ホルムズ海峡リスクと保険料変動

保険料が上がる本当の理由と、日本企業が今見るべき実務

ホルムズ海峡リスクを語るとき、見出しでは軍事緊張や「通れるかどうか」が先に注目されます。ですが、企業実務で本当に重要なのは、その船が、その貨物を、その条件で、いくらの保険で動かせるのかという点です。2026年3月時点では、ロンドン市場の海上戦争危険保険そのものは残っている一方で、取消通知、航海ごとの再値付け、乗組員安全への懸念が重なり、通常の商業運航が強く抑制されています。つまり、本質は「保険が消えた」ことではなく、「保険が不安定かつ高額になり、安全上の理由で運航判断そのものが難しくなった」ことです。 (LMA)

まず結論

今回の局面で企業が押さえるべき結論は三つです。第一に、戦争危険担保は完全停止ではなく、条件付きで継続しています。第二に、追加保険料は固定相場ではなく、船種、船籍、船主、積荷、寄港地、船員安全、電子航法妨害の有無などで大きく振れます。第三に、最も深刻なのは保険料そのものより、船が安全に動けるかどうかという運航リスクです。ロイズ市場自身が、船が動かない主因は保険不足ではなく、船員と船体の安全リスクが高すぎるためだと説明しています。 (LMA)

なぜ今、保険料が大きく動くのか

海上保険では、戦争危険は通常の船舶保険や貨物保険の本体とは別建て、または取消可能な形で付されることが多く、情勢が急変すると引受人は取消通知を出し、その後に航海単位で再度条件を設定します。国際海上保険連合も、ペルシャ湾や紅海向けの戦争危険担保はなお利用可能だが、単航海ごとの個別合意になり、取消通知は再値付けのために使われると説明しています。保険はあるが、同じ条件では続かない。この構造が、今回の保険料変動の出発点です。 (IUMI)

さらに、3月3日には保険業界のJoint War Committeeが危険指定水域を拡大し、バーレーン、ジブチ、クウェート、オマーン、カタールを追加しました。対象海域の定義も、ペルシャ湾、オマーン湾、アデン湾、南紅海などに及ぶ形で見直されています。ただし、この指定は自動的な保険停止を意味するものではありません。意味するのは、当該海域が通常より厳しい引受審査と個別再値付けの対象になった、ということです。 (LMA)

2026年3月の保険料はどこまで上がったのか

2026年3月の局面では、追加の戦争危険保険料について複数の水準が報じられました。市場報道では、紛争前に船価の0.25%前後だった水準が3%程度まで跳ね上がった例が伝えられ、ブローカー推計では1%から1.5%程度、タンカー業界向け説明では最大5%程度まで上がり得るとされました。2億ドルから3億ドル規模の船であれば、追加コストは一航海で数百万ドル単位になり得ます。ここで重要なのは、単一の公定相場があるわけではなく、引受条件が航海ごとに大きく変わるという点です。 (Reuters)

このため、荷主が見るべきなのは「今の戦争危険料はいくらか」という一点ではありません。より重要なのは、「いつまで有効な見積もりなのか」「再見積もりのトリガーは何か」「待機、迂回、寄港変更、積み替えで追加費用がどう変わるか」という契約条件です。保険料は単なる相場ではなく、危険の再評価と一体で動く契約条件だからです。 (IUMI)

本当に深刻なのは、保険料より安全リスク

ロイズ市場は3月23日時点で海上戦争危険保険の提供継続を説明する一方、船が動かない理由は保険そのものより安全上の懸念だと明言しています。IMOも、約2万人の船員、港湾、洋上要員が影響を受け、少なくとも11人が死亡したと整理しています。さらにJMICは、ホルムズ周辺の海上リスクを最上位のCriticalと評価し、攻撃がほぼ確実な環境であること、GNSS妨害が顕著であることを示しています。つまり、保険料上昇は結果の一部であり、根本問題は、航海中の人命と船舶の安全が急速に悪化していることです。 (LMA)

この点は経営判断にも直結します。たとえ保険が付いても、船長、船主、用船者が安全面から航海を見送れば、調達計画は崩れます。したがって、企業が見るべき指標は保険料だけではありません。通航実績、攻撃件数、港湾の稼働、安全情報の更新頻度、電子航法妨害の有無まで含めて見る必要があります。 (UKMTO)

物流はどこまで止まったのか

UNCTADによれば、ホルムズ海峡の通航は2月平均141隻/日から3月初旬に1桁台へ急減しました。JMICの3月20日時点観測では、通常およそ138隻/日あった通航が、1日1隻水準まで落ち込んだとされています。これは「法的に完全閉鎖された」と言い切るよりも、「通常の商業運航にとっては機能不全に近い」と表現する方が実態に近い状況です。 (UN Trade and Development (UNCTAD))

しかも、この海峡の重要性は桁違いです。UNCTADは、2024年に約2000万バレル/日の石油がホルムズ海峡を通過し、世界の海上石油取引の約4分の1を占めたと整理しています。海上輸送上の比重は、原油38%、LPG 29%、LNG 19%、石油製品19%、化学品13%で、肥料も世界の海上取引の約3分の1が関係します。コンテナは3%にとどまるため、一般消費財よりも、エネルギー、石化原料、肥料、化学品に依存する企業ほど先に、深く影響を受けます。 (UN Trade and Development (UNCTAD))

日本企業にとって何が重いのか

日本にとってホルムズ海峡は遠い海域ではありません。経済産業省は、日本の原油輸入の中東依存度が9割超である一方、LNGの中東依存度はおおむね1割と説明しています。また、2025年12月時点の石油備蓄は約8か月分、2026年3月時点のLNG在庫はホルムズ経由輸入量ベースで約1年分に相当するとしています。これは即時の物理的欠品リスクをある程度和らげますが、価格上昇や契約条件の悪化を打ち消すものではありません。 (エネーチョウ)

さらにUNCTADによれば、ホルムズ通過の原油の84%、LNGの83%はアジア向けです。つまり、日本企業にとっての本当のリスクは、単純な「届くか届かないか」だけではなく、エネルギー価格の上昇、樹脂や化学原料の価格変動、海上保険と物流条件の悪化、そして在庫積み増しによる運転資金負担が同時に重なることです。政府が備蓄放出や代替調達で全体安定を図っても、個社の原価と納期までは自動的に守ってくれません。 (UN Trade and Development (UNCTAD))

経営層が今すぐ確認すべき5つの論点

1. 自社貨物に付いている保険の層を確認する

荷主として貨物保険だけを見ていては不十分です。実際の航海成立には、船体の戦争危険保険、P&I、貨物の戦争危険担保がどう組み合わさっているかが重要です。加えて、米DFCとChubbが打ち出した再保険枠は、条件付きで適格船舶に限定される仕組みであり、すべての船や貨物に自動適用される安全網ではありません。自社貨物がその外にある前提で考える方が現実的です。 (DFC)

2. 追加保険料の負担者を契約で確認する

今の局面では、追加戦争危険料は航海ごとに見直されます。したがって、見積書や運送契約で、誰が追加保険料、待機費用、寄港変更コスト、迂回コストを負担するのかを明確にしておく必要があります。価格表だけで判断すると、出荷直前に条件が変わったときに利益が吹き飛びます。 (IUMI)

3. 価格より先に、運航条件を確認する

JMIC、MARAD、INTERTANKOがそろって強調しているのは、GNSS妨害、航路逸脱、イラン沿岸からの距離確保、UKMTOや海軍当局との連携です。つまり、今は「いくら払えば通れるか」より、「安全手順を満たした航海として成立するか」の方が先に来ます。船会社やフォワーダーには、最新の安全勧告に沿った運航計画になっているかを確認すべきです。 (maritime.dot.gov)

4. エネルギーと化学原料は、在庫と代替調達を別枠で考える

ホルムズ海峡の遮断リスクは、コンテナ一般貨物より、原油、LPG、LNG、化学品、肥料に先に効きます。したがって、製造業では、電力・熱源コストだけでなく、樹脂、溶剤、基礎化学品、肥料由来原料への波及を見込んで、在庫方針と代替調達先を別枠で再設計すべきです。特にアジア向け比重が大きい分、日本企業は二次波及を受けやすい立場にあります。 (UN Trade and Development (UNCTAD))

5. 1%、3%、5%の三つのシナリオで総コストを見る

実務上は、戦争危険料を単独で見るのではなく、1%、3%、5%といった複数ケースで、保険料、運賃、納期遅延、在庫増、資金負担をまとめて試算しておくことが有効です。今回の局面では、市場報道と業界説明でこの程度の幅が確認されており、単一点の想定では経営判断を誤りやすいからです。 (Reuters)

まとめ

ホルムズ海峡リスクは、「通るか、通らないか」という二択ではありません。実際には、「保険は付くのか」「いつ再値付けされるのか」「その費用は誰が負担するのか」「安全上、運航判断が成立するのか」という連続した問題です。2026年3月の教訓は、保険料上昇を単なる金融コストとして見ると本質を外す、ということです。保険料は、地政学リスク、運航リスク、人命リスクが価格として表面化した数字にすぎません。ニュースの刺激的な見出しに反応するだけでなく、自社契約、サーチャージ条項、在庫方針、代替調達、保険手配の責任分界まで踏み込んで点検する企業ほど、今回の変動に強くなれます。 (LMA)

参照資料

  1. Lloyd’s Market Association, Current Position of Marine War Insurance Market, 2026年3月23日。 (LMA)
  2. Joint War Committee, JWLA-033, Hull War, Piracy, Terrorism and Related Perils Listed Areas, 2026年3月3日。 (LMA)
  3. International Union of Marine Insurance, Statement on marine war cover in the Persian Gulf and Red Sea, 2026年3月5日。 (IUMI)
  4. INTERTANKO, Members’ Briefing, 2026年3月17日。 (インタンク)
  5. IMO, Middle East emergency information and seafarer safety updates。 (国際海事機関)
  6. UNCTAD, Hormuz Strait disruption impact assessment, 2026年3月。 (UN Trade and Development (UNCTAD))
  7. Reuters, war-risk insurance premium surge coverage, 2026年3月6日。 (Reuters)
  8. Reuters, insurance market availability and DFC facility reporting, 2026年3月。 (Reuters)
  9. U.S. International Development Finance Corporation, maritime reinsurance facility announcement。 (DFC)
  10. Chubb, Gulf marine war risk insurance facility details。 (Chubb Corporate Newsroom)
  11. Joint Maritime Information Center, Strait of Hormuz risk advisories, 2026年3月。 (UKMTO)
  12. U.S. MARAD advisory for Persian Gulf, Strait of Hormuz and Gulf of Oman, 2026年3月。 (maritime.dot.gov)
  13. 経済産業省, ホルムズ海峡を巡る対応とエネルギー安定供給に関する発表, 2026年3月。 (エネーチョウ)

免責事項

本記事は2026年3月25日時点で確認できた公開情報に基づく一般的な情報提供であり、個別案件に対する法的助言、保険助言、投資助言、通関助言を行うものではありません。実際の保険付保条件、運送契約の解釈、航海判断、調達判断については、最新の保険証券、契約書、関係当局の公表、保険ブローカー、物流事業者、弁護士その他の専門家の助言に基づいて個別に判断してください。

 

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