はじめに:なぜ今「二重HSコード時代」なのか
かつて多くの企業は、「1つの商品には1つのHSコード」という前提で実務を組み立ててきました。しかし現在、その前提は崩れつつあります。
- 日本の輸出用コードと、相手国の輸入用コードが違う
- 関税率は最新の「HS2022」ベースだが、EPA(経済連携協定)の原産地規則は古い「HS2012」や「HS2017」ベースである
- 同じ製品なのに、販売会社Aと工場Bで管理しているHSコードがズレている
このように、「二重どころか多重のHSコード」を管理することが日常になりつつあります。
HSコードは上6桁までは世界共通ですが、7桁以降は各国が国内制度に合わせて独自に細分化しています(例:EUのCN/TARIC、日本の統計品目番号やNACCSコードなど)。(出典:DHL)
さらに、共通であるはずの「最初の6桁」についても、各国税関が独自に分類判断を行うため、同じ品目でも国ごとに異なるHSコードになる可能性があることが公的機関からも明示されています。(出典:ジェトロ)
そこに、HS2017→2022→2028という版改正と、EPA/FTAごとの「HS版のズレ」が重なり、「二重HSコード時代」が本格化しているのが現状です。(出典:世界税関機関)
本稿では、経営・実務の両面から、この複雑な状況を前提とした管理戦略を解説します。
1. 「二重HSコード」の正体:どこが「二つ」なのか
1-1. 輸出国コード vs 輸入国コード
貿易には必ず「輸出」と「輸入」の2つの側面があり、それぞれ参照するコード体系が異なります。
- 輸出時: 輸出国の関税・統計体系に基づくコード(例:日本の輸出統計品目番号 9桁)
- 輸入時: 輸入国の関税率表・システムに基づくコード(例:米国HTS、EU CN/TARIC 等)
輸出時に使用したHSコードが、そのまま輸入国でも通用するとは限りません。「輸出国と輸入国でHSコードが異なるのは、むしろ普通である」という認識を持つ必要があります。(出典:eusmecentre.org.cn)
1-2. HSバージョン(2012/2017/2022/2028)とEPA原産地用コード
HSコードは技術進歩や貿易構造の変化に対応するため定期的に改正されます。最新版は2022年版ですが、次期改正となる**「HS2028」**に向けた準備もすでに進んでいます。(出典:ジェトロ)
- HS2028(次期改正): 今回は例外的な6年サイクルとなり、2028年1月1日に世界一斉発効する予定です。299セットの改正を含み、2025年3月のHS委員会で改正勧告が暫定採択され、2025年末に正式採択、2026年に条文公表というスケジュールが示されています。(出典:世界税関機関)
一方、EPA/FTAの原産地規則は「協定締結時のHS版」で固定されることが多いため、以下のようなねじれが生じます。
- 日本のEPA: HS2002、2007、2012、2017など、協定ごとに参照する版がバラバラ。
- RCEP: 当初はHS2012ベースでしたが、2023年に品目別原産地規則がHS2022へ移行。
結果として、1つの製品について以下の「版の異なるコード」を同時に扱う必要があります。
- 関税計算・通関用: HS2022(または将来のHS2028)の輸入国コード
- FTA原産地判定用: HS2017等の6桁(協定で定められた版)
1-3. 6桁共通+各国細分+システムコードの多層構造
HSコードは「6桁まで共通」ですが、その後ろには各国の独自ルールが存在します。
日本では7〜9桁が統計細分、10桁目はNACCS用コードという構造です。(出典:ジェトロ)
さらに米国では、輸出用のSchedule B、輸入用のHTSといった「目的に応じたコード体系」が併存しています。(出典:ctp-inc.com)
ビジネスの現場視点で見れば、1つの品目に対して以下のコードを併走させるのが現実解となります。
- 日本輸出用コード
- 輸入相手国ごとのインポートコード
- FTA原産地証明書用の6桁コード(輸入国・協定ベース)(出典:日本商工会議所)
- 社内統計・価格管理用の品番紐づけコード
2. 二重HSコードがもたらす3つのビジネスリスク
(1) 関税コスト・追徴・遅延リスク
輸出側と輸入側で分類認識が食い違うと、輸入地での税関事後調査で更正・追徴課税が発生する恐れがあります。
特に高関税品目やセーフガード対象品では、分類次第で関税率が数十%変わることもあります。また、通関トラブルによる納期遅延は、顧客クレームや在庫増などサプライチェーン全体に悪影響を及ぼします。
公的なQ&Aでも「輸出者が通知してきたコードを安易に用いると更正リスクがある」と警告されており、輸入国側での「事前教示」制度の活用が推奨されています。(出典:ジェトロ)
(2) FTA/EPA原産地の誤判定リスク
FTAの原産地規則はHSコードに基づいてルールが定められています。そのため、参照する「HSの版(年次)」を取り違えると、原産資格の判定そのものを誤る可能性があります。
実務上は、「HS2022ではこの番号だが、協定はHS2012ベースなので別の番号に読み替えて判定する」といった作業が必須です。これを怠ると、適用できるはずの特恵関税を見逃したり、逆に不適切に適用して検認で否認されるリスクが高まります。(出典:ジェトロ)
(3) 内部統制・ITコストの増大
国別・版別のコードがバラバラに管理されていると、品目マスタが破綻し、海外拠点ごとに「独自のHS管理表」が乱立しがちです。
ERP、GTM(貿易管理システム)、原産地管理システムなどの複数システム間でHSコードが二重・三重に登録され、その整合性維持に膨大な工数が発生します。
次期「HS2028」対応では、HS2022との相関表に基づいた一斉更新が必要となるため、マスタ管理が甘い企業ほど対応コストが跳ね上がると指摘されています。(出典:ロジスティック専門家)
3. 経営として押さえるべき3つの管理原則
原則1:前提を変える ― 「1製品=複数HSコード」が正常
「どの国でもこの1コードで通るはず」という発想は、もはやリスクでしかありません。公的情報でも、国による分類差異はあり得ると明言されています。(出典:ジェトロ)
経営としては、以下の前提に切り替えることが出発点です。
「1製品には、国別・版別・用途別の『複数のHSコード』が存在する。重要なのは、何をどの目的で使うかを明確に区別して管理することである」
原則2:HSコードは「属性情報」として管理する
品目コードそのものではなく、品目に紐づく「属性情報」としてHSを管理するイメージが重要です。
- グローバル共通品番: P12345
- 属性としてのHS情報:
- Global HS6(現行版):xxxx.xx(HS2022)
- 日本輸入コード:xxxx.xx-xxx-x
- 米国HTS:xxxx.xx.xxxx
- EU CN/TARIC:xxxx xxxx xx
- FTA A協定用HS6(HS2012)、FTA B協定用HS6(HS2017)… など
このような「マスタデータとしての構造化」は、サプライチェーン全体の基礎情報を定義するMDM(Master Data Management)と同じ発想で取り組むべき課題です。(出典:3rdwave.co)
原則3:法令根拠・判断プロセスを残す(説明責任の確保)
HSコードは数字だけ管理しても意味がありません。後から「なぜその番号にしたのか」を説明できるように、以下の情報をセットでマスタ登録しておくことが推奨されます。
- 参照した品目表の条文、部注・類注
- 関税率表解説、分類事例、公的事前教示の回答書
- 過去の申告実績
実際に最新のHS管理ツールでは、「HSコードと法令根拠をセットで登録する」機能が標準化しています。(出典:guidance.jaftas.jp)
説明責任(アカウンタビリティ)の確保は、税関対応だけでなく、内部監査やグローバル本社への報告においても不可欠です。
4. 実務設計:マスタ・システム・組織の三位一体
4-1. 品目マスタの「多重HS」設計
ビジネス視点で整理すると、1品目に対して以下のような「HSスロット」を用意する設計が有効です。
| スロット種別 | 典型的な中身 | 主な用途 |
| Global HS6 (現行版) | HS2022の6桁 | グローバル共通言語、基本統計、全体管理 |
| 国別輸入コード | 日本(9-10桁)、EU CN、米国HTS等 | 関税計算、輸入申告、国内規制判定 |
| 国別輸出コード | 日本輸出統計品目番号、他国輸出コード | 輸出申告、貿易統計 |
| 協定別HS6 | 日EU(HS2017)、RCEP(HS2022)等 | 原産地規則判定、特恵税率適用 |
| コントロール用 | DUIコード、該非判定用 | 安全保障輸出管理 等 |
【実装のポイント】
- キーは「品番(グローバルID)」とし、HSは属性テーブルとして保持する。
- 各スロットに「有効期間」「HS版」「根拠(メモ・事前教示番号)」を持たせる。
- これにより、「マスタ上は複数HSだが、申告時には適切な1つだけをシステムが自動選択する」設計が可能になります。
4-2. HS2028移行を見据えた版管理
次期HS2028では、エレクトロニクス・医薬品・グリーンテック・デュアルユース製品などで大きな改正が予定されています。(出典:ロジスティック専門家)
WCOはHS2022とHS2028の相関表(コンコーダンス)作成に着手しており、これが企業側の移行作業におけるメインツールとなります。(出典:世界税関機関)
企業が取るべき基本戦略は以下の通りです。
- 現行マスタの整備(2025〜2026年):同じ製品で拠点ごとにHSが異なっていないか棚卸しし、「現行版(HS2022)」での姿を整える。
- 相関表を使った影響分析(2026〜2027年):WCOや各国税関が公表する相関表を取り込み、どの品目がどこに移るかをマッピングし、関税率や原産地ルールへの影響を試算する。(出典:ロジスティック専門家)
- 「切り替え」ではなく「並行管理」:バージョンを単純に上書き更新するのではなく、一定期間はHS2022とHS2028の両方をマスタ内に持ち、移行前後の対応関係を保持する。
4-3. 分類ガバナンスとエビデンス管理
組織面では、以下のような役割分担(RACI)とナレッジ管理がカギとなります。
- 役割分担:
- グローバル/地域本社:分類ポリシーの策定、最終判断、監査。
- 各国拠点:ローカル税関との調整、事前教示の取得。
- エビデンスの一元管理:品目マスタ上で、HSコードに「根拠情報(条文、分類意見、事前教示番号など)」を紐づける。(出典:guidance.jaftas.jp)属人的なメモではなく、組織の資産としてナレッジ化することが、生産性を大きく左右します。
5. 90日アクションプラン(経営報告用)
3か月で体制を整えるためのイメージプランです。
- 第1フェーズ(0〜30日):現状可視化
- 主要カテゴリ(売上上位・利益貢献大)の製品について、国別輸出入コード、利用中のEPA、HS版(2012/2017/2022)を棚卸しする。
- 「同一製品なのにHSコードが不整合」なケースを洗い出す。
- HS2028で影響を受けそうな事業領域(エレクトロニクス、医薬、EV関連など)のあたりをつける。
- 第2フェーズ(31〜60日):基本方針と設計
- 経営層と「1製品=複数HSコード前提」の方針を合意する。
- 品目マスタ上のHSスロット構造(国別・協定別・版別)の設計案を作成する。
- HS2028対応を単発プロジェクトではなく「継続的マネジメント」として位置づける。
- 第3フェーズ(61〜90日):パイロット運用
- 代表的な数十品目を選び、実際に「多重HSマスタ」を構築して運用テストを行う(見積〜通関〜原産地証明)。
- 問題点を洗い出し、全社展開ロードマップとHS2028対応タイムラインを策定し、経営会議へ報告する。
6. まとめ:HSコードを「経営数字」として扱う
「二重HSコード時代」への対応は、単なる事務処理の話ではありません。
- 国別・版別でコードが分かれることによる管理コスト
- HS版の違いによるFTA活用の有利・不利
- HS改正(HS2028)への対応スピードが左右するサプライチェーン競争力
これらは、ビジネスモデルや収益構造に直結するテーマです。
「1製品=1HSコード」という古い前提を捨て、多重HSを構造的に管理し、継続的なHS改正を経営課題として扱うこと。
これこそが、グローバルビジネスにおける守りと攻めの要となります。
FTAでAIを活用する:株式会社ロジスティック