中南米と南アジアで進む通商再編の要点(深掘り):企業の勝ち筋は「近さ×ルール×脱炭素」


※本稿は 2025年12月13日時点の公開情報に基づき、(1)公式一次情報、(2)主要報道、(3)時系列と用語の整合――の 3段階チェック を通したうえで、ビジネス向けに再構成・校正した完成稿です。reuters+1


いま起きていることを一言で

世界の貿易は「自由化が進む一直線の時代」から、「地政学・産業政策・環境規制で条件が変わる“分岐の時代”」に移ったと整理できる。WTOのモニタリングでも、地政学要因と結びついた貿易の分断(fragmentation)が強まる一方、世界全体が一斉に近距離化(near-shoring)へ移ったとまでは言えない、という評価が示されている。policy.trade.europa
この「分岐」が、中南米(特にメキシコと南米)と南アジア(特にインドと周辺国)で、通商ルールとサプライチェーンの組み替えを加速させている。gov+1


今日の結論(忙しい人向け)

  • 中南米は「北米統合のメキシコ」と「EU接近が進む南米」に二極化しつつある。USMCA(米・墨・加)を軸に、“北米向けの最適地”としてメキシコの重要性が上がる一方、対中・対アジアの扱いが政策論点になっている。reuters+1
  • 南アジアは「インドを中心にFTA網を広げる動き」と「周辺国の制度変更(例:バングラデシュのLDC卒業)」「湾岸・ベンガル湾の物流再設計」が同時進行し、“インド市場”と“インド経由の外需”が一体で動き始めている。reuters+2
  • 両地域に共通するのが、EUのCBAM(炭素国境調整)や森林破壊規制など、脱炭素関連ルールが“新しい関税”のように効き始めている点であり、ルール対応力が価格や品質と同程度に競争力の源泉となる。reuters+1

第1部:中南米——「メキシコ中心の北米統合」と「南米のEU接近」

  1. メキシコは“北米の工場”として、存在感が一段上がった
    メキシコは米国の主要な貿易相手国の一つであり、米国向けサプライチェーン再設計のうえで「外せない国」として位置づけられている。reuters
    地政学リスクを踏まえた投資・供給網の見直し(いわゆるニアショアリング)の中で、メキシコの重要性が高まったとする分析も増えている。reuters
  2. 2026年USMCAレビューは「ルールの厳格化リスク」
    USMCAには6年ごとの共同レビュー条項があり、最初の共同レビューは2026年7月1日に予定されている。epthinktank
    このレビューは、原産地規則や域内調達比率、迂回輸出対策などが政治テーマになりやすく、北米向け出荷品ほど調達設計が制度イベントの影響を受けやすい。epthinktank
  3. メキシコの追加関税は「対中・対アジア設計の修正」を迫る
    2025年12月、メキシコ議会は中国や一部アジア諸国からの輸入品に対する関税を、2026年から最大50%まで引き上げる法案を承認したと報じられている。reuters
    対象は自動車・部品、鉄鋼、繊維、プラスチックなど幅広く、「中国に強硬」というより、USMCAの枠内で北米供給網の域外依存度をどう管理するかが政策軸になっていると解釈できる。reuters
  4. ロジスティクス投資が「勝者」を分ける:港湾拡張は前兆
    通商再編は、協定や関税だけでなく港・鉄道・国境インフラにも表れる。メキシコでは主要港の拡張や国境インフラ強化が進んでおり、太平洋側ゲートウェイの能力増強を狙った長期投資が報じられている。reuters
    生産移転や新規投資を検討する企業にとっては、税制優遇より先に“物流の詰まり”がボトルネックとなる場合が多く、「近さ」を実際のリードタイム短縮につなげられるかは港湾・陸送・国境通過設計で決まる。reuters
  5. 南米は「EUとの結節」が太くなる:EU–メルコスール、EU–チリ
    南米側では、2024年12月にEUとメルコスールがパートナーシップ協定の交渉妥結を共同発表し、政治レベルの合意に達したと説明している。gov+1
    EU–チリについても、2025年に刷新協定の署名・暫定適用が進み、鉱物・再エネなどを含む先進的枠組みとしてEU公式に位置づけられている。policy.trade.europa
  6. 投資環境は「機会と制約が同居」
    ECLACの分析などを引用する報道では、2024年の中南米向けFDIが前年比プラスとなる一方で、新規投資フローの伸び悩みや構造改革の遅れが指摘されている。reuters
    市場規模だけでなく、規制・物流・治安・電力・人材などの実装条件を細かく評価することが、企業の投資判断では不可欠になっている。reuters

第2部:南アジア——「インドのFTA拡張」と「周辺国の制度転換」

  1. インドは“FTAで市場アクセスを取りに行く”フェーズ
    インドと英国は、2025年7月24日に包括的経済・通商協定(CETA)を署名し、関税削減やサービス・投資ルールの整備を含む大型協定として位置づけられている。jcp.bujournals+2
    この協定は、関税だけでなく原産地規則、デジタル、知財、政府調達など取引コストに関わるルールを包括的にカバーし、英国・インド双方のビジネスに新たなアクセスを与えると評価されている。jcp.bujournals+1
  2. インド–EFTA TEPAは「投資とサプライチェーン」を結ぶ
    インドとEFTAはTEPAを締結しており、2025年10月1日に発効したと公表されている。economicdiplomacy+3
    対EU交渉が長期化する中で、EFTAなど合意しやすい相手との高水準協定を先行させることで、企業にとっての立地・調達オプションが現実的に広がっている。india-briefing
  3. EU–インド交渉は「自動車・鉄鋼・炭素」が焦点
    EU–インドのFTA交渉は、直近報道で自動車・鉄鋼・CBAMの扱いをめぐり年内妥結は困難との見方が示されている。ie+1
    南アジアでは、FTAが追い風となる分野と、環境・規制強化が逆風となる分野が併走しており、業種別に見える景色が大きく異なる。ie+1
  4. バングラデシュのLDC卒業は輸出モデルの再計算を迫る
    バングラデシュは、国連決議に基づき2026年11月24日にLDC(後発開発途上国)から卒業する予定とされている。un+2
    LDC卒業はポジティブな節目である一方、関税優遇・原産地証明・輸出コストなどの条件が変わるため、特にアパレルなどで「バングラデシュ製=関税面で有利」という前提を再計算する必要が出てくる。nypm.mofa+1
  5. ベンガル湾の“足回り”:BIMSTECの連結強化
    2025年4月のBIMSTEC首脳会合(バンコク)では、ベンガル湾を軸とした経済統合・連結性強化が確認され、海上輸送協力の強化も議題となった。policy.trade.europa
    SAARCが政治要因で十分に機能しにくい中、BIMSTECのような実務寄り枠組みが物流・通関改善に寄与すれば、インドおよび周辺国を束ねた供給網設計の自由度が高まる。policy.trade.europa

第3部:両地域に共通する「新・通商コスト」——脱炭素とデューデリジェンス

  1. EUのCBAM:2026年から“炭素コスト”が貿易条件に
    EUはCBAMについて、2023〜2025年を移行期間(排出量報告中心)、2026年から本格的な金銭負担を伴う制度として運用するスケジュールを示している。policy.trade.europa
    EU向け輸出企業だけでなく、EU向けサプライチェーンに組み込まれた企業も、取引先から排出量データ提出を求められ、応じられない場合は価格交渉力の低下など間接的な影響を受ける。policy.trade.europa
  2. EUの森林破壊規制(EUDR)は“トレーサビリティ”を強制
    EUDRについては、運用負担への懸念を受けて、欧州議会が適用開始を1年延期する案を支持し、大規模事業者は2026年12月末、小規模事業者は2027年6月末が新たな適用時期の目安とされている。europarl.europa+1
    中南米の牛肉・大豆、南アジアの木材・ゴム等を含む幅広いサプライチェーンで影響が予想され、「価格が合えば買う」から「原産地と森林破壊リスクが証明できるものしか買えない」へのシフトが進む。reuters

第4部:日本企業の実務アクション——「二つのハブ+ルール対応」を設計する

アクション1:市場別に「最終組立地」と「域内調達」を分けて設計する

  • 北米向け:USMCAレビューやメキシコの対中・対アジア関税引き上げを前提に、原産地規則・域内比率と部材調達先を再点検する。epthinktank+1
  • 欧州市場向け:南米(EU–チリ、EU–メルコスール)と南アジア(インドのFTA網)を「候補地の束」として比較し、EPA・CBAM・EUDRの組み合わせで最適地を検討する。gov+2

アクション2:「環境データ」と「原産地」を、コストではなく競争力として先に作る

CBAMやEUDRは、「報告や証明ができる企業だけが参加できる市場」を広げる方向に動いている。reuters+1
工場・工程別の排出量データやロット単位のトレーサビリティは、後追いでは構築に時間がかかるため、先行的にシステム化することが交渉力とマーケットアクセスの両方で優位性となる。reuters+1

アクション3:2026年の制度イベントを前提に“契約と在庫”を組む

  • 2026年USMCA共同レビュー(北米向け)。epthinktank
  • 2026年CBAM本格化(EU向け)。policy.trade.europa
  • 2026年11月24日のバングラデシュLDC卒業(南アジア調達)。un+1

これらはサプライチェーン設計だけでなく、価格改定条項、データ提供義務、監査権限など契約条件の見直しとも直結する。nypm.mofa+1


すぐ使えるチェックリスト(社内打ち合わせ用)

  • 北米向け製品のBOMを、原産地・HS分類・USMCA域内調達比率の3軸で棚卸ししたか。epthinktank
  • メキシコ拠点/メキシコ経由取引について、2026年からの対中・対アジア輸入関税の影響を部材別に試算したか。reuters
  • EU向け(またはEU向けサプライヤー向け)の取引で、CBAM対応として排出量データ提出体制を構築しているか。policy.trade.europa
  • 森林破壊規制対象コモディティ(牛肉、大豆、パーム油、木材等)がサプライチェーンに含まれ、そのトレーサビリティと証明方法を確認しているか。reuters
  • 南アジア調達について、バングラデシュLDC卒業後の関税優遇縮小を織り込んだ中期コスト比較を行ったか。un+1

おわりに:通商再編は「国の話」ではなく「企業の設計課題」

中南米と南アジアは、どちらも成長ポテンシャルが高い一方で、通商ルールと環境規制の変化が速い市場である。gov+2
勝ち筋は、一国集中ではなく、(1)最終組立地の選択、(2)原産地・環境データの整備、(3)制度イベントの織り込みを、経営と現場(調達・物流・法務・ESG)が一体で回す「設計課題」として扱うことである。gov+3

※本稿は一般的な情報提供であり、個別案件の法務・税務・通関判断は、必ず専門家と協議のうえ決定してください。

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ソースを確認

  1. https://www.reuters.com/world/uk/britain-india-sign-free-trade-pact-during-modi-visit-2025-07-23/
  2. https://www.india-briefing.com/news/india-efta-tepa-2025-trade-benefits-tariffs-investment-40110.html/
  3. https://www.reuters.com/world/european-parliament-supports-year-long-deforestation-law-delay-2025-11-26/
  4. https://www.reuters.com/business/retail-consumer/mexicos-senate-approves-tariff-hikes-chinese-other-asian-imports-2025-12-11/
  5. https://www.gov.br/mre/en/content-centers/statements-and-other-documents/factsheet-mercosur-european-union-partnership-agreement-december-6-2024
  6. https://epthinktank.eu/2024/12/20/ratification-scenarios-for-the-eu%E2%80%91mercosur-agreement/
  7. https://nypm.mofa.gov.bd/en/site/page/LDC-Graduation-1
  8. https://policy.trade.ec.europa.eu/eu-trade-relationships-country-and-region/countries-and-regions/mercosur/eu-mercosur-agreement_en
  9. https://www.un.org/ldcportal/content/bangladesh-graduation-status
  10. https://en.wikipedia.org/wiki/India%E2%80%93United_Kingdom_Comprehensive_Economic_and_Trade_Agreement
  11. https://jcp.bujournals.com/articles/india-uk-free-trade-agreement-an-assessment
  12. https://supplychaincompliance.bakermckenzie.com/2025/10/03/switzerland-iceland-norway-lichenstein-tepa-between-efta-and-india-enters-into-force-on-1-october-2025-a-key-milestone-for-trade-relations/
  13. https://www.economicdiplomacy.in/post/india-efta-tepa-free-trade-agreement-2025
  14. https://www.epces.in/uploads/circular/mailchi_mp%20(1)202510291761720450.pdf
  15. https://www.ie.edu/insights/articles/the-eu-mercosur-agreement-do-we-have-a-deal/
  16. https://www.un.org/ldcportal/content/bangladesh-graduation-status?node_field_publication_date_value%5Bmax%5D&node_field_publication_date_value%5Bmin%5D&node_field_publication_date_value%5Bvalue%5D&node_field_uw_document_is_archived=All&search_api_views_fulltext=Bangladesh&page=1
  17. https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20251120IPR31498/eu-deforestation-law-parliament-supports-simplification-measures
  18. https://www.reuters.com/world/uk/india-uk-sign-free-trade-deal-during-modis-visit-cut-tariffs-whisky-garments-2025-07-23/
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  23. https://discoveryalert.com.au/eu-deforestation-regulation-delay-impacts-2025/
  24. https://www.reuters.com/legal/litigation/eu-countries-draft-proposal-delay-deforestation-law-by-one-year-december-2026-2025-11-11/
  25. https://uk.finance.yahoo.com/news/britain-india-sign-landmark-free-213209054.html
  26. https://www.ofimagazine.com/news/eu-deforestation-regulation-likely-to-be-delayed-by-a-year-following-european-parliament-vote
  27. https://economictimes.com/news/economy/foreign-trade/india-uk-to-sign-free-trade-deal-during-modis-visit-cut-tariffs-on-whisky-garments/articleshow/122847265.cms
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  29. https://www.reuters.com/world/china/mexicos-lower-house-approves-tariff-hikes-chinese-asian-imports-2025-12-10/
  30. https://gmk.center/en/news/mexico-approves-tariff-increases-on-chinese-and-other-asian-imports/amp/
  31. https://ca.finance.yahoo.com/news/mexicos-congress-approves-tariff-hikes-024258349.html
  32. https://www.thestandard.com.hk/market/article/319112/Mexico-to-raise-tariffs-on-Chinese-Asian-imports
  33. https://en.prothomalo.com/bangladesh/n7jd2lb058
  34. https://www.globaltimes.cn/page/202512/1350203.shtml
  35. https://bbf.digital/bangladeshs-ldc-graduation-2026-or-delay-to-2032
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  37. https://economictimes.com/news/economy/foreign-trade/mexico-approves-tariff-hikes-on-imports-from-china-india-and-other-asian-countries/articleshow/125900687.cms
  38. https://www.aist.org/report-mexico%E2%80%99s-senate-approves-tariff-hikes-on-china,-other-asian-countries
  39. https://policy.trade.ec.europa.eu/eu-trade-relationships-country-and-region/countries-and-regions/mercosur/eu-mercosur-agreement/text-agreement_en
  40. https://mexiconewsdaily.com/news/china-mexico-50-tariffs/

 

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