1. いま何が起きているのか(エグゼクティブサマリー)
USMCA(米・メキシコ・カナダ協定)は、**2026年に初回の「6年目共同見直し(レビュー)」**を迎えます(発効は2020年7月1日)。
協定本文第34.7条は、
- 6年目に3か国で共同見直しを行うこと
- その際に「さらに16年間延長するかどうか」を首脳レベルで書面確認すること
- 延長に合意しなければ、2036年に協定が自動終了する”サンセット条項”になること
を定めています。
これに加え第34.6条は、いずれの国も6か月前通告でUSMCAから単独離脱できると明記しています。
2025年12月、トランプ政権のUSTR(米通商代表部)高官が
「来年、USMCAからの離脱を決める可能性がある」
と発言し、カナダ・メキシコのみならず企業・市場に大きな波紋を広げました。
2026年レビューは、
① 短時間で延長を決めて”継続”を確認するのか
② 再交渉の場として利用されるのか
③ 最悪の場合「離脱」や「2036年失効」へのレールになるのか
という分岐点になります。
日本企業にとっては、「NAFTA → USMCA」以上に不確実性の高いイベントであり、自動車・電機・機械を中心とする北米サプライチェーン戦略の再点検が急務です。
2. USMCAの「再検証」メカニズムを整理する
2-1. サンセット条項と6年目レビュー
USMCA第34.7条は、次のような構造になっています。
1. 16年の有効期間+延長オプション
- 協定は発効から16年後(2036年7月1日)に自動終了。
- ただし、3か国の首脳が書面で「延長したい」と確認すれば、そこからさらに16年延長。
2. 6年目の「共同見直し」
- 発効から6年目(2026年)に、3か国の閣僚級で**共同レビュー(joint review)**を実施。
- 各国は事前に「協定運用に関する提案・懸念」を提出できる。
3. 延長判断と”年次レビュー”
- 6年目レビューで3か国全てが「延長したい」と確認すれば、その時点で自動延長。
- もし1か国でも「延長しない」とした場合:
- 2036年の自動終了は維持
- それまで毎年「延長するかどうか」を再協議する年次レビューが義務付けられる。
つまり、2026年レビューは
「USMCAを2036年以降も安定的に続けるのか、それとも”いつでも終わり得る協定”として残り10年を走り抜けるのか」
を決める分岐点です。
2-2. 単独離脱条項との組み合わせ
別条文の第34.6条は、
- **一方的離脱(withdrawal)**を認め、
- 書面通告から6か月後にUSMCAから退出できると定めています。
したがって、
- 2026年に3か国で延長を決めたとしても、
- その後、米国・カナダ・メキシコのいずれかが国内政治の判断で離脱カードを切る余地は残ります。
3. 「離脱示唆」はどこまで本気なのか
3-1. USTR高官の発言とトランプ政権のスタンス
2025年12月、USTRのJamieson Greer氏はインタビューで、
**トランプ大統領が「来年、USMCAから撤退するかどうかを決める可能性がある」**と発言したとされています。
さらに、USMCAをカナダ・メキシコとの2本の二国間FTAに分割する構想にも言及したと報じられています。
これは、
- 2018〜19年のNAFTA再交渉時と同様、「離脱カード」を交渉テコとして使う典型的なスタイルと見る向きが多い一方、
- 今回は協定本文にサンセット条項と年次レビュー義務が組み込まれているため、「本当に終わりかねない」制度的リスクも存在します。
3-2. カナダ・メキシコ側の警戒
カナダでは、オンタリオ州首相が
「トランプ大統領を信頼していない。USMCAを前倒しで再交渉しようとする可能性がある」
と警告し、連邦政府に備えを求めています。
メキシコの自動車業界は、
- **厳格化する原産地規則(ROO)**と
- 米国によるトラック・EVなどへの高関税
を背景に、「2026年レビューに向けて”極めて複雑な見通し”」だと懸念を表明しています。
これらは、単なる政治的レトリックではなく、企業の投資判断・サプライチェーン構築に実際の影響を与え始めているシグナルと見るべきです。
4. 2026年レビューで焦点となり得る論点
各種シンクタンクの分析や実務家のコメントを整理すると、主な争点は以下の通りです。
4-1. 自動車・電機を中心とした原産地規則(ROO)
自動車の無税適用には、純費用方式で75%の域内部品比率が求められます。
この基準は段階的に引き上げられ、
- 2020年発効時:66%
- 2021年:69%
- 2022年:72%
- 2023年:75%(最終水準に到達)
となっています 。jetro
既に業界からは
- 「実務的に達成が難しい」
- 「アジアからの部材を一定程度認める”緩和”が必要」
との声も上がっており、2026年レビューで再調整を求める圧力が強まる可能性があります。
4-2. 労働・環境規定とその執行
USMCAは、NAFTAに比べて
- 労働権
- 環境保護
の条項を強化し、メキシコの工場への査察や是正要求が活発化しています。
米国側は、
- 「メキシコの履行状況は不十分」との主張を強める可能性があり、
- これを理由に関税引き上げや是正措置をちらつかせる交渉に発展するリスクがあります。
4-3. 中国など「非市場経済国」との関係
USMCAには、いわゆる**「非市場経済国(実質的には中国)とのFTA締結を制限する条項」**が含まれており、北米が対中デカップリング・デリスキングを進める枠組みとしても機能しています。
2026年レビューでは、
- 中国由来部材の取り扱い
- EV・電池・半導体など安全保障関連サプライチェーンの優先度
が改めて俎上に載ると見られます。
4-4. エネルギー・国家安全保障・紛争解決
- エネルギー政策(メキシコの資源ナショナリズムなど)や
- 安全保障を理由とした232条・301条関税との整合
も、レビューの文脈で調整が求められます。
既に、パネル紛争が複数件動いており、「協定の運用上の問題」なのか「ルールの設計そのものの問題」なのかを巡って各国の認識は分かれています。
5. ビジネスが直面する4つのシナリオ
各種レポートで示されているシナリオを統合すると、企業が押さえるべきパターンはおおよそ次の4つです。
シナリオ1:小幅見直し+16年延長(ベースライン)
- 自動車ROOなど一部ルールを微調整しつつ、2026年に3か国が16年延長を確認。
- 市場には「しばらくはUSMCAが続く」という安心感
- ただし「単独離脱カード」は残るという状況。
シナリオ2:激しい再交渉だが、最終的には延長
トランプ政権が
- 「再交渉に応じなければ離脱する」とプレッシャーをかけ、
- 自動車・農業・デジタル税などで大幅な譲歩を迫る。
ぎりぎりまで不透明感が続く一方、最終的には何らかの妥協で延長。
NAFTA再交渉時と同様、「交渉のストレス」自体がビジネスにとってコストとなるパターンです。
シナリオ3:二国間FTAへの分割・部分的な「USMCA離れ」
米国が
- カナダとの二国間、
- メキシコとの二国間
への分割を示唆・実行し、実質的にUSMCAの三国一体性が薄れるケース。
ルールが国・品目別にさらに複雑化し、サプライチェーン管理・原産地管理の難度が上がります。
シナリオ4:延長見送り → 2036年失効 or 単独離脱
2026年時点で1か国以上が「延長しない」と表明し、2036年の自動失効が既定路線となるケース。
さらに、政治状況次第では、
- 米国が突然第34.6条に基づき6か月通告で離脱
という、**NAFTA撤退宣言の”再演”**も排除できません。
6. 日本企業が今から取るべきアクション
6-1. 「USMCA依存度」を見える化する
1. 売上・調達のUSMCA依存度
- 北米向け売上のうち
- USMCA無税を前提とした取引の割合
- 自動車・部品、電機、機械など協定依存度の高い品目
- を定量化する。
2. 原産地ルールに対する脆弱性
- ROOが厳しい品目(完成車・主要部品、ハイテク製品など)をリストアップし、
- 「ルール変更」「原産地証明の厳格化」による影響度を試算。
6-2. ルール変更・関税復活を前提にしたシミュレーション
上記4シナリオをベースに、
- 関税がNAFTA前水準/WTO税率に戻るケース
- USMCAは継続するが、自動車ROOがさらに厳格化するケース
- 二国間FTA化で、米国向けとカナダ・メキシコ向けのルールが分かれるケース
を、それぞれ原価・価格・利益に落とし込んで試算しておくことが重要です。
6-3. 北米サプライチェーン戦略の再点検
メキシコ拠点の役割見直し
近年の「メキシコ・ニアショアリング」ブームを背景に、多くの日系企業がメキシコ拠点を北米向け輸出のハブとして位置付けています。
USMCAの将来が不透明な中、
- 米国国内生産の比重
- カナダ・メキシコでの補完生産
のポートフォリオ・バランスを再検討する必要があります。
中国・アジア由来部材の扱い
対中制裁関税や「非市場経済国」条項との関係で、中国由来部材を通じた北米市場アクセスは今後さらに精査される可能性が高い。
調達先の多様化・友好国シフトのスケジュールを前倒しで検討すべき局面です。
6-4. 契約・ガバナンス・情報収集の仕組み
長期取引契約の見直し
2026年〜2030年を跨ぐ長期契約には、
- USMCAの見直し・離脱
- 関税率変更
に対応する価格調整条項・再協議条項を標準搭載しておくことが望ましい。
HQ主導のモニタリング体制
本社レベルで、
- USTRのレビュー手続き(公聴会・パブコメ)
- カナダ・メキシコ政府の公式発言
- 業界団体の要望書
を定期的にフォローし、各事業部に「シナリオ更新」をフィードバックする体制が必要です。
7. まとめ:USMCAは「制度リスクを抱えた成長市場」に変わった
USMCAは、
- 北米をひとつの生産・販売プラットフォームとして機能させるうえで、依然として非常に強力な枠組みです。
しかし、
- サンセット条項と6年ごとのレビュー
- 6か月通告での単独離脱
を組み合わせた制度設計の結果、
「政治状況次第で”揺さぶり”が繰り返される協定」
へと性格を変えました。
日本企業としては、
- USMCAを前提にした現行ビジネスを冷静に棚卸しし、
- 関税復活・ルール変更・二国間化など複数シナリオの定量シミュレーションを行い、
- メキシコ拠点・米国内生産・アジア調達のバランスを戦略的に再設計する
ことが求められます。
「USMCA再検証と離脱示唆の波紋」を、**”危機”としてだけでなく、”北米戦略をアップデートする契機”**として捉えられるかどうかが、今後10年の競争力を左右すると言っても過言ではありません。
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- https://www.ctvnews.ca/politics/article/trump-could-decide-next-year-to-withdraw-from-cusma-trade-deal-ustr-greer-tells-politico/
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