日UAE EPA(CEPA)交渉・第5回会合の「結果」と、ビジネス側が見るべき「次の節目」

(※本稿は公表情報をもとに、交渉論点をビジネス視点で“使える形”に落とし込んだ整理です。交渉テキストや市場アクセスの中身は原則非公開のため、確定情報と見立てを分けて記載します。)


1. 第5回交渉会合で何が起きたのか(確定情報)

外務省の発表によると、日UAE EPA(日本側呼称)交渉の第5回会合は2025年11月4日〜28日にオンライン形式で開催され、両国の首席交渉官(日本側:髙橋克彦大使/UAE側:ジュマ・アルカイト経済省次官補)らが参加しました。

この会合で議論が明示された分野は以下です。

  • 物品貿易
  • 原産地規則
  • サービス貿易
  • 競争政策
  • 政府調達
  • 知的財産
  • 今後の交渉の取り進め方(モダリティ)

そして、次回(第6回)会合の日程は外交ルートで調整することになっています。

ここがポイント:
第5回の公式記述で「政府調達」が入ってきたのは、ビジネス観点ではかなり大きい。関税だけでなく、“ルール・運用”の深部に踏み込む段階に入りつつあるサインと見てよいです。


2. 交渉はいま「どの地点」にいるのか:時系列で見る“進捗感”

日UAE EPA交渉は、2024年9月に交渉開始が決定(MOFA/経産省が同時発表)されました。
その後、会合は以下のペースで進んでいます(公表ベース)。

  • 第1回:2024年11月(東京)
  • 第2回:2025年2月(ドバイ)
  • 第3回:2025年6月(東京)
  • 第4回:2025年8月(オンライン)
  • 第5回:2025年11月(オンライン)

各回の概要を見ると、初期は「物品」「原産地」「サービス」「投資」「税関・貿易円滑化」「知財」など“定番の骨格”を並行で詰め、第3回でデジタル貿易第4回で貿易と持続可能な開発第5回で政府調達というように、章立てが広がっているのが読み取れます。

加えて、日本の外交青書でも、UAEを「エネルギー安全保障上重要な戦略的パートナー」と位置づけたうえで、日UAE EPA交渉開始と第1回開催に言及しています。


3. “論点の深掘り”①:物品貿易は「関税率」より“競争条件の差”が効く

日本企業にとっての現実的インパクト

ジェトロによれば、2023年の日本の対UAE輸出は約1兆4,661億円で主力は輸送用機器、UAEは日本の自動車輸出先として金額で世界7位/台数で世界3位という規模感です。
つまり、日UAE EPAは「資源国との協定」というより、完成車・部品・周辺産業に直接効きうる協定です。

ただしUAEは“そもそも関税が低い”

UAEはGCC共通関税の枠組みで、対外税率は原則5%(例外あり)と整理されています。
このため、関税だけを見て「インパクトは小さい」と判断しがちですが、ビジネスでは次が効きます。

  • 競合国がCEPAで先に関税・手続を改善している場合の“相対的な不利”
    UAEはCEPA締結を加速しており、将来的に103カ国まで拡大し貿易総額の最大95%をカバーする目標を掲げています。
    すでに複数国とCEPAを発効してきた流れもあり、競争条件の“穴”は放置しにくい。
  • 税関・認証・通関運用(非関税領域)のコスト
    UAE向けは「輸出→現地通関→再輸出」も多く、運用コストが積み上がりやすい。関税よりここが効くケースが多い。

4. “論点の深掘り”②:原産地規則は「UAEがハブである」ことが難しさの源泉

第5回でも原産地規則が議題に入っています。
原産地規則(ROO)は、ざっくり言えば「EPAの優遇税率を使える“出自”の判定ルール」です。

UAE案件で原産地が難しい理由

  • 再輸出・加工・保税・フリーゾーンが多い
    UAEは域内物流ハブとして、輸入→保管→再輸出が一般的。ROOを“形式上”満たすだけの加工(軽微な加工)を排除する規定が厳しくなりやすい。
  • グローバル部材の比率が高い(自動車・機械・電機ほど顕著)
    「どこまで第三国部材が許容されるか」「付加価値基準か関税分類変更か」「累積(カムレーション)をどう扱うか」が収益を左右する。

企業側の準備(いまからできる)

  • HSコードとBOM(部材表)を“EPA利用前提”で棚卸し
  • 製造工程のどこを「原産性を作る工程」にするか(日本/第三国/UAE)を設計
  • サプライヤーから原産地証明に必要な情報が取れるかを確認(ここが最大のボトルネックになりがち)

5. “論点の深掘り”③:サービス貿易は「進出のしやすさ」と「人の移動」が肝

第5回でサービス貿易が議題化されています。
UAEは現地拠点・地域統括(RHQ)・物流・金融・プロフェッショナルサービスのニーズが厚い一方、参入形態やライセンス、職種ごとの規制など“実務の壁”が残りやすい市場です。

ビジネスで効く観点は大きく2つ。

  • 市場アクセス(何ができるか/できないか)
    例:拠点形態、出資比率、提供できるサービス範囲、分野別の許認可など。
  • 「人の移動」実務(短期出張・駐在・プロジェクト要員)
    サービス章や関連規定が整備されると、プロジェクト型ビジネス(建設、プラント、IT導入、保守運用、コンサル)が回しやすくなる可能性があります。

6. “論点の深掘り”④:政府調達が入った意味——UAEの大型案件に“正面から”挑む章

第5回の公式概要で「政府調達」が明示されました。
政府調達章が入る協定は、企業側から見ると次の効能が期待されます(※一般論)。

  • 入札情報の透明性(公告、仕様、評価基準)
  • 内外無差別(または一定の待遇)
  • 不服申立て手続(レビュー)
  • 電子調達・標準化

UAEはエネルギー転換・インフラ・先端産業で大型案件が動きやすい国です。ここに調達ルールが入ると、商社・ゼネコン・プラント・IT・エンジニアリングなどの企業にとっては「営業の土台」が変わります。

逆に言うと、政府調達は国内制度・政策目的と直結するため、交渉が難航しやすい“ حساس(センシティブ)”領域でもあります。
ここがテーブルに乗った時点で、交渉は“締結後に効くルール作り”へ比重が移っている可能性が高い。


7. “論点の深掘り”⑤:競争政策・知的財産は「協業・投資」をやりやすくするインフラ

第5回で競争政策と知的財産が議題とされています。
この2つは、関税のように数字で効き目が見えにくい一方で、実務では効きます。

競争政策(独禁・公正競争)

  • 代理店・販売網・ジョイントベンチャーの設計
  • 特定の取引慣行が“後から問題化”するリスク低減
  • 透明性・協力枠組み(当局間協力)があると、紛争時の打ち手が増える

知的財産(IP)

  • ブランド・商標・意匠・特許の保護は、消費財・機械・ソフトウェア・コンテンツなど広範に影響
  • 共同開発・ライセンス・技術移転の交渉がしやすくなる(期待)

8. “横串論点”:デジタル貿易・税関手続・持続可能性は「運用コスト」を左右する

交渉は第3回でデジタル貿易、第4回で持続可能な開発にも触れています。
また、税関手続・貿易円滑化は初期から継続的に議題です。

  • デジタル貿易:データ移転、電子契約、越境EC、ソースコード等(協定次第で影響)
  • 税関・貿易円滑化:AEO、事前教示、迅速通関、書類電子化など
  • 持続可能性:環境・労働・透明性(ESG調達・輸出管理とも接続し得る)

この領域は、単なる輸出入だけでなく、現地運営(拠点・サプライチェーン)コストに直結します。


9. 「次の節目」は何か:第6回会合の先にある“山場”を先読みする

確定している次の節目は、外務省発表のとおり第6回会合の日程調整です。

一方で、交渉実務として多くのEPAで起きる“山場”は、だいたい次です(※一般的な見立て)。

  1. 市場アクセス(関税・サービス)の“オファー”が具体化
  2. 章ごとの文言が固まり、「章のクローズ(実質合意)」が増える
  3. 例外規定や移行期間などを詰めてパッケージ合意
  4. 法務レビュー(リーガルスクラブ)→署名→国内手続

UAE側は、対日CEPAが「advanced stages(進んだ段階)」にある旨を述べています(UAE国営WAM報道)。
ただし、これは政治的メッセージでもあるため、企業側としては「公式に何が確定したか(=日程、論点、章の範囲)」と切り分けて追うのが安全です。


10. 日本企業がいま打てる「具体アクション」チェックリスト

最後に、交渉の進捗を“待つ”のではなく、ビジネス側が先に整えておける項目を整理します。

輸出型(メーカー/商社)

  • 対UAEの重点品目をHSで棚卸し(関税・規制・認証とセットで)
  • 原産地規則を満たすためのBOM・工程情報の収集体制づくり
  • UAEがGCC共通関税(原則5%)であることを踏まえ、関税より通関・在庫・再輸出の運用設計で勝ち筋を作る

進出型(サービス/プロジェクト)

  • 「提供したいサービス」と「必要な許認可・ライセンス」を分解し、ボトルネックを可視化
  • 人員の移動(短期出張・長期駐在・施工要員)の制約を洗い出し、必要なら現地パートナー戦略を再設計

技術・ブランドを扱う企業(IP集約型)

  • UAEでの商標・意匠・特許の“現状”を棚卸し(登録漏れがあると後で高くつく)
  • 共同開発・ライセンス契約のひな形を見直し(準拠法、紛争解決、ノウハウ保護)

公共・準公共案件を狙う企業

  • UAEの調達制度・発注主体・入札ポータルを整理し、案件探索のKPIを持つ
  • 「政府調達章が入る可能性」を前提に、社内の入札コンプラ・証跡管理を整備

まとめ:第5回会合は「関税交渉」から「市場の取り方」を決める交渉へ

第5回会合で明示された「政府調達・競争政策・知財」は、企業の勝ち筋に直結する“深い章”です。
UAEはCEPAを加速度的に広げており、日本企業にとっては「UAE市場」だけでなく、「UAEをハブにした中東・アフリカ・南アジアへの展開」の競争条件にも波及し得ます。

次の公式節目は第6回会合の日程ですが、ビジネスの準備はもう始められます。特に、原産地(ROO)・通関運用・調達参入・IP整備は、協定ができてから動くと間に合わない領域です。


日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選 Part 2:その1

仕向国(税関)
タイ


適用協定:
日タイEPA

対象商品(HS):
潤滑油 (2710)

否認理由
第三国製品をタイで充填のみ (加工不足)

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その10

仕向国(税関)
オーストラリア


適用協定:
JAEPA 日オーストラリア EPA

対象商品(HS):
使い捨て手袋 (4015)

否認理由
マレーシア産ラテックス
→CTH不可

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その9

仕向国(税関)
オーストラリア


適用協定:
JAEPA 日オーストラリア EPA

対象商品(HS):
両面接着テープ (3919)

否認理由
貿易書類に輸出日とCO日付が不整合

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その8

仕向国(税関)
ポーランド


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
繊維製カーテン (6303)

否認理由
主要生地がASEAN原産で累積不可

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その7

仕向国(税関)
オランダ


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
自転車フレーム (8714)

否認理由
RVC55 %基準に達せず

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その5

仕向国(税関)
イタリア


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
紳士用上衣 (6203)

否認理由
台湾製生地
→日本で縫製のみ=PSR未充足

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その4

仕向国(税関)
フランス


適用協定:
日EU EPA

対象商品(HS):
抹茶入り飲料 (2101)

否認理由
非原産砂糖比率が許容値(10 %)超

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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その2 電子発給された原産地証明書の形式不備

対タイ向けRCEP利用貨物
RCEP協定に基づき、日本の商工会議所が発給したPDF形式の電子原産地証明書を利用して食品や機械部品をタイへ輸出したところ、タイの税関で証明書の適用を否認される事案が複数発生しました。


原因:
輸入国税関における電子証明書の受け入れ体制が未整備であった、あるいは特定の形式(紙媒体の原本を求めるなど)を要求されたことによります。

教訓:
EPAで電子証明書が認められていても、相手国の運用実態を輸入者を通じて確認することが不可欠。

ロジスティックのアドバイス:
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日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:その1 HSコードの解釈の相違による否認

日本企業のEPA利用輸出における原産性否認事例10選:
その1 HSコードの解釈の相違による否認

対韓国向け動物用医薬品
日本の輸出者が動物用医薬品(HSコード: 3004.50)として申告し、EPAの優遇税率を適用しようとしたところ、韓国の税関では異なるHSコード(3003.90)に分類されるべきだと判断されました。

この結果、日本側が根拠としていた品目別原産地規則(PSR)を満たさないことになり、特恵関税の適用が否認されました。


原因:
日本と韓国におけるHSコードの解釈・運用の違いにて生じました。輸出入国間でHSコードの解釈が異なることは珍しくなく、特に6桁(項)以下の国内細分については相違が生じやすいものです。


教訓:
事前に輸出相手国のHSコード分類を確認し、相違がある場合は、輸入者を通じて相手国税関に事前教示を受けるなどの対策が求められます

ロジスティックのアドバイス:
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