2026年2月4日、米国の税関・国境警備局(CBP)は、急速に商業化が進むラボ肉(培養肉)の輸入実務におけるHSコード分類基準について、暫定的な決定を下しました。
これは、食品業界における長年の哲学的かつ実務的な問いである「細胞培養で作られた肉は、関税法上の肉(Meat)なのか」という論争に対し、世界で初めて貿易大国が明確な解釈指針を示した歴史的なニュースです。
本記事では、HSコードの専門家として、この決定が意味する「関税の境界線」と、フードテック企業が直面する新たなビジネスルールについて深掘り解説します。

第2類の壁。なぜ「肉」として扱われないのか
まず、この問題の核心にある関税率表(HSコード)の構造的な定義について解説します。
我々が普段スーパーマーケットで買う牛肉や豚肉は、HSコードの「第2類(肉及び食用のくず肉)」に分類されます。しかし、この第2類の解説には、伝統的に「と畜(Slaughter)」というプロセスを経ていることが前提とされてきました。つまり、生きている動物を屠殺して得られたものが「肉」であるという定義です。
一方で、培養肉はバイオリアクターの中で細胞を増殖させて作られます。動物を殺すプロセスが存在しません。
今回、CBPが示した基準の骨子は、この製造工程の違いを厳格に適用するというものです。つまり、生物学的には肉と同じ組成であっても、関税法上は伝統的な第2類の「肉」とは区別し、第21類(その他の調製食料品)、あるいはその成分構成によっては**第16類(肉の調製品)**の特殊な項へと分類する方向性を示しました。
これは、「見た目や味が肉であれば肉とする」という機能重視の考え方ではなく、「どのように作られたか」というプロセス重視の基準をCBPが採用したことを意味します。
関税率と輸入枠に生じる巨大なギャップ
この分類の違いは、単なるコード番号の違いではありません。企業の利益率を左右する関税率と輸入割当(クオータ)に直結します。
牛肉セーフガードの対象外になる可能性
もし培養肉が第2類の「牛肉」として分類されれば、既存の牛肉輸入枠(低関税枠)を巡って、伝統的な畜産農家や食肉商社との激しい枠取り合戦に巻き込まれることになります。また、輸入急増時に発動されるセーフガード(緊急輸入制限)の対象にもなります。
しかし、今回のように第21類(調製食料品)などの別枠として扱われることになれば、これらの伝統的な牛肉規制の対象外となる可能性があります。これは、輸出企業にとっては、厳しい輸入数量制限を回避し、自由な数量を米国市場に投入できるという巨大なメリットになり得ます。
関税率の予見可能性
一方で、第21類は「その他」の食品が入るカテゴリであり、品目によっては高い関税率が設定されている場合もあります。今回のCBPの暫定決定により、培養肉に対する具体的な税率が固定されることになります。これまで「いくらの関税がかかるか分からないから輸出できない」と足踏みしていたフードテック企業にとって、事業計画(PL)が引けるようになったことは大きな前進です。
ラベル表示規制との複雑なねじれ
ビジネスマンが注意すべきは、この税関の決定が、国内販売時の表示ルール(FDA/USDA管轄)とは必ずしも一致しないという点です。
米国内の食品表示規制では、消費者の誤認を防ぐために「Cultivated Chicken(培養鶏肉)」といった表示が義務付けられていますが、あくまで「肉」の一種として扱われる傾向にあります。
しかし、貿易の入り口(税関)では「肉ではない(第2類ではない)」として処理され、国内に入った瞬間に「肉」として流通する。このような「ねじれ現象」が発生することになります。
輸入担当者は、インボイス上の品名記述(Description)において、税関用のHSコード分類根拠となる「細胞培養由来であること」を明確にしつつ、販売用のパッケージには食品表示法に適合した記載を行うという、高度な整合性管理が求められます。
まとめ
米国CBPによる培養肉の分類基準決定は、フードテックという新しい産業を、既存の貿易ルールの中に無理やり押し込むのではなく、新しい枠組みで管理しようとする現実的なアプローチです。
この決定は、培養肉が「農産物」ではなく「工業製品」に近い扱いを受ける時代の幕開けとも言えます。関連企業は、自社製品の成分と製造プロセスをHSコードの視点から再定義し、最も有利かつコンプライアンスに則った輸入戦略を構築する時期に来ています。
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