【要点解説】HS2028改正:主要産業への影響と実務対応ロードマップ

2028年1月1日に発効が予定されているHS条約(商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約)の改正(HS2028)が、各産業に与える影響と、今から着手すべき実務対応について、経営層や実務担当者の意思決定に役立つ形で解説します。

エグゼクティブサマリー

  • 改正規模: HS2028は299項目の改正を含む大規模なもので、特にWHO(世界保健機関)が定める医薬品一般名称(INN)に関連する441品目の分類整理が確定しています。
  • 主要テーマ: 改正の柱は、環境関連(グリーン関税)、医薬品・バイオ新興技術(ドローンなど)の3分野です。これらは国際的な政策課題を反映したものであり、関連する産業は大きな影響を受ける可能性があります。
  • 公表時期: 改正内容をまとめた改正勧告は2026年1月頃にWCOから正式公表され、2028年1月1日に全世界で一斉に発効します。
  • 実務上の鍵: WCOは、現行のHS2022と新しいHS2028のHSコード対応関係を示す**相関表(Correlation Table)**の作成に着手しています。この相関表が、自社製品のHSコードを新体系へ移行させる際の最も重要な資料となります。
  • 今やるべきこと: 最終的なHSコード6桁が確定するのは2026年ですが、既に公表されている方針から影響を受ける品目を洗い出し、自社の製品マスターや管理体制の見直し準備を開始すべき段階にあります。

主要産業別の影響と確度

現時点で判明している情報に基づき、特に影響が大きいと見られる産業と、その改正内容の確度は以下の通りです。

産業分野影響のポイント改正の確度
医薬品・バイオWHOのINNリストに基づき441品目の医薬品有効成分(API)や製剤の分類が見直されます。製品マスターの成分情報とHSコードの再マッピングが必須となります。確定
EV・蓄電池・電池資源WCOが推進する「グリーン関税」の一環として、リチウムイオン電池、廃電池、およびそのリサイクル資源に関する分類が、トレーサビリティ強化のために細分化・明確化される見通しです。
再生可能・省エネ機器HS2022改正での太陽光パネルやLEDの細分化に続き、ヒートポンプなどの省エネ機器や、関連部材のHSコードが新設・整理される可能性が高いです。
ドローン(UAS)無人航空機システム(UAS)の分類見直しが提案されています。機体、制御装置、ペイロード(カメラ、センサー等)の分類が明確化され、部品の扱いやセットとしての解釈が変わる可能性があります。
農水産品初期検討段階で、甲殻類などの細分化案が議論されていました。最終的にどう反映されるかは2026年の公表を待つ必要がありますが、関税率やFTAの原産地規則に影響する可能性があります。

(注)「確定」以外は、WCOの方針や公開情報に基づく確度の高い推定です。最終的な6桁のHSコードは2026年1月の改正勧告をもって確定します。


実務対応ロードマップ(2025年~2027年)

HS2028改正への対応は、以下の4つのフェーズで計画的に進めることを推奨します。

フェーズ1:影響範囲のスクリーニング(2025年 Q4 ~ 2026年 Q1)

  1. 対象品目の抽出: 自社の売上上位品目や、影響が確実視される「医薬品、電池、再エネ機器、ドローン」関連製品をリストアップします。
  2. 影響度評価: 抽出した品目について、HSコード変更の可能性を「大・中・小」で仮評価し、優先順位をつけます。
  3. 情報基盤の整備: 製品の成分、素材、用途といった情報をHSコードと紐づけて管理できるよう、社内の「用語辞書」やデータベースを整備します。

フェーズ2:差分分析と移行準備(2026年 Q1 ~)

  1. 新旧HSコードの突合: 2026年1月に公表される相関表を入手し、自社製品リストと一括で照合します。これにより、新しいHSコード6桁の候補を特定します。
  2. FTA影響分析: HSコードの変更が、利用しているFTA/EPAの原産地規則(PSR)に与える影響を分析します。特に、関税分類変更基準(CTC)を用いる品目は注意が必要です。

フェーズ3:システム改修と各国対応(2026年 ~ 2027年)

  1. マスターデータ更新: ERPや販売管理、貿易管理システム(GTM)の製品マスターを、新しいHSコード体系に合わせて更新する準備を進めます。
  2. 各国動向の監視: 米国(USITC)、EU、日本、その他主要な輸出入国における国内法(8~10桁レベル)への反映スケジュールを監視します。例えば米国は2026年2月に予備案、同年9月に勧告報告を予定しています。

フェーズ4:テストと社内展開(2027年下期)

  1. パイロット通関: 新しいHSコードを用いて、主要な輸出入国で通関業者と連携したテスト申告(ドライラン)を実施し、問題を洗い出します。
  2. 原産性再判定と社内教育: 新しいHSコード体系に基づき、FTA原産性を再判定します。必要に応じてサプライヤーから新たな原産地証明書を取得し、営業・ロジスティクス部門など関係者への社内教育を行います。

FTA・原産地規則への影響

HSコードの変更は、FTAの根幹である**品目別原産地規則(PSR)**に直接的な影響を与えます。多くの協定では、PSRが特定のHSバージョン(例:HS2017)に紐づけられているため、HS2028への移行(トランスポジション)作業が各国で行われます。この移行作業の結果、これまで原産性を満たせていた製品が、基準を満たせなくなるリスクがあります。相関表の公開を機に、自社の原産判定ロジックの見直しとサプライヤー証明の更新計画を立てることが不可欠です。

日墨間におけるCPTPPと日メキシコEPAの使い分けガイド

日墨間で事業を行う上で、包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)と日・メキシコ経済連携協定(日メキシコEPA)のどちらを利用すべきか、実務的な判断基準と早見表を解説します。

基本的な使い分け方針

まず品目ごとに、以下の4つの要素を総合的に比較し、より有利な協定を選択することが基本方針となります。

  • 関税率(どちらがより低いか、または早期に撤廃されるか)
  • 原産地規則(PSR)の達成しやすさ
  • 原産地証明手続きのコストと時間
  • サプライチェーン全体でのメリット(特に累積規定の活用)

CPTPPを優先すべきケース

  • ベトナムやカナダといった他のCPTPP加盟国を原産とする材料を多く使用しており、締約国の原産材料や生産工程を自国のものと見なせる完全累積のメリットを最大限に活用したい場合。
  • 手続きの負担を軽減するため、特定の様式が不要な自己申告制度を利用したい場合。この制度では、輸入者、輸出者、または生産者のいずれもが原産地証明書類を作成できます。

日メキシコEPAを優先すべきケース

  • メキシコの輸入者や税関の商慣行上、所定の様式による第三者機関発行の原産地証明書(CO)または認定輸出者による原産地申告が求められる場合。
  • 輸出産品が特恵品目(協定附属書5に掲載)に該当し、認定輸出者であっても第三者機関発行のCOが必須となる場合。
  • (注)2023年9月1日から、日本では電子原産地証明書(e-CO)システムが導入されており、紙媒体での申請に比べると実務的な負担は軽減されています。

5つの比較判断軸

1. 原産地証明の方式

CPTPP日メキシコEPA
証明制度自己申告制度第三者証明制度 または 認定輸出者制度
作成者輸入者、輸出者、生産者日本商工会議所など、または認定輸出者
様式定型様式なし(Annex 3-Bの最小記載事項を満たす必要あり)定型様式あり
特記事項柔軟性が高い特恵品目は第三者証明が必須

2. 累積規定(サプライチェーン設計)

CPTPP日メキシコEPA
規定完全累積二国間累積
内容全てのCPTPP締約国の原産材料や加工工程を自国のものと見なして合算可能。多国間サプライチェーンの構築に有利。日本とメキシコ間でのみ累積が可能。第三国の材料や工程は原則として累積の対象外。

3. デミニミス(僅少の非原産材料)

CPTPP日メキシコEPA
一般品目産品の価額の**10%**以内産品のFOB価額の**10%**以内
繊維製品HS第50類〜第63類は品目ごとに複雑な除外規定あり。適用の可否は慎重な確認が必要。HS第50類〜第63類は、産品の総重量の**10%**以内。

4. 輸送および第三国インボイス

CPTPP日メキシコEPA
輸送非締約国を経由しても、税関の管理下にあるなど輸送要件を満たせば特恵待遇を維持可能。積送基準(Transshipment)があり、同様に非締約国経由が可能。
第三国インボイス非締約国の事業者が発行したインボイス(第三者インボイス)も利用可能。原産地証明書の様式内に、第三者インボイスの情報を記載する欄がある。

5. 少額貨物の免除規定

CPTPP日メキシコEPA
証明書免除の閾値原則として、総額が1,000米ドル相当以下の場合。原則として、総額が1,000米ドル相当以下の場合。

クイック早見表:どちらの協定を選ぶか

典型的なシナリオ推奨協定理由の要点
ベトナム/カナダなどCPTPP域内からの材料を多用CPTPP完全累積により、域内他国の原産材料や加工工程を合算できるため。
メキシコ側がCO原本を要求/社内監査で必要日メキシコEPA第三者機関発行のCOは信頼性が高く、メキシコの商慣行に適しているため。特恵品目はCOが必須。
証明書発行のリードタイムを最小化したいCPTPP自己申告制度のため、証明書発行の待ち時間がなく迅速。
サンプルなど少額・多頻度の出荷両方検討どちらの協定も1,000米ドル相当以下は原則として証明書が免除されるため。
繊維・衣類(PSRの要件が厳しい)個別のPSRを要比較CPTPPは価額基準、日メキシコEPAは重量基準のデミニミス特則があり、どちらが有利か品目ごとに確認が必要。
物流で第三国を経由/第三者インボイスが常態化CPTPP(やや優位)日メキシコEPAはCO様式への記載が必要な一方、CPTPPはより柔軟な書類作成が可能なため。

実務上の確認フロー(5ステップ)

  1. HSコードの確定: 輸出入する産品のHSコード(6桁)を正確に特定します。
  2. 関税率の比較: 両協定における品目ごとの関税率と、その譲許スケジュール(段階的な関税撤廃の年次)を確認します。(※品目や年次によって有利な協定が逆転することがあります)
  3. 原産地規則(PSR)の比較: 部品表(BOM)などに基づき、CPTPP(Annex 3-D)と日メキシコEPA(Annex 4)の品目別規則(関税分類変更基準、付加価値基準、加工工程基準など)のいずれを達成できるか検討します。
  4. 累積・証明方式の決定: サプライチェーンを考慮し、CPTPPの「完全累積」と日メキシコEPAの「二国間累積」のどちらが有利か判断します。また、手続き負担や相手先の要求に応じて証明方式を選択します。
  5. 輸送・書類要件の確認: 第三国経由での輸送や第三者インボイスを利用する場合の根拠規定(CPTPP第3.18条、日メキシコEPA第35条など)を確認し、必要な書類を準備します。

自動車部品の特有の留意点

自動車産業はサプライチェーンが国際的に張り巡らされているため、累積規定の使い勝手が協定選択の重要な決め手となります。

原産地規則(PSR)の比較

自動車部品のPSRは、主に**付加価値基準(RVC)**が用いられます。CPTPPと日メキシコEPAでは、この計算方法や求められる付加価値の割合が異なります。

  • CPTPP: 自動車分野では、他のCPTPP加盟国(例:ベトナム、マレーシア、カナダ)で生産された原産材料や、そこで行われた加工を自国のものと見なせる完全累積が最大のメリットです。これにより、北米やASEANにまたがるサプライチェーンでも原産性を満たしやすくなります。また、協定の附属書には自動車関連品目に特化した詳細な規定があります。
  • 日メキシコEPA二国間累積に限定されるため、日本とメキシコ以外の国で生産された部品は、原則として非原産材料として扱われます。サプライチェーンが両国内で完結している場合は問題ありませんが、第三国が関わる場合はCPTPPより不利になることが多くあります。

実務上の推奨

多くの日系自動車メーカーおよび部品メーカーは、サプライチェーンの柔軟性を重視し、CPTPPを優先的に活用しています。特に、ASEANや北米(カナダ)にも製造拠点を持つ企業にとっては、完全累積のメリットが非常に大きいためです。

日メキシコEPAが選択肢となるのは、サプライチェーンが完全に日墨二国間で完結しており、かつ日メキシコEPAで定められたRVC基準の方がCPTPPよりも達成しやすい、という限定的なケースになります。

繊維製品の特有の留意点

繊維製品は、原産地規則が非常に厳格かつ複雑であり、「どの工程を協定国で行ったか」が問われる加工工程基準が中心となります。

原産地規則(PSR)の比較

一般的に「ヤーンフォワード(Yarn Forward)ルール」と呼ばれる厳しい基準が採用されています。これは、製品に使用される糸の生産(紡績)以降の全ての工程(製織・編立、染色、裁断、縫製)を協定域内で行うことを求めるものです。

  • CPTPP: ヤーンフォワードが基本ですが、大きな例外規定として「供給不足リスト(Short Supply List)」が存在します。このリストに掲載されている特定の繊維や生地は、協定域外(例:中国、台湾、韓国)から調達しても、原産材料として扱うことが認められます。これにより、域内で調達が難しい特殊な素材を使いながらでも特恵関税の適用を目指せます。
  • 日メキシコEPA: こちらも厳格な加工工程基準を採用していますが、CPTPPのような大規模な供給不足リストはありません。そのため、原料の調達先が限定され、PSRをクリアする難易度が高くなる傾向があります。

デ・ミニミス(僅少の非原産材料)の特則

  • CPTPP: 原則として価額ベースで10%のデ・ミニミスが適用されますが、品目ごとに多くの除外・例外規定があり、非常に複雑です。
  • 日メキシコEPA: 繊維製品(HS50〜63類)に対して、**重量基準で10%**という非常に分かりやすく実用的なデ・ミニミス規定があります。例えば、製品全体に占める価額は大きいものの重量は軽い非原産の付属品(レースや特殊なボタンなど)を使用する場合に、この規定が役立つことがあります。

実務上の推奨

繊維製品における協定の選択は、ケースバイケースの判断が強く求められます。

  • 使用したい糸や生地がCPTPPの供給不足リストに掲載されている場合は、CPTPPが圧倒的に有利です。
  • ヤーンフォワードを満たせないものの、非原産材料の使用が製品全体の**重量の10%**に収まる場合は、日メキシコEPAのデ・ミニミス規定を活用できる可能性があります。

最終的には、製品の設計、BOM(部品表)、製造工程を詳細に分析し、両協定の品目別規則を丹念に比較して、どちらが有利かを判断する必要があります。