EUが鉄鋼輸入に対する新しい貿易措置として、関税割当枠(TRQ)を大幅に縮小し、枠超過分の関税を現行25%から50%へ引き上げる案を提示しています。 これに対し、欧州議会・国際貿易委員会(INTA)の草案は、50%関税を支持しつつ、一部条件を修正する方向で議論を進めています。eurometal+3
この記事では、
- そもそも何がどう変わるのか
- EU議会案で上乗せ・修正された点は何か
- EU内外の企業への影響
- 日本企業・ビジネスパーソンが今から準備すべきこと
を整理します。jetro+1
1. 現行「鉄鋼セーフガード」とEC新制度案
現行セーフガード(〜2026年6月末まで)
EUは2018年、米国の鉄鋼セクション232関税(25%)発動を受けて、鉄鋼輸入にセーフガード措置を導入しました。 仕組みは「品目ごとのTRQ設定+枠超過分25%関税」というシンプルな構造で、約26カテゴリーの鉄鋼製品について枠内無税・枠超過に25%追加関税が課されています。chosun+1
WTOルール上、このセーフガードは2018年7月から8年で終了となるため、2026年6月末以降をどうするかが現在の議論の出発点です。finance.yahoo+1
欧州委員会(EC)案:2025年10月公表の新措置案
2025年10月、ECは「世界的な過剰生産からEU鉄鋼業を守る」ことを目的とした新たな鉄鋼貿易措置案を公表しました。 エッセンスは以下の3点です。eeas.europa+1
- 無税枠(TRQ)の大幅削減
年間の関税割当総量を18.3百万トンに制限し、2024年の枠から約47%削減するという内容です。letsrecycle+1 - 枠超過関税を25%→50%へ倍増
枠を超える輸入には50%の追加関税を課し、米国・カナダの水準と足並みを揃える構図になっています。reuters+1 - 「メルト&ポア」原産地要件の導入
鋼材がどの国で溶解・鋳造されたかを証明する「melt and pour」要件を導入し、ミルシート等で溶解国を示すことで迂回輸入を防ぐ狙いです。europa+1
対象は鉄鋼製品28品目で、現行よりやや拡大しており、ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインは枠外扱い、ウクライナについては安全保障上の事情を踏まえた特例的な優遇が想定されています。 ECは、これによりEU鉄鋼の設備稼働率を現在の65〜67%程度から80〜85%へ改善し、世界的な過剰生産への防波堤にしたい考えです。eurometal+2
2. EU議会案(INTA草案)の中身
INTAのリーク草案(2025年11月24日付と報じられる文書)は、EC案をベースにしつつ、いくつか重要な修正を提案しています。eurometal+1
50%超過枠関税の維持
議会草案は、枠超過分50%関税というEC案のコア要素を支持しています。 無税枠自体も2013年輸入量を基準とする考え方を維持しており、現行枠より約半分程度の水準になるという方向性に変わりはありません。linkedin+2
キャリーオーバーの復活提案
EC案では四半期ごとのTRQ管理で「未使用枠の持ち越し不可」とされていましたが、INTA草案はこれを緩和し、未使用分の四半期枠を翌四半期にキャリーオーバーすることを認めるべきだと提案しています。 これは供給途絶と価格変動の急激な振れを抑えるためで、ユーザー産業からの強い要望を反映した修正とされています。lagrand+1
ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除
議会草案は、ロシアまたはベラルーシで溶解・鋳造された鋼を使った製品をクオータ制度の対象外とし、EU国境で即時拒否する規定を盛り込む案を提示しています。 これは関税水準の問題を超えた安全保障・制裁措置の性格が強い提案です。eurometal
ウクライナ・EFTA3カ国の扱い
草案は、EC案と同様に、ウクライナについては戦時下の特例としてクオータ・関税を免除し、既存の一方的優遇措置の延長を想定しています。 またノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインについては、従来どおり制度の対象外としています。lagrand+2
発効時期:2026年中の開始見込みだが未確定
現行セーフガードは2026年6月末に失効し、新制度がその後を引き継ぐことが想定されています。 一部報道では、業界関係者が「2026年4月開始」を一つのシナリオとして挙げているものの、正式な発効日は依然として議論中であり、委員会採択・本会議・理事会との協議を経て最終決定される必要があります。eunews+3
3. EU内での評価:上流の歓迎と下流の危機感
鉄鋼メーカー側:稼働率と投資余力の回復
EUROFERなど鉄鋼メーカー側は、新措置案を「EU鉄鋼の設備稼働率を80〜85%に戻し、低価格輸入によるダメージを抑えつつ、脱炭素投資に必要な採算性を確保する措置」として強く支持しています。 彼らは、現在の輸入枠が需要に比べて過大であり、補助金付き・高炭素鋼がEU市場を侵食していると主張しています。reuters+3
自動車・機械などユーザー産業:コストと供給の両面を懸念
自動車・機械・エレクトロニクスなど鋼材ユーザー産業の業界団体は、47%のクオータ削減と50%超過関税、さらにmelt & pour要件による事務負担増の組み合わせが、コスト増と供給リスクを同時に高めると強く懸念しています。 一部の分析では、超過枠関税による追加コストが数十億ユーロ規模に達する可能性が指摘され、価格転嫁が難しいB2B取引ほどマージンが圧迫される構図です。koreapro+2
4. EU域外への波及:輸出国・英国・米国との連動
EU向け主要輸出国への影響
トルコ、インド、韓国、中国、ベトナム、台湾など、EU向け鉄鋼輸出の多い国々は、クオータ縮小と超過枠50%関税の組み合わせにより、枠内に収まらない部分の採算が厳しくなります。 その結果、輸出先の地域シフト(中東・アジア・アフリカなど)やEU向け製品の価格引き上げが進み、世界全体の鋼材フローが再配分される可能性があります。reuters+1
英国:EU市場依存ゆえの「実存的な脅威」
英国は鉄鋼輸出の大部分をEU向けに依存しているため、EUの新制度は「英国鉄鋼業にとって存在そのものを揺るがす脅威」と報じるメディアもあります。 UK Steelは国別クオータの確保を強く求めており、EUの高関税によりEU向けが減れば、代わりに安価な輸入が英国市場に流れ込む二重の影響も懸念されています。globalbankingandfinance
米国との「メタル・アライアンス」の可能性
EC案は、米国が既に導入している50%レベルの鉄鋼関税と歩調を合わせる形で、EU・米国の両方が中国などからの過剰輸出に対抗する「共同防衛ライン」を志向していると解説する向きもあります。 これは鉄鋼市場のブロック化、すなわち「北米+欧州 vs その他」という構図を強める方向に働きかねません。finance.yahoo+2
5. 日本企業・ビジネスパーソンの実務アクション
5-1 EU向けビジネスの鋼材依存度を棚卸し
まず、自社の売上・利益のうち、EU向けでかつ鋼材コスト比率が高い案件・製品を一覧化し、「EU向けにどの程度鋼材依存ビジネスがあるか」を把握することが出発点です。 そのうえで、50%関税がかかった場合の原価インパクトを粗くでも試算しておくと、社内説明や値上げ交渉の準備に役立ちます。jetro+3
5-2 HSコードとTRQカテゴリーの突き合わせ
新制度はTRQカテゴリーに基づいて運用されるため、自社の鋼材・部材のHSコードと、それがどのTRQカテゴリーに属するかを早期に確認する必要があります。 EU内部で十分な供給がない特殊鋼などは、業界団体を通じたロビーイングの論点にもなり得るため、「どのカテゴリーで、どれだけ枠が足りないか」を数字で把握しておくと有利です。thecaravelgu+2
5-3 「melt & pour」対応のトレーサビリティ構築
melt & pour要件により、EU向け鋼材や鋼材を含む製品では「溶解国情報」の提示が必須となる見込みです。 具体的には、letsrecycle+1
- サプライヤー契約にmelt & pour情報提供義務を明記
- 社内システムに「溶解国」フィールドを追加
- ミルシートや長期供給者宣言のテンプレートを標準化し、サプライヤーに共有
といった実務的なトレーサビリティ整備が求められます。eurometal+1
5-4 契約・価格条項(サーチャージ/関税条項)の見直し
2026年以降をまたぐ長期契約では、鋼材価格と関税・TRQ制度の両方の変動を織り込める条項が重要になります。 例として、reuters+1
- 「EU鉄鋼TRQ制度の変更により当該品目の関税または関連コストがX%以上増加した場合、価格を協議・改定できる」
- 「melt & pour要件強化に伴う追加事務コストを別途請求可能とする」
などの条項が検討対象になります。thecaravelgu+1
5-5 立法プロセスと業界団体の動きを継続ウォッチ
制度はまだ提案+議会草案の段階であり、欧州議会本会議、理事会とのトリローグを経る中で、キャリーオーバーや対象品目などの細部が変わる可能性があります。eurometal+1
- ECの公式発表・官報
- 欧州議会INTA委員会の審議・修正案
- EUROFER(上流)とACEA・Orgalim等(下流)の声明
- JETROや各国政府の解説レポート
といった情報源を追いながら、「決まってから対応」ではなく、「どう決まりそうか」を見越して社内シミュレーションを進めることが重要です。jetro+1
6. 50%という数字が持つメッセージ
EC案とEU議会案は、
- 無税枠(TRQ)を2024年比47%削減し18.3百万トンに制限
- 枠超過分の関税を25%から50%へ倍増
- melt & pourに基づく厳格な原産地管理
を柱とする、新しい鉄鋼貿易ルールを志向しています。europa+1
議会案は、50%関税自体は支持しつつ、四半期枠のキャリーオーバー復活、ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除、ウクライナ・EFTA3カ国への特例といった要素を上乗せし、安全保障と実務運用のバランスを模索しています。 日本企業としては、EU向けビジネスの鋼材依存度、TRQカテゴリー、melt & pour情報のトレーサビリティ、2026年以降の価格条項といった観点で、早めに前提条件をアップデートしておくことが合理的なリスク対応となります。koreapro+3
- https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_2293
- https://www.chosun.com/english/industry-en/2025/10/08/C7S5WCWSCBAUZLECSFN2CCXLXI/
- https://eurometal.net/leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-backs-50-steel-over-quota-duty-adds-russia-belarus-ban-quota-carryover/
- https://eurometal.net/2025/11/28/
- https://www.reuters.com/world/china/eu-halve-steel-import-quotas-revive-domestic-industry-2025-10-07/
- https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/85badf9a4c5331d1.html
- https://uk.finance.yahoo.com/news/eu-plans-cut-steel-import-094823358.html
- https://www.eeas.europa.eu/delegations/t%C3%BCrkiye/commission-proposes-plan-protect-eu-steel-industry-unfair-impacts-global-overcapacity_en?s=230
- https://www.letsrecycle.com/news/eu-steel-proposal-seeks-stability-amid-global-overcapacity/
- https://eurometal.net/eu-unveils-quota-volumes-for-new-safeguard-system/
- https://www.linkedin.com/posts/eurometal_leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-activity-7400190627092746241-IMKT
- https://lagrand.ch/eu-steel-market-poised-for-disruption-safeguard-draft-ukraine-scrap-ban-impact-202512021028/
- https://www.eunews.it/en/2025/10/07/zero-tariffs-for-lower-quotas-higher-ones-for-surpluses-eu-measures-for-steel/
- https://www.reuters.com/markets/commodities/eu-plans-cut-steel-import-quotas-hike-tariffs-2025-10-01/
- https://koreapro.org/?p=2211344
- https://www.thecaravelgu.com/blog/2025/10/11/kub596v0tlwetut8nfnrpm5amk48b9
- https://www.globalbankingandfinance.com/EU-STEEL-75902157-2ec7-4dd0-b847-5e24a4a2ba33/
- https://euperspectives.eu/2025/10/commission-slashes-steel-import-quotas-doubles-out-of-quota-tariff-to-50/
- https://www.steelorbis.com/steel-news/latest-news/eu-to-halve-steel-import-quotas-and-raise-tariffs-to-50-in-new-trade-package-1412688.htm
- https://x.com/EUROMETAL_/status/1994427204495933522
FTAでAIを活用する:株式会社ロジスティック