1. なぜ今、海上運賃がこんなに「振れる」のか
世界貿易量の約8割は依然として海上輸送に依存しています。ところが、その幹線であるコンテナ海運のスポット運賃は、コロナ禍以降いったん下落した後、2024年に再び急騰し、短期間で倍々ゲームのように跳ね上がる局面が続いています。unctad+1
例えば、上海発欧州向け40フィートコンテナ運賃(上海→ロッテルダム/ジェノバ)は、2023年には1,000〜2,000ドル前後の水準が多かったのに対し、紅海危機後の2024年7月第3週には約8,000ドルに達し、前年同週の数倍となりました。 米東海岸向けでも、上海→ニューヨークが一時9,600ドル超と、アジア発欧米向けの広い範囲で高騰が観測されています。jetro+2
世界的な指標でも同様の傾向が見られます。ドリューリー社の世界コンテナ指数(WCI)は、2024年半ばにかけて前年を大きく上回る水準で推移し、2024年6〜7月にはアジア〜欧州航路が6,000ドル超/40フィートに乗せるなど、全体として高く不安定な状態が続きました。 上海発主要航路のスポット運賃を示すSCFI(上海コンテナ貨物指数)は、2024年の年間平均で2,496ポイントと2023年比で約2.5倍(+149%)となり、2024年半ばには3,600ポイント近辺まで上昇しています。hellenicshippingnews+4
UNCTADの「Review of Maritime Transport 2024・2025」などでも、紅海危機やパナマ運河の制約、港湾混雑、脱炭素対応コストなどが重なり、運賃水準と変動の大きさ(ボラティリティ)が高止まりしていると分析されています。 つまり現在の海上物流は、「たまに荒れる」のではなく、「高くて不安定」が新しい常態に近づきつつある、というのが国際機関や業界レポートの共通した見方です。unctad+3
2. 運賃急騰の裏にある4つの構造要因
運賃の“ゆらぎ”は、一時的ショックではなく複数の構造要因が重なって発生しています。ここでは、ビジネスパーソンが押さえておきたい4つのポイントに整理します。
2-1. 地政学リスクの「常態化」
紅海・スエズ運河では、2023年末以降、イエメンのフーシ派による商船・タンカーへの攻撃が続き、多くの船社がスエズ運河を避けてアフリカ南端の喜望峰経由へ迂回しています。 これにより航海日数は片道で10〜14日程度延びるとされ、燃料消費と船舶の拘束日数が増え、同じ貨物量でも実質的な船腹不足が発生して運賃を押し上げました。safety4sea+1
黒海では、ウクライナ紛争の長期化に伴い、ウクライナ・ロシア向けの船舶に対する戦争保険料が急上昇しており、典型的な7日間のブラックシー航海で、ウクライナ港向けが船価の0.4%から0.5%へ、ロシア港向けが0.6%前後から0.65〜0.8%へ引き上げられたとの報道もあります。 船価が数千万ドル規模であることを考えると、1航海あたり数十万ドル単位の追加コストとなり得ます。reuters+1
中東情勢では、イスラエル・ガザ、イラン・ホルムズ海峡周辺の緊張に伴い、一部のLNGタンカーなどで戦争保険料・フレートが数倍に跳ね上がった例が報じられており、特定海域のリスクが世界のエネルギー輸送コスト全体を押し上げる構図が続いています。 こうした「局地的な紛争・緊張が、世界全体の海運コストに波及する」状態は、もはや例外ではなく常態として織り込むべきリスクになりつつあります。spglobal+3
2-2. 気候変動とインフラ制約
気候変動の影響として、パナマ運河の渇水は象徴的です。2023〜2024年にかけて降水量不足により通航枠が縮小し、待ち時間の長期化と通行料の引き上げが発生し、アジア〜米東岸・中南米向けルートの運賃上昇要因となりました。unctad
UNCTADの報告では、2023年後半以降、アジアを中心とした港湾でコンテナ船の寄港回数と待機時間が増加し、2024年半ばには世界のコンテナ船能力の約8%(TEU換算)が港外で待機していたとされています。 台風やハリケーン、高潮など極端気象による港湾一時閉鎖やインフラ被害も増加しており、「港湾混雑や遅延の慢性化」がサプライチェーン全体の新たな制約条件になっています。unctad+2
2-3. コロナ禍以降のコンテナ需給ひっ迫
コンテナ不足・運賃高騰はコロナ禍で一気に顕在化しましたが、その後も完全には解消していません。中国を中心とするコンテナ製造は、米中摩擦や需要調整の影響で一時的に減産した後、パンデミック下の「巣ごもり需要」で北米・欧州向け貨物が急増し、供給が追いつかない状態が続きました。unctad
同時に、ロックダウンや人手不足により、主要港での荷役遅延・トラックドライバー不足が発生し、欧米内陸で空コンテナが滞留、アジアへの返送が滞ったことで、世界的なコンテナ循環の「詰まり」が発生しました。 その結果、2020年後半〜2022年にかけてコンテナ運賃は歴史的高値を記録し、その後いったん大きく下落したものの、2024年には紅海危機や港湾混雑が重なり再び高水準へ戻るなど、「急騰と反落を繰り返す不安定な市場」が続いています。mpc-container+2
2-4. 脱炭素規制によるコストの上乗せ
海運は世界のCO₂排出の数%を占めるとされ、IMOのEEXI・CIIなどの燃費・排出規制により、船会社は速度を落とす「スロースチーミング」や省エネ改造、新燃料対応投資を迫られています。 速度低下は実質的な運航能力の目減りを意味し、長期的には運賃水準の下支え要因となります。unctad+1
さらに、EU ETS(排出量取引制度)の海運適用が2024年から段階的に始まり、EU港に出入りする5,000総トン以上の船舶にはCO₂排出量に応じた追加コストが発生します。 金融機関やコンサルティングの試算では、ルートや燃費性能にもよりますが、運賃の1〜数%程度に相当する負担増となり得るとされ、コンテナ1TEUあたり数十ドル規模のサーチャージを設定する事例も出ています。lindnerlogistics+1
2025年から本格適用されるFuelEU Maritimeでは、EU港を利用する船舶に対し、使用エネルギーのGHG排出強度低減が義務付けられ、目標を達成できない場合は、化石燃料と低炭素燃料の価格差を反映した形でエネルギー量当たりのペナルティが課されます。 具体例では、違反分に対して1トンVLSFO相当あたり2,400ユーロ(約60ユーロ/GJ)といった水準が示されており、ある条件下のコンテナ船で年間80万ユーロ超の罰金相当となるケースも紹介されています。 航路・船型によっては、これが運賃の数%相当になるとの試算もあり、短期的には運賃の「下値」を支える構造要因となっています。normecverifavia+3
3. 「海上物流のゆらぎ」が企業にもたらす3つのリスク
運賃の急騰・乱高下は、サプライチェーンや P/L にどのような影響を与えるのでしょうか。ここでは企業側の視点から3つのリスクに分けて整理します。
3-1. コストリスク:見積もりと実コストのギャップ拡大
最近では、見積もり時点には想定していなかった燃料サーチャージ、戦争保険料、環境サーチャージ(EU ETSサーチャージ等)が、出荷時点で追加されるケースが増えています。 契約単価を固定したまま運賃変動を吸収すると、「売れば売るほど利益が削られる」状態に陥りやすく、特に長期案件や大型プロジェクトでは、初期の運賃前提の甘さがそのまま利益率悪化につながります。lindnerlogistics+1
3-2. リードタイム・在庫リスク:遅延の“常態化”
紅海迂回やパナマ運河制約の影響で、一部の航路ではリードタイムが恒常的に数週間単位で延びており、「想定+1〜2週間」の遅延はもはや珍しくない状況です。safety4sea+1
この結果、
- 在庫を絞りすぎると欠品・販売機会損失のリスクが増大
- 在庫を厚く持つと、その分運転資金や倉庫コストが悪化
というトレードオフが一段と厳しくなっています。サプライチェーンの設計思想を見直さない限り、どちらかのリスクを受け入れざるを得ない局面が増えています。unctad+1
3-3. 取引先・契約リスク:納期・価格条件の見直し圧力
B to B 取引では、納期遅延が違約金・値引き要求・優先度低下につながることがあります。価格条件に運賃連動のエスカレーター条項がない場合、運賃急騰局面で価格転嫁が難しく、サプライヤー側に負担が偏りがちです。unctad
「運賃のゆらぎ」は物流部門だけの問題ではなく、営業・調達・財務などを巻き込んだ全社的なリスク管理・契約設計の課題と捉える必要があります。特に紅海・黒海など高リスク海域を通過する案件では、保険料・サーチャージの扱いを契約上どう位置付けるかが重要になります。caliber+1
4. 実務でできる5つの対応策
ここからは、企業が現場で取り得る具体的な打ち手を5つに整理します。
4-1. スポットと長期契約の「ポートフォリオ化」
海上運賃が高止まりし乱高下する局面では、すべてをスポット(都度手配)にするのは急騰時のコストリスクが大きく、すべてを長期固定にするのは相場下落時のメリットを享受しにくいという問題があります。hellenicshippingnews+1
実務的には、
- 「基礎部分」の需要は長期契約で安定確保
- 「変動部分」はスポットで柔軟に調達
といったポートフォリオ型のアプローチが有効です。併せて、燃料費、環境サーチャージ、戦争保険料などについて、指数や実費に連動させる条項を契約に盛り込むことで、「予測可能な変動」に変える工夫も重要です。pentagonfreight
4-2. マルチルート・マルチモーダル戦略
紅海危機を受け、アジア〜欧州間でトラック+鉄道を組み合わせた内陸ルートや、海上+鉄道+航空を組み合わせたマルチモーダルサービスを提案する物流企業が増えています。 企業側としては、主要製品ごとに、unctad
- 標準ルート(安価だがリスク・遅延可能性は高い)
- 代替ルート(コストは高いがリードタイムと信頼性が高い)
をあらかじめ設計しておき、「価格優先」「納期優先」など顧客・案件ごとの優先順位に応じて切り替えられるようにすることが望まれます。 輸送ルートを固定の前提ではなく「選択肢のポートフォリオ」とみなし、モード間(海上・鉄道・航空・トラック)の組み合わせも含めて設計する発想が重要です。mpc-container+1
4-3. 在庫戦略の再設計:Just in Time から Just in Case へ
運賃とリードタイムの不安定さが増す中で、従来型の「限界まで在庫を削るJIT」は、特に紅海・パナマ・黒海などの地政学リスクを抱えるルートではリスクが高くなっています。unctad+1
現実的な対応として、
- セーフティストックの前提(平均リードタイム+バラツキ)を最新データで再計測する
- 「紅海危機再燃」などのシナリオ別にリードタイム分布を試算する
- 現地完成品の在庫を増やすだけでなく、中間拠点に汎用部品を置くなど在庫の「質」と配置を見直す
- 調達先をデュアル/マルチソーシング化し、特定地域・特定ルートへの過度な集中を避ける
といった施策が考えられます。unctad+1
4-4. 情報の「見える化」と社内連携
海上運賃は、もはや経営数字に直結する重要な変動費です。にもかかわらず、物流情報が営業・調達・財務と分断されている企業は少なくありません。
最低限、次のようなダッシュボードを整備しておくと、意思決定の質が大きく変わります。
- 主要航路別のスポット運賃指標(例:WCI、SCFI)と自社契約運賃の推移
- 船会社・フォワーダー別のサービスレベル(遅延率、ダメージ率など)
- 運賃・サーチャージの変動が売上総利益・在庫金額に与えるインパクトのシミュレーション
これらを営業・調達・物流・財務で共有し、「価格転嫁交渉を優先するのか」「リードタイム延長を受け入れる代わりに運賃を抑えるのか」といったトレードオフを、同じ数字を見ながら議論できる状態にしておくことが重要です。unctad+1
4-5. サステナビリティとコストを同時に見る
EU ETSやFuelEU Maritimeが示すように、環境コストは今後確実に増加する方向です。 炭素コストの可視化は、armatorlerbirligi+1
- 調達先の選定
- 顧客からのサステナビリティ評価
に直結する要素になりつつあります。unctad
短期的には「運賃+サーチャージ」で高く見えるサービスでも、燃費性能の良い新造船やLNG・バイオ燃料対応船を使うサービスは、中長期的には規制対応コストを抑え、結果的に総コスト競争力を高める可能性があります。 特に欧州向けビジネスでは、「運賃だけ」で比較するのではなく、「運賃+環境コスト(炭素コスト)の合計」で輸送手段やサービスを比較する視点を、今のうちから持っておくことが有効です。dnv+3
5. 結び:運賃の波に「振り回される側」から「使いこなす側」へ
海上運賃の急騰・乱高下は、
- 地政学リスク
- 気候変動とインフラ制約
- コロナ禍で顕在化したコンテナ需給の歪み
- 脱炭素規制の本格化
といった複数の構造変化が同時進行している結果です。 この環境が短期間で「元通り」に戻る可能性は低く、UNCTADなど国際機関も、運賃や輸送コストのボラティリティが「新しい常態(ニュー・ノーマル)」になりつつあると警鐘を鳴らしています。downtoearth+3
だからこそ企業は、運賃を「読めない外部要因」としてただ嘆くのではなく、契約条件、在庫戦略、ルート設計、環境対応といった自社のコントロール可能なレバーを通じて、「予測し・測り・コントロールする対象」に変えていくことが求められます。 自社の主要航路と商品ポートフォリオを前提に、コストとリードタイムのシミュレーションを行い、既存の運賃契約・調達契約への連動条項の組み込みなど、「自社版・海上物流戦略」を具体化していくことが、これから数年の競争力を左右する鍵になるでしょう。unctad+2
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FTAでAIを活用する:株式会社ロジスティック