インドにビジネスを展開している方、またはこれからインドとの取引を検討している方にとって、「CAROTAR 2020」は絶対に知っておくべき通商ルールの一つです。
インド政府は2020年9月21日、「CAROTAR 2020(カロタール2020)」という、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の原産地規則に関する新しい関税規則を施行しました。日本とインドは2011年に「日インド包括的経済連携協定(日印CEPA)」を発効させており、この規則はインドへ輸出を行う日本企業にも直接的な影響を及ぼしています。
本記事では、このCAROTAR 2020の内容、導入の背景、そして2025年の最新の改正点を含めた実務上の注意点を、ビジネスの現場に即してわかりやすく解説します。

1.そもそもCAROTARとは何の略か
CAROTAR 2020の正式名称は、「Customs (Administration of Rules of Origin under Trade Agreements) Rules, 2020」です。直訳すると「貿易協定に基づく原産地規則の管理に係る関税規則2020」となります。
この規則は、インド間接税・関税中央局(CBIC)が2020年8月21日に通知(Notification No. 81/2020-Customs (N.T.))し、同年9月21日から施行されました。法的根拠は、インド関税法(1962年)の第28DA条に置かれています。
2.なぜCAROTAR 2020が導入されたのか
FTAやEPAを活用すると、輸入関税が大幅に引き下げられたり、ゼロになったりする恩恵を受けられます。しかし、その恩恵を受けるためには、対象となる産品が「協定締約国(例:日本)で生産されたものである」という原産地の証明が不可欠です。
従来の制度では、輸出国の発給機関が発行した「原産地証明書(Certificate of Origin、以下CoO)」をインドの輸入者が税関に提出すれば、原則として特恵関税の適用が認められていました。
しかし近年、インド政府は、本来は協定の対象外である第三国(例えば中国など)で作られた製品を、協定締約国(例えばASEAN諸国)を経由させ、そこで原産地証明書だけを不正に取得してインドへ輸出し、不当に低関税を享受する「迂回輸入」の問題に強く警戒を抱いていました。
この不正な関税回避を防ぎ、国内産業を保護するため、インド政府は「輸出国の機関が発行した証明書に頼るだけでなく、インドの輸入者自身にも原産地の正当性を積極的に確認させ、情報を保持させる」という、輸入者の責任を劇的に重くするCAROTAR 2020を導入したのです。
3.CAROTAR 2020の核心:輸入者の義務が大幅に強化
CAROTAR 2020の最大のポイントは、原産地を確認する立証責任が、輸出者や発給機関だけでなく、インド側の「輸入者」に直接課されたことです。
具体的には、インドの輸入者は、特恵関税を申請する前に以下の情報を入手・保持し、税関当局から求められた場合には速やかに提出できる状態にしておかなければなりません。
- 輸入品が「完全生産品(Wholly Obtained)」であるかどうかの区分。
- 完全生産品でない場合、その製品がどのような原産地基準(関税分類変更基準、付加価値基準、特定の加工工程など)を満たしているかを示す製造プロセスの概要。
- 使用された原産材料および非原産材料の詳細。
これらの情報は、CAROTAR 2020で規定された「Form I(フォーム・ワン)」と呼ばれる所定の様式(または同等の情報)に記載して管理することが求められます。重要なのは、このForm Iを毎回の通関時に税関へ「提出」するのではなく、輸入者が手元に「保持(Record keeping)」しておくことが原則であるという点です(税関から疑義が生じて提出要求があった場合のみ提示します)。
4.Form Iには何を記載するのか
輸入者が保持すべき「Form I」は、商品の原産性がどのように確保されているかを具体的に示すための非常に詳細な情報記録シートです。主な記載事項(セクションI〜III)は以下の通りです。
- 基本情報: 輸入品の名称、HSコード、原産国、輸入者・輸出者・生産者の情報。
- 原産地基準の詳細: 完全生産品か否か。完全生産品でない場合は適用した原産地基準(品目別規則など)。
- 製造工程とコスト構造: 原産国における製造工程の概要説明。非原産材料を使用している場合は、そのHSコードや価格、最終製品に対する付加価値の割合など。
このForm Iの作成には、輸出者(日本のメーカー等)から輸入者に対する、極めて詳細な製造レシピやコスト情報の提供が必要となるケースがあり、機密情報の取り扱いを巡って日印の企業間で実務上の大きな負担と摩擦を生む要因となっています。
5.通関申告書(Bill of Entry)への記載事項の追加
CAROTAR 2020では、情報の社内保持義務に加えて、実際の通関申告書(Bill of Entry)に入力すべき情報も厳格化されました。特恵関税を適用する場合、以下の情報を必ず申告システムに入力する必要があります。
- 原産地証明書の参照番号および発行日
- 適用した原産地基準(Originating Criterion)
- 第三国を経由して輸送されたかどうかの申告(積替えの有無)
- 累積規定(Cumulation)の適用の有無
これらの情報が欠如していたり、提出された原産地証明書の記載と不一致があったりすると、特恵関税の申請が初期審査の段階で却下されるリスクがあります。
6.税関職員の権限強化と運用ガイドライン
CAROTAR 2020は、税関職員に対しても強力な権限を付与しました。税関は原産地に疑義を持った場合、輸入者に対してForm Iなどの追加情報の提出を要求し、さらには輸出国の発給機関に対して直接照会(Verification)を行うことができます。その調査が完了するまでの間、特恵関税の適用を保留することも可能です。
一方で、施行直後に税関現場で過剰な書類要求や恣意的な特恵否認が相次いだため、CBICは各税関に対して補足的なガイドライン等を発出しました。「原産地証明書を否認する場合には、合理的な疑いの根拠を示すこと」や「無用な照会を避けること」を指導し、運用ルールの適正化を図る動きも見られます。
7.2025年改正:「Proof of Origin(原産地証明の証拠)」への変更
直近の重要なアップデートとして、2025年3月18日、インドCBICはCAROTAR 2020の一部を改正する通知(Notification No. 20/2025-Customs (N.T.))を発出しました。
この改正の最大のポイントは、規則内の「Certificate of Origin(原産地証明書)」という用語が、「Proof of Origin(原産地証明の証拠)」という、より広範な概念を示す言葉に変更された点です。
これは単なる名称変更ではありません。従来のCAROTARは、第三者機関(日本では日本商工会議所など)が発給する紙ベースの「原産地証明書」を前提として設計されていました。しかし、インドが近年締結している新しいFTA(例えばインド・UAEのCEPAやインド・豪州のECTAなど)や国際的な通商ルールの潮流では、輸出者自らが原産性を宣言する「自己申告制度(Origin Declaration)」の採用が拡大しています。
今回の改正は、こうした「自己証明・自己申告」による原産地証明(Proof of Origin)にもCAROTAR 2020のルールを適用できるよう、規則の対象範囲を拡張したものです。
8.誰が何を準備すべきか:実務チェックリスト
日印CEPAを利用してインドへ輸出している日本企業は、輸出者の立場であってもCAROTAR 2020への対応に深く巻き込まれます。以下の実務チェックリストを確認してください。
- 原産地基準の正確な把握: 自社製品が日印CEPAの品目別規則(PSR)をどのように満たしているか(関税分類変更基準か、付加価値基準か)を根拠資料とともに明確に整理する。
- Form I作成に向けた情報提供体制の構築: インドの輸入者がForm Iを作成できるよう、製造工程の概要や部材の調達比率などの情報を、営業秘密(機密情報)に配慮しつつ安全に提供できる仕組み(NDAの締結など)を整える。
- Bill of Entry申告事項の事前共有: 原産地証明書の番号や原産地基準の記号など、通関申告に必要な正確な情報を、船積み書類の送付と同時にインドの輸入者・通関業者へ確実に伝達する。
- 2025年改正へのアンテナ: 「Proof of Origin」への名称変更に伴い、今後日印間の制度運用(電子化や自己証明の導入議論など)に変化が生じないか、最新の通商ニュースを注視する。
まとめ:CAROTAR 2020は「対岸の火事」ではない
CAROTAR 2020は、法的な直接の義務を負うのはインドの「輸入者」です。しかし、輸入者が税関の要求に応えるためには、日本の「輸出者(メーカー)」からの正確かつ詳細な情報提供が絶対に不可欠です。
「原産地証明書さえ送れば、あとは現地の輸入者がなんとかしてくれる」という旧来の貿易慣行は、もはや通用しません。制度の本質を理解し、インドのパートナー企業と緊密に連携して通関コンプライアンスの体制を構築することが、巨大なインド市場でビジネスを安定的に拡大するための最大の鍵となります。
免責事項 本記事は、公開情報をもとにCAROTAR 2020の概要および実務上の留意点を一般的に解説することを目的としたものであり、特定の企業・案件に対する法的助言、税務アドバイス、通関手続きの最終的な判断を提供するものではありません。実際の輸出入手続き、原産地証明の取得、機密情報の提供判断、インド税関への申告内容については、必ずインド税関当局(CBIC)の最新の通知、所管機関の発表、ならびにインドの貿易法規・通関に精通した専門家(弁護士や現地の通関士)に個別に確認のうえで意思決定してください。法令・通達は随時改正されるため、本記事の情報の最新性・正確性に関する一切の責任を負いかねます。