■専門的■ WCO解説書(Explanatory Notes, EN)をどう使うか

WCO解説書(Explanatory Notes, EN)をどう使うかは、いまや「通関担当のテクニカル論」ではなく、「経営としてどこまで許容するか」というライセンス・コンプライアンスのテーマになりつつあります。

以下では、ビジネスマン視点で「どこまでがセーフで、どこからがライセンス対象になり得るのか」を整理します。


1. そもそも WCO解説書とは何か ― 性格と権利関係

1-1. ENは“公式解釈資料”かつ WCOの著作物

  • EN(Explanatory Notes to the Harmonized Commodity Description and Coding System)は、HS 各見出しの範囲や典型例を説明する公式の解説書です。
  • 多くの国の関税法や通達で「HS解釈の参考資料」として位置付けられており、例えばカナダ関税法では、分類の解釈にあたって Explanatory Notes を参照すべき旨が明記されています。

同時に、ENはWorld Customs Organization(WCO)の出版物であり、著作権の対象です。
WCOの公式サイトでは、出版物・データベース等はすべて知的財産権で保護されており、複製・翻案には原則としてWCOの事前承認が必要である旨が示されています。

1-2. 「紙の本」だけでなく「デジタル版」もライセンスの対象

  • ENは紙の書籍版だけでなく、WCO Trade Tools(オンラインサービス)からも利用できます。
  • WCO Trade Tools や WCO Bookshop で提供される出版物は、購入者に対して利用ライセンスが付与されるという形で提供され、その条件は「WCO Publications 一般利用規約」によって定められています。

つまり:

「買ったから自由にコピーしてよい」ではなく、「条件付きで利用が許されるコンテンツ」
として扱う必要があります。


2. ライセンス的に「セーフ寄り」と「要注意」の境界線

経営・実務上、次の3層で考えると整理しやすくなります。

  1. セーフ寄りゾーン:通常の参照・要約レベル
  2. 要注意ゾーン:引用・翻訳を伴う「実質的な転載」
  3. ほぼ確実にライセンス要ゾーン:再配布・再販売・SaaS組み込み

2-1. セーフ寄り:参照・要約レベル

以下のような行為は、一般にリスクが比較的低いゾーンです(ただし最終判断は各社法務で)。

  • 書誌情報の記載のみ
    • 例:「HS解説書(WCO Explanatory Notes, 7th Edition, 2022, Heading 85.17)参照」
  • 段落番号や見出しを示したうえで、自分の言葉で要約
    • 例:「EN 85.17 の解説では、電話機器とデータ通信機器を同一見出しで扱う考え方が示されている、と理解できる。」
  • 社内検討資料における“内容の要約”
    • ENの原文をコピーするのではなく、「当社としてこう理解した」という形で要約して記載する。

ポイントは:

原文をコピーしない。EN全体の代替物にならない。

という線を守ることです。

2-2. 要注意:引用・翻訳を伴う「実質的な転載」

次の行為は、著作権上「複製・翻案」にあたり得るため、慎重な判断が必要です。

  • ENの英文本を連続して複数行以上、社内マニュアルや研修資料に掲載
    • 特に、解説のコア部分をそのまま抜き出して翻訳・掲載するケース。
  • ENの体系的な和訳(翻訳資料)を作成し、社内やグループ会社に配布
  • ENページのスキャン画像を貼った資料を配布
  • ブログ・セミナー資料・書籍など社外向けコンテンツに、原文を長く引用して掲載すること

ENには「翻訳・複製・改変に関するリクエストはWCOの指定窓口に連絡すること」という趣旨の記載があり、翻訳や転載が自由利用ではないことが分かります。

このゾーンに入る場合は、少なくとも:

  • 自社法務・知財に相談
  • 必要に応じて WCO(あるいは出版元)への問い合わせ・ライセンス取得

というステップを検討すべきです。

2-3. ほぼ確実にライセンスが必要:再配布・SaaS組み込み

ビジネスモデルに直接関わるレベルになると、実質的に「別サービスとして再提供」している扱いになりやすく、ほぼ確実にWCOとの契約・許諾が前提になります。

例:

  • EN全文(あるいは大部分)をデータベース化して、自社システムやSaaSに組み込み、ユーザーに検索・閲覧させる
  • ENのコンテンツをベースにした有償の解説書・eラーニング教材を販売
  • WCO Trade ToolsのコンテンツをAPI等で再配信するような形のサービス

WCO Publicationsの利用規約では、購入者に対する利用許諾は個別の契約条件に従うものであり、第三者への再配布・再販売は許されない旨が読み取れます。


3. 利用シーン別:ビジネスマンのための実務チェックリスト

ケース1:社内研修用スライドを作るとき

やりたいこと:
「HSの考え方を新人に教えたいので、ENの考え方をスライドに整理したい」

推奨アクション

  • ✅ ENに基づき、自社の言葉で要約した図やフローを作成
  • ✅ スライドの末尾に、参照元として EN の版・見出し・段落番号を記載
  • ✅ ENのスクリーンショットや原文コピペは避ける

避けたいこと

  • ❌ ENの1段落をほぼそのまま翻訳して、スライドに掲載
  • ❌ 解説書の紙面をそのまま撮影・スキャンして貼る

ケース2:取引先向けに「HS分類の考え方」を説明する資料

やりたいこと:
「当社の分類方針を説明するために、ENの解釈も軽く紹介したい」

推奨アクション

  • ✅ 「当社はWCO解説書(EN)に基づき、以下のように解釈している」として、自社の解釈を要約して説明
  • ✅ ENの参照箇所をIDレベル(見出し・段落)で明記する
    • 例:「参照:HS Explanatory Notes, 7th edition (2022), Heading 85.17, para. (I)-(A)-3」

避けたいこと

  • ❌ 取引先向け資料に、EN原文をページ単位で貼り付ける
  • ❌ 「参考のため」と称して、ENのコピーを配布する

ケース3:HS自動分類ツール・SaaS(社内/社外)

やりたいこと:
「社内向け・顧客向けに、HSコードの自動推定ツールを提供したい」

ライセンス的な論点

  • ツールの中で、
    • EN本文そのものをユーザーに閲覧させるのか?
    • それとも**“ENを読んだ上で自社が作成したロジック・要約のみ”を使うのか?**

一般的な考え方(イメージ)

  • EN本文を表示しない形で、
    • 通則・部・類注+自社ノウハウ+「ENを参照して構築した分類ルール」
      をロジックとして使うだけであれば、通常は「ENの再配布」とまでは見なされにくい。
  • 一方、ツール内で、
    • EN全文または段落を検索・閲覧できる
    • ENのテキストをほぼそのまま表示
      といった機能を提供するなら、WCOとのライセンス契約を前提に設計すべきゾーンです。

ケース4:社内分類マニュアル・ルールブック

やりたいこと:
「社内HS分類ルールブックを作成し、ENベースの解釈も体系的に整理したい」

推奨アクション

  • ✅ ENに基づく自社解釈を「○○見出しに関する当社判断基準」として整理
  • ✅ 各見出しごとに参照したENの版・見出し・段落IDを脚注に記載
  • ✅ 原文コピーではなく、要約・解釈として書き下ろす

避けたいこと

  • ❌ ENの和訳をほぼ丸ごとマニュアル化し、ENの代替物のような文書を社内配布する
  • ❌ そのマニュアルをグループ会社・取引先へ無償配布し「事実上のEN無料配布」となってしまうこと

4. 「フェアユース/著作権の例外」に期待しすぎない

各国の著作権法には、教育目的や引用に関する例外規定・フェアユース・フェアディーリングなどがあります。

しかし、ビジネスとしては次の点に注意が必要です。

  1. 各国で適用範囲が違う
    • 日本本社・EU拠点・米国子会社など、複数法域を跨ぐと一層複雑になります。
  2. WCO側の契約条件(WCO Publicationsの規約等)が優先される場面もある
    • 「著作権法上グレーだが契約で禁止」というケースもあり得る。
  3. 国際的なSaaSやグローバルな社内システムの場合、
    • “グローバルに安全側で設計する”方がトータルコストが低いことが多い。

結果として、「フェアユースだから大丈夫」と言い切るのは経営としてリスクが高い、というのが現実的な見方です。


5. 今やっておきたい3つのアクション(経営・実務向け)

5-1. ENの利用実態の棚卸し

  • どの部門が、
    • 紙の本/PDF/WCO Trade Tools を使っているか
    • 社内資料・マニュアル・ツールの中に、EN原文・翻訳がどの程度使われているか
  • 特に、
    • 研修資料
    • マニュアル・ガイドライン
    • 自動分類ツール・システム
      の3領域は重点チェック対象です。

5-2. WCO関連コンテンツの「窓口」を明確化

  • 「ENを翻訳して配りたい」「ツールに組み込みたい」などの相談を受ける部署
    • 例:法務+知財+通関部門の合同チーム
  • WCOとのコンタクト(Bookshop経由・メールなど)を一本化し、
    • 誰が
    • どの範囲について
    • どの契約条件で
      相談・交渉しているのかを管理する。

5-3. 社内ルールとテンプレ作成

  • 「EN参照の書き方」テンプレート
    • 例:「EN 85.17 (HS2022, WCO, 7th ed.), para. (I)-(A)-3 を参照した当社の解釈」
  • 「原文引用の上限」や「翻訳・転載を行う場合の社内承認フロー」
    • 何行以上の引用は法務承認必須 など、シンプルなルールに落とす。
  • 新規ツール・SaaS企画時には、
    • 企画段階で「WCOコンテンツ利用有無」をチェック項目に入れる。

6. まとめ:ビジネスマン向け5つのポイント

  1. **ENは“公式参考資料”であると同時に、WCOの著作物(有償コンテンツ)**です。
  2. 自分の言葉で要約して参照するレベルなら、通常はリスクが低い一方、
    原文・翻訳の体系的な転載はライセンスの検討が必要です。
  3. ENをツールやSaaSに組み込んで再提供する場合は、ほぼ確実にWCOとの契約が前提と考えるべきです。
  4. 「フェアユースだから大丈夫」といった国ごとの例外規定に過度に依存しないことが、グローバル企業の実務的な解です。
  5. まずは現状の利用実態の棚卸し → 窓口整理 → 社内ルール策定の3ステップから、静かに着手するのが現実的です。