1. 電子部品にとっての「HS分類の地図」とは?
HS(Harmonized System)は、世界税関機構(WCO)が管理する世界共通の品目分類で、6桁までが国際共通、その後ろの桁は各国が独自に付け足す構造です。wcoomd+1
現在、200以上の国・地域が採用し、世界貿易の**約98%**の貨物をカバーしています。wcoomd
電子部品の多くは、**第85類(電気機械器具およびその部分品)**に入ります。
半導体・電子部品ビジネスで特に重要なのは次のあたりです。
- 8541:半導体デバイス(ダイオード・トランジスタ等)wcoomd
- 8542:電子集積回路(IC)wcoomd+1
- 8523:ディスク、テープ、固体記憶装置(SSD、フラッシュ等)、スマートカードcredlix+1
- 8524:フラットパネルディスプレイモジュール(HS2022で新設)jaftas+1
- 8517:電話機・通信機器(HS2022でスマートフォン用の8517.13が新設)kimchang+1
つまり「電子部品のHS地図」とは、第85類の中で「どの“住所”に、どんな電子部品・モジュールが割り当てられてきたか」を20年スパンで俯瞰したものだと考えてください。icpainc+1
2. 20年タイムライン:電子部品周りのHSで何が起きたか
HSはおおむね5年ごとにアップデートされ、この20年では主に以下の版が使われました。icpainc+1
- 2002年版(HS 2002)
- 2007年版(HS 2007)
- 2012年版(HS 2012)
- 2017年版(HS 2017)
- 2022年版(HS 2022)
電子部品に絞ってみると、特に大きな“事件”はこの3つです。
- 2012年:フラッシュメモリやSSDが「固体記憶装置」として見える化(8523.51/.52 など)unstats.un+1
- 2017年:マルチコンポーネントIC(MCO)が、集積回路として整理される(注9・8542)wcoomd+1
- 2022年:スマホ・フラットパネルモジュール・電子廃棄物が別枠化(8517.13、8524、8549 等)afslaw+2
3. 2012年:フラッシュメモリ・SSD時代を映す HS 8523 の再構成
3-1. 「記録メディア」の中で浮かび上がる半導体
HS 2012版では、8523項の構成が見直され、ディスク・テープなどに加えて、半導体ベースの記録メディアが明確に位置づけられました。credlix+1
8523 は「ディスク、テープ、固体記憶装置、スマートカードその他の記録メディア」を対象とし、その中に次のようなサブヘディングが設定されています。
- 8523.51:半導体メディア;固体記憶装置(solid‑state non‑volatile storage devices)
- 8523.52:半導体メディア;スマートカードunstats.un+1
固体記憶装置(solid‑state non‑volatile storage devices)の定義は、第85類の注で詳しく規定されており、一般に
- 接続ソケットなど、ホストアダプタに接続する手段を持ち
- 同一のハウジングの中にフラッシュメモリICと必要な制御回路(コントローラICなど)を収め
- プリント基板その他の基板上に実装されているストレージ装置
といった要件が列挙されます。wcoomd+1
この結果、USBメモリ、フラッシュカード、SSD等のような「完成したストレージモジュール」は、中身が半導体であっても、部品ではなく記録メディアそのものとして8523系に分類されることが明確化されました。ised-isde.canada+2
3-2. ビジネス的に何が変わるのか
この変更は、電子部品ビジネスにとって次のような意味を持ちます。
- 「中身はICだが、扱いは完成品」という領域が増えた
- 同じNANDを使っていても、
- チップ単体 → 8542(集積回路)
- SSD・USBメモリとして組み立てたもの → 8523.51
と、関税・統計上の扱いが大きく変わる。dripcapital+2
- 同じNANDを使っていても、
- ストレージビジネスの市場規模を統計で追いやすくなった
- 8523.51を抜き出せば、「固体記憶装置」の貿易統計を継続的に見ることができる。ised-isde.canada+1
実務的な示唆として、フラッシュメモリビジネスでは「どこまでを部品(8542)として売るか」「どこからを完成メディア(8523)として売るか」で、関税負担・FTA原産地・価格戦略が変わります。
HS 2012以降、SSDやフラッシュ製品のHSを誤ると、税率・許認可・統計報告をまとめて誤るリスクが高い領域になっています。customsmobile+1
4. 2017年:SoC・モジュール時代の「MCOルール」という整理
4-1. SoCが“どこに属するのか問題”
スマホ・車載・産機など、あらゆる分野でSoC(System‑on‑Chip)やモジュール型半導体が普及しましたが、2017年以前は多機能な半導体モジュールの分類が国ごとにばらついていました。
- センサー+ロジック+メモリ+受動部品が1パッケージになったモジュール
- RFフロントエンドモジュール
- パワーマネジメントICに各種回路が混在したデバイス
こうしたものが、国や税関によって
- 8542(電子集積回路)
- 8543(その他の電気機器)
- 9031(測定機器)
などに分かれて分類されるケースがあり、同じ製品でも国によってHSが異なる状況が生じていました。eusemiconductors
4-2. HS 2017で「マルチコンポーネントIC(MCO)」を定義
HS 2017改正では、第85類の注と8542項の定義に、Multi‑Component Integrated Circuits(MCO)が明確に組み込まれました。wcoomd+1
MCO は、新しい注9(b)(iv) でおおむね次のように定義されています。
- 1つ以上の集積回路(モノリシック、ハイブリッド、マルチチップIC)と、
- センサー、アクチュエータ、オシレータ、共振子、または抵抗・コンデンサ等の電子部品(一定の範囲)
を組み合わせた半導体パッケージであり、不可分のユニットとして機能するもの。wcoomd+1
これらのMCOは、原則として8542(電子集積回路)の範囲に含めることが明確にされ、SoCやモジュール型半導体が「まず半導体として扱われる」方向に整理されました。mra+2
同時に、8542の6桁サブヘディングは次のような構成で整理されています。
- 8542.31:プロセッサ・コントローラ
- 8542.32:メモリ
- 8542.33:アンプ
- 8542.39:その他の電子集積回路wcoomd
4-3. ビジネスマンへのインパクト
このMCOルールは、半導体業界にとって大きな整理でした。eusemiconductors+1
- それまで各国がバラバラに扱っていた“モジュール系半導体”が、世界的に8542に収斂し、関税率・統計・FTAルールを揃えやすくなった。
- 半導体メーカーにとっては、「自社製品は半導体として扱うべきだ」という主張の根拠が強化された。
ビジネス上の示唆として、SoC・モジュール系製品はHS 2017以降「基本的には8542ベースで設計・議論する」のが前提と考えやすくなりました。
自社のモジュール製品が、国によって8542/8543/9031などにバラバラ分類されている場合、MCOルールに沿って整理し直すことで、関税差益・還付・コンプライアンスリスク低減の余地が見つかる可能性があります。wcoomd+1
5. 2022年:スマホ・ディスプレイ・e‑wasteまでを飲み込む HS 2022
5-1. スマートフォンがついに「専用コード」を獲得
HS 2022では、スマートフォンに関する重要な改正が行われました。
- 第85類に新しい注5(Note 5)を追加し、「スマートフォン」の定義を明記
- 8517項の下に 8517.13(smartphones)という専用サブヘディングを新設kimchang+1
これにより、従来は「携帯電話機の一種」として扱われていたスマホが、貿易・税制・統計の上でも**“スマートフォン”として独立したカテゴリー**になりました。afslaw+1
ビジネス的には、スマホ本体だけでなく部品・アクセサリのHSや原産地ルールにも波及し、政策当局は「スマホ本体=8517.13」「関連部品=第85類の各コード」をセットで分析しやすくなります。kimchang+1
5-2. フラットパネルディスプレイモジュール(8524)の新設
同じくHS 2022で大きいのが、フラットパネルディスプレイモジュール(FPDM)の扱いです。
- 新しい8524項が作られ、「タッチパネル付き/なしを問わず、フラットパネルディスプレイモジュール」を一つの製品として分類する枠組みが導入されました。jaftas+2
- これに伴い、従来は8543(その他の電気機器)や8529(テレビ等の部品)などに散っていたモジュールが、8524に集約される方向が示されています。afslaw+2
事業的には、完成品メーカーは「ディスプレイモジュール」単位で貿易統計・調達先を把握でき、ディスプレイメーカーは8524ベースで各国税率・FTA原産地・規制を設計しやすくなります。customs+1
モジュールという「部品」と「完成品」の中間的な存在に、あえて明確な“住所”を与えた改正と言えます。
5-3. 電子廃棄物(e‑waste)に専用の見出し
HS 2022では、電子廃棄物(e‑waste)の管理も強化されました。
- 第85類に新しい見出し 8549(電気電子機器・その部品の廃棄物等)が追加され、電気電子製品の廃棄物・スクラップ等を扱う枠組みが整備されました。icpainc+1
- これにより、バーゼル条約などの国際環境ルールとの連動が取りやすくなっています。afslaw+1
電子部品メーカーにとっても、不用在庫・返品品・リファービッシュ品・スクラップを「どのHSで輸出入するか」が環境規制と直結するようになり、将来的にリサイクル材を原材料とするビジネスでも、HS上でe‑wasteが「見える」ことが重要になります。kimchang+1
6. 「20年HS地図:電子部品編」から学べること(要点)
この章以降の論点(部品かモジュールかでHSが変わること、MCOルールを半導体メーカーの“武器”と捉える視点、スマホ・ディスプレイ・e‑wasteが政策の主戦場になっていること、HS統計を技術トレンドの指標として読むこと、HS担当を通関専任から事業戦略パートナーに引き上げる必要性)は、いずれも上記の条文・改正内容から導かれる妥当な実務的インプリケーションです。unstats.un+3
記述そのものに事実誤認は見当たらないため、表現は原文どおりで差し支えありません。
7. 自社版「20年HS地図:電子部品編」の作り方・8. まとめ
- 自社に関係するHSコードをピックアップし、WCO・UNSDのコンバージョン表や相関表を用いて 2002→2007→2012→2017→2022 の対応をつなぐ手順は、公表されている資料に沿った正しいアプローチです。eusemiconductors+1
- HS 8523.51、8542、8524、8549 等の変化を軸に、FTA・税率・規制を重ねて「投資・調達・市場選択」の判断材料とする、というまとめの方向性も妥当です。unstats.un+3
- https://www.wcoomd.org/-/media/wco/public/global/pdf/topics/nomenclature/instruments-and-tools/hs-nomenclature-2017/2017/1685_2017e.pdf?la=en
- https://www.wcoomd.org/en/topics/nomenclature/overview/what-is-the-harmonized-system.aspx
- https://unstats.un.org/unsd/classifications/Econ/Detail/EN/32/852351
- https://www.icpainc.org/wp-content/uploads/2021/12/ICPA-Webinar-Harmonized-System-2022-Mendel-Kolja.pdf
- https://www.wcoomd.org/-/media/public-historical-documents/harmonized-system-committee/n/c/1/7/3/nc1733e1_pub.pdf
- https://www.customsmobile.com/rulings/docview?doc_id=HQ+H296912&highlight=8523.51.00%2A
- https://www.wcoomd.org/-/media/wco/public/global/pdf/topics/nomenclature/instruments-and-tools/hs-nomenclature-2022/2022/1685_2022e.pdf?la=en
- https://www.kimchang.com/en/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=24746
- https://www.afslaw.com/perspectives/alerts/countdown-the-2022-htsus-update-are-importers-ready-the-changes
- https://jaftas.jp/hscode/user/code.php?c=1&target=1&content=2&year=2022&code=8524
- https://www.credlix.com/hsn-code/852351
- https://ised-isde.canada.ca/app/ixb/cid-bdic/productReportHS10.html?hsCode=852351
- https://www.dripcapital.com/hts-code/85/23/51
- https://www.dutyskip.com/hs-browse/8523-51-00-solid-state-non-volatile-storage-devices
- https://www.eusemiconductors.eu/sites/default/files/uploads/20190417_ESIA-input_WCOconf-Revitalising-HS.pdf
- https://www.mra.mu/download/PresentationOnTariff2017.pdf
- https://www.customs.go.jp/tariff/2022_01_01/data/j_85.htm
- https://www.datamyne.com/hts/85/852351
- https://www.freightamigo.com/en/blog/hs-code/hs-code-for-recorded-flash-memory/
- https://unstats.un.org/unsd/trade/events/2017/suzhou/presentations/Agenda%20item%2017%20(a)%20-%20WCO.pdf
- https://www.scribd.com/document/541048953/DGFT-Import-Policy-Chapter-85
