1998年のEU・米国MRAに基づき無線機器指令(RED)の指定機関として認定可能。サイバーセキュリティのMRAも交渉。The White HouseTrade and Economic Security

14. 重要鉱物等の輸出規制への共同対応
第三国による輸出規制に対し、協調して備える。The White HouseTrade and Economic Security

15. 知的財産
高水準の知財保護・執行について協議。The White HouseTrade and Economic Security

16. 労働
国際的に認められた労働権強制労働の排除を含む)を強固に保護The White HouseTrade and Economic Security

17. デジタル貿易
不当なデジタル障壁を是正。EUはネットワーク使用料を導入しない電子的送信に関税を課さない方針を双方が確認し、WTOモラトリアムの継続・恒久化を目指す。The White HouseTrade and Economic Security

18. 税関・手続のデジタル化
EUは税関改革の実施・貿易手続のデジタル化について、米国および米国事業者と協議Trade and Economic Security

19. 経済安全保障の整合
サプライチェーン強靭化とイノベーションのため、投資審査・輸出管理・関税逃れ対策協力非市場的慣行や公共調達の相互性欠如への対応を含む。更なる実施措置に協働で取り組む。The White HouseTrade and Economic Security

結語
両者は各国内手続に従い、本枠組みを実施するための正式文書を速やかに整備する。The White House

米EUの「関税・通商フレームワーク合意」と日米の相互関税合意を要点比較

米EUの「関税・通商フレームワーク合意」と日米の相互関税合意要点比較したまとめです。(2025/8/22時点


要点

  • 関税の基本線
  • 自動車の発効トリガー
    • EU:EUが関税撤廃立法を“提案”した月の初日から米側が引下げ(遡及可)。Reuters
    • 日本大統領令で実施(準備中)。運用上の「二重課税」不備は修正・還付を米側が約束。Reuters+1
  • 非関税・調達/投資
    • EU電子的送信の関税不課/ネットワーク使用料を導入しないエネルギー$7,500億+AIチップ$400億購入対米投資$6,000億を明示。Trade and Economic Security
    • 日本政府系金融で最大$5,500億の投資ビークル(利益配分1:9で米側優先)、米車の追加試験免除米農産品・エネルギーの調達拡大Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House

主要な違い(ビジネスマン向け早見表)

論点米国―EU日本―米国
米国側の基本関税MFN or 15%(高い方)。15%はMFN+相互関税の合算Trade and Economic Security込み15%(MFNを含む)MFN≧15%は上乗せなしMFN<15%は15%にMinistry of Economy, Trade and Industry
自動車・部品現行27.5%→**15%**へ。EUが関税撤廃立法を“提案”した月の初日から遡及して適用。Reuters27.5%→15%に引下げる方向で大統領令を予告。文書整備は**“数週間以内”**と発言。Reuters+1
鋼鉄・アルミ(232)50%据え置き。将来のTRQ等協議の余地。Reuters公表文書に明記なし(別建ての232措置が継続する可能性、要フォロー)。Ministry of Economy, Trade and Industry
MFNのみの例外航空機・部品/ジェネリック医薬+原料/化学前駆体/コルク等MFNのみ9/1~)。Trade and Economic Security品目の明細提示なし(「日本を他国に劣後させない」方針のみ)。Ministry of Economy, Trade and Industry
デジタル電子的送信への関税不課継続、EUはネットワーク使用料を導入しないTrade and Economic Security特段の明記なし
エネルギー・サプライEUが米産エネルギー$7,500億分を2028年までに調達。AIチップ$400億購入対米投資$6,000億Trade and Economic Security日本が最大$5,500億の投資枠(政府系金融)。米農産品・エネルギー調達拡大。利益配分1:9を明示。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House
非関税措置自動車の相互承認など規制協力を明記。Trade and Economic Security米国メーカー乗用車を追加試験なく受入れCEV補助金の運用見直しMinistry of Economy, Trade and Industry
文書の確度共同声明(3.5ページ)で条項を明文化ReutersTrade and Economic Security内閣官房の「概要」資料+ホワイトハウスのファクトシート中心正式文書は整備中で運用不備(二重課税)は修正・還付へ。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White HouseReuters

実務解釈のポイント

  • EU向けは“書面化済み”で適用条件が明確/品目例外も列挙
  • 日本向けは“原則15%”の骨格は固いが、運用・適用時期は大統領令の内容を都度確認(通関実務は特に)。Reuters

セクター別の使い分け(具体アクション)

  • 完成車・部品(EU→米)EUの立法“提案”時期に合わせて出荷・通関日を設計遡及を狙った在庫移送・価格見直しを検討。Reuters
  • 完成車・部品(日本→米)HS×MFN×15%の再計算を即実施。二重課税の還付可否大統領令の発効日をフォロー(受注条件は可変条項で)。Reuters
  • 医薬・半導体(EU→米)MFNのみ対象は9/1以降の通関に合わせる(契約インコタームズと価格条項の改定)。Trade and Economic Security
  • 酒類(EU→米)未決分野のため販促・価格は保守的に。Reuters
  • 対米販売のSaaS/配信電子的送信の関税不課を前提に価格モデル再検討(EU案件)。Trade and Economic Security
  • 対米投資計画(日本企業)$5,500億枠の適用条件・利益配分1:9を踏まえ、資金構造とJV条件を設計。Ministry of Economy, Trade and Industry

スケジュール感(公開情報ベース)

  • 7/27(米EU):首脳間で骨子合意。8/21に共同声明自動車は立法“提案”月の初日からReutersTrade and Economic Security
  • 7/22-23(日米):相互関税で**原則15%**に合意。概要資料(日本)、WHファクトシート(米)公表。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House
  • 8/8(日米):米側が二重課税の不備を修正・還付と表明。自動車15%への引下げは大統領令で実施予定Reuters

相互関税の調査結果(要約)

※プロジェクト基準フォーマット

国名関税率出所備考
アメリカ(対EU:一般品)15%またはMFNの高い方欧州委 共同声明・Reuters Trade and Economic SecurityReuters鋼鉄・アルミは別建て50%。
アメリカ(対EU:自動車・部品)15%(EU立法“提案”月の初日から)Reuters Reuters現行27.5%から引下げ、遡及可。
アメリカ(対EU:鋼鉄・アルミ)50%Reuters Reuters当面維持、将来TRQ協議余地。
アメリカ(対EU:MFNのみ適用)MFN欧州委 共同声明 Trade and Economic Security航空機・部品/ジェネリック医薬+原料/化学前駆体/コルク等。9/1~
アメリカ(対日本:一般品)込み15%(MFN含む)内閣官房 概要(PDF) Ministry of Economy, Trade and IndustryMFN≧15%は上乗せなし/MFN<15%は15%。
アメリカ(対日本:自動車・部品)15%(MFN含む)内閣官房 概要+Reuters Ministry of Economy, Trade and IndustryReuters27.5%→15%。大統領令で実装予定。
アメリカ(対日本:運用)二重課税を修正・還付Reuters ReutersEUにあった“ノースタッキング”条項を日本にも適用へ。

ひとこと総括

  • EU合意は「条文化された枠組み」+具体リストで、運用の見通しが立てやすい。一方、
  • 日米合意は「原則15%」の骨格は明確だが、最終実装(大統領令)と細部運用のフォローが実務カギ。Reuters+1Ministry of Economy, Trade and Industry

日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その8

仕向国(税関)
ポーランド


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
繊維製カーテン (6303)

否認理由
主要生地がASEAN原産で累積不可

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その7

仕向国(税関)
オランダ


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
自転車フレーム (8714)

否認理由
RVC55 %基準に達せず

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FTAの影響がこんなところにも

私はセミナーのビデオを撮影し、YouTubeにあげることをしています。

通常はビデオカメラを使いますが、いかんせん運ぶのにかさばる。

そこで今はやりのアクションカメラに手を染めました。コンパクトでそれなりに映像が撮れるのですが、望遠がない。それ故に、セミナーのスライドをプロジェクタで投影したものをビデオで撮ろうとすると、なかなかうまく画角にはまらない。

最近は、カメラでもとてもいい映像が撮れるそうで、コンパクトカメラならばと探すのですが、撮影時間が30分で、セミナービデオには余りにも短すぎる。

なぜ、30分なのか。これはEUでカメラとビデオの境界線が30分だからだそうです。30分以上撮影ができるとビデオになるそうで、30分でビデオ撮影ができなくなるものがほとんどです。

しかし、それも変わってきました。日EU EPAで関税が無税になることから、カメラのビデオ扱いでも関税上問題が無くなり、この制限を破る商品が出てきました。

とても喜ばしいことです。

ただ、カメラで動画をとると、解像度によりカメラが熱を持って止まってしまうのですね。違う事件のチャレンジが必要なんだとよく分かりました。

このことが分かるのに、カメラだらけになってしまいましたが。

JASTPROと在日EU代表部共催セミナーに来ています

今日はJASTPROと在日EU代表部共催セミナーに来ています。

「自己申告制度への対応」

EU特恵原産地制度における証明及び確認事項

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250人もの方が参加するそうで、テーブル席はなく、椅子席で4時間。

少し疲れそうです。

セミナーの内容でシェアしたらいいものがあれば、この投稿の下に追加していきます。

グレーブ氏の原産地手続きの概要が終わりました。

資料なしでした。

累積の英語をEUがCumulationを主張し、日本の主張するAccumulationとしたのは面白いですね。

今川氏よりは、EUでのサプライヤ宣誓書の制度に関して。

かなり整備されている印象を受けます。

最後に、グレーブ氏の原産証明の運用に関して。

輸入者の知識はEUでも初めての事だそうです。運用で様々な質問が出ました。

当方の関心としては、宣誓文の扱い。

商業文書に関連が記載されていればいいとの話がセミナーで出ていることもあり、再度確認してみました。

あっさりした回答。

ガイドラインにそう書いてある。という内容の通り。

どこでも出てくる質問なんでしょうね。

「何度も聞くな」

という印象でした。

EUから言質をとるのではなく、書いてあるとおりに進めればいいと前から思っていましたが、なおさらその通りであると追認しました。