1. 232条関税とは何か ― トランプ2.0でどう変わった?
1-1. 232条の基本
- 根拠:1962年通商拡大法232条
- 目的:国家安全保障を理由とした特定品目への関税・輸入規制
- 特徴:
- 関税率・期間に上限なし
- 商務省(BIS)の調査で「安全保障を脅かす」と判断された場合にのみ発動(Bloomberg.com)
第1次トランプ政権(2018年)で、鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税が始まりましたが、当時は各国との交渉で適用除外やTRQ(無税枠)、製品除外制度が広く存在しました。(Reuters Japan)
第2次トランプ政権(2025年)はここを**「原則フル適用」へ振り切った**のが最大の違いです。
1-2. 2025年のざっくりタイムライン
主に鉄鋼・アルミに関する流れを整理すると:
- 2月10日:一律25%&例外の原則撤廃を宣言
- 鉄鋼・アルミに対し、全世界一律25%
- カナダ・メキシコ・ブラジルなどへの適用除外・無税枠・個別製品除外を原則撤回(Reuters Japan)
- 3月12日:25%体制が正式発効(Reuters Japan)
- 4月5日:全輸入に「相互関税(Reciprocal Tariff)」10%導入
- 根拠法は1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)
- 全輸入に一律10%のベースライン関税を課す枠組みがスタート(MIAC)
- 6月4日:鉄鋼・アルミ(+派生品)を原則50%へ引き上げ
- 232鉄鋼・アルミの税率が**25% → 50%**へ倍増
- 同時に、**派生品(機械・建機・家具など)**への適用ルールを整備
- 8月:派生品407品目を追加
- 風力タービン、モバイルクレーン、ブルドーザー、鉄道車両、家具、ポンプなどが新たに対象化
- 11月:232条は4分野体制に
JETROの整理では、2025年11月時点で232関税は以下の4分野:(JETRO)- 鉄鋼・アルミ・銅:50%
- 乗用車・トラック・同部品:25%
- 木材・木製品:10〜25%
- 上記に、相互関税10%やフェンタニル関税などが“別レイヤー”で乗る構造
見出しの「50%」は、**鉄鋼・アルミ・銅(とその派生品の金属部分)**にかかる232条関税を指している、と理解すると整理しやすくなります。
2. 25%から50%へ:制度設計のポイント
2-1. 25%フェーズ:例外の「総ざらい」
3月12日に発効した25%フェーズでは、従来の232の“抜け道”が一気に塞がれました。
- EU・日本・韓国・カナダ・メキシコ・英国などとの代替取決め/TRQ(無税枠)を一括終了
- 製品除外プロセス(BISへの個別申請)、一般承認除外(GAE)も停止
- 結果として、「鉄鋼・アルミは基本的に25%がフルにかかる」状態へ
ここでまず、「国別・製品別の柔らかい例外はほぼ消えた」という前提が固まりました。
2-2. 50%フェーズ:鉄鋼・アルミ・銅+派生品
6月4日の布告で、構図がさらに一段シフトします。
- 鉄鋼・アルミ本体:50%
- 従来25%だった232関税を50%へ倍増
- 232対象である限り、IEEPAの相互関税(10%)は同じ価額部分には重ねがけされない(優先順位上、232が優先)(JETRO)
- 銅:新たに50%
- 232の対象分野として銅も追加(50%)(JETRO)
- 派生品(完成品・部材):“金属部分だけ50%”方式
- BISの8月通知で、407のHTS品目が新たに対象に追加
- 例えば、「鉄を含む建設機械」「アルミを含む家具」「ポンプ・コンプレッサー」などが該当
- 課税ルールがポイントで、
- 鉄鋼・アルミ・銅を含む部分の価額 × 50%(232)
- 残りの非金属部分には相互関税10%など通常の関税
→ 232と相互関税を同じ価額に二重にかけない代わりに、価額を切り分けて別々に課税する設計です。
3. 「例外」はどこに残っているのか
見出しでは「例外」と書かれていますが、2025年の再設計を踏まえると、
「ザル抜けの特例」ではなく、「かなり条件の厳しい制度的例外」
に姿を変えた、と理解した方が現実に近いです。
3-1. 国別例外:ほぼ英国のみ
現時点で目立つ国別例外は**英国とのEPD(経済繁栄取引)**です。
- 鉄鋼・アルミについて、英国は25%に据え置き
- ただし、
- 7月9日以降、商務長官がTRQ設定または50%への引き上げを決定できる条項つき
- 定期的な見直しが明記されており、「恒久免除」ではない
一方、日本・EU・韓国・カナダ・メキシコ向けの従来TRQや代替取決めは停止済みで、国別に“きれいに免除される”ケースは極めて限定的です。
3-2. 品目別・制度別の例外
(1) 乗用車・同部品の「15%キャップ」
自動車分野の232関税(25%)は、一般税率との合計が15%を超えないように調整されるという特殊ルールがあります。(JETRO)
- 一般税率が15%未満:
→ 一般税率+232自動車関税 = 15%になるように課税 - 一般税率が15%以上:
→ 232自動車関税はゼロ(かからない)
例えば日本製乗用車バンパーの例(一般税率2.5%)では、
2.5%+12.5%(232)=15% という整理が示されています。(JETRO)
※中・大型トラック部品はこの15%キャップの対象外で、2.5%+25%=27.5%になる、という試算が紹介されています。
(2) 米国鋼材を使った場合の「0%」ルート
鉄鋼分野では、米国で溶解・注湯(Melt & Pour)された鋼材を海外で加工した派生品について、HTS 9903.81.92により**232関税0%**とする特例が設けられています。
- 実務上は、
- 米国内サプライヤーからの証明書
- メルト&ポアのISO国コード
- その鋼材が実際にどの製品に使われたかのトレーサビリティ
が求められ、かなり“証拠書類に強い”企業でないと使いこなせない優遇です。
(3) ロシア原産/原産国不明アルミの200%
- ロシア原産アルミニウムは200%の232追加関税が継続中
- 2025年6月以降は、「スモルト&キャスト国が不明なアルミ派生品」にも200%を適用する運用が始まりました。
これは「例外」というより、「情報が足りないと極端なペナルティが飛んでくる」ルールです。
3-3. 重複関税の「優先順序」と IEEPA との関係
232条と他の追加関税(相互関税10%やフェンタニル関税など)が重なる場合、
米国は2025年4月から**「どれを優先して適用するか」という優先順位ルール**を導入しています。(JETRO)
優先順位のイメージ(抜粋):
- 232自動車・トラック・同部品(25%)
- 232アルミ・鉄鋼・銅50%、232木材10〜25%
- フェンタニル関税(カナダ35%、メキシコ25%)
- その下にIEEPA相互関税10% 等
そしてポイントは、
「232条関税の対象となる価額部分には、IEEPA相互関税はかからない」
と整理されていることです。(JETRO)
ただし、派生品のように価額を「金属部分」と「非金属部分」に割って二行申告するケースでは、
- 金属部分 → 232の50%
- 非金属部分 → 一般税率+IEEPA相互関税10% など
という形で、同じ貨物の中で“別の行”に別々の制度が乗っているイメージになります。
4. 実務で直面する3つの現実
制度をなぞるだけでは、なぜ企業が苦しんでいるのかが見えません。
現場の声から見える「3つの現実」を整理します。
4-1. 二行申告と「含有価額」の地獄
CBPは、232派生品について**「二行申告(Two-line entry)」**を義務化しました。
- 第1行(非金属部分)
- 通常のHTSコード
- 「総価額 − 金属含有価額」
- 数量
- 一般税率+相互関税など
- 第2行(金属部分)
- 同じHTSコード
- 「金属含有価額」
- 数量は0(製品個数)
- 232用の追加HTS(9903.81.91等)+重量(kg)
ここでボトルネックになるのが、
「鉄鋼・アルミ・銅の『含有価額』をどう算定するか」
です。
JETROのヒアリングでも、「鉄の定義が条文上十分に明確でなく、自社で合理的にルールを決めて申告しているが、正確な算定は極めて難しい」という在米日系メーカーの声が紹介されています。(JETRO)
結果として、
- 社内BOMから金属重量・単価を引き出すシステム構築
- サプライヤーからの含有価額証明テンプレート配布
- 監査に備えた証跡管理
といった**「通関のためのデータ整備」自体が、大きなプロジェクト**になっています。
4-2. 通関コストとキャッシュフローへの直撃
JETROのレポートによれば、追加関税の多重化により、
- 関税額が従来の10〜15倍に膨らみ、
- 通関業者が一時立替するキャッシュが限界に近づいている
という声も出ています。(JETRO)
また、232はドローバック(再輸出時の関税払戻し)の対象外であり、FTZ(外国貿易地域)に搬入しても、消費引取のタイミングで232が課される運用です。
輸出前提なら「あとで戻るから」と割り切れていた関税が、完全なコスト化+キャッシュアウトとして効いてくる点は、財務的にも無視できません。
4-3. 契約・価格条項の更新が間に合わない
関税構造がここまで動的になると、販売価格や長期契約も作り直しが迫られます。グローバルSCMの専門家は、企業対応として以下を提案しています:
- サーチャージ条項の高度化
- 232(50%)、相互関税(10%)、対中関税、フェンタニル関税など
- 「どの組み合わせのときに価格式をどう変えるか」を契約に明文化
- イベントドリブン価格改定条項
- 例:
- 「BISが232対象品目を追加した場合」
- 「232税率または国別枠組みに変更があった場合」
- → 発生時に自動で再交渉・見直しが走る仕組み
- 例:
- 関税以外の“行政手続きコスト”の扱い
- 通関業務の工数増・システム投資・監査対応コストは
「原価に含めていいのか/別枠のフィーとするのか」 - JETROの調査では、これらのコストを販売価格に転嫁するのは困難との声も多い。(JETRO)
- 通関業務の工数増・システム投資・監査対応コストは
5. 日本企業が今すぐ整理すべき5つのアクション
最後に、ビジネスマン向けに「明日から何をするか」を5点に絞ります。
5-1. SKU単位で「232マップ」を作る
- 自社が扱う全SKUについて、
- どの232分野(鉄鋼・アルミ・銅/自動車/木材)に該当しうるか
- 派生品リスト407品目への該当有無
- 50%・25%・10〜25%のどのレイヤーが乗るか
を一覧化する。
- 特に、
- 鉄鋼・アルミ・銅を含む建機・産業機械・家具
- 自動車/トラック向け部品
は、**複数の232が重なりやすい“ホットスポット”**です。(JETRO)
5-2. BOMとサプライヤー証明を「232対応版」にアップグレード
- BOM上で最低限持つべき情報:
- 金属ごとの重量(kg)
- 金属部分の価額($/kg × kg)
- メルト&ポア/スモルト&キャスト国(ISOコード)
- ロシア由来有無
- サプライヤーには、
- 上記を記載するテンプレート証明書
- 原産国が不明なままだと200%関税になりうるリスク
をセットで説明し、「出さないと買わない」レベルのメッセージが必要です。
5-3. サプライチェーン再構築の“試算”だけは走らせる
- **米国鋼材+海外加工で0%(HTS 9903.81.92)**が使えるなら、
- 米国内鋼材調達 → USMCA域内加工 → 米国最終組立
のようなモデルで、232リスクを構造的に抑えられます。
- 米国内鋼材調達 → USMCA域内加工 → 米国最終組立
- 実際、日本製鉄によるU.S. Steel買収のように、
「米国内生産体制を取りにいく」動きはすでに現実になっています。
すぐ投資はしないとしても、
「現行サプライチェーン vs US/USMCAローカル化案」のN年後NPV比較
だけは、財務と一緒に走らせておく価値があります。
5-4. 契約・価格式を「トランプ関税2.0」仕様にする
- 新規契約:
- 232・相互関税・301条関税・フェンタニル関税など
- どの税が変わったら価格をどう変えるかを条文化
- 既存長期契約:
- 「force majeure」や「hardship」だけでは232のような税制変動には弱いケースが多いので、
- 相手先と協議し、“関税条項だけ”をアップデートする交渉を検討
5-5. 社内に「関税タスクフォース」をつくる
- メンバー:
- SCM/調達
- 通関・貿易実務
- 経理・財務
- 事業部(営業・プロダクト)
- 法務・コーポレート
- 役割:
- SKUごとの232リスク台帳を維持
- 新しい232発動や派生品追加が出るたびに、影響シミュレーション
- 価格・契約・サプライチェーンに落とし込む「社内ハブ」になる
おわりに:50%という“数字”だけを見ない
232関税50%という数字は確かにインパクトがあります。
しかし、ビジネスにとって本当に重要なのは、
- 25%から50%に上がったことそのものより、
- 「例外」がほぼ制度化され、条件の厳しいルールに変わったこと
- 232・相互関税・その他追加関税が“レイヤー構造”で重なるようになったこと
です。
特に日本企業にとっては、
- 「うちは完成品だから232は関係ない」
- 「これまで免除だったから今回も大丈夫」
といった感覚は、ほぼ通用しなくなっていると考えた方が安全です。