北米サプライチェーンの前提が変わるサイン

USTR(米通商代表部)の「カナダ・メキシコの中国ハブ化牽制」発言は、北米でビジネスを行う企業にとって、サプライチェーンの前提条件が静かに書き換わりつつあるシグナルです。reuters+1

この記事では、

  • ニュースの事実関係を整理・検証する
  • 「中国ハブ化」議論の中身を解説する
  • 日本企業を含むビジネスパーソンが取るべき実務アクションを提案する
    ことを目的とします。reuters+2

1. USTR発言で実際に何が起きたか

2025年12月4日、USTRのジャミソン・グリアー代表はワシントンの会議で、「カナダとメキシコが中国・ベトナム・インドネシアなどの輸出ハブとして使われるべきではない」と述べ、一部ではメキシコ経由の動きが既に見られると指摘しました。 同時に、USMCAには課題があるとしつつ、外国製自動車への関税など一部措置が問題を是正しつつあること、USMCAは議会が承認した法律として現時点で効力を持っていることも強調しています。news.yahoo+2

同じ12月4日、グリアー氏はPoliticoのポッドキャストで「トランプ大統領は来年、USMCAからの離脱を決める可能性がある」と述べ、カナダ・メキシコと二国間協定に分割するオプションにも言及しました。 ここで使われているのは「could」「always a scenario」といった表現であり、具体的な離脱プロセスが始まったわけではありません。newsweek+2


2. よくある誤解と冷静な整理

  • 誤解①「米国はUSMCAを来年破棄すると決めた」
    → 実際には、「来年離脱を決める可能性」に言及した段階であり、正式な離脱通知などの手続きは開始されていません。 USMCAは現時点でも有効な協定で、条文に沿って2026年の共同見直しに向けた準備が進んでいます。nytimes+3
  • 誤解②「メキシコ・カナダはすでに完全に『中国の裏口』になっている」
    → Brookingsの分析では、中国製品の関税回避ルートを「単純転送」「サプライチェーン組込み」「中国企業の現地投資」の3類型に整理したうえで、メキシコ経由の迂回は確認される一方、カナダ経由は証拠が限定的で、インフレ調整後の規模も「過度に騒ぐレベルではない」としています。brookings+1
  • 誤解③「メキシコ・カナダは中国寄りで、米国と対立している」
    → 実際には、両国とも対中関税を強化しており、スタンスはむしろ米国と歩調を合わせる方向です。brookings+1

3. なぜ「中国ハブ化」が問題視されるのか

背景にあるのは、米国の対中関税の大幅引き上げです。米国は2018年以降、通商法301条に基づき、中国製品に7.5〜25%の追加関税を広範囲に課してきました。 2024年の見直しでは、中国製EVに対する関税率が4倍の100%、半導体・太陽電池に50%、鉄鋼・アルミ・バッテリー・重要鉱物などに25%という大幅な引き上げが決定されています。jetro+2

この関税差があるため、中国企業にとっては「中国→(関税の低い)メキシコ・カナダ→米国」というルートで、USMCAの無税枠や低いMFN税率を活用しつつ米市場にアクセスする強いインセンティブが生じます。 Brookingsも、こうした関税格差がメキシコ・カナダ経由の迂回を誘発していると分析しています。jetro+1


4. メキシコはどこまで「中国ハブ」か

ジェトロのレポートによると、中国からメキシコへの輸出額は2023年に約818億ドルと10年前の約3倍に増加し、年平均伸び率は約10%強と高いペースです。 伸びているのは乗用車・小型トラック、リチウムイオン電池、EV、部品・金型・機械設備など、対米輸出を意識した「工場一式」のような品目群です。jetro

一方でBrookingsの詳細分析では、変圧器・鉄鋼・自動車部品などで中国→メキシコ→米国という迂回の兆候はあるものの、インフレ調整後の規模は限定的であり、メキシコが鉄鋼などで対中関税を引き上げた結果、中国からメキシコへの鉄鋼輸入が2023年以降大きく減少していると指摘します。 このことから、政策次第で迂回ボリュームは一定程度コントロール可能だと結論づけています。brookings

さらにメキシコ政府は、非FTA国(中国を含む)からの自動車関税を現行20%からWTO上限の50%まで引き上げる計画を打ち出しており、中国側は「米国の圧力によるものだ」と強く反発しています。 メキシコはニアショアリングの勝者として中国企業を含む多国籍企業の北米ハブになりつつある一方、米国からの警戒と圧力も最も強く受ける立場にあると言えます。chinaglobalsouth+3


5. カナダは対中EV関税で“タカ派”

カナダ政府は2024年10月から、中国製EVに100%の追加関税、中国製鉄鋼・アルミに25%の関税を導入しました。 これは米国の追加関税とほぼ同水準であり、「北米市場を守る防衛ライン」として評価されています。whitecase+1

その一方で、2025年秋以降、カナダがこの100%関税の見直し・撤廃の可能性を検討しているとの報道もあり、対中・対米関係の狭間でスタンスを微調整し始めていることもうかがえます。 Brookingsは、現状カナダ経由の迂回の証拠は限定的としつつ、将来リスクに備えて米・加・墨の三国が対中投資・貿易政策でより連携すべきと提言しています。brookings


6. 「中国ハブ化」という見出しの限界

ここまでの事実から見えるのは、メキシコ・カナダが単純な「中国の裏口」ではなく、中国・北米・各国政府の思惑が交差する最前線にあるということです。reuters+1

  • 中国企業にとって:関税回避と市場アクセスの出口
  • 米国にとって:対中デカップリングを進める防波堤
  • メキシコ・カナダにとって:投資を呼び込みつつ、米国の「レッドライン」を踏まないための綱渡り

「中国ハブ化」という見出しだけを素直に読むと「中国寄りのメキシコ・カナダVS米国」という対立図に見えますが、実態は三者がそれぞれの利害を計算しながらバランスを取り続けている構図です。reuters+1


7. USMCA 2026年レビューと「離脱カード」

USMCAは2020年7月1日に発効し、原則16年の有効期限(2036年7月まで)を持ちますが、6年目(2026年7月)に三国で共同見直しを行い、合意できればさらに16年延長、合意できなければその後は毎年レビューという仕組みです。 この構造自体が、協定の将来に一定の不透明感を組み込んでいます。jetro+1

2025年9月には、USTRがUSMCA見直しに向けたパブリックコメント募集を開始し、12月には公聴会も予定されています。 ワシントンの有識者の間では、米国がUSMCA継続に必ずしもコミットしておらず、メキシコ・カナダとの二国間協定への分割もオプションとして議論されているとの見方が多くなっています。jetro+2

グリアー氏やトランプ大統領は、「協定を失効させる」「新たなディールに置き換える」といった選択肢を交渉カードとして公然と口にし始めており、これが企業側にとっては政治リスクとしてのしかかります。 ポイントは、「USMCAがすぐ終わる」と決まったわけではないが、「いつでも終わらせられる」と受け止められることで、協定ベースの投資に上乗せのリスク・プレミアムが付くという点です。nytimes+2


8. 実務で今やるべき5つのアクション

8-1. 「どこで作るか」より「何で作るか」を管理する

USMCAレビューで有力視されているのが、「FEOC(懸念外国事業体)由来の部品が一定割合を超えるとUSMCA原産と認めない」といったルール強化です。 これは米インフレ削減法(IRA)のEV税額控除要件で導入されたFEOC規制をUSMCA原産地規則へ転用するイメージと指摘されています。jetro+1

実務としては、BOMベースで中国・香港・ロシア等の部品比率をSKU単位で把握し、「メキシコ製/カナダ製だから安全」と考えるのではなく、中身の原産国をトレースできる体制を整えることが重要です。jetro+1

8-2. USMCA・関税の3シナリオでコスト試算

最低限、以下の3パターンで試算用Excelを一度作成しておくと、経営判断のスピードが大きく変わります。jetro+1

  • ソフト:USMCA延長+中国由来部品への限定的な制限
  • タイト:USMCA延長と引き換えに自動車・EV・電池・半導体などで原産地規則が大幅強化
  • ハード:米国が「離脱カード」を切り、高関税や二国間協定で揺さぶる

それぞれのシナリオで、調達先・生産拠点(中国/メキシコ/米国/カナダ/その他)・関税+物流コストがどう変わるかをざっくりでもNPVまで落としておくと、2026年レビュー前後の意思決定に耐えられます。jetro+1

8-3. メキシコ・カナダ投資の前提条件をアップデート

従来の前提だった「中国から部品を持ち込んでメキシコで組立→USMCA無税」「カナダ経由で米国へ出せば対中関税は薄まる」といった感覚は見直し必須です。 今後は、jetro+1

  • 中国色の濃さ=政治リスク
  • FEOC規制やUSMCA原産地ルールの強化で、中国由来部品にペナルティが付く可能性
  • メキシコは対中自動車関税を最大50%まで引き上げる方向で、中国メーカーにとっても楽園ではなくなりつつあることreuters+1
  • カナダも中国製EVと鉄鋼・アルミに高関税を課し、基本的には米国と足並みを揃える方向であることbrookings

を前提に、「メキシコ/カナダ+米国」の二段構え拠点戦略や、「USMCA向け仕様(中国コンテンツを削った設計)」とその他市場向け仕様の切り分けを検討する必要があります。jetro+1

8-4. 契約・価格式に「関税変動条項」を組み込む

トランプ政権第2期、USMCAレビュー、対中関税見直しが重なる中で、「想定外の関税で採算が吹き飛ぶ」リスクは明確に高まっています。 どの追加関税(301条・232条・相互関税・対中EV100%など)が発動・変更されたら、どのようなロジックで価格改定するか、誰がどのコストを負担するかを契約条件に落としておくことが不可欠です。whitecase+3

最低限の例として、

  • 指定関税がX%以上変動した場合の価格再協議条項
  • USMCA原産認定が外れた場合の関税負担のルール
  • 関税だけでなく、通関・監査対応コストも含めた調整条項
    といった文言を検討する価値があります。jetro

8-5. データとコンプライアンス体制の強化

米国税関(CBP)はAIを活用したリスク分析・監査を強化しており、HSコード・原産地・関税率の裏付けデータやサプライヤー証明を精査する傾向が強まっています。 原産地・HSコード・関税率を支えるBOMやサプライヤー証明の整備、DDP取引における社内チェック、通関・SCM・法務・財務を横断する「関税タスクフォース」的な体制づくりが現実的な防御ラインになります。jetro+1


9. 結論:メキシコ・カナダは抜け道ではなく“試験場”

USTRの発言は、「中国ハブ化」への警告であってUSMCAの即時終了宣言ではなく、むしろ「離脱カード」を含む政治リスクの設計図を示したものと見るべきです。 メキシコ・カナダは、中国企業にとっての出口、米国にとっての防衛ライン、自国にとっての投資誘致の武器という三重構造に置かれており、単純な「中国寄りVS米国」という構図では語れません。reuters+3

企業としては、中国コンテンツの可視化、USMCA・関税のシナリオ試算、契約・価格式・コンプライアンス体制のアップデートを2026年レビュー前に走らせておくことが、今回のUSTR発言を実務に落とし込むうえで最も合理的な対応になります。jetro+1

  1. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/canada-mexico-should-not-be-export-hubs-china-says-ustr-2025-12-04/
  2. https://www.reuters.com/world/americas/trump-could-decide-next-year-withdraw-usmca-trade-deal-ustr-greer-tells-politico-2025-12-04/
  3. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/mexico-raise-tariffs-cars-china-50-major-overhaul-2025-09-10/
  4. https://www.brookings.edu/articles/is-china-circumventing-us-tariffs-via-mexico-and-canada/
  5. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/76d87bb2dd806547.html
  6. https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/05/6313e1d63d298273.html
  7. https://cm.asiae.co.kr/en/article/2025120514260203178
  8. https://www.politico.com/newsletters/canada-playbook/2025/12/04/trump-usmca-exit-signals-00676384
  9. https://www.newsweek.com/trump-official-warns-president-may-leave-his-signature-trade-deal-11156415
  10. https://english.elpais.com/economy-and-business/2025-09-12/beijing-accuses-mexico-of-submitting-to-us-coercion-over-tariff-increase-on-chinese-cars.html
  11. https://chinaglobalsouth.com/2025/09/11/mexico-50-percent-tariff-china-cars/
  12. https://www.whitecase.com/insight-alert/united-states-finalizes-section-301-tariff-increases-imports-china
  13. https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/263c42b409855725.html
  14. https://www.brookings.edu/regions/north-america/mexico/
  15. https://ustr.gov/about/policy-offices/press-office/press-releases/2025/december/public-hearing-first-joint-review-usmca
  16. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/ceec55d786c7c20b.html
  17. https://www.nytimes.com/2025/12/04/business/economy/trump-north-american-trade-deal.html
  18. https://ca.news.yahoo.com/u-trade-representative-jamieson-greer-225121611.html
  19. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/c0b5e4d485431665.html
  20. https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/wto-fta/news/pdf/w_c_monthly_report-202510.pdf
  21. https://www.peacocktariffconsulting.com/china-is-thriving-us-tariffs-failing-to-contain-chinas-economic-growth/
  22. https://finance.yahoo.com/news/canada-mexico-not-export-hubs-224614112.html
  23. https://www.tradingview.com/news/reuters.com,2025:newsml_S0N3XA08G:0-canada-and-mexico-should-not-be-export-hubs-for-china-says-ustr/
  24. https://www.aol.com/us-trade-china-probably-needs-232651372.html
  25. https://www.facebook.com/Reuters/posts/canada-and-mexico-should-not-be-used-as-export-hubs-for-china-vietnam-indonesia-/1406804451310283/
  26. https://mexicobusiness.news/automotive/news/mexico-eyes-50-tariffs-non-fta-vehicles-china-pushes-back
  27. https://www.marketscreener.com/news/ustr-s-greer-want-to-make-sure-that-canada-and-mexico-aren-t-used-as-an-export-hub-for-china-vietn-ce7d51dfd081f72c
  28. https://www.yahoo.com/news/articles/trump-could-decide-next-withdraw-112759426.html
  29. https://www.scmp.com/news/world/united-states-canada/article/3335256/trump-could-decide-next-year-withdraw-usmca-says-us-trade-representative
  30. https://insidetrade.com/trade/mexico-proposes-higher-tariffs-evs-other-goods-non-fta-partners
  31. https://www.cbc.ca/lite/story/9.7002653
  32. https://x.com/BrookingsInst/status/1974116017241526635
  33. https://www.brookings.edu/regions/north-america/canada-2/
  34. https://www.linkedin.com/posts/joshua-meltzer-9900453b_is-china-circumventing-us-tariffs-via-mexico-activity-7377336406031118336-moZe
  35. https://www.facebook.com/brookings/posts/to-bypass-high-us-tariffs-china-is-increasingly-routing-trade-through-mexico-and/1231277465705996/
  36. https://www.hklaw.com/en/insights/publications/2024/09/ustr-finalizes-action-on-new-and-increased-section-301-tariffs
  37. https://www.brookings.edu/tags/tariffs/
  38. https://www.meti.go.jp/english/report/data/wp2024/pdf/2-1-2.pdf
  39. https://www.brookings.edu/articles/north-american-golden-age/
  40. https://papers.ssrn.com/sol3/Delivery.cfm/5736802.pdf?abstractid=5736802&mirid=1

アメリカという不確定要素と企業のグローバル・サプライチェーン

アメリカの新しい大統領であるトランプ氏が、様々な物議を醸し出す発言をツイッターで行っている。

・ 私の知人(Mr. William F. Hagerty IV)が今度の駐日大使に任命されそうなのもびっくりしたが

アメリカは暴君の国になるのかと思うくらい、力を背景に思いをぶつけている気がしてならない。

フォードに始まり、GMに飛び火し、今度はトヨタ。

企業も、そういった「施策(本当に施策か?)」に対して対応をしなくてはいけない。

特にアメリカがメキシコに対して、そして中国に対して高関税をかけるとなると、サプライチェーンは大きく変わらざるを得ない。

問題はどんな結果を生み出すと考えられるのか。

日本国内のサプライチェーンとは違い、グローバルのサプライチェーンはかなり複雑で、全体を把握することが難しい。そこでお勧めしているのは、グローバル・サプライチェーンのシミュレーションモデルを作り、それに基づき、様々な仮定を設け、どうなると考えられるかを思考実験すること。

エクセルなどで簡単なシミュレーションを行う企業が大半であるが、十分な考察となっていない場合が多い。今回のように、条件ががらりと変わる可能性がある場合はなおさら。

そういったシミュレーションツールによる、戦略オプションの考察への弊社へのリクエストはとみに多くなってきた。

当社では、自前のシミュレーション・エンジンでサプライチェーン・シミュレーションを行ってきたが、近年は日立ソリューションズの持つ強力なシミュレーションエンジンを使わせて頂き、グローバル・サプライチェーンのオプションを顧客と行っている。

日本企業が海外の調達~生産~販売という一連のサプライ・チェーンを考える場合、どうしても定性的情報がない中で決定することが多く、結果として効果的かつフレキシブルな選択肢をとることが少ない。理由は、意思決定するための客観的な定量情報が圧倒的に少ないからである。

シミュレーションはその大きな欠点を補うことができる。

アメリカの次の挙動に不安になるより、シミュレーションを行って、可能性のある策を今から模索されてはいかがか。