1. 概要と交渉の前提(2025年の米関税政策転換)
米韓の「相互関税」交渉は、2025年に行われた米国の大幅な関税政策転換を前提に進んでいます。
- 米国の新政策(概要):
- IEEPA(国際緊急経済権限法): 4月の大統領令(7月改定)に基づき、「国別相互関税」を導入。
- 通商拡大法232条: 適用を拡張。
- 鉄鋼・アルミ: 一律50%に引き上げ(6月4日~、英国除く)。
- 自動車: 当初25%を通告(その後、日韓とは交渉により15%で合意)。
- 半導体・医薬品・銅: 新規調査を開始。
 
 
- KORUS(米韓FTA)の位置づけ:
- KORUS自体は存続していますが、上記の新設されたIEEPAおよび232条の関税枠組みが、FTAの外側から実質的に上書き(優先適用)される形で運用されています。
 
2. 米韓交渉の最新状況(10月30日時点)
- 7月30日 骨子合意:
- 米国は韓国に対し「15%の国別相互関税(IEEPA)」を適用。
- 韓国向け「自動車・部品関税(232条)」を15%へ引き下げることで合意。
- 韓国側は「3500億ドルの対米投資」および「1000億ドルのエネルギー購入」を約束。
 
- 10月29~30日 会合:
- 自動車関税15%への引き下げなど、7月の政治合意内容を再確認しました。
 
- 現状と論点:
- 米議会調査局(CRS)は「7月の合意は骨子こそ発表済みだが、詳細の最終化と法的実装(大統領令や官報告示)が一部未了である」と指摘しています。KORUSとの法的な整合性や、議会の関与のあり方が引き続き論点となっています。
 
3. 合意事項の詳細(確定・政治合意)
A. 確定・運用中(米側実装済み)
- 国別相互関税(IEEPA): 15%
- 適用開始: 8月7日から韓国に適用済み(CBP案内、CRS記載)。
- 運用: 包括的な「15%キャップ」として機能します。
- MFN(最恵国待遇)税率が15%未満の場合: 差額を上乗せ。
- MFN税率が15%以上の場合: 追加関税なし。
 
 
- 232条(鉄鋼・アルミ): 50%
- 適用開始: 6月4日から発効済み。
- 運用: KORUS(FTA)の有無にかかわらず一律で課税されています(FTAによる免除不可)。
 
B. 政治合意済み(米側の最終実装待ち・確認中)
- 自動車・部品: 15%へ引き下げ
- 現行の25%(232条)から15%への引き下げで合意(日本と同水準)。
- 注記: 運用開始のための最終的な米側告示(大統領令や官報)は未掲示との報道があり、実務開始時期の確認が必要です。
 
- 個別品目の緩和・優遇
- 航空機部品、ジェネリック医薬品: 関税ゼロ(韓国向け)。
- 木製品、医薬品など: 最も低い関税区分を適用。
- 半導体: 「台湾より不利に扱わない」ことを保証(今後の232条「半導体」調査の結果に連動)。
 
- 韓国側 対米コミットメント
- 投資: 3500億ドル
- (内訳: 現金2000億ドル(年200億ドル上限の分割)、造船1500億ドル(融資・出資の組み合わせ))
 
- 調達: エネルギー1000億ドル購入。
- 注記: 投資の設計・配分は、米商務長官が主宰する委員会が所管する予定です。
 
- 投資: 3500億ドル
4. 米日交渉との比較と相違点
- 米日合意の状況:
- 7月の骨子合意を受け、9月4日に大統領令(EO 14345)で実装済みです。
- 「国別相互関税15%(MFN込み上限扱い)」および「自動車・部品15%」が9月16日から発効・運用開始されています。
- 民間航空機・部品はIEEPAと232条の双方を免除するなど、制度文書が完備しています。
 
- ビジネス視点の早見表(米韓 vs 米日)
| 論点 | 米韓(韓国) | 米日(日本) | 実務ポイント | 
| 枠組み | KORUS存続。ただしIEEPA/232条が上書き | 従来協定に加え、EO 14345で制度化 | FTAベースではなく大統領令ベースの可変制。撤回リスク管理を。 | 
| 国別相互関税 | 15%(8月7日適用) | 15%(9月16日発効、MFN込み上限扱い) | 仕入・販売価格式の見直し(「15%キャップ」の読み替え)が必要。 | 
| 自動車・部品(232) | 15%に引き下げで政治合意(実装文書は要確認) | 15%で運用開始済(9月16日~) | 対韓は発効告示の確認まで通関・契約の暫定条項を。 | 
| 航空機(民間) | 部品はゼロ(報道ベース) | 相互関税+232とも免除(民間航空機・部品) | 日本は航空機分で完全免除の明文化あり。韓国は部品ゼロの扱いを監視。 | 
| 半導体 | 台湾と同等以上の扱い保証(232調査の結果に依存) | 他国より不利にしない趣旨(232措置次第) | 232調査が東アジア各国へ波及。サプライチェーンの原産・加工証憑強化。 | 
| 鉄鋼・アルミ(232) | 50%の高関税維持 | 50%(日本向け一般免除なし。航空機関連は別) | 素材コストは日韓とも高止まり。米内製・在庫戦略の再設計が必須。 | 
| 投資・調達義務 | 投資3500億ドル+エネルギー1000億ドル | 投資5500億ドル、農産品・航空機等の購入 | コミット未達で関税再引き上げ条項あり(日本側EO)。実施KPIを随時確認。 | 
| 実装の確度 | 一部は未告示(自動車15%など) | 文書完備(EO・官報・CBP通達) | 日本は安定運用フェーズ、韓国は最終告示の追跡が要件。 | 
- 押さえるべき主な違い(日韓比較)
- 制度の成熟度: 日本は実装完了(EO 14345等で文書完備)。韓国は一部が政治合意段階(自動車15%など最終告示待ち)です。
- 自動車: 最終着地点は両国とも15%ですが、日本は9月16日発効済、韓国は告示待ちという時間差があります。
- 航空機関連: 日本は「民間航空機・部品」がIEEPA/232条双方から包括的に免除(明文化済み)。韓国は「部品」のゼロ関税が報道ベースです。
- 金属素材(232条 50%): 両国とも高関税が継続していますが、日本の航空機関連部材だけは別枠で免除されています。
 
5. 日本企業への実務インパクトと対応(チェックリスト)
- 原価・見積りの標準パラメータ更新
- 対米輸出(日本製): 「15%上限」を前提にHTSコード別に再計算してください(MFNが15%以上なら追加関税なし)。
- 調達(韓国由来部材): 鉄鋼・アルミ(232条 50%)は引き続きコストに加味が必要です。原産地・HTSの棚卸しを推奨します。
 
- 韓国サプライチェーンの「移行期」管理
- 自動車・部品(15%): 韓国からの調達品に関わる自動車15%関税の発効タイミングは、米側告示(官報)およびCBPの実務通達(CSMS番号等)で必ず確認してください。
- 契約: 関税改定(スナップバック条項含む)や価格転嫁に関する条項を見直してください。
 
- 半導体・電池サプライチェーンの証憑強化
- 232条「半導体」調査: 装置、基板、レガシー品も対象です。第三国経由の転送も監査対象となるため、部材・工程の可視化(BoM起点の原産トレーサビリティ)と証憑整備を前倒しで実施してください。
- FEOC/PFE規制: クリーンエネルギー税額控除(30D等)の懸念外国団体(FEOC)要件が2025年に拡大。韓国製電池・素材も中国等の関与度合いでクレジット適否が変動するため、税務・通関の二重チェックが必須です。
 
6. (参考)基礎データと法令ソース
- CRS(米議会調査局)レポート: 7月合意の未確定点、自動車15%計画、韓国向けIEEPA15%適用状況。
- 米国官報/大統領令: 鉄鋼・アルミ232条(50%、6月4日発効)、米日合意(EO 14345、9月16日発効)、232条「半導体」調査告示。
- 主要報道・シンクタンク(KEIA等): 米韓10月合意詳細(自動車15%、航空機部品ゼロ)、韓国側投資枠内訳、半導体「台湾以下不利なし」条項。
