2028年1月1日、世界中で次期HSコード改正「HS2028」が発効する予定です。(UNSD)
「また関税コードが変わるのか…」くらいにしか感じていないとしたら、少し危険かもしれません。今回の改正は、299セットの改正案と441品目の医薬品分類見直しを含む大規模な内容で、環境関連、医薬品・バイオ、新興技術(ドローンや半導体など)が重点テーマとされています。
この変化の中で、ビジネス側にとって特に怖いのが「分類ズレ」です。
税関が想定している分類と、社内・取引先・FTAルールが参照する分類が少しずつ食い違う。数字が数桁ズレただけに見えても、関税コスト、FTAメリット、リードタイム、システム投資まで波及していきます。
この記事では、ビジネスマンの視点から、
- HS2028の全体像とスケジュール
- HS2028で起こりやすい「分類ズレ」のパターン
- そのビジネスインパクト
- いまから取るべき実務アクション
を整理します。
1. HS2028改正の全体像(ごくコンパクトに)
1-1. なぜ「2028」なのか
HS(Harmonized System)は本来5年ごとに改正されますが、今回はコロナ禍による審議遅延により、2022版→2028版と6年サイクルに一度だけ延長されています。次の版は2033年に戻る見込みです。(UNSD)
WCO(世界税関機構)では、
- 2025年3月:HS委員会(HSC)第75会期でHS2028改正案を暫定採択
- 2025年末:WCO理事会でArticle 16勧告として正式採択(6か月の異議期間)
- 2026年1月頃:HS2028の条文パッケージと**相関表(HS2022⇔HS2028)**を公表予定
- 2028年1月1日:HS2028が全世界で発効
というタイムラインが示されています。(FTAの専門家:ロジスティック)
1-2. 改正の中身(どのくらい大きい?)
HSC第75会期とその総括文書によると、今回の改正では、
- 66件の分類決定
- WHOのINNリストに沿った441の医薬品有効成分・製剤の分類整理
- HS2022解説注の改正
- そして 299セットの改正案(amendment sets) の暫定承認
が行われました。
日本語の整理記事でも、299件の改正パッケージ+医薬品441品目、主要テーマは
「環境・グリーン関税」「医薬品・バイオ」「新興技術(ドローン・半導体など)」とされています。(FTAの専門家:ロジスティック)
つまり、単なる“枝番の微修正”ではなく、主要産業の分類の前提が動くレベル感だと理解しておく必要があります。
2. 「分類ズレ」とは何か?誤分類との違い
ここでいう「分類ズレ」は、法律的な「誤分類」よりもう少し広い概念として捉えます。
2-1. この記事での定義
この記事では、次のような状態をまとめて「分類ズレ」と呼びます:
- HSの「版」がズレている
- 社内マスタはHS2022のつもりだが、FTAはHS2017ベースのまま
- 相手国税関はすでにHS2028ベースで審査している、など(FTAの専門家:ロジスティック)
- 国・用途ごとに別のコードなのに、整理されていない
- 日本輸入、米国輸入、EU輸入でそれぞれ異なる8〜10桁コード
- FTA用の6桁、社内統計用コードなどがバラバラに管理されている(FTAの専門家:ロジスティック)
- 法令上の新しい分類と、社内システム・帳票のコードが同期していない
- HS2028で6桁が変わったのに、ERPや見積テンプレートは旧コードのまま、といったタイムラグ
税関から見れば「誤分類」かどうかは最終的に法的な判断ですが、ビジネス視点では「わずかなズレ」がそのままコストや遅延に直結します。
3. HS2028で起こりやすい「分類ズレ」のパターン
HS2028特有の構造を踏まえると、分類ズレは主に次の4つのポイントで起こります。
3-1. HS版切り替えによるズレ
HS2028では、6桁レベルでの再編・細分化が多数入ります。特に、
- 医薬品・バイオ(INNベース441品目)
- EV・蓄電池・再エネ関連機器
- ドローン、センサー、半導体などのエレクトロニクス
といった分野で、大きな見直しが想定されています。(FTAの専門家:ロジスティック)
このとき起こる典型的なズレは、
- 「同じ製品なのに6桁のHSが変わる」
- それに連動して、国別の8〜10桁コードや関税率・規制対象リストが変わる
にもかかわらず、現場では「昔からこれで通しているから」という理由で旧コードのまま申告してしまう、というタイプです。
3-2. 国によってHSの年版が違う時期のズレ
HS2028は「2028年1月1日発効」とされていますが、実際の各国の落とし込みはバラつきます。(FTAの専門家:ロジスティック)
- 多くの先進国・地域(EU、米国、日本など)は2028年1月1日に合わせて改正
- 一部の途上国などは、過去のHS2017/2022と同様、数年遅れて実施する可能性
その結果、しばらくの間は、
国A:HS2022ベース
国B:HS2028ベース
という「複数のHS年版が並走する時期」が発生します。(FTAの専門家:ロジスティック)
輸出側はHS2028ベースでコードを提示しているのに、輸入国の関税表はまだHS2022のまま…というケースでは、どちらの版を基準にすべきかのすり合わせが不可欠です。
3-3. FTA原産地規則・規制リストとのリンク切れ
FTAの品目別原産地規則(PSR)は、多くが特定のHS年版(例:HS2012/2017)を前提に書かれています。(FTAの専門家:ロジスティック)
HS2028への移行に合わせて、各国・各協定でもPSRを新しいHSにトランスポーズする作業が行われますが、その過程で:
- HSコードが別の章・類に移る
- それに伴い、「関税分類変更基準(CTCルール)」の判定結果が変わる
といったことが起こり得ます。
分類ズレの典型例:
- 本来はHS2017ベースでCTC判定すべき協定を、誤ってHS2022やHS2028で判定してしまう
- その結果、
- 使えるはずの特恵を見逃す
- 逆に、使ってはいけないのに特恵を使ってしまい、後の検認で否認される
いずれも、ビジネス側から見れば**「分類とHS年版のズレがFTAメリットを食い潰す」**パターンです。(FTAの専門家:ロジスティック)
また、輸出管理や危険物規制など、多くの規制リストもHSコードを参照しているため、ここでもズレが起きると「本当は許可が必要なのに抜けていた」「逆に不要な許可を取り続けていた」といったリスクになります。(FTAの専門家:ロジスティック)
3-4. 社内マスタ・システム間の多重管理によるズレ
現実のビジネスでは、1つの品目に対して、
- Global HS6(国際共通・統計用)
- 国別輸入コード(日本9〜10桁、EU CN/TARIC、US HTSなど)
- 国別輸出コード
- 協定別HS6(協定ごとにHS2012/2017/2022など)
といった**「多層構造のHSコード」が紐づいているのが普通**です。(FTAの専門家:ロジスティック)
この多重構造を整理せずに、単純に「HS2022→HS2028」に上書きしてしまうと、
- ERPとGTMで違うコードが残り続ける
- 拠点ごとに「自作のHS管理表」が乱立する
- HS2022とHS2028の対応関係が分からなくなる
という、典型的な分類ズレ地獄に陥ります。
4. 分類ズレがビジネスにもたらす5つの影響
ここからは、経営・事業側の視点で分類ズレの影響を整理します。
4-1. 関税コスト・追徴リスク
もっとも分かりやすいのは、関税負担そのものの変動です。
- 高関税品目やセーフガード対象品では、分類によって関税率が大きく変わるケースが珍しくありません。(FTAの専門家:ロジスティック)
- 輸出・輸入側で認識がズレたまま申告すると、税関事後調査での更正・追徴、さらにはペナルティのリスクも高まります。
TariffTelなどの実務解説でも、誤分類は**「遅延と追加コストの主要因」**として繰り返し指摘されています。(TariffTel)
4-2. 納期遅延とサプライチェーンの乱れ
分類ズレがあると、税関での審査時間が伸びたり、書類差し替えのために貨物が止まったりします。
- 納期遅延 → 顧客クレーム、契約ペナルティ
- 在庫水準の乱高下 → 倉庫コスト増、販売機会ロス
特にHS2028直後の数年は、税関側も新旧コードの整合に敏感になり、**「怪しいものは止めて確認する」**傾向が強まる可能性があります。
4-3. FTAメリットの取りこぼし・否認
分類ズレとHS年版の取り違いは、FTA活用にも直撃します。(FTAの専門家:ロジスティック)
- 使えるはずの協定で特恵を使っていなかった(メリットを取りこぼし)
- 間違ったHS年版で原産性判定しており、後の検認で否認される(想定外の追徴+信用失墜)
HS2028では多くのFTAがPSRの改正・トランスポジションを行う見込みのため、「HS改正+FTA改正」が同時進行するタイミングでは特に注意が必要です。(FTAの専門家:ロジスティック)
4-4. 管理コスト・IT投資の増大
TariffTelの解説では、「数千〜数万品目の再分類を手作業で行うのは、非常に負担が大きい」と指摘されています。(TariffTel)
分類ズレを放置したままHS2028に突入すると、
- 旧来のマスタ整理
- HS2028へのマッピング
- 国別8〜10桁までの展開
- FTA・規制・インボイス・パッキングリストへの波及改修
が一気に重なり、IT部門・通関担当に過大な負荷がかかります。
逆に言えば、今のうちにHS2022ベースのマスタを整え、版管理の設計をしておけば、HS2028対応の追加コストを大きく抑えられるということでもあります。(FTAの専門家:ロジスティック)
4-5. 経営指標・データ分析の断絶
もう1つ見落とされがちな影響が、「データの連続性が切れる」ことです。
- HS改正前後でコード体系が変わると、
- 「HSコード別売上/利益」
- 「関税コストの推移」
- 「FTA利用率」
などの指標が単純比較できなくなります。(FTAの専門家:ロジスティック)
相関表を使ってマッピングしておかないと、
「売上は伸びているのに、品目別統計上は減少して見える」
「どの改正がどの事業の関税コストに効いたのか分からない」
といった状態に陥り、経営の意思決定に使えるデータが弱くなる点も軽視できません。
5. 分類ズレを最小化するための実務アクション
では、ビジネス側は具体的に何をすればよいのでしょうか。
ここでは「マスタ」「プロセス」「人と組織」の3レイヤーで整理します。
5-1. まずは「現行HS2022の姿」を整える
HS2028の詳細が出る前にできる、最もリターンの大きい投資がこれです。(FTAの専門家:ロジスティック)
- 売上上位・関税影響の大きい品目から優先して、
- 拠点ごとのHSコード
- 国別輸出入コード
- 利用中のFTAとそのHS年版
を棚卸しする
- 「同じ製品なのに拠点ごとにHSがバラバラ」といったケースを洗い出し、
現行版(HS2022)時点での“正しい姿”を揃える
この作業をサボると、HS2028への移行時に「そもそも出発点が揃っていない」という二重苦になります。
5-2. 相関表+シミュレーションで先に“当たり”をつける
WCOはHS2022とHS2028の**相関表(Correlation Tables)**を作成中であり、2026年以降に公表される予定です。これらはHS2028実施の「必須ツール」となることがWCO自身からも示されています。(WCOOMD)
公表後に行うべきは、
- 相関表を取り込み、自社SKUと一括照合する
- どの品目がどのHSに移る可能性があるかを一覧化
- その移動に伴う
- 関税率
- 特恵税率(FTA)
- 規制・許認可
への影響をシミュレーションする
ここまでやっておくと、「どの事業・どの顧客にどれだけインパクトがあるか」を経営に説明しやすくなります。
5-3. 「並行管理」を前提にしたマスタ設計
HS2028への移行で重要なのは、**「切り替え」ではなく「並行管理」**だと考えるべき点です。(FTAの専門家:ロジスティック)
1品目あたり、マスタ上に少なくとも次のスロットを用意するイメージです:
- Global HS6(HS2022版)
- Global HS6(HS2028版)
- 国別輸入コード(日本/EU/米国など)
- 国別輸出コード
- 協定別HS6(RCEP用、日EU用…)+それぞれのHS年版
そして、それぞれに
- 有効期間
- 参照したHS年版・条文・注
- 事前教示番号などの根拠情報
を持たせておきます。(FTAの専門家:ロジスティック)
こうしておけば、
マスタ上は「多重HS」だが、申告時にはシステムが国・用途に応じて適切な1つを自動選択する
という設計が可能になり、分類ズレを構造的に減らすことができます。
5-4. FTA・規制リストの「版管理」を明確にする
HS2028は、FTAと規制リストにとっても「大きな節目」になります。(FTAの専門家:ロジスティック)
実務的には、
- 主要FTA(RCEP、日EU、CPTPPなど)ごとに、
- 参照HS年版(2012/2017/2022 etc.)
- HS2028への改正・適用時期
を一覧化
- 利用額の大きい品目については、
- HS2028移行後も原産性を満たせるか
- むしろ関税メリットが増えるのか/減るのか
を事前に試算する
規制リスト(危険物・環境条約・デュアルユースなど)についても、HS参照が変わるタイミングで「漏れ」と「やり過ぎ」の両方が出ないよう総点検する必要があります。(FTAの専門家:ロジスティック)
5-5. 経営レポーティングに「HS2028対応KPI」を組み込む
HS2028対応は、担当部署だけのプロジェクトにしない方がうまく回ります。
例えば、経営レポートには次のようなKPIを入れておくと、経営層と同じ言語で議論しやすくなります。
- HS2028でコード変更が発生するSKU数・売上比率
- 関税コスト増減の見込み(主要国・主要事業別)
- FTA利用額のうち、「HS2028でPSR改正対象」となる比率
- HS2022⇔HS2028のマスタ整備進捗(〇%完了)
これにより、HS2028対応が「単なる通関の話」ではなく、関税コスト・FTA戦略・IT投資を含む経営テーマであることを共有できます。
6. ざっくりタイムライン:2025〜2028年に何をするか
最後に、ビジネス側のロードマップを簡単に整理しておきます。(FTAの専門家:ロジスティック)
〜2025年末:準備フェーズ
- HS2028の基本情報・対象分野の把握
- 社内プロジェクト体制の立ち上げ(貿易・調達・営業・IT・経理を巻き込む)
- HS2022ベースでの品目マスタ棚卸し・ズレ解消
2026年:差分分析フェーズ
- WCOが公表するHS2028条文・相関表の入手
- SKUごとの新旧HS6桁マッピング
- 関税率・FTA原産地・規制への影響分析
- マスタ・システム改修の詳細設計開始
2027年:システム・実務検証フェーズ
- ERP/GTM/原産地管理システムなどの改修・テスト
- 国別8〜10桁コード(日本9桁、EU CN、US HTSなど)の追随状況確認
- 主要仕向地でのテスト申告(通関業者とのドライラン)
- 営業・物流・調達部門向けの社内教育
2028年以降:本番運用+継続的なHS改正マネジメント
- HS2028での本番申告開始
- 各国の運用差・FTA PSR改正への継続フォロー
- すでに動き始めているHS2033モダナイゼーションを念頭に、
「HS改正への対応力」を社内の標準機能にしていく。(AEB)
7. まとめ:分類ズレは「見えにくいが大きな経営リスク」
HS2028改正は、数字だけ見れば「6桁コードが少し動くだけ」に見えます。
しかし実際には、
- 関税コスト
- FTAメリット
- 規制コンプライアンス
- サプライチェーンの安定性
- IT投資と運用コスト
- そして経営指標としてのデータの連続性
といった領域に、じわじわと影響を及ぼします。
その起点にあるのが、今回取り上げた**「分類ズレ」**です。
- 「1製品=1HSコード」の発想を捨て、
- 国別・版別・用途別の**“多重HS”を前提としたマスタ設計**を行い、
- 相関表とシミュレーションを活用して、影響を“見える化”する
これができれば、HS2028改正は「ただ耐えるイベント」ではなく、
・関税コスト最適化
・FTA活用の高度化
・マスタデータ整備と業務標準化
のチャンスにもなり得ます。
最後に
本記事の内容は、2025年11月時点で公表されているWCO資料や各国当局・専門ベンダーの情報をもとに整理しています。(UNSD)
ただし、最終的なHS2028条文・国別の実施スケジュール・各FTAのPSR改正内容は、必ず最新の公式情報で確認したうえで、自社の判断・対応方針を固めてください。
あなたの会社としては、
「HS2028対応=分類ズレをいかにコントロールするかの勝負」
だと捉えると、どこから手を付けるべきかが見えてくるはずです。
