メキシコ「非FTA自動車関税 最大50%」の衝撃と対策


メキシコ「非FTA自動車関税 最大50%」の衝撃と対策

メキシコにおける「非FTA諸国製自動車に対する最大50%関税案」は、単なる“案”の段階を超え、2026年に向けた具体的な制度として始動しています。日本企業にとっては、**「中国・韓国など非FTA諸国を経由するサプライチェーンをどう見直すか」**が喫緊の課題となります。

1.概要:何が決まったのか(2025年11月時点)

メキシコ政府は、FTA(自由貿易協定)を締結していない国からの自動車・同部品などに対し、最大50%の輸入関税を課す方針を決定し、これを「2026年経済パッケージ(Paquete Económico 2026)」に組み込みました。

  • 対象範囲: 約1,463の関税品目(HSコード)。これは全輸入の約8.6%、輸入額にして約520億ドル相当に上り、自動車関連に加え、鉄鋼、繊維、家電、家具など19分野に及びます。
  • 法的根拠: 2025年11月10日付で、一般輸出入税法(LIGIE)の関税率表を改正する大統領令が連邦官報(DOF)に掲載されました。
  • スケジュール: 官報掲載の30日後(12月上旬)に発効し、2026年12月31日までの時限措置として運用される見込みです。

自動車関連の変更点

  • 乗用車: 従来15〜20%だった税率を、WTO協定等の許容範囲を最大限活用し、最大50%まで引き上げ(エブラルド経済相 言明)。
  • 自動車部品: 従来0〜35%だった品目を、10〜50%の範囲へ引き上げ。
  • 標的となる国: メキシコとFTAを持たない全行が対象ですが、実質的なターゲットは中国、韓国、インド、インドネシア、タイ、ロシア、トルコなどです。

一方で、日本、EU、米国・カナダ(USMCA)などFTAパートナーからの輸入は、今回の措置の対象外です。これら諸国からの輸入車は、各協定に基づき引き続き無税または低率関税が適用されます。


2.新関税の設計:対象・税率・期間

2-1 税率レンジと対象セクター

新関税は「10%・20%・30%・35%・50%」の5段階で設計されています。主な対象は以下の通りです。

税率主な対象品目
最大 50%乗用車(軽自動車を含む autos ligeros)
主要自動車部品
鉄鋼、繊維・衣料
紙・板紙、ガラス、石けん・化粧品 など
最大 35%プラスチック製品、家電、玩具、家具
革製品・かばん類、モーターサイクル
アルミ製品、トレーラー など

※すべて「非FTA原産」が条件であり、FTA相手国からの輸入は対象外です。

2-2 期間と発効スケジュール

  • 発効: 2025年12月上旬(官報掲載の30日後)
  • 有効期限: 2026年12月31日まで
    • ※シェインバウム政権下で、状況に応じ変更・延長が可能な仕組みとなっています。

3.背景:なぜ今「最大50%」なのか

3-1 中国製EV・低価格車の急増とダンピング懸念

中国ブランド(BYD、Chirey、Changan等)や中国生産の欧米ブランド車の流入が急増し、2024年にはメキシコ新車販売の2割超、EV・PHEV市場では3〜4割を中国製が占めるに至りました。

エブラルド経済相は、これらが**「参照価格(Reference Price)を下回る水準」**で流入しており、個別のアンチダンピング調査では対処しきれないため、関税水準そのものの見直しが必要であると説明しています。

3-2 米国からの圧力とUSMCAレビュー

2025年に入り、米トランプ政権(※文脈により次期政権等の表現調整)は**「中国EVの北米流入阻止」**を強く要求しています。メキシコ・カナダへの追加関税の可能性を示唆し、2026年のUSMCA(北米自由貿易協定)見直し交渉を有利に進めるための「防衛策」としての側面も強くあります。

3-3 「Plan México」による内需保護

シェインバウム政権の掲げる産業政策「Plan México」の一環として、戦略産業(自動車、鉄鋼等)の保護、対アジア貿易赤字の是正、および税収確保を目的としています。


4.影響分析

4-1 メキシコ国内市場への影響

  • 価格上昇: 非FTA諸国からの完成車・家電は、小売価格で大幅な値上げが避けられません。
  • EV普及の鈍化: 手頃な価格帯を担っていた中国製EVのコスト増により、電動化ペースにブレーキがかかる可能性があります。

4-2 アジア勢(中国・韓国)へのインパクト

  • 中国OEM: 完成車(CBU)輸出への依存度が高いメーカーは利益が圧迫されます。一部は現地生産(ローカル組立)への切り替えや、CKD(完全ノックダウン)/SKD(準ノックダウン)方式への移行を加速させるでしょう。
  • 中国政府の反応: 既に「正当な権益の侵害」として強く抗議しており、報復措置やWTOへの提訴も含めた緊張状態が続くと予想されます。

4-3 メキシコ自動車産業・北米サプライチェーン

  • 「防波堤」効果: メキシコ国内で生産を行う日・米・欧メーカーにとっては、中国勢との価格競争圧力が緩和されます。
  • サプライチェーンへの副作用: メキシコでの組立用部材に中国・韓国製が多く含まれる場合、部材関税(10〜50%)がコストを押し上げ、最終製品の競争力やUSMCAの原産地規則(RVC)達成コストに悪影響を及ぼすリスクがあります。

5.日本企業への示唆(アクションチェックリスト)

日本企業への影響は、「どの国の工場から、どのHSコードの商品をメキシコに入れているか」で分かれます。

5-1 メキシコ生産拠点を持つ自動車OEM・Tier1/Tier2

  • メリット: 完成車市場での競合(中国・韓国勢)が減速するため、シェア拡大の好機。
  • リスクと対策:
    • 部材の原産国調査:HSコード単位で「非FTA原産品」の有無を棚卸しし、コスト増を試算する。
    • 調達先の切り替え:中国・韓国からの調達を、メキシコ国内、北米域内、または日本・ASEAN(CPTPP加盟国)へシフトする検討を開始する。

5-2 日本からメキシコへ完成車を輸出しているOEM

  • 日墨EPAおよびCPTPPを活用している限り、新関税の対象外です。
  • 競合他社の値上げに伴い、自社モデルの価格戦略やポジショニングを見直す余地が生まれます。

5-3 中国・韓国等の工場からメキシコへ輸出している日系企業

  • 最大の影響を受けます。中国工場からの完成車輸出は、ビジネスモデルの根本的な見直しが必要です。
  • 対策案:
    • CKD/SKD化: 完成車ではなく、部品として輸出しメキシコで組み立てることで、関税率や原産地判定を変える(※原産地規則の精査が必要)。
    • 第三国ハブの活用: 日本や東南アジアなど、FTA締結国の拠点からの供給に切り替える。

5-4 物流・商社

  • 通関実務において、非FTA原産の自動車関連HSコードへのフラグ付けと、新税率に基づいたランドコスト(陸揚げ原価)の再計算が急務です。
  • 発効前の「駆け込み需要」と、その後の反動減を見越した在庫・船腹管理が求められます。

6.まとめ

本措置は「反中」にとどまらず、「非FTA国全般」に対するメキシコの構造的な保護貿易シフトであり、少なくとも2026年末までは継続します。

日本企業にとっては、**「完成車ビジネスには追い風(競合の減速)」となる一方で、「部材調達コストには逆風(中国・韓国製部材の関税増)」となる諸刃の剣です。

法務・通関・調達・営業が連携した「関税タスクフォース」**を組成し、BOM(部品表)単位での原産国・HSコードの洗い出しを直ちに行うことを推奨します。