HS2028とは何か
WCO(世界税関機構)が運営する国際共通の商品分類体系「HS」の第8版に相当する改正です。通常は5年ごとに改正されますが、新型コロナ等の影響で今回のサイクルは6年に延長され、次の版は2028年1月1日発効とされています。現在はHS2022が稼働中で、その次の版がHS2028です。
どこまで決まっているのか
2025年3月(HSC第75会期)にWCOのHS委員会(HSC)が、約6年にわたる審議の最終回として以下を暫定採択しました。
- 299セットのHS2028改正案
- 105件の改正提案
- 解説注の改正5件
これらを含む「HS2028向けArticle 16勧告案」により、HS2028の中身(6桁レベル)は技術交渉として決着した段階です。
どんな分野が大きく動きそうか
現時点で公表されている情報や専門ベンダーの分析から、特に影響が大きいと見られている分野は以下の通りです。
エレクトロニクス・IT関連
半導体・電子部品・スマート基板・マルチコンポーネントICなど、デジタル化・高度化した製品群の細分化と再編が進む見込みです。
医薬品・ワクチン関連
WHOのINNリスト(医薬品一般名)と連動した分類見直しが行われ、441品目の医薬物質の扱いが整理されるなど、医薬品セクターでの改正が大きくなります。
グリーン技術・環境関連品目
再生可能エネルギー関連設備、電動化・省エネ機器、環境配慮型製品など、「グリーン商品」の見える化を意識したコード整理が進む見込みです。
デュアルユース・先端技術製品
軍民両用となり得る先端技術製品について、輸出管理・安全保障貿易との連携を意識した分類の明確化が図られるとみられます。
HS2028は「過渡期」版
2025年のWCO会合では、HS全体の構造そのものを見直す「HS2033モダナイゼーション・プロジェクト」の立ち上げも決定しました。HS2028は、現行HS枠組みの中での「テーマ別アップデート」であり、その先のHS2033でのより抜本的な再設計に向けた橋渡しという位置づけです。
採択プロセスとスケジュール
WCOレベルでの流れ
技術交渉の終了(完了済み)
2025年3月(HSC第75会期)にHS委員会がHS2028向けArticle 16勧告案を暫定採択し、6桁レベルの技術交渉は終了しました。
WCO理事会での正式採択(2025年末予定)
上記の勧告案は、2025年中にWCO理事会に付議され、Article 16勧告として正式採択される予定です。WCO・AEOなどの説明では、2025年12月末に正式採択、2026年1月に勧告が公表されるというタイムラインが示されています。
締約国による異議申立期間(概ね6か月)
HS条約(Article 16)では、WCO理事会から各締約国に勧告が通知されてから6か月間、各国が異議を申し立てることができ、異議がなければ勧告は「全会一致で採択されたもの」とみなされる仕組みです。企業実務から見ると、2026年の前半に国際的な法的確定が進むという理解で十分です。
HS2028テキストの公表
WCO・AEOなどの情報によると、2026年1月にHS2028の最終テキスト(6桁レベル)が公表される見込みです。
発効日
HS2028(新しい版)は、2028年1月1日に全世界で発効することが明示されています。
各国関税表・FTAへの落とし込みスケジュール
HSはあくまで「6桁までの国際条約」です。実務に影響するのは、各国がこれを自国の関税・統計・FTAにどう落とし込むかというフェーズです。
2026年から2027年前半:各国の作業フェーズ
日本は関税率表、実行関税率表、輸出入統計品目表、原産地規則付属書などをHS2028ベースに改正します。EU・米国・ASEANなども、自ブロックや自国の関税表や実行関税(TARIC、HTSUS、AHTN等)をHS2028に合わせて整備します。同時に、FTAの品目表・リストルール(ROO)を新HSに合わせて改正する作業が進みます(例:RCEP、日EU EPA、CPTPP等)。
2027年から2028年:並行稼働期・移行期
多くの国が2028年1月1日からHS2028に移行する一方で、一部の途上国等は移行に時間がかかる可能性があります(過去のHS2017、2022と同様)。企業から見ると、国によって「まだHS2022」「もうHS2028」という期間が数年発生することになります。
相関表の活用
WCOは、HS2022とHS2028を結び付ける「相関表(Correlation Tables)」を作成・公表することになっており、これが各国・各企業の「コード変換作業」の基礎になります。
企業にとっての押さえるべきポイント
マスターデータ・ITシステムへのインパクト
HSコードの6桁が変わると、以下のすべてを更新する必要があります。
- 自社の品目マスター
- ERP・輸出入管理システム
- FTA原産地判定エンジン
- 税率マスタ・統計コード
専門ベンダー(例:欧州のAEB等)は、HS2028への移行が「通関プロセス・マスターデータ・ITシステムに広範な影響を与える」として、早期の影響分析を推奨しています。
関税コスト・原産地(FTA)への影響
HS改正は単なる番号変更ではなく、「どのHSに入るか」が変わることで、MFN関税率が変わる可能性や、原産地規則(CTCルール)の前提となるHSが変わることを意味します。
特に、電動化・グリーンテック・医薬品・先端半導体などは、関税政策・産業政策と連動した細分化が予想されるため、「関税コスト+FTAメリット」の再試算が必要になります。
グローバルで「複数HS年版」が同時に走るリスク
2028年前後数年間は、米国はHS2028を取り込んだHTS(2028版)、EUはCN/TARIC 2028、ASEANはAHTN 2028(採用タイミングは国により差)、他の国はHS2022のままや独自の移行スケジュールといった形で、「国によりHSの版が違う」状態が避けられません。
その結果、同じ商品でも国Aでは旧HS、国Bでは新HSということが起こり得ます。FTAの原産地証明(特にForm・電子原産地証明)で、相手国税関が想定するHS版と、輸出側が使うHS版が食い違うリスクなどが増えます。
HS2033を見据えた中期視点
HS2028の直後には、2028年から2033年の次サイクルで、HS全体をより抜本的に見直すHS2033改正が控えています。よって、HS2028対応の仕組み(コード変換ロジック・ツール・BPO活用など)は、2033年以降も繰り返し使える「仕組み」として設計しておくことが重要です。
企業が今から準備すべきこと
自社品目の棚卸し(HS2022ベース)
現在使用しているHS2022コード・統計品目番号を、品目マスターとして整理・整合させておく(輸出入・販売会社間でのズレを解消)ことが重要です。
HS2028情報のウォッチ体制の構築
WCO・国税庁・税関、ならびに専門ベンダー(TariffTel、AEB等)の情報更新を定期的にチェックする担当者や仕組みを決めましょう。
IT・システム部門との事前連携
2026年から2027年にシステム改修が集中することを想定し、以下について情報システム部門やベンダーと早期に議論を開始します。
- HSコード桁数・版管理の仕様
- 相関表をインポートする仕組み
- FTA原産地判定ロジックのバージョン管理
FTA・原産地業務への影響の洗い出し
主要FTA(RCEP、日EU、CPTPP、日メキシコ、日タイ等)の原産地リストルールがHS2028に改正されるタイミングと内容をウォッチし、自社のサプライチェーン別に「有利・不利」の試算を行います。
社内教育とサプライヤーコミュニケーション
営業・物流・調達向けに「HS2028とは何か・いつから影響するか」の簡易資料を用意します。主要サプライヤー向けにも、将来的に「HS2028版の部品HSコード+原産地情報」を求めることを先に伝えておきましょう。
全体のまとめ
HS2028は、2028年1月1日発効予定の次期HS改正であり、2025年3月時点で技術的な中身(299セットの改正)はほぼ確定済みです。2025年末にWCO理事会がArticle 16勧告を正式採択し、2026年1月にHS2028テキストが公表され、各国が自国制度への落とし込みを開始します。
改正の焦点は、エレクトロニクス・医薬品・グリーンテック・デュアルユース製品など、近年の通商・安全保障政策のホットスポットに集中しています。
日本企業にとっては、関税コスト・FTA原産地ルール・社内マスターデータ・ITシステムの全面的な見直しが不可避であり、2026年から2027年を「移行準備の勝負どころ」と捉える必要があります。
さらに、すでにHS2033に向けた抜本的なモダナイゼーション・プロジェクトが動き始めており、HS2028対応は「一度きりの対応」ではなく、継続的なHS改正マネジメント体制を作る第一歩と位置付けるのが現実的です。
このあたりを押さえておくと、今後の「HS2028センサー改正」「特定品目のコード変更」のような個別論点も、全体戦略の中に位置づけて検討しやすくなります。