経営と実務を止めないための更新設計
1. PSRクロスウォークが急に難しくなる理由
PSRは品目別原産地規則のことで、協定ごとに、品目分類にひもづけて原産地判定の条件が定められています。多くは関税分類変更基準CTCや付加価値基準RVC、または特定工程基準などです。
一方、HSは定期改正され、HS2028は2028年1月1日に発効予定です。改正時には新設、削除、範囲変更が大量に起きるため、PSRが参照している品目番号の体系も影響を受けます。結果として、関税分類は最新HSで行うのに、原産地判定は協定が採用する旧HSで行う、という二重運用が現場に発生しやすくなります。WCOも、分類と原産地で異なるHS版を使うと、判定が複雑化し時間がかかり、誤適用リスクが上がると整理しています。
この状況を止めるために必要なのが、HS2022とHS2028の間でPSRを技術的に読み替えるクロスウォークです。

2. まず押さえる前提
2-1. HSは1つではない
協定ごとに採用しているHS版が異なることがあります。日本税関のPSR検索でも、協定が採用するHS版と入力したHSコードの版が違うと検索結果が誤りになり得る、と明示されています。さらに、輸入申告では最新のHSコードを使う必要がある、とも書かれています。(税関ポータル)
つまり、企業側は次の二系統を同時に管理する必要が出ます。
- 申告と統計のための最新HS
- 協定の法文に紐づくPSR用HS
2-2. HS2028の確定と相関表の位置づけ
WCOによれば、HS2028は2028年1月1日に発効し、その準備期間にHS2022とHS2028の相関表の整備などが進む、とされています。(世界関税機関)
また、2026年1月時点でHS2028改正が受諾され、相関表整備などの実施期間に入ったこともWCOニュースで整理されています。(世界関税機関)
重要なのは、相関表は実務のための道具であり、法的効力そのものではない点です。WCOのガイドでも、相関表は実装を助ける目的で作成され、法的地位を持たない、と説明されています。
3. PSRクロスウォークとは何を作る作業か
目的は単純です。
HS2022で書かれているPSRを、HS2028の品目体系に読み替えても、同じ商品範囲に同じ原産地条件を適用できる状態にすることです。
ここで言うクロスウォークは、次の2つを分けて考えると整理しやすいです。
- 社内用クロスウォーク:自社の品目とサプライチェーンに照らして、影響と対応を判断するための表
- 協定改正としての技術更新:相手国との手続を経て協定附属書のPSR表を更新する行為
EUのPEM関係では、HS更新に伴うPSRの理解を助けるため、HS2022への技術的読み替え資料が提供されています。発想としては、品目分類の変更でルールの趣旨が変わるわけではないが、PSR表は新HSに合わせて書き直す必要がある、という整理です。(Taxation and Customs Union)
4. 手順全体像
ここからが実務手順です。現場が迷いやすい順に並べます。
手順1 対象協定と対象品目を棚卸しする
最初にやるべきは、協定と品目の棚卸しです。
- 自社が実際に使っている協定を列挙する
- 各協定のPSRが採用しているHS版を確認する
- 自社の輸出入品目をHS2022で確定させ、品目別に該当PSR条項を紐づける
この時点で、協定によってはPSRが古いHS版で書かれていることが普通にあります。英国の対日CEPAのガイダンスでも、PSRはHS2017で規定されており、HS改正でコードが変わる場合は相関表を参照する、という趣旨の案内があります。(GOV.UK)
手順2 HS2022→HS2028のマッピングを準備する
基本はWCO相関表を使います。HS2028の相関表は、WCOが準備期間に整備すると明記しています。(世界関税機関)
ただし、相関表は法文ではなく、更新途中の版や注釈の読み違いが起きやすい領域です。社内のクロスウォークでは、必ず次の情報を同時に持ちます。
- 相関表上の対応関係
- 変更タイプ 新設、削除、範囲変更、分割、統合
- 自社製品の実際の仕様と用途
手順3 PSRを構造分解してから移し替える
PSRを文章のまま移すのではなく、構造に分解します。最低限、次のタグを付けます。
- ルール型 CTC、RVC、工程、複合型、例外
- レベル CC、CTH、CTSHなど
- 例外条件 例 外部材の除外や許容条件
- 追加要件 最小工程否認、累積、許容誤差など
この分解ができると、HSの分割や統合が起きても、ルールの意図を保ったまま再組立てできます。
手順4 変更タイプ別に読み替え規則を適用する
WCOガイドでは、HS改正は大きく、新設、削除、範囲変更の3類型に整理でき、単純ケースの更新方法も例示されています。
HS2022→HS2028でも、この考え方で十分に回せます。
ケースA 1対1で対応する
最も簡単です。PSR文章は基本的にそのまま移せます。
注意点は、号の説明や範囲注記が変わる場合があることです。品目名だけで判断しないでください。
ケースB 1つの号が複数に分割される
現場で事故が起きる典型です。
対応は、分割後の各号が、元のどの範囲を受け継いだのかを仕様と照合し、PSRの例外条件を再設計します。WCOガイドでも、分割後の各号に対して、元ルールを維持しつつ、相互に例外を置く形で記述できることが示されています。
実務上のコツは、分割後の号ごとに、主要な非原産材料のHS分類がどこへ落ちるかを同時に確認することです。CTC型のPSRは材料側の分類にも依存するため、ここを飛ばすと誤判定が起きます。
ケースC 複数の号が統合される
統合されると、PSRの適用範囲が広がって見えるため、ルールを強めてしまう誤りが起きます。
基本は、統合前に別々だったルールを、統合後の号の中で品目群ごとに分岐する形で管理することです。協定文の改正が完了するまでは、社内クロスウォークでは分岐注記で運用します。
ケースD 範囲が変わる
最も危険です。番号は同じでも、含まれる製品範囲が変わると、見かけ上の読み替えは成立しません。
この場合は、協定の法的更新を前提に、社内では暫定措置として次を行います。
- 旧HSでのPSR対象範囲を文章で定義する
- 新HSでその範囲に該当する品目集合をリスト化する
- その集合に同一PSRを当てる
EUがHS更新に合わせてPSR表の書き直しを支援する資料を出しているのは、まさにこのケースでの混乱を抑える狙いです。(Taxation and Customs Union)
手順5 検証は机上ではなく取引データで行う
クロスウォークが正しいかは、実際のBOMと工程で検証しないとわかりません。
おすすめの検証は二段階です。
- 過去の代表案件を抽出し、HS2022版PSRで原産判定結果を再現する
- 同じ案件をHS2028クロスウォーク版で判定し、結果の差分を説明できる状態にする
差分が出た場合、原因はだいたい次のどれかです。
- 材料側のHS分類が分割で変わった
- 例外条件の読み替えが不十分
- 範囲変更を見落とした
手順6 成果物は1枚の表に落とす
経営レビューと監査対応を両立させるには、成果物の形が重要です。最低限、次の列を持つクロスウォーク表があると回ります。
| 列 | 内容 |
|---|---|
| 協定名 | 利用協定、相手国 |
| PSR採用HS版 | 協定附属書が採用するHS版 |
| 自社品目 HS2022 | 現行管理コード |
| 対応 HS2028 | 相関表に基づく候補コード群 |
| 変更タイプ | 1対1、分割、統合、範囲変更 |
| 元PSR要件 | CTC、RVC、工程、例外条件 |
| 読み替え方針 | そのまま、分岐、集合適用など |
| 検証結果 | 代表案件での判定差分 |
| リスク判定 | 高 中 低 と理由 |
| 根拠リンク | 相関表、協定条文、社内仕様書 |
日本税関の案内が示すとおり、HS版の取り違えは検索結果や判定結果の誤りに直結し得ます。表で版管理を明示し、誰が見ても間違えない状態にするのが最短です。(税関ポータル)
手順7 運用設計としての版管理を入れる
HS2028発効後も、すべての協定が同時にHS2028へ更新されるとは限りません。WCOガイドが述べるように、協定にはPSR更新の手続があり、簡易改正条項を持つものもありますが、タイミングは協定ごとに異なります。
したがって経営としては、次の二重管理を前提にします。
- 申告HSはHS2028へ移行
- 原産判定は協定ごとのHS版に合わせて継続
この二重管理を前提に、社内システム、マスタ、教育、監査資料の更新計画を組むべきです。
5. 2026年から2028年までの進め方の目安
WCOはHS2028発効までの準備期間で相関表整備などを進める、としています。(世界関税機関)
企業側はそれに合わせて、次の順で進めると失速しにくいです。
- 2026年 棚卸しとクロスウォーク表の骨格を作る
- 2027年 代表案件で検証し、例外ケースを潰す
- 2027年末 協定別の更新状況を確認し、運用を確定する
- 2028年初頭 申告HSの移行と、原産判定の版管理を同時に稼働させる
6. まとめ
HS2022からHS2028へのPSRクロスウォークは、関税分類の変更に追従する作業ではなく、原産判定の誤適用を防ぎ、協定利用を止めないための版管理プロジェクトです。
相関表を使いつつ、変更タイプ別の読み替え規則、取引データでの検証、協定別のHS版管理をセットで回すことで、2028年の移行は管理可能になります。
免責
本稿は一般的な実務整理であり、個別案件の原産地認定や協定解釈は、当該協定の正文と当局運用、必要に応じて専門家助言に基づいて判断してください。
