EU-インドFTAの原産地規則:PSRパターン別商品カテゴリー

EU-インドFTAの原産地規則は、品目ごとに異なるPSR(品目別原産地規則)が設定されており、以下の3つの主要パターンがあります。chemexcil+1

パターン1:CTC & VA(両方の基準を満たす必要)

このパターンでは、関税分類変更基準(CTC)付加価値基準(VA)の両方を同時に満たす必要があります。chemexcil+1

対象商品カテゴリー

化学品(HS第28-38類)

典型的なPSR: CTSH + VA 40%moet+1

実務上の意味: 例えばHS第38類の化学製品をインドからEUに輸出する場合、

  1. 非原産材料のHS番号(6桁レベル)が最終製品と異なること
  2. かつ、インドで付加価値40%以上を創出すること

の両方を満たす必要があります。[afleo]​

プラスチック・ゴム製品(HS第39-40類)

  • HS第39類:プラスチック及びその製品[moet.gov]​
  • HS第40類:ゴム及びその製品[moet.gov]​

典型的なPSR: CTSH + VA 40%[moet.gov]​

皮革・革製品(HS第41-43類)

  • HS第41類:原皮及び革[global-scm]​
  • HS第42類:革製品・旅行用具[global-scm]​
  • HS第43類:毛皮及びその製品[global-scm]​

PSR構造: CTH + VA 40%(項レベルでの変更と付加価値)

金属製品(HS第72-83類の一部)

  • HS第73類:鉄鋼製品[jp.reuters]​
  • HS第74-76類:銅・アルミニウム製品
  • HS第82-83類:卑金属製工具・雑製品

PSR構造: CTSH + VA 35-40%

パターン2:CTC または VA(いずれかを満たせばよい)

このパターンでは、関税分類変更基準または付加価値基準のいずれかを満たせば原産性が認められます。jetro+1

対象商品カテゴリー

機械類(HS第84類)

  • HS第84類:原子炉、ボイラー及び機械類[jetro.go]​

典型的なPSR: CTH または VA 40-50%[jetro.go]​

実務上の利点: 機械は複雑な部品構成を持つため、全ての部品でCTH基準を満たすのは困難です。この場合、付加価値基準による証明に切り替えられます。[jetro.go]​

電気機器(HS第85類)

  • HS第85類:電気機器及びその部品[jetro.go]​

典型的なPSR: CTH または VA 40-50%[jetro.go]​

自動車(HS第87類)

  • HS第87類:車両及びその部品reuters+1

PSR構造(推定):

  • 完成車:CTH + VA 45-50%(より厳格)
  • 部品:CTH または VA 40-45%(選択可能)[jp.reuters]​

特記事項: インドは完成車とエンジンを例外品目として保護しており、年間25万台の割合枠内で関税が110%から10%へ段階的削減される特別な扱いとなっています。jetro+1

光学機器(HS第90類)

典型的なPSR: CTH または VA 40%

精密機器(HS第91類)

  • HS第91類:時計及びその部品

典型的なPSR: CTH または VA 40%

パターン3:SP(特定加工基準)の適用

特定の製造工程や技術的作業の実施を求める基準です。他の基準と組み合わせて適用される場合が多くあります。citiindia+2

対象商品カテゴリー

繊維製品(HS第50-63類)

繊維製品は最も複雑なPSR構造を持ち、糸→生地→縫製の各段階で異なる特定加工基準が適用されます。citiindia+2

HS第50-60類(糸・織物):

  • HS第50類:絹及び絹織物
  • HS第51類:羊毛及び繊毛の糸・織物
  • HS第52類:綿の糸・織物
  • HS第53類:その他の植物性紡織用繊維
  • HS第54類:人造繊維の長繊維
  • HS第55類:人造繊維の短繊維

典型的なPSR(糸): 以下のいずれかの特定加工:[citiindia]​

  • 天然繊維の紡績(Spinning of natural fibres)
  • 化学繊維の押出しと紡績の組合せ(Extrusion of man-made fibres combined with spinning)
  • 撚糸と他の機械的操作の組合せ(Twisting combined with any mechanical operation)

典型的なPSR(織物): CTH + 特定加工(織布または編成)jetro+1

HS第61-63類(衣類・製品):

  • HS第61類:編物製の衣類及び同付属品
  • HS第62類:織物製の衣類及び同付属品
  • HS第63類:紡織用繊維のその他の製品

典型的なPSR: CTSH + 裁断・縫製工程(Cut and sew process)jetro+1

特記事項: インドの繊維製品は現在12-16%のEU関税に直面しており、FTA発効後は即時撤廃される予定です。バングラデシュやベトナムなどの競合国との不利を解消する重要分野です。policy.trade.europa+1

食品・農産物(HS第1-24類の一部)

HS第3-8類(農産物):

  • WO(完全生産品)基準が適用されます[afleo]​
  • 当該国で収穫・生産された産品のみが原産品として認められます[afleo]​

HS第16-21類(加工食品):

  • CTH + 特定加工(調理、加熱、発酵など)[tpci]​

化学品における特定加工

化学品(HS第28-38類)では、CTSH + VA基準に加えて、以下の特定加工が要求される場合があります:[global-scm]​

  • 化学反応(Chemical reaction)
  • 精製(Purification)
  • 異性化(Isomerization)
  • 生物工学的プロセス(Biotechnological process)

金属製品における特定加工

鉄鋼製品(HS第72-73類)では、以下の特定加工が要求される場合があります:

  • 溶解・精錬(Smelting and refining)
  • 熱間圧延(Hot rolling)
  • 冷間圧延(Cold rolling)
  • 表面処理(Surface treatment)

協定別PSR比較:インドの主要FTA

品目インド-UAE CEPAインド-日本CEPAEU-インドFTA(推定)
化学品(HS28-31)CTSH + VA 40%[afleo]​CTSH + VA 35%CTSH + VA 40%[chemexcil]​
プラスチック(HS39)CTSH + VA 40%[moet.gov]​CTSH + VA 35%CTSH + VA 40%[moet.gov]​
機械類(HS84)CTH or VA 40%CTH or VA 40%CTH or VA 40-50%[jetro.go]​
電気機器(HS85)CTH or VA 40%CTH or VA 40%CTH or VA 40-50%[jetro.go]​
自動車(HS87)CTH + VA 40%CTH + VA 40%CTH + VA 45-50%(推定)[jp.reuters]​
繊維糸(HS52-55)SP(紡績)[citiindia]​SP(紡績)SP(紡績)+ CTH[citiindia]​
衣類(HS61-62)CTSH + SP(裁縫)[citiindia]​CTSH + SP(裁縫)CTSH + SP(裁縫)[citiindia]​

実務対応のポイント

CTC & VA方式の証拠管理

両方の基準を満たす必要があるため、以下の証拠が必須です:linkedin+1

  1. CTC証明のため:
    • 全ての非原産材料のHS番号(6桁)
    • 最終製品のHS番号(6桁)
    • 分類変更の証明
  2. VA証明のため:
    • FOB/EXW価額の根拠
    • 非原産材料価額の内訳
    • 付加価値計算書

CTC または VA方式の戦略的選択

選択可能な場合、以下の判断基準で有利な方式を選択します:[shikiho.toyokeizai]​

  • CTC基準が有利なケース: 多数の小額部品を使用し、大部分が原産材料の場合
  • VA基準が有利なケース: 高額な非原産材料を使用するが、人件費・加工費が大きい場合[shikiho.toyokeizai]​

SP(特定加工)の証明

特定加工基準では、工程記録が最も重要な証拠となります:[citiindia]​

  • 製造フローチャート
  • 各工程の作業指示書
  • 品質管理記録
  • 設備仕様書(紡績機、織機、縫製機など)

技術ファイルの保管義務

EU-インドFTAでは、自己証明方式を採用しており、輸入者は原産性を証明する「技術ファイル」を5年間保管する義務があります。事後検証(Post Clearance Audit)で証拠を提示できない場合、特恵税率が否認されます。[linkedin]​

業種別の影響評価

高影響業種:CTC & VA型

化学品、プラスチック、医薬品など、CTSH + VA 40%を要求される業種は、両方の証明負担が大きく、実務体制の整備が急務です。[chemexcil]​

中影響業種:CTC or VA型

機械類、電気機器は選択制のため、既存のサプライチェーンに応じて有利な基準を選択できます。柔軟性が高い反面、どちらが有利かの判断には専門知識が必要です。shikiho.toyokeizai+1

特殊対応業種:SP型

繊維製品は、紡績・織布・縫製という各工程での特定加工証明が必須です。工程記録の電子化と、税関検証に耐える品質管理体制の構築が競争力の鍵となります。citiindia+1

EU-インドFTAのPSRは、品目ごとに異なる厳格な基準を設定しており、企業は自社製品のHS番号とPSRパターンを正確に把握し、証拠管理体制を構築する必要があります。特に化学品と繊維製品は複雑な要件があり、早期の実務準備が求められます。global-scm+3

CBAMとは何か

1. CBAMを一言でいうと

CBAMは、EU域外で生産された高排出型製品がEUに輸入されるとき、製造時に埋め込まれた温室効果ガス排出に相当するコストをEU側で調整し、EU域内生産とのカーボンコスト差を縮める仕組みです。EUは、輸入品にも公正な炭素価格を適用し、域外生産の低炭素化も促す制度として位置づけています。(Taxation and Customs Union)

2. なぜ今CBAMがビジネスに効くのか

2-1. カーボンリーケージ対策が目的

EUが自国内の気候政策を強めるほど、排出規制の緩い国へ生産が移転したり、より高排出な輸入品に置き換わったりするリスクが高まります。CBAMはこのカーボンリーケージを抑え、EUの気候目標が輸入品によって損なわれないようにする狙いがあります。(Taxation and Customs Union)

2-2. EU ETSとのセット設計

CBAMはEU排出量取引制度(EU ETS)の無償割当の段階的縮小と整合するように導入される、とEUが明記しています。つまり、EU域内の炭素コストが強まる局面で、輸入側にも同等のロジックが適用される設計です。(Taxation and Customs Union)

3. 対象となる品目と企業

3-1. 対象セクターはまず6つ

現段階で主対象となるのは、セメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素です。EUは、炭素集約度が高くカーボンリーケージのリスクが大きい品目から開始すると説明しています。(Taxation and Customs Union)

3-2. 50トン基準と例外

2026年以降の本格運用では、鉄鋼・アルミ・肥料・セメントについて、輸入者ごとの年間累計純重量が50トンを超えると、原則としてCBAMの義務(認可、年次申告、証書の購入・提出など)が発生する整理が明確になっています。(Taxation and Customs Union)
一方で、電力と水素はこの少量免除の対象外という考え方が示されています。(Climate Policy Radar)

3-3. 義務者はEU輸入者だが、日本側も影響を受ける

法的な一次義務はEU側の輸入者(または合意した間接通関代理人)にかかります。(Taxation and Customs Union)
ただし実務上、日本の製造業・商社にとってCBAMは他人事ではありません。理由はシンプルで、EU輸入者が年次申告に必要な排出データを入手できない場合、保守的な値で申告されやすく、価格交渉や取引継続に跳ね返るからです。EUが移行期間を「学習期間」と位置づけ、埋込排出量データを集めて方法論を洗練させる意図を明示している点も、データ提供能力が競争力になることを示唆します。(Taxation and Customs Union)

4. 2023-2025の移行期間と、2026以降の本格運用

4-1. 移行期間(2023年10月1日〜2025年12月31日)

移行期間は、対象品目の輸入者が四半期ごとに埋込排出量を報告するフェーズで、証書購入や支払いは求められません。(Taxation and Customs Union)
EUは、2023年10月1日に移行期間が開始し、最初の報告期限が2024年1月31日であることも示しています。(Taxation and Customs Union)

報告不備や未提出に対しては、未報告排出量1トン当たり10〜50ユーロの範囲でペナルティが科され得る、という説明がEUのFAQにあります。(Taxation and Customs Union)

4-2. 本格運用(2026年1月1日〜)

EUは、2026年1月1日からCBAMが本格的に運用されることを明確にしています。(Taxation and Customs Union)
本格運用では、対象輸入者は排出量を申告するだけでなく、CBAM証書を購入し、対応する枚数を提出する枠組みに移ります。(Business Growth Service)

4-3. 重要日程をひと目で把握する

いつ何が起きるか実務への影響
2026年1月1日本格運用開始認可や申告の準備不足は通関遅延リスク
2026年3月31日まで認可申請の最終期限(対象者)未申請は遅延・ペナルティ・サプライチェーン混乱の恐れ (Taxation and Customs Union)
2027年2月1日からCBAM証書の販売開始2026年輸入分の負担が金銭的に顕在化し始める (Climate Policy Radar)
毎年9月30日まで年次申告と証書提出初回は2027年9月30日(2026年輸入分)になる整理 (Climate Policy Radar)

補足として、2026年輸入分について年次申告と提出が「翌年9月30日まで」なので、初回が2027年9月30日になることは制度設計から直接導けます。(Climate Policy Radar)

5. 何を申告するのか

5-1. 直接排出と間接排出

CBAMは、輸入品に埋め込まれた温室効果ガス排出を扱います。移行期間は直接排出と間接排出の報告が求められると説明されており、さらに移行期間終了後、セメントと肥料は間接排出も制度対象になる方向が示されています。(Taxation and Customs Union)
セクター別の扱いについては、2026年以降、鉄鋼・アルミ・水素は直接排出中心、セメント・肥料は直接と間接の両方を申告する必要がある旨の整理が公的な解説資料にもあります。(researchbriefings.files.parliament.uk)

5-2. 排出量の算定方法と、デフォルト値の扱い

EUは移行期間中、算定方法に一定の柔軟性を持たせており、2024年末までは複数の報告方法があり得ること、デフォルト値による報告は期限付きで認められてきたことを示しています。(Taxation and Customs Union)
この点は実務上重要です。デフォルト値は、サプライヤー実測値より不利に働く可能性があるため、EU向け取引を継続・拡大したい企業ほど、実測データの取得と説明可能性が交渉力になります。(Taxation and Customs Union)

5-3. 検証とデータ責任

本格運用では、年次申告と証書提出の期限が9月30日に設定された理由として、必要情報の収集、排出量が認定検証者により検証されること、必要な証書を購入することに時間が要る点が説明されています。(Climate Policy Radar)
つまり、排出データの遅れや不備は、単なる事務の遅延ではなく、通関と取引継続の遅延に直結します。

6. CBAM証書の価格はどう決まるか

6-1. 価格はEU ETS価格に連動

EUは、CBAM証書価格がEU ETS排出枠のオークション価格を基礎に算定されると示しています。(Taxation and Customs Union)
また、2026年は四半期平均、2027年以降は週次平均で算定するという具体的な運用も提示されています。(Taxation and Customs Union)

6-2. 第三国で支払った炭素価格は控除し得る

輸入品の生産過程で、第三国ですでに炭素価格が支払われていることを証明できる場合、その相当額を控除できる旨がEUの説明にあります。(Taxation and Customs Union)
ここは契約実務の焦点になりやすい部分です。証明の可否は、取引先の制度理解と証跡の整備に依存するため、調達契約の情報提供条項や監査条項とセットで設計した方が安全です。(Climate Policy Radar)

7. 罰則と、現場で起こりうる混乱

7-1. 移行期間の報告ペナルティ

未報告や訂正不十分に対し、未報告排出量1トン当たり10〜50ユーロの範囲でペナルティがあり得ることがEUのFAQで説明されています。(Taxation and Customs Union)

7-2. 本格運用の未提出ペナルティはEU ETSの超過排出ペナルティと同等

本格運用では、必要な証書を期日までに提出しない場合のペナルティが、EU ETSの超過排出ペナルティと同等であることが明記されています。(Climate Policy Radar)
EU ETSの超過排出ペナルティは、1トン当たり100ユーロであるとEUが説明しています。(climate.ec.europa.eu)
さらに重要なのは、ペナルティを払っても、未提出分の証書提出義務自体は消えないという点です。(Climate Policy Radar)

7-3. 認可や申請番号がないと通関で詰まるリスク

EUは、対象品目を一定量以上輸入する場合、輸入時点で認可または申請参照番号が必要で、未対応だと混乱・遅延・ペナルティにつながり得ると明確に注意喚起しています。(Taxation and Customs Union)
これはサプライチェーンのボトルネックになりやすく、貿易実務のKPIに直結します。

8. 日本企業が今すぐ整えるべき実務チェックリスト

ここからは、EU向け輸出・EU現地法人による輸入の双方に効く打ち手です。

8-1. 取引と品目を棚卸しする

1 EUに入る対象セクターがあるかを特定
2 年間数量が50トンを超える可能性があるかを把握
3 電力・水素は少量免除の枠外という前提で別管理 (Taxation and Customs Union)

8-2. 排出データの入手設計を先に決める

1 誰がどの工場のどのデータを出すのかを決める
2 算定方法と根拠資料の型を統一する
3 認定検証を見据え、監査可能な粒度で記録を残す (Climate Policy Radar)

8-3. 契約条項をCBAM対応に更新する

1 排出データ提供の期限、フォーマット、訂正手続
2 不正確データによる損害の分担
3 第三国炭素価格の控除に必要な証跡の提供義務 (Taxation and Customs Union)

8-4. 価格交渉の論点を整理する

CBAMの本質は、カーボンコストが見える化され、価格に転嫁されうることです。EU ETS価格連動で動くため、原材料市況とは別の変動要因が増えます。(Taxation and Customs Union)
実務では、製品価格、物流費、為替に加えて、排出係数とデータ品質が交渉材料になります。

9. よくある誤解

誤解1 CBAMはEUに輸出する日本企業には関係ない

法的義務はEU輸入者側が中心ですが、排出データの提供ができないと、取引条件や継続可否に跳ね返ります。移行期間が「学習期間」であるというEUの説明は、まさにその準備を促すものです。(Taxation and Customs Union)

誤解2 2026年からすぐ支払いが発生する

本格運用は2026年1月1日からですが、証書販売は2027年2月1日からという整理が示されています。(Climate Policy Radar)
一方で、2026年の輸入が将来の負担の母数になる点は変わりません。(Climate Policy Radar)

まとめ

CBAMは、EU ETSと連動して輸入品の埋込排出に炭素コストを乗せ、カーボンリーケージを抑える制度です。(Taxation and Customs Union)
2026年から本格運用に入り、認可、年次申告、証書の購入と提出、未提出時のEU ETS同等ペナルティという、実務負荷と金銭影響が現実になります。
日本企業にとっての勝ち筋は、早い段階で排出データの取得と検証を仕組みに落とし、取引条件に反映できる状態をつくることです。

免責事項
本稿は2026年2月9日時点で入手可能な公表情報に基づく一般的な情報提供であり、法務、税務、通関、会計、投資その他の助言を構成しません。CBAMを含む制度の適用関係、申告実務、契約条項、当局対応は個別事情により結論が異なり、制度や運用は更新され得ます。実際の対応にあたっては、必ず自社の顧問弁護士、通関・税務の専門家、現地の制度担当当局または専門家に相談のうえ判断してください。

EUの改訂PEMを日本のビジネスマン向けにやさしく解説

2025年の新旧併用と、2026年以降の実務に備えるポイント

欧州で製造や調達をしている日本企業にとって、関税そのもの以上に効いてくるのが「原産地規則」と「累積(カミュレーション)」です。EU域内のサプライチェーンを組み替えなくても、ルールが変わるだけで優遇関税の可否が変わることがあります。

EUの改訂PEMは、その原産地規則の共通ルールを現代化した大きな制度改正です。しかも、2025年は旧ルールと新ルールが並行するため、現場で混乱が起きやすい時期でもあります。 (trade.ec.europa.eu)

この記事では、PEMの基本から、改訂で何が変わり、企業は何を準備すべきかを、できるだけ業務目線で整理します。


PEMとは何か

PEMは「欧州から地中海圏」に広がる優遇関税の共通原産地ルール

PEMは、EUと周辺国が結ぶ複数の自由貿易協定(FTA)で使われる「共通の原産地規則」と「累積の仕組み」をまとめた枠組みです。EUは、PEMの締約国と共通ルールを使うことで、域内サプライチェーンを組みやすくし、貿易を円滑化する狙いがあります。 (trade.ec.europa.eu)

ポイントは、PEMは単一の協定というより「ネットワーク」だという点です。累積を使うには、関係する国同士がすべてFTAを結び、同一の原産地規則を適用している必要があります。 (Taxation and Customs Union)

改訂PEMとは「2012ルール」から「2023ルール」への更新

EUで「改訂PEM」と言う場合、一般にPEM条約の原産地規則が、従来の2012ルールから、現代化された2023ルールへ更新されたことを指します。新ルールは2023年12月7日に採択され、2025年1月1日に発効しました。 (Taxation and Customs Union)


いつから何が変わるのか

2025年は新旧ルールが並行、2026年から原則一本化

EUの公式情報では、2025年12月31日までは2つのルールが並行して適用され、2026年1月1日からは改訂PEM(2023ルール)が適用される、という整理になっています。 (trade.ec.europa.eu)

一方で実務上は、相手国との二国間協定が改訂PEMへの動的参照(ダイナミックリンク)を組み込んでいるかどうか、各国の国内手続きが完了しているかどうかで、適用が段階的になります。未更新の相手との間では、従来の二国間プロトコル(2012ルール相当)が引き続き適用されるケースもあり得るため、必ずマトリックスで確認するのが安全です。 (Taxation and Customs Union)


まず押さえる用語

旧ルール、新ルール、暫定の違い

現場で混乱しがちなので、ざっくりこう理解すると整理が進みます。

  • 2012ルール
    従来のPEMの標準ルール(旧ルール)
  • 2023ルール
    改訂PEMで導入された新しい原産地ルール(新ルール)。2025年1月1日に発効。 (Taxation and Customs Union)
  • トランジショナルルール(暫定ルール)
    2023ルールをベースにした別セットのルールが、改訂PEM発効前から一部の国の間で二国間ベースで適用されてきたもの。2021年9月1日から適用開始と説明されています。 (Taxation and Customs Union)
  • 2025年のトランジショナルプロビジョンズ(経過措置)
    2025年に、旧ルールを一定条件で並行適用し、貿易の断絶を防ぐために導入された経過措置。事業者がサプライチェーンに応じてルールを選べることや、一定の「相互に通せる」仕組みが含まれます。 (Taxation and Customs Union)

改訂PEMで実務がどう変わるか

ここからが本題です。多くの企業が影響を受けやすいポイントを、業務目線でまとめます。

1. 許容割合(トレランス)が拡大する

従来の2012ルールでは一般許容は10パーセントでしたが、2023ルールでは15パーセントに拡大されています(HS第50類から第63類の繊維製品などは例外扱い)。また、農産品は純重量ベース、その他は工場渡し価格ベースというように、基準が分かれます。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
これまで「少し足りない」ために原産にならなかった製品が、許容拡大によって原産判定できる可能性があります。逆に、計算の前提(重量か価格か)を取り違えると誤判定につながります。

2. 関税ドローバック禁止が原則撤廃される

2012ルールでは、一般的にドローバック(輸入材料に課された関税の免除や還付)禁止が幅広く適用されていました。2023ルールでは、繊維関連(HS第50類から第63類)を除き、原則としてこの禁止が撤廃されたと説明されています。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
インワードプロセシングなどの制度設計と、優遇関税の原産判定が両立しやすくなります。調達原価やキャッシュフローの改善余地が出る反面、繊維だけは引き続き注意が必要です。

3. 原産地証明の種類が簡素化される

2023ルールでは、証明は原則としてEUR.1または原産地申告の単一体系になり、2012ルールで使い分けが必要だったEUR-MEDとEUR.1の二重構造が簡素化されるとされています。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
書類の選択ミスが減り、社内教育の負荷が軽くなる一方、移行期の2025年は旧ルールに基づく書類運用も残り得るため、現場手順書を二段階で整備しておく方が安全です。 (Taxation and Customs Union)

加えて、PEM条約の決定により、電子的に発給されるEUR.1の利用に関する決定が2025年1月1日から適用される旨もEU側で案内されています。 (Taxation and Customs Union)

4. 累積(カミュレーション)がより柔軟になる

2023ルールは、対角累積を維持しつつ、繊維以外の品目では一般化されたフル・カミュレーションを導入すると整理されています。繊維分野(HS第50類から第63類)は基本が二国間フル・カミュレーションで、拡張には通知などの追加要素があります。 (Taxation and Customs Union)

さらに、累積を使って原産とする場合、原則として証明書に英語で「CUMULATION APPLIED WITH(国名)」を記載する要件がある点も重要です。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
サプライヤーの原産部材を積み上げて原産にする設計がしやすくなる可能性があります。ただし、累積は「どの国の組み合わせで使えるか」が固定ではなく、協定の改訂状況に依存します。EUは、累積可否を示すマトリックス(表)を公表し、C(2012ルール)、R(2023ルール)、T(暫定ルール)などで区分しています。 (Taxation and Customs Union)

5. 輸送要件が「直接輸送」から「非改変」へ寄る

2023ルールでは、2012ルールの直接輸送の考え方から、より緩やかな非改変のルールへ進むと説明されています。例えば、第三国での分割(スプリット)や、国内規制対応のためのラベル貼付などが、一定条件下で認められる方向です。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
物流の自由度が上がる一方で、通関当局から求められたときに「非改変」を説明できる輸送証跡の保管が重要になります。

6. 原価変動への対応がしやすくなる(平均計算、会計分離)

2023ルールでは、非原産材料の価額上限など価額基準のルールを使う場合に、コストや為替の変動を踏まえて、工場渡し価格や非原産材料の価額を平均ベースで計算するための認可を求められる柔軟性が示されています。 (Taxation and Customs Union)

また、会計分離(アカウンティング・セグリゲーション)は、2012ルールでは在庫を分けて管理することが困難であるなどの理由付けが必要でしたが、2023ルールでは「代替可能な材料を使う」ことを示せば認可を得られる方向に緩和されたと説明されています。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
ERPや在庫管理の運用を大きく変えずに原産管理を回せる可能性が出ます。特に多品種生産の企業では効きます。


2025年の注意点

新旧ルール併用で、相手国との組み合わせに差が出る

EUの経過措置の説明では、2025年は、旧ルールと新ルールの両方が関係し得る状態になります。状況を整理するために、締約国間のステータスが複数に分かれ得ることが示されています。 (Taxation and Customs Union)

例えば、経過措置を取り入れた国同士の間では、旧ルールか新ルールかを選べるとされ、さらに両ルールを一定条件で「通す」考え方(permeability)も説明されています。 (Taxation and Customs Union)

「相互に通せる」対象品目に注意

経過措置の中では、旧ルールに適合する場合に新ルールでも原産として扱える対象として、HSの一定章が挙げられています(例として第1類、第3類、第16類の一部および第25類から第97類など)。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
自社の製品がこの対象に入るかどうかで、2025年の原産設計の柔軟性が変わります。品目分類(HS)を前提に、原産判定プロセスを組み直すのが安全です。

書類の文言が増える可能性がある

経過措置ガイダンスでは、証明書やサプライヤー宣言に「REVISED RULES」を入れることが推奨され、「TRANSITIONAL RULES」という記載がある証明書も輸入時に受け入れることが推奨される、といった運用上の注意が示されています。 (Taxation and Customs Union)

さらにEU側では、2つのルールが並行する状況に対応したサプライヤー宣言の枠組みについて、関連する実施規則に言及しています。 (Taxation and Customs Union)

業務上の意味
書類テンプレートの改訂だけでなく、サプライヤーから受領する宣言の読み方、監査証跡の残し方までセットで見直す必要があります。


日本企業が影響を受けやすい典型パターン

1. 欧州子会社がPEM域内へ輸出している

EU域内で製造した製品を、トルコ、北アフリカ、バルカンなどPEMの相手国へ輸出している場合、原産判定と証明のルール変更が直接影響します。改訂により原産になりやすくなる場合もありますが、証明書の種類や記載要件が変わるため、通関現場の手戻りが起きやすい領域です。 (Taxation and Customs Union)

2. 欧州顧客から原産に関する証跡提供を求められる

日本から部材を供給している場合、日本の部材はPEM原産にはなりませんが、欧州側が最終製品の原産判定をするために、材料情報、HS、コスト、工程、物流ルートなどの情報提供を求めることがあります。改訂で計算方法や許容の考え方が変わると、求められる情報の粒度も変わり得ます。 (Taxation and Customs Union)

3. 調達先が複数国にまたがり、累積の可否が収益に直結している

PEMの本領は累積です。国の組み合わせによって累積が使えたり使えなかったりするため、マトリックス確認を怠ると、優遇関税を前提にした価格設計が崩れます。 (Taxation and Customs Union)


2025年から2026年に向けた実務チェックリスト

1. まず、自社が使っている原産地ルールがPEMかどうかを切り分ける

PEMはEUとPEM域内の協定ネットワークの枠組みです。日本向け輸出などは、日EU・EPAなど別協定の原産地規則で動きます。混同すると、社内ルールの改訂が過剰にも不足にもなります。 (trade.ec.europa.eu)

2. 取引相手国との適用状況をマトリックスで確認する

マトリックスは、国の組み合わせごとに、2012ルール相当か、2023ルールか、暫定かを示します。少なくとも次を案件ごとに確認します。

  • 最終仕向国と最終製造国の組み合わせがCかRかTか
  • 累積に使う材料の原産国を含め、すべての国同士で条件が成立しているか (Taxation and Customs Union)

3. 2025年は「旧ルールで取れる」か「新ルールで取れる」かを比較し、2026年を見据えて選ぶ

2025年は選択の余地がある一方、2026年以降は新ルール中心になるため、2025年に旧ルールで成立しても2026年に崩れる設計は避けたいところです。 (trade.ec.europa.eu)

4. 計算・証明・物流の3点を同時に見直す

  • 計算
    許容、ドローバック、平均計算、会計分離の扱いを原産計算シートと手順書へ反映 (Taxation and Customs Union)
  • 証明
    EUR-MED廃止方向、累積時の記載、2025年の文言(REVISED RULESなど)をテンプレートで管理 (Taxation and Customs Union)
  • 物流
    非改変の証跡を残せるよう、第三国経由や分割がある案件の証憑を標準化 (Taxation and Customs Union)

5. サプライヤー宣言と監査証跡の運用を強化する

2025年の併用期間は、同じ品目でもルールの根拠が分かれます。サプライヤー宣言の受領、保管、更新の運用を、どのルールで出されたか分かる形に揃えることが重要です。 (Taxation and Customs Union)


まとめ

EUの改訂PEMは、単なる制度変更ではなく、欧州域内と周辺国のサプライチェーン設計に影響する原産地ルールのアップデートです。2023ルールは、許容の拡大、ドローバックの緩和、証明体系の簡素化、フル・カミュレーションの拡張など、企業側の実務を合理化する方向の変更が多く見られます。 (Taxation and Customs Union)

一方で、2025年は新旧併用で国の組み合わせごとに適用が異なる可能性があり、ルールの取り違えが起きやすい局面です。マトリックス確認と、書類テンプレート、原産計算、物流証跡の同時改訂が、最も費用対効果の高い対策になります。 (Taxation and Customs Union)


免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引または個別案件に対する法務、税務、通関、監査その他の専門的助言を構成するものではありません。制度、運用、必要書類、受入可否は国、協定、品目、税関、発給機関、取引条件等により異なり、予告なく変更される場合があります。実際の手続きや判断にあたっては、各国当局、税関、発給機関、通関業者、金融機関および専門家に確認してください。本記事の内容に基づく行為または不作為により生じたいかなる損害についても、筆者および掲載者は一切の責任を負いません。

英国のCPTPP加盟で変わる対英貿易。日英EPAとの「二刀流」活用術

2026年2月6日、英国が環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)に正式加盟してから一定期間が経過しました。現在、日本の貿易現場では、既存の「日英経済連携協定(日英EPA)」と、新たに使用可能になった「CPTPP」のどちらを選択すべきかという、戦略的な使い分けの議論が非常に活発化しています。

同じ日本と英国の間の貿易でありながら、二つの異なるルールが存在する現在の状況は、企業にとってコスト削減の大きなチャンスであると同時に、実務的な複雑さも増しています。本稿では、ビジネスマンが押さえておくべき二つの協定の決定的な違いと、最適な選択を行うための視点を深掘りします。


どちらを選ぶべきか。判断を分ける三つの核心

日英間で二つの協定が共存する「ダブル・トラック」体制において、企業が優先順位を決める際の基準は、単なる関税率の低さだけではありません。以下の三つの要素が、活用の鍵を握っています。

1. 原産地規則における「累積」の範囲

これが実務上で最も大きな違いです。

日英EPAでは、欧州連合(EU)産の原材料や部品を「自国(日本または英国)産」とみなして計算に含めることができる「EU累積」が認められています。これは、ドイツやフランスなどのEU諸国から部品を調達して英国で組み立てを行う、あるいは日本でEU産部材を使って製品化する企業にとって、極めて有利なルールです。

対して、CPTPPでは、ベトナム、マレーシア、オーストラリア、カナダといったCPTPP加盟国全体の部材を合算できる「CPTPP広域累積」が適用されます。アジア圏のサプライチェーンを広く活用している企業にとっては、CPTPPの方が「日本産」としての資格を満たしやすくなるケースが多いのです。

2. 関税撤廃スケジュールの微妙な差

日英EPAは、基本的に日欧EPAの成果を継承しており、多くの品目ですでに即時撤廃、あるいは高度な削減が実現しています。

一方で、CPTPPは加盟国間での独自の譲許表(関税撤廃スケジュール)を持っており、特定の品目、例えば農産品や一部の工業製品においては、CPTPPの方が最終的な無税化までの期間が短かったり、枠組みが異なったりする場合があります。輸出入を行う品目ごとに、両方の協定の譲許表を突き合わせ、数年先の税率まで見越したシミュレーションを行うことが不可欠です。

3. 証明手続の利便性と柔軟性

日英EPAでは、輸出者または輸入者が自ら原産地を証明する「自己申告制度」が採用されています。

CPTPPも同様に自己申告が基本ですが、長年CPTPPを他の太平洋諸国との間で使い慣れている企業にとっては、共通のフォームや社内管理体制をそのまま英国向けにも横展開できるという運用上のメリットがあります。複数の協定をバラバラに管理するコストを避けるため、あえて他の国と同じCPTPPに統一するという経営判断も増えています。


ビジネスマンが取るべき実務アクション

戦略的な使い分けを実現するために、今すぐ着手すべき具体的なアクションは以下の通りです。

  1. サプライチェーンの再点検自社製品に使用されている主要部材の原産地を改めて特定してください。EU産が多いのか、それともASEAN(CPTPP加盟国)産が多いのかによって、勝負すべき協定は自動的に決まります。
  2. 二つの譲許表の「現行税率」比較税関やJETROが提供しているデータベースを活用し、当該HSコードにおける本日の実行関税率を比較してください。日英EPAではすでに0%でも、CPTPPでは段階削減の途上であるといった逆転現象も起こり得ます。
  3. 認定輸出者制度等のステータス確認自己申告を行うための社内エビデンス(原産地判定書など)が、両方の協定のルールに対応できているかを確認してください。特に累積規定を利用する場合、根拠となるサプライヤー証明書のフォーマットが異なる場合があります。

まとめ:協定を「選べる」強みを利益に変える

英国のCPTPP加盟により、日本企業は強力な武器を二つ手に入れました。これまでは「日英EPA一択」だった思考を切り替え、調達ルートの変化に合わせて柔軟に協定を使い分けることが、2026年以降のグローバル競争を勝ち抜くための新常識となります。

関税コストの削減は、直接的に営業利益を押し上げます。法務や物流の担当者だけでなく、営業や経営企画の部門も巻き込んで、この「二刀流」のメリットを最大限に引き出す戦略を構築してください。

免責

本稿は一般的な情報提供を目的としたもので、個別案件の法的助言ではありません。実際の申告・契約・規制適合は、対象国の法令と最新の当局公表、必要に応じて専門家見解に基づき判断してください。

2028年の関税ショックを回避せよ。日EU・EPA「HS読み替え指針」が示す実務の解


2026年2月4日、日本と欧州連合(EU)の貿易当局間で進められていたある重要な協議の実質的な合意が報じられました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に向けて、日EU・EPAの運用ルールをどう適応させるかという運用ガイドラインの第一案がまとまったというニュースです。

これは、多くの貿易実務家が2028年問題として懸念していた、申告コードと協定ルールの不整合による混乱を未然に防ぐための処方箋です。

本記事では、FTAの専門家の視点から、このガイドラインが示された背景にある構造的な課題と、企業が2028年に向けて構築すべき二重管理体制について深掘り解説します。

なぜ2028年に原産地証明が止まる恐れがあったのか

まず、この問題の核心である協定の硬直性とHSコードの流動性のギャップについて整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則(製品が日本産か欧州産かを判定するルール)の基準として、2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文に書かれている品目番号や関税分類変更基準(CTC)は、すべて2017年当時の世界に基づいています。

しかし、貿易の現場で使われるHSコードは5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正が行われます。

ここで生じるのが、輸入申告書には最新の2028年版コードを書かなければならないのに、特恵関税を適用するためのルールブックは2017年版のままという矛盾です。もし、ある製品のコードが改正で変更されていた場合、どのルールを適用すればよいのかが不明確になり、最悪の場合、原産地証明書の不備として関税優遇が否認されるリスクがありました。

魔法の辞書、相関表の公式化

今回まとまったガイドラインの核となるのは、相関表(Correlation Table)の公式な導入です。

本来、新しいHSコードに対応するためには、協定の条文そのものを書き換える転換(Transposition)という手続きが理想ですが、これには膨大な時間と法的承認プロセスが必要です。そこで当局は、条文は書き換えずに、読み替えのための辞書を用意するという現実的な解決策を選びました。

相関表の役割

この公式相関表は、HS 2028のコードとHS 2017のコードを紐付ける変換テーブルです。

例えば、HS 2028で新設されたある化学品のコードが、HS 2017ではどのコードに該当していたのかを一対一、あるいは一対多で定義します。企業はこの表を参照することで、最新のコードで申告しつつ、裏側では正しい旧コードの原産地規則を適用することが可能になります。

ガイドライン案では、この相関表を日EU双方の税関が公式な判定基準として認めることが明記される見込みです。これにより、企業は独自の解釈ではなく、当局のお墨付きを得た変換ロジックに基づいて業務を行うことができます。

企業に求められるHSコードの二重管理

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対して高度なデータ管理を求めています。それは、通関用コードと原産地判定用コードの完全な分離管理です。

2028年の実務フロー

これまでは、インボイスに記載するHSコードが決まれば、そのままそのコードの原産地規則を確認すれば済みました。しかし、2028年以降のEPA活用プロセスは以下のようになります。

  1. 通関用コードの特定:製品のスペックに基づき、最新のHS 2028コードを決定する。(輸入申告用)
  2. 相関表の参照:ガイドラインに基づき、そのコードに対応するHS 2017コードを特定する。
  3. 原産地規則の適用:特定されたHS 2017コードに基づき、協定上のルール(関税分類変更基準や付加価値基準)を満たしているか判定する。

もし、自社のシステムが最新のHSコードしか保持できない仕様になっている場合、このプロセスに対応できません。

落とし穴となるみなし変更

特に注意が必要なのは、HSコードの項番(上4桁)が変わるような改正があった場合です。

例えば、技術革新により製品の機能定義が変わり、第84類から第85類へ移動した場合、最新コードだけを見ていると関税分類変更基準(CTH)を満たしているように見えるかもしれません。しかし、2017年版のコードに引き直すと実は項番が変わっていない(変更基準を満たさない)というケースが発生し得ます。

このような意図しないミスを防ぐためにも、公式相関表を用いたロジックチェックは必須となります。

まとめ

日EU・EPAの運用ガイドライン第一案の策定は、2028年の貿易実務における交通整理が始まったことを意味します。

FTAの専門家として助言できることは一つです。2028年になってから慌てて相関表を見るのではなく、今のうちから自社の製品マスタにEPA判定用(HS 2017)という固定フィールドを設け、最新コードとは切り離して管理できる体制を整えておくことです。

過去のルールを正しく参照し続ける能力こそが、未来の関税削減メリットを確実に享受するための鍵となります。

EUと南米の巨大経済圏、統合への強行突破。ビジネスパーソンが知るべきメルコスールFTAの全貌


EU(欧州連合)とメルコスール(南米南部共同市場:ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ボリビア)の包括的貿易協定が、長い迷走を経てついに最終局面を迎えました。フランスを中心とする激しい反対論がある中で、なぜEU執行部は今、この協定の成立を強行しようとしているのでしょうか。

そこには、欧州が直面する危機感と、南米市場を巡る世界的な覇権争いが色濃く反映されています。本稿では、この協定の裏側にある戦略的意図と、日本企業を含むグローバルビジネスへの影響を解説します。

1. なぜ今なのか:EUが反対を押し切った3つの「焦り」

交渉開始から四半世紀。なぜ今、EUは国内の農家や環境保護団体の反対を押し切ってまで署名を急ぐのでしょうか。理由は大きく3つの「焦り」に集約されます。

一つ目は、対中国戦略としての地政学的焦りです。

南米における中国の影響力は年々増大しています。ブラジルにとって最大の貿易相手国はすでに中国であり、インフラ投資も加速しています。EUとしては、これ以上協定を先延ばしにすれば、南米という巨大市場と資源供給地を中国に完全に奪われるという危機感があります。EUにとってメルコスールFTAは、単なる貿易協定ではなく、西側陣営に南米をつなぎ止めるための外交カードなのです。

二つ目は、重要鉱物資源の確保です。

EV(電気自動車)シフトやデジタル化が進む中、リチウムや銅などの重要鉱物の確保は経済安全保障の核心です。アルゼンチンやボリビアはリチウム資源が豊富であり、EUは中国依存を脱却し、サプライチェーンを多角化するために、これらの国々との強固なアクセス権を必要としています。

三つ目は、欧州輸出産業の停滞打破です。

ドイツを中心とする欧州製造業は、エネルギーコストの高騰や中国市場の減速により苦境に立たされています。人口2億7000万人を超えるメルコスール市場への関税(自動車や機械、化学製品など)を撤廃することで、輸出主導での経済回復を狙っています。

2. 反対派の論理:なぜフランスは激怒するのか

この協定に対し、フランス、ポーランド、オーストリアなどは強く抵抗してきました。その最大の理由は「農業」です。

メルコスールは世界有数の農業輸出国です。ブラジルの牛肉、鶏肉、砂糖、大豆などが関税引き下げによって安価に流入すれば、環境規制や労働基準を厳格に守っている欧州の農家は価格競争で太刀打ちできません。フランスのマクロン政権が「不公正な競争だ」と声を荒らげるのは、自国の農業を守るためであり、農民デモによる政権不安定化を避けるためでもあります。

また、環境保護団体からは、アマゾンの森林破壊を加速させる懸念が指摘されています。これに対しEUは、協定にパリ協定の遵守や森林破壊防止に関する「持続可能性条項」を盛り込むことで反論していますが、懐疑的な見方は消えていません。

3. EUの「奇策」:全会一致の回避

通常、EUの包括的な協定批准には、全加盟国の議会での承認(全会一致)が必要です。これではフランス一国の拒否権で協定が葬り去られてしまいます。

そこでEU欧州委員会が検討してきたのが、協定を「貿易分野」と「政治・協力分野」に分割(スプリット)するという手法です。貿易部分だけであれば、EUの専権事項として扱われ、欧州議会と加盟国閣僚理事会での「特定多数決」で承認が可能になります。つまり、フランスが反対しても、他の多くの国が賛成すれば協定を発効させることができるのです。

今回の「反対を押し切った」という動きは、まさにこの多数決による突破を視野に入れた、フォン・デア・ライエン欧州委員長の強い政治的意思の表れと言えます。

4. ビジネスへの影響:日本企業が注視すべきポイント

この協定が発効に向け動き出したことは、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。

第一に、欧州企業の競争力強化です。

欧州企業はメルコスール市場において、関税撤廃という大きなアドバンテージを得ます。例えば、自動車には現在35パーセントもの高関税が課されていますが、これが撤廃されれば、現地市場においてフォルクスワーゲンやフィアットなどの欧州勢が価格競争力を持ちます。現地で競合する日本メーカーにとっては逆風となりかねません。

第二に、公共調達市場の開放です。

協定には、メルコスール側の政府調達市場をEU企業に開放する条項が含まれています。インフラ整備やITシステムなどの入札において、EU企業が優先的な地位を得る可能性があります。

第三に、グローバルスタンダードの行方です。

EUはこの協定を通じて、環境規制や労働基準などの「EU基準」を南米にも適用させようとしています。南米でビジネスを行う日本企業も、将来的には間接的にEUレベルのサステナビリティ対応を求められる場面が増えるかもしれません。

結論:保護主義と自由貿易の分水嶺

EU・メルコスールFTAの署名に向けた動きは、保護主義的な国内世論と、自由貿易による成長・安全保障を天秤にかけた結果、後者を選んだという歴史的な決断です。

しかし、署名はゴールではありません。フランスなどの反対派が今後どのような対抗措置に出るか、そして実際に協定が批准・発効されるまでのプロセスには依然として不透明さが残ります。ビジネスリーダーとしては、この協定が「発効する」ことを前提とした南米戦略の再考と、欧州勢の動きへの警戒が必要です。


2028年問題への処方箋。日EU・EPA原産地規則の読み替え協議が示す実務の未来


2026年に入り、欧州ビジネスに関わる企業にとって見過ごすことのできない重要な協議が、日本とEUの当局間で開始されました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に伴う、日EU・EPAの原産地規則(PSR)の取り扱いに関する公式な対応協議です。

多くの実務家が懸念していた、最新の通関コードと古い協定ルールのズレという問題に対し、当局が現実的な解決策を示そうとしています。本記事では、このニュースの深層にある実務的な課題と、企業が今から準備すべき対応について解説します。

時間が止まった協定と、動き続ける現実

まず、この問題の根本的な原因を整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則の基礎として2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文の中に書かれている品目番号や関税分類変更基準などのルールは、すべて2017年時点の定義に基づいています。

一方で、貿易の現場で使用されるHSコードは、技術革新や環境対応を反映して約5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正(HS 2028)が予定されています。

ここで大きな矛盾が生じます。

2028年の輸入申告書には、最新のHS 2028コードを記載しなければなりません。しかし、その製品が関税ゼロになるかどうかを判定するルールブック(EPAの規則)は、依然として2017年版のコードを参照しているのです。この11年分のタイムラグが、現場に混乱をもたらす火種となっていました。

読み替え指針がもたらす実務の解像度

通常、EPAの原産地規則を新しいHSコードに対応させるには、協定そのものを改正する転換(Transposition)という手続きが必要です。しかし、これには膨大な時間と議会の承認プロセスが必要となり、2028年の発効には到底間に合いません。

そこで今回協議が開始されたのが、相関表を用いた運用ルールの策定です。

これは、協定の条文を書き換えるのではなく、運用上の解釈ルールを定めることで、HS 2028のコードとHS 2017ベースの規則を橋渡ししようという試みです。具体的には、新旧コードの相関表(Correlation Table)を公式に定義し、新しいコードで申告された製品が、旧コードのどのルールに従うべきかを明確にするガイドラインになると予想されます。

この指針が決まることで、企業は法的安定性を確保しながら、古いルールのまま新しいコードでの通関を行うことが可能になります。

企業に求められる二重管理の徹底

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対してある覚悟を求めています。それは、通関用と原産地判定用という2つのHSコードを厳格に使い分ける二重管理体制の構築です。

読み替え指針が出るということは、逆説的に言えば、原産地判定の基準自体はHS 2017から変わらないことを意味します。つまり、2028年になっても、原産地証明の実務においては、あえて10年以上前の古いコード(HS 2017)に製品を当てはめ直し、その当時のルールで関税分類変更基準(CTC)などを満たしているかを確認しなければなりません。

実務の落とし穴

インボイスに記載する最新のコード(HS 2028)だけで原産地判定を行ってしまうと、HSの改正によって項番が変わっていた場合、誤ったルールを適用してしまうリスクがあります。

例えば、ある化学品が2028年版では項が変わったとしても、EPAの判定では2017年版の項に基づいたルール(CTHなど)を適用しなければなりません。この変換作業を誤ることは、事後調査(検認)において特恵否認される典型的なパターンです。

まとめ

今回の協議開始は、当局が2028年の混乱を未然に防ごうとする現実的な動きです。

企業の実務担当者が今すべきことは、社内の製品マスタにEPA判定用HSコード(HS 2017)という項目が確実に存在し、維持されているかを確認することです。

最新のコードさえ分かればよいという運用は、2028年には通用しなくなります。新旧のコードを紐付け、過去のルールを正しく参照できる体制を作っておくことこそが、将来の関税コスト削減を確実なものにします。

ブラジルの関税ショック。Ex-tarifado縮小が告げるデジタル家電のボーナスタイム終了


2026年2月1日、南米最大の市場ブラジルから、電機メーカーや商社にとって耳の痛いニュースが飛び込みました。ブラジル政府が、特定の輸入品に対する関税を一時的にゼロにする優遇措置、通称Ex-tarifado(エクス・タリファード)の対象品目リストを見直し、デジタル家電やIT機器を含む100品目以上をリストから除外する決定を運用開始したのです。

これは、これまで関税ゼロで輸入できていた製品に、突如として10パーセントから16パーセント程度の通常関税が課されることを意味します。ブラジルビジネスにつきものの高いコスト、いわゆるブラジル・コストが再び牙を剥いた形です。

本記事では、この制度変更の背景にあるブラジル政府の意図と、現地ビジネスに与える具体的なコストインパクト、そして日本企業が取るべき対策について深掘り解説します。

そもそもEx-tarifadoとは何か。唯一の抜け道

ブラジルは伝統的に国内産業保護のため、高い輸入関税を課す保護主義的な国です。しかし、国内で製造できない機械設備やハイテク製品まで高関税にしてしまうと、国の産業発展が遅れてしまいます。

そこで設けられているのがEx-tarifado制度です。これは、ブラジル国内に同等の性能を持つ代替製品が生産されていない(国内類似品が存在しない)と認められた場合に限り、資本財(BK)や情報通信機器(BIT)の輸入関税を、通常10パーセント以上のところ、一時的に0パーセントまで引き下げるという例外措置です。

多くの海外メーカーは、この制度を活用して高機能なデジタル製品を競争力のある価格でブラジル市場に投入してきました。いわば、ブラジルの高い関税障壁を合法的にすり抜ける唯一の抜け道だったのです。

なぜ今、対象リストが大幅に削られたのか

今回の決定で多くのデジタル家電がリストから外された背景には、強力な国内産業保護の論理があります。

ブラジルには、アマゾン地域の開発を目的としたマナウス・フリーゾーンという経済特区があり、ここでは多くの多国籍企業や現地メーカーが家電製品を組み立て生産しています。これらの国内メーカーから、輸入されたデジタル製品が安価に流入することで、国産品が不利な競争を強いられているというロビー活動が強まっていました。

政府は、これまで国内類似品なしとして認めていた製品カテゴリーについて再調査を行い、ブラジル国内でも同等の機能を持つ製品が作れるようになった、あるいはすでに作られていると認定しました。その結果、Ex-tarifadoの恩恵を剥奪し、国産品を守るための関税障壁を復活させたのです。

16パーセントのコスト増が招くシナリオ

リストから除外された品目には、これまで免税扱いだった高性能なルーター、特定のモニター、IoT機器などが含まれていると見られます。これらにメルコスール対外共通関税(TEC)が適用されると、即座に10パーセントから16パーセントの輸入関税が発生します。

ブラジルの税制は複雑で、輸入関税(II)が上がると、それを課税標準として計算される工業製品税(IPI)や商品流通サービス税(ICMS)といった他の税金も連鎖的に膨れ上がります。結果として、最終的な輸入コストの上昇幅は額面の関税率以上になります。

企業は、価格に転嫁して販売数量の減少を受け入れるか、利益を削って価格を維持するか、あるいはブラジル市場から撤退するかという厳しい三択を迫られます。

企業が打つべき次の一手

この事態を受けて、ブラジル向けに電子機器を輸出している日本企業は、以下の対応を急ぐ必要があります。

第一に、自社製品のNCMコード(HSコード)の確認です

今回除外されたリストと、自社製品の分類コードを照らし合わせ、課税対象に戻ってしまった品目を特定してください。Ex-tarifadoは特定の技術スペック記述(Ex記述)に基づいて適用されるため、製品の仕様書との詳細な突合が必要です。

第二に、類似性なしの再証明への挑戦です

もし、自社製品が国内製品とは明らかに異なる独自技術や機能を持っているにもかかわらず、一括りで除外されてしまった場合は、業界団体を通じて政府(CAMEX)へ異議を申し立て、再度Ex-tarifadoの適用を申請する道も残されています。ただし、これには高度な技術的証明と長い審査期間が必要です。

第三に、現地生産(ノックダウン生産)の検討です

今回の措置は、完成品輸入を締め出し、国内生産へ誘導しようとする政府のメッセージでもあります。長期的にブラジル市場を重視するのであれば、マナウスなどでの委託生産(OEM)に切り替え、国産品としての扱いを受けることが、最も確実な関税回避策となります。

まとめ

ブラジルによるEx-tarifado対象品目の削減は、同国市場がボーナスタイムを終え、再び通常運転の保護主義モードに戻ったことを示しています。

ゼロ関税という恩恵が消えた今、問われているのは製品そのものの真の競争力です。関税が乗ってもなお選ばれるブランド力を築くか、それとも現地のルールに従って現地化するか。ブラジルビジネスの覚悟が試されています。

巨大経済圏構想の崩壊と、南米の中国シフト。メルコスール・EU交渉決裂が突きつける地政学リスク

2026年2月1日、南米の経済大国ブラジルから、世界貿易の地図を塗り替える可能性のある衝撃的な方針転換が示唆されました。四半世紀にわたり交渉が続けられてきた南米南部共同市場(メルコスール)と欧州連合(EU)の自由貿易協定(FTA)交渉が事実上の決裂状態に陥り、ブラジルが中国とのFTA締結へ向けて大きく舵を切る構えを見せたのです。

これは単なる貿易交渉の不調ではありません。南米という資源と食料の巨大な供給地が、欧米の経済圏から離脱し、中国経済圏へと完全に組み込まれる歴史的な転換点を意味します。

本記事では、なぜ両者の交渉が行き詰まったのか、そして南米の中国シフトが日本企業のビジネスにどのようなインパクトを与えるのかについて深掘り解説します。

欧州のグリーンディールが招いた南米の反発

交渉決裂の最大の要因は、EU側が突きつけた環境保護に対する厳格な要求、いわゆるサイドレター(追加議定書)の存在です。

EUは、アマゾンの森林破壊防止やパリ協定の順守を貿易の必須条件とし、違反した場合には制裁を科すという条項を強く求めました。これは欧州の有権者や農業団体を納得させるためには必要な措置でしたが、ブラジルをはじめとするメルコスール側には、環境保護を口実にした保護主義、あるいはグリーン・インペリアリズム(緑の帝国主義)として映りました。

ブラジル政府にとって、自国の経済発展を阻害しかねない欧州の要求は、主権への侵害として受け入れ難いものでした。結果として、欧州が理想を追い求める間に、南米の忍耐が限界を迎えたのが今回の構想崩壊の真相です。

中国という実利的な選択肢

欧州との対話が冷え込む一方で、急速に求心力を高めているのが中国です。

中国はすでにブラジルにとって最大の貿易相手国ですが、EUとは対照的に、政治体制や環境問題について内政干渉的な注文をつけません。中国が求めているのは、安定的な資源(鉄鉱石、石油、リチウム)と食料(大豆、肉類)の供給、そして中国製品(EV、インフラ設備)の市場だけです。

ブラジルにとって、説教をせずにビジネスライクに巨大な市場を提供してくれる中国とのFTAは、極めて実利的で魅力的な選択肢となります。これまでメルコスールは、域内での単独交渉を禁じるルールがありましたが、ウルグアイの先行的な動きに続き、盟主ブラジルが中国傾斜を明確にしたことで、メルコスール全体が中国との包括的FTA、あるいは個別交渉の解禁へと雪崩を打つ可能性が高まっています。

日本企業が直面する2つの脅威

この地政学的なシフトは、対岸の火事ではありません。日本企業、特に製造業と商社には深刻な影響が及びます。

南米市場における競争条件の悪化

もしメルコスールと中国のFTAが締結されれば、中国製の自動車、電機製品、機械設備が関税ゼロで南米市場に流入します。

現在でも中国メーカー(BYDや長城汽車など)はブラジルでの現地生産と販売を加速させていますが、関税の壁がなくなれば、日本企業は価格競争で圧倒的に不利な立場に追い込まれます。南米は日本車にとって重要な市場でしたが、そのシェアが根こそぎ奪われるリスクがあります。

重要鉱物資源の囲い込み

より深刻なのは、サプライチェーンの上流です。南米はリチウムや銅など、EVやデジタル産業に不可欠な重要鉱物の宝庫です。

中国との経済的な結びつきが強まれば、これらの資源開発においても中国企業が優先的な権益を得ることになります。欧州や日本がグリーン調達の基準作りで足踏みをしている間に、中国が資源の蛇口を押さえてしまう構図が完成しようとしています。

まとめ

2026年2月1日のニュースは、グローバルサウスと呼ばれる新興国が、もはや欧米のルールには従わないという明確な意思表示をした瞬間と言えます。

欧州という巨大な後ろ盾を失い、中国という巨大なパートナーを選ぼうとしている南米。日本企業に求められているのは、欧米中心のサプライチェーン観からの脱却と、中国経済圏に取り込まれつつある市場でどう生き残るかという、極めてシビアな戦略の再構築です。

日EU・EPAにおける完全ペーパーレス化の衝撃。原産地証明のPDF正本化が企業に迫る実務変革

2026年1月、日EU・EPAの運用において、原産地証明の完全な電子化(PDF運用)への移行が改めて確認されました。これは、単に紙を使わなくてもよいという許可ではなく、デジタルデータこそが正本であるというルールの最終確定を意味します。

多くの日本企業は、いまだに紙のインボイスにハンコを押し、それをスキャンして送るというハイブリッドな運用を続けています。しかし、今回の再確認により、そうしたアナログな慣習は非効率なだけでなく、コンプライアンス上のリスク要因となることが明確になりました。

本記事では、このニュースが示唆する実務の変化と、企業が今すぐ見直すべき証明書管理のあり方について深掘り解説します。

なぜ今、再確認が必要なのか。紙神話の完全な崩壊

日EU・EPAは発効当初から、輸出者が自ら原産性を証明する自己申告制度を採用しており、制度上は原産地証明書(Certificate of Origin)という公的な紙の書類は存在しません。

しかし、実務の現場では混乱が続いていました。インボイスなどの商業書類に原産地申告文(Statement on Origin)を記載する際、直筆署名は必要なのか、PDFで送ったものを現地で印刷して保管すればよいのか、といった点について、企業や担当者ごとの解釈にブレがあったのです。

今回の完全移行の再確認は、これらの曖昧さを払拭するものです。EU側および日本側の当局が、PDFなどの電子媒体で作成・送付された申告文が正本としての効力を持ち、物理的な署名や紙の保管は必須ではない(あるいは推奨されない)という共通認識を決定的なものにしました。

自己申告制度における電子発給の定義とは

日EU・EPAにおける電子発給とは、商工会議所などの第三者機関がシステムからPDFを発行することではありません。輸出者自身のシステム(ERPやインボイス発行システム)から出力された、原産地申告文を含むPDFファイルそのものを指します。

つまり、システムから直接生成されたPDFファイルが原本であり、それをわざわざ紙に印刷してハンコを押し、再びスキャンしてPDF化する行為は、データの真正性を毀損する無駄なプロセスとして定義されます。

ハンコ不要の最終確定とそれが意味するリスク

今回の確認で最も重要なのは、署名の免除が実務標準になった点です。日EU・EPAの規定では、輸出者の署名は必須とされていませんが、慣習的に署名を求める輸入者もいました。

しかし、完全電子化の流れの中で、署名や押印といった物理的な証拠能力は相対的に低下します。その代わりに問われるのが、誰がそのデータを作成し、いつ送信したかというシステム上のログやプロセス管理です。ハンコという目に見える安心材料がなくなる分、データガバナンスの重要性が飛躍的に高まるのです。

企業が直面する新たな保存義務とデータ管理

紙が正本でなくなるということは、書類の保存方法についての考え方を根本から変える必要があります。

プリントアウトした瞬間にそれは原本ではなくなる

多くの企業でやりがちなミスが、電子メールで送ったPDFインボイス(申告文付き)を紙に印刷し、それをファイリングして5年間保存するという運用です。

電子帳簿保存法の観点からも、またEPAの事後調査(検認)の観点からも、電子的に作成・授受された書類は、電子データのまま保存することが原則です。紙に印刷されたものはあくまで写し(コピー)に過ぎず、検索機能やメタデータ(作成日時などの属性情報)が失われた劣化版の記録として扱われます。

したがって、今後の実務では、検認が入った際に、当時送信したPDFファイルそのものを即座に取り出せるデジタルアーカイブ体制が必須となります。

メール添付だけで終わらせない管理体制

PDFでの運用が標準化すると、担当者のメールボックスの中にだけ重要書類が残るという属人化のリスクが高まります。

担当者が退職したり、PCが故障したりすれば、原産地証明の証拠が消失することになります。完全電子化に対応するためには、輸出案件ごとにフォルダを作成し、相手に送付した最終版のPDFインボイス(申告文付き)を、組織として管理するサーバーやクラウドストレージに自動的に集約するワークフローを構築しなければなりません。

2026年以降の欧州向け輸出実務の鉄則

今回の日EU・EPAの電子化再確認を受けて、ビジネスマンが徹底すべきアクションは以下の3点です。

第一に、社内規定の改訂です。

原産地申告文への署名・押印プロセスを廃止し、システムから出力されたPDFをそのまま正本として扱うことを社内ルールとして明文化してください。これにより、在宅勤務や遠隔地からの出荷業務がスムーズになります。

第二に、輸入者との合意形成です。

EU側の輸入者に対し、今後は署名なしのPDFデータのみを送付することを通知し、それで通関に支障がないかを確認してください。EU側の税関もデジタル化進んでいますが、現地の通関業者が古い慣習に縛られている場合があるため、事前の握りが重要です。

第三に、デジタル原本の保存環境の整備です。

紙のバインダーを廃止し、電子データとして4年間(日本の規定では最長7年が推奨)確実に保存・検索できるシステム環境を整えてください。

まとめ

日EU・EPAにおける原産地証明の完全電子化は、ペーパーレスの利便性を享受できるチャンスであると同時に、データの管理責任がより厳格になることを意味します。

紙に頼る実務はもはやリスクでしかありません。PDFデータこそが唯一の正本であるという認識に切り替え、デジタル完結型の輸出業務フローを確立した企業だけが、将来の監査や検認にも動じない強固なコンプライアンス体制を築くことができるのです。