サプライチェーン設計と関税最適化の新しい常識
サプライチェーンが多国間にまたがるほど、FTAの原産地規則は「使えるのに使えない」状態に陥りがちです 。そこで重要になるのが累積(cumulation, accumulation)です。累積は、複数国に分散した調達や加工を「ひとつの経済圏のもの」として扱えるようにし、原産性を満たしやすくします 。近年は、この累積が各地域でアップデートされています。mag.wcoomd
ポイントは、単に累積があるかどうかではなく、どの範囲まで足せるのか、どの国同士で使えるのか、いつから適用か、証明実務はどう変わるか、です。
累積とは何か
累積は一言で言えば「原産性の合算ルール」です。ただし、中身は複数の型があります。ビジネスでは、次の違いがコストに直結します。
双方累積(Bilateral Cumulation)
協定当事国同士で、相手国産の原産材料を自国産として扱える基本的な累積です 。mag.wcoomd
対角累積(Diagonal Cumulation)
同一の原産地ルールが連結する複数のFTAネットワーク内で、第三国の原産材料も合算できます。代表例が欧州周辺のPEM(Pan-Euro-Mediterranean)です 。taxation-customs.europa
全累積(Full Cumulation)
最も踏み込んだ形態で、最終的に原産材料になり切っていない中間材でも、域内で行った加工や付加価値の一部を積み上げて原産性に寄与させます 。WCOも、累積が貿易やバリューチェーンに影響する重要要素であると整理しています。aanzfta.asean
この「どこまで足せるか」が、地域別の実務差になります。
アジア太平洋
RCEP:域内原産材料の横断利用と将来の拡張検討
RCEPは双方累積規定を持ち、ある締約国で原産と認められる材料を別の締約国の生産に使った場合、最終加工国の原産として扱える設計です 。mag.wcoomd
加えて、重要なのは将来の拡張レビュー条項です。RCEPは、全署名国に発効した日から累積の適用範囲を「域内で行われた生産や付加価値全体」まで広げること(全累積)を検討するレビューを開始し、開始から5年以内に結論を出すと定めています 。RCEPは2022年1月に発効しているため、このレビューは既に進行中です 。aric.adb+1
実務上の示唆は明確です。部材調達をRCEP域内に寄せ、加工工程を分散しても、将来的には原産判定を一本の枠組みで整理できる余地が広がります 。mag.wcoomd
ASEAN域内(ATIGA):部分累積を明文化
ATIGAは「域内原産材料の合算」に加え、材料のRVCが40%に満たない場合でも、20%以上の実質域内価値があれば比例配分で累積できる仕組み(部分累積、Partial Cumulation)を置いています 。wtocenter
これは、サプライヤーが完全な原産材料を作れない場合でも、一定の域内加工があるなら原産判定に寄与させられる、という実務救済策です 。wtocenter
AANZFTA:全累積を制度として拡張、参加国の扱いに注意
AANZFTAの第2改正議定書は2025年4月21日に発効し、全累積(Full Cumulation)の運用ガイドラインが整備されました 。全累積では、参加国(Participating Party)間で、非原産材料に対する域内の加工や付加価値までRVC計算に取り込む考え方が明確化されています 。aanzfta.asean
重要なのは運用の複雑性です。全累積規定は発効から180日後(2025年10月頃)に適用開始となりますが、当事国は参加国(PP)と非参加国(NPP)に分かれます 。デフォルトでは全当事国が参加国ですが、発効後120日以内にオプトアウト(不参加通知)が可能で、後日オプトイン(参加通知後180日で適用)もできる設計です 。aanzfta.asean
さらに、第2議定書自体は批准した当事国間でのみ適用され、未批准国とは旧枠組みが残る、という並走期間が生じます 。ここを取り違えると、同じAANZFTAでも取引相手国によって累積の効き方が変わり、原産判定が崩れます。mfat
CPTPP:加入拡大で累積の地理が広がるが、発効相手の見極めが必須
英国は2024年12月15日にCPTPPに加入しました 。英国の加入は、累積できる供給網の地理を拡大させる材料です。ただし、英国と各締約国の間で協定が発効して初めて、累積を含む協定効果が使えます 。gov
2025年12月末時点で、英国はカナダとメキシコがまだ批准していないため、この2国との間ではCPTPPを使えません 。各国との発効は批准通知の寄託から60日後に適用、という枠組みです 。business+1
欧州・地中海
PEM:対角累積の本丸が、2025年にルール刷新と移行措置
PEMは、EUやEFTA、トルコ、地中海沿岸諸国などが、同一ルールのFTAネットワークを通じて対角累積を適用できる仕組みです 。taxation-customs.europa
2025年において最も重要なのは、ルール改正に伴う移行措置です。2025年1月から改正ルール(2023年版)が動く一方、2025年12月末まで旧ルール(2012年版)と新ルール(2023年版)が並行適用され、事業者が供給網に応じて選択できる移行措置が用意されています 。carina.gov+1
つまり、同じPEM圏でも、相手国やプロトコル改正状況によって「使える累積の組み合わせ」が変動し得ます 。PEMは従来から「変動幾何(Variable Geometry)」(全当事者間にFTAと同一ルールが揃うことが条件)という前提があるため、適用可否は必ずマトリクスで確認する運用が現実的です 。carina.gov+1
北米
USMCA:累積を「材料」だけでなく「工程」にも広げる発想
USMCAの累積規定は、締約国域内の生産であれば、複数国にまたがる生産でも原産になり得ることを前提にしています 。ghy
さらに重要なのは、非原産材料に対して締約国内で行った生産が、その材料自体を原産化するほど十分でなくても、最終製品の原産性に寄与し得る、という規定です 。米国CBPは、複数階層のサプライヤーにおける域内付加価値を累積的に取り込むことを明確に認めています 。customsmobile+1
自動車などの厳しいPSRがある分野では、累積は「設計と調達の自由度」を作る一方、証憑とトレーサビリティの要求も強くなります 。ghy
アフリカ
AfCFTA:大陸単一市場を前提に、累積を制度の中核へ
AfCFTAの原産地実務では、締約国を単一領域として扱うことが累積の基本要件とされ、累積が地域バリューチェーン形成の核として位置づけられています。
一方で、タリフライン全体のうち原産地規則交渉がどこまで合意済みかは実務に影響します。2025年5月時点で原産地規則は約92%のタリフラインで合意済みとされ、残り8%は自動車と繊維分野です 。最終的な完了は2026年2月が見込まれています 。thedtic+1
運用面では、WCOがAfCFTA事務局やCOMESAと連携し、累積適用の能力構築を目的とするワークショップを実施しています。制度だけでなく、税関と企業の運用力を揃えにいくフェーズに入っている、という見方ができます。
企業が今すぐやるべき実務チェックリスト
累積は使えば得ですが、間違えると否認リスクを増幅させます。着地は次の5点です。
1. 対象ルートの累積タイプを特定する
双方累積か、部分累積か、対角累積か、全累積か。協定本文と運用ガイダンスで言葉を合わせる 。wtocenter+1
2. 適用バージョンと適用相手を確定する
PEMは移行期間で旧新が並走します 。AANZFTAは第1議定書と第2議定書が並走し得ます 。CPTPPは英国との発効相手が限定されます 。gov+2
3. 原産判定ロジックをサプライチェーン図に落とす
RVCで行くかCTCで行くか。累積で足せる要素は何か。PSRとコスト情報の粒度を先に決める 。aanzfta.asean
4. サプライヤー情報の取り方を累積仕様に変える
部分累積や全累積では、単なる原産宣言だけでなく、域内価値や工程情報が必要になる局面が増えます 。wtocenter+1
5. 税関検認に耐える証憑設計にする
証明書、自己申告、サプライヤー申告、計算根拠、工程記録を、協定の記録保存要件に合わせて束ねる 。ghy
まとめ
累積の進展は、「どの国で最終組立するか」だけの話ではありません。どこで何を加工し、どの情報をサプライチェーン全体から集めるか、という経営テーマに直結します 。mag.wcoomd
地域別に見ると、RCEPは域内調達を後押しし将来の全累積レビューが進行中 、ATIGAは部分累積で域内加工を促進 、AANZFTAは全累積で域内付加価値の取り込みを広げ 、PEMはルール刷新と移行措置で運用が複雑化し 、USMCAは工程寄与まで視野に入れ 、AfCFTAは制度と運用力の両輪で整備が進んでいます 。kohantextilejournal+7

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- https://mag.wcoomd.org/magazine/wco-news-96/rcep-from-a-customs-perspective/
- https://taxation-customs.ec.europa.eu/customs/international-affairs/pan-euro-mediterranean-cumulation-and-pem-convention_en
- https://aanzfta.asean.org/uploads/2025/05/Full%20Cumulation%20Guidelines_Approved%20by%20FJC%2014May2025.pdf
- https://aric.adb.org/pdf/rcipod/episode_33/RCI-POD%20presentation.pdf
- https://worldjpn.net/documents/texts/docs/20201115.T1E.html
- https://web.wtocenter.org.tw/file/PageFile/399049/WTREG457-3R1.pdf
- https://www.mfat.govt.nz/assets/Trade-agreements/AANZFTA/AANZFTA-upgrade-National-Interest-Analysis.pdf
- https://www.gov.uk/government/collections/the-uk-and-the-comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnershipcptpp
- https://www.business.gov.uk/campaigns/CPTPP/
- https://carina.gov.hr/UserDocsImages/dokumenti/CTVP/PEM-transitional%20provisions-Guidance.pdf
- https://www.ghy.com/trade-compliance/cbp-ruling-allows-accumulation-of-costs-from-non-originating-materials-for-usmca-rvc-calculation/
- https://www.customsmobile.com/rulings/docview?doc_id=HQ+H316279&highlight=category%3AOrigin%2C+USMCA
- https://www.thedtic.gov.za/wp-content/uploads/Status-Trade-Relations-Negotiations-1.pdf
- https://kohantextilejournal.com/afcfta-rules-of-origin-2025/
- https://wtocenter.vn/file/18735/rcep%E7%94%B5%E5%AD%90%E6%8C%87%E5%8D%97chapter-2-.pdf
- https://www.ccpit.org/image/1471417058234224641/6a028ec653df4499b24b5bdf5d6ace9f.pdf
- https://merics.org/en/comment/chinas-participation-rcep-has-implications-europe
- https://www.abf.gov.au/free-trade-agreements/files/RCEP-rules-of-origin.pdf
- https://www.kanzei.or.jp/sites/default/files/pdfs/report/roocom_020300.pdf
- https://www.aseanbriefing.com/news/what-the-aanzfta-second-protocol-means-for-asean-trade/
- https://www.toll.no/en/services/regulations/trade-agreement-and-conventions/free-trade-agreements/convention-on-origin
- https://www.pwc.ch/en/insights/custom-ised/revised-pem-convention.html
- https://www.customssupport.com/pan-euro-mediterranean-pem-2025/
- https://www.gov.uk/government/news/uk-to-join-cptpp-by-15-december
- https://taxation-customs.ec.europa.eu/document/download/7c0d883d-4660-42c6-97b5-dc80da247b6f_en?filename=Guidance-transitional-provisions.pdf
- https://en.wikipedia.org/wiki/Accession_of_the_United_Kingdom_to_CPTPP
- https://www.customs-declarations.uk/uk-accession-to-the-comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-cptpp-a-complete-guide/
- https://www.parl.ca/DocumentViewer/en/45-1/bill/C-13/first-reading
- https://search.open.canada.ca/qpnotes/record/aafc-aac,AAFC-2025-QP-00017
- https://www.international.gc.ca/trade-commerce/trade-agreements-accords-commerciaux/agr-acc/cptpp-ptpgp/backgrounder_commission-document_information_commission.aspx?lang=eng