2028年の関税ショックを回避せよ。日EU・EPA「HS読み替え指針」が示す実務の解


2026年2月4日、日本と欧州連合(EU)の貿易当局間で進められていたある重要な協議の実質的な合意が報じられました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に向けて、日EU・EPAの運用ルールをどう適応させるかという運用ガイドラインの第一案がまとまったというニュースです。

これは、多くの貿易実務家が2028年問題として懸念していた、申告コードと協定ルールの不整合による混乱を未然に防ぐための処方箋です。

本記事では、FTAの専門家の視点から、このガイドラインが示された背景にある構造的な課題と、企業が2028年に向けて構築すべき二重管理体制について深掘り解説します。

なぜ2028年に原産地証明が止まる恐れがあったのか

まず、この問題の核心である協定の硬直性とHSコードの流動性のギャップについて整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則(製品が日本産か欧州産かを判定するルール)の基準として、2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文に書かれている品目番号や関税分類変更基準(CTC)は、すべて2017年当時の世界に基づいています。

しかし、貿易の現場で使われるHSコードは5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正が行われます。

ここで生じるのが、輸入申告書には最新の2028年版コードを書かなければならないのに、特恵関税を適用するためのルールブックは2017年版のままという矛盾です。もし、ある製品のコードが改正で変更されていた場合、どのルールを適用すればよいのかが不明確になり、最悪の場合、原産地証明書の不備として関税優遇が否認されるリスクがありました。

魔法の辞書、相関表の公式化

今回まとまったガイドラインの核となるのは、相関表(Correlation Table)の公式な導入です。

本来、新しいHSコードに対応するためには、協定の条文そのものを書き換える転換(Transposition)という手続きが理想ですが、これには膨大な時間と法的承認プロセスが必要です。そこで当局は、条文は書き換えずに、読み替えのための辞書を用意するという現実的な解決策を選びました。

相関表の役割

この公式相関表は、HS 2028のコードとHS 2017のコードを紐付ける変換テーブルです。

例えば、HS 2028で新設されたある化学品のコードが、HS 2017ではどのコードに該当していたのかを一対一、あるいは一対多で定義します。企業はこの表を参照することで、最新のコードで申告しつつ、裏側では正しい旧コードの原産地規則を適用することが可能になります。

ガイドライン案では、この相関表を日EU双方の税関が公式な判定基準として認めることが明記される見込みです。これにより、企業は独自の解釈ではなく、当局のお墨付きを得た変換ロジックに基づいて業務を行うことができます。

企業に求められるHSコードの二重管理

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対して高度なデータ管理を求めています。それは、通関用コードと原産地判定用コードの完全な分離管理です。

2028年の実務フロー

これまでは、インボイスに記載するHSコードが決まれば、そのままそのコードの原産地規則を確認すれば済みました。しかし、2028年以降のEPA活用プロセスは以下のようになります。

  1. 通関用コードの特定:製品のスペックに基づき、最新のHS 2028コードを決定する。(輸入申告用)
  2. 相関表の参照:ガイドラインに基づき、そのコードに対応するHS 2017コードを特定する。
  3. 原産地規則の適用:特定されたHS 2017コードに基づき、協定上のルール(関税分類変更基準や付加価値基準)を満たしているか判定する。

もし、自社のシステムが最新のHSコードしか保持できない仕様になっている場合、このプロセスに対応できません。

落とし穴となるみなし変更

特に注意が必要なのは、HSコードの項番(上4桁)が変わるような改正があった場合です。

例えば、技術革新により製品の機能定義が変わり、第84類から第85類へ移動した場合、最新コードだけを見ていると関税分類変更基準(CTH)を満たしているように見えるかもしれません。しかし、2017年版のコードに引き直すと実は項番が変わっていない(変更基準を満たさない)というケースが発生し得ます。

このような意図しないミスを防ぐためにも、公式相関表を用いたロジックチェックは必須となります。

まとめ

日EU・EPAの運用ガイドライン第一案の策定は、2028年の貿易実務における交通整理が始まったことを意味します。

FTAの専門家として助言できることは一つです。2028年になってから慌てて相関表を見るのではなく、今のうちから自社の製品マスタにEPA判定用(HS 2017)という固定フィールドを設け、最新コードとは切り離して管理できる体制を整えておくことです。

過去のルールを正しく参照し続ける能力こそが、未来の関税削減メリットを確実に享受するための鍵となります。

2028年問題への処方箋。日EU・EPA原産地規則の読み替え協議が示す実務の未来


2026年に入り、欧州ビジネスに関わる企業にとって見過ごすことのできない重要な協議が、日本とEUの当局間で開始されました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に伴う、日EU・EPAの原産地規則(PSR)の取り扱いに関する公式な対応協議です。

多くの実務家が懸念していた、最新の通関コードと古い協定ルールのズレという問題に対し、当局が現実的な解決策を示そうとしています。本記事では、このニュースの深層にある実務的な課題と、企業が今から準備すべき対応について解説します。

時間が止まった協定と、動き続ける現実

まず、この問題の根本的な原因を整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則の基礎として2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文の中に書かれている品目番号や関税分類変更基準などのルールは、すべて2017年時点の定義に基づいています。

一方で、貿易の現場で使用されるHSコードは、技術革新や環境対応を反映して約5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正(HS 2028)が予定されています。

ここで大きな矛盾が生じます。

2028年の輸入申告書には、最新のHS 2028コードを記載しなければなりません。しかし、その製品が関税ゼロになるかどうかを判定するルールブック(EPAの規則)は、依然として2017年版のコードを参照しているのです。この11年分のタイムラグが、現場に混乱をもたらす火種となっていました。

読み替え指針がもたらす実務の解像度

通常、EPAの原産地規則を新しいHSコードに対応させるには、協定そのものを改正する転換(Transposition)という手続きが必要です。しかし、これには膨大な時間と議会の承認プロセスが必要となり、2028年の発効には到底間に合いません。

そこで今回協議が開始されたのが、相関表を用いた運用ルールの策定です。

これは、協定の条文を書き換えるのではなく、運用上の解釈ルールを定めることで、HS 2028のコードとHS 2017ベースの規則を橋渡ししようという試みです。具体的には、新旧コードの相関表(Correlation Table)を公式に定義し、新しいコードで申告された製品が、旧コードのどのルールに従うべきかを明確にするガイドラインになると予想されます。

この指針が決まることで、企業は法的安定性を確保しながら、古いルールのまま新しいコードでの通関を行うことが可能になります。

企業に求められる二重管理の徹底

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対してある覚悟を求めています。それは、通関用と原産地判定用という2つのHSコードを厳格に使い分ける二重管理体制の構築です。

読み替え指針が出るということは、逆説的に言えば、原産地判定の基準自体はHS 2017から変わらないことを意味します。つまり、2028年になっても、原産地証明の実務においては、あえて10年以上前の古いコード(HS 2017)に製品を当てはめ直し、その当時のルールで関税分類変更基準(CTC)などを満たしているかを確認しなければなりません。

実務の落とし穴

インボイスに記載する最新のコード(HS 2028)だけで原産地判定を行ってしまうと、HSの改正によって項番が変わっていた場合、誤ったルールを適用してしまうリスクがあります。

例えば、ある化学品が2028年版では項が変わったとしても、EPAの判定では2017年版の項に基づいたルール(CTHなど)を適用しなければなりません。この変換作業を誤ることは、事後調査(検認)において特恵否認される典型的なパターンです。

まとめ

今回の協議開始は、当局が2028年の混乱を未然に防ごうとする現実的な動きです。

企業の実務担当者が今すべきことは、社内の製品マスタにEPA判定用HSコード(HS 2017)という項目が確実に存在し、維持されているかを確認することです。

最新のコードさえ分かればよいという運用は、2028年には通用しなくなります。新旧のコードを紐付け、過去のルールを正しく参照できる体制を作っておくことこそが、将来の関税コスト削減を確実なものにします。

エネルギー安保と輸出競争力の奪還。日GCC・FTAが2026年内署名へ


2026年2月2日、日本の貿易戦略において長年の懸案であった、湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)交渉が最終局面を迎え、2026年内の署名を示唆する報道がなされました。

GCCとは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国からなる中東の経済同盟です。

日本にとって、この地域は原油や天然ガスの最大の供給源であると同時に、自動車やプラント設備の重要な輸出先でもあります。今回のFTA妥結は、エネルギーの安定調達と、日本製品の輸出競争力の回復という二つの国益を同時に満たす歴史的な転換点となります。

本記事では、なぜ今この協定が急がれているのか、そして日本企業のビジネスにどのような恩恵をもたらすのかについて解説します。

遅すぎた再開と、韓国・中国への対抗心

日本とGCCのFTA交渉は、実は2006年に一度開始されましたが、2009年に中断し、長く凍結状態にありました。その間に世界の通商地図は大きく塗り替わりました。

最大の脅威となったのは競合国の動きです。韓国は2023年末にGCCとのFTAを実質妥結させ、中国も交渉を加速させています。

これまで日本車や日本製の鉄鋼製品は、中東市場において関税というハンデを負わずに戦えていましたが、韓国勢が関税撤廃の恩恵を受け始めると、価格競争力で圧倒的に不利な状況に追い込まれます。特に自動車産業において、中東は高付加価値な大型SUVなどが売れるドル箱市場です。他国にシェアを奪われる前に、同じ土俵に上がるための枠組み作りが急務となっていました。

今回の2026年内署名というスピード感は、まさに他国に奪われた先行者利益を取り戻そうとする日本政府と産業界の焦燥感と本気度の表れと言えます。

自動車・機械メーカーにとっての「5パーセントの壁」撤廃

ビジネスの現場において、このFTAがもたらす最大のインパクトは関税コストの削減です。

現在、GCC諸国は一般的に輸入品に対して5パーセントの共通関税(GCC対外共通関税)を課しています。日本の主力輸出品である自動車、トラック、建設機械、そして鉄鋼製品などは、基本的にこの5パーセントの課税対象です。

たかが5パーセントと思われるかもしれませんが、数百万、数千万円する製品における5パーセントは、利益率を大きく左右します。これが撤廃されれば、日本製品の価格競争力は即座に回復します。

特に、中東諸国が脱石油依存を掲げて推進している巨大都市開発プロジェクト(サウジアラビアのNEOMなど)において、日本の建設機械やインフラ設備が、韓国製や中国製と同じ無税の条件で入札に参加できるようになることは、商機拡大に直結します。

新時代のエネルギーパートナーシップ

輸入面に目を向けると、このFTAは単に原油を安く買うためだけのものではありません。日本はすでに原油の関税を低く抑えていますが、今回の協定の核心は次世代エネルギーです。

水素・アンモニア供給網の構築

日本が目指すグリーン・トランスフォーメーション(GX)において、燃焼してもCO2を出さない水素やアンモニアの活用は不可欠です。中東諸国は、豊富な日射量と天然ガス資源を背景に、世界で最も安価なブルーアンモニアやグリーン水素の供給地となりつつあります。

日GCC・FTAには、これら次世代燃料の投資ルールや安定供給に関する条項が盛り込まれる見通しです。商社やエネルギー企業にとっては、長期的な脱炭素燃料のサプライチェーンを、政府間協定という法的保護の下で構築できるメリットがあります。

サービス貿易と投資の自由化

モノの移動だけでなく、ヒトとカネの動きも活発化します。

現在、サウジアラビアやUAEは、ポスト・オイル時代を見据えて産業の多角化を急いでおり、エンターテインメント、医療、観光、AI技術といった分野への投資を歓迎しています。

FTAによってサービス貿易の規制緩和や、投資家保護のルールが明確化されれば、日本のサービス業やスタートアップ企業が中東市場へ進出するハードルが下がります。例えば、日本のゲームコンテンツやアニメ関連ビジネス、あるいは高度な医療サービスなどは、現地で非常に高い需要があり、関税や外資規制の緩和は大きな追い風となります。

まとめ

日GCC・FTAの2026年内署名は、日本の中東ビジネスにおける守りと攻めの両面を強化するものです。

守りにおいては、韓国勢に対する自動車市場での競争条件をイコールに戻し、エネルギー調達の盤石化を図る。攻めにおいては、インフラ輸出やコンテンツ産業の市場拡大を狙う。

企業の実務担当者は、来るべき関税撤廃を見据え、中東向けの価格戦略の見直しや、現地パートナーとの協業体制の強化に向けた準備を始めるべきタイミングに来ています。

日EU・EPAにおける完全ペーパーレス化の衝撃。原産地証明のPDF正本化が企業に迫る実務変革

2026年1月、日EU・EPAの運用において、原産地証明の完全な電子化(PDF運用)への移行が改めて確認されました。これは、単に紙を使わなくてもよいという許可ではなく、デジタルデータこそが正本であるというルールの最終確定を意味します。

多くの日本企業は、いまだに紙のインボイスにハンコを押し、それをスキャンして送るというハイブリッドな運用を続けています。しかし、今回の再確認により、そうしたアナログな慣習は非効率なだけでなく、コンプライアンス上のリスク要因となることが明確になりました。

本記事では、このニュースが示唆する実務の変化と、企業が今すぐ見直すべき証明書管理のあり方について深掘り解説します。

なぜ今、再確認が必要なのか。紙神話の完全な崩壊

日EU・EPAは発効当初から、輸出者が自ら原産性を証明する自己申告制度を採用しており、制度上は原産地証明書(Certificate of Origin)という公的な紙の書類は存在しません。

しかし、実務の現場では混乱が続いていました。インボイスなどの商業書類に原産地申告文(Statement on Origin)を記載する際、直筆署名は必要なのか、PDFで送ったものを現地で印刷して保管すればよいのか、といった点について、企業や担当者ごとの解釈にブレがあったのです。

今回の完全移行の再確認は、これらの曖昧さを払拭するものです。EU側および日本側の当局が、PDFなどの電子媒体で作成・送付された申告文が正本としての効力を持ち、物理的な署名や紙の保管は必須ではない(あるいは推奨されない)という共通認識を決定的なものにしました。

自己申告制度における電子発給の定義とは

日EU・EPAにおける電子発給とは、商工会議所などの第三者機関がシステムからPDFを発行することではありません。輸出者自身のシステム(ERPやインボイス発行システム)から出力された、原産地申告文を含むPDFファイルそのものを指します。

つまり、システムから直接生成されたPDFファイルが原本であり、それをわざわざ紙に印刷してハンコを押し、再びスキャンしてPDF化する行為は、データの真正性を毀損する無駄なプロセスとして定義されます。

ハンコ不要の最終確定とそれが意味するリスク

今回の確認で最も重要なのは、署名の免除が実務標準になった点です。日EU・EPAの規定では、輸出者の署名は必須とされていませんが、慣習的に署名を求める輸入者もいました。

しかし、完全電子化の流れの中で、署名や押印といった物理的な証拠能力は相対的に低下します。その代わりに問われるのが、誰がそのデータを作成し、いつ送信したかというシステム上のログやプロセス管理です。ハンコという目に見える安心材料がなくなる分、データガバナンスの重要性が飛躍的に高まるのです。

企業が直面する新たな保存義務とデータ管理

紙が正本でなくなるということは、書類の保存方法についての考え方を根本から変える必要があります。

プリントアウトした瞬間にそれは原本ではなくなる

多くの企業でやりがちなミスが、電子メールで送ったPDFインボイス(申告文付き)を紙に印刷し、それをファイリングして5年間保存するという運用です。

電子帳簿保存法の観点からも、またEPAの事後調査(検認)の観点からも、電子的に作成・授受された書類は、電子データのまま保存することが原則です。紙に印刷されたものはあくまで写し(コピー)に過ぎず、検索機能やメタデータ(作成日時などの属性情報)が失われた劣化版の記録として扱われます。

したがって、今後の実務では、検認が入った際に、当時送信したPDFファイルそのものを即座に取り出せるデジタルアーカイブ体制が必須となります。

メール添付だけで終わらせない管理体制

PDFでの運用が標準化すると、担当者のメールボックスの中にだけ重要書類が残るという属人化のリスクが高まります。

担当者が退職したり、PCが故障したりすれば、原産地証明の証拠が消失することになります。完全電子化に対応するためには、輸出案件ごとにフォルダを作成し、相手に送付した最終版のPDFインボイス(申告文付き)を、組織として管理するサーバーやクラウドストレージに自動的に集約するワークフローを構築しなければなりません。

2026年以降の欧州向け輸出実務の鉄則

今回の日EU・EPAの電子化再確認を受けて、ビジネスマンが徹底すべきアクションは以下の3点です。

第一に、社内規定の改訂です。

原産地申告文への署名・押印プロセスを廃止し、システムから出力されたPDFをそのまま正本として扱うことを社内ルールとして明文化してください。これにより、在宅勤務や遠隔地からの出荷業務がスムーズになります。

第二に、輸入者との合意形成です。

EU側の輸入者に対し、今後は署名なしのPDFデータのみを送付することを通知し、それで通関に支障がないかを確認してください。EU側の税関もデジタル化進んでいますが、現地の通関業者が古い慣習に縛られている場合があるため、事前の握りが重要です。

第三に、デジタル原本の保存環境の整備です。

紙のバインダーを廃止し、電子データとして4年間(日本の規定では最長7年が推奨)確実に保存・検索できるシステム環境を整えてください。

まとめ

日EU・EPAにおける原産地証明の完全電子化は、ペーパーレスの利便性を享受できるチャンスであると同時に、データの管理責任がより厳格になることを意味します。

紙に頼る実務はもはやリスクでしかありません。PDFデータこそが唯一の正本であるという認識に切り替え、デジタル完結型の輸出業務フローを確立した企業だけが、将来の監査や検認にも動じない強固なコンプライアンス体制を築くことができるのです。

インド・EU FTA交渉で焦点になった原産地規則

選択基準が示す「妥協の設計思想」と企業の実務対応


はじめに:妥結フェーズで何を見るべきか

インドとEUは2026年1月下旬、自由貿易協定(FTA)交渉の妥結を発表し、今後は法文化(リーガル・スクラブ)と批准手続きに進む段階に入っています。pib+2
インド政府のファクトシートでは、現時点の内容はあくまで情報提供目的であり、法文化や最終承認の過程で修正され得ることが明記されています。pib+1

この「まだ動く」局面で、企業実務者が特に注視すべきなのが原産地規則(Rules of Origin, RoO)です。原産地規則は、関税率の引下げというメリットを実際に享受できるかどうかを決めるゲートであり、サプライチェーン設計や調達戦略そのものに直結します。policy.trade.europa+2

本稿では、交渉の妥協点として位置づけられる「選択的な品目別原産地規則」の設計思想を、公開情報から読み解き、企業側の実務対応に落とし込みます。pib+1


原産地規則の基本構造と「選択基準」という考え方

完全生産品と非完全生産品

インド政府のQ&Aは、原産地規則を大きく次の二つに分けて説明しています。[pib.gov]​

  • 完全生産品(Wholly Obtained, WO)
    農産品や鉱物など、一つの締約国で完全に得られた品目が該当します。[pib.gov]​
  • 完全生産ではない品目(Not wholly obtained)
    非原産材料を用いて締約国内で加工された品目については、品目別原産地規則(Product Specific Rules, PSR)に従って原産性を判定します。[pib.gov]​

PSRで用いられる三つの代表的考え方

インド側Q&Aは、PSRの代表的な構成要素として、次の考え方を挙げています。[pib.gov]​

  • 関税分類変更基準(Change in Tariff Classification, CTC)
    非原産材料と完成品のHS分類が一定レベルで変わることを求めるルールです。見出しレベルやサブヘディングレベルでの変更が用いられます。[pib.gov]​
  • 付加価値基準(Value Added criteria)
    非原産材料の最大割合や、域内での付加価値割合といった指標によって原産性を判断します。インド側資料では、非原産材料の最大割合を示すmaxNOMや、適格価値割合の最小値を示すminQVCといった概念に言及しています。[pib.gov]​
  • 特定加工基準(Specific processing rules)
    一定の化学反応、合成、ブレンディングなど、特定の工程の実施を要件とするルールです。インド側資料では、化学品や合成ダイヤモンド、酒類のブレンディングなどに工程ベースの要件が設定されると説明されています。[pib.gov]​

「選択的」PSRとは何か

公開資料では「Alternative」を固有名詞としては用いていませんが、PSRにおいて複数の到達ルートを用意する設計が示されています。policy.trade.europa+1
例えば、特定の化学品について、関税分類変更ルールとプロセスルールのいずれか、または組合せを満たすことで原産性を認めるといった構造です。policy.trade.europa+1

これは、単一ルールだけでは実質的加工を適切に表現しきれない品目に対し、複数の原産化ルートを用意することで、実務上の利用可能性を高める設計思想といえます。drishtiias+2


なぜ交渉で「選択的PSR」が妥協点になるのか

輸入側と輸出側の綱引き

原産地規則を巡る交渉では、常に次のような緊張関係が存在します。drishtiias+2

  • 輸入側の論理
    実質的加工が不十分な品目に対しては特恵を認めず、第三国からの迂回輸出や単純な組立のみの活用を防ぎたい。
  • 輸出側の論理
    グローバルな調達構造を前提としても現実的に利用可能なルールにしてほしい。要件が厳しすぎると、協定税率は「紙の上のメリット」にとどまってしまう。

インド側Q&Aでも、PSRは実質的な加工を確保しつつ、グローバル・バリューチェーンからの調達に一定の柔軟性を与えることを目的として設計されていると説明されています。[pib.gov]​

選択肢を増やすことで両者のバランスを取る

こうした文脈で、複数ルートを許容するPSRは、厳格性と実効性のバランスを取るための具体的な手段になります。policy.trade.europa+1

  • 輸入側にとっては
    プロセスルールや付加価値基準を組み合わせることで、単純なHS変更だけでは担保しづらい実質加工を制度的に確保できます。
  • 輸出側にとっては
    実際の原材料構成や工程配分に応じて、より達成しやすいルートを選択できる余地が生まれます。

他のEU FTAでも、数量枠と組み合わせた特別ルールや、複数のPSRのいずれかを満たせばよい設計は用いられており、インド・EU FTAでも同様の発想が採用されていると考えられます。drishtiias+2


証明・検証スキームと累積・アブソープション

自己証明とポータルアップロードを前提にした枠組み

EU側の章別サマリーは、原産地証明について、近年のEU FTAと同様の自己証明ベースのスキームを採用すると説明しています。[policy.trade.ec.europa]​
主なポイントは次の通りです。policy.trade.europa+1

  • 原産地証明は、輸出者が作成するステートメント・オン・オリジンに基づく。
  • ステートメント・オン・オリジンは別文書として作成され、ポータルを通じて提出されることで、輸入側税関が真正性を確認できる。
  • 検証の流れは、輸入者への照会から始まり、EUとインドの税関当局間の行政協力を経て、必要に応じて特恵の否認に至る手順が想定されている。

インド側Q&Aは、インドの輸出者による自己証明方式について、所定の様式に基づくステートメント・オン・オリジンを商務省のDGFTが運営するデジタル基盤で扱う構想を示しています。[pib.gov]​
また、EU輸入者が自身の知識に基づいて原産性を主張できる「輸入者の知識(Importer’s Knowledge)」の概念にも触れています。ebca-europe+1

つまり、原産地規則は「使いやすさ」の側面として自己証明を採りつつ、デジタルプラットフォームと当局間協力を前提にした検証可能な制度として設計されています。policy.trade.europa+1

二国間累積とアブソープションの意味

インド側Q&Aは、インド・EU FTAで二国間累積(bilateral cumulation)を認めることを明示しています。[pib.gov]​
これにより、インドまたはEUで原産品と認定された材料は、相手国での原産性判断においても原産材料として扱うことができます。

さらに、アブソープションの原則についても説明されており、いったん非原産材料を含む中間財がPSRを満たして原産品と認定された場合、その後の工程で原産性を判断する際には、元の非原産部分を再計算しない考え方が示されています。[pib.gov]​

この二つの仕組みは、バリューチェーンが長く多段階の加工を行う業種ほど実務インパクトが大きくなります。drishtiias+1
逆に言えば、累積やアブソープションの前提を理解せずに、全ての段階で細かく非原産材料割合を追い続けると、過剰管理やシステム負荷につながりかねません。


企業実務にとっての要諦

選択肢が増えるほど「設計」と「証拠管理」が重くなる

複数ルートを用意したPSRは、一見すると企業にとって「使いやすくなる」ように見えます。
しかし実務的には、どのルートで原産性を成立させるかを戦略的に選び、その選択を裏付ける証拠を一貫した形で管理する必要があります。policy.trade.europa+1

  • 調達構造
    どの国からどの材料を仕入れるかで、CTCルートが有利か、付加価値ルートが有利かが変わります。
  • 工程配分
    どこでどの加工を行うかにより、プロセスルールの達成可否が左右されます。
  • 証憑の取りやすさ
    サプライヤー宣誓や工程記録、原価データなど、証拠の取得しやすさと検証対応コストもルート選択の重要な要素です。

自己証明とポータル提出を前提とする以上、原産地証明の発行権限、社内承認フロー、保存年限、誤り判明時の訂正プロセスなどを、あらかじめ社内規程として整備することが欠かせません。policy.trade.europa+1

累積・アブソープションを織り込んだBOM設計

累積とアブソープションを活かす観点から、BOMとデータ設計を次のような視点で見直す必要があります。[pib.gov]​

  • どの段階で原産性を確定し、中間財として他工程に渡すか。
  • 原産化済み中間財を後工程でどのように扱うか(非原産部分を再計算しない前提をシステムでどう表現するか)。
  • サプライヤー証明や中間財の原産証憑をどの粒度で取得・保管するか。

これを明確にしないまま、全工程を細かく追い続けると、業務負荷が増える一方で、協定利用率や監査対応力の向上にはつながりにくくなります。


経営層・実務責任者向けアクションプラン

発効前の現段階でも、かつ後戻りしにくい形で着手できるタスクは次の通りです。drishtiias+2

主要品目をPSR視点で棚卸しする

  • 主要輸出品目と原材料構成を整理し、CTC型、付加価値型、工程型、累積前提型など、どのPSRルートが取り得るかを仮置きする。
  • 類似のEU FTAにおけるPSR構造も参考にしつつ、インド・EU FTAで想定されるパターンをシミュレーションする。

証憑の最小セットをあらかじめ定義する

  • BOM、工程フロー、原価データ、サプライヤー証明、製造記録などのうち、品目群ごとに必須とする証憑を定義する。
  • ステートメント・オン・オリジンに記載する情報と照合しやすい形で保管設計を行う。policy.trade.europa+1

自己証明運用の「器」を整える

  • 原産地証明作成者の権限範囲と、社内承認フローを規程化する。
  • 保存年限、訂正・取消手続き、ポータルへのアップロード手順を文書化し、税務・法務・通関の間で役割分担を明確にする。policy.trade.europa+1

累積・アブソープションを前提にしたデータ・プロセス設計

  • どの工程で原産性を確定させるか、部門間で共通の方針を持つ。
  • 原産化済み中間財に対する非原産割合を後工程で再計算しない前提をシステム・帳票にどう反映するかを検討する。[pib.gov]​

おわりに:設計すれば使える、設計しないとリスクになる

インド・EU FTAの原産地規則は、最新のEU FTAと整合する自己証明・検証スキームと、インド側のバリューチェーン実態を踏まえたPSR、累積、アブソープションを組み合わせた構造になっています。drishtiias+2
品目別原産地規則に柔軟性や複数ルートを持たせる設計は、交渉上の妥協であると同時に、企業にとっては「設計すれば使えるが、設計しなければリスクが高い」制度です。policy.trade.europa+1

現時点の資料は最終条文ではないものの、原産地証明と検証の仕組み、累積とアブソープションの基本枠組みは見えています。policy.trade.europa+1
今のうちから、柔軟ルールが想定される品目群を特定し、PSRルートと証拠管理の型を設計しておくことが、発効後の協定利用率と監査対応コストの両方をコントロールする鍵になるでしょう。drishtiias+2

日本・メルコスールEPAへの道程:南米の巨大市場を巡る現状とビジネス好機


世界経済のブロック化が進み、サプライチェーンの再構築が急務となる中、日本企業にとって「最後のフロンティア」とも呼べる地域が南米です。中でもブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ(およびボリビア)を擁するメルコスール(南米南部共同市場)は、巨大な食料・資源供給地でありながら、日本との経済連携協定(EPA)がいまだ締結されていない空白地帯です。

本記事では、日本とメルコスールのEPA交渉を取り巻く現在のリアルな状況、直面している課題、そして今後のビジネス展開に与えるインパクトについて解説します。

1. 現在のステータス:正式交渉の手前にある「対話」

まず、もっとも重要な事実確認から入ります。現時点において、日本政府とメルコスールの間で正式なEPA交渉は開始されていません。

しかし、水面下での動きは活発化しています。現状は「経済協力関係緊密化のための対話」というフェーズにあります。

膠着を打破しようとする経済界の動き

日本経団連などの経済界は、長年にわたり政府に対して早期の交渉開始を強く要望してきました。これに対し、政府間では事務レベルでの協議や、産官学による研究会などが断続的に行われてきましたが、正式なテーブルにつく決定打を欠いていたのが実情です。

なぜ今まで進まなかったのか

最大の理由は、双方の産業構造のミスマッチにあります。

・ 日本側の懸念:南米からの安価な農産物(牛肉、小麦、大豆など)の流入による国内農業への打撃。

・ メルコスール側の懸念:自国の工業(特にブラジルの自動車産業や機械産業)が、日本の高品質な製品との競争に晒されることへの警戒。

この「農産物 vs 工業製品」という典型的な対立構造が、長らく交渉開始のハードルとなってきました。

2. 潮目を変える3つの外部要因

しかし、ここ数年で状況は一変しつつあります。もはや「難しいから先送り」とは言っていられない3つの戦略的要因が浮上しているからです。

① 重要鉱物の争奪戦とサプライチェーン

EV(電気自動車)シフトに伴い、リチウムや銅などの「クリティカル・ミネラル(重要鉱物)」の確保が国家安全保障レベルの課題となりました。アルゼンチンやブラジルはこれらの資源大国です。資源外交の観点から、EPAを通じた関係強化は、単なる関税撤廃以上の意味を持ち始めています。

② 中国・アジア諸国の先行

中国は南米において圧倒的なプレゼンスを示しています。ウルグアイなどは中国との二国間FTAを模索する動きを見せており、メルコスール全体としてもアジアへの関心を高めています。また、シンガポールは2023年にメルコスールとの協定に署名し、韓国も交渉を進めています。日本がこれ以上遅れをとることは、南米市場における競争力を恒久的に失うリスクを意味します。

③ EU・メルコスール協定の停滞

メルコスールは長年EUとの協定締結を目指してきましたが、環境問題や欧州の農業保護の観点から批准プロセスが難航しています。この「欧州ルートの停滞」により、メルコスール側がリスク分散として、日本を含むアジア太平洋地域との連携に今まで以上に前向きな姿勢を見せ始めているのです。

3. 日本企業にとってのメリットと勝機

もしEPA、あるいはそれに準ずる経済協定が締結された場合、日本企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

高関税の撤廃による競争力回復

ブラジルなどは伝統的に保護主義的な政策をとっており、自動車や機械部品に高い関税を課しています。EPAによってこれらが撤廃・削減されれば、日本製品の価格競争力は劇的に回復します。

ビジネス環境の透明化

関税以上に現地進出企業を悩ませているのが、複雑怪奇な税制や通関手続き、頻繁なルール変更です。EPAには通常、これらの手続きを透明化し、予見可能性を高める条項が含まれます。法的な安定性が担保されることは、投資判断における最大のリスクヘッジとなります。

食料安全保障の強化

世界的な食料需給が不安定化する中、世界有数の穀倉地帯であるメルコスールとのパイプを太くすることは、日本の食料安全保障にとって極めて合理的です。

4. 今後の展望:ビジネスマンが注視すべきポイント

今後の展開を予測する上で、以下のシナリオが考えられます。

包括的EPAではなく「段階的アプローチ」の可能性

農産物の完全な自由化が難しい場合、重要鉱物やエネルギー、デジタル分野などに限定した「部分的連携」からスタートする現実的な路線が採用される可能性があります。

グローバルサウス外交の中核として

日本政府はグローバルサウスとの連携強化を掲げています。2025年以降、ブラジルがBRICSやG20などでリーダーシップを発揮する場面が増える中、日本は外交的なカードとして経済協定の交渉開始を提案する可能性が高まっています。

結論:準備と注視を

日メルコスールEPAは、まだ「検討中」の段階ですが、動き出せばそのスピードは速いと予想されます。資源エネルギー、商社、自動車関連メーカー、そして食品業界の皆様においては、以下の点を次のアクションとして推奨します。

  1. 現地の法規制やビジネス慣習に関する情報収集を継続する。
  2. 競合となる中国・韓国企業の現地での動きをモニタリングする。
  3. 政府や業界団体の対話プロセスの進捗にアンテナを張る。

南米は「遠い市場」ではなく、日本の次なる成長を支える「戦略的パートナー」になり得る地域です。この交渉の行方は、日本の通商戦略の未来を占う試金石となるでしょう。


次のステップをご提案します

南米市場における、貴社の業界に関連する具体的な競合状況(特に中国企業の進出状況)や、現在の主要な貿易障壁(関税率や規制)について、より詳細なデータをお調べしましょうか。

2026年初の最新版 日本の主要EPA交渉はどこまで進んだか

日本企業にとってEPAは、関税の引下げだけでなく、原産地規則、通関の円滑化、投資やデジタル取引のルール整備まで含む、実務インフラそのものです。日本は既に多くの協定を持ち、貿易額ベースのカバー率は約8割とされますが、次の成長市場や戦略地域を押さえる動きは続いています。 (経済産業省)

では、いま交渉中の案件はどこまで進み、企業は何を準備すべきでしょうか。外務省が2026年1月6日に更新した「交渉中」「交渉中断中」の一覧を軸に、公開情報だけで整理します。 (外務省)


まず全体像 日本が抱える交渉案件は8本

外務省の整理では、交渉中が6本、交渉中断中が2本です。 (外務省)

相手国・地域ステータス直近の公式動き公表されている主な論点企業側の見どころ
バングラデシュ交渉中だが大筋合意2025年12月22日に大筋合意を確認、署名に向け協力と発表貿易投資拡大が主眼。交渉開始は2024年3月近い将来、制度設計が確定しやすい
UAE交渉中2025年12月16〜19日に第6回会合、次回日程は調整へ物品、原産地、サービス、競争、知財、デジタルなど幅広い章立てルール整備の影響が大きい
GCC交渉中交渉再開後の第2回会合を2025年6月30〜7月3日に東京で実施物品、原産地、サービス、通関円滑化、投資、知財など6カ国一括のため、制度統一の行方が鍵
日中韓FTA交渉中外務省の交渉会合の公表は第16回が2019年11月近年は首脳、閣僚対話で「高いレベル」の協力を再確認再起動するかが最大の論点
トルコ交渉中外務省の交渉会合の公表は第17回が2019年10月長期化。経済界から早期妥結要望も進展の兆しを見極める局面
コロンビア交渉中外務省の交渉会合の公表は第13回が2015年9月長期停滞再開有無のシグナル待ち
韓国交渉中断中外務省の公表上は2011年の局長級事前協議まで交渉再開の環境醸成段階で停止実務上は他枠組みでの補完が中心
カナダ交渉中断中外務省の公表上は2014年11月の第7回会合まで中断CPTPPなど既存枠組みとの棲み分け

出所は外務省の各案件ページと、直近会合の報道発表です。 (外務省)


署名が視野に入った バングラデシュは企業が最も準備しやすい局面

バングラデシュは2025年12月22日、両国外相級の電話会談で大筋合意を確認し、署名に向け協力を継続すると発表しました。 (外務省) 経産省も同日付で、大筋合意に至った旨を整理しています。 (経済産業省)

ビジネス上のポイントは2つあります。

1つ目は、制度の確定が近いことです。大筋合意の段階では、本文の精査、国内手続、署名、発効という順に進みます。大筋合意になったからといって、翌日から優遇税率が使えるわけではありません。ここを誤解しないことが重要です。 (外務省)

2つ目は、同国の制度移行リスクを関税面で吸収できる可能性です。バングラデシュはLDC卒業が予定されており、これまでの特恵条件が将来変わり得る中で、EPAが貿易条件の安定化策になり得ると整理されています。 (JETRO)

交渉分野としては、少なくとも公式発表で、物品貿易、原産地規則、税関手続と貿易円滑化、投資、電子商取引、知的財産などが議題になっています。 (外務省)


UAEは第6回まで進行 いま注目すべきはデジタルと持続可能性章

日UAEは2024年9月に交渉開始を決定し、GCC交渉と並行しつつ包括的EPAを目指すという建付けです。 (外務省)

直近では2025年12月16〜19日にドバイで第6回会合が開催され、物品、原産地、サービス、競争政策に加え、貿易及び持続可能な開発、知的財産、デジタル貿易などが議論対象として明記されています。 (外務省)

企業側の実務で効いてくるのは、関税表より先に、ルール章の影響が見え始める点です。例えばデジタル貿易や知財、政府調達が含まれるタイプのEPAは、現地での販売形態、データ移転、委託先管理、入札参加要件に波及しやすいからです。少なくとも交渉の議題としてデジタルが前面に出ていることは、ウォッチすべきシグナルです。 (外務省)


GCCは交渉が再起動している 2回目まで進んだが多国間ゆえ時間軸は読みづらい

日GCCは、2006年開始、2009年中断を経て、首脳レベルの一致を受けて交渉を再開し、再開後の第1回会合を2024年12月にリヤドで開催しました。 (外務省) その後、再開後第2回会合が2025年6月30〜7月3日に東京で行われています。 (外務省)

第1回では電子商取引、知財など、再開直後から現代的な章立てが議題に入っています。 (外務省) 第2回では投資も議題として明記されました。 (外務省)

GCCはエネルギー安全保障の観点でも重要だと、外交青書でも位置付けられています。 (外務省) ただし、6カ国を束ねる交渉である以上、関税や原産地だけでなく、制度運用の整合が最後の難所になりがちです。企業としては、発効時点の実務運用を見据え、輸入通関のルール、原産地証明の提出形態、事後検証の運用など、運用設計がどう落ちるかを注視するのが現実的です。 (外務省)


日中韓FTAは交渉の再起動が焦点 公表ベースでは2019年が最後

外務省が公表する交渉会合の一覧では、第16回が2019年11月で、以降の交渉会合は明示されていません。 (外務省)

一方で、2024年5月の日中韓首脳会議を受けて、交渉加速に向けた流れが報じられています。 (JETRO) 2025年3月には、3カ国の貿易担当閣僚が「高いレベル」の3国間FTAに向けた協力を強める方針を確認したと報じられました。 (Reuters)

企業目線での結論はシンプルです。制度が明文化されるまでは準備に過剰投資せず、ただし再起動の兆候が出た瞬間に動けるよう、社内の基礎データを整えておく。これが最も費用対効果が高いです。


長期停滞案件 トルコとコロンビアは情報の鮮度に注意

日トルコは外務省ページ上、交渉会合の公表が2019年10月の第17回までとなっており、長期化しています。 (外務省) 経団連も2025年に早期締結を求める文書を公表しています。 (経団連)

日コロンビアは外務省ページ上、交渉会合の公表が2015年9月の第13回までです。 (外務省) 近年も在コロンビア日本大使館の発信で「交渉中」との言及は見られますが、交渉再開の事実認定には一次情報の確認が必要です。 (在コロンビア日本国大使館)


交渉中断中 韓国とカナダは実務上は別枠組みで補完が現実的

日韓EPAは外務省で交渉中断中に分類され、ページ上は2011年の局長級事前協議までが整理されています。 (外務省)

日カナダも交渉中断中に分類され、ページ上は2014年11月の第7回会合までが整理されています。 (外務省)

両国とも、日本側には既に他の経済枠組みが存在するため、企業実務としては、いま動いている交渉案件を優先的に見に行くのが合理的です。 (外務省)


企業が今やるべき準備 交渉の中身が見えた瞬間に勝負が決まる

交渉はブラックボックスになりやすい一方、企業の準備は公開情報だけでも前倒しできます。

1 取引棚卸しをEPA視点で作る
対象国向けの売買を、相手国、HS、取引額、調達国、加工工程で並べ、関税メリットより先に、原産地規則で詰まりそうな品目を先にあぶり出します。

2 原産地の証拠を先に固める
サプライヤー証明、工程表、BOM、原産材料の原産国を、社内監査に耐える形でまとめておく。協定発効後に駆け込みでやると、証明の品質が落ちやすいです。

3 ルール章の影響を部署横断で点検する
UAEやGCCのようにデジタル、投資、知財が議題に入る案件では、貿易部門だけでなく、法務、IT、営業、調達も巻き込み、想定される義務や権利を洗い出しておくと、発効後の手戻りが減ります。 (外務省)


まとめ 2026年初に最も実務が動くのはどれか

最短で現実味が高いのは、既に大筋合意に到達したバングラデシュです。 (外務省)
次に、交渉会合が継続して積み上がっているUAEと、再起動後に複数回会合まで進んだGCCが続きます。 (外務省)
日中韓FTA、トルコ、コロンビアは、再開や加速のシグナルを見極める局面です。 (外務省)

公開情報で追える範囲でも、交渉の進捗は十分に読めます。ポイントは、発効後に慌てるのではなく、発効前に社内データを整え、制度が見えた瞬間に社内意思決定を走らせられる状態を作ることです。

日英EPAで「e-CO完全義務化」と聞いたら最初に押さえるべき事実

結論から言うと、日英EPAにおける特恵関税の原産地証明は、紙の原産地証明書を発給して提出する方式ではありません。日英EPAは自己申告制度のみを採用しており、第三者証明制度は採用されていません。

そのため、日英EPAについて「e-CO(電子原産地証明書)が完全義務化される」という表現は、用語の混同が起きている可能性が高いです。ここで言うe-COは、一般に第三者証明制度を採用するEPAで、発給機関から税関システムへ原産地証明書データを直接送る仕組みを指します。 (税関総合情報)

この記事では、日英EPAの正しい実務像を整理したうえで、なぜ誤解が起きやすいのか、企業が何を整備すべきかを、一次情報ベースで深掘りします。

1. 日英EPAの原産地証明は、そもそも「証明書」ではなく「申告」が基本

日英EPAで特恵を取る方法は、自己申告の2ルートです。

1つ目は、輸出者または生産者による「原産地に関する申告」。これは、協定で定められた文言を、日本語または英語で、インボイスなどの商業上の文書に記載して行います。翻訳は不要とされています。

2つ目は、輸入者の知識に基づく申告。輸入者が原産性を示す情報を保有していることが前提になります。

つまり、日英EPAの世界では、紙のC/Oを商工会議所や当局に申請して受け取る、という発想自体が主役ではありません。英国政府側の説明資料でも、日英EPAは自己証明ができ、税関当局の証明書は不要である点が明示されています。 (GOV.UK)

2. 「電子化」の中身は、e-COではなく、原産地申告の電子運用

日英EPAの実務で言う電子化は、次の意味合いになります。

・申告文を載せるインボイスやパッキングリストが、PDFや電子インボイスで運用される
・申告文をインボイスとは別紙に作成して添付することも可能
・商流が複雑でも、協定が求める要件に沿って、どの文書に申告文を載せるかを設計できる

特に注意したいのは三国間取引です。第三国の事業者がインボイスを発行する形は現実に多い一方、日英EPAの手引きでは、第三国の事業者が発行した文書上に、輸出締約国の輸出者が申告文を作成することは想定されていない、と整理されています。代替として、輸出締約国側の輸出者が発行する別の商業文書(例としてデリバリーノート)に申告文を載せる運用が示されています。

この論点は、紙か電子かの問題ではなく、どの当事者が、どの文書で、原産地申告を作成するかという統制設計の問題です。

3. 少額免除と保存義務。電子化で楽になるが、責任は軽くならない

日英EPAでは、課税価格の総額が20万円以下の場合、特恵待遇の要求の根拠となる書類の提出が不要と整理されています。

一方で、保存義務は明確です。

・輸入者は、日本の国内法令により、輸入許可日の翌日から5年間、原産品に関する書類を保存
・輸出者自己申告を作成した日本の輸出者および生産者は、作成日から4年間、申告書の写しと原産性を示す記録を保存

ここで重要なのは、紙の提出が減っても、事後確認や検証がなくなるわけではないという点です。税関はリスク評価に応じて、輸入申告時または輸入許可後に確認を行い、要件を満たさない場合は特恵税率が認められない可能性があります。

4. では「e-CO完全義務化」は何を指しやすいのか。混同の正体

日本の貿易実務でe-COという言葉が強く使われるのは、第三者証明制度を採用するEPAで、紙の原産地証明書に代えて、発給機関から税関システムへデータを直接送る運用が始まっているからです。税関も、e-COを「NACCSで受信した原産地証明書データ」として整理しています。 (税関総合情報)

実際、日インドネシアEPAではe-COの本格導入が進み、本格運用後は輸入申告でe-COのみ提出を求める運用が説明されています。 (ジェトロ)

さらに、商工会議所が発給する原産地証明書には、非特恵と特恵があり、特恵側はEPAに基づく特定原産地証明書です。企業の現場では、ここでの電子化やデータ交換の話を、日英EPAにも同じように当てはめてしまう誤解が起きやすい構造があります。 (東京商工会議所)

整理すると、次の対比になります。

区分日英EPAe-COが登場しやすいEPA
証明の仕組み自己申告のみ第三者証明制度を採用する協定で多い
典型的な証憑インボイス等への原産地申告文、輸入者の知識発給機関が発給する原産地証明書
電子化の姿文書運用の電子化、保存の電子化証明書データの税関システムへの直接送信

日英EPAをe-COの延長で理解すると、不要な申請や誤った手続設計を招きます。逆に、e-CO型の協定を紙前提で回していると、特恵が取れないリスクが現実化します。

5. 企業がいま整備すべき実務チェックリスト

日英EPA向けに、すぐ着手すべき論点を絞ります。

・原産地申告文を載せる文書を社内標準化する(インボイス、別紙、パッキングリストのどれを正とするか)
・三国間取引の文書設計を見直す(第三国インボイスの場合の代替文書運用)
・少額免除の適用条件を運用ルールに落とす(20万円以下の扱い)
・保存義務に耐える証跡設計を作る(輸入者5年、輸出者4年)
・事後確認を前提に、原産性を説明できる形でデータを残す(BOM、工程、サプライヤー情報、PSR判断)

まとめ。日英EPAのキーワードは「自己申告の電子運用」。e-COとは別物

日英EPAは自己申告制度のみで動いており、第三者証明制度の電子化として語られるe-COとは制度設計が異なります。

日英EPAで企業が勝つために必要なのは、紙をなくすことではなく、原産地申告をどの文書で、誰が、どの責任範囲で作成するかを明確にし、保存と説明責任に耐える証跡を整えることです。そこまで設計できれば、電子化は自然にコストを下げ、スピードを上げる武器になります。

世界のFTA/EPA交渉状況(2026年1月16日時点)

主要案件をビジネス目線で整理

本稿は、各国政府・国際機関などが公表している情報を中心に、2026年1月16日時点での交渉状況を「主要案件に絞って」整理したものです。FTAは交渉が並行トラックで進んだり、政治合意と条文確定、署名、批准、発効が時間差で起きたりします。実務では、原産地規則や適用除外、移行期間などの条項が最終的な損益を左右します。したがって、ここではまず、いま何が交渉中で、何が署名・批准待ちなのかを見失わないための地図としてまとめます。

状況の読み方(本稿の整理ルール)

・交渉中:交渉ラウンドや作業部会が続いている状態
・実質妥結:政治合意や交渉妥結はあるが、署名・批准・発効が残る状態
・署名済/批准待ち:条約署名済だが、国内批准や発効手続きが残る状態
・停止:交渉が一時停止、または棚上げされている状態
・開始予定:交渉開始の意思表明や開始条件(例:一定期間後)を明示している状態

1. 全体像(2026年1月16日時点で押さえるべき動き)

  1. EUは、アジア(インド、ASEAN諸国)と中東(UAE)、南米(メルコスール)に交渉軸が分散しており、交渉中と批准待ちが同時進行になっています。 (Trade and Economic Security)
  2. 英国は、スイス、トルコ、GCCとの交渉を継続しつつ、韓国とのアップグレード交渉は妥結段階に入っています。 (GOV.UK)
  3. カナダは、インド、UAEで交渉入りし、タイは交渉開始の手続き段階、ASEANは交渉継続(2026年妥結見込みの言及あり)という形で、インド太平洋と中東に交渉面を広げています。 (Global Affairs Canada)
  4. 日本は、トルコ、コロンビア、日中韓、バングラデシュ、GCC、UAEを交渉中として整理し、韓国・カナダは停止扱いです。 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
  5. 豪州は、EUとインド(CECA)を交渉中として明確に掲げています。 (DFAT)

2. 主要国・地域別の交渉状況一覧

2-1. EU(欧州連合)

EUが公表している交渉一覧は、交渉中と採択・批准中を分けて整理されています。 (Trade and Economic Security)

相手国・地域2026年1月16日時点の状態直近の補足(公式情報ベース)
メルコスール実質妥結から署名・批准フェーズへ移行中EU側は、2019年の交渉妥結と、2024年に交渉を再開し妥結した旨を整理しています。 (Trade and Economic Security)
インドネシア(CEPA)実質妥結(署名・批准待ちの位置づけ)2025年9月23日に交渉が妥結した旨が明記されています。 (Trade and Economic Security)
インド交渉中2021年の再開、包括的FTAを目指す方針が示されています。 (Trade and Economic Security)
オーストラリア交渉中2018年開始の交渉として整理されています。 (Trade and Economic Security)
マレーシア交渉中(再開後)2025年1月の交渉再開、2025年6月の第1回ラウンド開催が記載されています。 (Trade and Economic Security)
フィリピン交渉再開後、交渉中2024年3月に交渉再開で合意した旨が記載されています。 (Trade and Economic Security)
タイ交渉中(再開後)2023年に交渉再開、2023年7月に第1回ラウンドと整理されています。 (Trade and Economic Security)
UAE交渉中2025年5月28日に交渉開始、同年6月に第1回ラウンドと明記されています。 (Trade and Economic Security)
メキシコ(近代化)採択・批准プロセスEUは「採択・批准」区分で整理しています。 (Trade and Economic Security)
チリ(先進枠組み)採択・批准プロセス併せて、暫定貿易協定が2025年に発効した旨がEU側整理にあります。 (Trade and Economic Security)

補足:EUとメルコスールは、2026年1月17日に署名したと公表されています。これは本稿の基準日(1月16日)の翌日なので、1月16日時点は「署名直前」と理解するのが実務上は安全です。 (Trade and Economic Security)

2-2. 日本

外務省の一覧は、発効・署名、交渉中、停止に区分して示されています。 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)

相手国・地域2026年1月16日時点の状態(外務省の区分)
トルコ交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
コロンビア交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
日中韓FTA交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
バングラデシュ交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
GCC交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
UAE交渉中 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
韓国停止 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)
カナダ停止 (Ministry of Foreign Affairs of Japan)

2-3. 英国

英国政府は、交渉中の相手としてスイス、トルコ、GCCなどを優先案件として示しています。

相手国・地域2026年1月16日時点の状態直近の補足(公式情報ベース)
スイス交渉中2025年10月の第8回ラウンドの後、次回(第9回)を2026年初頭に英国で実施予定としています。 (GOV.UK)
トルコ交渉中2025年11月週に第3回ラウンドを実施したと更新があります。 (GOV.UK)
GCC交渉中第6回ラウンド(2024年2月)の交渉アップデートが公表されています。 (GOV.UK)
韓国交渉妥結(アップグレード交渉)2025年12月に、既存協定のアップグレード交渉を妥結した旨の公表があります。 (GOV.UK)
インド署名済(発効待ちの可能性)英国政府の整理では、2025年7月24日にインドとの協定署名と記載されています。 (House of Commons Library)
イスラエル停止英国議会図書館の整理では、2025年5月に交渉停止とされています。 (House of Commons Library)

補足:英国のページは、国別に「交渉中」「交渉していない」などの区分が更新されることがあります。実務で案件を追う場合は、個別案件の交渉アップデート(ニュースリリース)まで追うのが安全です。 (GOV.UK)

2-4. カナダ

カナダは、インド、UAEで「交渉中」と明確に記載し、タイは交渉開始の手続き条件(一定期間後)を提示しています。 (Global Affairs Canada)

相手国・地域2026年1月16日時点の状態直近の補足(公式情報ベース)
インド(CEPA)交渉中2025年11月の意図表明と、2025年12月13日から2026年1月27日までのパブリックコンサル(交渉開始は2026年見込み)を明記しています。 (Global Affairs Canada)
UAE(CEPA)交渉中2025年11月の意図表明と、交渉開始意向の発表を整理しています。 (Global Affairs Canada)
タイ(FTA)開始予定通知日から90日以上後に交渉開始予定と明記されています。 (Global Affairs Canada)
ASEAN(FTA)交渉中2021年11月16日に交渉合意、交渉継続中である旨が整理されています。 (Global Affairs Canada)
ASEAN(交渉の見通し)交渉継続(2026年妥結見込みの言及あり)首相府の発表では、カナダASEAN FTA交渉の加速と、交渉が2026年に妥結見込みと記載があります。 (Prime Minister of Canada)
メルコスール(FTA)交渉中(交渉開始済)2018年3月に交渉開始と明記されています。 (Global Affairs Canada)
インドネシア(CEPA)署名済(発効手続き段階)2025年9月24日に署名した旨、内容が財・サービス・投資など広範囲である旨が整理されています。 (Global Affairs Canada)

2-5. 豪州

豪州政府は、交渉中のFTAとしてEUとインド(CECA)を明示しています。 (DFAT)

相手国・地域2026年1月16日時点の状態直近の補足(公式情報ベース)
EU交渉中豪州側はEUとのFTA交渉ページを用意し、交渉方針と目的を示しています。 (DFAT)
インド(CECA)交渉中ECTAを土台に、より包括的なCECAを交渉中と説明しています。 (DFAT)

2-6. 多国間の枠組み(CPTPP、AfCFTA)

個別の二国間FTAと並び、企業の市場アクセスやサプライチェーン設計に効くのが、多国間枠組みの拡大です。

・CPTPPは、英国が2024年12月に加盟したとされ、次の拡大としてコスタリカの加盟手続きが進み、ウルグアイのプロセス開始、さらに2026年にUAE、フィリピン、インドネシアのプロセス開始を検討する方針が示されています。 (The Beehive)
・AfCFTA(アフリカ大陸自由貿易圏)は、協定が2019年5月30日に発効し、2021年1月1日に貿易が開始したと整理されています。個別のFTA交渉というより、域内取引のルール実装が進むフェーズと捉えるのが実務的です。 (African Union)

3. ビジネス実務での着眼点(交渉を追うときの優先順位)

交渉ニュースは関税率の話題になりがちですが、実務で効くのは次の順番です。

  1. 原産地規則(ROO)
    関税ゼロより前に、原産地認定に失敗すると優遇を使えません。部材比率、工程基準、累積原産の可否が、調達設計を左右します。
  2. 非関税措置の扱い
    SPS(衛生植物検疫)、TBT(技術的障害)、適合性評価、表示規制、デジタル関連(越境データ移転、電子署名・電子文書)などは、コストとリードタイムに直撃します。EUが交渉ページで市場アクセスだけでなく、デジタルや持続可能性など幅広い項目を掲げているのは、この非関税領域が「交渉の本丸」になっていることを示唆します。 (Trade and Economic Security)
  3. 発効までのタイムラグ
    署名済でも、発効まで数年かかることがあります。たとえば、カナダインドは「交渉開始に向けた公開協議の期間」まで明記しており、2026年は交渉の年、発効はさらに先になる可能性があります。 (Global Affairs Canada)
  4. 政府調達とサービス
    BtoB(特にインフラ、IT、専門サービス)では、関税より政府調達やクロスボーダーサービスの条項が売上に直結します。英国がスイス交渉でサービスを中心に据えると述べているのは、その象徴です。 (GOV.UK)

4. 基準日(2026年1月16日)直後に起きた大きな更新(参考)

・EUとメルコスールは、2026年1月17日に署名したと報じられています。これにより、以降は批准と発効に焦点が移ります。 (Financial Times)

世界のFTA/EPA交渉状況一覧(2026年1月16日時点)


2026年1月16日時点で公的情報として確認できる「世界で検討・交渉されているFTA/EPA」を、交渉中・署名済/発効待ち・検討中・中断/停止のカテゴリーで整理しました。WTOのRTAデータベースでは、通知済みで発効中のRTAが380件とされています。[rtais.wto]​

本一覧は主要案件を中心に構成しており、各国・各地域が公式に更新している一次ソースも併記しています。


交渉中(公式交渉が進行中)

主体案件ステータス直近のポイント実務で先に見る論点
EUEU-インド(FTA/投資保護/GI)交渉中2026年1月27日に署名予定と報道[india-briefing]​工業品関税、農産品、データ/デジタル、GI、持続可能性条項
EUEU-豪州FTA交渉中(2018年開始)交渉継続中農業市場アクセス、GI、原産地規則(累積・許容度)
EUEU-マレーシアFTA交渉中(2025年再開)再開済みとしてEUが明示電機・化学の関税/非関税、TBT、サプライチェーン規律
EUEU-フィリピンFTA交渉中EU側一覧で交渉中と整理自動車・電機、サービス、投資、労働・環境条項
EUEU-タイFTA交渉中(2023年再開)再開をEUが明示自動車・電機の関税/ROO、TBT、持続可能性条項
EUEU-UAE FTA交渉中(2025年再開)EU側一覧で交渉中ルール整備(投資・サービス・調達)、制裁/輸出管理との整合
日本日トルコEPA交渉中外務省の交渉中リストに掲載自動車・化学・鉄鋼、ROO(CTC/VA)、累積の設計
日本日コロンビアEPA交渉中外務省の交渉中リストに掲載自動車部品、農産品、原産地証明運用
日本日中韓FTA交渉中外務省の交渉中リストに掲載サプライチェーン累積、機微品目、ルールの収斂
日本日バングラデシュEPA交渉中外務省の交渉中リストに掲載繊維・縫製ROO、通関円滑化、投資・人の移動
日本日GCC EPA交渉中2024年からの交渉再開方針に言及エネルギー・化学、投資、原産地(域内加工)
日本日UAE EPA交渉中外務省の交渉中リストに掲載デジタル/データ、サービス、政府調達
英国英-韓(高度化FTA)交渉中交渉優先案件として明記サービス・デジタル、原産地の簡素化、TBT
英国英-スイスFTA交渉中交渉優先案件として明記医薬・精密機器、原産地、金融/データ
英国英-トルコ(高度化)交渉中交渉優先案件として明記自動車・繊維、原産地累積、関税割当
英国英-GCC FTA交渉中交渉中と整理エネルギー、政府調達、サービス/人の移動
カナダカナダ-ASEAN FTA交渉中2026年の妥結目標に言及自動車・電機のROO、原産地自己申告/証明、関税削減表
カナダカナダ-フィリピンFTA交渉中2025年11月5日に交渉開始意向を公式通知農水産・電機、SPS/TBT、原産地と証明運用
カナダカナダ-メルコスールFTA交渉中(再開)交渉再開を公式発表農産品・鉱物、投資、政府調達、累積/不足分の扱い
カナダカナダ-UAE CEPA交渉開始2026年2月に第1回交渉ラウンド開始予定[visahq]​エネルギー、投資、サービス、輸出管理の整合
インドインド-複数国FTA交渉中インド政府が「進行中のFTA交渉」として列挙対象が多いので品目別に優先度付け(EU/米/豪/NZ/韓/ペルー等)
EAEUEAEU-モンゴル(暫定/一時協定)交渉開始2024年5月8日に交渉開始をEECが公表限定品目の関税撤廃・軽減、品目表と原産地運用

交渉終結・署名済み・発効待ち(実務影響が近い)

主体案件現状直近のポイント実務で先にやること
EU-メルコスールパートナーシップ協定+暫定貿易協定署名・批准プロセス段階2026年1月17日にパラグアイで署名[portugalglobal]​影響品目(農産・自動車・化学)をHS別に棚卸し、ROO要件と証憑を先行設計
EU-メキシコ近代化グローバル協定交渉終結→採択/批准待ち2025年1月17日に交渉終結、2025年9月3日に署名・締結に向けた提案採択既存協定との差分(関税/調達/原産地)をギャップ分析
EU-インドネシアCEPA/投資保護交渉終結(2025年9月23日)EUが「交渉を最終化」と公表対象品目の関税スケジュール、パーム油等のセンシティブ領域、原産地手当
EU-シンガポールデジタル貿易協定(DTA)署名済み・発効待ち2025年5月7日署名、双方の批准後に発効[eurocham.org]​越境データ、電子契約/署名、ソースコード等の条項を社内規程に反映
EU-チリ暫定貿易協定(ITA)+枠組み協定(AFA)ITAは発効、AFAは批准待ちITAは2025年2月1日発効、AFAは加盟国批准待ちITAで使える特恵の適用開始(CO/ROO手順)を先に運用化
EFTA-メルコスールFTA署名済み・発効待ち2025年9月16日署名、発効は未了欧州向け(EFTA4国)輸出のROO・証明書式を事前準備
英国-インド貿易協定署名済み・発効待ち英政府が「署名済み未発効」に整理英向け・印向けの関税削減表と原産地証明の運用設計
EAEU-インドネシアFTA署名済み・発効待ち2025年12月21日署名とEECが公表[global-scm]​EAEU向け(180百万人市場)で、対象関税ライン・ROOの事前検証
EAEU-イランFTA発効済み(2025年5月15日)90%程度の品目を対象とする旨の説明既存取引がある企業は、適用開始済みとして遡及・証憑整備を確認

検討中(アクセス審査・共同研究・参加申請など)

区分案件現状根拠(一次情報)実務の意味合い
メガFTAの参加CPTPP:コスタリカ参加作業部会で協議継続作業部会設置の決定文書加盟時にROO累積と関税削減の適用範囲が広がる可能性
メガFTAの参加CPTPP:ウルグアイ参加作業部会を設置しプロセス開始2025年11月に公式決定[dfat.gov]​中南米サプライチェーンに波及
メガFTAの参加CPTPP:2026年に開始し得る候補UAE、フィリピン、インドネシア(条件付き)共同閣僚声明等で明示中東・ASEANの累積設計が変わる。輸出入双方で影響
メガFTAの参加CPTPP:その他申請国中国、エクアドル、台湾、ウクライナ等の申請があるとの整理英議会資料に申請国一覧地政学リスクも含め、採否でサプライチェーン戦略が変動
メガFTAの参加RCEP:参加打診香港、スリランカ、チリ、バングラデシュ等が参加を模索2025年9月のASEAN経済閣僚会合で言及[thestar.com]​累積原産地の範囲拡大や品目別関税の再計算が必要になる可能性
共同研究日イスラエルEPA可能性検討の共同研究実施中[arabnews]​METIが共同研究実施を掲載交渉入り前でも、想定論点(デジタル・投資)を先読み可能
アフリカ域内AfCFTA:追加議定書・附属書デジタル貿易等の議定書採択後、附属書などの作業が残るAU関連資料で採択・交渉アジェンダに言及アフリカ向け取引は、関税だけでなくデジタル/規制面が段階的に整備される

中断・停止(再開リスクがあるので注意)

主体案件現状根拠
日本日韓EPA、日加EPA中断外務省が「In Suspension」として掲載
EUEU-GCC(国別)など長期停止の案件がEU一覧に整理バーレーン等は2008年以降停止など

企業実務としての使い方(この一覧を意思決定に落とすポイント)

交渉中案件:原産地規則と証明運用の変化が早く効く

交渉中の協定では、関税率そのものよりも、原産地規則と証明運用の変化が実務コストに直結します。特に、累積(域内累積・二国間累積)、デミニミス、CTCの粒度、自己申告の可否、電子CO/データ交換などが重要です。EUや日本の公式一覧を定点観測することで、早期に対応できます。

採択/批准待ち案件:発効日が見えた瞬間に社内対応が集中する

EU-メルコスール、EU-メキシコ、EU-インドネシアなどは、交渉終結済みとしてEUが整理しており、発効準備(HS別影響分析、ROO証憑、サプライヤー宣誓取得)を先に進める価値があります。[reuters]​

参加申請(CPTPP/RCEP):候補国が自社の生産国・調達国に含まれるかで監視優先度が決まる

CPTPPは、コスタリカ・ウルグアイの作業部会に加え、2026年に開始し得る候補が共同声明等で明記されています。採否が不確実でも、候補国が自社のサプライチェーンに含まれる場合は、優先的に監視すべきです。[gub]​


一次ソース参照先

  • WTO RTA Database[rtais.wto]​
  • EU Trade Agreements[portugalglobal]​
  • 日本外務省EPA一覧
  • カナダ Global Affairs Canada[reuters]​
  • 英国政府 Trade Agreements
  • ASEAN経済閣僚会合声明[reuters]​