紅海航路は本当に戻ったのか?――回復の実像と、ビジネスが直視すべき「残るリスク」

  1. 紅海危機の「2年」をざっくり振り返る
    2023年末以降、イエメンのフーシ派による商船攻撃が紅海・バブ・エル・マンデブ海峡周辺で頻発し、アジア~欧州航路の大動脈である紅海・スエズ運河ルートは、一時ほぼ機能停止に追い込まれました。 主要コンテナ船社は一斉にスエズ経由を停止し、アフリカ南端の喜望峰回りへ迂回した結果、リードタイムは1週間以上延び、運賃と保険料は急騰しました。britannica
    各種分析によれば、2024年前半には紅海経由のコンテナ船通航が最大67%減少し、40フィートコンテナ1本あたりの海上運賃は2023年末比で平均2倍、欧州向けは3倍に達したとされています。 また、2024年10月時点でフーシ派による攻撃は190件を超えたとの推計もあり、局地的な有事ではなく、構造的な海上リスクとして認識されるようになりました。britannica
  2. 何が「回復」しているのか

スエズ運河の通航と収入

2025年夏以降、情勢緩和の兆しとともに、「スエズ回帰」の動きが数字にも表れています。 2025年7~10月のスエズ運河収入は前年同期比+14.2%となり、同期間の通航船舶は4,405隻(前年4,332隻)、貨物トン数は1.85億トン(前年1.676億トン)と増加しました。 2025年10月単月では229隻が通航し、危機発生以降で最高水準となっています。
フランスのCMA CGMは約17万DWT級の大型船で運河通航を再開し、「スエズ運河に代わる選択肢は存在しない」とコメントしています。 世界最大手の一つであるMSCも「紅海地域の安定性が回復しており、今後は南航の増加が見込まれる」と発言するなど、実船ベースでの復帰が進み始めています。britannica

船社の「試験航海」と慎重姿勢

とはいえ、完全復帰にはまだ距離があります。ハパックロイドのCEOは2025年12月、ガザ停戦を受けて紅海情勢は緩和しつつあるものの、スエズ運河への本格回帰は「段階的」に行うべきであり、ポートコンジェスションを避けるためにも60~90日の移行期間が必要だとコメントし、明確な復帰タイムラインは示しませんでした。
マースクも2025年10月、ガザ停戦に関する報道の際に「持続的な安全保障上の解決が確立するまで、紅海ルートへの復帰は慎重に判断する」と表明しており、政治合意が必ずしも即座のルート正常化を意味しないことがうかがえます。

運賃はむしろ「下落基調」

一方で、運賃水準だけを見ると「危機前より高止まり」という単純な構図ではありません。2025年9月時点で、主要なアジア~欧州航路のスポット運賃は2,841ドル/FEUと前年から7%下落しており、新造船投入による船腹増加・供給過剰が、迂回によるコスト増を相殺し始めています。
DrewryのWorld Container Indexも2025年11月末時点で1,806ドル/FEUと、コロナ禍直後のピークを大きく下回る水準まで低下しています。 つまり「スエズ回帰+船腹過剰」の組み合わせにより運賃は下がっている一方で、紅海リスクそのものは完全には消えていないという「ねじれた」状況になっています。britannica

  1. それでも「フル回復」と言えない3つの理由

構造的に残る安全保障リスク

2025年7月には紅海での致死的な攻撃を受け、戦争リスク保険料が船舶価値の約0.3%から0.7%前後へと一気に高騰し、一部の引受業者は特定航海の引受を一時停止しました。 8月時点でもフーシ派による攻撃は断続的に発生しており、「停戦宣言=即リスク消滅」ではないことが示されています。britannica
Kplerの分析でも、2025年11月の時点で「紅海の海上保険リスクが、当面『平時水準』に戻ることは考えにくい」とされており、紅海・アデン湾は中長期的に「ハイリスク海域」として扱われ続ける可能性が高いと指摘されています。britannica

保険・サーチャージの『平時』復帰はまだ先

戦争リスク保険料の高止まりに加え、紅海危機を背景に設定された各種サーチャージ(Red Sea Surcharge、War Risk Surcharge 等)は、多くのキャリアで完全には撤廃されていません。 保険ブローカー各社の分析では、アジア~欧州航路のキャパシティは2024年第2四半期に最大20%減少し、その間、40フィートコンテナの平均運賃は2倍、欧州向けは3倍に急上昇し、海上戦争リスク保険料も通常時より大幅に高い水準で推移したとされています。
運賃指数自体は沈静化しても、「保険+サーチャージ+不確実性」というコスト要因は依然として価格に埋め込まれている、と見るべきです。britannica

サプライチェーンの『ニュー・ノーマル』

紅海危機は、ルートそのものの多様化も加速させました。紅海を回避する船舶がインド洋南側を通過した結果、スリランカのコロンボ港では2024年1月の寄港船舶数が前年比+35%、コンテナ取扱量が+72%という急増を記録しました。
2025年を通じて、紅海危機を含む「コントロール不能な外部変化」が相次ぎ、属人的な物流管理の限界が露呈したという指摘も、日本のロジスティクス業界から出ています。 結果として、大手船社はスエズ航路を再開しつつも、喜望峰回りや他のハブ港を組み込んだ複線的なサービス設計を続けており、「紅海一極依存」に戻ることは考えにくい状況です。britannica

  1. 日本企業が今から備えるべき5つのポイント

リードタイム前提を二重化する

ベースシナリオ:スエズ経由が徐々に復帰し、アジア~欧州間の航海日数はコロナ前+数日程度に収れん。
ストレスシナリオ:一部サービスは喜望峰回りを継続、または危機再燃で全面迂回に逆戻り(リードタイム+7〜10日)。
輸出入担当は、どちらのシナリオでも在庫回転・納期を守れるか、需要ピーク時(春節前・クリスマス前)を中心にシミュレーションしておく必要があります。 ハパックロイドが言及した「60〜90日の移行期間」に伴うスケジュール乱れも、2026年にかけて時折発生しうると見ておくと安全です。

契約条件に「リスク費用」を織り込む

運賃見積もりでは、船会社・フォワーダーが設定するRed Sea/War Riskサーチャージの扱い(込み・別建て)を明確化しておくべきです。 長期契約では「特定海域の戦争リスクが高まった場合の追加料金」「航路変更時の運賃・リードタイムの扱い」を条文化しておくことが望まれます。britannica
スポット運賃は下がっても、保険・サーチャージ起因のコスト変動は残るため、「値上げ要請=ぼったくり」と短絡せず、構造的なコスト要因を見極めることが重要です。britannica

貨物保険と戦争リスクのカバー再点検

自社の貨物保険が、紅海・アデン湾・紅海南部の「戦争危険指定海域」にどこまで対応しているかを再確認する必要があります。 フレート・フォワーダー側の保険に依存している場合も、約款上の免責条項(戦争・テロ・差し押さえなど)をチェックすべきです。britannica
高額貨物・時間価値の高い貨物は、必要に応じて追加の戦争リスク特約や、代替輸送(航空・シーエア)の比較検討を行うことが有効です。britannica

代替ルート・代替モードを「常設メニュー」に

紅海危機は、「オプションとしてのルート」が一夜で「デフォルト」になりうることを教えてくれました。 欧州向けは、地中海側港湾(例:ピレウス、バルセロナ)や北欧港への振替、鉄道やトラックとの組み合わせを事前に設計しておくことが重要です。
中東・アフリカ向けについても、湾岸諸国・東アフリカの代替港(ドバイ、ダーバン等)を含めた複数経路を社内マニュアルとして整理し、「そのとき慌てて探す」のではなく「普段から2〜3ルートを使い分けておく」ことで、危機時の切り替えコストを下げる発想が求められます。britannica

情報ソースを固定化し、社内で共有する

紅海情勢は、地政学ニュース、保険マーケット、船社アナウンスなど情報源がバラバラで、担当者個人の勘とネット検索に頼りがちです。
ロイド系情報や保険ブローカーによる海上リスクレポート、DHLなど大手フォワーダーの「Red Sea update」ページ、船社(Maersk、MSC、CMA CGM、ONE 等)のアドバイザリー、日本の業界メディア・商社・物流会社のニュースレターなどについて、「毎週ここを見る」という定点観測リストを決め、営業・調達・物流が共通認識を持てるようにしておくと、社内説明コストが大きく下がります。

  1. 結論:危機モードから「リスク前提の平時モード」へ

現時点(2025年12月)で言えるのは、航路・通航量・運賃の面では紅海・スエズが明らかに「回復フェーズ」に入っている一方で、安全保障・保険・サプライチェーン構造の面では、完全な「元通り」には戻らない前提で動くべきだという二面性です。britannica
紅海航路は「使うか/使わないか」の二択ではなく、リードタイム短縮とコスト削減のメリットと、戦争リスクおよび不測の迂回・遅延のデメリットを天秤にかけながら、契約・在庫・ルート設計をアップデートし続ける「リスク前提の平時モード」に移行しつつあります。britannica
日本企業としては、リードタイムと在庫の前提を2パターン以上用意すること、契約・サーチャージ・保険の条件を見直すこと、代替ルートと定点観測の枠組みを社内標準にすることの3点を押さえておけば、「次の紅海」リスクにも、より強いサプライチェーンで臨めるはずです。


 

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