EU「少額小包への一律関税」導入が示す転換点──2026年7月、越境ECの“勝ち筋”が変わる

EUは2026年7月1日から、150ユーロ未満の少額小包(主に越境EC経由)に対して、品目カテゴリごとに固定で3ユーロの関税を課すことで政治合意に達した。 これは、恒久制度が整うまでの暫定的な措置と位置づけられているが、越境ECモデルにとっての意味合いは小さくない。euagenda+2
一言でいえば、「少額×分散×直送」で成立していた国際通販モデルが、制度設計レベルから見直される転換点になっている。maintax+1


忙しい方向け:まず押さえる3行

  • 何が起きる?:EU域外からEU消費者に届く150ユーロ未満の小口貨物に、品目カテゴリ(tariff heading)ごと固定3ユーロの関税(暫定)がかかる。reuters+1
  • なぜ今?:少額小包が爆発的に増え、EU側が「公正競争・安全・詐欺・環境」の観点から現行枠組みの限界を明示した。taxation-customs.europa+2
  • 企業は何をする?:価格競争だけでなく、物流設計・商品構成・税務/通関データ品質で勝負が決まる局面に入り、準備スピードがそのまま競争力差になる。eunews+1

1. 何が決まったのか:制度の「読み違い」を潰す

2026年7月1日:固定3ユーロの暫定関税

EU理事会は、2026年7月1日以降、150ユーロ未満の小口貨物に対し、固定3ユーロの関税を適用することで合意したと発表している。politis+2
ここで重要なのは、単に「3ユーロが一律で上乗せされる」ではなく、「どの単位で3ユーロがかかるのか」という設計である。reuters

理事会の説明や報道によれば、この固定3ユーロは、小包(consignment)に含まれる品目カテゴリ、すなわち関税分類(tariff heading/6桁HS水準)ごとに課される想定とされる。euagenda+1

  • 同じカテゴリの商品だけで構成された小包なら、固定3ユーロで収まるケースが多い。
  • 異なる関税分類の商品を詰め合わせると、分類数に応じて3ユーロが積み上がる可能性がある。

したがって、この設計は商品構成(SKU設計)と物流設計(同梱ルール)に直接ひもづく論点になる。europeannewsroom+1

対象は「IOSS登録の域外販売者」が関与するフローが中心

固定関税の主な適用対象は、EUのIOSS(Import One-Stop Shop)に登録している非EU販売者・プラットフォームを通じてEUに直送される小包であると説明されている。eunews+1
各種解説では、こうした直送越境ECの小包が、EU域外からEUに届く少額小包のおよそ9割超を占めるとされており、結果として「越境EC由来の少額小包の大半(約93%規模)が今回の措置の主対象」というイメージになる。europarl.europa+1

「取扱手数料(handling fee)」とは別モノ

近い文脈で議論されている2ユーロ水準の「取扱手数料(handling fee)」案と、今回の固定3ユーロ関税は別枠の制度であることを、理事会・委員会の双方が明確に区別している。europarl.europa+2
取扱手数料については、通関現場の処理コスト回収などを狙いとする案が提示され、欧州議会も「WTO整合性」「負担主体(プラットフォーム負担)」などの観点から検討を求めているが、導入時期や最終仕様は現時点では確定しておらず“議論継続中”の段階にある。france24+1


2. なぜ今なのか:EUが「制度疲労」を認めた瞬間

低額小包は「物流」ではなく「社会インフラ負荷」になった

欧州委員会のコミュニケーションを引用した欧州議会の資料では、150ユーロ未満の低額貨物は2024年に約46億個(1日あたり約1,200万個)に達し、2023年は23億個、2022年は14億個と、ほぼ指数的に増加していると整理されている。longbridge+1
同資料では、2024年時点で150ユーロ未満の越境EC貨物の約91%が中国発とされ、特定の国・プラットフォームへの依存が急速に進んだ点も指摘されている。reuters+1

これだけのボリュームになると、税関・規制当局は「すべてを物理的に検査する」のではなく、「リスク判定のためのデータをどう集約・分析するか」が中心課題になり、EUがデータハブ構想やプラットフォーム責任強化に舵を切る理由がここにある。maintax+1

“過少申告”がビジネスモデルとして組み込まれた

EU理事会は、現行ルールのもとで、少額小包の最大約65%が輸入関税やVATを回避する目的で過少評価されているとの推計に言及している。europarl.europa+1
まじめに価値申告をしている事業者ほど不利になる構造であり、EUが今回の措置を「公正競争」と「消費者保護」の観点から正当化しているのは、このゆがみを是正する意図が強いからだと理解できる。euagenda+1


3. 「転換点」の本質:3つのゲームチェンジ

転換点①:少額免税(de minimis)依存の価格戦略が崩れる

EUはこれまで、150ユーロ未満の貨物には関税免除(いわゆるde minimis)を認める一方、VATは別途課税・申告対象とする仕組みを採ってきた。taxation-customs.europa
今回の3ユーロ固定関税は暫定措置だが、欧州委員会と加盟国は、2026年に150ユーロの関税免除閾値自体を撤廃し、中長期的には通常の関税体系に移行させる方針を明示している。maintax+2

転換点②:勝負所が「調達原価」から「通関データ×物流設計」へ

EU税関改革は、EU Customs Data Hub を中核に、越境ECを含む通関プロセスを“データ駆動”で管理する構想となっている。taxation-customs.europa
この環境では、HS/関税分類の精度、商品属性データの整備レベル、IOSSを含む税務・通関プロセス、SKU構成と同梱ルールといった要素が、そのまま粗利と在庫回転率を左右する経営変数になる。eunews+1

転換点③:プラットフォームが“販売チャネル”から“準税関主体”に近づく

欧州委員会の税関改革資料では、オンラインプラットフォームを「関税・VAT義務の履行を確実にする主要アクター」と位置づけており、消費者や運送会社に寄っていた責任を、プラットフォームにシフトする方向性が示されている。europarl.europa+1
マーケットプレイス依存度が高い企業ほど、プラットフォーム側のコンプライアンス要件、データ提出仕様、追加コストの転嫁ルールが業績に直結しやすくなり、「どのプラットフォームとどう組むか」が戦略論点になる。europarl.europa+1


4. 日本企業への実務インパクト:論点は「EU向けD2C/越境ECをやっているか」

影響が大きい企業

  • EU向けに単価の低い商品をD2Cで大量出荷している。
  • 「送料無料」「低額での“ちょい足し”」をフロントに出したビジネスモデル。
  • アソート比率が高く、1注文内に複数カテゴリ商品を混在させがち(=関税分類が増えやすい)。

固定3ユーロは、商品単価が低いほど実質税率が跳ね上がりやすく、とりわけ「関税分類ごと」の設計は詰め合わせ販売へのインパクトが大きい。reuters+1

影響が相対的に小さい企業

  • そもそもEU向けビジネスがB2B中心(まとまったロットで輸出し、従来から関税と通関を織り込んでいる)。
  • 高単価帯で、関税が粗利構造に与える影響が限定的。
  • EU域内の在庫(倉庫・代理店)から出荷しており、B2Cは域内販売が中心(ただし輸入時の関税設計は引き続き最適化が必要)。

こうした企業でも、今後の閾値廃止とデータ要件強化を前提に、輸入時の関税評価・分類やプラットフォームとのデータ連携の見直しは必要になる。eunews+1


5. いま経営としてやるべきこと:チェックリスト(実務寄り)

2026年7月1日までには時間があるように見えて、SKU再設計・システム改修・価格改定を同時に進めるにはタイトなスケジュールである。reuters+1

  1. 注文データを「関税分類の数」で棚卸しする
  • EU向け注文のうち、150ユーロ未満の比率はどの程度か。
  • 1注文あたり、何種類の関税分類(tariff heading)が混在しているか。
  • 低単価SKUほど、3ユーロ×分類数の追加コストで採算割れしないか。

ここは経理・ロジス・EC運営の連携が不可欠であり、分類データは現場、採算判断は経理、制度解釈は貿易・税務がそれぞれ担うことになる。reuters+1

  1. 「同梱ルール」を売り方(バンドル)まで含めて再設計
  • “ついで買い”セットが、結果として関税分類数を増やしていないか。
  • カート設計(レコメンド)が、複数分類の混在を誘発していないか。
  • セット商品を可能な範囲で「同一分類中心」に寄せられないか。

関税分類の判断・申告は専門性が高いため、通関業者・税務専門家と連携し、誤分類や過少申告を避けつつSKU設計を見直すことが前提となる。euperspectives+1

  1. IOSS/VAT運用と「データ品質」をKPI化する
    IOSSは、150ユーロ以下の輸入B2C取引に関するVAT申告・納付を簡素化する仕組みとして既に運用されている。vatai+1
    今後はここに関税計算・リスク分析用データが重なり、EU Customs Data Hubを通じて当局側のデータ活用が進むため、商品属性(材質・用途・原産地など)を通関に使える粒度で持てているか、マーケットプレイス/3PL/配送会社に渡すデータ仕様を誰が管理しているか、といった点を社内KPIとして可視化する必要がある。eunews+1
  2. “取扱手数料”を織り込んだ複線シミュレーション
    欧州委員会と欧州議会では、3ユーロ関税とは別に、少額小包に対する取扱手数料(例:2ユーロ案)が検討されているが、導入時期・設計は未確定である。europarl.europa+2
    そのため、
  • 固定関税のみの場合、
  • 固定関税+取扱手数料が追加される場合、
  • 2028年前後に恒久制度へ移行した後の関税水準・計算方法の変化、

といった複数シナリオで粗利・価格政策を事前試算しておくと、制度確定時の意思決定スピードを高められる。reuters+2


6. まとめ:これは“関税3ユーロ”の話ではない

固定3ユーロは、個々の取引レベルでは「数百円程度」のニュースに見えるかもしれない。euperspectives+1
しかし本質は、EUが越境ECを「放任」から「統治」へ移行させる過程の第一歩であり、2026年の暫定関税と2028年前後のデータハブ本格稼働の間に、プラットフォーム責任・データ品質・同梱設計が競争力の中核へと組み込まれていくという構図にある。longbridge+1

EU向けビジネスを持つ企業にとっては、「税率が少し上がる」という見方ではなく、「勝ち方の前提が変わる」局面として、設計と実装を前倒しで進めることが重要になる。europeannewsroom+1

  1. https://www.reuters.com/world/china/eu-impose-3-euro-duty-small-e-commerce-parcels-july-2026-2025-12-12/
  2. https://euagenda.eu/news/906861
  3. https://taxation-customs.ec.europa.eu/news/e-commerce-150-eur-customs-duty-exemption-threshold-be-removed-2026-2025-11-13_en
  4. https://www.europarl.europa.eu/topics/en/article/20250708STO29516/eu-targets-low-value-imports-via-e-commerce-platforms
  5. https://www.eunews.it/en/2025/12/12/from-1-july-e3-duties-on-parcels-under-e150-arriving-from-non-eu-countries/
  6. https://en.politis.com.cy/globe/globe-europe/974185/eu-imposes-eur3-duty-on-small-parcels-under-eur150-ending-duty-free-imports
  7. https://europeannewsroom.com/from-1-july-next-year-the-eu-will-introduce-a-customs-duty-of-three-euros-on-orders-via-e-commerce-websites/
  8. https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20250704IPR29453/managing-the-influx-of-substandard-goods-from-non-eu-web-shops
  9. https://longbridge.com/en/news/266579872
  10. https://maintax.org/news/e150-customs-duty-exemption-threshold-to-be-removed-as-of-2026/
  11. https://www.vatai.com/blog/eu-customs-duty-exemption-removed-2026
  12. https://www.france24.com/en/live-news/20251212-eu-agrees-three-euro-small-parcel-tax-to-tackle-china-flood
  13. https://www.scmp.com/news/china/article/3336292/eu-targets-chinas-shein-and-temu-new-fees-low-value-parcels
  14. https://www.reuters.com/business/retail-consumer/how-eu-plans-crack-down-low-value-e-commerce-goods-china-2025-11-19/
  15. https://www.x7trade.com/blog/eu-to-remove-150-duty-free-threshold-by-2026
  16. https://europeannewsroom.com/small-chinese-parcels-entering-the-eu-will-be-taxed-3-euros-from-july-2026/
  17. https://www.avalara.com/blog/en/europe/2025/11/eu-end-150-customs-duty-exemption-2026.html
  18. https://euperspectives.eu/2025/12/eu-to-introduce-e3-duty-on-small-online-orders-from-july-2026/
  19. https://www.floship.com/blog/heads-up-the-eu-is-abolishing-the-e150-duty-free-threshold-in-2026/
  20. https://www.forbes.com/sites/aleksandrabal/2025/11/17/eu-moves-to-end-150-customs-duty-exemption-for-low-value-imports/

米EU15%関税合意と「安全弁」条項のポイント


2025年7月末、米国とEUは「多くのEU製品に15%レベルの輸入関税を適用する代わりに、EU側が米国製工業品の関税を大幅に削減する」という合意で、30%関税発動寸前だった通商紛争を回避しました。 スコットランド・ターンベリーでのトランプ大統領とフォン・デア・ライエン欧州委員長による政治合意が、その起点です。bbc+3

その後11月末、EU加盟国はこの合意をEU法に落とし込む条件として、輸入急増時に関税引き下げを一時的に止められるセーフガード(安全弁)と、2028年末までの影響評価レポートを求めました。 EU議会も18カ月サンセット条項など、追加の「安全装置」を検討しています。international.astroawani+3


1. 米EU「15%関税合意」の骨格

合意のタイミングと狙い

  • 2025年7月末、トランプ大統領とフォン・デア・ライエン委員長がターンベリーで政治合意し、8月から予定されていたEU製品への30%関税を回避しました。aljazeera+1
  • その後8月に米EU共同声明が公表され、9月25日付の連邦官報告示で具体的なHS(HTSUS)変更が実装されています。policy.trade.europa+2

米国側:EU向け輸入関税を「15%レベル」に調整

報道と連邦官報・実務解説を総合すると、米側の枠組みは次のイメージです。thompsoncoburn+2

  • 多くのEU原産品について、「通常のMFN税率+“リシプロカル関税”」の合計が概ね15%になるよう調整。
  • 自動車・自動車部品など、一部品目では従来25〜27.5%だった実効税率を15%水準まで引き下げる一方、元々低税率の品目では追加分を上乗せして15%近辺に合わせる構造です。bloomberg+1
  • ただし、航空機・一部化学品・半導体製造装置・重要原材料など戦略品はゼロ関税(あるいはMFNのみ)とする「ゼロ関税ゾーン」も設けられています。reuters+1

鉄鋼・アルミニウムについては、セクション232に基づく50%水準の追加関税が維持されており、今後の協議で調整余地があるという位置付けです。reuters+1

EU側:米国製工業品の関税をほぼ撤廃

  • EUは、米国製の多くの工業製品について関税を撤廃し、水産品・農産品の一部に関してはゼロ関税の関税割当(TRQ)を設定する方針を加盟国レベルで確認しました。gmk+1
  • さらに、エネルギーや防衛装備・半導体など米国製品・サービスを今後数年で数千億ドル規模購入するコミットメントや、追加的な対米投資拡大を盛り込んだと報じられています。bloomberg+1

この結果、「EU→米国」は多くが15%レベル、「米国→EU」は工業品ほぼゼロという非対称なディールとなっている点が、欧州側の政治的論争点になっています。reuters+1


2. EUが求める「安全弁」条項

加盟国の共通方針:セーフガードと影響評価

11月末時点で、EU加盟国政府は次のような共通方針をとっていると報じられています。gmk+1

  • 米国製工業品の関税撤廃と水産・農産物のゼロ関税枠設定には同意。
  • ただし、「米国からの輸入が急増し、EU産業に重大な損害またはそのおそれが生じた場合」に備え、関税引き下げを部分的・全面的に停止できるセーフガード条項を要求。
  • この発動には、加盟国からの要請→欧州委員会による調査→必要に応じた発動提案、というプロセスを想定しています。

加えて、欧州委員会に対し、2028年末までに関税変更がEU市場に与えた影響を評価するレポート提出義務を課すことも求めています。 2028年末というタイミングは、次の米大統領選直後に重なり、「4年間試験運用し、必要なら見直す」という政治スケジュールを意識した設計とみられます。english.almayadeen+3

欧州議会が検討する追加の「安全装置」

欧州議会は、これに加えて次のような案を検討中とされています。international.astroawani+1

  • 18カ月のサンセット条項:合意発効から18カ月で自動失効し、継続には再承認を必要とする時限措置化。
  • 米国側の約束違反への自動対応メカニズム:米国が追加関税再引き上げなど合意逸脱を行った場合に、EUが迅速に対抗措置(関税復元等)を取れる枠組み。
  • 鋼鉄・アルミ派生品への50%関税対処:合意後に米国が風力タービン等407品目に50%関税を課したことに対し、米国がこれを撤回しない限り、EUも同種の米国製品への関税を維持すべきとの主張。reuters

EU側は、「関税は下げるが、約束が崩れた場合は速やかに元に戻せる保険を条文に組み込む」ことを狙っていると言えます。english.almayadeen+1


3. EUが慎重になる背景

関税を政治カードとして使う米国への不信感

トランプ政権はこれまでも、相手の対応次第で関税引き上げ・引き下げを繰り返すスタイルを取り、「関税=外交カード」という認識を定着させてきました。 今回の米EU合意でも、投資・エネルギー購入コミットメントが履行されなければ15%を再引き上げる権限を維持する、と米側が説明していると伝えられています。cnbc+1

EUから見ると、「政治合意をしても、後から一方的に条件が変わり得る」というリスクがあるため、セーフティバルブの法的な組み込みに神経質にならざるを得ません。english.almayadeen+1

ディールの非対称性への政治的反発

数値だけ見ると、EU製品は広く15%関税、米国製工業品はEU市場でほぼゼロ関税という構図であり、エネルギー・防衛装備の巨額購入や追加的な対米投資コミットメントまで含めると、EU側の譲歩が大きいとの見方が根強くあります。 欧州議会内では、「譲歩しすぎたディールを安全弁なしで承認するのは難しい」との意見が多く、この政治事情も安全弁要求を後押ししています。reuters+3

EU産業への“二重のリスク”

  • 一方で米国製工業品が関税ゼロでEU市場に流入し、欧州企業との価格競争が激化するリスク。gmk+1
  • 他方で、米国が約束を反故にして再び関税を上げる、あるいはEUが自らセーフガードを発動せざるを得なくなるという、上振れ・下振れ双方の政策不確実性。

この“二重のリスク”が、EUに条文設計の「細部へのこだわり」を強いている背景といえます。reuters+1


4. 日本企業・投資家への実務インパクト

EU発・米国向け輸出(EU拠点の日本企業)

欧州拠点から米国へ自動車・部品・機械・化学品・医薬品等を輸出しているケースでは、合意前より高かった関税が15%水準に「落ち着く」一方、依然として無視できない負担です。 長期契約では、15%関税と将来の変動リスクを前提に、価格転嫁の方針や「通商条件が大きく変わった場合の価格再協議条項」を組み込んでおく必要があります。federalregister+2

米発・EU向けビジネスと競合する日本企業

米国メーカーと欧州市場で競合する日本企業にとっては、米製品が関税ゼロ・低関税でEU市場に入ることで、価格競争が一段と厳しくなる可能性があります。 EU市場向けのビジネスモデルについて、gmk+1

  • EU域内生産
  • 日本・第三国からの直接輸出
  • 米国拠点からの供給
    の相対的メリットを再検討するタイミングといえます。thompsoncoburn+1

サプライチェーン再設計の視点

米国は日本とも「15%相互関税」の枠組みで合意しており、EUとのディールは日本モデルと類似した構造になっています。 その結果、世界の製造業にとっては、govdelivery+1

  • 米国向け輸出:日本・EU・第三国のどの拠点から出すのが最適か
  • EU向け輸出:米国経由の方が有利になる品目がないか
    といった「米国・EU二極プラットフォーム」を前提としたサプライチェーン見直しが、数年スパンで進む可能性があります。policy.trade.europa+1

契約で押さえておきたい条項

  • 関税変動時の価格調整条項(特定の関税率変動や協定変更があった場合の再協議条項)。
  • 関税・公租公課の負担者を明確にする条項(輸入者負担を原則としつつ、相互関税については例外規定を設けるなど)。
  • 安全弁やサンセット条項を踏まえた、一定水準以上の関税に達した場合の契約解除・条件再協議のオプション。

こうした条項は、連邦官報やEU側立法の最終文言を確認しつつ、専門家と調整する必要があります。federalregister+1


5. 今後数カ月のチェックポイント

  • EU側立法プロセス:加盟国・欧州議会・理事会の三者協議を通じて、安全弁の発動条件や18カ月サンセット条項の有無がどう固まるか。international.astroawani+1
  • 米側運用:2025年9月25日連邦官報で実装されたHTS変更に加え、今後の大統領令や232・301の運用で追加の調整が行われるか。thompsoncoburn+1
  • デジタル政策とのリンク:米国は鉄鋼・アルミ追加関税の引き下げと引き換えに、EUのデジタル規制の「バランス調整」を求めていると報じられており、デジタル関連ビジネスはこのリンクにも注意が必要です。cnbc

日本のビジネスパーソンにとっては、「15%」「安全弁」といった見出しをそのまま受け取るのではなく、自社の取引フロー・価格・契約・投資計画に引き直して影響を定量化し、EU・米国双方の立法・運用の動きをフォローし続けることが重要になります。reuters+1

  1. https://www.reuters.com/business/us-eu-avert-trade-war-with-15-tariff-deal-2025-07-28/
  2. https://policy.trade.ec.europa.eu/news/joint-statement-united-states-european-union-framework-agreement-reciprocal-fair-and-balanced-trade-2025-08-21_en
  3. https://www.reuters.com/sustainability/boards-policy-regulation/eu-members-seek-safeguards-us-tariff-deal-protect-industry-2025-11-28/
  4. https://www.thompsoncoburn.com/insights/54-october-2-2025-implementation-of-u-s-eu-trade-framework/
  5. https://www.federalregister.gov/documents/2025/09/25/2025-18660/implementing-certain-tariff-related-elements-of-the-us-eu-framework-on-an-agreement-on-reciprocal
  6. https://www.bbc.com/news/articles/cx2xylk3d07o
  7. https://www.aljazeera.com/economy/2025/7/27/us-and-eu-agree-on-trade-tariffs-to-avert-economic-standoff
  8. https://www.bloomberg.com/news/newsletters/2025-07-28/us-reaches-tariff-deal-with-eu-to-avert-painful-trade-blow
  9. https://international.astroawani.com/global-news/eu-members-seek-safeguards-us-tariff-deal-protect-industry-549649
  10. https://gmk.center/en/news/eu-countries-seek-safeguards-in-tariff-agreement-with-the-us/
  11. https://english.almayadeen.net/news/Economy/eu-seeks-to-shield-industry-in-tariff-deal-with-us
  12. https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2025-09-25/pdf/2025-18660.pdf
  13. https://www.cnbc.com/2025/08/17/eu-push-to-protect-digital-rules-holds-up-trade-statement-with-us-ft-reports.html
  14. https://content.govdelivery.com/accounts/USDHSCBP/bulletins/3f4360e
  15. https://www.lemonde.fr/en/economy/article/2025/07/27/eu-chief-and-trump-strike-trade-deal-in-transatlantic-standoff_6743785_19.html
  16. https://www.courthousenews.com/trump-eu-avert-trade-war-with-15-tariff-deal/
  17. https://www.cassidylevy.com/news/us-implements-certain-provisions-of-eu-framework-deal/
  18. https://www.axios.com/2025/07/27/trump-eu-trade-deal-tariffs
  19. https://uk.finance.yahoo.com/news/trump-tariffs-live-updates-us-may-exit-usmca-next-year-trump-meets-nvidias-ceo-to-talk-ai-chip-curbs-231853555.html
  20. https://www.reddit.com/r/europeanunion/comments/1pa29te/eu_members_seek_safeguards_in_us_tariff_deal_to/

EU鋼材「超過枠関税50%」が意味するもの


EUが鉄鋼輸入に対する新しい貿易措置として、関税割当枠(TRQ)を大幅に縮小し、枠超過分の関税を現行25%から50%へ引き上げる案を提示しています。 これに対し、欧州議会・国際貿易委員会(INTA)の草案は、50%関税を支持しつつ、一部条件を修正する方向で議論を進めています。eurometal+3

この記事では、

  • そもそも何がどう変わるのか
  • EU議会案で上乗せ・修正された点は何か
  • EU内外の企業への影響
  • 日本企業・ビジネスパーソンが今から準備すべきこと
    を整理します。jetro+1

1. 現行「鉄鋼セーフガード」とEC新制度案

現行セーフガード(〜2026年6月末まで)

EUは2018年、米国の鉄鋼セクション232関税(25%)発動を受けて、鉄鋼輸入にセーフガード措置を導入しました。 仕組みは「品目ごとのTRQ設定+枠超過分25%関税」というシンプルな構造で、約26カテゴリーの鉄鋼製品について枠内無税・枠超過に25%追加関税が課されています。chosun+1

WTOルール上、このセーフガードは2018年7月から8年で終了となるため、2026年6月末以降をどうするかが現在の議論の出発点です。finance.yahoo+1

欧州委員会(EC)案:2025年10月公表の新措置案

2025年10月、ECは「世界的な過剰生産からEU鉄鋼業を守る」ことを目的とした新たな鉄鋼貿易措置案を公表しました。 エッセンスは以下の3点です。eeas.europa+1

  • 無税枠(TRQ)の大幅削減
    年間の関税割当総量を18.3百万トンに制限し、2024年の枠から約47%削減するという内容です。letsrecycle+1
  • 枠超過関税を25%→50%へ倍増
    枠を超える輸入には50%の追加関税を課し、米国・カナダの水準と足並みを揃える構図になっています。reuters+1
  • 「メルト&ポア」原産地要件の導入
    鋼材がどの国で溶解・鋳造されたかを証明する「melt and pour」要件を導入し、ミルシート等で溶解国を示すことで迂回輸入を防ぐ狙いです。europa+1

対象は鉄鋼製品28品目で、現行よりやや拡大しており、ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインは枠外扱い、ウクライナについては安全保障上の事情を踏まえた特例的な優遇が想定されています。 ECは、これによりEU鉄鋼の設備稼働率を現在の65〜67%程度から80〜85%へ改善し、世界的な過剰生産への防波堤にしたい考えです。eurometal+2


2. EU議会案(INTA草案)の中身

INTAのリーク草案(2025年11月24日付と報じられる文書)は、EC案をベースにしつつ、いくつか重要な修正を提案しています。eurometal+1

50%超過枠関税の維持

議会草案は、枠超過分50%関税というEC案のコア要素を支持しています。 無税枠自体も2013年輸入量を基準とする考え方を維持しており、現行枠より約半分程度の水準になるという方向性に変わりはありません。linkedin+2

キャリーオーバーの復活提案

EC案では四半期ごとのTRQ管理で「未使用枠の持ち越し不可」とされていましたが、INTA草案はこれを緩和し、未使用分の四半期枠を翌四半期にキャリーオーバーすることを認めるべきだと提案しています。 これは供給途絶と価格変動の急激な振れを抑えるためで、ユーザー産業からの強い要望を反映した修正とされています。lagrand+1

ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除

議会草案は、ロシアまたはベラルーシで溶解・鋳造された鋼を使った製品をクオータ制度の対象外とし、EU国境で即時拒否する規定を盛り込む案を提示しています。 これは関税水準の問題を超えた安全保障・制裁措置の性格が強い提案です。eurometal

ウクライナ・EFTA3カ国の扱い

草案は、EC案と同様に、ウクライナについては戦時下の特例としてクオータ・関税を免除し、既存の一方的優遇措置の延長を想定しています。 またノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインについては、従来どおり制度の対象外としています。lagrand+2

発効時期:2026年中の開始見込みだが未確定

現行セーフガードは2026年6月末に失効し、新制度がその後を引き継ぐことが想定されています。 一部報道では、業界関係者が「2026年4月開始」を一つのシナリオとして挙げているものの、正式な発効日は依然として議論中であり、委員会採択・本会議・理事会との協議を経て最終決定される必要があります。eunews+3


3. EU内での評価:上流の歓迎と下流の危機感

鉄鋼メーカー側:稼働率と投資余力の回復

EUROFERなど鉄鋼メーカー側は、新措置案を「EU鉄鋼の設備稼働率を80〜85%に戻し、低価格輸入によるダメージを抑えつつ、脱炭素投資に必要な採算性を確保する措置」として強く支持しています。 彼らは、現在の輸入枠が需要に比べて過大であり、補助金付き・高炭素鋼がEU市場を侵食していると主張しています。reuters+3

自動車・機械などユーザー産業:コストと供給の両面を懸念

自動車・機械・エレクトロニクスなど鋼材ユーザー産業の業界団体は、47%のクオータ削減と50%超過関税、さらにmelt & pour要件による事務負担増の組み合わせが、コスト増と供給リスクを同時に高めると強く懸念しています。 一部の分析では、超過枠関税による追加コストが数十億ユーロ規模に達する可能性が指摘され、価格転嫁が難しいB2B取引ほどマージンが圧迫される構図です。koreapro+2


4. EU域外への波及:輸出国・英国・米国との連動

EU向け主要輸出国への影響

トルコ、インド、韓国、中国、ベトナム、台湾など、EU向け鉄鋼輸出の多い国々は、クオータ縮小と超過枠50%関税の組み合わせにより、枠内に収まらない部分の採算が厳しくなります。 その結果、輸出先の地域シフト(中東・アジア・アフリカなど)やEU向け製品の価格引き上げが進み、世界全体の鋼材フローが再配分される可能性があります。reuters+1

英国:EU市場依存ゆえの「実存的な脅威」

英国は鉄鋼輸出の大部分をEU向けに依存しているため、EUの新制度は「英国鉄鋼業にとって存在そのものを揺るがす脅威」と報じるメディアもあります。 UK Steelは国別クオータの確保を強く求めており、EUの高関税によりEU向けが減れば、代わりに安価な輸入が英国市場に流れ込む二重の影響も懸念されています。globalbankingandfinance

米国との「メタル・アライアンス」の可能性

EC案は、米国が既に導入している50%レベルの鉄鋼関税と歩調を合わせる形で、EU・米国の両方が中国などからの過剰輸出に対抗する「共同防衛ライン」を志向していると解説する向きもあります。 これは鉄鋼市場のブロック化、すなわち「北米+欧州 vs その他」という構図を強める方向に働きかねません。finance.yahoo+2


5. 日本企業・ビジネスパーソンの実務アクション

5-1 EU向けビジネスの鋼材依存度を棚卸し

まず、自社の売上・利益のうち、EU向けでかつ鋼材コスト比率が高い案件・製品を一覧化し、「EU向けにどの程度鋼材依存ビジネスがあるか」を把握することが出発点です。 そのうえで、50%関税がかかった場合の原価インパクトを粗くでも試算しておくと、社内説明や値上げ交渉の準備に役立ちます。jetro+3

5-2 HSコードとTRQカテゴリーの突き合わせ

新制度はTRQカテゴリーに基づいて運用されるため、自社の鋼材・部材のHSコードと、それがどのTRQカテゴリーに属するかを早期に確認する必要があります。 EU内部で十分な供給がない特殊鋼などは、業界団体を通じたロビーイングの論点にもなり得るため、「どのカテゴリーで、どれだけ枠が足りないか」を数字で把握しておくと有利です。thecaravelgu+2

5-3 「melt & pour」対応のトレーサビリティ構築

melt & pour要件により、EU向け鋼材や鋼材を含む製品では「溶解国情報」の提示が必須となる見込みです。 具体的には、letsrecycle+1

  • サプライヤー契約にmelt & pour情報提供義務を明記
  • 社内システムに「溶解国」フィールドを追加
  • ミルシートや長期供給者宣言のテンプレートを標準化し、サプライヤーに共有
    といった実務的なトレーサビリティ整備が求められます。eurometal+1

5-4 契約・価格条項(サーチャージ/関税条項)の見直し

2026年以降をまたぐ長期契約では、鋼材価格と関税・TRQ制度の両方の変動を織り込める条項が重要になります。 例として、reuters+1

  • 「EU鉄鋼TRQ制度の変更により当該品目の関税または関連コストがX%以上増加した場合、価格を協議・改定できる」
  • 「melt & pour要件強化に伴う追加事務コストを別途請求可能とする」
    などの条項が検討対象になります。thecaravelgu+1

5-5 立法プロセスと業界団体の動きを継続ウォッチ

制度はまだ提案+議会草案の段階であり、欧州議会本会議、理事会とのトリローグを経る中で、キャリーオーバーや対象品目などの細部が変わる可能性があります。eurometal+1

  • ECの公式発表・官報
  • 欧州議会INTA委員会の審議・修正案
  • EUROFER(上流)とACEA・Orgalim等(下流)の声明
  • JETROや各国政府の解説レポート
    といった情報源を追いながら、「決まってから対応」ではなく、「どう決まりそうか」を見越して社内シミュレーションを進めることが重要です。jetro+1

6. 50%という数字が持つメッセージ

EC案とEU議会案は、

  • 無税枠(TRQ)を2024年比47%削減し18.3百万トンに制限
  • 枠超過分の関税を25%から50%へ倍増
  • melt & pourに基づく厳格な原産地管理
    を柱とする、新しい鉄鋼貿易ルールを志向しています。europa+1

議会案は、50%関税自体は支持しつつ、四半期枠のキャリーオーバー復活、ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除、ウクライナ・EFTA3カ国への特例といった要素を上乗せし、安全保障と実務運用のバランスを模索しています。 日本企業としては、EU向けビジネスの鋼材依存度、TRQカテゴリー、melt & pour情報のトレーサビリティ、2026年以降の価格条項といった観点で、早めに前提条件をアップデートしておくことが合理的なリスク対応となります。koreapro+3

  1. https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_2293
  2. https://www.chosun.com/english/industry-en/2025/10/08/C7S5WCWSCBAUZLECSFN2CCXLXI/
  3. https://eurometal.net/leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-backs-50-steel-over-quota-duty-adds-russia-belarus-ban-quota-carryover/
  4. https://eurometal.net/2025/11/28/
  5. https://www.reuters.com/world/china/eu-halve-steel-import-quotas-revive-domestic-industry-2025-10-07/
  6. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/85badf9a4c5331d1.html
  7. https://uk.finance.yahoo.com/news/eu-plans-cut-steel-import-094823358.html
  8. https://www.eeas.europa.eu/delegations/t%C3%BCrkiye/commission-proposes-plan-protect-eu-steel-industry-unfair-impacts-global-overcapacity_en?s=230
  9. https://www.letsrecycle.com/news/eu-steel-proposal-seeks-stability-amid-global-overcapacity/
  10. https://eurometal.net/eu-unveils-quota-volumes-for-new-safeguard-system/
  11. https://www.linkedin.com/posts/eurometal_leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-activity-7400190627092746241-IMKT
  12. https://lagrand.ch/eu-steel-market-poised-for-disruption-safeguard-draft-ukraine-scrap-ban-impact-202512021028/
  13. https://www.eunews.it/en/2025/10/07/zero-tariffs-for-lower-quotas-higher-ones-for-surpluses-eu-measures-for-steel/
  14. https://www.reuters.com/markets/commodities/eu-plans-cut-steel-import-quotas-hike-tariffs-2025-10-01/
  15. https://koreapro.org/?p=2211344
  16. https://www.thecaravelgu.com/blog/2025/10/11/kub596v0tlwetut8nfnrpm5amk48b9
  17. https://www.globalbankingandfinance.com/EU-STEEL-75902157-2ec7-4dd0-b847-5e24a4a2ba33/
  18. https://euperspectives.eu/2025/10/commission-slashes-steel-import-quotas-doubles-out-of-quota-tariff-to-50/
  19. https://www.steelorbis.com/steel-news/latest-news/eu-to-halve-steel-import-quotas-and-raise-tariffs-to-50-in-new-trade-package-1412688.htm
  20. https://x.com/EUROMETAL_/status/1994427204495933522

EU鉄鋼セーフガードの兆しを読む――2026年以降を見据えたビジネスパーソンの視点

EU鉄鋼セーフガードの兆しを読む
――2026年以降を見据えたビジネスパーソンの視点


※本記事は、2025年12月時点で公開されているEU・業界団体等の資料に基づいています。


1. まず「EU鉄鋼セーフガード」を30秒でおさらい

EUの鉄鋼セーフガードは、「輸入が急増して域内産業に深刻な被害が出そうなとき、一時的に輸入を抑えるための非常ブレーキ」です。WTO協定に基づくセーフガード措置の一種で、EUでは主に次のような仕組みになっています。

  • 対象:26品目カテゴリーの鉄鋼製品
  • 形式:関税割当(TRQ)+超過分25%関税
  • 内容:2015〜2017年の平均輸入実績をベースに関税割当枠を設定し、その枠内は無税、枠を超えた輸入には25%の追加関税

この制度は、2018年の米国による鉄鋼セクション232関税(25%)をきっかけに、EU市場に鉄鋼がなだれ込む「迂回輸出」を防ぐ目的で導入されました。


2. いまEUセーフガードはどこまで来ているのか

2-1. 2026年6月までは現行セーフガードが継続

EUは2024年6月の調査を経て、鉄鋼セーフガードを2026年6月30日まで2年間延長することを決定しました。

  • 延長期間:2024年7月1日〜2026年6月30日
  • 形式:これまで同様、TRQ+超過分25%関税
  • 理由:
    • 世界的な鉄鋼過剰設備と中国等からの輸出増
    • 他地域の保護措置(米国など)によるEU市場への迂回輸出
    • EU内の需要減少と価格下落

EU自身、「この措置は2018年の最初の発動から数えて最長8年で終了する」と明言しており、現在のセーフガードは2026年6月で打ち切りが原則です。

2-2. 2025年から運用は一段とタイトに

「延長したからしばらく現状維持だろう」と見るのは危険です。
2024年末に開始された「機能見直し(functioning review)」を経て、2025年3月に公表された実施規則2025/612により、運用がタイト化しています。

さらに3月25日、欧州委員会は輸入制限強化を発表しました。

主なポイントは以下の通りです。

  • 関税割当(TRQ)の水準をおおむね15%程度削減
  • 国別枠の「余り」を他国に回すといったキャリーオーバー(持ち越し)を禁止
  • 輸入圧力が高く需要が低迷している品目では、より厳しい管理
  • 枠を超えた分には引き続き25%の追加関税

つまり、同じルールの名前でも、実質的な輸入の「門」はじわじわ狭まっている状況です。

2-3. 2026年以降は「新たな鉄鋼輸入政策」へ?

2026年6月で今のセーフガードは終わる――はずなのに、EUはすでに「その先」の構想を打ち出し始めています。

2025年7月、欧州委員会は今後の鉄鋼保護策に関するコンサルテーションを開始し、セーフガード終了後も何らかの保護メカニズムが必要だとの立場を示しました。

続いて2025年10月7日、現行セーフガードに代わる新たな鉄鋼輸入政策の提案を公表。法律事務所の分析によれば、その骨子は次の通りとされています。

  • 無税枠(TRQ)の大幅削減
    • 2024年比で約47%減(年間1,830万トン程度に上限)
  • 超過関税の引き上げ
    • 25% → **50%**へ引き上げ
  • 「melt and pour(溶解・鋳造地)」のトレーサビリティ義務
    • どの国で溶かされ、鋳造された鋼材かの証明を求め、迂回輸出を防止
  • 対象:現在セーフガードの対象となっている26品目カテゴリーにほぼそのまま適用
  • 発効予定:2026年7月以降(EU議会・理事会での審議・修正を経て最終決定)

重要なのは、これはまだ「提案」であり、確定ではないという点です。しかし、方向性としては、

「現行セーフガードより、さらに厳しい恒常的な輸入管理」

に向かっているシグナルとして読むことができます。


3. EUは何を恐れているのか:政策の「読み方」

3-1. 背景にあるのは「世界的な過剰設備」と中国

EUがセーフガード延長と新しい保護策に踏み切ろうとしている背景には、世界的な鉄鋼過剰設備があります。

欧州鉄鋼連盟(EUROFER)のファクトシートによると:

  • 中国の鉄鋼輸出は2024年に1.3億トン規模
  • EU向け輸入のシェアは2024年に**27%**まで上昇
  • 2008年以降、EU鉄鋼産業では約9.5万人の雇用が失われた
  • 2024年だけで約1,800万人トン相当の能力が閉鎖

さらに、米国がEU産鉄鋼への関税(25%→50%)を再強化したことで、米国向けが閉ざされた分の鉄鋼がEU市場へ迂回するリスクも高まっています。

EUから見ると、
「このまま何もしなければ、輸入に市場を奪われ、脱炭素投資どころではなくなる」
という危機感が明確です。

3-2. グリーンスチールと産業政策

大手鉄鋼メーカーのアルセロール・ミタルも、**「グリーンスチール投資には、より強力な貿易防衛が必要だ」**と公然と主張しています。

  • エネルギーコストの高止まり
  • 中国などからの低価格輸入
  • 顧客がグリーンスチールに十分なプレミアムを払いたがらない

こうした事情から、EUは2025年に「Steel and Metals Action Plan」を打ち出し、グリーンディールとの整合を取りつつ、鉄鋼産業への支援と保護を強める方向に舵を切っています。

3-3. 「鋼材ユーザー」側からの強い反発

一方、機械・電機・自動車など鋼材を大量に使う下流産業は、新たなセーフガード案に強く反発しています。

欧州のテクノロジー産業団体Orgalimは、「新しいEU鉄鋼セーフガードは欧州の製造業競争力を損なう」として強く反対するポジションペーパーを公表しました。

  • 鋼材ユーザーのコスト増
  • 特殊鋼などEU内で十分作れない製品の供給不安
  • 四半期ごとの割当枠管理による頻繁な枯渇リスク
  • 「melt and pour」ルールによる事務負担の増加

などを理由に、提案の修正や撤回を求めています。

ポイントは、EU内部で「鉄鋼メーカー vs 鋼材ユーザー」の綱引きが激しくなっているということです。これは最終的な制度設計に大きく影響するため、日本企業としてもウォッチすべき重要な「兆し」です。


4. 日本企業にとっての「痛点」はどこか

4-1. 日本からEU向け鋼材輸出

Akin Gumpの分析では、2025年7〜9月期のデータで、冷延鋼板(CRC)や溶融亜鉛めっき鋼板(HDG)などの主要品目について、日本を含む複数国がTRQ枠を9割〜ほぼ100%使い切っていると指摘されています。

ここに、

  • 2025年のTRQ削減(約15%)
  • 2026年以降の47%削減・50%関税案

が重なると、次のようなリスクが現実味を帯びてきます。

  1. 枠の早期枯渇 → 期中に一気に50%関税ゾーンへ
  2. 「残余枠」を狙うグローバルな競合との争奪戦激化(キャリーオーバー禁止で余裕も減少)
  3. 価格転嫁が難しいFOB契約では、サプライヤー側のマージン圧迫

日本の高級鋼材・自動車向け鋼板などは「ニッチかつ高付加価値」であるがゆえに、EU市場へのアクセスが限定されると代替市場を探しにくいという構造的な弱点もあります。

4-2. EU域内で鋼材を調達する製造業

欧州に生産拠点を持つ日系の自動車メーカーや建機・産業機械メーカーは、域内調達価格の上振れリスクに向き合う必要があります。

  • EU内の鉄鋼価格が、アジアに比べて常に割高になりやすい
  • グリーンスチールへの転換コストも上乗せされる
  • サプライヤーがセーフガードを理由に価格交渉力を強める可能性

サプライチェーンとしては、

「どの工程でどの鋼材をEU由来にするのか」
「どこまでをアジアから輸入し、どこからをEU内生産・調達とするのか」

といった、生産・調達の線引きを再設計する必要が出てきます。

4-3. 商社・トレーディングビジネス

鉄鋼トレーダーや商社にとっては、

  • 第三国経由のスキームが「melt and pour」ルールで塞がれるリスク
  • TRQの国別・品目別配分の変化に応じたポートフォリオ組み替え
  • EU・英国・中東など複数市場を見ながらの物量の再配分

といった実務的な対応が必要になります。


5. 兆しをどう読むか:実務者向け「ウォッチポイント」

EU鉄鋼セーフガードの今後を読むうえで、ビジネスパーソンが押さえておきたい「チェックポイント」は次の5つです。

① EU官報・欧州委員会(DG TRADE)の動き

  • 実施規則(Implementing Regulation)の改正
  • DG TRADEのニュースリリースやコンサルテーション告知

→ 法令ベースでルールが動きそうな「前触れ」を早期に把握。

② 業界団体のポジションペーパー

  • EUROFER(鉄鋼メーカー)
  • Orgalimなど鋼材ユーザー団体

→ どの程度「強い措置」が政治的に許容されるかを読む材料。

③ TRQ消化率と輸入統計

  • HSコード別・原産国別の輸入量
  • 各カテゴリーのTRQ消化率(枠の埋まり方)

→ 自社が関わる品目の「枠の混み具合」を常時モニター。

④ 米国・中国を中心とした他国の貿易政策

  • 米国の鉄鋼関税(再導入・引き上げなど)
  • 中国・東南アジアの輸出動向、設備増設計画

→ 他地域の一手が、EUへの迂回輸入圧力として跳ね返る。

⑤ EU域内の政治・雇用情勢

  • 大手製鉄所の閉鎖・リストラ報道
  • 各国政府・地方政府の支援・救済策

こうしたニュースが増えるほど、「より強い保護措置を求める声」が政治的に力を持ちやすくなります。


6. 2026年までに日本企業がやっておきたい5つのアクション

最後に、ビジネスパーソンの立場から見た「実務的な打ち手」を5つに整理します。

1. 自社製品を「HSコード×セーフガードカテゴリー」で棚卸し

  • 自社が扱う鋼材・鋼材を含む製品を、
    • HSコード
    • EUセーフガードのカテゴリー
      にマッピングし、「どの枠に乗っているのか」を可視化する。

2. 主要サプライヤー別のコストシミュレーション

  • 日本・韓国・EU内・第三国など、サプライヤー別に
    • TRQ枠内/枠外
    • 25%(現行)/50%(提案段階)の関税
      を前提とした原価シミュレーションを作成しておく。

3. 長期契約の価格条項(price adjustment clause)の見直し

  • セーフガードや新規輸入規制を「価格調整事由」として明示
  • 枠の急激な枯渇で関税が跳ね上がった場合のコスト分担ルールを合意しておく

4. 調達・生産の地理的分散

  • EU向け需要のうち、
    • どこまでを**EU域内生産(ローカル・フォー・ローカル)**で賄うか
    • どこまでを輸入でカバーするか
  • 中東・ASEANなど他地域への販売先転換シナリオも含め、複数パターンを事前に検討しておく。

5. 社内の「通商アラート」仕組みづくり

  • 法務・経営企画・サプライチェーン・営業を横串でつないだ小さなタスクフォースを設ける
    • EU官報・DG TRADEの更新
    • 業界団体の声明
    • TRQ消化率
      を月次〜四半期でレビューし、経営陣への簡易レポートを定例化する。

7. おわりに:セーフガードを「守り」で終わらせない

EU鉄鋼セーフガードは、単なる貿易規制ではなく、

  • グローバルな過剰設備
  • 米中・米EUの通商摩擦
  • グリーンスチールへの投資負担
  • EUの産業政策と政治・雇用

といった大きな潮流が交差する「縮図」です。

**2026年までの2年弱は、「現行セーフガードの最終章」であると同時に、「その先の新ルールへの助走期間」**でもあります。

  • ルールが決まってから慌てて対応するか
  • 兆しの段階から構造を読み、打ち手を仕込んでおくか

この差が、数年後の利益水準や市場シェアに大きく響いてきます。

この記事が、EU鉄鋼セーフガードの「兆し」を読み解き、
守りと攻めを両立させる通商戦略を考える一助になれば幸いです。


EU、米国との15%関税合意に「安全弁」を要求──ビジネスへの実務的インパクト

2025年7月末にまとまった米欧の関税合意をめぐり、EU加盟国が「安全弁(セーフガード)」の導入を求めています。ポイントは、米国に対する関税引き下げ・撤廃を一気に進める一方で、将来もし米国からの輸入が急増し、自国産業に打撃を与えそうになった場合には、EU側が関税を元に戻せる仕組みを法律の中に埋め込もうとしている点です。Reuters+1

本稿では、この15%関税合意の中身と、EUが求める「安全弁」の実像、日本のビジネスパーソンが押さえておくべきポイントを整理します。


1. そもそも「米EU15%関税合意」とは何か

まず合意の骨格を簡単に整理します。

  • 合意時期
    • 2025年7月27日、米国とEUが関税交渉で枠組み合意に到達。Reuters Japan

米国側(対EU)

  • EUから米国に輸入される**ほぼ全てのEU製品に最大15%の「基本関税」**を適用。
  • これには、従来27.5%の高関税がかかっていた自動車や自動車部品、半導体、医薬品なども含まれます。15%は上限であり、既存の関税率に上乗せされる形ではありません。Reuters Japan+2Reuters+2
  • 一方で、航空機・同部品、特定の化学品、特定のジェネリック医薬品、半導体製造装置、一部の農産物、天然資源・重要素材などについては、米欧双方が関税ゼロとする枠組みも導入されました。Reuters Japan
  • EU製の鉄鋼とアルミニウム(および銅)には50%関税が維持され、これらについては今後も協議が続く形です。Reuters Japan+1

EU側(対米国)

  • 米国からの工業製品に対する関税を原則ゼロにし、さらに一部の水産物・農産品には、一定数量まで無税とする関税割当が設けられます。Reuters+1
  • 併せて、米国産LNG(液化天然ガス)などのエネルギー製品を今後数年間で大規模に購入することも合意に含まれています。Reuters Japan+1

結果として、**「米国はEU製品に一律15%、EUは米国製工業品の関税をほぼゼロ」**という、やや非対称な構図になっています。日本のシンクタンクからも、EU側に厳しい条件だとの指摘が出ています。nli-research.co.jp


2. EUが求める「安全弁」とは何か

今回ニュースになっているのは、この合意をEU法制として実装するにあたり、加盟国が追加条件として「安全弁」を要求している点です。

EU加盟国がまとめた共通方針の主なポイントは以下の通りです。Reuters+2ГМК+2

(1) 輸入急増時のセーフガード(安全弁)

  • 米国からの輸入が急増し、EU産業に「重大な損害、またはそのおそれ」が生じた場合、
    • EUは、米国に対する関税引き下げ・撤廃を一部または全面的に停止できる。
    • どこまで戻すか(関税率、対象品目)は、ケースごとに調整。

欧州委員会(European Commission)は、加盟国から要請があった場合に調査を行い、必要なセーフガード措置を提案します。

(2) 欧州委員会によるモニタリングと報告義務

  • 欧州委員会は、関税変更がEU市場に与える影響を継続的にモニターし、
  • 遅くとも2028年末までに影響評価の報告書を取りまとめます。
    • これは、次の米大統領選直後にあたるタイミングで、政権交代リスクも意識したスケジュールとみられます。Reuters+1

(3) 欧州議会が検討する追加条件

欧州議会(European Parliament)は、以下のような追加措置を検討しています。Reuters+2ГМК+2

  • 18カ月のサンセット条項(自動失効条項)案
    • 合意後18カ月を経過した時点で自動的に見直し・再承認を求める仕組み。
  • 米国側の「約束違反」への対応メカニズム
    • 米国が一方的に追加関税を課すなど合意から逸脱した場合、EUが迅速に対抗措置を取れる制度を求めています。
  • 50%関税がかかる「派生品」への対処
    • 米国は、合意後に約400超の鋼鉄・アルミ関連製品(風力タービンやバイクなど)を50%関税の対象としました。
    • 欧州議会側は、米国がこれを撤回しない限り、EU側も同種の米国製品に対する関税を維持すべきだと主張しています。Reuters+1

要するに、EUは「関税は下げるが、いざというときは元に戻せる保険をしっかりかけておきたい」というのが今回の「安全弁」の本質です。


3. EUがここまで警戒する背景

EUが慎重姿勢を崩さない背景には、少なくとも三つの懸念があります。Reuters+2AP News+2

(1) 米国側の政策運営への不信感

  • トランプ政権は、合意後も追加関税をちらつかせるなど、対外関税政策を機動的かつ政治的に使ってきました。
  • 実際、合意から2週間後に、一部の鉄鋼・アルミ関連製品を15%ではなく50%関税の対象に切り替えた例もあります。AP News
  • 「合意しても、いつ上書きされるか分からない」という不信感が、セーフガードやサンセット条項を求める動きにつながっています。

(2) EU国内産業への影響懸念

  • EUは米国製工業品の関税をほぼゼロにするため、米国製品がEU市場に大量流入する可能性があります。Reuters+1
  • 特に、電機・機械、化学、農業・食品など、競争力が拮抗している分野では、EU企業の価格競争が一段と厳しくなりかねません。
  • 「安全弁」がなければ、政治的にもこの合意を国内に説明しづらいという事情があります。

(3) 合意の実効性・持続性への疑問

  • 日本の研究機関からは、「合意内容が曖昧で、米国が誠実に履行するか不透明」「トランプ大統領の恣意的な関税発動リスクが残る」といった指摘も出ています。nli-research.co.jp
  • EUとしては、長期的に見てこの合意が持続可能かどうか、大きな疑問符を付けざるを得ない状況です。

4. どのビジネスがどう影響を受けるのか

ここからは、ビジネスパーソン目線でのインパクトを整理します。

4-1. EU企業:自動車は一息つくが、全体では「重い15%」

  • 自動車・自動車部品
    • 米国向け関税が27.5%から15%に下がることで、欧州自動車メーカーは月あたり約5〜6億ユーロ規模の関税負担が軽くなるとされています。AP News
    • ただし、コストは依然として高く、合意前の「一桁台の関税水準」と比べると、価格競争力は大きく削がれたままです。AP News
  • 鉄鋼・アルミ・銅
    • これらは依然として50%関税が維持され、当面は「重課税+数量調整」が続く見通しです。Reuters Japan+1
  • その他の工業品
    • EUから米国への輸出は15%の固定関税負担が続く一方で、米国製品はEU市場で関税ゼロとなるため、価格面では米国企業が有利になりやすい構図です。Reuters+1

4-2. 米国企業:EU市場でのプレゼンス拡大チャンス

  • 工業製品全般でEU側関税が撤廃されるため、米国企業はEU市場へのアクセスコストが大きく低下します。Consilium+1
  • 特に、機械・エネルギー関連製品、IT機器などは、価格競争力をテコにシェア拡大を狙いやすい環境になります。

4-3. 日本企業・日本の投資家への示唆

日本は別途、米国と15%相互関税の枠組みで合意しているとされますが、今回の米欧合意は、**「米国の通商軸がEUへ大きく傾いている」**ことを改めて示すものです。nli-research.co.jp

日本企業・投資家にとってのポイントを挙げると:

  1. 「米国-EU」軸でのサプライチェーン再構築
    • 米欧間の関税がある程度固定化されたことで、米国・EUの二極をベースに生産・販売拠点を再配置する動きが強まる可能性があります。
    • 例えば、欧州に工場を持つ日本企業は、**「EU発→米国向けの輸出に15%関税がかかる前提で、どこまで採算が合うか」**を再計算する必要があります。
  2. 第三国としての「相対的な不利・有利」を再点検
    • 米欧の間で関税が一定の枠組みに固定されると、日本やアジア諸国から見たとき、製品・サービスごとに**「米国を経由した方が得か」「EUから出した方が得か」**といった比較が変わってきます。
    • 高付加価値品は関税よりも技術・ブランドが決定要因になりますが、価格敏感な分野ではサプライチェーンの設計が競争力に直結します。
  3. 為替・資本市場を通じた影響
    • 米欧関税問題が落ち着けば、一時的に市場ボラティリティが低下する可能性がある一方、合意の先行きが不透明なままなら、リスクオフ局面でドル高・ユーロ安といった動きが広がる局面もあり得ます。
    • グローバルに事業展開する日本企業は、為替シナリオを複数持っておくことが重要です。

5. 実務家として今チェックしておきたいこと

最後に、企業のビジネスパーソンが「明日から何を見ておくべきか」を、チェックリスト形式でまとめます。

  1. 自社・取引先の輸出入フローの棚卸し
    • 「EU→米国」「米国→EU」の取引がどの程度あるか、品目別・金額別に洗い出す。
    • 関連する欧州子会社・米国子会社の役割も合わせて整理。
  2. 価格・契約条件への反映方針
    • 15%関税を前提にした価格設定・契約条件の見直しが必要かを検討。
    • 関税負担を「どこまで価格転嫁できるか」「どこまで自社で吸収するか」の方針をあらかじめ決めておく。
  3. EUの「安全弁」の最終姿をフォローする
    • 欧州議会での審議は今後数カ月にわたり続く見込みです。サンセット条項や追加のセーフガードがどこまで盛り込まれるかで、合意の「寿命」と安定度が大きく変わります。Reuters+2ГМК+2
    • 特に、長期契約や大型投資を検討している企業は、最終法案の内容が確定するまで慎重な姿勢が望まれます。
  4. 「米国リスク」だけでなく「EUリスク」もセットで考える
    • これまでは「トランプ政権の関税リスク」に目が行きがちでしたが、今後はEU側が安全弁を引き金に関税を戻すリスクも織り込む必要があります。
    • 米欧関係を「一枚岩」と見るのではなく、「政治情勢次第でルールが再交渉される関係」として捉えることが現実的です。

6. まとめ

  • 米EU15%関税合意は、米国がEU製品に最大15%の関税を課す一方で、EUが米国製工業品の関税をほぼゼロにするという、やや非対称なディールです。Reuters Japan+2Consilium+2
  • EUは、この合意を受け入れる代わりに、「輸入急増時に関税を元に戻せるセーフガード」「2028年までの影響評価」「18カ月のサンセット条項案」など、安全弁を法制度上に組み込もうとしています。Reuters+2ГМК+2
  • 日本のビジネスパーソンにとって重要なのは、
    • 自社の米欧向けビジネスにどの程度影響が出るかを棚卸しし、
    • 関税変化を前提にした価格・サプライチェーンの設計を見直し、
    • 米欧の政治・通商関係の揺れを前提とした複数シナリオを用意しておくことです。

米欧の関税問題は、一見すると遠い話のようでいて、日本企業の現場にもじわじわ影響してきます。
ニュースの「見出し」で終わらせず、自社のビジネスにとっての意味合いを翻訳しておくことが、これからの国際ビジネスには欠かせません。

EUにおけるHSコード事前教示制度

EUにおけるHSコード事前教示制度の実務ガイド

EUでは品目分類についてBTI(Binding Tariff Information:品目分類の拘束的事前情報)、原産地について**BOI(Binding Origin Information:原産地の拘束的事前情報)と呼ばれる事前教示制度が整備されています。法的根拠はUCC(Union Customs Code:EU関税法、規則952/2013)**で、2019年10月1日以降はEU Customs Trader Portalを通じた電子申請が義務化されました。

運用主体と公式URL

運用主体:各EU加盟国の税関当局がBTI/BOIを発給します。申請はEU Customs Trader Portal(eBTI)経由で行います。

主要リンク

  • 欧州委員会BTI概要・申請ガイド(TAXUD)
  • BTI公開データベース(EU全加盟国の決定を検索可能、機密情報を除く)
  • 各国税関サイト(ルクセンブルク、アイルランド、フィンランド等が詳細な実務案内を提供)

申請から裁定までのプロセス

1. 申請者・提出先

申請者は自社の所在する加盟国、または決定を使用する予定の加盟国の税関に対し、EU Trader Portal上で申請します。EORI番号(EU共通の経済事業者登録識別番号)が必須です。

2. 申請方法(電子提出)

EU Customs Trader PortalからeBTIにログイン→申請フォーム入力→裏付資料(写真、図面、組成データ等)を添付→送信。

3. 受理判断

税関は申請受領後30日以内に受理可否を判断し、申請者に通知します。受理日が以後の法定審査期限の起算点となります。

4. 裁定の発出

受理日から120日以内にBTI/BOIを発給します。審査に追加情報や分析が必要な場合、最大30日の延長が認められます(BOIについても同様)。

5. 通関での使い方

申告書の所定欄に文書コードC626とBTI/BOI番号を記載します。BTI/BOIは申請者(保有者)のみが使用でき、全EU税関を拘束します(同一の事実・条件に限る)。


申請に必要な情報

BTI申請では、品目の詳細な技術情報を提供する責任が申請者にあります:

  • 品目の用途・機能・構造・作動原理
  • 材質・組成(重量%)、製造工程
  • 図面・写真・カタログ・取扱説明書、必要に応じサンプル
  • 申請者の分類見解(CN8桁/HS6桁)と法的根拠(GIR、部注、類注)
  • EORI番号および連絡先

BOI申請では、製造工程、投入材の内訳、適用する原産地規則、証憑など、原産判定に必要な全情報を添付します。

原則:1申請=1品目(分類に影響しない軽微な差異のみを束ねることが可能)。


処理期間

  • 受理まで:30日以内
  • 裁定まで:受理日から120日以内(必要に応じ最大30日延長)

有効期間と拘束力

有効期間:原則3年(BTI・BOI共通)。

早期失効・取消:法改正、CN・HS改訂、EU裁判所判決、WCO勧告等により、有効期間内でも失効・取消されることがあります。

経過措置(延長使用):失効・取消となった場合でも、既存の拘束的契約に基づく取引に限り、最大6か月の使用継続が認められる場合があります。


費用

発給手数料:無料。ただし、サンプル分析・専門鑑定・返送等の実費は申請者負担となり得ます。


実務上の重要事項

公開データベース:BTI決定は公開DBで検索可能(機密部分を除く)。先例調査に有用です。

申告義務:BTI/BOI番号(C626)を申告書に必ず記載。保有者本人またはその代理人のみ使用可能です。

適用範囲:申請時の事実関係と同一貨物が前提。仕様変更・工程変更時は再検討が必要です。

不受理の典型例:仮想案件(実需の裏付けがない)、同一事案が既に係属中、情報不足。

不服申立・手続保障:UCCに基づき、不利益処分前の聴聞権(right to be heard)および二段階以上の不服申立の権利が保障されています。

申請先の選択:自社所在国が通常ですが、決定を使用する加盟国に出す選択肢も規定されています。

最近の動向BVI(Binding Valuation Information:評価の拘束的情報)制度が2027年12月1日から導入される予定です(EU規則2024/1071および2024/1072)。将来的に分類(BTI)/原産(BOI)/評価(BVI)の三位一体運用が実現します。


申請準備チェックリスト

  1. EORI登録:未取得なら先に登録
  2. 技術資料の整備:用途・機能/構造/組成%/工程+写真・図面・カタログ
  3. 申請単位の確認:1申請=1品目(同質品の束ね方を検討)
  4. スケジュール管理:30日(受理)+120日(審査)を逆算。照会・分析が入ると延びるため余裕を確保
  5. 先例検索:BTI DBで類似品を確認(他社のBTIは自社を直接拘束しない点に注意)
  6. 通関運用の準備:C626+BTI/BOI番号の記載漏れ防止、同一性(仕様不変)チェック、失効・取消時の6か月猶予の可否判断

主要根拠法令・ガイダンス

  • 欧州委員会(TAXUD):BTI/BOI概要、eBTI申請方法、審査枠組み(2025年2月改訂版公表)
  • 各国税関公式案内:EU Trader Portal提出、EORI要件、C626記載、3年有効等
  • BOIガイダンス:3年有効、120日以内の発給
  • UCC(規則952/2013)第34条:有効期間と経過措置(最大6か月の延長使用)
  • 費用:発給無料、分析等の実費は申請者負担

(確認日:2025年10月15日)

REX(登録輸出者)システムに関する企業向け実務ガイド

皆様からREXに関する関心が多いことから、今回まとめてみました。

はじめに:日本企業にとっての結論
日EU・EPAを利用して日本からEUへ輸出する場合、REX登録は不要です。6,000ユーロを超える貨物で原産地を自己申告する際の「輸出者参照番号」には、EUのREX番号ではなく、**日本の「法人番号」**を記載します(未付番なら空欄可。住所の記載で代替可)。Taxation and Customs Union


1. REX(登録輸出者)システムとは?

REX(Registered Exporter)は、原産地自己申告を可能にするための輸出者登録制度です。EU側の輸出者GSP受益国の輸出者が、REX番号をインボイス等の**Statement on origin(原産地に関する申告)**に記載して特恵を申請する仕組みです。Taxation and Customs Union


2. REXが必要となる主なケース(日本からの輸出以外)

輸出ルート適用される制度/協定6,000ユーロ超の場合の要件
EU → 日本 などEUが締結するFTA(例:EU–Japan、CETA、UK TCA等)EU側輸出者にREX登録が必要(自己申告で特恵申請)。EU Trade+1
GSP受益国 → EUGSP(一般特恵)受益国の輸出者にREX登録が必要(自己申告で特恵申請)。Taxation and Customs Union

したがって、REXは**「EU側が輸出者」または「GSP受益国が輸出者」のときに関係し、日本からEUへ輸出する場合には直接関係しません**。Taxation and Customs Union


3. 日EU・EPAにおける日本の輸出者の対応

3.1 輸出者参照番号には「法人番号」を記載

  • 自己申告文(Statement on origin)をインボイス等に記載する際、**日本側輸出者の輸出者参照番号は「法人番号(13桁)」**です。Taxation and Customs Union
  • 未付番の場合空欄可で、住所を「場所及び日付」欄に記載して輸出者を識別できます。Taxation and Customs Union
  • EU税関による照合のため、国税庁「法人番号公表サイト(英語版)」に社名・所在地が表示されるよう設定しておくことを推奨します。Taxation and Customs Union

3.2 6,000ユーロ閾値の考え方

  • EU側輸出者6,000ユーロ以上でREXが必要、未満は不要。EU Trade
  • 日本側輸出者はREX不要で、基本は法人番号を用います(未付番時は空欄可)。「日本側に6,000ユーロ超=番号必須」という定めは明文化されていませんTaxation and Customs Union

3.3 代替手段:輸入者の知識(Importer’s knowledge)
輸出者の自己申告に代えて、EU側輸入者の知識に基づき特恵申請することも可能です。輸入者は原産性を示す資料を保持・提示できる必要があります。Taxation and Customs Union


4. 実務上のチェックリストと注意点

4.1 原産地自己申告文(Statement on origin)の記載【重要】

  • **PSR(CTH、RVC等)の“具体語”を書き込む必要はありません。一方で、附属書3‑Dの注記(4)に従い、A/B/C/D/Eの「コード」(例:A=完全生産、B=品目別規則充足、E=寛容差 等)は該当すれば記載します。多くのケースでは「B」**になります。wko.at+1
  • 輸出者参照番号(日本側=法人番号)原産地(EUまたはJapan)、**有効期間(複数出荷の場合)**など、附属書3‑Dで定める要素を満たすこと。Taxation and Customs Union
  • 保存義務:自己申告文と原産性に係る記録は最低4年間保存。Taxation and Customs Union

4.2 取引先(EUの輸入者)からREX番号を求められた場合
REXはEU側輸出で使う番号であり、日本からEUへの輸出では法人番号を用いる旨を説明します。必要に応じて、**法人番号公表サイト(英語版)**の掲載で確認可能にします。Taxation and Customs Union

4.3 用語の混同に注意

  • REX番号EU側GSP受益国側登録輸出者番号(自己申告のため)。Taxation and Customs Union
  • 法人番号日本側輸出者が日EU・EPAで輸出者参照番号として用いる番号。Taxation and Customs Union
  • EORI番号EU域内で通関手続を行う事業者の登録番号(REXとは用途が異なる)。EU Trade

5. まとめ

  • REXの基本EU側輸出者GSP受益国の輸出者6,000ユーロ超の貨物で自己申告する際に用いる登録番号EU Trade+1
  • 日本企業の対応日本→EUではREX不要輸出者参照番号=法人番号を記載(未付番時は空欄可・住所で代替)。Taxation and Customs Union
  • 実務最重点PSRの具体語(CTH等)の記載は不要だが、A/B/C/D/Eのコード必要に応じ記載裏付け資料の4年間保存法人番号の英語表記公開を徹底。wko.at+1

確認(根拠)

  • 日本側=法人番号/EU側=REX、輸出者参照番号の空欄許容と住所記載の代替、保存期間4年、自己申告文の構成要素:EU–Japan EPA 共同ガイダンスTaxation and Customs Union
  • EU側輸出者のREX要否(6,000ユーロ閾値)Access2Markets「Statement on origin」。EU Trade
  • EU–Japan(双方)での自己申告フレーム、EU側輸出はREX登録が前提/日本側は法人番号:Access2Markets EU–Japanページ。EU Trade
  • GSPはREX必須:欧州委「GSP」ページ(受益国輸出者はREXで自己申告)。Taxation and Customs Union
  • 附属書3‑D注記(4)のコード(A/B/C/D/E)官報版 附属書3‑DおよびAccess2Marketsの記載。wko.at+1
  • **輸入者の知識(Importer’s knowledge)**の要件:EU–Japan EPAガイダンス(Importer’s knowledge)Taxation and Customs Union

EUにおけるFTA原産地証明のためのサプライヤー証明(SD)実務ガイド

YouTubeでの簡易説明あります。

EU域内でFTA(自由貿易協定)を利用する際、輸出産品の原産性を裏付ける**サプライヤー証明(Supplier’s Declaration; SD)**について、企業のご担当者向けに実務目線で解説します。

【最重要ポイント】

本ガイドで扱うサプライヤー証明(SD)は、輸入国で特恵関税を主張する際に税関へ提出する「証拠書類」そのものではありません。
SDは、輸出者が原産地に関する申告(Statement on origin; SoO)やEUR.1/EUR‑MED等の原産地証拠を作成するための裏付け書類です。SD自体は輸入時の証拠にはならない点を必ず押さえてください。 Taxation and Customs Union+1


1. サプライヤー証明(SD)とは

目的:サプライヤーが納入する原材料・部品または完成品の特恵原産性の有無等を、買手(多くはEU内の輸出者)に書面で宣言する仕組み。輸出者はこの情報を根拠にSoOやEUR.1等の原産地証拠を整備します。 Taxation and Customs Union

法的根拠UCC実施規則(Implementing Regulation (EU) 2015/2447)
附属書22‑15〜22‑18に各様式(単発/長期、原産あり/なし)が規定されています。 EUR-Lex


2. SDの種類と使い分け(実務早見表)

様式種別典型用途有効期間主な記載事項(抜粋)実務ポイント
22‑15単発・原産性あり単発納入の原産材料・製品の裏付け出荷単位原産地(通常“EU”)、適用FTA、累積相手国(該当時)SoOやEUR.1の裏付けに使用。フォームに**「累積相手国」**欄あり。 Revenue
22‑16長期(LTSD)・原産性あり同一品の継続取引で毎回のSD発行を省力化開始日から最長24か月(開始日は発行日の12か月前6か月後の範囲で設定可)22‑15の項目+発行日/開始日/終了日(3日付)期間中に原産性が変わったら直ちに通知義務。上限は開始日基準Taxation and Customs Union
22‑17単発・原産性なしEU内で加工済だが原産化前の半製品を次工程に渡す出荷単位非原産材料の品目説明・HS見出し・価額/実施加工の内容 など後工程での追加加工により原産化の可否を判断可能に。 wko.at
22‑18長期・原産性なし上記22‑17の継続取引版22‑16の期間ルールに準拠22‑17の項目+発行日/開始日/終了日受入側の原産化設計に不可欠な内訳を漏れなく。 Fera

備考(共通):SDはEU域内での授受が基本ですが、協定によってはクロスボーダーSD(非原産/原産)に対応する規定もあります。詳細は各協定のプロトコルをご確認ください。 Taxation and Customs Union


3. 作成・管理の重要ポイント

3.1 累積(Cumulation)の明示

PEM等で対角累積を使う場合、SDに累積相手国を明記します(フォームに「Cumulation applied with …」欄)。 wko.at

3.2 署名・電子化

原則は手書き署名ですが、

  • SDとインボイスが電子作成され電子的に認証される場合、または
  • サプライヤーが包括的な書面誓約を与えている場合、
    署名の省略が可能です。 EU Trade

3.3 保存期間(実務推奨)

  • EU-日本EPA:輸出者はSoOと裏付け記録を最低4年間保存。SD発行側も同等以上を推奨。 Taxation and Customs Union
  • EU-韓国FTA5年間EU Trade
    (社内規程として5〜7年保管を推奨)

3.4 検証とINF4

税関はINF4(情報証明書)により、SDの真実性・正確性の確認を求めることがあります。輸出者がINF4を提示できない場合、輸出国税関に直接照会されることもあります。 Taxation and Customs Union


4. EU-日本EPAにおける特有の留意点

  • 原産地証拠の方式:第三者発行ではなく、輸出者の自己申告(SoO)または輸入者の知識が基礎。 Taxation and Customs Union
  • REX登録:EU側輸出者は、1貨物6,000ユーロ超REX登録が必要(SoOにREX番号を記載)。 Taxation and Customs Union
  • SoOの有効期間発行日から12か月同一品の複数出荷を1通でカバーする包括用SoOも、最長12か月で、発行日・開始日・終了日の3日付を記載(終了日は発行日から12か月を超えない)。 EU Trade+1
  • 原産性基準の記載:SoOには**原産性基準(Origin criteria used)の表示が必要。実務ではA(WO)/B(PE)/C(PSR:C1=CTC, C2=RVC, C3=SP)/D(累積)/E(寛容)**等のコードで記載します。 Japan Customs+1

5. 実務フロー(SDの取得から原産地証拠まで)

  1. 協定とPSRの確定:対象FTA・最終製品のHSを確定し、累積の可否も確認。
  2. BOM分析:原産判定に影響の大きい材料を特定。
  3. SDの取得
     ・原産材料22‑15/22‑16(相手FTA名・累積の有無を明示)
     ・EU内加工の非原産材料22‑17/22‑18非原産材料のHS見出し・価額や加工内容) wko.at
  4. 日付管理(LTSD):発行日/開始日/終了日を管理し、開始日から24か月の上限を厳守。 Taxation and Customs Union
  5. 原産性の最終判断と書類作成:SDと生産実績で原産性を裏付け、SoOまたはEUR.1等の原産地証拠を整備。 Taxation and Customs Union
  6. 保存・検証対応:関連書類を保存し、要求があればINF4等で説明可能な状態に。 Taxation and Customs Union

6. 記載項目チェックリスト

  • 供給者(サプライヤー)の名称・住所
  • 買手の名称(必要に応じて)
  • 対象商品の明確な情報(品名、型番など)
  • 適用するFTAの正式名称
  • 原産地(例:「European Union」)
  • 累積の相手国(該当時) wko.at
  • 原産性基準(協定が要求する場合。EU-日本EPAのSoOはOrigin criteria usedの記載必須) Japan Customs
  • 非原産材料の情報(22‑17/18:HS見出し・価額 等) wko.at
  • 発行日/開始日/終了日(LTSD)と署名(または電子認証の条件確認) Taxation and Customs Union+1

7. よくある間違いと対策

❌ 避けるべき間違い✅ 推奨される対策
SDを輸入申告の直接の証拠として提出SDは社内・社間の裏付け。輸出時はSoOEUR.1等の原産地証拠を整備。 Taxation and Customs Union+1
FTA名を曖昧に記載(例:「EUの特恵」)**「EU‑Japan EPA」**のように正式名称で。
LTSDの期間を「発行日から24か月」と誤解上限は開始日から24か月。開始日は発行日の12か月前〜6か月後で設定。 Taxation and Customs Union
累積相手国の記載漏れPEM等で累積利用時は必須項目としてチェック。 wko.at

8. 実務運用のベストプラクティス

  • 「1協定=1枚」運用:同一品でも輸出先が変われば協定ごとにLTSDを分けて取得(混在回避)。
  • 更新管理の自動化:LTSDの終了2〜3か月前に更新アラート(Excel/ERP)。
  • サプライヤーへの依頼文例(LTSD, EU‑Japan EPA)

件名:長期サプライヤー証明(LTSD)発行のお願い(EU‑Japan EPA)
本文:
貴社より継続購入中の下記製品につき、UCC実施規則 附属書22‑16相当の長期サプライヤー証明の発行をお願い申し上げます。
対象製品:[製品名/型番]
開始日:2025/10/01 終了日:2027/09/30発行日は御社記入。※開始日から最長24か月の範囲でご設定ください)
併せて、累積の有無と相手国、必要に応じ原産性根拠の併記をお願いします。

※期間上限は開始日基準で、開始日は発行日の12か月前〜6か月後の範囲内で設定可能です。 Taxation and Customs Union


9. 今後の展望と留意

EUは原産地関連手続のデジタル化を継続的に進めています。最新運用は欧州委員会(TAXUD)ガイダンスAccess2Marketsで必ず確認してください(法令が優先)。 Taxation and Customs Union

本ガイドは公開情報に基づく一般的解説です。実務適用時は、最新の協定本文・実施規則・各国カスタムガイダンスをご確認ください。

欧米(米国―EU)「関税・通商フレームワーク合意」の本文とその日本語訳

公式本文(英語・原文)

  • The White House: “Joint Statement on a United States–European Union Framework on an Agreement on Reciprocal, Fair, and Balanced Trade”〔2025年8月21日〕。The White House
  • European Commission: “Joint Statement on a United States–European Union framework on an agreement on reciprocal, fair and balanced trade”〔2025年8月21日〕。Trade and Economic Security

どちらも同一の共同声明です。ホワイトハウス版と欧州委版で細部の表記が一部異なる箇所がありますが、内容は一致しています。The White HouseTrade and Economic Security


日本語仮訳(非公式・実務向け。原文構成に沿って整理)

*数値・日付・用語は原文準拠/条文番号は共同声明の番号に対応

前文
米国とEUは、互恵・公正・均衡な貿易に関する協定(以下「本協定」)の**枠組み(Framework)**に合意。二者間の巨大な経済関係を安定化・強化し、市場アクセスの改善と再産業化を後押しする第一歩と位置づける。The White HouseTrade and Economic Security

1. EUの関税措置
EUは米国の工業品関税を撤廃し、米国産水産・農産品(木の実、乳製品、青果・加工食品、種子、大豆油、豚肉・バイソン等)に優先的アクセスを付与。2020年8月21日発表のロブスター関税合意(2025年7月31日失効)を延長・拡充(加工ロブスターも対象)。Trade and Economic Security

2. 米国の基本関税線(対EU)
米国はEU原産品に対し、最恵国(MFN)税率15%のいずれか高い方(=MFN+相互関税の合計として15%)を適用。The White HouseTrade and Economic Security

(2の但し書き:MFNのみの例外/発効日)
2025年9月1日以降、以下はMFNのみ適用:希少天然資源(コルク等)/航空機・同部品/ジェネリック医薬品とその原料・化学前駆体。今後、重要分野の追加指定も検討。The White HouseTrade and Economic Security

3. 232関税の上限・自動車の扱い(発効トリガー)

  • 医薬・半導体・木材について、MFN+1962年通商拡張法232条関税の合計を15%上限に。
  • 自動車・部品(232関税対象)については、EUが第1項の関税撤廃に向けた立法提案を正式提出した同月の初日から適用変更:
    • MFNが15%以上の品目:232は不課(=MFNのみ)。
    • MFNが15%未満:**MFN+232=合計15%**に調整。
  • 232の変更は米国の国家安全保障と整合的に実施The White HouseTrade and Economic Security

4. 原産地規則(ROO)
本協定の利益が主として米国・EUに帰属するよう、ROOを協議・策定。The White HouseTrade and Economic Security

5. エネルギー・先端半導体
エネルギー供給の安全・多様化に協力。EUは2028年までに米国産LNG・原油・原子力関連を総額7,500億ドル規模で調達する意向。さらに米国製AIチップを少なくとも400億ドル購入。EUは米国流の技術セキュリティ要件を導入する方向で、整備後は米国が輸出円滑化に努める。The White HouseTrade and Economic Security

6. 相互投資
双方向投資を促進。EU企業が2028年までに米国戦略分野へ追加で6,000億ドル投資する見込み。The White HouseTrade and Economic Security

7. 防衛調達
EUは米国の軍需・防衛装備の調達を大幅増(米政府も支援)。NATO相互運用性を強化。The White HouseTrade and Economic Security

8. 非関税障壁・規格相互承認(自動車を含む)
非関税障壁の削減・撤廃で連携。自動車相互承認を目指し、規格機関同士の技術協力適合性評価の対象拡大を推進。The White HouseTrade and Economic Security

9. 食品・農産の手続簡素化
豚肉・乳製品の衛生証明の要求を簡素化する等、農食分野の非関税障壁に共同対処。The White HouseTrade and Economic Security

10. EUDR(森林破壊規則)
米国内の生産は森林破壊リスクが極小との前提に、EUDRが過度な影響を与えないようEUが対応Trade and Economic Security

11. CBAM(炭素国境調整)
デミニミス拡大に加え、運用上の更なる柔軟性をEUが提供する方向。Trade and Economic Security

12. CSDDD/CSRD(サステナ関連EU法)
過度な貿易制約にならないようEUが取り組む。中小企業の事務負担軽減民事責任・気候移行義務の見直しの提案、域外企業への過剰適用懸念にも配慮。Trade and Economic Security

13. 適合性評価・サイバー
米国の適合性評価機関を、1998年のEU・米国MRAに基づき無線機器指令(RED)の指定機関として認定可能。サイバーセキュリティのMRAも交渉。The White HouseTrade and Economic Security

14. 重要鉱物等の輸出規制への共同対応
第三国による輸出規制に対し、協調して備える。The White HouseTrade and Economic Security

15. 知的財産
高水準の知財保護・執行について協議。The White HouseTrade and Economic Security

16. 労働
国際的に認められた労働権強制労働の排除を含む)を強固に保護The White HouseTrade and Economic Security

17. デジタル貿易
不当なデジタル障壁を是正。EUはネットワーク使用料を導入しない電子的送信に関税を課さない方針を双方が確認し、WTOモラトリアムの継続・恒久化を目指す。The White HouseTrade and Economic Security

18. 税関・手続のデジタル化
EUは税関改革の実施・貿易手続のデジタル化について、米国および米国事業者と協議Trade and Economic Security

19. 経済安全保障の整合
サプライチェーン強靭化とイノベーションのため、投資審査・輸出管理・関税逃れ対策協力非市場的慣行や公共調達の相互性欠如への対応を含む。更なる実施措置に協働で取り組む。The White HouseTrade and Economic Security

結語
両者は各国内手続に従い、本枠組みを実施するための正式文書を速やかに整備する。The White House

米EUの「関税・通商フレームワーク合意」と日米の相互関税合意を要点比較

米EUの「関税・通商フレームワーク合意」と日米の相互関税合意要点比較したまとめです。(2025/8/22時点


要点

  • 関税の基本線
  • 自動車の発効トリガー
    • EU:EUが関税撤廃立法を“提案”した月の初日から米側が引下げ(遡及可)。Reuters
    • 日本大統領令で実施(準備中)。運用上の「二重課税」不備は修正・還付を米側が約束。Reuters+1
  • 非関税・調達/投資
    • EU電子的送信の関税不課/ネットワーク使用料を導入しないエネルギー$7,500億+AIチップ$400億購入対米投資$6,000億を明示。Trade and Economic Security
    • 日本政府系金融で最大$5,500億の投資ビークル(利益配分1:9で米側優先)、米車の追加試験免除米農産品・エネルギーの調達拡大Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House

主要な違い(ビジネスマン向け早見表)

論点米国―EU日本―米国
米国側の基本関税MFN or 15%(高い方)。15%はMFN+相互関税の合算Trade and Economic Security込み15%(MFNを含む)MFN≧15%は上乗せなしMFN<15%は15%にMinistry of Economy, Trade and Industry
自動車・部品現行27.5%→**15%**へ。EUが関税撤廃立法を“提案”した月の初日から遡及して適用。Reuters27.5%→15%に引下げる方向で大統領令を予告。文書整備は**“数週間以内”**と発言。Reuters+1
鋼鉄・アルミ(232)50%据え置き。将来のTRQ等協議の余地。Reuters公表文書に明記なし(別建ての232措置が継続する可能性、要フォロー)。Ministry of Economy, Trade and Industry
MFNのみの例外航空機・部品/ジェネリック医薬+原料/化学前駆体/コルク等MFNのみ9/1~)。Trade and Economic Security品目の明細提示なし(「日本を他国に劣後させない」方針のみ)。Ministry of Economy, Trade and Industry
デジタル電子的送信への関税不課継続、EUはネットワーク使用料を導入しないTrade and Economic Security特段の明記なし
エネルギー・サプライEUが米産エネルギー$7,500億分を2028年までに調達。AIチップ$400億購入対米投資$6,000億Trade and Economic Security日本が最大$5,500億の投資枠(政府系金融)。米農産品・エネルギー調達拡大。利益配分1:9を明示。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House
非関税措置自動車の相互承認など規制協力を明記。Trade and Economic Security米国メーカー乗用車を追加試験なく受入れCEV補助金の運用見直しMinistry of Economy, Trade and Industry
文書の確度共同声明(3.5ページ)で条項を明文化ReutersTrade and Economic Security内閣官房の「概要」資料+ホワイトハウスのファクトシート中心正式文書は整備中で運用不備(二重課税)は修正・還付へ。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White HouseReuters

実務解釈のポイント

  • EU向けは“書面化済み”で適用条件が明確/品目例外も列挙
  • 日本向けは“原則15%”の骨格は固いが、運用・適用時期は大統領令の内容を都度確認(通関実務は特に)。Reuters

セクター別の使い分け(具体アクション)

  • 完成車・部品(EU→米)EUの立法“提案”時期に合わせて出荷・通関日を設計遡及を狙った在庫移送・価格見直しを検討。Reuters
  • 完成車・部品(日本→米)HS×MFN×15%の再計算を即実施。二重課税の還付可否大統領令の発効日をフォロー(受注条件は可変条項で)。Reuters
  • 医薬・半導体(EU→米)MFNのみ対象は9/1以降の通関に合わせる(契約インコタームズと価格条項の改定)。Trade and Economic Security
  • 酒類(EU→米)未決分野のため販促・価格は保守的に。Reuters
  • 対米販売のSaaS/配信電子的送信の関税不課を前提に価格モデル再検討(EU案件)。Trade and Economic Security
  • 対米投資計画(日本企業)$5,500億枠の適用条件・利益配分1:9を踏まえ、資金構造とJV条件を設計。Ministry of Economy, Trade and Industry

スケジュール感(公開情報ベース)

  • 7/27(米EU):首脳間で骨子合意。8/21に共同声明自動車は立法“提案”月の初日からReutersTrade and Economic Security
  • 7/22-23(日米):相互関税で**原則15%**に合意。概要資料(日本)、WHファクトシート(米)公表。Ministry of Economy, Trade and IndustryThe White House
  • 8/8(日米):米側が二重課税の不備を修正・還付と表明。自動車15%への引下げは大統領令で実施予定Reuters

相互関税の調査結果(要約)

※プロジェクト基準フォーマット

国名関税率出所備考
アメリカ(対EU:一般品)15%またはMFNの高い方欧州委 共同声明・Reuters Trade and Economic SecurityReuters鋼鉄・アルミは別建て50%。
アメリカ(対EU:自動車・部品)15%(EU立法“提案”月の初日から)Reuters Reuters現行27.5%から引下げ、遡及可。
アメリカ(対EU:鋼鉄・アルミ)50%Reuters Reuters当面維持、将来TRQ協議余地。
アメリカ(対EU:MFNのみ適用)MFN欧州委 共同声明 Trade and Economic Security航空機・部品/ジェネリック医薬+原料/化学前駆体/コルク等。9/1~
アメリカ(対日本:一般品)込み15%(MFN含む)内閣官房 概要(PDF) Ministry of Economy, Trade and IndustryMFN≧15%は上乗せなし/MFN<15%は15%。
アメリカ(対日本:自動車・部品)15%(MFN含む)内閣官房 概要+Reuters Ministry of Economy, Trade and IndustryReuters27.5%→15%。大統領令で実装予定。
アメリカ(対日本:運用)二重課税を修正・還付Reuters ReutersEUにあった“ノースタッキング”条項を日本にも適用へ。

ひとこと総括

  • EU合意は「条文化された枠組み」+具体リストで、運用の見通しが立てやすい。一方、
  • 日米合意は「原則15%」の骨格は明確だが、最終実装(大統領令)と細部運用のフォローが実務カギ。Reuters+1Ministry of Economy, Trade and Industry