カナダ「鋼材派生品」へ一律25%追加関税が発効──“素材”から“完成品・部材”へ広がる新リスク(2025/12/26施行)


2025年12月26日、カナダは鋼材そのものではなく、鋼材を多用する「鋼材派生品(Steel Derivative Goods)」の一部について、輸入時に一律25%の追加関税(surtax)を課し始めました。 対象は米国や中国など特定国に限られず「全ての国」からの輸入であり、建設・エネルギー案件(風力タワー、橋梁、プレハブ建築ユニット等)のほか、工業用途で広く用いられるワイヤー/チェーン/ファスナー(ねじ・ボルト等)、さらには金属フレーム椅子・金属家具・建物用金物にまで及びます(一部の風力タワーは地域限定の除外あり)。


要点サマリー(実務でまず押さえる4点)

国名税率・内容出所備考
カナダ25%(追加関税 / surtax)Steel Derivative Goods Surtax Order政令スケジュールに列挙された「鋼材派生品」が対象
カナダ25%(課税ベースは通関価額全額)Steel Derivative Goods Surtax OrderCustoms Act 47〜55条に基づく value for duty に対し 25%を課税
カナダ2025年12月26日施行Steel Derivative Goods Surtax Order施行日当日に「輸送中(in transit)」の貨物は適用除外
カナダ例外・猶予あり(自動車・航空宇宙などは 2026/7/1 まで一部除外)Finance Canada 公表リスト既存サーチャージ対象品は原則「二重課税」しない設計

1) 何が変わったのか:今回の追加関税の「設計」

今回の措置は、閣議決定(Order in Council)に基づく Steel Derivative Goods Surtax Order であり、スケジュール(品目リスト)に該当する輸入品に対し、通関価額(value for duty)に対して一律 25% の surtax を課すものです。 ここでいう value for duty は、Customs Act 47〜55条に基づく価額決定ルールに従って算出される通関価額であり、追加関税はその全額を課税ベースとします。

ここで重要なのは次の2点です。

  • 「鋼材含有量」ではなく、製品の通関価額 全額 に 25%を乗せる設計
    → 価格インパクトを過小評価しやすく、DPU/DDP 等の契約条件や見積りを再点検する必要があります。
  • Chapter 99(カナダの特別措置用コード)に付け替えても回避できない構造
    → Chapter 99 のタリフ・アイテムで申告した場合でも、もとの分類がスケジュール掲載のタリフ・アイテムに該当すれば surtax 対象とされます。

2) 対象はどこまで広い?──“完成品・部材”に刺さる品目群

対象は、Finance Canada が公表した「タリフ・アイテム(HS)」指定により決まり、説明文はあくまで参考情報であり、最終的な範囲はタリフ・アイテム自体によって確定します。 代表的な品目を、ビジネスインパクトが出やすい順に整理すると次の通りです。

(A) 建設・インフラ・エネルギー(案件単位で金額が大きい)

  • 構造物・部材(橋梁、塔、ドア/窓枠等):7308.10/20/30/90
  • プレハブ建築(鋼製モジュール含む):9406.20 ほか

(B) “地味に効く”製造業の定番(コスト転嫁が難しい)

  • ストランドワイヤー/ロープ/ケーブル:7312
  • 有刺鉄線・フェンス類、金網・ネット:7313、7314
  • チェーン類:7315
  • くぎ・ねじ・ボルト・ナット・ワッシャー:7317、7318

(C) 家具・建材・部品(完成品側に波及)

  • 金属フレームの椅子:9401.71/79
  • オフィス用金属家具、家具部品:9403.10、9403.99
  • 建物用金物(取付金具等):8302.41.90

注意点として、リストには「プラスチック製建具(3925.20)」のように、一見すると鉄鋼製品に見えない分類も含まれているため、先入観で除外せず、HS ベースで網羅的に洗い出すことが重要です。


3) 例外・猶予(ここを外すと“余計に払う”)

公表されている主な適用除外・猶予は次の通りであり、実務上は用途・期間を裏づける証憑をどこまで整備できるかがカギになります。

  • 既に他のサーチャージ対象の品(例:China Surtax Order 2024、United States Surtax Order (Steel and Aluminum 2025) 等)
    → 原則として「二重課税しない」設計。
  • Chapter 98(特別分類)は対象外
    → Chapter 98 のタリフ・アイテムに分類される貨物は、他のタリフ・アイテムに該当していても surtax を課さない。
  • 自動車(車両・シャシ・部品/付属品)向け用途:2026年7月1日以前の輸入は除外
  • 航空機・宇宙(航空機・地上飛行訓練機・宇宙機等)向け用途:2026年7月1日以前の輸入は除外
  • 特定の風力タワー(7308.20.00):オンタリオ–マニトバ境界以西のエネルギー案件向けは除外
  • 施行日(2025/12/26)時点で「輸送中(in transit)」の貨物は除外

さらに、国内での調達が困難な場合など、例外的事情によりカナダ経済への深刻な悪影響が見込まれるケースでは、関税免除(remission)申請を個別に審査するとされています。 完全な「ゼロ回答」ではなく、救済の可能性を残す制度設計といえます。


4) なぜ今「派生品」なのか:背景は“迂回流入”と内需防衛

カナダ政府は、米国による鉄鋼・アルミ関税や中国などへのサーチャージの影響で、鋼材が第三国・派生品ルートを通じてカナダ市場に流入するリスクを強く意識しており、国内産業保護とグリーン投資推進を目的とした新パッケージの一環として鋼材派生品への 25% 関税を導入しました。 その中には、輸入管理の強化、TRQ 見直し、国境でのコンプライアンス強化など複数の措置が含まれています。

当局側の問題意識として、「鋼材そのもの」への規制だけでは、完成品・部材に形を変えた輸入を十分に抑えられない点が強調されています。 そのため、今回のリストは、構造物・ファスナー・ワイヤー・家具・プレハブ等のいわゆる「下流製品」をピンポイントで対象にした設計になっています。


5) 日本企業(輸出・現法)へのインパクト:どこが痛いか

影響①:見積りが“25%上振れ”しやすい(しかも全額課税)

カナダ向けにねじ・ボルト・金属フレーム椅子・プレハブユニット等を輸出している場合、輸入者側コストを通じて 25% の追加負担がストレートに効いてきます。 契約条件が DDP など輸入関税を輸出側が負担するスキームの場合、日本側が追加コストを吸収せざるを得ないケースも想定されます。

影響②:建設・再エネ案件で「コスト+納期」両面の変動

風力発電や大型インフラ案件のように、対象 HS の部材単価・数量が大きいプロジェクトでは、総コストへの影響が顕著になります。 一方で、特定地域向け風力タワー等の例外もあるため、案件所在地・用途・設置条件を証明できるかどうかが、プロジェクト単位での差別化要素になります。

影響③:取締り強化で「分類・原産地・用途」が監査点に

政府は、カナダ国境サービス庁(CBSA)に専任のコンプライアンス体制を設け、虚偽申告の検知・是正を強化する方針を打ち出しています。 これまでグレーな運用でしのいでいた企業ほど、事後の更正(B2 更正)や追徴課税リスクが高まることが想定されます。


6) すぐやる実務チェックリスト(現場が動きやすい順)

  • 品目の当たりを付ける(HS/タリフ・アイテム照合)
    → 7308/7312/7317/7318/9406 あたりが出てきたら「要注意」としてスケジュールと突き合わせる。
  • 例外該当性(用途・期限・輸送中)を棚卸し
    → 自動車・航空宇宙用途は「2026/7/1 以前の輸入」が条件であり、発注書・製造指図書・用途宣誓書・BOM 等で裏づけが必要。
  • 通関価額(value for duty)を再点検
    → 25%は「価額全体」に乗るため、移転価格ポリシーやロイヤルティなど加算要素の取り扱いの違いが関税負担に直結します。
  • 契約(インコタームズ)・価格条項を確認
    → Duty 負担者・価格改定条項・関税変動条項がない取引は、短期的にトラブルに発展しやすい。
  • 代替調達・仕様変更(ねじ/ワイヤー/家具/プレハブ)を検討
    → 「カナダ国内製」への置き換えを促すインセンティブ設計である点を踏まえ、競合が動き出す前にサプライチェーン再編を検討。
  • 顧客(カナダ輸入者)と「誰が申告・誰が立証」するか決める
    → 例外適用は、最終的に証憑を整理・提出できる当事者が有利になるため、責任分担をあらかじめ明確化。
  • リスト更新のモニタリング運用を作る
    → 政府はリスト更新の可能性を示唆しており、更新頻度が上がるほど属人的チェックでは限界があるため、定期的なモニタリング体制を仕組み化する必要があります。

7) まとめ:今回の本質は「カナダ向け完成品の関税リスクが一段上がった」こと

2025年12月26日以降、カナダは鋼材「派生品」に対し、一律 25% の追加関税を全世界からの輸入品に適用します。 課税ベースは通関価額の全額であるため、見積り・契約・価格転嫁設計が甘いと、利益が一気に圧迫される構造です。

一方で、自動車・航空宇宙向けの時限除外(〜2026/7/1)や in transit 除外、特定風力タワーの地域限定除外、さらには remission の個別申請など、一定の「逃げ道」も用意されています。 実務上の勝負どころは、これらの例外を的確に読み取り、用途・期間・物流条件を示す証憑をどこまで前倒しで整えるかにあります。

※本稿は公開情報に基づく一般的な情報であり、実際の該当性判断(分類・用途・申告方法等)は、カナダ側の通関実務(CBSA 運用)も踏まえ、現地通関業者・専門家と個別にすり合わせてください。

【2025年末版】日本のFTA/EPA交渉「最新マップ」── 激動の中東・南アジア、企業が備えるべき実務の急所


最終更新:2025年12月20日

日本のEPA/FTA(経済連携協定/自由貿易協定)交渉は、現在「数より質」のフェーズにあります。足元では**「中東(UAE・GCC)」「南アジア(バングラデシュ)」**が急速に進展する一方、停滞・中断している案件との二極化が鮮明になっています。

2025年1月時点のデータでは、日本の貿易額に占めるEPA発効・署名済みの割合は**78.8%ですが、現在交渉中の案件を含めると87.1%**に達します。この「残り約8%の空白」をどう埋め、ビジネスチャンスに変えるかが、今後の通商戦略の鍵となります。


1. 交渉中FTA/EPA 最新ステータス一覧

現在動いている交渉案件を、実務レベルの進捗状況と注目ポイントで整理しました。

区分相手国・地域直近の動き(2025年)進捗評価企業の注目ポイント
中東UAE第6回交渉(12月:ドバイ)加速中物品関税に加え「デジタル・持続可能な開発」等、新領域のルール化に注目。
中東GCC第2回交渉(6-7月:東京)前進中湾岸6カ国への一括アクセス。原産地規則(ROO)や投資、知財のパッケージ化。
南アジアバングラデシュ第7回交渉(9月:東京)着実「ポストLDC脱却」を見据えた重要拠点。サービス、投資、電子商取引の基盤整備。
北東アジア日中韓経済対話にて継続確認不透明政治情勢に左右されやすい。実務上は「RCEP」の上積みが焦点。
中東・欧州トルコ会合ブランク継続長期停滞欧州・アフリカへのゲートウェイだが、再始動の兆しを待機する段階。
中南米コロンビア会合ブランク継続長期停滞資源・農業分野で期待されるが、再開シグナルの監視が必要。

2. 重点エリアの分析:なぜ今「中東・南アジア」なのか

① 中東(UAE・GCC):エネルギーから「デジタル・ルール」の時代へ

UAEとの交渉は、2024年9月の開始からわずか1年強で第6回に到達するという、異例のスピードで進んでいます。

  • 実務インパクト:
    • 非関税障壁の撤廃: デジタル貿易章の導入により、データ移転の透明性や電子署名の法的有効性が確保される見通しです。
    • サプライチェーンの再構築: 「原産地規則(ROO)」の合意内容次第で、中東をハブとした物流・製造戦略の再考が求められます。

② 南アジア(バングラデシュ):次なる製造・消費の拠点

2024年3月の開始以降、着実に回数を重ねており、実効性の高い「積み上げ型」の交渉が続いています。

  • 実務インパクト:
    • LDC(後発開発途上国)卒業への備え: バングラデシュのLDC脱却に伴う特恵関税の失効を、EPAによってソフトランディングさせることが至上命題です。

3. 「停滞・中断」案件への現実的な対応

「交渉中」とされていても、実態として動きが止まっている案件については、代替枠組みの活用を優先すべきです。

  • トルコ・コロンビア(長期停滞): 自社の関心品目について、相手国の既存のFTA網(EU-トルコ関税同盟など)を調査し、第三国経由の可能性を含めたシミュレーションに留めるのが現実的です。
  • 韓国・カナダ(中断):
    • 韓国: すでに発効しているRCEPを最大限活用し、RCEPでカバーされない個別品目のみを注視。
    • カナダ: **CPTPP(TTP11)**という強力な枠組みが既に存在するため、個別EPAの優先順位は低いと判断して差し支えありません。

4. 企業が「今」着手すべき5つの準備アクション

交渉が合意に達してから動くのでは出遅れます。企業は以下の「先行準備」を推奨します。

  1. 貿易データの棚卸し: 自社の取引を「国 × 品目(HSコード) × 金額」で整理し、交渉先との合致度を特定する。
  2. 原産地証明のシミュレーション: 主要製品のBOM(部品構成表)を基に、推定される原産地規則を満たせるか事前判定を行う。
  3. 契約条項の先行設計: 今後の契約において「特恵関税によるメリットの還元(Benefit Sharing)」に関する条項を検討しておく。
  4. デジタル・サステナ対応: UAE交渉などで議題となっている「データ移転」や「環境基準」が、自社のコンプライアンス体制に与える影響を精査する。
  5. 定点観測のルーチン化: 外務省の報道発表を四半期ごとにチェックし、「議題の追加(政府調達など)」を経営リスク・機会のシグナルとして捉える。

結論

2025年末の通商地図は、**「動いている中東・南アジア」と「既存枠組みで代替すべき停滞案件」**に二分されました。企業は、締結後の「関税ゼロ」という結果だけでなく、その過程で議論される「デジタル・投資ルール」を先読みし、HSコードと原産地データの基盤を整えることが、最短で利益を享受するための王道です。