日墨間におけるCPTPPと日メキシコEPAの使い分けガイド

日墨間で事業を行う上で、包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)と日・メキシコ経済連携協定(日メキシコEPA)のどちらを利用すべきか、実務的な判断基準と早見表を解説します。

基本的な使い分け方針

まず品目ごとに、以下の4つの要素を総合的に比較し、より有利な協定を選択することが基本方針となります。

  • 関税率(どちらがより低いか、または早期に撤廃されるか)
  • 原産地規則(PSR)の達成しやすさ
  • 原産地証明手続きのコストと時間
  • サプライチェーン全体でのメリット(特に累積規定の活用)

CPTPPを優先すべきケース

  • ベトナムやカナダといった他のCPTPP加盟国を原産とする材料を多く使用しており、締約国の原産材料や生産工程を自国のものと見なせる完全累積のメリットを最大限に活用したい場合。
  • 手続きの負担を軽減するため、特定の様式が不要な自己申告制度を利用したい場合。この制度では、輸入者、輸出者、または生産者のいずれもが原産地証明書類を作成できます。

日メキシコEPAを優先すべきケース

  • メキシコの輸入者や税関の商慣行上、所定の様式による第三者機関発行の原産地証明書(CO)または認定輸出者による原産地申告が求められる場合。
  • 輸出産品が特恵品目(協定附属書5に掲載)に該当し、認定輸出者であっても第三者機関発行のCOが必須となる場合。
  • (注)2023年9月1日から、日本では電子原産地証明書(e-CO)システムが導入されており、紙媒体での申請に比べると実務的な負担は軽減されています。

5つの比較判断軸

1. 原産地証明の方式

CPTPP日メキシコEPA
証明制度自己申告制度第三者証明制度 または 認定輸出者制度
作成者輸入者、輸出者、生産者日本商工会議所など、または認定輸出者
様式定型様式なし(Annex 3-Bの最小記載事項を満たす必要あり)定型様式あり
特記事項柔軟性が高い特恵品目は第三者証明が必須

2. 累積規定(サプライチェーン設計)

CPTPP日メキシコEPA
規定完全累積二国間累積
内容全てのCPTPP締約国の原産材料や加工工程を自国のものと見なして合算可能。多国間サプライチェーンの構築に有利。日本とメキシコ間でのみ累積が可能。第三国の材料や工程は原則として累積の対象外。

3. デミニミス(僅少の非原産材料)

CPTPP日メキシコEPA
一般品目産品の価額の**10%**以内産品のFOB価額の**10%**以内
繊維製品HS第50類〜第63類は品目ごとに複雑な除外規定あり。適用の可否は慎重な確認が必要。HS第50類〜第63類は、産品の総重量の**10%**以内。

4. 輸送および第三国インボイス

CPTPP日メキシコEPA
輸送非締約国を経由しても、税関の管理下にあるなど輸送要件を満たせば特恵待遇を維持可能。積送基準(Transshipment)があり、同様に非締約国経由が可能。
第三国インボイス非締約国の事業者が発行したインボイス(第三者インボイス)も利用可能。原産地証明書の様式内に、第三者インボイスの情報を記載する欄がある。

5. 少額貨物の免除規定

CPTPP日メキシコEPA
証明書免除の閾値原則として、総額が1,000米ドル相当以下の場合。原則として、総額が1,000米ドル相当以下の場合。

クイック早見表:どちらの協定を選ぶか

典型的なシナリオ推奨協定理由の要点
ベトナム/カナダなどCPTPP域内からの材料を多用CPTPP完全累積により、域内他国の原産材料や加工工程を合算できるため。
メキシコ側がCO原本を要求/社内監査で必要日メキシコEPA第三者機関発行のCOは信頼性が高く、メキシコの商慣行に適しているため。特恵品目はCOが必須。
証明書発行のリードタイムを最小化したいCPTPP自己申告制度のため、証明書発行の待ち時間がなく迅速。
サンプルなど少額・多頻度の出荷両方検討どちらの協定も1,000米ドル相当以下は原則として証明書が免除されるため。
繊維・衣類(PSRの要件が厳しい)個別のPSRを要比較CPTPPは価額基準、日メキシコEPAは重量基準のデミニミス特則があり、どちらが有利か品目ごとに確認が必要。
物流で第三国を経由/第三者インボイスが常態化CPTPP(やや優位)日メキシコEPAはCO様式への記載が必要な一方、CPTPPはより柔軟な書類作成が可能なため。

実務上の確認フロー(5ステップ)

  1. HSコードの確定: 輸出入する産品のHSコード(6桁)を正確に特定します。
  2. 関税率の比較: 両協定における品目ごとの関税率と、その譲許スケジュール(段階的な関税撤廃の年次)を確認します。(※品目や年次によって有利な協定が逆転することがあります)
  3. 原産地規則(PSR)の比較: 部品表(BOM)などに基づき、CPTPP(Annex 3-D)と日メキシコEPA(Annex 4)の品目別規則(関税分類変更基準、付加価値基準、加工工程基準など)のいずれを達成できるか検討します。
  4. 累積・証明方式の決定: サプライチェーンを考慮し、CPTPPの「完全累積」と日メキシコEPAの「二国間累積」のどちらが有利か判断します。また、手続き負担や相手先の要求に応じて証明方式を選択します。
  5. 輸送・書類要件の確認: 第三国経由での輸送や第三者インボイスを利用する場合の根拠規定(CPTPP第3.18条、日メキシコEPA第35条など)を確認し、必要な書類を準備します。

自動車部品の特有の留意点

自動車産業はサプライチェーンが国際的に張り巡らされているため、累積規定の使い勝手が協定選択の重要な決め手となります。

原産地規則(PSR)の比較

自動車部品のPSRは、主に**付加価値基準(RVC)**が用いられます。CPTPPと日メキシコEPAでは、この計算方法や求められる付加価値の割合が異なります。

  • CPTPP: 自動車分野では、他のCPTPP加盟国(例:ベトナム、マレーシア、カナダ)で生産された原産材料や、そこで行われた加工を自国のものと見なせる完全累積が最大のメリットです。これにより、北米やASEANにまたがるサプライチェーンでも原産性を満たしやすくなります。また、協定の附属書には自動車関連品目に特化した詳細な規定があります。
  • 日メキシコEPA二国間累積に限定されるため、日本とメキシコ以外の国で生産された部品は、原則として非原産材料として扱われます。サプライチェーンが両国内で完結している場合は問題ありませんが、第三国が関わる場合はCPTPPより不利になることが多くあります。

実務上の推奨

多くの日系自動車メーカーおよび部品メーカーは、サプライチェーンの柔軟性を重視し、CPTPPを優先的に活用しています。特に、ASEANや北米(カナダ)にも製造拠点を持つ企業にとっては、完全累積のメリットが非常に大きいためです。

日メキシコEPAが選択肢となるのは、サプライチェーンが完全に日墨二国間で完結しており、かつ日メキシコEPAで定められたRVC基準の方がCPTPPよりも達成しやすい、という限定的なケースになります。

繊維製品の特有の留意点

繊維製品は、原産地規則が非常に厳格かつ複雑であり、「どの工程を協定国で行ったか」が問われる加工工程基準が中心となります。

原産地規則(PSR)の比較

一般的に「ヤーンフォワード(Yarn Forward)ルール」と呼ばれる厳しい基準が採用されています。これは、製品に使用される糸の生産(紡績)以降の全ての工程(製織・編立、染色、裁断、縫製)を協定域内で行うことを求めるものです。

  • CPTPP: ヤーンフォワードが基本ですが、大きな例外規定として「供給不足リスト(Short Supply List)」が存在します。このリストに掲載されている特定の繊維や生地は、協定域外(例:中国、台湾、韓国)から調達しても、原産材料として扱うことが認められます。これにより、域内で調達が難しい特殊な素材を使いながらでも特恵関税の適用を目指せます。
  • 日メキシコEPA: こちらも厳格な加工工程基準を採用していますが、CPTPPのような大規模な供給不足リストはありません。そのため、原料の調達先が限定され、PSRをクリアする難易度が高くなる傾向があります。

デ・ミニミス(僅少の非原産材料)の特則

  • CPTPP: 原則として価額ベースで10%のデ・ミニミスが適用されますが、品目ごとに多くの除外・例外規定があり、非常に複雑です。
  • 日メキシコEPA: 繊維製品(HS50〜63類)に対して、**重量基準で10%**という非常に分かりやすく実用的なデ・ミニミス規定があります。例えば、製品全体に占める価額は大きいものの重量は軽い非原産の付属品(レースや特殊なボタンなど)を使用する場合に、この規定が役立つことがあります。

実務上の推奨

繊維製品における協定の選択は、ケースバイケースの判断が強く求められます。

  • 使用したい糸や生地がCPTPPの供給不足リストに掲載されている場合は、CPTPPが圧倒的に有利です。
  • ヤーンフォワードを満たせないものの、非原産材料の使用が製品全体の**重量の10%**に収まる場合は、日メキシコEPAのデ・ミニミス規定を活用できる可能性があります。

最終的には、製品の設計、BOM(部品表)、製造工程を詳細に分析し、両協定の品目別規則を丹念に比較して、どちらが有利かを判断する必要があります。

 

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