エグゼクティブ・サマリー
「名目関税率だけを見ていると、キャッシュフローとコンプライアンスの“落とし穴”にはまる」
現在、メキシコでは非FTA諸国(中国など)からの輸入に対する規制強化が進行しています。特に注意すべきは、**「MFN(一般関税率)の大幅引き上げ」と「推定価格制度(保証金制度)の対象拡大」**が同時に発生している点です。
この2つが組み合わさることで、単に関税コストが増えるだけでなく、輸入時に**巨額の保証金(デポジット)**を長期間預託せざるを得なくなり、企業のキャッシュフローを劇的に悪化させるリスクがあります。
1. 現状の核心:二つの規制強化
(1) MFN(一般関税率)の大幅引き上げ
メキシコ政府は国内産業保護を目的として、関税率の引き上げを断続的に実施しています。
- 2024年4月 大統領令(現行の主力規制):鉄鋼、アルミ、繊維、電機、家具など544品目に対し、5%〜50%の臨時関税(MFN)を導入。有効期限は2026年4月までとされています。
- 2026年に向けた法改正案:さらなる引き上げとして、自動車・同部品を含む約1,463品目を対象に、最大50%までの恒久的な引き上げや品目拡大が議論されています(2025年提出法案等)。
(2) 「推定価格制度(Precios Estimados)」の拡大
財務省(SHCP)が定める「推定価格(参照価格)」を下回る単価で輸入する場合、差額分の税相当額を保証金として預け入れる制度です。
- 従来の対象: 中古車、繊維、履物など。
- 近年の拡大(2025年〜): 家具、玩具、スポーツ・レジャー用品、紙製品など、一般消費財へ対象が広がりつつあります。
2. なぜ「MFN引き上げ」でリスクが倍増するのか?
推定価格制度の保証金計算には、MFN税率が使用されます。そのため、MFN税率が引き上げられると、納めるべき保証金の額も相乗的に膨れ上がります。
リスクのメカニズム
保証金は、以下の計算式で算出されます。
保証金額 = (推定価格ベースの税額総額) − (実際の申告価格ベースの税額総額)
※税額総額 = 関税 + DTA(税関手数料) + VAT(16%)
関税率はVATの計算基礎(課税標準)にも含まれるため、関税率の上昇は「関税額」と「VAT額」の両方を押し上げ、結果として保証金(差額)を激増させます。
【シミュレーション】家具の輸入事例(イメージ)
- 推定価格: $10,000
- 実勢価格(申告価格): $7,000
- 条件: 関税率が20%から50%へ引き上げられた場合
| 項目 | ケースA:関税率 20% | ケースB:関税率 50% |
| 推定価格ベース税額 (関税+VAT等) | 関税 $2,000 + VAT等 → 合計 約 $3,920 | 関税 $5,000 + VAT等 → 合計 約 $7,400 |
| 申告価格ベース税額 (関税+VAT等) | 関税 $1,400 + VAT等 → 合計 約 $2,744 | 関税 $3,500 + VAT等 → 合計 約 $5,180 |
| 預託すべき保証金 | 約 $1,176 | 約 $2,220 |
結論: MFN税率が上がると、同じ「安値調達」であっても、資金拘束される保証金額は約2倍に跳ね上がります。これが毎回の輸入ごとに発生し、約6カ月間(通関後)キャッシュがロックされます。
3. ビジネスへの影響と対象となる商流
FTA(日墨EPAやCPTPP)やIMMEX(一時輸入)を適切に活用できている場合は影響を回避できますが、以下のケースでは「直撃」を受けます。
- 非FTA諸国(中国・韓国・インド等)からの輸入
- これらの国を原産地とする部材や完成品を輸入し、メキシコ国内で販売する場合。
- FTA適用ミス(コンプライアンス不備)
- 本来は日墨EPAで0%のはずが、原産地証明書の不備やHSコードの誤りでFTA否認となった場合、**「高率MFN + 推定価格保証金」**が遡及して適用されるリスクがあります。
- IMMEX企業の国内販売(Change of Regime)
- 輸入時は一時輸入で無税でも、後にメキシコ国内市場へ転用(確定輸入への変更)する際、その時点での高関税と推定価格規制が適用されます。
4. コンプライアンス上の注意点:二重のハードル
推定価格対象品目の輸入は、単にお金を払えば良いだけではありません。実務手続きも複雑化します。
- 識別コードの入力義務
- 推定価格以上の場合: 保証金は不要ですが、ペディメント(輸入申告書)に「推定価格以上である」ことを示す識別コード(例:EX+補完コード33)の入力が必須です。これを忘れると通関が止まります。
- 推定価格以下の場合: 保証金の納付に加え、別のコード(例:EX+補完コード30)が必要です。
- 輸入自動許可(Permiso Automático)との連動
- 繊維・履物などの特定品目では、推定価格を下回る価格で輸入する場合、経済省への事前申請(輸入自動許可)が義務付けられています。これがないと輸入自体ができません。
5. 日本企業が今すぐ実施すべきアクション
「関税が上がった」というニュースだけで終わらせず、実務への落とし込みが必要です。
① 品目マッピングの再点検(HSコード × MFN税率 × 推定価格)
- 自社の取扱品目(特に家具・玩具・繊維・鉄鋼関連)について、現在のMFN税率と、推定価格対象品目リスト(Anexo 2, 3, 4等)への該当有無を照合する。
- JETROや現地通関士からの最新情報(官報)を常に確認する体制を作る。
② 商流と原産地の可視化
- 「中国・ASEAN製」の部材が混入していないか、サプライチェーンを再確認する。
- FTA(日墨EPA・CPTPP)を利用している場合、原産地証明書の根拠資料(原産地規則の適合性)を再監査し、否認リスク(=高関税リスク)を極小化する。
③ 価格戦略とキャッシュフローの見直し
- 安価なFOB価格での輸入が、結果として「高額な保証金」を招き、トータルコストやキャッシュフローを悪化させていないか試算する。
- 場合によっては、仕入価格(申告価格)の見直しや、FCA/DDPなどインコタームズの調整を含めた「着地コスト最適化」を検討する。
④ 通関士(Agente Aduanal)との連携強化
- 推定価格対象品目については、ペディメントへの識別コード入力漏れが命取りになります。現地の通関士に対し、対象品目のリストを共有し、オペレーション手順を明確に指示してください。
まとめ
メキシコ政府は、安価な輸入品に対する監視を、**「関税率(コスト)」と「推定価格(手続き・キャッシュ)」**の両面から強化しています。
日本企業としては、単に「MFN税率」だけを見るのではなく、**「MFN引き上げ × 推定価格制度」**という複合的なリスクシナリオを前提に、調達・販売戦略を再構築する必要があります。
FTAでAIを活用する:株式会社ロジスティック