北米・中南米でいま、「USMCA再検証」と「関税再編」が同時進行しており、自動車・部品を含む製造業サプライチェーンにとっては、2030年代まで影響し得る大きな転換点になりつつあります。
ここでは、日本のビジネスマン向けに、なにが起きているのか/何がリスクか/いま何を準備すべきかを整理します。
1. USMCA再検証:2026年レビューと「サンセット条項」の正体
1-1. 2026年の「共同見直し」と2036年サンセット
USMCAは、16年の有効期間+6年ごとの見直しという仕組みを持つ協定です。
- 発効:2020年7月1日
- 初回の「共同見直し(joint review)」:2026年7月1日
- 協定の有効期限:2036年7月1日(発効16年後) (CSIS)
USMCA第34.7条では:
- 2026年レビューで、3か国が「延長したい」と書面で確認すれば、そこからさらに16年間延長(2036→2052年) (whitecase.com)
- 逆に、2026年で延長意思がそろわない場合:
- 協定自体は2036年までは継続
- その間、毎年レビューを続ける義務があり、いずれかのタイミングで3か国が延長に合意すれば、その時点から再度16年延長 (Steptoe)
つまり、「2026年にUSMCAがいきなり終わる」わけではありません。ただし、2026年のレビュー結果次第で「2036年以降のルール」が見えなくなる可能性があり、これは長期投資・拠点戦略にとって大きな不確実性となります。
1-2. 2026年レビューで議論になりそうな論点
各種専門家レポートを見ると、以下の論点が焦点になると見られています。(CSIS)
- 自動車・部品の原産地規則(ROO)と域内含有率
- エンジン、トランスミッション、バッテリーなど主要部品の「地域価額含有率(RVC)」要件は、既に高水準。
- OEM・部品メーカーからは「コスト負担が大きい」「サプライヤーの選択肢が狭まる」との声も強い。
- 一方で、米国側は「さらなる国内回帰」「対中国依存低減」を重視しており、より厳格化を求める可能性も。
- 労働・環境・強制労働条項の運用強化
- 労働章の急速な適用(特にメキシコの工場)や、強制労働関連の輸入制限は、サプライチェーン全体にコンプライアンスコストを上乗せ。
- 2026年レビューでは、通報制度の拡充や対象産業の拡大が議論される可能性。
- デジタル貿易・サービスルールのアップデート
- データローカライゼーション、AI・クラウドサービスを巡る規律強化。
- 物流・サプライチェーンのデジタル化が進む中で、関税だけでなく“非関税ルール”の変更リスクも増大。
1-3. 日系企業にとっての具体的リスク
自動車・部品メーカーを中心に、日系企業が直面し得る主なリスクは次の通りです。
- 長期投資の「回収期間」とUSMCAのタイムラインのズレ
- EV工場やギガファクトリーなど、投資回収期間が10〜15年に及ぶ案件では、
「2036年までのルールは見えているが、その先は見えない」という状態が続く可能性。 - 2026年レビューで延長の方向感が見えない場合、**北米投資の意思決定に“割増しリスクプレミアム”**が必要になる。
- EV工場やギガファクトリーなど、投資回収期間が10〜15年に及ぶ案件では、
- ルール変更に伴う“原産地証明のやり直し”リスク
- 原産地規則が改定された場合、調達BOM・工程表・サプライヤー宣誓書の全面見直しが発生。
- 「メキシコ組立→米国輸出」のモデルなどは、USMCAの適用可否が価格競争力を左右するため、ちょっとしたルール変更でもマージンに大きく響く。
- “政治リスク”としてのUSMCA
- サンセット条項は、実務的には「定期的に再交渉が起こり得る」ことを意味し、
米国大統領選・議会構成次第でトーンが変わる、政治変動に直結する貿易枠組みになっている。 - 投資委員会向け説明や社内稟議では、「関税リスク」だけでなく、
“USMCA再交渉リスク”を明示しておくことが求められるフェーズに入っています。
- サンセット条項は、実務的には「定期的に再交渉が起こり得る」ことを意味し、
2. 中南米「関税再編」:メキシコ・ブラジルを中心に何が変わるか
2-1. メキシコ:非FTA国向け自動車関税最大50%案と1,400品目の増税
メキシコ政府は、2026年経済パッケージの一環として、
FTAを締結していない国(中国・インド・一部アジア諸国など)からの輸入品に対する大幅な関税引き上げ案を提示しました。(Reuters)
主なポイント:
- 自動車(完成車)
- 非FTA国からの乗用車輸入関税を、現行レベルから**最大50%**まで引き上げる案。
- 対象には中国車が事実上含まれ、米国からの圧力に応えた“対中けん制”と解釈されている。
- 約1,400〜1,463品目の輸入品
- 鉄鋼、繊維、電子機器、自動車部品など広範な品目で、最大35%(一部50%)までの関税引き上げを可能にする法改正案。(The Journal Record)
- 中国商務省はこれに反発し、「メキシコの対中輸入抑制策」として強く批判。(中国商務部)
実務的な読み方:
- メキシコは、USMCAの枠内で「対中輸入を絞る」ことで、対米交渉のカードを増やしているとも言えます。
- 非FTA国からメキシコに直接輸出する完成車・部品ビジネスは、価格競争力を一気に失う可能性が高い。
- 一方で、日墨EPA・日メキシコFTAを持つ日本企業にとっては、相対的な優位性が高まるシナリオもあり得る。
2-2. ブラジル:EV・自動車を中心とした関税見直し
ブラジルでは、EVやハイブリッド車の輸入関税に関する見直しが進んでいます。
- 現行:
- HEV:28%、BEV:25%(CKD/SKDも完成車と同率)(Argus Media)
- 方針:
- 2027年1月までに、HEV/BEVともに輸入関税を35%に統一・引き上げ
- 一部のCKD/SKD向けに、上限額付きの免税枠を設定する動きも報じられている。(electrive.com)
加えて、ブラジル政府はインフレ抑制策として一部の基礎食品の輸入関税を撤廃しており、
**「消費者物価対策としての減税」と「産業保護としての増税」が並走している」のが特徴です。(フィナンシャル・タイムズ)
2-3. なぜ中南米の関税がここまで動いているのか
背景には、以下の3つの要因が絡み合っています。
- 中国からの輸出攻勢への警戒
- 中国は国内EVシフトにより余剰となったガソリン車を、ラテンアメリカ・東欧・東南アジアなどへ大量輸出しているとの報道。(Reuters)
- メキシコやブラジルは、この“安価な中国車の洪水”から国内産業を守るべく、関税引き上げで対応。
- 米国との関係と「対中包囲網」への参加圧力
- 米国は自国の関税政策に加え、同盟国・近隣国にも対中依存低減を求める方向。
- メキシコの関税引き上げ案は、**USMCAパートナーとしての“同調アピール”**という側面も持つ。
- 財政・産業政策としての関税
- インフレ対応で一部食品関税を下げる一方、自動車・鉄鋼などで関税を引き上げ、
財政収入と雇用維持を両立させたいという各国共通の思惑がある。
- インフレ対応で一部食品関税を下げる一方、自動車・鉄鋼などで関税を引き上げ、
3. 北米×中南米をどう見るか:日本企業の視点
3-1. 3つの時間軸で整理する
- 短期(〜2026年)
- メキシコの関税引き上げ法案がいつ・どの水準で成立するか。
- USMCA 2026年レビューに向けた各国のポジション取り。
- → 「現行案件の採算への影響」と「新規案件の条件見直し」が論点。
- 中期(2027〜2030年)
- メキシコの新関税水準が定着し、非FTA国→メキシコ輸出モデルが縮小。
- ブラジルEV関税の引き上げが、域内生産・現地投資の誘因として働く可能性。
- → 「どの国をハブに中南米をカバーするか」という拠点戦略の再設計が必要。
- 長期(2030〜2036年)
- 2036年USMCAサンセットが、もう一度「延長か、条件付き延長か」という議論を呼ぶ。
- → いま仕込む投資が、「2036年以降もUSMCA前提で続くのか」を常にチェックする必要。
3-2. 実務として今すぐやっておきたいチェックリスト
① HSコード+関税率マッピングの見直し
- メキシコ向け主要製品について:
- HSコード(少なくとも4桁〜6桁レベル)ごとに、
- 現行MFN関税
- FTA適用後の税率(日本・EU・USMCAなど)
- 2026年以降に想定される新税率(案ベース)
を一覧にしておく。
- HSコード(少なくとも4桁〜6桁レベル)ごとに、
- 中南米各国向けの**「関税影響シミュレーション用Excel」**を社内標準フォーマット化すると、社内説明が楽になります。
② サプライチェーンの“北米依存度”と“メキシコゲートウェイ依存度”の棚卸し
- どの製品が「メキシコ経由で北米・中南米に出ているか」を可視化。
- 特に、
- 中国・ASEAN原産の部材を使い、メキシコで組立→北米/ラ米に輸出
といったスキームは、USMCAレビュー+メキシコ関税引き上げの両方の影響を受けるゾーン。
- 中国・ASEAN原産の部材を使い、メキシコで組立→北米/ラ米に輸出
③ 契約条件への「関税変動条項」の織り込み
- 2026年USMCAレビューやメキシコ関税改正に備え、
- 「関税率がX%以上変動した場合、価格調整協議を行う」
- 「FTA/EPA適用不可となった場合の責任分担」
などを、長期供給契約にあらかじめ盛り込んでおく。
④ 社内ガバナンス:通商・法務・事業の連携体制
- USMCA再検証や中南米関税再編は、単なる通関現場の問題ではなく、事業戦略レベルのテーマ。
- 通商担当だけでなく、
- 経営企画
- 海外事業統括
- 法務・リスク管理
を巻き込んだクロスファンクショナルチームでモニタリングする体制を作る価値があります。
4. まとめ:北米と中南米は「別々」ではなく一体で見るフェーズへ
- USMCA 2026年レビューは、2036年サンセットを見据えた「長期ルールの入り口」を決めるプロセス。
- メキシコ・ブラジルを中心とする中南米関税再編は、対中輸出攻勢・米国との関係・国内雇用保護という複数の思惑が交錯しながら進行中。
- 日本企業にとっては、
- 「北米=USMCA」「中南米=個別FTA」という従来の見方から、
- **「北米(USMCA)+中南米(メキシコ・ブラジル・周辺国)の一体サプライチェーン設計」**へと発想を切り替えるタイミングに来ています。
いまのうちに、HSコード・原産地規則・関税シナリオを整理し、「もしUSMCA条件がこう変わったら/メキシコ関税がこの水準まで上がったら」というシミュレーションを回しておくことで、2026年以降の不確実性に対しても、社内で納得感のある意思決定ができるようになるはずです。
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