2026年2月2日、欧州連合(EU)は、急速に普及する医療用AIソフトウェアの貿易実務において、長年の懸案事項であったHSコード分類に関する新たな解釈指針を提示しました。
焦点となったのは、USBメモリやハードディスクなどの「物理媒体」に格納されて国境を越えるAIソフトウェアを、関税法上どう扱うかという問題です。これらは「単なる記録媒体」なのか、それとも「医療機器そのもの」なのか。
この分類の違いは、単なるコード番号の違いにとどまらず、ライセンス料に対する関税評価や、輸入時の付加価値税(Import VAT)の算出根拠を大きく左右します。本記事では、今回示された指針がヘルスケア・テック企業の欧州戦略にどのような影響を与えるのかを深掘り解説します。

ソフトウェアは「記録媒体」か「医療機器」か。長年のグレーゾーン
まず、この問題の背景にある通関実務のジレンマを整理します。
税関は原則として「有体物(モノ)」を管理・課税する機関です。そのため、インターネット経由でダウンロードされるソフトウェア(無体物)は、通関手続きの対象外となります。しかし、インストール用としてUSBメモリやDVD、SSDなどの物理媒体に入れて送られる場合、それは「モノ」として通関の対象になります。
ここで問題となるのが、その物理媒体の中身が、高度な診断を行う「医療用AI」だった場合です。
輸入者側としては、ソフトウェアの価値(ライセンス料など数千万円規模)を含まず、単なるUSBメモリ(数百円)として、HSコード第85類の「記録媒体」で申告したいと考えます。しかし、税関側は、そのソフトウェアが診断機能を持つならば、それは実質的に第90類の「医療機器」であり、ソフトウェアの価値を含めた金額で申告すべきではないか、という解釈をする余地がありました。
特にEUでは、医療機器規則(MDR)の適用を受けるソフトウェアについて、関税分類上も医療機器として扱うべきかどうかが曖昧なままでした。
示された指針の核心。USBメモリに入ったAIは「メディア」として扱われる
今回提示された指針において、EUは実務的な割り切りを行いました。結論として、物理媒体に記録された医療用AIソフトウェアは、原則としてハードウェア(MRI装置など)に組み込まれていない限り、HSコード第8523項の「記録媒体(ソフトウェア)」として分類されるという解釈を明確化しました。
これは、医療用であっても、ゲームソフトやビジネスソフトと同様に、関税分類上は「メディア」として扱われることを意味します。
一見すると、現状追認のように見えますが、ビジネス上の含意は重大です。なぜなら、第90類の「医療機器」として分類された場合にかかる可能性のある規制や関税率の変動リスク(例えば、将来的に医療機器への関税が復活した場合など)を回避できる一方で、第8523項に分類されることによる「評価額」のルールが厳格に適用されるからです。
恐ろしいのは関税率ではなく「輸入付加価値税」の課税標準
HSコードが「記録媒体」に決まったことで、企業が最も注意すべきは「関税評価(Customs Valuation)」です。
WTOの評価協定およびEUの規定では、輸入される記録媒体の課税価格を決定する際、媒体そのもののコスト(キャリアメディア)と、そこに記録されているデータ・ソフトウェアのコストを区別して扱うことが認められています。
しかし、今回の指針により、分類が明確化されたことで、インボイス上の記載方法がより厳しく問われることになります。もしインボイス上で、媒体代とソフトウェアライセンス料が明確に区分されていなければ、税関はライセンス料を含めた総額に対して輸入付加価値税(VAT)を課す可能性があります。
EU各国のVATは20パーセント前後と高率です。数億円のライセンス契約を含むAIソフトをUSB 1本で送った場合、その記載ミス一つで、通関時に数千万円のVAT支払いを現金で求められるリスクがあります。VATは後で還付されるとはいえ、多額のキャッシュフローが一時的に拘束されることは経営上の大きな痛手です。
企業が取るべき戦略。物理媒体からの脱却とクラウド化の加速
この指針を受けて、医療AIベンダーや医療機器メーカーは以下の対応を検討すべきです。
物理媒体輸送の廃止とクラウドデリバリーへの完全移行
最も確実な対策は、物理媒体での納品をやめることです。今回の指針はあくまで「物理媒体」に対するものです。クラウド経由でのダウンロード販売や、SaaS形式での提供であれば、そもそも通関手続きが発生せず、輸入VATの即時払いも不要(リバースチャージ方式などで処理)になります。
これまで保守的な病院側の要望で物理メディアを送っていたケースもあるかもしれませんが、通関リスクとコストを説明し、デジタル配信へ切り替える交渉材料としてこの指針を使うべきです。
インボイス記載の厳格化
やむを得ず物理媒体を送る場合は、インボイスの明細行を分け、媒体の価格(ハードウェアコスト)と、ソフトウェアのライセンス料(知的財産権使用料)を明確に区別して記載する必要があります。そして、EU側の輸入通関業者に対し、ソフトウェア価格分を課税価格に算入するかどうかの指示(評価加算・減算のルール適用)を的確に出す体制を整えなければなりません。
まとめ
EUの新たな解釈指針は、医療AIを「魔法の医療機器」ではなく「単なるデータが入ったメディア」としてドライに扱うことを宣言したものです。
これにより、法的な予見可能性は高まりましたが、同時にインボイス作成や契約形態における実務的なミスが許されなくなりました。物理的なモノの移動を伴うソフトウェア貿易は、もはやリスクでしかありません。デジタルヘルスケアの時代にふさわしい、デジタルの国境の越え方(クラウド化)へ、ビジネスモデルを完全にシフトさせる時期が来ています。
