英GCC FTA:交渉妥結目前の「実質負担と機会」


【2025年版】英GCC FTA:交渉妥結目前の「実質負担と機会」分析

英国とGCC(湾岸協力会議)のFTA交渉は、2022年の開始から3年を経て、いよいよ「政治決断待ち」の最終段階に入りました。

本協定は、世界を一変させる巨大協定ではないものの、**「じわっと効く中規模の実利型FTA」**として、日本企業の欧州・中東戦略にも無視できない影響を与えます。

現状のステータスと、日本企業が備えるべきポイントを整理します。

0. エグゼクティブ・サマリー

  • 現状: 2025年秋時点で「残る論点は少数」。英財務相らが「Very soon(間もなく)」と発言しており、年内〜年度内の妥結が視野に入っています。
  • 経済効果: 英国側試算で貿易量は約16%増。GDP押し上げ効果は年16億ポンド(約0.1%)程度ですが、特定の産業(自動車、食品、金融、再エネ)には大きな恩恵があります。
  • 本質:
    • 英国: 湾岸市場への関税・非関税障壁を一括低減する「輸出・サービス振興策」。
    • GCC: 脱石油・産業多角化のために、英国を「技術・金融パートナー兼投資先」として固定化する枠組み。
    • 日本企業: 英国拠点の活用価値(対GCC輸出ハブ)が上がる一方、GCC市場における英系競合(特にサービス・インフラ分野)の競争力が増す「二面性」への対応が必要。

1. 交渉の現在地:2025年秋の「決定的一歩」

2022年の交渉開始以来、多くのラウンドを重ねてきましたが、ここに来て急速に機運が高まっています。

1-1. 双方が認める「最終段階」

2025年9月〜10月にかけて、交渉妥結に向けたハイレベルの政治的動きが活発化しています。

  • GCC側: 「未解決の論点はごくわずかであり、経済関係を新次元に引き上げる好機」と明言(2025年10月 事務局長発言)。
  • 英国側: リーブス財務相が「交渉は高度な段階(Advanced stage)にあり、合意は極めて近い(Very soon)」と発言。財務省も改めて年16億ポンドの経済効果を強調しています。
  • 共同声明: 9月の外相会合にて「商業的に意味のあるFTAを優先的に締結する」との文書を発表し、政治的意思を確認済みです。

1-2. なぜ今まで時間がかかったのか

  • 英国内政の変動: 政権交代や通商戦略の再定義による優先順位の揺れ。
  • 政治的センシティビティ: 英国内のNGO・労組等から、GCCの人権・労働問題(カファラ制度等)や気候変動対策への懸念が強く、これらを協定文にどう落とし込むかの調整に難航しました。

2. 協定の全体像:何がどう変わるのか

英政府の方針や専門機関の分析に基づくと、合意内容は以下の「物品・サービス・投資」の3本柱となる見込みです。

2-1. 物品貿易(関税削減)

  • 英国からの輸出:
    • 自動車・機械: 現在の関税(5%等)の撤廃。
    • 食品・飲料: チョコレートや加工食品にかかる5〜25%の高関税の削減・撤廃。英国産品の価格競争力が向上します。
    • 再エネ部材: 風力発電部品などの関税削減。
  • GCCからの輸出:
    • 石油化学製品、アルミなどの対英関税削減により、英国市場でのシェア拡大を狙います。

2-2. サービス・デジタル貿易(英国の主戦場)

英国経済の強みであるサービス分野の開放が重要論点です。

  • 金融・プロフェッショナル: 弁護士、会計士などの資格相互承認や、金融サービスのライセンス取得プロセスの透明化。
  • デジタル: データローカライゼーション(サーバー現地化要求)の禁止や、ソースコード開示要求の禁止など、現代的なデジタル貿易ルールの策定。

2-3. 投資・エネルギー(GCCの主戦場)

  • 投資: GCCのソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)による英国インフラ・テック投資を円滑にする法的保護と予見可能性の向上。
  • グリーン転換: 水素、CCUS(二酸化炭素回収・貯留)などの分野での技術協力と投資促進。

3. 日本企業へのインプリケーション

このFTAは「対岸の火事」ではありません。日本企業のビジネスモデルに対し、以下の3つの側面で影響を与えます。

① 英国拠点を持つ企業(製造・商社)

「英国=対GCC輸出ハブ」としての価値向上

  • 英国で製造した製品(自動車、機械、加工食品等)をGCCへ輸出する場合、FTA税率(0%等)を活用できる可能性があります。
  • 課題: 「原産地規則」のクリアが必要です。日英CEPAや英EU TCA(対EU協定)とは別の基準になる可能性があるため、サプライチェーンが英GCC FTAの原産地要件を満たせるか(十分な付加価値が英国内で付いているか)の再検証が必要です。

② GCC拠点を持つ企業(インフラ・サービス)

英系競合との競争激化

  • プロジェクト受注: プラント建設や再エネ案件で、英系企業がFTAの投資章や政府調達規定をテコに、有利な条件で参入してくる可能性があります。
  • サービス分野: 金融、法務、コンサルティング領域で、英系ファームがGCC市場でのプレゼンスをさらに強めるでしょう。

③ 日GCC EPAとの「タイムラグ」問題

  • 日本とGCCもEPA交渉を再開していますが、妥結までは時間を要します。
  • 日GCC協定が結ばれるまでの間(数年単位の可能性)、**「英国企業は関税ゼロ、日本企業は関税5%」**という劣後状態が発生するリスクがあります。

4. 実務担当者が今チェックすべきアクション

「合意間近」の今、ビジネスパーソンが準備すべきは以下の4点です。

  1. 関税インパクトの試算 (HSコード別)
    • 現在、英国からGCCへ輸出している製品の関税率(通常5%〜25%)を確認し、これが撤廃された場合のコストメリットを試算する。
  2. 原産地規則(RoO)のシミュレーション
    • 英国拠点の製品が「英国原産」と認められるための付加価値基準(RVC)や関税分類変更基準(CTC)を想定し、現在の調達構造でクリアできるか確認する。
  3. サービス・投資規制の緩和チェック
    • 金融、教育、ヘルスケア分野などで、GCC側の外資規制(出資比率上限など)が英国企業向けに優先的に緩和される可能性を注視する。
  4. 「三角貿易」の設計
    • 将来的には「日英」「日GCC」「英GCC」の3つの協定が並立します。どこで付加価値を付け、どのルートで流すのが最適か、物流ロジスティクスを含めた長期戦略を検討する。

5. まとめ

英GCC FTAは、派手さはなくとも、「英国という技術・金融ハブ」と「GCCという資本・エネルギーハブ」の結びつきを制度化する重要なパイプです。

日本企業としては、単にニュースとして受け流すのではなく、「自社の英国拠点がGCC向けビジネスの武器になり得るか」、あるいは**「GCC市場で英国ライバルにどう対抗するか」**という視点で、具体的な戦略の見直しに着手すべきタイミングです。


「二重HSコード時代」の管理戦略:1製品=1コードの常識を捨てる時


はじめに:なぜ今「二重HSコード時代」なのか

かつて多くの企業は、「1つの商品には1つのHSコード」という前提で実務を組み立ててきました。しかし現在、その前提は崩れつつあります。

  • 日本の輸出用コードと、相手国の輸入用コードが違う
  • 関税率は最新の「HS2022」ベースだが、EPA(経済連携協定)の原産地規則は古い「HS2012」や「HS2017」ベースである
  • 同じ製品なのに、販売会社Aと工場Bで管理しているHSコードがズレている

このように、「二重どころか多重のHSコード」を管理することが日常になりつつあります。

HSコードは上6桁までは世界共通ですが、7桁以降は各国が国内制度に合わせて独自に細分化しています(例:EUのCN/TARIC、日本の統計品目番号やNACCSコードなど)。(出典:DHL)

さらに、共通であるはずの「最初の6桁」についても、各国税関が独自に分類判断を行うため、同じ品目でも国ごとに異なるHSコードになる可能性があることが公的機関からも明示されています。(出典:ジェトロ)

そこに、HS2017→2022→2028という版改正と、EPA/FTAごとの「HS版のズレ」が重なり、「二重HSコード時代」が本格化しているのが現状です。(出典:世界税関機関)

本稿では、経営・実務の両面から、この複雑な状況を前提とした管理戦略を解説します。


1. 「二重HSコード」の正体:どこが「二つ」なのか

1-1. 輸出国コード vs 輸入国コード

貿易には必ず「輸出」と「輸入」の2つの側面があり、それぞれ参照するコード体系が異なります。

  • 輸出時: 輸出国の関税・統計体系に基づくコード(例:日本の輸出統計品目番号 9桁)
  • 輸入時: 輸入国の関税率表・システムに基づくコード(例:米国HTS、EU CN/TARIC 等)

輸出時に使用したHSコードが、そのまま輸入国でも通用するとは限りません。「輸出国と輸入国でHSコードが異なるのは、むしろ普通である」という認識を持つ必要があります。(出典:eusmecentre.org.cn)

1-2. HSバージョン(2012/2017/2022/2028)とEPA原産地用コード

HSコードは技術進歩や貿易構造の変化に対応するため定期的に改正されます。最新版は2022年版ですが、次期改正となる**「HS2028」**に向けた準備もすでに進んでいます。(出典:ジェトロ)

  • HS2028(次期改正): 今回は例外的な6年サイクルとなり、2028年1月1日に世界一斉発効する予定です。299セットの改正を含み、2025年3月のHS委員会で改正勧告が暫定採択され、2025年末に正式採択、2026年に条文公表というスケジュールが示されています。(出典:世界税関機関)

一方、EPA/FTAの原産地規則は「協定締結時のHS版」で固定されることが多いため、以下のようなねじれが生じます。

  • 日本のEPA: HS2002、2007、2012、2017など、協定ごとに参照する版がバラバラ。
  • RCEP: 当初はHS2012ベースでしたが、2023年に品目別原産地規則がHS2022へ移行。

結果として、1つの製品について以下の「版の異なるコード」を同時に扱う必要があります。

  1. 関税計算・通関用: HS2022(または将来のHS2028)の輸入国コード
  2. FTA原産地判定用: HS2017等の6桁(協定で定められた版)

1-3. 6桁共通+各国細分+システムコードの多層構造

HSコードは「6桁まで共通」ですが、その後ろには各国の独自ルールが存在します。

日本では7〜9桁が統計細分、10桁目はNACCS用コードという構造です。(出典:ジェトロ)

さらに米国では、輸出用のSchedule B、輸入用のHTSといった「目的に応じたコード体系」が併存しています。(出典:ctp-inc.com)

ビジネスの現場視点で見れば、1つの品目に対して以下のコードを併走させるのが現実解となります。

  • 日本輸出用コード
  • 輸入相手国ごとのインポートコード
  • FTA原産地証明書用の6桁コード(輸入国・協定ベース)(出典:日本商工会議所)
  • 社内統計・価格管理用の品番紐づけコード

2. 二重HSコードがもたらす3つのビジネスリスク

(1) 関税コスト・追徴・遅延リスク

輸出側と輸入側で分類認識が食い違うと、輸入地での税関事後調査で更正・追徴課税が発生する恐れがあります。

特に高関税品目やセーフガード対象品では、分類次第で関税率が数十%変わることもあります。また、通関トラブルによる納期遅延は、顧客クレームや在庫増などサプライチェーン全体に悪影響を及ぼします。

公的なQ&Aでも「輸出者が通知してきたコードを安易に用いると更正リスクがある」と警告されており、輸入国側での「事前教示」制度の活用が推奨されています。(出典:ジェトロ)

(2) FTA/EPA原産地の誤判定リスク

FTAの原産地規則はHSコードに基づいてルールが定められています。そのため、参照する「HSの版(年次)」を取り違えると、原産資格の判定そのものを誤る可能性があります。

実務上は、「HS2022ではこの番号だが、協定はHS2012ベースなので別の番号に読み替えて判定する」といった作業が必須です。これを怠ると、適用できるはずの特恵関税を見逃したり、逆に不適切に適用して検認で否認されるリスクが高まります。(出典:ジェトロ)

(3) 内部統制・ITコストの増大

国別・版別のコードがバラバラに管理されていると、品目マスタが破綻し、海外拠点ごとに「独自のHS管理表」が乱立しがちです。

ERP、GTM(貿易管理システム)、原産地管理システムなどの複数システム間でHSコードが二重・三重に登録され、その整合性維持に膨大な工数が発生します。

次期「HS2028」対応では、HS2022との相関表に基づいた一斉更新が必要となるため、マスタ管理が甘い企業ほど対応コストが跳ね上がると指摘されています。(出典:ロジスティック専門家)


3. 経営として押さえるべき3つの管理原則

原則1:前提を変える ― 「1製品=複数HSコード」が正常

「どの国でもこの1コードで通るはず」という発想は、もはやリスクでしかありません。公的情報でも、国による分類差異はあり得ると明言されています。(出典:ジェトロ)

経営としては、以下の前提に切り替えることが出発点です。

「1製品には、国別・版別・用途別の『複数のHSコード』が存在する。重要なのは、何をどの目的で使うかを明確に区別して管理することである」

原則2:HSコードは「属性情報」として管理する

品目コードそのものではなく、品目に紐づく「属性情報」としてHSを管理するイメージが重要です。

  • グローバル共通品番: P12345
  • 属性としてのHS情報:
    • Global HS6(現行版):xxxx.xx(HS2022)
    • 日本輸入コード:xxxx.xx-xxx-x
    • 米国HTS:xxxx.xx.xxxx
    • EU CN/TARIC:xxxx xxxx xx
    • FTA A協定用HS6(HS2012)、FTA B協定用HS6(HS2017)… など

このような「マスタデータとしての構造化」は、サプライチェーン全体の基礎情報を定義するMDM(Master Data Management)と同じ発想で取り組むべき課題です。(出典:3rdwave.co)

原則3:法令根拠・判断プロセスを残す(説明責任の確保)

HSコードは数字だけ管理しても意味がありません。後から「なぜその番号にしたのか」を説明できるように、以下の情報をセットでマスタ登録しておくことが推奨されます。

  • 参照した品目表の条文、部注・類注
  • 関税率表解説、分類事例、公的事前教示の回答書
  • 過去の申告実績

実際に最新のHS管理ツールでは、「HSコードと法令根拠をセットで登録する」機能が標準化しています。(出典:guidance.jaftas.jp)

説明責任(アカウンタビリティ)の確保は、税関対応だけでなく、内部監査やグローバル本社への報告においても不可欠です。


4. 実務設計:マスタ・システム・組織の三位一体

4-1. 品目マスタの「多重HS」設計

ビジネス視点で整理すると、1品目に対して以下のような「HSスロット」を用意する設計が有効です。

スロット種別典型的な中身主な用途
Global HS6 (現行版)HS2022の6桁グローバル共通言語、基本統計、全体管理
国別輸入コード日本(9-10桁)、EU CN、米国HTS等関税計算、輸入申告、国内規制判定
国別輸出コード日本輸出統計品目番号、他国輸出コード輸出申告、貿易統計
協定別HS6日EU(HS2017)、RCEP(HS2022)等原産地規則判定、特恵税率適用
コントロール用DUIコード、該非判定用安全保障輸出管理 等

【実装のポイント】

  • キーは「品番(グローバルID)」とし、HSは属性テーブルとして保持する。
  • 各スロットに「有効期間」「HS版」「根拠(メモ・事前教示番号)」を持たせる。
  • これにより、「マスタ上は複数HSだが、申告時には適切な1つだけをシステムが自動選択する」設計が可能になります。

4-2. HS2028移行を見据えた版管理

次期HS2028では、エレクトロニクス・医薬品・グリーンテック・デュアルユース製品などで大きな改正が予定されています。(出典:ロジスティック専門家)

WCOはHS2022とHS2028の相関表(コンコーダンス)作成に着手しており、これが企業側の移行作業におけるメインツールとなります。(出典:世界税関機関)

企業が取るべき基本戦略は以下の通りです。

  1. 現行マスタの整備(2025〜2026年):同じ製品で拠点ごとにHSが異なっていないか棚卸しし、「現行版(HS2022)」での姿を整える。
  2. 相関表を使った影響分析(2026〜2027年):WCOや各国税関が公表する相関表を取り込み、どの品目がどこに移るかをマッピングし、関税率や原産地ルールへの影響を試算する。(出典:ロジスティック専門家)
  3. 「切り替え」ではなく「並行管理」:バージョンを単純に上書き更新するのではなく、一定期間はHS2022とHS2028の両方をマスタ内に持ち、移行前後の対応関係を保持する。

4-3. 分類ガバナンスとエビデンス管理

組織面では、以下のような役割分担(RACI)とナレッジ管理がカギとなります。

  • 役割分担:
    • グローバル/地域本社:分類ポリシーの策定、最終判断、監査。
    • 各国拠点:ローカル税関との調整、事前教示の取得。
  • エビデンスの一元管理:品目マスタ上で、HSコードに「根拠情報(条文、分類意見、事前教示番号など)」を紐づける。(出典:guidance.jaftas.jp)属人的なメモではなく、組織の資産としてナレッジ化することが、生産性を大きく左右します。

5. 90日アクションプラン(経営報告用)

3か月で体制を整えるためのイメージプランです。

  • 第1フェーズ(0〜30日):現状可視化
    • 主要カテゴリ(売上上位・利益貢献大)の製品について、国別輸出入コード、利用中のEPA、HS版(2012/2017/2022)を棚卸しする。
    • 「同一製品なのにHSコードが不整合」なケースを洗い出す。
    • HS2028で影響を受けそうな事業領域(エレクトロニクス、医薬、EV関連など)のあたりをつける。
  • 第2フェーズ(31〜60日):基本方針と設計
    • 経営層と「1製品=複数HSコード前提」の方針を合意する。
    • 品目マスタ上のHSスロット構造(国別・協定別・版別)の設計案を作成する。
    • HS2028対応を単発プロジェクトではなく「継続的マネジメント」として位置づける。
  • 第3フェーズ(61〜90日):パイロット運用
    • 代表的な数十品目を選び、実際に「多重HSマスタ」を構築して運用テストを行う(見積〜通関〜原産地証明)。
    • 問題点を洗い出し、全社展開ロードマップとHS2028対応タイムラインを策定し、経営会議へ報告する。

6. まとめ:HSコードを「経営数字」として扱う

「二重HSコード時代」への対応は、単なる事務処理の話ではありません。

  • 国別・版別でコードが分かれることによる管理コスト
  • HS版の違いによるFTA活用の有利・不利
  • HS改正(HS2028)への対応スピードが左右するサプライチェーン競争力

これらは、ビジネスモデルや収益構造に直結するテーマです。

「1製品=1HSコード」という古い前提を捨て、多重HSを構造的に管理し、継続的なHS改正を経営課題として扱うこと。

これこそが、グローバルビジネスにおける守りと攻めの要となります。

メキシコ通関リスク:MFN関税引き上げと「推定価格制度」の複合インパクト


エグゼクティブ・サマリー

「名目関税率だけを見ていると、キャッシュフローとコンプライアンスの“落とし穴”にはまる」

現在、メキシコでは非FTA諸国(中国など)からの輸入に対する規制強化が進行しています。特に注意すべきは、**「MFN(一般関税率)の大幅引き上げ」「推定価格制度(保証金制度)の対象拡大」**が同時に発生している点です。

この2つが組み合わさることで、単に関税コストが増えるだけでなく、輸入時に**巨額の保証金(デポジット)**を長期間預託せざるを得なくなり、企業のキャッシュフローを劇的に悪化させるリスクがあります。


1. 現状の核心:二つの規制強化

(1) MFN(一般関税率)の大幅引き上げ

メキシコ政府は国内産業保護を目的として、関税率の引き上げを断続的に実施しています。

  • 2024年4月 大統領令(現行の主力規制):鉄鋼、アルミ、繊維、電機、家具など544品目に対し、5%〜50%の臨時関税(MFN)を導入。有効期限は2026年4月までとされています。
  • 2026年に向けた法改正案:さらなる引き上げとして、自動車・同部品を含む約1,463品目を対象に、最大50%までの恒久的な引き上げや品目拡大が議論されています(2025年提出法案等)。

(2) 「推定価格制度(Precios Estimados)」の拡大

財務省(SHCP)が定める「推定価格(参照価格)」を下回る単価で輸入する場合、差額分の税相当額を保証金として預け入れる制度です。

  • 従来の対象: 中古車、繊維、履物など。
  • 近年の拡大(2025年〜): 家具、玩具、スポーツ・レジャー用品、紙製品など、一般消費財へ対象が広がりつつあります。

2. なぜ「MFN引き上げ」でリスクが倍増するのか?

推定価格制度の保証金計算には、MFN税率が使用されます。そのため、MFN税率が引き上げられると、納めるべき保証金の額も相乗的に膨れ上がります。

リスクのメカニズム

保証金は、以下の計算式で算出されます。

保証金額 = (推定価格ベースの税額総額) − (実際の申告価格ベースの税額総額)

※税額総額 = 関税 + DTA(税関手数料) + VAT(16%)

関税率はVATの計算基礎(課税標準)にも含まれるため、関税率の上昇は「関税額」と「VAT額」の両方を押し上げ、結果として保証金(差額)を激増させます。

【シミュレーション】家具の輸入事例(イメージ)

  • 推定価格: $10,000
  • 実勢価格(申告価格): $7,000
  • 条件: 関税率が20%から50%へ引き上げられた場合
項目ケースA:関税率 20%ケースB:関税率 50%
推定価格ベース税額
(関税+VAT等)
関税 $2,000 + VAT等
→ 合計 約 $3,920
関税 $5,000 + VAT等
→ 合計 約 $7,400
申告価格ベース税額
(関税+VAT等)
関税 $1,400 + VAT等
→ 合計 約 $2,744
関税 $3,500 + VAT等
→ 合計 約 $5,180
預託すべき保証金約 $1,176約 $2,220

結論: MFN税率が上がると、同じ「安値調達」であっても、資金拘束される保証金額は約2倍に跳ね上がります。これが毎回の輸入ごとに発生し、約6カ月間(通関後)キャッシュがロックされます。


3. ビジネスへの影響と対象となる商流

FTA(日墨EPAやCPTPP)やIMMEX(一時輸入)を適切に活用できている場合は影響を回避できますが、以下のケースでは「直撃」を受けます。

  1. 非FTA諸国(中国・韓国・インド等)からの輸入
    • これらの国を原産地とする部材や完成品を輸入し、メキシコ国内で販売する場合。
  2. FTA適用ミス(コンプライアンス不備)
    • 本来は日墨EPAで0%のはずが、原産地証明書の不備やHSコードの誤りでFTA否認となった場合、**「高率MFN + 推定価格保証金」**が遡及して適用されるリスクがあります。
  3. IMMEX企業の国内販売(Change of Regime)
    • 輸入時は一時輸入で無税でも、後にメキシコ国内市場へ転用(確定輸入への変更)する際、その時点での高関税と推定価格規制が適用されます。

4. コンプライアンス上の注意点:二重のハードル

推定価格対象品目の輸入は、単にお金を払えば良いだけではありません。実務手続きも複雑化します。

  1. 識別コードの入力義務
    • 推定価格以上の場合: 保証金は不要ですが、ペディメント(輸入申告書)に「推定価格以上である」ことを示す識別コード(例:EX+補完コード33)の入力が必須です。これを忘れると通関が止まります。
    • 推定価格以下の場合: 保証金の納付に加え、別のコード(例:EX+補完コード30)が必要です。
  2. 輸入自動許可(Permiso Automático)との連動
    • 繊維・履物などの特定品目では、推定価格を下回る価格で輸入する場合、経済省への事前申請(輸入自動許可)が義務付けられています。これがないと輸入自体ができません。

5. 日本企業が今すぐ実施すべきアクション

「関税が上がった」というニュースだけで終わらせず、実務への落とし込みが必要です。

① 品目マッピングの再点検(HSコード × MFN税率 × 推定価格)

  • 自社の取扱品目(特に家具・玩具・繊維・鉄鋼関連)について、現在のMFN税率と、推定価格対象品目リスト(Anexo 2, 3, 4等)への該当有無を照合する。
  • JETROや現地通関士からの最新情報(官報)を常に確認する体制を作る。

② 商流と原産地の可視化

  • 「中国・ASEAN製」の部材が混入していないか、サプライチェーンを再確認する。
  • FTA(日墨EPA・CPTPP)を利用している場合、原産地証明書の根拠資料(原産地規則の適合性)を再監査し、否認リスク(=高関税リスク)を極小化する。

③ 価格戦略とキャッシュフローの見直し

  • 安価なFOB価格での輸入が、結果として「高額な保証金」を招き、トータルコストやキャッシュフローを悪化させていないか試算する。
  • 場合によっては、仕入価格(申告価格)の見直しや、FCA/DDPなどインコタームズの調整を含めた「着地コスト最適化」を検討する。

④ 通関士(Agente Aduanal)との連携強化

  • 推定価格対象品目については、ペディメントへの識別コード入力漏れが命取りになります。現地の通関士に対し、対象品目のリストを共有し、オペレーション手順を明確に指示してください。

まとめ

メキシコ政府は、安価な輸入品に対する監視を、**「関税率(コスト)」「推定価格(手続き・キャッシュ)」**の両面から強化しています。

日本企業としては、単に「MFN税率」だけを見るのではなく、**「MFN引き上げ × 推定価格制度」**という複合的なリスクシナリオを前提に、調達・販売戦略を再構築する必要があります。