関税ショックは先送り:USTRの中国301条除外延長があなたのビジネスに意味すること

USTR、中国の「301条関税除外」を2026年11月まで延長──ビジネスパーソンは何を押さえるべきか

1. まずは「3行」で今回のポイント

2025年11月25日、米通商代表部(USTR)は、中国に対する301条追加関税のうち178件の「除外(exclusions)」を約1年延長し、**2026年11月9日23:59(米東部夏時間)**まで有効とすることを発表しました 。ustr+1

対象は、太陽光パネル製造装置14カテゴリーと、産業・医療機器など164カテゴリー(電動モーター、血圧計、ポンプ部品、自動車用エアコンプレッサー、プリント基板など)で、いずれも主にB2B用途の中間財です 。ustr

背景には、**米中間の新たな経済・貿易合意(Kuala Lumpur Joint Arrangement)**があり、中国側のレアアース輸出規制の緩和や米農産品輸入拡大と「パッケージ」で決まった措置です 。cassidylevy+1

以下では、この決定がグローバル調達・生産戦略、価格交渉、リスク管理にどのような意味を持つのかを整理します。

2. そもそも「301条関税」とは何か、なぜ除外があるのか

2-1. 301条は「不公正貿易」に対する”何でも屋”条項

米国通商法301条(Section 301 of the Trade Act of 1974)は、相手国の不公正な貿易慣行に対して、米国が一方的に是正措置(関税引き上げなど)を取る権限を大統領・USTRに与える条文です。

2017年に米国は、中国の技術移転強要・知的財産権侵害・イノベーション政策を巡って301条調査を開始し、2018年以降、いわゆるList1〜4と呼ばれる段階的な追加関税(25%や7.5%など)を導入しました。

2-2. 「除外(exclusions)」とは何か

301条関税には、プロダクトごとに追加関税を免除する「除外」制度があります:

  • 10桁のHSコード+商品説明の組み合わせで「この条件に合致する製品は301条の追加関税を免除する」と定義
  • 該当製品は、WTO上の通常関税(MFN税率)のみ、301条分はゼロ
  • 企業がUSTRに申請し、代替供給源の有無・米国産業への影響などを踏まえて判断される仕組み

この除外は期限付きで、ここ数年は3〜6カ月単位で延長されてきました。特に今回延長の対象となったのは:

  • 2024年5月に164件の除外が2025年5月31日まで延長
  • 2024年9月に太陽光製造装置に関する14件の新たな除外を追加
  • その後、合計178件が2025年8月31日まで、さらに2025年11月29日まで延長されていた案件ですey+1

3. 今回の決定:延長された178件の中身

3-1. 有効期限は「2026年11月9日23:59(米東部夏時間)」まで

今回公表された連邦官報(Federal Register)通知では、以下のように定義されています:

  • 対象: 現在有効な178件の除外
  • 期間: 2025年11月30日0:01(米東部標準時)以降に輸入される貨物で、**2026年11月9日23:59(米東部夏時間)**までに米国に輸入されたもの

USTRのプレスリリースでは「2026年11月10日まで」と表現されていますが、実務的には11月9日深夜までの通関分が対象と理解するのが安全です 。kpmg+1

3-2. どんな品目が対象か

報道やUSTRの説明によれば、対象は主に以下の2グループです:ustr

太陽光パネル製造関連(14カテゴリー)

  • ウエハーやセルの生産ラインに用いる装置
  • コーティング、エッチング、検査装置など

産業・医療用途を中心とする中間財(164カテゴリー)

  • 電動モーター
  • 血圧測定装置
  • ポンプのコンポーネント
  • 自動車用エアコンプレッサー
  • プリント基板(PCB)など

いずれも、最終消費財というより、設備・部品・医療機器などの中間財です。B2Bの製造業・医療機器産業にとって重要な入力財である、というのが共通点と言えます。

連邦官報では、これらはHTSUS(米国輸入統計品目表)の特定の臨時番号(9903.88.69・9903.88.70)および関連する注記で定義されており、「記載条件を満たすすべての輸入者に適用される」と明記されています。

4. なぜ米国は「除外」をさらに延長したのか

4-1. 公募コメント:代替調達の難しさと”猶予期間”の要望

USTRは2025年9月16日付けで、178件の除外を2025年11月以降も延長すべきかどうか、パブリックコメントを募集しました。評価軸として、以下を挙げています:

  • 中国以外からの代替調達の可否とその量
  • 米国または第三国から調達するための取り組み状況
  • 追加の時間がなぜ必要か
  • 延長が、最終的に中国依存からの脱却に寄与するか
  • 米国の政策優先事項(サプライチェーン強靭化、安全保障など)との整合性

その結果、178件中147件が延長支持のコメントを受け、反対意見があったのは10件のみでした。多くの企業が、「現時点で中国以外の供給源は量・品質ともに十分ではない」「急激な関税復活は、米国内の製造や医療提供に悪影響を与える」といった趣旨の懸念を表明したとされています。

4-2. 米中「Kuala Lumpur Joint Arrangement」とのパッケージ

さらに大きな要因が、**2025年10月30日に韓国で開催されたトランプ大統領と習近平国家主席の会談を受けて合意された「Kuala Lumpur Joint Arrangement」**です 。cassidylevy+1

ホワイトハウスの資料によると、この合意で中国は以下を約束しました:whitehouse

  • レアアースやその他重要鉱物に対する世界的な輸出規制の延期・実質的な撤廃
  • 米半導体企業などへの報復措置の見直し
  • 大豆・ソルガム・木材など米農産品の輸入拡大
  • 米国製品に対する自国側の関税除外プロセスを2026年12月31日まで延長

これに対して米国側は:

  • 中国製品への「引き上げ済みの相互関税」を2026年11月10日まで凍結・低い水準に据え置く
  • その一環として、301条の178件の除外を2026年11月まで延長

することを約束しました 。whitehouse

今回の除外延長は、こうした一連の「貿易休戦」の一部と位置付けられます 。cassidylevy

4-3. 対中強硬姿勢は維持したままの”部分的な緩和”

注意すべきは、対中政策が「軟化」したわけではないという点です。

2024年5月には別途、電気自動車(EV)、リチウムイオン電池、重要鉱物、医療用手袋などに対して、今後数年にわたって301条関税を引き上げる方針が示されています(EVは最大100%)。

今回延長されたのは、代替サプライヤーが限られ、米国内の製造業・医療・エネルギー政策にとって短期的な課税が「自傷行為」になりうる品目にほぼ限定されています。つまり、「戦略的に守る分野」と「一定の猶予を与える分野」を切り分けた結果と見るのが妥当です。

5. 日本・アジア企業にとってのインパクト

5-1. 中国工場から米国向けに輸出している企業

中国拠点から米国へ設備・部品・医療機器コンポーネントなどを輸出している企業は、まず次の点を確認する必要があります:

  • 自社製品が301条のどのリストに該当するか
  • その中で、今回延長された178件の除外に該当するかどうか(HSコードと品目説明ベース)

該当する場合、2026年11月9日(米東部夏時間)まで追加関税なしで輸出できる見通しが立ちます。一方、除外に該当しなければ、従来通りの追加関税負担が継続します。

今回の延長により、「2025年末で採算が合わなくなる」と見込んでいた案件が、あと1年弱は現状条件を維持できるケースも出てくるはずです。

5-2. 「China+1」戦略への影響

ここ数年、多くの企業が301条関税や地政学リスクをきっかけに、中国からベトナム・メキシコ・インドなどへの生産移管を進めてきました。

今回の延長により:

  • 対象品目については、「急いで移管しないと関税で赤字」という状況が一旦後ろ倒し
  • ただし、2026年11月以降の扱いは未定であり、「さらに延長される」という保証はない

という意味で、完全なブレーキではなく、「時間を与えられた」という性格が強いと言えます。

経営的には、キャパ増設や新工場投資は計画通り進めるが、稼働タイミングや投資回収シナリオを1年シフトさせる、といった微調整があり得る局面です。

5-3. 米国顧客との価格交渉・契約条件

301条関税は、サプライ契約の中で「関税分は価格に転嫁する」「関税が変わった場合は再交渉する」といった条項(tax pass-through clause)として組み込まれていることが多くあります。

今回予定されていた2025年末の関税復活が回避されたことにより:

  • すでに2026年価格を「関税復活前提」で見積もっていた場合、値決めの見直し余地
  • 逆に、顧客側から「関税かからないなら値下げを」と逆提案される可能性

も出てきます。

調達側・販売側とも、**「想定していた前提条件が変わった」**という認識を共有し、契約条項の読み直しが必要です。

5-4. HSコードと実務リスク

除外はHSコード(10桁)と商品説明の組み合わせで機械的に判定されます。わずかな仕様差や組み立て工程の違いで、**「同じと思っていた品目が別のコード扱い」**になることも少なくありません。

税関での判定が変われば、突然301条関税の対象になるリスクがあります。

したがって:

  • 米国側輸入者・通関ブローカーと連携し、HTSコードの再確認
  • 過去の輸入実績と今回の除外リストを突き合わせ、該当の有無を「コードレベル」で確認

することが、今回の延長を活かす前提条件になります。

6. ビジネスパーソン向け「2026年11月まで」のアクション・チェックリスト

6-1. 自社影響の棚卸し

輸出入・調達データの抽出

  • 「中国→米国」向けの輸出品目(または米国法人の輸入品目)を洗い出す

HSコード/商品説明と除外リストの照合

  • 自社品目が今回延長された178件のどれかに当たるかを確認
  • 当たる場合は、コストシミュレーションを「延長後の前提」で更新する価値があります

6-2. 「2026年11月9日」をXデーとした逆算

2026年11月9日以降:

a. さらに延長される
b. 一部だけ延長され、多くは失効する
c. 全面失効し、フル関税復活

という複数シナリオを想定し、それぞれについて:

  • 価格・利益率
  • サプライチェーン構成
  • 代替調達・生産移管のロードマップ

を「逆算スケジュール」で描いておくと、政策変更があっても慌てずに済みます。

6-3. 米国の産業政策との整合性を見る

301条関税は、単体で動いているわけではなく:

  • EV・バッテリー・太陽光などへの関税引き上げ方針
  • CHIPS法、インフレ抑制法(IRA)などの国内投資インセンティブ

とセットで設計されています。

自社の事業が:

  • 「米国内生産を増やせば恩典が受けられる分野」なのか
  • 「中国発サプライチェーンに依存すると、今後も関税リスクが高い分野」なのか

を整理することで、投資先・生産地の優先順位も見えやすくなります。

6-4. 「政治リスクを価格に織り込む」文化づくり

今回のように、関税が3カ月延長→さらに3カ月→一気に約1年延長と、政治判断により前提条件が揺れ動く状況が続くと:

  • 「法改正や関税変更は突発的に起きるもの」として
  • 長期契約の価格設定
  • 投資回収期間の設定
  • リスクマージン(政治リスク・地政学リスク)

をあらかじめ**「上乗せしておく」発想**が重要になります。

7. まとめ:関税は「終わる」より「続く」と考える

今回のUSTRによる301条除外の2026年11月までの延長は:

  • 中国依存の高い中間財について、米国企業・産業に「もう少し時間を与える」ための措置であり
  • 同時に、米中間の新たな貿易合意(Kuala Lumpur Joint Arrangement)を履行するための外交パッケージの一部でもありますcassidylevy+2

一方で:

  • EV・バッテリーなど戦略分野では関税引き上げが続いていること
  • 延長はあくまで期限付きの暫定措置であり、恒久的な免除ではないこと

を踏まえると、**「関税リスクが去った」のではなく、「タイムリミットが1年延びた」**と捉えるのが現実的です。

最後に一言

本稿は公開情報に基づく一般的な情報提供であり、法的・税務的アドバイスではありません。実際の取引・投資判断に際しては、必ず通関ブローカー、弁護士、税理士など専門家と相談のうえ、最新のUSTR通知・連邦官報の原文を確認することをお勧めします 。kpmg+1

  1. https://ustr.gov/about/policy-offices/press-office/press-releases/2025/november/ustr-extends-exclusions-china-section-301-tariffs-related-forced-technology-transfer-investigation
  2. https://kpmg.com/us/en/taxnewsflash/news/2025/11/ustr-extends-product-exclusions-china-section-301-tariffs.html
  3. https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/11/modifying-reciprocal-tariff-rates-consistent-with-the-economic-and-trade-arrangement-between-the-united-states-and-the-peoples-republic-of-china/
  4. https://www.cassidylevy.com/news/us-and-china-reach-trade-arrangement-begin-implementation/
  5. https://www.ey.com/en_gl/technical/tax-alerts/ustr-extends-product-exclusions-subject-to-section-301-tariffs-through-29-november-2025
  6. https://www.strtrade.com/trade-news-resources/tariff-actions-resources/section-301-tariffs-on-china
  7. https://www.chrobinson.com/es-us/resources/insights-and-advisories/client-advisories/2025q3/09-02-2025-client-advisory-section-301-tariff-exclusions-extended-through-ovember-2025/
  8. https://x.com/DeItaone/status/1993724259642839126
  9. https://www.fibre2fashion.com/news/textile-news/ustr-extends-tariff-exclusions-on-some-chinese-industrial-goods-306765-newsdetails.htm
  10. https://www.chinadaily.com.cn/a/202511/27/WS6927b8f0a310d6866eb2bae9.html

なぜ世界の自動車マネーは「アメリカ行き」なのか

1. データで見る「自動車投資の重心移動」

1-1. EV関連投資はどこに向かっているか

欧州シンクタンクTransport & Environmentが、主要19社(欧州・米国・日本・韓国・中国OEM)によるEV・電池・充電インフラ投資(2021〜23年、総額2,650億ユーロ)を地域別に分析しています 。結果は明確です:transportenvironment

  • 北米: 37%(970億ユーロ)
    • そのうち81%が米国向け投資(790億ユーロ)
  • 欧州: 26%(700億ユーロ)
  • 中国: 19%
  • その他地域: 残り

つまり、大手自動車メーカーの約4割近いEV関連投資が北米、特に米国に向かっており、欧州や中国よりも「投資先としての魅力」が高いことが数字で裏付けられています 。transportenvironment

1-2. 米国だけを見るとどうか

米国内だけを切り取ると、インパクトはさらに大きく見えます。Biden政権発足(2021年)以降、EVとバッテリーの製造・サプライチェーン向け投資は累計3,120億ドル(約47兆円、1ドル=150円換算)に達しました 。transportenvironment

Rhodium Groupの「Clean Investment Monitor」によると、IRA施行からの3年間で:

  • クリーンエネルギーとクリーンテック製造への実投資は3,510億ドル
  • 未使用の将来投資パイプラインは5,170億ドル
  • そのうち製造向けが1,120億ドルで、その88%がEVサプライチェーン(電池・EV組立・資源)向けtransportenvironment

「EV・電池という成長分野の投資重心は、明確に米国へ移っている」──これが、数字から見える現状です。

2. なぜ投資マネーは米国に集まったのか

2-1. インフレ抑制法(IRA)の”政策効果”

Transport & Environmentの分析は、北米の投資優位の主因を2022年に導入されたIRAと結論づけています 。IRAのポイント:transportenvironment

  • EV購入補助: 最大7,500ドルの税額控除(北米最終組立・一定割合の北米/FTA締結国由来の電池・資源を条件)evdances
  • 電池生産クレジット(45X): 電池セル1kWhあたり35ドル、モジュール10ドルの生産税額控除transportenvironment
  • 低炭素車工場向け融資: 30億ドル規模の融資プログラムtransportenvironment

これらにより、**「EVを売るためには北米で作るのが一番得」**という構図が世界のメーカーに共有されました 。transportenvironment

2-2. 中国EV封じの”100%関税”と欧州の追随

バイデン政権は2024年に対中制裁関税を強化し:

  • 中国製EVへの関税を25%→**100%**に引き上げ
  • EV用リチウムイオン電池や重要鉱物にも**25%**の関税を段階的に導入transportenvironment

欧州連合も2024年に中国EVに対し、最大45.3%の追加関税(既存の10%輸入関税に上乗せ)を導入しました 。transportenvironment

これにより、「中国から完成車を輸入して売る」モデルは成立しにくくなり、北米と欧州の大市場に入りたいなら、その地域で作るか、域内生産拠点(北米ならメキシコ・カナダ)を置く必要が出てきました 。transportenvironment

3. 日本・韓国メーカーはどう動いたか

3-1. トヨタ:ノースカロライナの電池メガプラント

2025年11月、トヨタはノースカロライナ州リバティの電池工場で量産開始を発表しました:automotivelogistics

  • 投資額: 約140億ドル(当初12.9億ドルから段階的に拡大)
  • 能力: 年間30GWh、14ライン(HEV・PHEV・BEV向け)
  • 雇用: 最終的に5,100人規模
  • 追加投資: 今後5年間で100億ドルを北米にコミット

トヨタのEV関連投資の89%は北米向けで、欧州向けはわずか10%です 。transportenvironment

3-2. ホンダ:電池調達と車両生産を”米国寄り”へ

ホンダも米国リスクに直接対応:

  • トヨタの米国工場からハイブリッド車用電池を年間約40万台分調達
  • シビック・ハイブリッド5ドア版の生産を日本からインディアナ州に移管(2025年6〜7月完了予定)reuters
  • 次世代シビックもメキシコからインディアナへ移管予定(2028年5月開始、年産約21万台)reuters

これは「米国内で電池と車をセットで作り、『中国製部材+輸入完成車』という構図から距離を置く」明確なサプライチェーン再構築の動きです。

3-3. 韓国・欧州勢も北米寄り

Transport & Environmentの分析では:

  • ホンダのEV投資の58%、現代自グループの43%が北米向け
  • ステランティスはEV投資の74%を北米に、欧州はわずか10%transportenvironment

欧州はEV投資全体の26%しか引きつけられておらず、その大半が欧州メーカー自身による”身内投資”で、アジア勢からの大型投資は北米ほど集まっていません 。transportenvironment

4. 2025年、「米国一強」に陰り?トランプ政権の逆風

4-1. OBBBA(One Big Beautiful Bill Act)によるクレジット縮小

トランプ政権の法案「One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)」は2025年7月に成立し:univis-america+1

  • IRAの気候関連税額控除を大幅削減
  • EV購入クレジット(30D)や商用EVクレジット(45W)は2025年9月30日終了reuters+1
  • 電池製造クレジットは2028年終了(4年前倒し)reuters

4-2. クリーン投資の減速とプロジェクトのキャンセル

Rhodium Groupの2025年Q2レポートによると:

  • 2025年Q2のクリーンエネルギー・輸送投資は前年比+1%の微増ながら、3四半期連続で前期比減少
  • 製造セグメント(電池・EV等)は前年同期比**▲19%**
  • 製造プロジェクトのキャンセル額(50億ドル)が新規アナウンス額(40億ドル)を上回る

AP通信によると、2025年に入ってから140億ドル超のクリーンエネルギー投資がキャンセル・延期され、1万人規模の雇用が失われました。

4-3. EV市場の減速と「ハイブリッド回帰」

トランプ政権下で:

  • 2030年までのEV販売50%目標が撤回federatedhermes
  • 厳格な排ガス規制が緩和
  • 7,500ドルのEV税控除が段階的に終了

結果、2030年のEVシェア見通しは40%→27%に下方修正されました。トヨタやVWなど複数メーカーが、EVシフト一辺倒から**ハイブリッド・ガソリン車を含む”マルチパスウェイ戦略”**に舵を切り直しています 。automotivelogistics

5. それでも「米国シフト」は終わらない:構造的な3つの理由

(1) すでに積み上がった投資パイプラインの大きさ

建設中のクリーンテック製造・エネルギー関連プロジェクトの未投資残高は5,170億ドル、うち製造分が1,120億ドルで、その約9割がEVサプライチェーン関連です。これらは埋没費用として数年かけて投資が継続される性格のものです。

(2) 中国EVへの”関税の壁”と代替生産拠点としての価値

  • 米国:中国製EVに100%関税、EV電池と重要鉱物に25%関税
  • カナダ:ほぼ同水準の関税
  • 欧州:中国EVに最大45.3%の追加課税transportenvironment

結果として、中国メーカーにとって北米・欧州は「現地生産を真剣に検討せざるを得ない市場」となり、北米・欧州に工場を持つ既存OEMとそのサプライヤーにとっては構造的な参入障壁が生まれています。

(3) 欧州の魅力度が”政策面で”出遅れている

  • 欧州は2021〜23年のEV投資のうち26%しか取り込めず
  • その80%は欧州メーカー自身による投資
  • Transport & Environmentは「EUがIRAに対抗する産業政策を欠き、半分近い欧州向けバッテリー投資が対米流出リスクに晒されている」と指摘transportenvironment

**「米国の追い風は弱まったが、欧州がそれ以上に出遅れている」**というのが、2025年時点の冷静な見立てです。

6. 日本企業がとるべき戦略的スタンス

6-1. 「米国一本足打法」は危険だが、「米国軽視」はもっと危険

キャッシュ創出拠点としての北米

高単価SUV・ピックアップ・ハイブリッドを中心に、利益創出の”母屋”として北米を位置づける発想は依然として合理的です 。一方で、OBBBAによる税制変更、規制の振れ幅の大きさ、州政府レベルの政策差を踏まえると、**「州ごとのインセンティブ頼みで過大投資しない」「設備を複数パワートレインに転用可能な設計にする」といった”オプション価値を残す投資設計”**が鍵になります。automotivelogistics

6-2. サプライチェーン設計:3ブロック対応

今後10年を見据えると、自動車サプライチェーンは以下の3ブロックで考えるのが現実的です:

北米ブロック(US+カナダ+メキシコ)

  • 45Xなどの生産クレジットは一定期間残存
  • 100%関税に守られた中国EV不在の市場

欧州ブロック(EU+UK+周辺国)

  • CO2規制が2025年以降強化
  • 中国EVへの関税導入で現地生産の魅力が上昇

中国+新興国ブロック

  • 中国はEV販売の約2/3を占める”EVの本丸”
  • 価格競争と技術進化のスピードが最速

日本企業視点では、実需と収益を取る「北米」、規制・ブランド構築の「欧州」、技術・コスト競争力を磨く「中国・新興国」という役割分担を明確にする必要があります。

6-3. 非OEMプレーヤーにとってのチャンス

完成車メーカーだけでなく、部品・素材・設備メーカーにもチャンスがあります:

  • 電池材料・分離膜・電解液・リサイクル
  • モーター、インバータ、パワーモジュール
  • 熱マネジメントシステム
  • 工場自動化・検査装置

これらは北米に建設中のEV・電池工場群に対して長期的な需要が見込める分野です。

まとめ:米国に傾く潮流を「前提条件」として、どう勝ち筋を描くか

  • EV・電池関連投資の重心はこの数年で米国・北米に大きく傾いたtransportenvironment
  • その原動力はIRAを中心とした積極的な産業政策と対中関税であり、欧州は政策・投資両面で出遅れているtransportenvironment
  • 一方で、2025年のトランプ政権によるOBBBAと環境規制の巻き戻しで、「補助金頼みのEV投資」は明確に逆風に入ったkiplinger+1
  • それでも、すでに積み上がった巨額の投資パイプラインと巨大な国内市場、中国EVを阻む関税の壁がある限り、北米は当面、自動車投資の最大級の受け皿であり続ける

したがって、日本企業にとって重要なのは、「米国シフトの波に乗るか/乗らないか」ではなく、**「どの程度のリスクを取り、どれだけオプション性を確保しながら米国を活用するか」**という設計です:

  • 設備とサプライチェーンは複数パワートレイン対応・複数地域調達可能にしておく
  • 政権交代や関税、規制変化を前提としたシナリオプランニングを経営計画に織り込む
  • 北米・欧州・中国+新興国それぞれの役割を決めたうえで、自社が「どのブロックで何を取りに行くのか」を明文化する

こうした視点を持てるかどうかが、「米国に傾く自動車投資の潮流」をチャンスに変えられるかどうかの分かれ目になっていきます。


※本記事の内容は、公開データ・公的機関・主要メディア(Rhodium Group, Transport & Environment, Reuters, AP等)の情報をもとに確認し、日本語として読みやすい形に整理・校正しています 。reuters+5

  1. https://www.automotivelogistics.media/nearshoring/toyota-to-invest-10bn-in-us-operations-over-five-years-as-battery-manufacturing-plant-opens-in-north-carolina/2127389
  2. https://www.telemetryagency.com/post/november-13-2025-toyota-launches-1st-north-american-battery-plant
  3. https://www.kiplinger.com/taxes/ev-tax-credit
  4. https://www.edmunds.com/fuel-economy/the-ins-and-outs-of-electric-vehicle-tax-credits.html
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メキシコ自動車関税案:「棚上げ」の深層と日本企業の対応策

1. 背景:50%関税案は「廃案」ではなく「延期」へ

2025年9月の改正案提出と衝撃
2025年9月、メキシコのシェインバウム政権は2026年度予算関連法案の一環として、輸出入関税法(LIGIE)の改正案を議会に提出しました。その核心は、一般関税率(MFN税率)の大幅な引き上げにあります 。spglobal+1

  • 対象品目: 自動車、同部品、鉄鋼、繊維など1,463品目
  • 関税率:
    • 自動車(EV含む):現行15〜25% → 最大50%argusmedia
    • 自動車部品:多くの品目で35%前後へ引き上げargusmedia
  • 影響範囲: メキシコとFTAを締結していない国(中国、韓国、インド、タイ、トルコ、ロシアなど)からの輸入約500億ドル相当photonpay+1

重要事項: 日墨EPAやCPTPP、USMCA(米国・カナダ)の要件を満たす「FTA相手国原産品」は、今回の引き上げ対象外です。日本原産品は引き続き無税または低関税が維持されます。

最新動向:2027年までの審議凍結
しかし、2025年10月28日、メキシコ連邦下院・経済通商競争委員会は、同法案の最終案取りまとめ期限を**「2027年8月末まで延長」**することを決定しました。これにより、法案が本会議で採決されるのは数年先となり、事実上の「棚上げ」となりました 。mex.news.o-abroad

【注意】ここが最大のリスクです
法案審議は止まりましたが、メキシコ憲法第131条および貿易法第4条に基づき、大統領は**「政令(Decreto)」によって関税率表(TIGIE)を随時変更する権限**を持っています。「包括的な法改正」は延期されましたが、「政令による特定品目のピンポイント利上げ」はいつでも発動可能な状態にある点に警戒が必要です 。whitecase+1

2. 延期の要因:国内産業の混乱と中国の反発

今回の決定の背景には、内外からの強い圧力がありました。

(1) 国内産業界からの悲鳴
急激な関税引き上げは、非FTA国からの輸入に依存するメキシコ国内産業を直撃します。

  • 自動車ディーラー協会(AMDA): 「中国ブランド車等を扱う約800店舗・3.2万人の雇用が危機に瀕する」と警告。
  • 自動車部品工業会(INA): 北米で調達不可能な部材をアジアに依存しており、製造コスト増による競争力低下を懸念。
  • 経営者団体(COPARMEX): 「中国対策の必要性は理解するが、一律50%への急激な引き上げはインフレを招く」として、段階的導入を要請しました 。bloomberg

(2) 中国による対抗措置の示唆
中国商務省は2025年9月、メキシコの関税方針に対し「貿易・投資障壁調査」の開始を発表し、強く牽制しました 。メキシコ新車市場における中国製車両(中国ブランドおよび欧米メーカーの中国生産車)のシェアは20.2%に達しており、経済的な結びつきは無視できないレベルにあります 。cfr+1

(3) 「2027年まで」の政治的意味
委員会による審査期限の延長は、以下のバランスを取るための高度な政治的判断といえます。

  • 財界へ: 「当面の間、急激な変更は行わない」という安心感を与える。
  • 中国へ: 「法案は確定していない」と逃げ道を残す。
  • 米国へ: 「法案自体は撤回していない」と対中姿勢をアピールする。

3. 延期の裏にある「3つの政治的意図」

公表情報と報道 から読み解く、政府の本音は以下の通りです。unav+1

  1. サプライチェーン再編のための時間稼ぎ
    名目は「国内生産の促進」ですが、現状のメキシコ産業はアジア製の部材・設備に依存しており、即時の50%関税に耐えられません。2027年までの猶予期間中に、調達網の北米シフト(ニアショアリング)を進めさせる狙いがあります。
  2. 米中対立の緩衝材(クッション)
    メキシコは「最大の顧客である米国」と「重要な供給元である中国」の板挟み状態にあります。期限延長は、米国の圧力(中国締め出し)に応える姿勢を見せつつ、中国からの即時の報復を回避するための「時間軸による調整弁」として機能しています。
  3. 2026年USMCA見直しへの「交渉カード」
    2026年に予定されるUSMCA(T-MEC)の再検討に向け、メキシコは「対中関税強化」というカードを温存しました。これを交渉材料として、米国から投資優遇や関税緩和などの有利な条件を引き出そうとする意図が透けて見えます 。reuters

4. 日本企業への影響:リスクと好機

4-1. 「日本原産」は安全だが、「メキシコ生産」は別問題
日本からの輸出品(日本原産)はEPA/CPTPPで守られますが、**「メキシコ工場がアジアから調達している部材」**はMFN関税引き上げの対象となり得ます。

4-2. リスクが高い企業の特徴

  • アジア部材依存型: 中国・韓国・タイ等の部材をメキシコで組み立てている(原産地規則上、非FTA原産となるケース)。
  • 経由輸出(迂回)型: 日本製品を中国・アジア経由でメキシコへ入れているケース。
  • IMMEX活用企業: 将来的に特定品目が免税対象から外れ、事後的に高関税が課されるリスク。

4-3. 日本企業にとってのチャンス
中国製品のコスト競争力が低下すれば、日本製品や北米生産品への回帰が進む可能性があります。品質と信頼性を武器に、メキシコ市場でのシェアを拡大する好機ともなり得ます 。automotivelogistics

5. 実務担当者が今すぐ取るべき5つのアクション

  1. 関税影響マップの作成(HSコード × 原産国)
    現在の輸入部材について、「現行税率」と「50%適用時の税率」を比較し、コストインパクトを可視化してください。これがサプライチェーンの健康診断となります。
  2. 「脱・非FTA国」調達のシミュレーション
    調達先を中国・非FTA国から、日本・北米・ベトナム(CPTPP加盟国)等へ切り替えた場合のコスト・リードタイムを試算してください。単価が多少上がっても、50%関税より安価なケースは多々あります。
  3. PROSEC / レグラ・オクターバの活用準備
    産業分野別生産促進プログラム(PROSEC)や、部材の無税輸入許可(レグラ・オクターバ)の適用可能性を確認してください。政令による突発的な関税変更に備え、事前登録だけでも済ませておくことを推奨します 。monarch-global
  4. 契約への「関税変動条項」の明記
    将来の関税上昇分を誰が負担するか、価格改定のトリガー条件などを、サプライヤーおよび顧客との契約書に明文化してください。
  5. 2026-2027年を見据えたシナリオプランニング
    「2026年 USMCA再交渉」と「2027年 法案審議期限」を節目として、関税が発動された場合の在庫戦略や資金繰りへの影響を今のうちにシミュレーションしておくことが重要です。

6. まとめ:猶予期間を活かせるか

  • 「廃案」ではなく「延期」: 2027年まで法案審議は止まるが、政令によるリスクは残る 。mex.news.o-abroad
  • ターゲットは明確: 自動車・電機・機械分野における「非FTA原産品」が狙い撃ちされている 。argusmedia
  • タイムリミットは2〜3年: この期間に関税耐性のあるサプライチェーンへ組み替えられた企業だけが、北米市場での勝者となります。

本記事は2025年11月27日時点の情報に基づいています。メキシコの通商政策は流動的であるため、最新の官報(DOF)および専門家のレポートを継続的に確認してください。

  1. https://www.spglobal.com/ratings/en/regulatory/article/mexican-tariffs-a-speedbump-to-chinese-auto-firms-overseas-expansion-s101645512
  2. https://www.whitecase.com/insight-alert/mexico-proposes-significant-customs-and-tariff-reforms-part-2026-economic-package
  3. https://www.argusmedia.com/en/news-and-insights/latest-market-news/2730867-mexico-to-raise-auto-import-tariffs-to-50pc
  4. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/mexico-auto-industry-warns-complex-outlook-ahead-usmca-review-2025-10-02/
  5. https://mex.news.o-abroad.com/~/economy/178543-en-mexico-doubts-over-tariff-reform-approval-70-billion-peso-revenue-expected.html
  6. https://monarch-global.com/2025/08/16/friendshoring-brings-industrial-sized-investment-opportunity-2-2-5-3/
  7. https://www.photonpay.com/hk/blog/article/mexico-tariff-policy-2025?lang=en
  8. https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-11-10/sheinbaum-s-china-tariffs-plan-meets-business-party-backlash
  9. https://www.cfr.org/article/china-latin-america-september-2025
  10. https://www.unav.edu/web/global-affairs/sheinbaums-trade-calculus
  11. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/mexico-discuss-tariff-hikes-with-china-others-before-making-law-2025-10-09/
  12. https://www.automotivelogistics.media/supply-chain/port-congestion-competition-pressures-loom-as-mexico-set-to-increase-tariffs-on-chinese-vehicle-imports/1608705
  13. https://www.jetro.go.jp
  14. https://mexicobusiness.news/automotive/news/mexicos-auto-industry-prepares-tariff-supply-chain-shocks
  15. https://www.prodensa.com/insights/blog/how-tariffs-are-shaping-automotive-manufacturers-in-mexico
  16. https://radiocomply.com/mexico-ift-delays-enforcement-of-ift-seal-requirements-amid-institutional-changes/
  17. https://www.argusmedia.com/es/news-and-insights/latest-market-news/2745164-mexico-s-reforms-constrain-gdp-growth-imef
  18. https://economic-research.bnpparibas.com/Media-Library/en-US/impact-will-Mexico-tariffs-have-imports-example-automotive-sector-10/21/2025,c44343
  19. https://www.alvarezandmarsal.com/thought-leadership/mexico-s-2026-customs-law-key-changes-for-global-trade
  20. https://www.dallasfed.org/research/pubs/25trade/a3
  21. https://www.lemonde.fr/en/economy/article/2025/09/14/china-outraged-by-mexico-s-automotive-tariffs_6745399_19.html

国際取引の新常識:「関税変動条項」導入の実務ガイド

~トランプ関税・報復関税リスクへの「攻め」の契約戦略~

現代の国際取引環境において、契約書に「関税変動条項(Tariff Adjustment Clause)」が含まれているかどうかで、ビジネスリスクの所在は劇的に変わります。本稿では、日本企業の海外事業・法務担当者向けに、その重要性と導入のポイントを整理します。

※免責事項
本稿は一般的な情報提供を目的としており、法的助言を意図したものではありません。最終的な契約条項の策定にあたっては、必ず管轄法域の弁護士にご相談ください。


1. なぜ今、「関税変動条項」が必須なのか

「関税は固定コスト」という前提の崩壊

トランプ政権(第2次)による広範な関税政策や、それに対する各国の相互関税(レシプロカル関税)により、関税率は「一夜にして」変動する変数となりました。米国の対中追加関税や大統領令による緊急的な税率変更はその典型です。
一部の調査では、過去のトランプ関税を受けて契約見直しを検討した日本企業は約2割にのぼるとされていますが、現場レベルでは依然として「価格は数年間固定」「DDP(関税込持込渡し)条件だが、関税急騰時の免責がない」といった契約が多く見受けられます。

コスト転嫁の失敗を防ぐ

関税変動条項がない場合、突然の関税引き上げ分は、インコタームズ上の関税負担者(DDPなら売り手、FOB/CIFなら買い手)が全額被ることになります。薄利な取引であれば、一度の関税引き上げで利益が吹き飛び、赤字事業へ転落するリスクがあります。
こうした背景から、国際的な法律事務所やロジスティクス業界では、関税リスクを契約上の「変動要素」として定義することが強く推奨されています。


2. 「関税変動条項」の基本概念

2-1. 定義と目的

関税変動条項とは、**「契約期間中に、関税や関連する政府賦課金(サーチャージ等)が変動した場合に、そのコスト増減を価格にどう反映させるか、あるいは誰が負担するかをあらかじめ定めた条項」**です。

海外の実務では以下のような名称で呼ばれ、導入が進んでいます。

  • Tariff Adjustment Clause(関税調整条項)
  • Trade War Clause(貿易戦争条項)
  • Price Escalation Clause with Pass-through(転嫁メカニズム付き価格調整条項)

2-2. 「不可抗力(Force Majeure)条項」との決定的な違い

多くの企業が「関税が上がったら不可抗力条項で逃げられる」と考えがちですが、これは危険な誤解です。

  • 不可抗力条項: 戦争や天災などにより「履行が不可能」になった場合に適用されます。裁判所はこれを狭く解釈する傾向があり、「単にコストが上がって採算が合わない(経済的困難)」というだけでは、履行免除が認められないケースが大半です。
  • 関税変動条項: 履行が可能であることを前提に、「コストの変動分をどう処理するか」を定めるものです。

したがって、現代の契約実務では**「不可抗力条項+関税変動条項」のセット運用**が世界的なトレンドとなっています。


3. 代表的な3つの条項パターン

関税変動条項は、リスクの分担方法によって大きく3つに分類できます。自社の立場(売り手か買い手か)と交渉力に応じて使い分ける必要があります。

3-1. 単純パススルー型(全額転嫁型)

  • 内容: 契約締結後に発生した追加関税や税率引き上げ分の「実費全額」を、相手方に請求(価格上乗せ)する。
  • メリット: 計算が単純で、負担の所在が明確。
  • デメリット: 一方の当事者に負担が集中するため、相手方の抵抗が強く、合意形成の難易度が高い。

3-2. リスク分担型(コストシェア型)

  • 内容: 「関税コストが契約時点比でX%を超えて上昇した場合、その超過分を当事者間で折半(50:50)する」といった設計。
  • メリット: 双方が痛みを分け合うため、長期的なパートナーシップを維持しやすい。
  • デメリット: どこまでを「関税由来のコスト」とするかの計算根拠で揉める可能性がある。

3-3. トリガー付き再交渉・解除型

  • 内容: 「関税変動により総コスト(Landed Cost)がY%以上上昇した場合、価格について再協議を行う。一定期間内に合意できない場合は契約を解除できる」とするもの。
  • メリット: 「これ以上の負担増はビジネスとして成立しない」という撤退ライン(損切りライン)を明確にできる。
  • デメリット: 再交渉決裂による契約終了のリスクがあるため、供給安定性を重視する顧客からは敬遠される場合がある。

4. 日本企業がとるべき実務ステップ

Step 1:リスクの棚卸し(インコタームズ×HSコード)

まず、既存契約のインコタームズを確認し、自社が関税負担者となっている取引(DDP等)を特定します。次に、それらの製品のHSコードが「報復関税や輸入制限の対象になりやすい品目(自動車、鉄鋼、半導体、EV関連等)」かどうかを洗い出します。

Step 2:シナリオ分析とボトルネックの特定

「米国関税一律+10〜20%」「特定国向け報復関税+60%」など、現実的なシナリオを策定し、現在の粗利率でどこまで耐えられるか(損益分岐点)を試算します。これにより、「関税発動で即赤字になる契約」を優先的な対策対象として特定します。

Step 3:新規契約への標準搭載

今後締結する契約には、以下の要素を含む条項を標準的に盛り込むべきです。

  • 変動の定義: 新税の導入、税率変更、アンチダンピング税、HSコード変更による税率増など。
  • 基準点: どの時点の税率をベースラインとするか(契約日か見積提出日か)。
  • トリガー: どの程度の変動で発動するか(例:5%超の変動)。
  • 調整方法: 自動的な価格改定か、協議か。

Step 4:既存契約の「追補(覚書)」検討

長期契約については、契約更新時や中間レビューのタイミングで覚書(Amendment)を締結し、条項を追加します。「昨今の地政学リスクの高まりを受け、安定供給を維持するために相互のリスクヘッジが必要」という文脈で提案するのが有効です。

Step 5:運用体制の構築(三位一体)

条項があっても運用できなければ意味がありません。

  • 貿易・通関部門: 関税変更のモニタリングと影響額の計算。
  • 法務・購買部門: 契約条項の解釈と通知書の作成。
  • 事業部門: 顧客への説明と価格交渉。
    この3部門が連携して動ける体制を作ることが重要です。

5. ドラフティング(条文作成)の注意点

効果的な条項にするために、以下のポイントを押さえてください。

  1. トリガーを数値化する:
    「著しい変動」などの曖昧な表現を避け、「当初見積もりの関税額から○%以上の増加」など、客観的な数値を基準にします。
  2. 対象範囲を広げる:
    単に「Customs Duty」とするだけでなく、「Tariffs, levies, surcharges, import taxes, quotas(割当)」など、政府による貿易制限措置を包括的に含めます。
  3. 証拠書類を指定する:
    価格改定の根拠として、どのような書類(輸入許可通知書、税関の公式発表など)を提示するかを明記し、紛争を予防します。
  4. 「値下げ」も規定する(公平性):
    関税が下がった場合には価格を引き下げる条項も入れておくことで、契約の公平性(Fairness)をアピールでき、相手方の合意を得やすくなります。

6. 条文イメージ(サンプル)

条文例(概要)

第○条(関税等の変動)

  1. 本契約締結日以降、対象製品の輸入に関連して適用される関税、輸入税、その他公租公課(以下「関税等」という)の新設、税率変更、または分類変更が生じ、これにより売主(または買主)が負担すべき関税等の額が契約締結日時点と比較して【○%】を超えて増加した場合、当事者は信義誠実の原則に基づき協議を行い、当該増加分を反映した価格改定を行うものとする。
  2. 前項の協議開始から【△日】以内に価格改定の合意に至らない場合、不利益を被る当事者は、相手方に対する書面による通知をもって、本契約の全部または一部を解除することができる。
  3. 関税等の負担額が契約締結日時点と比較して【○%】を超えて減少した場合も第1項と同様とし、買主からの請求に基づき、売主は価格の引下げについて協議するものとする。

まとめ:関税変動条項は「経営を守る盾」

関税リスクが常態化した現在、関税変動条項は単なる法務上のテクニックではなく、企業の利益を守るための必須の経営ツールです。「先に条項を入れておく」ことで、突発的な事態における交渉の主導権を確保し、予見可能性を高めることができます。

まずは自社の主要な海外取引について、「どの契約が無防備か」を棚卸しすることから始めてみてはいかがでしょうか。

【メキシコ】最大50%関税案、2027年まで「棚上げ」の背景と日本企業への影響

【メキシコ】最大50%関税案、2027年まで「棚上げ」の背景と日本企業への影響

現在報じられている「メキシコ財界による最大50%関税案の延期要請」というニュースは、要約すると以下の通りです。

「中国などFTA非締約国からの約1,400品目に対し、最大50%の関税を課すという法改正案に対し、メキシコ経済界が『急激な実施は経済への打撃が大きい』として、少なくとも2027年までの延期・段階的適用を議会に働きかけ、審議が延長された」

これは単なる「対メキシコ輸出」の話ではなく、**「メキシコ生産拠点で、中国・アジア製の部材や設備を使用している日本企業」**のコスト構造に直結する重要な局面です。


1. 何が起きているのか(現状の整理)

シェインバウム新政権下の経済政策(および前政権からの流れ)の一環として、中国、インド、韓国、台湾など**「FTAを締結していない国」からの輸入品(約1,400〜1,500品目)に対し、最大50%の関税を課すLIGIE(一般輸出入税法)改正案**が下院で議論の遡上に載りました。

  • 対象分野: 自動車・EV部品、鉄鋼・アルミ、繊維・衣料、プラスチック、家具、玩具、電子機器など多岐にわたります。
  • 影響規模: 輸入額ベースで約500億ドル規模(メキシコ全輸入の約8〜9%)に及ぶと試算されています。
  • 目的:
    1. 対アジア貿易赤字の縮小と国内産業の保護(”Plan México”)。
    2. 2026年のUSMCA(米墨加協定)見直し協議を見据え、米国が求める「対中包囲網」に同調する姿勢を示すこと。

2. すでに進行している「関税強化」の流れ

今回の法案は突発的なものではなく、2024年から続く一連の保護主義的政策の延長戦上にあります。

  • 2024年4月(大統領令):鉄鋼、アルミ、繊維、電機など544品目に対し、5〜50%の臨時輸入関税を導入(2026年4月まで有効)。ターゲットは主に中国などのFTA非締約国。
  • 2024年末(繊維・アパレル規制):糸・生地(15%)、衣類(35%)への関税引き上げに加え、IMMEX(保税加工プログラム)の対象外リスト(Annex I)を拡大。「免税で輸入し、加工して再輸出」という抜け道を塞ぐ動きが強まっています。
  • 2025年以降の構想:今回のLIGIE改正案では、MFN(最恵国待遇)関税率そのものを底上げし、自動車(中国製完成車など)の関税を一律50%へ引き上げる案なども浮上していました。

3. 財界の懸念と「延期要請」の理由

メキシコ経営者連盟(Coparmex)などの産業界は、以下の理由から急激な関税引き上げに強く反対しています。

  1. コスト急増とインフレ懸念多くの製造業がアジア製部材や設備に依存しており、最大50%の関税は製造原価を直撃します。これが最終製品価格に転嫁されれば、インフレを加速させ、消費者の実質所得を圧迫します。
  2. 輸出競争力の低下(ニアショアリングへの逆風)コスト増は対米輸出の価格競争力を削ぎます。自動車業界などでは「採算悪化による雇用喪失」への懸念も示されています。
  3. サプライチェーンの断絶リスク金型や特定電子部品など、北米内で代替調達が困難な品目も多く、「代替先がないのに関税だけ上がれば操業停止を招く」との悲鳴が上がっています。
  4. 中国との関係悪化中国はメキシコにとって第2の貿易相手国です。中国側は既に対抗措置を示唆しており、EV投資や部材供給における地政学リスクが高まっています。

【財界の要求】

「2026年の一括実施ではなく、2027年までの段階的導入とし、品目ごとに国内供給能力を見極めた調整を行ってほしい」とロビー活動を展開しました。

また、与党モレナ(MORENA)所属のポレンスキー下院議員(元党首)も「中国からの投資誘致と雇用創出を優先すべき」と述べ、拙速な関税引き上げが招くインフレや企業倒産のリスクに警鐘を鳴らしています。

4. 政府・議会の対応:事実上の「棚上げ」へ

  • 行政府(大統領府):シェインバウム大統領は、関係国との協議や案の修正を検討するため、議会での即時承認を急がない姿勢を示唆しました。
  • 議会(下院経済委員会):10月末、下院の経済通商競争委員会は、LIGIE改正案の審査期限を**「2027年8月末まで」延長**することを決定しました。

これにより、「議会を通じた法改正による大幅な関税引き上げ」は、当面の間(2027年まで)凍結される公算が高まりました。

⚠️ 注意点:リスクは消えていない

議会審議は延期されましたが、メキシコでは大統領令(政令)によって関税率を変更することが可能です。法改正が停滞しても、行政判断で突発的に関税が引き上げられるリスクは依然として残っています。

5. 日本企業へのビジネスインパクトと対策

5-1. 影響を受けやすい企業
  • アジア部材依存型: メキシコ工場で中国・韓国・インド等の部材を多用している(自動車部品、電子機器、機械など)。
  • 迂回輸出型: 日本から中国・アジアを経由してメキシコへ供給している商流。
  • IMMEX活用企業: 一部品目がIMMEXの恩恵を受けられなくなっており、「免税のつもりがあとで課税される」リスクがあります。
5-2. 日本企業の優位性

日墨EPA(経済連携協定)があるため、「日本原産品」はMFN関税引き上げの影響を直接受けません。

中国製品のコスト増により、メキシコ市場において日本製品(または日本企業の北米生産品)への切り替え需要が発生するチャンスでもあります。

5-3. 推奨されるアクション

この「猶予期間(〜2027年)」をどう使うかが鍵となります。

  1. 「関税影響マップ」の作成主要部材について「HSコード(2022年版)×原産国」を洗い出し、MFN税率引き上げ時のインパクトを可視化する。
  2. 調達先の見直し(脱・非FTA国)日墨EPA、CPTPP、USMCAをフル活用し、原産地をアジアから「日本・北米・ベトナム(CPTPP)」などへシフトするコストシミュレーションを行う。
  3. PROSEC / Regla Octava の活用産業分野別生産促進プログラム(PROSEC)への登録や、特別無税輸入許可(Regla 8ª)の活用準備を進め、関税引き上げ時の「防波堤」を作っておく。
  4. 契約条件の再交渉関税コストの負担区分について、顧客やサプライヤーと条項を見直しておく。

まとめ:ビジネスマンが押さえるべき3点

  1. 50%関税案は「消滅」ではなく「延期」:議会ルートは2027年まで棚上げだが、大統領令による奇襲的な引き上げ余地は残っている。
  2. ターゲットは「非FTA原産 × 戦略物資」:日本企業のメキシコ拠点が得意とする自動車・電機・機械分野が狙い撃ちされている。
  3. 2027年までが「構造改革」のタイムリミット:2026年のUSMCA再交渉とセットで、北米の通商ルールは激変する。今のうちにサプライチェーンを「関税耐性」のある形へ組み替える必要がある。

英GCC FTA:交渉妥結目前の「実質負担と機会」


【2025年版】英GCC FTA:交渉妥結目前の「実質負担と機会」分析

英国とGCC(湾岸協力会議)のFTA交渉は、2022年の開始から3年を経て、いよいよ「政治決断待ち」の最終段階に入りました。

本協定は、世界を一変させる巨大協定ではないものの、**「じわっと効く中規模の実利型FTA」**として、日本企業の欧州・中東戦略にも無視できない影響を与えます。

現状のステータスと、日本企業が備えるべきポイントを整理します。

0. エグゼクティブ・サマリー

  • 現状: 2025年秋時点で「残る論点は少数」。英財務相らが「Very soon(間もなく)」と発言しており、年内〜年度内の妥結が視野に入っています。
  • 経済効果: 英国側試算で貿易量は約16%増。GDP押し上げ効果は年16億ポンド(約0.1%)程度ですが、特定の産業(自動車、食品、金融、再エネ)には大きな恩恵があります。
  • 本質:
    • 英国: 湾岸市場への関税・非関税障壁を一括低減する「輸出・サービス振興策」。
    • GCC: 脱石油・産業多角化のために、英国を「技術・金融パートナー兼投資先」として固定化する枠組み。
    • 日本企業: 英国拠点の活用価値(対GCC輸出ハブ)が上がる一方、GCC市場における英系競合(特にサービス・インフラ分野)の競争力が増す「二面性」への対応が必要。

1. 交渉の現在地:2025年秋の「決定的一歩」

2022年の交渉開始以来、多くのラウンドを重ねてきましたが、ここに来て急速に機運が高まっています。

1-1. 双方が認める「最終段階」

2025年9月〜10月にかけて、交渉妥結に向けたハイレベルの政治的動きが活発化しています。

  • GCC側: 「未解決の論点はごくわずかであり、経済関係を新次元に引き上げる好機」と明言(2025年10月 事務局長発言)。
  • 英国側: リーブス財務相が「交渉は高度な段階(Advanced stage)にあり、合意は極めて近い(Very soon)」と発言。財務省も改めて年16億ポンドの経済効果を強調しています。
  • 共同声明: 9月の外相会合にて「商業的に意味のあるFTAを優先的に締結する」との文書を発表し、政治的意思を確認済みです。

1-2. なぜ今まで時間がかかったのか

  • 英国内政の変動: 政権交代や通商戦略の再定義による優先順位の揺れ。
  • 政治的センシティビティ: 英国内のNGO・労組等から、GCCの人権・労働問題(カファラ制度等)や気候変動対策への懸念が強く、これらを協定文にどう落とし込むかの調整に難航しました。

2. 協定の全体像:何がどう変わるのか

英政府の方針や専門機関の分析に基づくと、合意内容は以下の「物品・サービス・投資」の3本柱となる見込みです。

2-1. 物品貿易(関税削減)

  • 英国からの輸出:
    • 自動車・機械: 現在の関税(5%等)の撤廃。
    • 食品・飲料: チョコレートや加工食品にかかる5〜25%の高関税の削減・撤廃。英国産品の価格競争力が向上します。
    • 再エネ部材: 風力発電部品などの関税削減。
  • GCCからの輸出:
    • 石油化学製品、アルミなどの対英関税削減により、英国市場でのシェア拡大を狙います。

2-2. サービス・デジタル貿易(英国の主戦場)

英国経済の強みであるサービス分野の開放が重要論点です。

  • 金融・プロフェッショナル: 弁護士、会計士などの資格相互承認や、金融サービスのライセンス取得プロセスの透明化。
  • デジタル: データローカライゼーション(サーバー現地化要求)の禁止や、ソースコード開示要求の禁止など、現代的なデジタル貿易ルールの策定。

2-3. 投資・エネルギー(GCCの主戦場)

  • 投資: GCCのソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)による英国インフラ・テック投資を円滑にする法的保護と予見可能性の向上。
  • グリーン転換: 水素、CCUS(二酸化炭素回収・貯留)などの分野での技術協力と投資促進。

3. 日本企業へのインプリケーション

このFTAは「対岸の火事」ではありません。日本企業のビジネスモデルに対し、以下の3つの側面で影響を与えます。

① 英国拠点を持つ企業(製造・商社)

「英国=対GCC輸出ハブ」としての価値向上

  • 英国で製造した製品(自動車、機械、加工食品等)をGCCへ輸出する場合、FTA税率(0%等)を活用できる可能性があります。
  • 課題: 「原産地規則」のクリアが必要です。日英CEPAや英EU TCA(対EU協定)とは別の基準になる可能性があるため、サプライチェーンが英GCC FTAの原産地要件を満たせるか(十分な付加価値が英国内で付いているか)の再検証が必要です。

② GCC拠点を持つ企業(インフラ・サービス)

英系競合との競争激化

  • プロジェクト受注: プラント建設や再エネ案件で、英系企業がFTAの投資章や政府調達規定をテコに、有利な条件で参入してくる可能性があります。
  • サービス分野: 金融、法務、コンサルティング領域で、英系ファームがGCC市場でのプレゼンスをさらに強めるでしょう。

③ 日GCC EPAとの「タイムラグ」問題

  • 日本とGCCもEPA交渉を再開していますが、妥結までは時間を要します。
  • 日GCC協定が結ばれるまでの間(数年単位の可能性)、**「英国企業は関税ゼロ、日本企業は関税5%」**という劣後状態が発生するリスクがあります。

4. 実務担当者が今チェックすべきアクション

「合意間近」の今、ビジネスパーソンが準備すべきは以下の4点です。

  1. 関税インパクトの試算 (HSコード別)
    • 現在、英国からGCCへ輸出している製品の関税率(通常5%〜25%)を確認し、これが撤廃された場合のコストメリットを試算する。
  2. 原産地規則(RoO)のシミュレーション
    • 英国拠点の製品が「英国原産」と認められるための付加価値基準(RVC)や関税分類変更基準(CTC)を想定し、現在の調達構造でクリアできるか確認する。
  3. サービス・投資規制の緩和チェック
    • 金融、教育、ヘルスケア分野などで、GCC側の外資規制(出資比率上限など)が英国企業向けに優先的に緩和される可能性を注視する。
  4. 「三角貿易」の設計
    • 将来的には「日英」「日GCC」「英GCC」の3つの協定が並立します。どこで付加価値を付け、どのルートで流すのが最適か、物流ロジスティクスを含めた長期戦略を検討する。

5. まとめ

英GCC FTAは、派手さはなくとも、「英国という技術・金融ハブ」と「GCCという資本・エネルギーハブ」の結びつきを制度化する重要なパイプです。

日本企業としては、単にニュースとして受け流すのではなく、「自社の英国拠点がGCC向けビジネスの武器になり得るか」、あるいは**「GCC市場で英国ライバルにどう対抗するか」**という視点で、具体的な戦略の見直しに着手すべきタイミングです。


「二重HSコード時代」の管理戦略:1製品=1コードの常識を捨てる時


はじめに:なぜ今「二重HSコード時代」なのか

かつて多くの企業は、「1つの商品には1つのHSコード」という前提で実務を組み立ててきました。しかし現在、その前提は崩れつつあります。

  • 日本の輸出用コードと、相手国の輸入用コードが違う
  • 関税率は最新の「HS2022」ベースだが、EPA(経済連携協定)の原産地規則は古い「HS2012」や「HS2017」ベースである
  • 同じ製品なのに、販売会社Aと工場Bで管理しているHSコードがズレている

このように、「二重どころか多重のHSコード」を管理することが日常になりつつあります。

HSコードは上6桁までは世界共通ですが、7桁以降は各国が国内制度に合わせて独自に細分化しています(例:EUのCN/TARIC、日本の統計品目番号やNACCSコードなど)。(出典:DHL)

さらに、共通であるはずの「最初の6桁」についても、各国税関が独自に分類判断を行うため、同じ品目でも国ごとに異なるHSコードになる可能性があることが公的機関からも明示されています。(出典:ジェトロ)

そこに、HS2017→2022→2028という版改正と、EPA/FTAごとの「HS版のズレ」が重なり、「二重HSコード時代」が本格化しているのが現状です。(出典:世界税関機関)

本稿では、経営・実務の両面から、この複雑な状況を前提とした管理戦略を解説します。


1. 「二重HSコード」の正体:どこが「二つ」なのか

1-1. 輸出国コード vs 輸入国コード

貿易には必ず「輸出」と「輸入」の2つの側面があり、それぞれ参照するコード体系が異なります。

  • 輸出時: 輸出国の関税・統計体系に基づくコード(例:日本の輸出統計品目番号 9桁)
  • 輸入時: 輸入国の関税率表・システムに基づくコード(例:米国HTS、EU CN/TARIC 等)

輸出時に使用したHSコードが、そのまま輸入国でも通用するとは限りません。「輸出国と輸入国でHSコードが異なるのは、むしろ普通である」という認識を持つ必要があります。(出典:eusmecentre.org.cn)

1-2. HSバージョン(2012/2017/2022/2028)とEPA原産地用コード

HSコードは技術進歩や貿易構造の変化に対応するため定期的に改正されます。最新版は2022年版ですが、次期改正となる**「HS2028」**に向けた準備もすでに進んでいます。(出典:ジェトロ)

  • HS2028(次期改正): 今回は例外的な6年サイクルとなり、2028年1月1日に世界一斉発効する予定です。299セットの改正を含み、2025年3月のHS委員会で改正勧告が暫定採択され、2025年末に正式採択、2026年に条文公表というスケジュールが示されています。(出典:世界税関機関)

一方、EPA/FTAの原産地規則は「協定締結時のHS版」で固定されることが多いため、以下のようなねじれが生じます。

  • 日本のEPA: HS2002、2007、2012、2017など、協定ごとに参照する版がバラバラ。
  • RCEP: 当初はHS2012ベースでしたが、2023年に品目別原産地規則がHS2022へ移行。

結果として、1つの製品について以下の「版の異なるコード」を同時に扱う必要があります。

  1. 関税計算・通関用: HS2022(または将来のHS2028)の輸入国コード
  2. FTA原産地判定用: HS2017等の6桁(協定で定められた版)

1-3. 6桁共通+各国細分+システムコードの多層構造

HSコードは「6桁まで共通」ですが、その後ろには各国の独自ルールが存在します。

日本では7〜9桁が統計細分、10桁目はNACCS用コードという構造です。(出典:ジェトロ)

さらに米国では、輸出用のSchedule B、輸入用のHTSといった「目的に応じたコード体系」が併存しています。(出典:ctp-inc.com)

ビジネスの現場視点で見れば、1つの品目に対して以下のコードを併走させるのが現実解となります。

  • 日本輸出用コード
  • 輸入相手国ごとのインポートコード
  • FTA原産地証明書用の6桁コード(輸入国・協定ベース)(出典:日本商工会議所)
  • 社内統計・価格管理用の品番紐づけコード

2. 二重HSコードがもたらす3つのビジネスリスク

(1) 関税コスト・追徴・遅延リスク

輸出側と輸入側で分類認識が食い違うと、輸入地での税関事後調査で更正・追徴課税が発生する恐れがあります。

特に高関税品目やセーフガード対象品では、分類次第で関税率が数十%変わることもあります。また、通関トラブルによる納期遅延は、顧客クレームや在庫増などサプライチェーン全体に悪影響を及ぼします。

公的なQ&Aでも「輸出者が通知してきたコードを安易に用いると更正リスクがある」と警告されており、輸入国側での「事前教示」制度の活用が推奨されています。(出典:ジェトロ)

(2) FTA/EPA原産地の誤判定リスク

FTAの原産地規則はHSコードに基づいてルールが定められています。そのため、参照する「HSの版(年次)」を取り違えると、原産資格の判定そのものを誤る可能性があります。

実務上は、「HS2022ではこの番号だが、協定はHS2012ベースなので別の番号に読み替えて判定する」といった作業が必須です。これを怠ると、適用できるはずの特恵関税を見逃したり、逆に不適切に適用して検認で否認されるリスクが高まります。(出典:ジェトロ)

(3) 内部統制・ITコストの増大

国別・版別のコードがバラバラに管理されていると、品目マスタが破綻し、海外拠点ごとに「独自のHS管理表」が乱立しがちです。

ERP、GTM(貿易管理システム)、原産地管理システムなどの複数システム間でHSコードが二重・三重に登録され、その整合性維持に膨大な工数が発生します。

次期「HS2028」対応では、HS2022との相関表に基づいた一斉更新が必要となるため、マスタ管理が甘い企業ほど対応コストが跳ね上がると指摘されています。(出典:ロジスティック専門家)


3. 経営として押さえるべき3つの管理原則

原則1:前提を変える ― 「1製品=複数HSコード」が正常

「どの国でもこの1コードで通るはず」という発想は、もはやリスクでしかありません。公的情報でも、国による分類差異はあり得ると明言されています。(出典:ジェトロ)

経営としては、以下の前提に切り替えることが出発点です。

「1製品には、国別・版別・用途別の『複数のHSコード』が存在する。重要なのは、何をどの目的で使うかを明確に区別して管理することである」

原則2:HSコードは「属性情報」として管理する

品目コードそのものではなく、品目に紐づく「属性情報」としてHSを管理するイメージが重要です。

  • グローバル共通品番: P12345
  • 属性としてのHS情報:
    • Global HS6(現行版):xxxx.xx(HS2022)
    • 日本輸入コード:xxxx.xx-xxx-x
    • 米国HTS:xxxx.xx.xxxx
    • EU CN/TARIC:xxxx xxxx xx
    • FTA A協定用HS6(HS2012)、FTA B協定用HS6(HS2017)… など

このような「マスタデータとしての構造化」は、サプライチェーン全体の基礎情報を定義するMDM(Master Data Management)と同じ発想で取り組むべき課題です。(出典:3rdwave.co)

原則3:法令根拠・判断プロセスを残す(説明責任の確保)

HSコードは数字だけ管理しても意味がありません。後から「なぜその番号にしたのか」を説明できるように、以下の情報をセットでマスタ登録しておくことが推奨されます。

  • 参照した品目表の条文、部注・類注
  • 関税率表解説、分類事例、公的事前教示の回答書
  • 過去の申告実績

実際に最新のHS管理ツールでは、「HSコードと法令根拠をセットで登録する」機能が標準化しています。(出典:guidance.jaftas.jp)

説明責任(アカウンタビリティ)の確保は、税関対応だけでなく、内部監査やグローバル本社への報告においても不可欠です。


4. 実務設計:マスタ・システム・組織の三位一体

4-1. 品目マスタの「多重HS」設計

ビジネス視点で整理すると、1品目に対して以下のような「HSスロット」を用意する設計が有効です。

スロット種別典型的な中身主な用途
Global HS6 (現行版)HS2022の6桁グローバル共通言語、基本統計、全体管理
国別輸入コード日本(9-10桁)、EU CN、米国HTS等関税計算、輸入申告、国内規制判定
国別輸出コード日本輸出統計品目番号、他国輸出コード輸出申告、貿易統計
協定別HS6日EU(HS2017)、RCEP(HS2022)等原産地規則判定、特恵税率適用
コントロール用DUIコード、該非判定用安全保障輸出管理 等

【実装のポイント】

  • キーは「品番(グローバルID)」とし、HSは属性テーブルとして保持する。
  • 各スロットに「有効期間」「HS版」「根拠(メモ・事前教示番号)」を持たせる。
  • これにより、「マスタ上は複数HSだが、申告時には適切な1つだけをシステムが自動選択する」設計が可能になります。

4-2. HS2028移行を見据えた版管理

次期HS2028では、エレクトロニクス・医薬品・グリーンテック・デュアルユース製品などで大きな改正が予定されています。(出典:ロジスティック専門家)

WCOはHS2022とHS2028の相関表(コンコーダンス)作成に着手しており、これが企業側の移行作業におけるメインツールとなります。(出典:世界税関機関)

企業が取るべき基本戦略は以下の通りです。

  1. 現行マスタの整備(2025〜2026年):同じ製品で拠点ごとにHSが異なっていないか棚卸しし、「現行版(HS2022)」での姿を整える。
  2. 相関表を使った影響分析(2026〜2027年):WCOや各国税関が公表する相関表を取り込み、どの品目がどこに移るかをマッピングし、関税率や原産地ルールへの影響を試算する。(出典:ロジスティック専門家)
  3. 「切り替え」ではなく「並行管理」:バージョンを単純に上書き更新するのではなく、一定期間はHS2022とHS2028の両方をマスタ内に持ち、移行前後の対応関係を保持する。

4-3. 分類ガバナンスとエビデンス管理

組織面では、以下のような役割分担(RACI)とナレッジ管理がカギとなります。

  • 役割分担:
    • グローバル/地域本社:分類ポリシーの策定、最終判断、監査。
    • 各国拠点:ローカル税関との調整、事前教示の取得。
  • エビデンスの一元管理:品目マスタ上で、HSコードに「根拠情報(条文、分類意見、事前教示番号など)」を紐づける。(出典:guidance.jaftas.jp)属人的なメモではなく、組織の資産としてナレッジ化することが、生産性を大きく左右します。

5. 90日アクションプラン(経営報告用)

3か月で体制を整えるためのイメージプランです。

  • 第1フェーズ(0〜30日):現状可視化
    • 主要カテゴリ(売上上位・利益貢献大)の製品について、国別輸出入コード、利用中のEPA、HS版(2012/2017/2022)を棚卸しする。
    • 「同一製品なのにHSコードが不整合」なケースを洗い出す。
    • HS2028で影響を受けそうな事業領域(エレクトロニクス、医薬、EV関連など)のあたりをつける。
  • 第2フェーズ(31〜60日):基本方針と設計
    • 経営層と「1製品=複数HSコード前提」の方針を合意する。
    • 品目マスタ上のHSスロット構造(国別・協定別・版別)の設計案を作成する。
    • HS2028対応を単発プロジェクトではなく「継続的マネジメント」として位置づける。
  • 第3フェーズ(61〜90日):パイロット運用
    • 代表的な数十品目を選び、実際に「多重HSマスタ」を構築して運用テストを行う(見積〜通関〜原産地証明)。
    • 問題点を洗い出し、全社展開ロードマップとHS2028対応タイムラインを策定し、経営会議へ報告する。

6. まとめ:HSコードを「経営数字」として扱う

「二重HSコード時代」への対応は、単なる事務処理の話ではありません。

  • 国別・版別でコードが分かれることによる管理コスト
  • HS版の違いによるFTA活用の有利・不利
  • HS改正(HS2028)への対応スピードが左右するサプライチェーン競争力

これらは、ビジネスモデルや収益構造に直結するテーマです。

「1製品=1HSコード」という古い前提を捨て、多重HSを構造的に管理し、継続的なHS改正を経営課題として扱うこと。

これこそが、グローバルビジネスにおける守りと攻めの要となります。

メキシコ通関リスク:MFN関税引き上げと「推定価格制度」の複合インパクト


エグゼクティブ・サマリー

「名目関税率だけを見ていると、キャッシュフローとコンプライアンスの“落とし穴”にはまる」

現在、メキシコでは非FTA諸国(中国など)からの輸入に対する規制強化が進行しています。特に注意すべきは、**「MFN(一般関税率)の大幅引き上げ」「推定価格制度(保証金制度)の対象拡大」**が同時に発生している点です。

この2つが組み合わさることで、単に関税コストが増えるだけでなく、輸入時に**巨額の保証金(デポジット)**を長期間預託せざるを得なくなり、企業のキャッシュフローを劇的に悪化させるリスクがあります。


1. 現状の核心:二つの規制強化

(1) MFN(一般関税率)の大幅引き上げ

メキシコ政府は国内産業保護を目的として、関税率の引き上げを断続的に実施しています。

  • 2024年4月 大統領令(現行の主力規制):鉄鋼、アルミ、繊維、電機、家具など544品目に対し、5%〜50%の臨時関税(MFN)を導入。有効期限は2026年4月までとされています。
  • 2026年に向けた法改正案:さらなる引き上げとして、自動車・同部品を含む約1,463品目を対象に、最大50%までの恒久的な引き上げや品目拡大が議論されています(2025年提出法案等)。

(2) 「推定価格制度(Precios Estimados)」の拡大

財務省(SHCP)が定める「推定価格(参照価格)」を下回る単価で輸入する場合、差額分の税相当額を保証金として預け入れる制度です。

  • 従来の対象: 中古車、繊維、履物など。
  • 近年の拡大(2025年〜): 家具、玩具、スポーツ・レジャー用品、紙製品など、一般消費財へ対象が広がりつつあります。

2. なぜ「MFN引き上げ」でリスクが倍増するのか?

推定価格制度の保証金計算には、MFN税率が使用されます。そのため、MFN税率が引き上げられると、納めるべき保証金の額も相乗的に膨れ上がります。

リスクのメカニズム

保証金は、以下の計算式で算出されます。

保証金額 = (推定価格ベースの税額総額) − (実際の申告価格ベースの税額総額)

※税額総額 = 関税 + DTA(税関手数料) + VAT(16%)

関税率はVATの計算基礎(課税標準)にも含まれるため、関税率の上昇は「関税額」と「VAT額」の両方を押し上げ、結果として保証金(差額)を激増させます。

【シミュレーション】家具の輸入事例(イメージ)

  • 推定価格: $10,000
  • 実勢価格(申告価格): $7,000
  • 条件: 関税率が20%から50%へ引き上げられた場合
項目ケースA:関税率 20%ケースB:関税率 50%
推定価格ベース税額
(関税+VAT等)
関税 $2,000 + VAT等
→ 合計 約 $3,920
関税 $5,000 + VAT等
→ 合計 約 $7,400
申告価格ベース税額
(関税+VAT等)
関税 $1,400 + VAT等
→ 合計 約 $2,744
関税 $3,500 + VAT等
→ 合計 約 $5,180
預託すべき保証金約 $1,176約 $2,220

結論: MFN税率が上がると、同じ「安値調達」であっても、資金拘束される保証金額は約2倍に跳ね上がります。これが毎回の輸入ごとに発生し、約6カ月間(通関後)キャッシュがロックされます。


3. ビジネスへの影響と対象となる商流

FTA(日墨EPAやCPTPP)やIMMEX(一時輸入)を適切に活用できている場合は影響を回避できますが、以下のケースでは「直撃」を受けます。

  1. 非FTA諸国(中国・韓国・インド等)からの輸入
    • これらの国を原産地とする部材や完成品を輸入し、メキシコ国内で販売する場合。
  2. FTA適用ミス(コンプライアンス不備)
    • 本来は日墨EPAで0%のはずが、原産地証明書の不備やHSコードの誤りでFTA否認となった場合、**「高率MFN + 推定価格保証金」**が遡及して適用されるリスクがあります。
  3. IMMEX企業の国内販売(Change of Regime)
    • 輸入時は一時輸入で無税でも、後にメキシコ国内市場へ転用(確定輸入への変更)する際、その時点での高関税と推定価格規制が適用されます。

4. コンプライアンス上の注意点:二重のハードル

推定価格対象品目の輸入は、単にお金を払えば良いだけではありません。実務手続きも複雑化します。

  1. 識別コードの入力義務
    • 推定価格以上の場合: 保証金は不要ですが、ペディメント(輸入申告書)に「推定価格以上である」ことを示す識別コード(例:EX+補完コード33)の入力が必須です。これを忘れると通関が止まります。
    • 推定価格以下の場合: 保証金の納付に加え、別のコード(例:EX+補完コード30)が必要です。
  2. 輸入自動許可(Permiso Automático)との連動
    • 繊維・履物などの特定品目では、推定価格を下回る価格で輸入する場合、経済省への事前申請(輸入自動許可)が義務付けられています。これがないと輸入自体ができません。

5. 日本企業が今すぐ実施すべきアクション

「関税が上がった」というニュースだけで終わらせず、実務への落とし込みが必要です。

① 品目マッピングの再点検(HSコード × MFN税率 × 推定価格)

  • 自社の取扱品目(特に家具・玩具・繊維・鉄鋼関連)について、現在のMFN税率と、推定価格対象品目リスト(Anexo 2, 3, 4等)への該当有無を照合する。
  • JETROや現地通関士からの最新情報(官報)を常に確認する体制を作る。

② 商流と原産地の可視化

  • 「中国・ASEAN製」の部材が混入していないか、サプライチェーンを再確認する。
  • FTA(日墨EPA・CPTPP)を利用している場合、原産地証明書の根拠資料(原産地規則の適合性)を再監査し、否認リスク(=高関税リスク)を極小化する。

③ 価格戦略とキャッシュフローの見直し

  • 安価なFOB価格での輸入が、結果として「高額な保証金」を招き、トータルコストやキャッシュフローを悪化させていないか試算する。
  • 場合によっては、仕入価格(申告価格)の見直しや、FCA/DDPなどインコタームズの調整を含めた「着地コスト最適化」を検討する。

④ 通関士(Agente Aduanal)との連携強化

  • 推定価格対象品目については、ペディメントへの識別コード入力漏れが命取りになります。現地の通関士に対し、対象品目のリストを共有し、オペレーション手順を明確に指示してください。

まとめ

メキシコ政府は、安価な輸入品に対する監視を、**「関税率(コスト)」「推定価格(手続き・キャッシュ)」**の両面から強化しています。

日本企業としては、単に「MFN税率」だけを見るのではなく、**「MFN引き上げ × 推定価格制度」**という複合的なリスクシナリオを前提に、調達・販売戦略を再構築する必要があります。


メキシコ「最大50%関税案」とIMMEXの行方:実質負担への影響と対策


メキシコ「最大50%関税案」とIMMEXの行方:実質負担への影響と対策

メキシコの関税政策は、「非FTA諸国(特に中国)からの輸入阻止」と「国内製造業の保護」へ向けて大きく舵を切っています。

重要なのは、ニュースで報じられる「名目関税率」だけを見るのではなく、**「IMMEX(輸出製造業優遇)という『盾』がどこまで機能するか」**を見極めることです。

本レポートでは、以下の4ステップで実質的なビジネス影響と対策を整理します。

  1. 関税政策の現状: 何が変わろうとしているのか
  2. IMMEXの基本機能: なぜこれまで関税がかからなかったのか
  3. 実質負担の構造: 「関税×IMMEX」の組み合わせでコストはどう決まるか
  4. 日本企業の対策: 今すぐ確認すべき5つのチェックポイント

1. メキシコ関税案:何が変わろうとしているのか

メキシコ政府は「関税の引き上げ」と「優遇の縮小」をセットで進めています。

1-1. 2024年の既定路線:544品目への一時関税(継続中)

2024年4月、メキシコ政府は鉄鋼、アルミ、繊維、電機、家具など544品目に対し、5〜50%の一時輸入関税を導入しました(2026年4月まで有効)。

  • 対象: 中国・韓国・インドなどのFTA非締約国原産品。
  • 狙い: アジア製品の流入抑制と、MFN(最恵国待遇)税率の底上げ。

1-2. 繊維・アパレルの「優遇封じ」(2024年末〜)

2024年12月の政令により、繊維・アパレル分野でより踏み込んだ措置が取られています。

  • 高関税化: 糸・生地15%、衣類35%(非FTA原産)。
  • IMMEX制限: 多くの品目が「一時輸入禁止リスト(Annex I)」に追加。
    • 意味合い: 「IMMEXを使えば無税」という逃げ道を塞ぎ、強制的に関税を払わせる構造への転換です。

1-3. 2025年の新提案:最大50%関税案(シェインバウム政権)

2025年9月提出の2026年経済パッケージには、さらなる関税強化案が含まれています。

  • 対象拡大: 自動車、同部品、電機、プラスチックなど約1,400〜1,500品目。
  • 税率: 中国製自動車などの関税を、WTO協定上限(バウンドレート)に近い**最大50%**まで引き上げる構想。
  • 現状: 議会で審議・修正協議中ですが、「対アジア輸入抑制」という政策の方向性は不可逆的です。

2. IMMEXとは何か:基本メカニズムの確認

IMMEXは、**「輸出することを条件に、輸入時の税金を免除・繰り延べる制度」**です。

  • 関税(IGI): 原則0%(一時輸入扱いのため)。
  • 付加価値税(VAT 16%): 「VAT認証」を取得していれば、支払いは発生せずキャッシュアウトなし(即時税額控除)。

つまり、これまでは「中国から部品を入れても、IMMEXで加工して米国へ輸出するなら、メキシコでの関税コストはゼロ」というのが基本ルールでした。今回の関税案は、この前提を揺るがすものです。


3. 「関税案 × IMMEX」で決まる実質負担構造

「関税が50%になる」といっても、全ての企業が即座に50%支払うわけではありません。

「IMMEXという『盾』が使えるか」、そして**「製品がどこへ向かうか」**で負担は4つのパターンに分かれます。

パターン別・実質負担マトリクス

ケース状況関税(IGI)負担VAT(16%)実質影響
A. 一般輸入IMMEXなしで輸入し、メキシコ国内販売5〜50% (激増)支払い【直撃】 仕入コストが即座に跳ね上がる。価格転嫁できなければ赤字転落のリスク。
B. IMMEX
(100%輸出)
部品を輸入・加工し、全量を米国へ輸出原則 0%免除【軽微】 制度上は影響なし。ただし在庫管理・原産地証明などのコンプライアンスコストは増大。
C. IMMEX
(一部国内販売)
輸入・加工後、一部をメキシコ国内市場へ国内販売分に
5〜50%適用
支払い【要注意】 国内販売に転用(Change of Regime)する時点で、引き上げ後の高関税を支払う必要あり。国内比率が高いほど痛手。
D. IMMEX禁止品
(繊維等)
繊維・アパレルなど「Annex I」指定品目35%等 (支払い)支払い【構造崩壊】 IMMEX利用不可=一時輸入不可。輸出目的であっても輸入時に関税発生。「往復無税」モデルの終焉。

【重要ポイント】

最大の懸念は、繊維業界で起きた「IMMEX利用禁止(Annex Iへの追加)」や「Rule 8(優遇関税枠)の厳格化」が、将来的に鉄鋼、自動車部品、電機など他業界へ波及するかどうかです。


4. 日本企業の実務インプリケーションと打ち手

「うちはIMMEXだから関係ない」という油断は禁物です。以下の5つの視点で、サプライチェーンの再点検を行ってください。

① HSコードと「禁止リスト」の照合

  • 自社の取り扱い品目のHSコードが、2024年の544品目、および最新の関税引き上げ案に含まれているか。
  • さらに重要な点として、「IMMEX禁止リスト(Annex I)」や「センシティブ品目(Annex II)」に含まれていないかを確認してください。ここに入ると、IMMEXのメリットが剥奪されます。

② 「国内販売比率」のコスト試算

  • IMMEX工場であっても、メキシコ国内の自動車メーカーや小売店に納入(みなし輸出ではなく、国内転用)している場合、その分については**「引き上げ後の新関税率」**でコスト計算をし直す必要があります。

③ サプライチェーンの「非FTA依存度」の可視化

  • 中国、韓国、インド、ASEAN(CPTPP非加盟国)からの調達部材を洗い出してください。
  • これらをメキシコ現地、米国、または日本・ベトナムなどFTA締約国からの調達に切り替えるコストと、高関税を甘受するコストを天秤にかける必要があります。

④ USMCA原産地規則との整合性(対米輸出の場合)

  • メキシコ側で関税を回避できても、最終製品がUSMCAの原産地規則(RVC/CTC)を満たせなければ、**米国輸入時にMFN関税(対中制裁関税含む)**が課されます。
  • 「メキシコでの関税回避」と「米国での関税回避」をセットで設計する必要があります。

⑤ コンプライアンス体制の強化

  • IMMEXやVAT認証の維持条件が厳格化されています。在庫差異や輸出期限の徒過は、即座に認証取り消し(=関税・VATの即時課税)につながるリスクがあります。在庫管理システムの精度向上が急務です。

まとめ:メキシコは「関税高止まり+制度厳格化」フェーズへ

メキシコ政府のメッセージは明確です。

「輸出のための加工なら優遇する(IMMEX)。だが、単なる輸入販売や、優遇制度の抜け穴利用は徹底的に封じる」

日本企業としては、関税率の数字そのものに一喜一憂するのではなく、**「自社の商流がIMMEXという防波堤の内側にあるか、外側にあるか」**を冷静に見極め、調達ルートの再設計を行う段階に来ています。

※本回答は2025年11月23日時点の情報を基に構成しています。具体的な税率や適用開始日については、必ずメキシコ連邦官報(DOF)および現地の通関・税務専門家にご確認ください。

メキシコ「非FTA自動車関税 最大50%」の衝撃と対策


メキシコ「非FTA自動車関税 最大50%」の衝撃と対策

メキシコにおける「非FTA諸国製自動車に対する最大50%関税案」は、単なる“案”の段階を超え、2026年に向けた具体的な制度として始動しています。日本企業にとっては、**「中国・韓国など非FTA諸国を経由するサプライチェーンをどう見直すか」**が喫緊の課題となります。

1.概要:何が決まったのか(2025年11月時点)

メキシコ政府は、FTA(自由貿易協定)を締結していない国からの自動車・同部品などに対し、最大50%の輸入関税を課す方針を決定し、これを「2026年経済パッケージ(Paquete Económico 2026)」に組み込みました。

  • 対象範囲: 約1,463の関税品目(HSコード)。これは全輸入の約8.6%、輸入額にして約520億ドル相当に上り、自動車関連に加え、鉄鋼、繊維、家電、家具など19分野に及びます。
  • 法的根拠: 2025年11月10日付で、一般輸出入税法(LIGIE)の関税率表を改正する大統領令が連邦官報(DOF)に掲載されました。
  • スケジュール: 官報掲載の30日後(12月上旬)に発効し、2026年12月31日までの時限措置として運用される見込みです。

自動車関連の変更点

  • 乗用車: 従来15〜20%だった税率を、WTO協定等の許容範囲を最大限活用し、最大50%まで引き上げ(エブラルド経済相 言明)。
  • 自動車部品: 従来0〜35%だった品目を、10〜50%の範囲へ引き上げ。
  • 標的となる国: メキシコとFTAを持たない全行が対象ですが、実質的なターゲットは中国、韓国、インド、インドネシア、タイ、ロシア、トルコなどです。

一方で、日本、EU、米国・カナダ(USMCA)などFTAパートナーからの輸入は、今回の措置の対象外です。これら諸国からの輸入車は、各協定に基づき引き続き無税または低率関税が適用されます。


2.新関税の設計:対象・税率・期間

2-1 税率レンジと対象セクター

新関税は「10%・20%・30%・35%・50%」の5段階で設計されています。主な対象は以下の通りです。

税率主な対象品目
最大 50%乗用車(軽自動車を含む autos ligeros)
主要自動車部品
鉄鋼、繊維・衣料
紙・板紙、ガラス、石けん・化粧品 など
最大 35%プラスチック製品、家電、玩具、家具
革製品・かばん類、モーターサイクル
アルミ製品、トレーラー など

※すべて「非FTA原産」が条件であり、FTA相手国からの輸入は対象外です。

2-2 期間と発効スケジュール

  • 発効: 2025年12月上旬(官報掲載の30日後)
  • 有効期限: 2026年12月31日まで
    • ※シェインバウム政権下で、状況に応じ変更・延長が可能な仕組みとなっています。

3.背景:なぜ今「最大50%」なのか

3-1 中国製EV・低価格車の急増とダンピング懸念

中国ブランド(BYD、Chirey、Changan等)や中国生産の欧米ブランド車の流入が急増し、2024年にはメキシコ新車販売の2割超、EV・PHEV市場では3〜4割を中国製が占めるに至りました。

エブラルド経済相は、これらが**「参照価格(Reference Price)を下回る水準」**で流入しており、個別のアンチダンピング調査では対処しきれないため、関税水準そのものの見直しが必要であると説明しています。

3-2 米国からの圧力とUSMCAレビュー

2025年に入り、米トランプ政権(※文脈により次期政権等の表現調整)は**「中国EVの北米流入阻止」**を強く要求しています。メキシコ・カナダへの追加関税の可能性を示唆し、2026年のUSMCA(北米自由貿易協定)見直し交渉を有利に進めるための「防衛策」としての側面も強くあります。

3-3 「Plan México」による内需保護

シェインバウム政権の掲げる産業政策「Plan México」の一環として、戦略産業(自動車、鉄鋼等)の保護、対アジア貿易赤字の是正、および税収確保を目的としています。


4.影響分析

4-1 メキシコ国内市場への影響

  • 価格上昇: 非FTA諸国からの完成車・家電は、小売価格で大幅な値上げが避けられません。
  • EV普及の鈍化: 手頃な価格帯を担っていた中国製EVのコスト増により、電動化ペースにブレーキがかかる可能性があります。

4-2 アジア勢(中国・韓国)へのインパクト

  • 中国OEM: 完成車(CBU)輸出への依存度が高いメーカーは利益が圧迫されます。一部は現地生産(ローカル組立)への切り替えや、CKD(完全ノックダウン)/SKD(準ノックダウン)方式への移行を加速させるでしょう。
  • 中国政府の反応: 既に「正当な権益の侵害」として強く抗議しており、報復措置やWTOへの提訴も含めた緊張状態が続くと予想されます。

4-3 メキシコ自動車産業・北米サプライチェーン

  • 「防波堤」効果: メキシコ国内で生産を行う日・米・欧メーカーにとっては、中国勢との価格競争圧力が緩和されます。
  • サプライチェーンへの副作用: メキシコでの組立用部材に中国・韓国製が多く含まれる場合、部材関税(10〜50%)がコストを押し上げ、最終製品の競争力やUSMCAの原産地規則(RVC)達成コストに悪影響を及ぼすリスクがあります。

5.日本企業への示唆(アクションチェックリスト)

日本企業への影響は、「どの国の工場から、どのHSコードの商品をメキシコに入れているか」で分かれます。

5-1 メキシコ生産拠点を持つ自動車OEM・Tier1/Tier2

  • メリット: 完成車市場での競合(中国・韓国勢)が減速するため、シェア拡大の好機。
  • リスクと対策:
    • 部材の原産国調査:HSコード単位で「非FTA原産品」の有無を棚卸しし、コスト増を試算する。
    • 調達先の切り替え:中国・韓国からの調達を、メキシコ国内、北米域内、または日本・ASEAN(CPTPP加盟国)へシフトする検討を開始する。

5-2 日本からメキシコへ完成車を輸出しているOEM

  • 日墨EPAおよびCPTPPを活用している限り、新関税の対象外です。
  • 競合他社の値上げに伴い、自社モデルの価格戦略やポジショニングを見直す余地が生まれます。

5-3 中国・韓国等の工場からメキシコへ輸出している日系企業

  • 最大の影響を受けます。中国工場からの完成車輸出は、ビジネスモデルの根本的な見直しが必要です。
  • 対策案:
    • CKD/SKD化: 完成車ではなく、部品として輸出しメキシコで組み立てることで、関税率や原産地判定を変える(※原産地規則の精査が必要)。
    • 第三国ハブの活用: 日本や東南アジアなど、FTA締結国の拠点からの供給に切り替える。

5-4 物流・商社

  • 通関実務において、非FTA原産の自動車関連HSコードへのフラグ付けと、新税率に基づいたランドコスト(陸揚げ原価)の再計算が急務です。
  • 発効前の「駆け込み需要」と、その後の反動減を見越した在庫・船腹管理が求められます。

6.まとめ

本措置は「反中」にとどまらず、「非FTA国全般」に対するメキシコの構造的な保護貿易シフトであり、少なくとも2026年末までは継続します。

日本企業にとっては、**「完成車ビジネスには追い風(競合の減速)」となる一方で、「部材調達コストには逆風(中国・韓国製部材の関税増)」となる諸刃の剣です。

法務・通関・調達・営業が連携した「関税タスクフォース」**を組成し、BOM(部品表)単位での原産国・HSコードの洗い出しを直ちに行うことを推奨します。