関税率より重いのは、法的根拠が揺らぐコストだ
2026年3月6日
また関税の話か、と受け流すのは危険だ。今回の本質は、関税の水準そのものよりも、米大統領がどの法律を根拠に、どこまで一方的に追加関税を動かせるのかという点にある。2026年2月20日、米連邦最高裁はIEEPAでは関税を課せないと判断した。これを受けても政権は同日、今度は通商法1974年122条を使って、2月24日から150日間の一時的な追加関税を発動した。3月5日には、オレゴン州を先頭に24州がこの新たな措置を違法として提訴した。企業にとって重要なのは、税率の数字ではなく、法的根拠の不安定さが原価、価格、在庫、投資判断を同時に揺らすことだ。

何が起きたのか
提訴の舞台は米国際貿易裁判所だ。オレゴン、アリゾナ、カリフォルニア、ニューヨークを中心とする24州が、トランプ政権の最新の追加関税の差し止めを求めた。州側の見方では、最高裁でIEEPA関税が否定された直後に、政権が別の法律へ乗り換えて同様の負担を続けようとしている、という構図である。
布告ベースでは、この措置は2月24日発効の一律10パーセント追加関税として始まり、期間は150日までに限定されている。一方で政権内では15パーセントへの引き上げ方針も示されており、州側や主要メディアは一連の動きをまとめて「代替関税」と捉えている。
なぜ再び訴訟になったのか
通商法122条は、米国に深刻な国際収支上の問題がある場合に限り、大統領が最大15パーセント、最長150日の一時的輸入課徴金を課せる条文だ。もともと恒久的な保護関税のための条文ではなく、かなり限定的な非常手段として設計されている。
州側の主張は明快だ。第一に、政権が問題視する貿易赤字は、122条が想定する国際収支の深刻な不均衡とは同じではない。第二に、USMCA適用品や一部品目の除外が多く、非差別や一様適用の考え方と整合しにくい。第三に、本来は議会が担うべき関税政策を、行政が無理に広げているという権力分立の問題がある。
一方で政権は、経常収支を含む広い意味での国際収支問題が続いており、122条の要件は満たされると主張している。争点は単純な賛否ではなく、122条をどこまで拡張して読めるかにある。
企業が本当に見るべきポイント
ビジネスの現場でまず押さえるべきは、関税は最終的に米国内の輸入者や消費者のコストになりやすいことだ。ニューヨーク連銀の分析では、2025年の関税コストのほぼ9割が米国の企業と消費者に帰着した。日本企業から見ると、「米国の取引先が吸収してくれるだろう」という期待は危うい。現実には、値下げ要求、販促費負担、納入条件の見直しとして跳ね返ってくる公算が大きい。
次に重要なのは、今回の追加関税が見た目ほど一律ではないことだ。ホワイトハウスは、USMCA適用品、エネルギー関連、一部の電子・半導体関連、医薬品関連、既存または今後232条の対象となる品目などに例外を設けている。つまり、影響は業種ごとではなく、品目分類、原産地、北米域内ルール、通関設計の違いで分かれる。
もう一つの論点は、法的根拠の乗り換えが続くこと自体がリスクだという点だ。企業にとっての最大コストは、関税率の高さだけではない。どの権限で課され、いつ見直され、止まった場合に返金がどう処理されるのかが読めないことが、契約と投資判断を難しくする。
日本企業が今すぐやるべきこと
まず見直すべきは契約だ。追加関税が発生した場合に、価格改定、納期変更、負担分担をどう扱うかを明文化しておかないと、交渉は相手のペースになりやすい。
次に重要なのは、原産地と品目分類の再点検である。今回のように例外の多い措置では、同じ製品群でもHS分類や原産地証明の取り方で採算が変わる。営業判断の前に、通関実務と原価計算をつなぐ必要がある。
最後に見落としやすいのが、在庫と船積みの管理だ。関税は通関時点のルールで課されるため、出荷日よりも米国での申告タイミングが利益に直結する。販売、物流、通関、法務、財務が別々に動いている企業ほど、対応が後手に回りやすい。
この先、何が起きるのか
当面の注目点は二つある。ひとつは、裁判所が差し止めに踏み込むかどうか。もうひとつは、政権が122条の範囲内で押し切ろうとするのか、それとも別の法的枠組みに軸足を移すのかだ。
いずれにしても、今回の24州提訴が示しているのは、米通商政策の不確実性がなお解消していないという現実である。企業は「関税が上がるか下がるか」だけを見る段階を過ぎた。これから必要なのは、法的根拠の変更まで含めた複数シナリオを持ち、価格、調達、物流、投資の判断を同時に更新できる体制だ。
最後に
今回の訴訟は、単なる政治対立のニュースではない。大統領の通商権限の限界と、企業がその揺らぎをどう織り込むかを問う事件である。見出しの数字に反応するだけでは足りない。自社の米国向け売上、原価、契約、在庫、通関ルートを一枚で見える化し、どの条件が変わると利益が崩れるのかを早めに掴んだ企業から、次の波に備えられる。
参考にした主な公表資料
1. 米連邦最高裁判所判決 Learning Resources, Inc. v. Trump(2026年2月20日)
2. ホワイトハウスの関税ファクトシート(2026年2月20日)
3. ホワイトハウスの122条関税布告(2026年2月20日)
4. Oregon Department of Justice の提訴発表(2026年3月5日)
5. 米国通商法1974年122条(19 U.S.C. 2132)
6. ニューヨーク連銀の2025年関税負担分析(2026年2月)
免責事項:
本稿は2026年3月6日時点で確認できる公開資料に基づく一般的な情報提供であり、法務、税務、通関、投資その他の専門的助言を目的とするものではありません。具体的な対応は、弁護士、通関士、税務・貿易実務の専門家にご相談ください。
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